2.正と負のフィードバック
複雑系科学の概念で、社会を考えてみると色々と面白い事が分かります。まだまだ社会科学専門の方達には広まっていない発想なのですが、数学者や物理学者と組んだりして徐々にその動きが観られ始めています。
物理学者や数学者の手を借りなくてはならない、というのは、それほど複雑系科学の概念を扱うのが難しいからなのですが、中にはそれほど難しくない概念もあるのです。少し考えれば、素人でもその発想から社会を考えられるような。
今回は、そのうちの一つで、しかもとても重要な概念の、“フィードバック”を中心に書いていきたいと思います。
さて。
では、まずフィードバックから説明をし始めましょう。
フィードバックというのは、結果が原因に影響を与えるような現象をいいます。例えば、エアコンの自動温度調節機能。エアコンが温風を発して部屋の温度が高くなり、設定温度に達すれば自動的に温風は止まります。これは、部屋の温度という結果を得て、原因である温風をストップさせたのです。つまり、結果が原因に影響を与えている。だから、ここではフィードバックが起きている、と言えます。
フィードバックには、大きく分けて2種類あります。正のフィードバックと負のフィードバックです。正のフィードバックは、結果が原因に影響を与える際、更にそれを強化し続けるようなものをいいます。負のフィードバックは、ある点を中心にして、それを強化したり弱化したりするものをいいます(因みに、先のエアコンの場合のフィードバックは、負のフィードバックになります)。
もっとも、現実世界では完全な正のフィードバックはほぼ有り得ないと考えてしまっても良いのですが。物理的に、無限に強化され続ける事なんて起こらないからです(ただし、人間や生物にとって、破滅とも言える点に到達するケースは多いのですが)。
では、正のフィードバックの例を挙げてみましょう。
比較的簡単に理解し易いものに、星の形成があるかもしれません。宇宙空間の何処かに物質のばらつきの不均衡が生まれると、密度の濃い場所で引力が強くなり、そこに他の物質を引き寄せ始めます。すると、物質の密度が濃くなった事で、更に引力が強くなり、更に多くの物質を引き寄せます。これを繰り返す事で、その場所に物質が集中をし、星が形成されるのです。
他では、都市の形成なんてものも、理解し易いかもしれません。人が集まると、色々と便利になるので、人を集める力が強くなります。すると、人が集まった事で、更に人を集める力が強くなり、どんどんと人口が高くなっていく。こうして、都市が形成をされるのです。
他にも、メカニズムの詳細はまだ完全には解明されていませんが、竜巻の発生や台風の発生などにも正のフィードバックが関わっていると言われています。
次に、負のフィードバックの例を挙げてみましょう。
先のエアコンの例もそうですが、人体の温度調節機能も負のフィードバックになります。また、地球全体の温度調節にも負のフィードバックが働いていると言われていますし、経済での需要とのバランスで、価格が安定するというのも負のフィードバックです。
では、これらの概念を用いて、社会現象を考えてみましょうか。まずは、バブル現象というものがどう発生するのかを。実は、これはある条件が付与される事により、負のフィードバックによって価格が安定しているはずの市場が、正のフィードバックに移行してしまうからこそ起こるのです。
普通なら、価格が高くなれば、商品への購買意欲は低下します。それにより需要が下がる。つまり、例でも挙げましたが、価格と需要との間に負のフィードバックの関係性があるのです。ですが、ここに商品を他で売って儲ける、という条件を与えると、負のフィードバックが、正のフィードバックに変わってしまう恐れがあるのです。
冷蔵庫を誰かが買うとします。その誰かは、それを売って通貨を得たとします。その後、冷蔵庫の価格が上がったとします。その人は、価格が上がったのを受け、また稼ぐ事ができると考え、冷蔵庫をまた買うかもしれません。
もちろん、価格が上がり過ぎたと判断して買うのを止める場合もあるかもしれませんが、それでも上がり続ければ、その賢明な判断が揺らいでしまうケースもあるのです。そして、まだ稼げると判断して冷蔵庫を買ったのなら、それで需要は上がってしまいます。
つまり、価格の上昇によって、需要が上がってしまう。価格と需要の間にあった、負のフィードバックという関係性が、正のフィードバックに変わってしまうのです。
こうなると、価格の上昇が上昇を呼び、極限まで至れば破裂します。これがバブル崩壊です。
