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北の英雄とその側近


アルシュベルテ家が王都に構えるタウンハウスは、別宅として利用するには十分過ぎるほどの広さがあり、郊外と見紛うほどの広大な庭園がある。

物価の高い王都では滅多にお目にかかれない大層な邸だ。


社交界シーズンですらこの邸を訪れる者はおらず、建物と庭を整備する使用人とそれを管理する執事のみで閑散としているのがいつもの光景だ。


だが、今宵は違った。


成人男性の背の数倍はある黒鉄出来た頑丈な両扉の門の前、貴族達の乗る馬車が列を成しており、御者台に吊るされたランプの光がキラキラと輝いてよく手入れされた花々を照らしている。


それは幻想的でとても華やかな光景であった。



その様子を2階の窓から眺めていた先代のアルシュベルテ辺境伯のドルトは、息子であり現辺境伯であるダイテンに視線を移した。


艶のある黒髪に夜空のような美しい瞳を持つ彼は、ソファーに浅く腰掛けており、彼の後ろには、ダイテンと同じ年頃の茶髪でやや小柄な男が控えている。



「ダイテン、今日はお前のためのパーティーなんだ。この意味が分かるな?」


窓から離れて彼の側に詰め寄り、ダイテンの座るソファーの背もたれに腕をかけながら彼の瞳と視線を合わせようとしてくる。

それはまるで物分かりの悪い子どもに対して言い聞かせているような口ぶりであった。



「俺には不要な気遣いです。」


気遣う父親の言葉に対し、ダイテンの返事はそっけなかった。想定通りの反応の薄さに、ドルトは大きくため息を吐く。


何を言っても無駄だと諦めた彼は、矛先をダイテンの後ろに控える側近に向けた。



「キルト、愚息が逃げ出さないよう目を光らせておくように。」


「仰せのままに。」


ダイテンの後ろに控えていたキルトは、胸に手を当てて恭しく頭を下げ、部屋を出ていくドルトの背中を見送った。



ドルトが退出した瞬間、キルトはダイテンの向かい側のソファーに座り両手を上げて大きく伸びをしている。

座っていたダイテンも羽織っていたエポーレット付きの重厚そうなジャケットを脱ぎ、雑にソファーに掛けた。



「お前がいつまで経っても嫁を見つけないから、俺までとばっちりを受ける羽目になってんだけど。」


キルトはローテーブルの上に置かれた冷えた紅茶を口にした。

当たり前のように彼が口にしたそれは、ドルトのために用意されたが手を付けられなかったものだ。



「なぁ、良い加減誰か娶れば?その顔でその地位でその体躯…は置いといて、巷じゃ『北の英雄』って呼ばれて崇められているクセに。ほんと勿体無いことしてるよな。お前なら選びたい放題じゃん。いや、複数同時にってのもなくはないか…」


「俺は興味がない。跡取りなら養子を取れば問題ない。」


「ひっ…お前ってやっぱり女がダメなの?人の指向に口は出さない主義だが…俺のことは狙うなよ?」


「そういうことではない。」


あらぬ方向に想像を駆り立ててくるキルトの言葉に、ダイテンは即座に否定した。

目の前の男を軽く睨みつけると、自分の前にある冷えきった紅茶を口に運ぶ。



「俺は、意思のない一辺倒な女が苦手なだけだ。皆同じように微笑み肯定の言葉しか口にしない。そんな奴と生涯を共にして何が面白い。」


「お前って奴は、」


キルトは途中で言葉を止めると、ダイテンのことをジト目で見返した。



「そういうところ意外にロマンチストだよな。来るもの拒まずにいけば望むまま美味しい思いを出来るというのに…それも取っ替え引っ替えだろ?」


「お前はそういうところ本当に品がないな。品性の欠片も見当たらん。」


「お褒めに預かり光栄にございます、アルシュベルテ辺境伯。」


品のないニヤけ顔を引っ込めると、キルトはつい先ほどドルトに向けた臣下らしく凛々しい顔に早替わりした。


相変わらず調子の良い己の側近に、ダイテンは視線を外して心底嫌そうに息を吐いた。


そして徐にソファーから立ち上がると、真っ直ぐにドアへと向かう。



「おいお前、どこ行くんだよ?そろそろパーティーが始まる時間だぞ!」


「気分が悪い。少しの間外に出てくる。」


「いやだから時間がっ!」


キルトの制止虚しく、ダイテンは彼の方を振り返ることなく部屋を出て行ってしまった。


一度臍を曲げた彼の機嫌の悪さを知るキルトは、諦めて大人しくこの場で待つことにした。



ダイテンは頑な且つ自分本位に見える振る舞いをしたとしても、周囲に実害を与えることはまずない。そんな彼の誠実な面をよく知るキルトに不安は無かった。


だが、何気なく視線を向けたソファーにダイテンが置き去りにした彼のジャケットを目にして表情が凍りつく。



「あいつ、あんな格好で外に出やがって!」


悪態をつきながら勢いよくジャケットを掴むと、急いでダイテンの跡を追った。



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