第３話
あの後、マシュー兄妹が僕より先に酔いつぶれてしまったため、フラフラのマシュー兄妹に肩を貸しながら２人を宿屋に送りとどけるハメになった。
そして、支払いは僕だった。心がもやっとしたけど、自分も宿屋のベッドに寝転がると、すぐに寝てしまった。
「・・・ふぁ・・・」
外からの日差しが眩しくて、僕は目を覚ました。
「そうか・・・ギルドに行かなくていいのか・・・」
僕はベットに座り込み、自分の両手を見つめる。
右手と左手の人差し指にはペンだこが出来ている。以前に利き手である右手を骨折してしまい、仕事が出来なくなった時に、左手でも仕事が出来るように練習をして、両手での作業が出来るようになったのだ。
両手の人差し指のペンだこを見つめながら、今までの業務を思い出す。事務作業ばっかりで、冒険者と関わることは少なかったが、僕の仕事がギルドの役に立っていると信じていた。
このペンだこが、僕のささやかなプライドだった。
「・・・でも、要らなかったんだな。僕は・・・」
評価が欲しかったのではないが、認められているものだと思っていた。
「僕の努力は無駄だったのか・・・」
グーー。
どれくらい座っていたのか分からないが、栄養をとるように身体が訴えかけてきた。
「そうだな・・・まずは腹ごしらえでもするか。」
僕は立ち上がると、部屋を出て食堂へと向かった。
「おやじさん、おはよう。ご飯ある？」
「おぅ、クスタ。ようやく起きてきたか。今日はいつもよりも遅いじゃねぇか。仕事はいいのか？」
「・・・あぁ。もぅ仕事辞めたからいいんだ。」
「・・・はぁ！？ 辞めたってギルドの仕事を辞めたのか！？」
「あぁ。そうだ。ギルドマスターにギルドを追い出されたよ。」
「・・・そうか。仕事熱心だったお前が辞めさせられるなんてよ・・・ほら、今日はとっとと食ってゆっくりしてろ。」
「あぁ。のんびりさせてもらうよ。」
宿の主人のおやじは僕にいつもよりサービスした朝食を出してくれた。僕はおやじさんに会釈をしてから朝食を食べ始める。スープとパンといつもはオプションの肉。朝から肉が食べられるのは嬉しいもんだ。さぁ、先ずは肉から・・・
フォークを持って肉にぶっさしてやろうとチカラを入れようとしたその時、
横からヒョイっと肉をかっさらう影が見え、肉の姿が朝食から消えた。
「肉！？ 誰だ！？」
勢いよく振り向くと、そこには昨日、別の宿屋に放り込んだマシュー兄妹の姿があった。
妹が口をモゴモゴと動かしながら、フォークを持っていない手を頭の辺りまで上げて挨拶をしてくる。兄は仁王立ちのまま、頷いている。挨拶のつもりだろうか。
「お前たち・・・絶交だ。僕はもうギルドに関係ないんだ。話しかけてくるな。」
（僕の楽しみにしていた肉を奪いやがって・・・僕はもうギルド職員じゃねぇ！ 昨日に続いて今日もこんなことされる理由なんてねぇはずだ！）
冷たく言い放つと、僕は二人に背を向け、黙々と肉の無くなった朝食を食べ始める。
「モグモグ・・・おはようクスタ・・・どうした？」
「クスタ？ どうした？」
マシュー兄妹が近づきながら話しかけるが知らん。もうどこかに行ってくれ。僕はこれ以上食事を奪われないように体と手で隠しながら食べる。
「はぁ～・・・またお前らか？ クスタが嫌がってるから離れてやれ。」
呆れた顔して、宿屋のおやじさんがマシュー兄妹に話しかけながら、お玉を振るい、僕とマシュー兄妹の距離を取るようにしている。
「あ、兄よ。ど、どうしたら？」
「お、俺には分からん。妹よ、どうにかしろ。」
近づいたのをおやじさんに離されてしまったことで何かまずいことをしたと思ったマシュー妹はオロオロして、マシュー兄も動揺を顔には出していないが、内心はドキドキだった。
たまらず、マシュー妹はクスタに抱き着いてうやむやにしようとするが、おやじさんのお玉に阻止されてクスタには近づくことができず、少し離れたところでこちらの様子を見ていた。
「・・・おやじさん、ごっそさん。旨かったわ。」
食事を終えた僕は、イスを引いておやじさんに食事のお礼を伝え、自分の部屋に戻ろうとする。
「ク、クスタ・・・」
マシュー兄が手をこちらに伸ばしながら話しかけてくる。
「もぅ、ギルド職員じゃないので、話しかけてこないでください。」
振り向きざま、マシュー兄妹を睨むように早口で話す。伸びていたマシュー兄の手は僕に触れることなく、途中で止まった。マシュー妹は、何か言いたそうにしていたが、僕の顔を見て、言葉に詰まっているようだった。
「それじゃ。」
僕は、そう言って自分の部屋に戻っていった。
・・・バタン。
「・・・はぁ。何やってんだろ。」
僕はベッドに寝転がり、ためいきをついていた。頭や胸がグルグルと何かが駆け巡っては消化不良の塊を残し、体と心が違和感だらけになっていく。
どうやら、今日は何もやらない方が良い気がしてきた。
強い日差しだけが、自分の役割を主張していた。
