5 召喚術師と召喚神獣
その女性は頷くと、黒い瞳でダイチに問い返した。
「貴方は誰なの?」
「君は、俺を探していたのかい?」
「そう、貴方を探していたの・・・貴方は誰なの」
ダイチは、笑顔から厳しい視線へと変わる。
「俺は、ダイチ・ノミチ。テラ、1ついいかい。
先ず、俺たちを試すために演じられた、この馬鹿げたダンジョン劇の経緯を話してくれ」
「その事については、深くお詫びいたします。
私は、交易・冒険者チームキャプテンのテラです。
ルカの民、ジャジャイさんの遺志で、ダイチさんと出会うこの日を待ち望んでいました。
私は、この信託の指輪で、夢で何度も貴方にお会いしています。この出会いの会話も既知でした。私は夢で何度もお会いしていましたが、ダイチさんの名は分かりませんでした。
ダイチさんにとっては、初対面にも関わらず、この非礼を重ねて謝罪します」
「俺との出会いが、ジャジャイさんの遺志? 神託の指輪?」
「そこから話をします。ジャジャイさんは、神託を受けて60年もの間、私との出会いを望んでいました。
やがて、ジャジャイさんは、神託通りに私と出会いました。ジャジャイさんは、私に神託の指輪を譲り、名も姿も分からぬ男性を探すよう託すと、息を引き取りました。
私は、その遺志を受け継ぎ、その男性を探す決心をしました。およそ12年前の話です。
信託の指輪の力により、夢の中で出会ったその男性は、十字架を持っていました。恐らく、その十文字槍です」
ダイチは、一瞬だけ黒の双槍十文字に目を向ける。
「俺と出会う目的は何だ」
「分かりません」
「・・・目的も分からずに、ジャジャイさんの遺志を受け継いだと」
「はい。亡くなる直前に託されたジャジャイさんの志は、尊いものに感じられたのです」
「たったそれだけの事で、俺を12年間も探し、この瞬間を待ち続けていたのか」
「はい。以後の神託の夢で、この日と場所が確定できたのは、10年前の事です」
「なぜ、俺たちを試す様な事をしたのだ」
「神託とは言え、その男性とどのように関わるのか、どのような人柄なのかも分からなかったために、失礼を承知で見定めさせていただきました」
「テラは、俺が敵性であった場合の事も、考慮したという事なのだな」
「失礼ながら・・・その通りです」
「残念だが、その様にいきなり相手を試す者を、俺は信用できない」
その時、エルフの女性が前に進み出てきて、ダイチに告げる。
「この一件を計画したのは、私です。どうぞ私を軽蔑してください」
「ローレライ、それは違うわ。その方法を許可したのはキャプテンの私」
『おい、そんな身内の事はどうでも良い。それよりも、テラとそこの2人の男、まだ隠している事があるだろう』
ダイチの後ろに控えていたカミューが、痺れを切らして話に割って入って来た。
「え・・?」
テラは、不思議そうな表情をしてカミューを見た。
カミューに問われた男が口を開く。
「男とは俺の事か? 俺はデューン・レクス・ティタンだ。俺に隠し事などはない」
「俺は、ガイ・ア・ファウンダだ。
俺には、聞きたい事がある。なぜ、ダイチの脇にいる魔物が、人間の言葉を話せるのだ?」
ピカピカ、ドドドーン、ゴロゴロゴロ、耳をつんざく様な雷鳴が響く。妖精たちは悲鳴を上げた。テラたちは視線を上げ、突然湧き出た黒雲の中で何度も輝く稲光を恐ろしげに見た。
『破魔神獣の神龍を魔物呼ばわりするとは、無礼千万』
カミューが、怒髪天を衝くばかりに、牙を覗かせ重低音の声を響かせた。
「待て、カミュー!」
雷光一閃、ピキピキピキ。