これは、売る事によって通貨を得られる全ての商品で起り得ます。つまり、実体経済ではなく、金融経済でなら起こり得ります。よく誤解がありますが、株や土地など以外でも起こるのです。オランダではかつて、チューリップ・バブルが起こりましたし、日本でもウサギ・バブルなんてものが発生しました。
さて。こうバブルという現象を理解できたのなら、対策方法も観えて来るはずです。正のフィードバックに変わる要因を抑えれば良い。つまり、需要を抑えるような何らかの要因を追加してやれば良いのです。例えば、バブルだと判断できる対象が現れた場合、バブル特別課税というような事を行えば、需要上昇を抑えられます(設定基準だとかで揉めそうですが)。因みにこの方法を執る場合、そうして徴収した税で、バブル崩壊後の対策も行えます。
金融経済において、正のフィードバックが起こってしまう、というのは実は大問題です。何故なら、資本主義は需給バランスによって市場が安定するという市場原理を前提にしていますが、その前提が間違っている事を意味しているからです。放っておけば、またいつかサブプライム問題や土地バブルのような危機を引き起こします。何かしら、手段を講じるべきでしょう。
因みに、似たような主張をしている人は他にもいます。では何故、この資本主義金融システムの問題点が、それほど大きく取り上げられないのでしょう? いくつか要因は考えられます。一つは、人間の保守性。人間は保守的な生き物ですから、新たな概念をなかなか受け入れたがりません。結果として、人々の間から都合良く無視されてしまっている。もう一つは、権力による抑圧。実は、金融経済は権力が強くなり過ぎている点が指摘されています。それで、今回の話に限らず、金融経済にとって不利な点は、無視される傾向にあるのです。
実はその権力にも正のフィードバックが関わっています。更に言うのなら、それは“権力の集中”という、人間社会が古くから抱える大問題の一つでもあるのです。
社会において、何らかの組織が権力を握ったとしましょう。すると、その組織はその権力を利用して、自分達に有利な状況を作ろうとするはずです。都合の良いルールを設定したり、反対勢力を潰したり。すると、その事で利益を得、更に権力を強くするのです。そうなれば、当然またその権力を利用して、自分達に有利な状況を作る… これを繰り返していけば、権力は一部に集中をしてしまいます。つまり、権力の集中に関して、正のフィードバックが起きているのです。
これが極限に至れば、貧富の差があまりに開き過ぎてしまい、社会はその負荷に耐え切れず、崩壊をします。歴史上で何度か起こっている革命の背後には、このような現象が絡んでいます。
もちろん、人間社会はそれに対して何も対策を執って来なかった訳ではありません。その問題点を解決する為のシステムも、作り上げてきました。その代表例に、三権分立があります。司法、立法、行政と権限を分け、過剰な権力の集中を避ける制度を作りました。また、より重要なシステムに選挙制度があります。権力が集中をし不穏な動きがあると、選挙により政権交代が起こり、それを取り除く、という事が起こる訳です。これは、個人から社会へのフィードバックをシステムにより強くした、と表現する事もできます。
社会の影響で、人々に負荷がかかります。すると、その負荷を受け、人々は社会に影響を与える訳です。つまり、社会⇔個人という、相互影響が存在するのです。社会は常にこの相互作用によって成り立っています。しかし、個人→社会、という流れは遮断されがちです。特に、権力が一部に集中している状態では、これは顕著でしょう。権力を握った組織が、圧力をかけて個人の声を押さえ込んでしまう。あまりに個人→社会の流れが押さえ込まれ、負荷が強くなり過ぎれば、先にも説明した通りに崩壊が起こります。だから、その点を補うために選挙制度があるのです。選挙により、個人→社会の流れを強くしている。
これは、選挙制度により少しずつ崩壊を起こしている、と表現する事も可能です。それにより社会が安定している。
また、個人の権限を認めている点も関係があります。フィードバックだけでは、収まらない話なので詳しくは説明しませんが、トップが個人を統制をする事で社会を成り立たせるというのは、実は幻想です。実際の社会は、個人に主体性があり、その個人の活動によって社会が成り立っている。しかも、これは単なる理想論や綺麗事ではなく、歴史の流れを観ても、統制により個人から主体性を剥ぎ取る専制的な社会体制から、個人の主体性を認める民主主義的な社会体制に移行していて、しかも、その社会の方がより安定して持続している事が分かります。
