3.徘徊
ゴーレムはゆっくりと立ち上がると、そのまま歩き始めた。
何の躊躇いもなく、何の迷いもなく。
それはまるで、長い眠りから目覚めたのではなく、ただ止まっていただけかのように。
「……あれ?」
夢喰いはその姿を目で追いながら、小さく首を傾げた。
「どこ行くの? ねぇ、待ってよ。」
しかし、ゴーレムは何も答えない。
まるで夢喰いの声など届いていないかのように、ただただ黙々と歩を進める。
「……は? ちょっと?」
呆れたように肩をすくめながら、夢喰いはゴーレムの隣に並ぶ。
そして、ふと思いついたように、ゴーレムの正面に回り込んだ。
「ねぇ、どこ行くの?」
ゴーレムは答えない。
夢喰いはじっと、その巨大な石の塊を見上げる。
ゴーレムの目は、ただ淡々と前を見据えている。
まるで、そこに誰もいないかのように。
「……なに? 私のこと、見えてないの?」
試しにゴーレムの前で手を振ってみる。
何の反応もない。
軽く拳を作って、ゴーレムの腕をこんこんと叩いてみる。
やはり、何の反応もない。
「……ふーん? なるほどねぇ。」
夢喰いはニヤリと笑った。
「じゃあ、ちょっと本気でやってみようか?」
そう言うと、夢喰いはゴーレムの正面に立ち、わざと足を大きく広げて仁王立ちする。
「さぁ! 私を避けて通れるものなら通ってみなさい!」
ニヤニヤと笑いながら腕を組む夢喰い。
しかし。
ゴーレムは止まることなく、そのまま歩を進め——
「ちょっ!? え、ちょっと待って!? 待って待って待って!!」
——夢喰いの身体を、そのまま押し倒した。
「痛っ……! な、何!? ふざけてるの!?」
地面に転がりながら、夢喰いは顔をしかめる。
しかし、ゴーレムは何の気にも留めず、そのまま歩いていく。
「……マジで無視するんだけど。」
目の前であからさまに転ばされたにもかかわらず、ゴーレムは一切の関心を見せなかった。
夢喰いはむくりと起き上がると、再びゴーレムの隣に並ぶ。
「ねぇ、なんで私を無視するの? それとも……怖いの?」
その言葉に、ゴーレムの足が、一瞬だけ止まる。
夢喰いはニヤリと笑った。
「そっか、怖いんだ。私のことが。」
その挑発に、ゴーレムは視線を夢喰いに向ける。
そして。
「…………好きにしろ。」
それだけ呟くと、再び前を向き、歩き出した。
「…………え?」
夢喰いは思わずきょとんとする。
「なに、それ……今、何て言った?」
しかし、ゴーレムはもう何も言わない。
淡々と、ただ進むだけ。
夢喰いはしばらくその背を見つめたあと、ため息をつきながら肩をすくめる。
「……へぇ、変なやつ。」
それでも、彼女の唇には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
「ま、いっか。」
そう言いながら、夢喰いは再びゴーレムの隣に並び、歩き始める。
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夜の森を、巨大な岩の塊がゆっくりと進む。
夢喰いは、その背を見つめながら腕を組んだ。
「……ねえ、あんた、どこ行くの?」
返事はない。無言のまま、ゴーレムは朽ちた建物の間を歩く。
「まあ、いいけど。ついてってやる。」
軽い足取りで後を追う夢喰い。
ゴーレムの動きには、一定の法則があるように見えた。まるで何かを確かめるように、同じ道を辿る。壊れた石畳、崩れた柱、苔むした石碑——
ゴーレムはそれらを一つずつ確認するかのように、ゆっくりと視線を落としながら巡回していた。
「……何してんの?」
夢喰いは眉をひそめる。
ゴーレムは答えない。
彼女は足を止め、ゴーレムの動きを観察した。
——何かを探している?
——それとも、ただの無意味な行動?
夢喰いは目を細める。ゴーレムの進む先には、半壊した神殿跡。苔と蔦に覆われた、その場所。
ゴーレムはそこでしばし動きを止め、視線を落とすような動きをする。
そして石像のように、じっとそこに立ち尽くす。
その沈黙に、夢喰いは小さく舌打ちした。
「……なんなのよ、これ。ほんっっっっと意味わかんない!!!!」
彼女は踵を返し、その場を離れる。
「勝手にやってなさい!!」
苛立ちを含んだ声を残して、夢喰いは森の奥へと消えた。
ゴーレムは微動だにしない。ただ、その眼窩の奥に微かな光だけが、薄く灯っていた。