テラたちの後ろにあるダンジョンの遺跡が吹き飛んだ。ドドドーンと、雷鳴と地を伝う振動が遅れて伝わって来た。
妖精たちは、宙で尻もちをついて、腰を抜かしていた。レミは、きゃーと声を上げ、ハフの背に隠れた。
『主! なぜ、我を止めるのだ!』
カミューが、殺意に満ちた眼光のまま、ダイチに詰問した。
「この者は、カミューを蔑んだわけではない。人は自分の知識と経験からしか物事を推し量れない。カミューを魔物と呼んだのは無知故だ。落ち着け」
『カミュー様、ダイチ殿のおっしゃる通りですわ』
『カミューには、呆れる』
『ぐぬぬぬ・・・』
カミューは、ぷいと顎を傾けた。
ガイが、カミューに頭を下げ、素直に謝罪する。
「神獣様と知らぬ事とは言え、ご無礼をお許しください」
ダイチが思念会話でカミューに話しかける。
「ここは、神獣の器の大きさを示す時だぞ」
『(チッ)・・・ガイ、分かれば良い。汝を許す』
テラもデューンもガイも笑い出した。ダイチには、カミューとの思念会話が、この3人には聞こえている様な気がした。
「思念会話ができるのか」
「「「はい」」」
『ダイチ、だから、最初から神獣の気配がすると言っていたではないか』
横を向いたままのカミューが、やれやれといった表情でぼやいた。
テラが、頷きながら答える。
「カミュー様の言った『まだ隠している事』とは、その事だったのね。
私には、智佐神獣白の神書のマウマウと冥神獣ワルキューレのサク。
デューンには、炎祭神獣イフリートのイフ。
ガイには、・・・一寿がいます」
「テラ、俺の神獣は、豊穣神獣麒麟の一寿だ」
「豊穣神獣麒麟だって!」
ダイチは、驚きの声を上げた。
『ダイチ、よく聞いていたのか、それだけではない。その次の目標の冥神獣ワルキューレ、炎祭神獣イフリートとも言っていたぞ』
『わたくしたちの目標の神獣が、既に召喚神獣になっているとは・・・残念です』
「ルーナ、それは残念がるところではない。むしろ喜ぶべきところだ」
ダイチは、思念会話をした。
『主、喜ぶのはまだ早いぞ。我らの目的に賛同するかは、まだ分からん』
ダイチは黙って頷く。
思念会話が筒抜けだったガイが呟く。
「まさか、俺の豊穣神獣麒麟の一寿を召喚神獣にしようとしていたとは・・・」
ガイの言葉に、ダイチもはっとした表情を浮かべた。
「そうだった。3人とも思念会話ができるのだったね。では、確認したい。3人ともその神獣を召喚できるのか」
ダイチは、テラとデューン、ガイを見渡した。
「「「勿論」」」
テラは、ダイチたちに目をやり、笑顔になる。
「それでは、私たちの召喚神獣をご紹介します」
テラは、黒翡翠の埋め込まれた導きのペンダントで冥神獣ワルキューレのサクを召喚した。
ドドドーンと凄まじい雷が目の前に落ちた。その衝撃で空気が、地面が震動した。
落雷の跡には、馬に乗る黒い騎士の姿があった。全身が漆黒の鎧に包まれ、兜の左右からは曲がった角が前に向かって伸びていた。漆黒で裏地が紫のマントを羽織り、鎧の首裏辺りから紫色の布が6本放射線状に伸び風に靡いている。背負う剣は長剣と言うにはあまりに元幅の太い剛剣であった。
跨る馬、黒雲は、全身が漆黒で、黒い長いたてがみが炎のように揺らいでいた。蹄の上辺りからは、黒い毛が生えていた。
『・・・我は、冥神獣ワルキューレのサク』
デューンが、右手のナックルグローブを外し、胸の受胎の刻印に手を当てた。魔力を右掌に込める。デューンの右掌には胸の受胎の刻印が鏡写しに転写された。デューンの掌から眩い光が放たれた。その光が大きな人影をかたどる。
