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6 深淵

 薄暗い通路を照らすように、通路の中央には、魔力によって円形の焚火が10m置きに配置され、橙と黄色の炎が渦巻き、深紅の石床は、金属的な光沢を放ち炎の揺らめきを映していた。通路の脇には頭に2本の長い角が生えた馬の首のオブジェが等間隔に並んでいる。

 黒と赤の炎の涙を流す意匠(いしょう)のついた銀の仮面を被る魔族の女が2匹歩いて来る。その仮面の額の部分からは8匹の蛇が顔を持ち上げている。軽やかな絹を両肩で止めた着流しの白いキトンには、淡い橙や薄緑の模様があり、歩くたびにその(すそ)が舞っていた。その手には、供物(くもつ)と酒、グラスを抱えていた。

 魔族の女は突き当りの扉を開けると、更に暗い階段を上り始めた。階段の両脇には、腹だけが盛り上がり、()せ細った小さな餓鬼(がき)たちが、異常に大きな眼を爛爛(らんらん)と輝かせて魔族の女を見ている。餓鬼たちは、女に手を伸ばすと、消えていく。何匹も消えては現れ、現れては消えていった。

 階段を登ると、正面のテーブルに供物と酒などを並べた。2匹の魔族は、頭を下げたまま後ろ向きに歩き、階段を下って行った。

 木の根が(から)みついている大岩の湯船から女が立ち上がる。白い肌からバシャと薬湯が水飛沫(みずしぶき)となって散る。

 女の頭には2本の角が(しな)り、背には黒く大きい死神の鎌の様な翼がついていた。女の胸の中央には、無色透明で3㎝ほどの楕円形の宝石。その宝石を囲むように黒、黄、赤、青、茶、緑、白、銀の八つの丸い石が埋め込まれていた。その内、白の石だけは、ひびが入り表面が欠けていた。

 女のみぞおちと裏の背骨には、直径10㎝を越える円く太陽の意匠に似た傷跡があった。女はそのみぞおちの傷に(てのひら)を置く。

 「もう少し・・・今少しだ」

そう(つぶや)くと、女は一糸纏(いっしまと)わぬまま歩き出す。

 陰で待機していたメイドの魔族が進み出て、歩く女の体をバスローブで包む。

 女はきざはしの下まで来ると、足を止め、両手を開いた。メイドが、手早く神鹿のなめし革で作られた黒のボディスーツとブーツ、長い手袋を身に付けさせた。最後に数mも引きずる長さの黒マントを掛けた。長い黒髪と相まって、全身が黒一色の衣装となった。

 一段高いきざはしに上ると、女は、横長の椅子に両足を投げ出して座り、片膝を立てた。そこにメイドが脚の長いグラスを差し出し、ボトルから琥珀色(こはくいろ)の酒を(そそ)いだ。

 女がグラスに口を付け、ぐいと(のど)(うるお)し、小さな吐息を吐く。

 「報告がございます」

 女は、視線を下に向け、階下の男を見つめた。

 その男は、髑髏(どくろ)の顔に紫の冠とローブをつけ、金の胸当てに、先に鎌のような刃のある杖、背中に白い羽のある長身の魔族であった。この魔族は、六羅刹(ろくらせつ)筆頭の焦土(しょうど)のガイエンである。

 「・・・何用じゃ」

 「魔王ゼクザール様、ロスリカ王国に潜ませている配下からの報告です。

 ルクゼレ教が国教となり4年、差別と迫害は人の心の奥深くに根付き、もはや盤石(ばんじゃく)となっているとの事です」

 ゼクザールは、黒いボディスーツの開いた胸元から見える黒い宝石に手を置いて抑揚(よくよう)のない口調で、ガイエンに告げる。

 「当然だ。あそこへは最高の(こま)を配置してある」

 「では、今1つ。

 ナギ王国で六羅刹の傀儡(かいらい)師ホージュスと円舞のオルバを倒した召喚術師ダイチですが、ナギ王国を旅立ったとの事です。捨てておけぬ事は、破魔神獣神龍に加え、慈愛神獣雪乙女も召喚神獣に加えたとの事」