社会には、トップダウンの方向性だけでなく、ボトムアップの方向性もあり、しかもそれが重要だ、という事ですね。
これに当たるシステムを持たなかった共産主義国家が、次々と崩壊をし続けた点はご承知の通りです。
ただし、例えこういった制度が整っていたとしても、“権力の集中”は、起こり得ります。例えば、アメリカのエネルギー会社・エンロン。この会社は不正を行い、会社の業績を好調に装う事で株価を吊り上げ、上がった株を売り払うといった事で、会社役員が莫大な利益を得ていました。有名な、エンロン事件です。この会社には“権力の集中”が起こっていました。そして、その内部体制は、まるで“共産主義”のようだったと揶揄されているのです。
つまり、権力の集中さえ起これば、どんな社会システムでも似たような体制になってしまうのです。しかも、この問題は、エンロンという一つの会社だけでなく、アメリカ社会が一般的に抱えている問題なのです。時折、勘違いをしている人がいますが、アメリカ国民のほとんどはアメリカ社会の極端な貧富格差に納得をしていません。明らかにそれは、実力主義の範疇を超えるものだからです。つまり、その状態は権力の集中によってもたされているのです。また、金融資本が強くなり過ぎ、金融関係の会社にとって不利な法案が通らないような状況になってもいます。もっとも、この状況はサブプライム問題の発覚により、多少は緩和されたようですが(それには、選挙制度が深く関わっています)。
金融経済は、実はお金を持っていれば持っている程、有利になる事が知られています。つまり、ここでも正のフィードバックが起こっているのです。アメリカ社会の権力の集中は、恐らくそれにより起こりました。
他の国の事ばかり非難してはいられません。日本でも、権力の集中は起こっています。まず、三権分立が成立していない可能性がかなり高いです。本来なら、法案をチェックし、行政者(つまり、官僚)にとって有利な法案を通さないようにするのが、立法者(つまり政治家)の役割です。しかし、ここでチェック機能が働かず、官僚にとって有利な法案が通っている。つまり、政治家と官僚が裏で繋がっている可能性が高いのです。
例えば、かなり前に年金の無駄遣いが発覚しましたが、あれは法律違反ではないのです。何故なら、ちゃんとそういった法案が通っているから。また、可決はされませんでしたが、人権擁護法案という恐ろしい法案が何度も提出されもしました。
これを何とかする為には、選挙により政治家を入れ替え、官僚との繋がりを断つだとかいった事が必要でしたが、長い間日本ではそれが行われてきませんでした。国民の無関心や、一票の格差とそれを利用しての地盤固めなどで同じ政権が持続したのです(それ自体が、権力集中の証でもありますが)。つまり、選挙システムが正常に働いてこなかったのです。
2009年にようやく政権交代しましたが、民主党も何処まで信頼して良いのかは分かりません(権力構造がどこまで変わったのか、疑うべきです)。日本国民は長い間、政治を放置し過ぎました。そのツケが回ってきているのだと思います。
日本の権力集中は、恐らく、公共事業を代表とする利権構造によって産み出されました。
本来、税金は国民のお金です。ですから、その使い道は、国民が決められるはずです。しかし、それは機能的に不可能なので、国民が選んだ政治家が代わりにそれを行います。ですが、先に述べたような理由で、日本ではその機能が正常に働いてきませんでした。結果的に、官僚がその采配権を握り、その権利を利用して、自らの利益を増やしてきました。例えば、自分の関連会社に仕事を回す。賄賂を持って来た企業に仕事を回す。など。利益が増せば、当然、権力は強くなります。後は、何度も述べてきた正のフィードバックによって、権力は集中していったのです。
これには、この文章の主題である、通貨の循環も関係してきます。
権力の集中によって、利益が一部に集中をすれば、当然、通貨循環は阻害されてしまいます。前章で、増税により通貨循環を発生させるという方法に反対したのは、だからです。税金にすると、権力を握った誰かの許に、その通貨が流れ、溜まってしまうかもしれない。しかし、公共料金にして、できれば消費者が会社を選べるようなシステムにすれば、官僚の出番はなくなり、比較的にスムーズに通貨は循環するようになるはずです。
(ただ、認可権などもあるので、完全には防ぎ切れないでしょう)
さて。今回は話題が、通貨循環モデルから離れてしまいましたが、次で元に戻します。次回は、少子化による労働者不足問題の改善方法と、それに関連しての二酸化炭素削減方法を書いてみたいと思います。