体長4m、筋骨隆々の太い腕、牛の顔、頭に水牛の様に太くくねった2本の角が前方に伸び、全身が赤茶色で、下半身の側面から深紅の炎が揺らぐ魔人が仁王立ちする。腰にはドラム型の鼓とバチ2本が見えた。
『我は、炎祭神獣イフリートのイフだ。雪乙女、久しいな』
『そうね、800年前の人魔大戦ぶりね』
雪乙女は、挨拶代わりに、イフの周りへ雪の結晶をちらつかせた。
『そっちは、新しい破魔神獣の神龍か』
カミューは、イフを見て頷く。
ガイは、両腕を前面に上げ、指先で宙に四角を描いた。宙になぞられた空間が歪んだ。その空間に穴が開く。
「いでよ。一寿!」
グルルルルルと、低い唸り声を上げて空間の縁を掴むようにして神獣が顔を出すと、ゆっくりと全身を露わにした。
体長5m、全身が緑色、獅子の様な顔と白いたてがみ、逞しい上半身、左右の手首には白い毛が生え、やや短めの足で2足歩行、伸びた尻尾には馬のたてがみの様な白い毛が生えていた。
『グルルルルル、豊穣神獣麒麟、名は一寿』
テラの持つハードカバー付きの白い本が、カタカタと震える。
『私は、智佐神獣白の神書のマウマウ』
『わたくしは、ダイチ殿に従う慈愛神獣雪乙女のルーナ』
緑と青のヘテロクロミアの瞳が冷たい光を放ち、透き通った淡い青の羽衣のような長い布が、静かに舞い上がり風に靡いていた。
『智神獣黒の神書のクロー』
黒いハードカバーのついた書であるクローのページが、パラパラと捲れた。
『我は、破魔神獣神龍のカミューだ』
白い神龍であるカミューは、蛇のように長く伸びた胴をクネクネと蛇行させて宙に浮いていた。
前足と後足が2本ずつあり、頭からは鹿の様な枝分かれした角が2本生えている。頭や顎の下、背中や足の付け根には金の毛がふさふさと風に揺らいでいた。カミューが握る龍神白石が眩いばかりに光を放つ。
透き通る様な青空から、こちらに向かって一直線に黒い影が急降下してくる。
黒い影がテラの脇に着地した。
『キュキュ、キュイーン。キュキュ。・・・ヨロシク』
体長4mのドラゴン。全身がメタリックな黒色、頭には灰色の角が2本、その角が前方に向かって枝分かれして延びている。背には大きな藍色の翼が生えていた。
テラが、キュキュを紹介する。
「始祖龍ファーブニルの亜種、サブスピーシーズのキュキュです」
美しい妖精たちは、目を丸くし、口をあんぐりと開けていた。だいぶ前から意識は飛んでいたかもしれない。
「・・・・・」
「・・・・」
レミも、ローレライも、ハフも、生物界の生存競争において頂点に君臨する最強の魔物ですら凌駕する、図り知れない戦闘力と圧倒的な存在感を放つこの神獣たちを前に、瞬きすら許されない状況に陥っていた。
テラが催促する。
「レミ、自己紹介」
「あ・・・わ、私は、レミ・フイックス、25歳です。ミネルヴァの揺り籠号の会計長兼料理長をしています。ほ、他には、回復・強化魔法を少々と、釣り、占いを得意としています・・・」
圧倒的な存在感の神獣を前にし、黒褐色の肌を持つレミの顔色は青くなり、黒い瞳が左右に落ち着きなく動き、その声は上ずっていた。
「私は、ローレライ・フリーマン。航海士兼砲術士」
長い銀の髪、モデルの様な容姿のエルフローレライが、腰に手を当てポージングを決めているものの、ローレライの緑色の瞳には動揺の色が隠せなかった。
「私は、ハフ・ノート。ハフと呼んでね。得意は斥候と罠の解除よ」
フレンドリーな自己紹介の言葉とは裏腹に、山猫獣人のハフの尻尾は縮みプルプルと震えていた。
「私は、テラ・セーリング。女神の祝福のリーダーとミネルヴァの揺り籠号のキャプテンをしています」