 「・・・監視のガーゴイルを増やせ」

 「魔王ゼクザール様、破魔神獣神龍は気配感知に長けており、かなりの距離を取っていても気づかれ、その全てが(ほふ)られております」

 「・・・あの神龍は倒したものの、次世代も神龍は神龍か・・・だが、監視は(おこた)るな。

 また、人間のダイチとやらも(あなど)るな。

 800年前の人魔大戦にて、我を封印した忌々(いまいま)しいキッポウシ。奴もダイチと同じか弱きホモ・サピエンスであった」

 「はっ」

 「我の力は、間もなく(よみがえ)るが、時間との勝負となるやもしれん。その時の侵攻に十分に備えよ。人の心の(すき)を突け。互いに反目させ、疑心暗鬼(ぎしんあんき)と憎悪を()き立てるのだ」

ゼクザールは、左手の指先を下から上に振った。

 「ははっ」

焦土のガイエンは体が透き通る様に消えていった。

 ゼクザールは、クラスの酒を一気に飲み干し立ち上がった。鎌の刃のように丸みのある黒い翼を広げ、湯の間を後にした。


 ゼクザールは、険しい山の山頂付近に築かれた堅城、ミストアビッソ城を居城としていた。

 切立った崖や斜面を利用した天然の要害であり、更に幾重もの城壁を張り巡らせていた。また、高い塔が幾多も並び立ち、白と黒を基調とした外観とマッチして、見る者の背筋を凍らせるような印象を与えている。

 ミストアビッソ城は、周辺の深い森と湖は魔法で凍てつく寒さとなり、氷と雪に閉ざされた極寒の世界であった。更に、ミストアビッソ城の名の通り、深く幻想的な(きり)が立ち込め、城が姿を現すことは極稀であった。

 正に近づくことも困難、見ることも叶わぬ幻の城であった。

 ゼクザールは、ミストアビッソ城から延びる石橋を通って、石造りの城壁と急傾斜の屋根をもつ塔に守られた三の丸に来ていた。礼拝(れいはい)()にある(かく)し扉を開けて、床の魔法陣に乗った。青白い光に包まれると、ゼクザールは、深い森の中に移動していた。

 凍てつく風が吹き抜け、雪を舞い上げ螺旋(らせん)を描いて飛んでいく。ゼクザールは、そこに留まることなく森の奥へと進んでいく。

 アイスビックベアーの群れがゼクザールに襲い掛かってきたが、一瞬で闇に消え去った。残された2匹の幼いアイスビックベアーは、ミャーミャーと鳴き声を上げていた。ゼクザールは、指をパチンと鳴らすと、顔色一つ変えずに通り過ぎて行った。ゼクザールの通り過ぎた後には、幼いアイスビックベアーの無残な屍骸(しがい)が横たわっていた。

 ゼクザールは水面が凍結した大きな湖に出まで来た。中央に見える島に向かって、凍った水面を滑る様に歩き続けて行った。

 島まで30mのところでゼクザールは立ち止った。ゼクザールは掌を開き魔法を使った。足元の氷が割れ、そのまま水中に落ちた。

 水中から見る凍った水面は、(ほの)かに青い光が漏れていた。ゼクザールは、冷たい水に静かにその身を沈めていった。そこは静寂(せいじゃく)の世界へと変わり、揺れる水の中で青と黒の影が交錯(こうさく)する。

 湖底に着くと、ゼクザールは左右の足元を見て息を吐いた。ボコボコッと気泡(きほう)が上がっていく。足元には青く揺れる魔法陣があり、そこに両足を置いて魔力を込めた。

 ゼクザールは、霧の濃い谷に移動し、谷間から見える山を目指して歩みを進めた。

 霧の狭間から右の切り立った崖が見える。左には、胸から下を土に埋め、胸から上を地上に露出している巨大な魔人像があった。

 魔人像の胸から頭までの高さは10mを超えていた。魔人像を包む霧が風で流れると、何体もの巨大な魔人像がそこに並んでいた。

 巨大な魔人たちの上半身は、もう数百年、いや千年近く動いていないのであろう、胸から頭の先までを樹の根や枝、(つた)などが(から)まり合うも、既にそれらも枯れていた。

