視線を集めるケルシュ
本当に気に入らない。
微笑むことしか知らない似たような顔も、意見を持たず全てに従う姿勢も、男から強く律せられるのを良しとするところも、中身を見ずに屈強な体躯の男を好むことも、その何もかもが。
しかし、それよりも何よりも、それを良しとする男どもに俺は嫌悪する。
強い態度を示して所有物のように女を扱い、その従順さを己のために使う。そしてそれを声高に愛と呼ぶ。
相手を意のままに動かし、側に置いておくことが愛だという。
そんな身勝手な仕打ちのどこに愛があるというのか。
愛した相手は最大限尊重して己が命よりも価値高く扱う、それこそが人を愛するということではないのか。
それを愛と呼ばないこの国に、俺は辟易としている。
人を愛することを許されないこの国で誰が相手を見つけようとするものか。そんな関係であれば、最初から相手などいない方がいい。目障りでしかない。
この国とは何もかもが合わない。
虚構で作り上げた俺の姿を崇め、そんな偶像に擦り寄ってくる意思のない女たち。それを拒絶すれば今度は俺が間違っている狂っていると弾弓される。
俺はどうしてこんな国に生を受けてしまったのだろうか。
***
守衛の許可を得た伯爵家の馬車は、一列にずらりと並んだ馬車の一番端に停めてある。
エイトルのエスコートで馬車から降りたケルシュ。
ふわりと地面に降り立った瞬間、彼女の美しさに幾つもの視線が一斉に突き刺さる。
視線を察したエイトルは、彼女のことを周囲の視線から守るように半歩前に出た。
「大丈夫か?」
「うん、まだ大丈夫よ。」
「おい、不安になるようなことを言うな。」
軽口を叩きながらもケルシュの顔色を確認したエイトルは、彼女の手を引き会場入り口へと進んでいく。
入り口付近は、父親や兄と思われる人物に連れられた年頃の娘たちで溢れかえっていた。
皆似たような淡い色のドレスに身を包んで毛先をカールさせた長い髪を靡かせており、夕闇に包まれた屋外では皆同じような格好に見える。
そんな彼女達の後を追うようにケルシュ達も中へと進んでいく。
人混みの中、エイトルの手によって編み込まれた唯一無二のケルシュの後ろ姿はよく目立っていた。
会場に入った瞬間、ここでも無数の視線を一斉に浴びたケルシュ。
だが先ほどとは異なり、その視線のほとんどはイカつい見た目をした男達であった。
つい後退しそうになる彼女の背中をエイトルが片手で支えた。
「あからさまだな…」
不躾な視線をケルシュに向けられ、腑が煮え繰り返りそうになったエイトルは周囲に睨みを効かせる。
だが、男達から返ってきたのはやらしい笑みであった。
「クソっ」
拳を握りしめて悪態をつくエイトル。
ケルシュには好まれる体格であったが、この国では細い体躯の男は問答無用で見下される。彼女の盾にすらなれない自分に唇を噛み締めた。
「何なのよあれは!!熊が複数体いるなんて聞いてないわよっ…!」
「とにかく、一旦目立たない会場の隅に移動するぞ。」
エイトルは喚く彼女の手首を掴み、逃げるように人気のない会場奥バルコニーに面した壁際まで移動してきた。
「なんであんなにガタイの良い男ばかりなのよ…あんなの見るのも無理なのに、朝起きて隣に寝てるなんて想像したら……うぅ…また気持ち悪くなってきた…」
「おいこら、馬鹿な想像するのはやめろ。俺も気分が悪い。」
ただでさえ色白の顔から一切の色が無くなり、青い顔をして前屈みになるケルシュ。既視感のある光景にエイトルはため息をついた。
「水もらってくる。すぐに戻るからそこの椅子に座っとけ。」
「…助かるわ。」
ケルシュは、壁際に置いてあった休憩用のベンチにふらふらと腰掛けた。
彼女が座ったことを確認したエイトルは、駆け足で少し先に見えた給仕の元へと向かう。
「こんな場所で結婚相手を見つけるなんて無理よ。そんなの自殺行為だわ…」
高ストレスで頭痛が鳴り止まない頭を抱えてぼやくケルシュ。
その時、足元だけを捉えていた彼女の視界に、見慣れない大きな革靴が入り込んできた。
恐る恐る視線を上げると、2メートルはありそうなほど背が高く、鍛え抜かれた厚い胸板と広い肩幅を堂々と晒してくる男がケルシュのことを見下ろしていた。
「お前、俺がもらってやるよ。」
褐色肌の大男は、口の端を上げニヤリと笑いかけてきた。
「ひっ………………」
自分の好きなタイプとは真逆の見た目の男が発した俺様発言に、ケルシュは言葉を失くして全身震え上がった。
「そうかそうか、あまりの嬉しさに言葉も出ないか。安心しろ、俺は約束を反故にはしない。良かったな、俺のような寛大な男に声を掛けてもらえて。」
何を勘違いしたのか、目を細めて嬉しそうな顔でケルシュの頬目掛けてゴツゴツとしたイカつい手を伸ばしてくる。
「け、けけけけ、結構にございますわっ!!!」
ケルシュは大男の脇をすり抜けると、全速力でバルコニーへと続くドアから外に逃げた。
バクバクと鳴り止まない心臓を手で押さえ、庭園の中央にある噴水の陰に身を隠す。耳を澄ませたが、追ってくる足音は聞こえない。
他国から、空を突き抜けるほどのプライドを持つと揶揄されるこの国の男達は、女を追うような真似はしない。
彼女はその性質を理解した上であの場から逃げることを選んだのだ。
「もう大丈夫かしら…」
地面にしゃがみ込んでいたケルシュは静かに立ち上がり、噴水の影から顔を出した。
「ここで何をしている?」
その時、背後から別の男の声がした。