朱色の髪で黒瞳の瞳、首に導きのペンダント、左耳に試練のイヤリング、背に刀長1.4mのアダマント製の斬魔刀・飛願丸を背負ったテラが微笑んだ。
「俺は、ダイチ・ノミチ。鍛冶職人だ」
『ダイチ、これで決まりだな。テラの言っていた神託による出会いとは、あの目的のためにあったのだな』
「ああ、俺を探せという神託の意味は、俺たちとテラたちの共闘が目的だったのだな」
「ダイチさん、何の事ですか。私の神託の意味が共闘とは・・・」
「魔王ゼクザール討伐への共闘だ」
サクとイフ、一寿の眼が、ダイチを射抜くように睨む。
『・・・ダイチは、自らを鍛冶職人と名乗っていたな。800年前の人魔大戦で我らを従えた召喚術帝キッポウシは、秀でた統率力と剣技、封印魔法を得意としておったが・・・
・・・ふっ、ダイチは、召喚術師か・・・』
サクは、透き通った紫色の瞳でダイチを品定めした。
『魔王ゼクザール討伐は、我らも望むところだが、あの召喚術帝キッポウシですら己が命と引き換えに封印がやっとであった。召喚術師如きがいきなり共闘とは片腹痛いわ・・・』
イフはダイチを嘲り笑った。
『グルルルル、魔王ゼクザールだけならまだしも、奴が従える八魔神が相手となると、召喚術師程度では、勝利は怪しいな』
と言うと、一寿は、いきなり尻尾をダイチめがけて振り回した。
ピキピキッ、ドカンと、ダイチの前に現れた氷山に一寿の尻尾が当たった。
『一寿、ダイチ殿に牙を剥くことは、この雪乙女ルーナが許しません』
『・・・グルルルル、おい、死にたいのか。新米のカミューは下がっておれ』
一寿の背後からその牙と爪を寸止めしていたカミューを威嚇した。
殺意を込めた瞳で睨むカミューが、低い声で一寿に囁いた。
『一寿よ。今の瞬間でお前は2度死んでいたぞ。
お前の実力はこの程度か、それとも人魔大戦で負った傷が、まだ癒えていないのか』
カミューの背に殺気が放たれる。カミューが身を翻して、イフの鉄拳を躱す。
『どうやら、イフもやる気の様だな』
カミューが、ニヤリと牙を覗かせて不敵に笑った。
「サク様、あれを止めてください」
テラが、サクに向かって叫んだ。
『もう、神獣の怒りは鎮まらぬ。それとも・・・・どうかしらね。
面白くになってきたわ。テラたちは、できるだけ離れていなさい』
「え・・・そんな」
カミューの眼が光ると、疾風が1つ駆け抜ける。天には、厚い黒雲が湧く。
ルーナの透き通った淡い青の羽衣のような長い布が、静かに舞い上がる。金色の長い髪は、黒髪へと変わり、緑と青のヘテロクロミアの瞳に強い意志が宿る。ルーナが無表情に微笑むと、樹々の葉が薄っすらと白くなり、大気の水分が凍結してキラキラと輝く。
イフが拳を突き上げると、肌を焦がすような熱風が、渦を巻きながら天高く舞い上がる。
一寿が、拳で地を叩くと、地がグラグラと揺れ、大地が裂けていく。
カミューが、牙を光らせてニヤリとする。イフと一寿も不敵な笑いを浮かべる。雪乙女は、冷たく能面の様な表情で目を細めている。
図り知れない戦闘力と圧倒的な存在感を放つこの神獣たちの臨戦態勢に、妖精たちは、慌てて逃げ去って行く。ハフとローレライ、レミたちは恐怖の表情を浮かべて、デューンとガイを責める。
「ちょっと、あなたの神獣でしょう。何とかしなさい」
「止めるのよ。早く」
ハフとローレライが、デューンとガイに詰め寄った。
「イフ、待て。味方同士だ」
「一寿、止めろ。俺の命に従え」
デューンとガイの声は、闘争本能に火のついた神獣たちには届かない。
4神獣が徐々に互いの距離を詰めていき、10mでの対峙となった。
ガスタンク
「エクスティンクション」