 森の大樹の前でゼクザールが呪文を唱えると、大樹の根元が分かれ、新たな道が現れた。ゼクザールが手を水平に振ると、真っ暗な道に小さな炎が(いく)つも(とも)った。この光に導かれるようにゼクザールは、更に奥へと進んで行った。

 森の奥の闇の中に得体のしれない何かが存在していた。ゼクザールはその何かの前で立ち止った。

 「モニュメントダイモン」

ゼクザールは、胸の中央にある無色透明の石に掌を当てそう呟いた。

 それは武器を持った何体者もの異形の魔神が互いに絡み合い、八魔神が1つに融合(ゆうごう)するモニュメントであった。

 このモニュメントの一部となっている後頭部に後光のような円を持つ女魔神を見つめ、右手を胸に持っていくと、表面の欠けた白い石に触れた。

 「・・・氷魔神ブリージア」


* * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 22年前のハーミゼ高原の森

 神龍が川の流れに沿って、100mを越える巨体を宙で体をくねらせている。川面に映る神龍の姿は、白い光となり、金色の毛が輝いていた。

 『魔王ゼクザール、800年の封印から目覚めたか』

 「神龍よ。あの(とら)われの屈辱をこの手で晴らしに参ったぞ」

河原にある巨大な龍神赤石の上に立ち、全身を黒いボディスーツに包み、大きな翼を広げて魔王ゼクザールゆっくりと語った。

 『我に対して、魔王と魔神2柱とは、豪華なものだな』

 「くくくく・・・神龍、確実にお前を屠るためだ」

 深緑色のロングドレス、長い白髪、後頭部には後光のような光の円を持つ女魔神、氷魔神ブリージアが冷気を(まと)いながら宙に浮かぶ。

 『神龍よ。我が主ゼクザールの命により、其方の命をもらい受ける』

ブリージアの左胸に()め込まれた白い石が光を放った。

 無数に生み出された氷柱の刃が神龍めがけて飛ぶ。神龍の右手に握った神龍白石が(まばゆ)い光を放つ。一瞬にして氷柱の刃が大気に消える。

 神龍が左指をピクリと動かす。黒雲が湧き、突風が起こる。黒雲から発生した竜巻が、踊る様に揺れながら地上に向かって降りて来る。やがて、黒雲と地上が巨大な竜巻で(つな)がると、その竜巻が森の大木や河原の石を巻き上げていく。

 『竜巻とは笑止な。この氷魔神ブリージアには通用しない』

ブリージアの体から冷気が地面に落ちると、地を()うようにして広がって競りあがる。ブリージアは、高い氷のドームに囲まれた。

 『やってみなければ分かるまい』

カミューの眼が光った。黒雲から凄まじい雨が降り注いできた。そして、川が意思を持ったように上下動する激流となって竜巻と重なる。竜巻は水竜巻となり、氷のドームごとブリージを()み込む。

 氷のドームごと巻き上げられ、ブリージアの体は、水流で錐揉(きりも)みになって天まで巻き上げられていく。苦痛に満ちたブリージアの口から気泡がこぼれる。

 ピカッ、バキバキバキ、眩い閃光(せんこう)で辺りが黄色く光った。神龍へ雷魔法が直撃したのだ。神龍の体から水蒸気が白い湯気となって立ち昇る。

 『雷魔神ゼド、この神龍に雷魔法は効かぬぞ』

 『ふっ、もっと雷の威力を上げたらどうなるかな』

雷魔神ゼドは、顔は猿に似て、上顎(うわあご)から狂暴そうな2本の牙が光っている。両耳から横に伸びる角と目の上から上に伸びる2本の角、脳天から後頭部にかけて短い角がびっしり生えている。背には黒い翼、二の腕と脚には岩の様な硬質な肌、指には鋭い爪があった。右肩には黄色い石が嵌め込まれていた。

 ピカッ、バキバキバキ、ピカッ、ドドドーン、神龍とゼド、両者の雷が互いの体を貫く。ハーミゼ高原近くの森と河原は落雷の巣となり、天からの無数の落雷と河原や水面を横に走る稲光が神龍とゼドを襲った。

 森の樹々は、幹の上から根までを雷に引き裂かれ、その四方に伸びる枝から橙の炎を上げ、立ち込める白煙によって空が(かす)んで見えた。

 両者は雷を司る神獣と魔神であったが、雷によるダメージが全くないわけではなかった。徐々に心身へのダメージが蓄積し、魔力も消費していった。

 結界を張る魔王ゼクザールは、神獣と2魔神の戦いからは少し距離を置いて、

 「ブリージア、ゼド、絶え間なく攻撃を繰り返すのだ。魔神2柱に神龍の意識が集中した時こそ、決着の時だ」

と、ほくそ笑みながら(すき)(うかが)っていた。

 神龍の上空から極低温で高圧力の下降気流の渦が河原を押し(つぶ)す。宙に浮かんでいた神龍は、地面に押し付けられる。凍てつく下降気流の渦で、凍った河原の岩と石が石臼(いしうす)()りつぶされた胡麻(ごま)のような粒となり、そのまま永久凍土(えいきゅうとうど)となっていく。

 周囲の森の樹々も、次々に凍りついてこなごなに砕けて宙を舞う、巨木が氷柱となって飛んで行く。その間も、ゼドによる無数の落雷が前後左右上下から容赦(ようしゃ)なく神龍を突き刺さしている。

 マイゼク山脈を織りなす四方の山々まで冷気は達し、発生したダイヤモンドダストによって山の斜面は白く色を変えていた。天からは無数の稲光が絶え間なく大気を裂く。

 正に天変地異の大災害となっていた。

 『ぐっ・・・・』

神龍は、神龍の加護でこの天変地異に耐えていた。

 『おほほほ、その神龍の加護はいつまでもつかしらね』

高笑いするブリージアの長い髪と緑色のロングドレスが、冷気でバタバタと(なび)いていた。ブリージアは、神龍を無機的な視線で見つめ、

 『フリーズ』

両掌で輪を作り呟いた。

 一瞬にして、神龍の体が超低温の冷気に包まれた。

 『その冷気を吸えば、肺も凍る。いかに神獣といえども、呼吸はするもの。

 その我慢比べに時間制限をつけておくわ』

 『ならば、我からも神龍に贈り物だ・・・奥義、雷槍(らいそう)!』

ゼドが不敵な笑みを浮かべ、天を指さした。

 黒雲内部がピカピカ点滅し、そこから一直線に光が神龍の尻尾を(つらぬ)いた。神龍の堅い(うろこ)を破り、黒雲から尻尾までを雷槍が串刺しにした。

 『うぐぉぉぉ・・・』

 『神龍よ。我ら魔神2柱を相手によく戦った。しかし、もう魔力も限界を超えておるのではないのか。くくくくっ』

そう笑うと、ゼドは、串刺しになり身動きの取れなくなった神龍めがけて、落雷の威力を更に高めた。

 『・・・・いかにも、()うの昔に魔力は限界を超えておるわ。

 だが、我には・・・これがある』

神龍は龍神白石を握る手を高く突き上げた。

 『破魔の極光(きょっこう)