召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。
4神獣の上空の1点から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。球形が目に見えた訳ではない。ダイチの想定した効果範囲であるガスタンク大の直径30mの透き通った球が存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んだのだ。
その刹那、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。
4神獣は、最強の神獣たちであるが故に、これまで経験した事のないゾゾゾという不快な感覚が背筋を走った。
「カミュー、ルーナ、イフ、一寿。ここに座れ」
ダイチが呆れかえった表情で、地を指さす。
『・・・だがな、主』
『ダイチ殿、これは、あちらが・・』
『・・・・』
『・・・グルルル・・』
ダイチは無言のまま厳しい目で、4神獣を1柱ごとに睨んでいく。
「座れ」
低い声で静かに命じる。
4神獣が、ダイチの指さす場所に集まって腰を下ろす。
「俺の旅の目的は、この人間社会の平和と繁栄に資することだ。よって、人類存亡への脅威となる災厄魔王ゼクザールを討伐する。この事は肝に命じておけ」
ダイチは厳しい口調で告げた。
「ふーっ」
と、ダイチは1つ息を吐いた。
すると、今度は落ち着いた声で語る。
「炎祭神獣イフリートのイフ、豊穣神獣麒麟の一寿、人間たちの未来のために、その力をお貸しください」
イフと一寿に向かい丁寧に頭を下げた。
イフと一寿は、ダイチの瞳を黙って数秒間見つめていた。
『人間の未来のためか・・・承知した』
『グルルル・・・我も人間の未来を危惧している。・・・承知』
ダイチは、笑顔で神獣たちを見渡した。
テラは、この一部始終を眺め、ポツンと呟いた。
「あれが、神託の男性ダイチ・・・臨戦態勢の神獣様たちを一瞬にして従えた」
サクが、馬上からテラを見て声をかける。
『テラ、あれが召喚術師ダイチの力』
ダイチは後ろを振り返ると、厳しい目と口調で叱責する。
「サク、お前の行為は、最も罪深い。
1つ目、主人であるテラが止める様に命じたにもかかわらず、神獣たちを止めなかった。
2つ目、言わなくてもお前には分かっているだろう」
『・・・・・』
ブヒヒヒヒィーンと棹立ちになって愛馬黒雲が嘶いた。
サクは、嘶く黒雲からゆっくりと下馬し、視線をダイチに向けたまま近づいて来る。
カミューが、異様な雰囲気を察してサクを睨む。ダイチは、カミューのただならぬ気配に気づき、左手を横に伸ばしてこれを制した。
体長3m程のサクが、ダイチの前で止まった。サクは、その紫かかった有色透明の瞳で、ダイチを見下ろす。ダイチの黒い瞳がサクを見上げる。
テラは、不安で胸が締め付けられる様な痛みを感じながら、ダイチとサクを見守っている。
『・・・・・・』
サクは静かに片膝を付くと、胸に手を当て、ダイチに頭を垂れた。この時、サクの体は、人のサイズ程にまで縮んでいった。
『冥神獣ワルキューレのサク、テラの願いに背いた事。傍観者を装い、召喚術師ダイチ様を試した事の罪を自覚します』
「2度と有ってはならぬ」
『承知しました』
ダイチの表情が緩み、温かな瞳となる。
「冥神獣ワルキューレのサク、人間たちの平和な未来のために、どうかそのお力を貸してください」
「我の望むところです」
テラは、ほっとして胸を撫でおろした。女神の祝福メンバーたちも、自分の肩に力が入っていたことを自覚し、深い息を吐いた。そして、ダイチを興味津々で見つめる。