 神龍の掲げた龍神白石が眩いばかりの輝きを放った。その輝きは雷光の白をも(しの)ぐ極光となり、魔神の視界さえ奪った。

 黒雲と白煙の天には、七色のオーロラが次々と形と色を変え、天にかかる羽衣(はごろも)の様に揺らめいた。

 ハーミゼ高原一帯に魔力の磁気嵐が吹き荒れた。電磁誘導によって体内に電流が発生し、目の網膜(もうまく)や筋組織が極度に刺激される。

 ブリージアとゼド、魔王ゼクザールは、一時的に五感と内臓組織、運動などの遮断(しゃだん)により、心拍と呼吸すら奪われ、全身に強度のダメージを負う。

 神龍は2柱の魔法攻撃から解放されて反撃に出る。ブリージアには、極大の雷の一閃を落とした。

 『ぎゃぁぁぁ』

ブリージアは、肢体を硬直させて悲鳴を上げた。

 雷の膨大(ぼうだい)な熱量によって、凍結した川が溶けて水に戻っていった。河原に倒れたブリージアに容赦なく降り注ぐ雷の雨。ついに、ブリージアの心臓は停止した。

 神龍は、立ちのぼる水蒸気の白煙の中で倒れるブリージアを見て、悲哀の表情を浮かべた。

 更に、高圧の水竜巻が河原の石も巻き上げながら、ゼドに近づいて行く。

 高圧の水竜巻がゼドを()み込んだ。

  『ぐおぉぉぉー』

 水竜巻の凄まじい水圧によってゼドの皮膚が裂け、肢体の骨は()し折られ、肋骨が()き出しとなって空中に放り出された。

 神龍は、強敵魔神2柱への勝利を確信してその鋭い牙を(のぞ)かせた。この(またた)き程の間、その意識から魔王ゼクザールの存在が消えた。

 「グラビティ」

魔王ゼクザールは、腕を突き出し、掌を広げた。

 神龍に(すさ)まじい重力がかかる。頭と胸、胴、手、足、尻尾のすべてが地面に叩きつけられる。体は大地に引き寄せられ、頭すら持ち上がらない。神龍の頭蓋骨や背骨は、ギシギシと音を立てて(きし)む。

 水竜巻の回転は止み、水柱となった水が一気に河原に落ちて来る。滝の様な水量と水圧が神龍とブリージアを襲う。ドシッと鈍い音をたてて、ゼドも宙から落下して来た。

 水が流れ去った河原には、神獣と魔神2柱が横たわっていた。氷魔神ブリージアは心肺停止。雷魔神ゼドは、大ダメージを負い意識がなかった。

 ゼクザールは、勝ち誇った表情をして、神龍を見下していた。

 神龍は、目だけをギョロリと動かして、(うな)るような声で、

 『ゼクザール、我に止めを刺せるかな』

と問う。

 「重力魔法グラビティの最大出力を維持するだけで限界だ。残念だが、我には其方(そなた)の止めは刺せぬ。だが・・・」

 『ならば、代わりに我が魔王ゼクザールに止めを刺してやろう。・・・その胸の石から禍々(まがまが)しい魔力を感じる・・・そこだな』

神龍の(あご)が上に動いた・・・強烈な重力に逆らい、二の腕で体を持ち上げる。

 『うがぁぁぁぁ!!』

神龍は、叫び声を上げて力を振り絞る。神龍の頭と胴が河原から持ち上がった。

 魔王ゼクザールの勝ち誇った表情から、(あせ)りの色が見えてきた。

 『ゼクザール、この神龍が冥土(めいど)へと送ろうぞ!』

神龍は深く息を吸い込む、(のど)(だいだい)色に発光する。神龍が口を開き狂暴そうな牙を見せる。魔王ゼクザールは、神龍の瞳を(にら)む。

 その時、神龍を暗黒のエネルギーが包む。

 『ぐっ、な、何だ、このエネルギーは・・・力が吸い取られていく』

 樹々が吹き飛ばされ、かつて森であった場所から、暗黒の光が伸び河原の神龍と(つな)がっていた。

 倒木の陰から立ち上がる者がいた。その者から暗黒の光が伸びている。

 『神龍よ、油断したな・・・このエネルギーは生命力を徐々に奪っていく』

 『魔界神ディアキュルスか・・・』

 魔界神ディアキュルスの姿は、山羊(やぎ)に似た頭から左右に伸びる太い角、首と肩の間から2組の双頭の蛇が生えていた。

 神龍は、最後の力を振り絞って体を持ち上げたが、再び磁石に引き付けられる鉄釘のように河原に固定された。

 神龍は、目を閉じ独り言を(つぶや)く。

 『・・・魔王と魔神3柱であったか。敵の兵力を読み間違えるとは、最初から我に勝ち目などなかったのか。

 ディアキュルス・・・我が全く気付かぬほど、完全にその気配を消しているとは・・・噂に違わぬ陰の魔神』

 神龍は徐々に生命力を(けず)られ、その眼の光が静かに失われていく。

 ディアキュルスは、触れた箇所すべてを分解消滅させる分解球を神龍に撃ち込んむ。

 『ぐっ・・・・・・・・・』

 神龍の後ろ脚が(えぐ)られた様に分解消滅した。

 更に、神龍の胴に分解球が命中して、胴が抉られ両断される。

 『うう・・・・』

尻尾と左腕も失っていく。

 胴から下を失った神龍は、最後の力を振り絞り、体を回転させて水の中に逃れた。

 「無駄なことを・・・分解球で止めを刺せ」

水中の神龍は、神龍白石の存在を隠すために、岩の間に(もぐ)り込ませた。そして、神龍は、下流へとその半身で泳ぐ。 

 ディアキュルスが水中を泳ぐ神龍に狙いを定める。

 ガバーーッ!!