ダイチは、深く息を吸い込むと、逃げて出した妖精たちにも聞こえる大声で叫んだ。
「よーし! さあ、みんなで、飯を喰おう!」
『『『『『おおう!』』』』』
「キュキュキュイーン」
「はい」
「了解」
「腹減ったー」
「なんだか疲れた」
ダイチと女神の祝福メンバー、召喚神獣、妖精たちは、ワイワイと昼食をとっていた。ダイチの狩ったアカフチブラックドラゴンの肉を使ったバーベキューが振舞われていた。
ダイチは、オリハルオンを鍛えた白銀刀身をもつ白菊で、アカフチブラックドラゴンの鱗や皮から肉を削いでいった。時折輝く白菊の白波のような刀身の波紋に、マナツたちはその美しさに心が奪われていた。
「美しい波紋ね。さぞ名のある刀工が鍛えた業物・・・もしかしたら、ダンジョンボスからドロップした魔剣ですか」
「・・・いえいえ、俺のいた鍛冶屋で鍛えた刀だよ。鍛冶職人の知識と経験、試行錯誤の結晶なんだ」
「ミスリルさえ刃こぼれする最強種のアカフチブラックドラゴンを解体できる刀って、人間の知識と経験、試行錯誤でなんとかなるものなのか?」
デューンが、素朴な疑問をぶつけた。
「・・・・・まあ、あるんだよ」
「ダイチさん、このドラゴンはカミュー様が倒したんだよな。外傷が見当たらないけれども、どうやって倒したのか教えてくれ」
ガイが、アカフチブラックドラゴンの巨体を眺めながら、ダイチに尋ねた。
『そのドラゴンは、主が倒した』
カミューが、テラたちの後ろから、にゅっと顔を出して言った。
「「「「・・・・え・・え、えーーーー!」」」」
肉を捌いているダイチの顔に視線が集まった。
「・・・まあ、運が良かっただけだ・・・」
「運で、このドラゴンを倒せるものなのか・・・」
「ダイチさん、やっぱりさっきの魔法で?」
「・・・まあ、そうだな」
「・・・ダイチ、お前は生物界の頂点に君臨しているのか・・・」
「物事を大袈裟に言うなよ、デューン」
ダイチが笑みを浮かべてテラたちの顔を覗くと、テラたちは真顔で見つめ返して来た。
デューンが、肉を口いっぱいに頬張りながらダイチに目を向けた。
「モグモグ、かぁー、美味い。アカフチブラックドラゴンの肉って最高だ。俺、こんな肉を食べたことがない。ダイチは、毎日こんな肉を食べているのか」
「俺も初めて食べた。旨いねー。臭みは全くなく、それでいて旨味にあふれている。
俺の元いた世界では、最高級のブランド牛が美味いと評判だったけれども、俺は食べたことがないから比較しようもないな。」
「アカフチブラックドラゴンのあの巨体だ。次の宴の肉もこれ一択だな・・・いや、毎日食べさせてくれ」
「あははは、いいね」
ダイチが召喚神獣に目をやると、神獣たちは焼けた肉を黙々と食べていた。カミューや一寿、イフは、こんがり焼けた骨付き肉をバリバリと食べては、満面の笑みを浮かべていた。
串肉を食べていたテラがダイチに尋ねる。
「ダイチさん、先ほどの召喚神獣たちのいざこざを一瞬で収める姿には、驚きました。
あれは召喚術師のスキルなのですか」
「テラ、買い被り過ぎだ。仲裁に入る前は、怖かったよ。それから、テラも同い年位だから、俺に敬語はいらないよ」
デューンが網から焼けた肉を皿に取りながら2人の会話に入ってくる。
「俺なんか、頭に血が上ったイフ1柱さえ、止める事は出来なかったのに。やっぱり、あの一瞬空間が歪んだような魔法で、強力な力を神獣たちに示したからなのか」
ダイチは、照れた表情で答える。
「あれは、召喚魔法エクスティンクション。確かに俺が撃った。でもあれは、臨戦態勢になった神獣の注意を引いて、高ぶる感情に水を差しただけだよ」