 神龍の首が水面から飛び出した。ゼクザールも驚きで表情が固まる。

 神龍の喉が橙に光っていた。口を開ける。

 ピカッ! ドゴゴゴーン、神龍の息吹が一閃(いっせん)した。

 ゼクザールは、神龍の息吹着弾の前に何者かに突き飛ばされた。

 ゼクザールを(かば)い、神龍の息吹で頭の右半分を吹き飛ばされたブリージアが立っていた。

 「ブリージア」

 ゼクザールは、倒れるブリージを抱き寄せる。

 「ブリージア・・・ブリージア!・・・ゴフッ・・ゴホ、ゴホッ・・」

 ゼクザールは、自身の胸の出血に気づいた。掌をみぞおちに当てると、傷は内臓と背骨を巻き込み、貫通していた。(あふ)れるような鮮血(せんけつ)がほとばしる。

 『・・・・主・・ご無事でなにより・・・』

 「ブリージア、目を開けろ」

 『魔族の世を・・・』

そう言い残して、氷魔神ブリージアは息を引き取った。

 その瞬間に、ゼクザールの胸にある白い石にピキピキッとひびが入り、その一部がポロポロと砕け落ちた。

 「ゴフッ、ゴホゴホ、・・・ハァ、ハァ、神龍め、最後の最後に、神龍の息吹を・・ハァ、ハァ、我の胸の石、八方陣を・・・狙ってくるとは・・・ゴホッ・・・」

 潜伏(せんぷく)を必要としなくなったディアキュルスは、体長を30mにまで巨大化させ、1歩1歩勝利を噛みしめながら、川へ入って行った。ちぎれた神龍の上半身は、川の流れに沿って川底に横渡っていた。

 『ふん、既に事切れているようだな・・・』

ディアキュルスは、神龍の上半身を一瞥(いちべつ)すると、手にしている大鎌を振り上げた。

ニヤリと牙を(のぞ)かせ、神龍の首へ振り下ろした。

ゼクザールの意識は、そこで遠のいていった。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


モニュメントダイモンの前で、ゼクザールはそっと目を閉じ、ブリージアの名を呟くと、(きびす)を返した。


 王の間

 ゼクザールは、豪華で背もたれの高い椅子に腰かけ片肘(かたひじ)をつき(あご)に手を当てている。

 階下では、王座から扉まで延びた赤と金の刺繍(ししゅう)絨毯(じゅうたん)に沿って、魔族六羅刹や魔族兵たちが整列している。

 王の間には円柱の柱が建ち、王座の後ろには明りが入り、シルクのような布がその明りに照らされながら(なび)いていた。

 焦土のガイエンが王座の前で拝礼する。

 「魔王ゼクザール様、第2次魔人大戦の予定は18ヶ月後と定めておりましたが、変更なさるということですかな」

 「如何にも」

 「しかし、魔王ゼクザール様の魔力のご体調がまだ万全とは言えず、魔法の威力と使用できる種類に制約があると聞いておりますが・・・」

 「破魔神獣神龍と慈愛神獣雪乙女、それにダイチとやらも気にかかる。

 ・・・ここから事態は急変する。本日より12ヶ月後に大侵攻と致す」

 「はっ、ロスリカ王国を大侵攻の橋頭堡(きょうとうほ)、そして、人を分断させるための拠点として強化しております。本日より更に強化を進めます。

 我ら六羅刹及び魔族兵は、魔王ゼクザール様への忠誠を改めてお誓いします」

 魔王ゼクザールは立ち上がり、王座の前で向きを変えた。黒いマントが靡く。魔王ゼクザールの足音だけが王の間に響いた。


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