黙々と食べていたガイが、食べる手を止め、ダイチに疑問を投げかける。
「それなら、その後、どうして神獣はダイチの言う事をきいたんだ」
ダイチは首を傾げ、微笑みながら答える。
「・・・なぜだろうね。俺にも良く分からない。
やっぱり、召喚術師は、神獣を従えることの出来るジョブの1つだからかなぁ。・・・それでかな。
まあ、俺の考える召喚術師は、チームの経営者みたいなイメージを持っているから、メンバーのよからぬ行動は指摘しないとね」
「経営者?」
女神の祝福のキャプテンであるテラが、経営者と聞いて目を輝かせ、すかさず聞き返した。
「ああ、経営者と言っても、俺の知っている経営者のイメージは、元の世界の小学校の校長先生なんだけれどもね」
「小学校の校長先生?」
「俺は元いた世界で小学校の教員をしていた。この世界でいう初等学校の先生と同じかな。そこの校長先生の経営イメージだよ」
「どんな経営イメージなんです?」
「主な役割は、
ビジョンを描き、目的・目標を定める事。
その目的・目標達成のためにチームのモチベーションを上げていく事。
判断をする事。
その結果に責任を持つ事かな。
俺の勤務していた小学校の校長先生はそうだった。
このクローは、俺の知識を遥かに上回っている。神獣のカミューやルーナは、俺の戦闘力とは比較にならぬほどを遥か上だ。
だから、能力が及ばない俺の役割は、目標を定め、神獣の凄まじい能力を理解し、その能力を効果的に発揮させる事だと、割り切って考えている」
「経営者は、全てにおいて皆を上回る知識や経験、能力がなくても良いのですね」
テラは、目を丸くして頷いた。
デューンも感心したように呟く。
「自分の能力の乏しさを自覚した上で、チームとしての力を高めていくという事か」
ダイチは、頭を掻きながら小声で本音を語る。
「理想としてはそうかな。偉そうに召喚術師は経営者だなどと言ったけれども、俺は小学校の一担任だったので、小学校の学級経営のノウハウを、そこに応用しているだけなんだよ」
テラが目を丸くして仰け反る。
「えーっ、神獣を子どもの様に扱っているという事なの?」
「まぁ、そんなところだ・・・カミューたちには内緒だよ。共感する、認める、自己決定の機会をつくる、この3つを大事にしているだけなんだ」
「共感するって言ったけれども・・・共感だけでは、さっきの様ないざこざは収まらないでしょう」
「まあ、そうだね。俺の言う共感は、思いや気持ちへの共感。問題があった時に、貴方の気持ちは分かるけれども、その行動はダメだと嗜める事も含んでいる」
「それなら私にもできそうだわ」
テラは、胸のつかえが降りたような表情をした。
「ところで、女神の祝福のメンバーは、この6人なのか」
「はい。もっと人数は多かったのですが、5年前に元キャプテンのマナツ母さんが結婚をして、それを機に、4人が別の道を歩み始めました」
* * * * * * * * * * * *
マナツは、結婚相手の貿易会社の経営を補佐している。
ファンゼムは、奥さんと共に保険会社を経営している。
リッキは、マナツの貿易会社の船長を務めている。
ダンは、研究に没頭し、新薬の開発をしている。
* * * * * * * * * * * *
テラは、ダイチを見つめて尋ねる。
「ダイチさんは、本当に鍛冶職人なの?」
「俺は、自己紹介通りの鍛冶職人だ。まだまだ駆け出しの職人だけれども」
「鍛冶職人か・・・その十文字槍は、さっきの白菊と同じで、その鍛冶屋の品な?」
テラの質問に、ダイチの十文字槍に興味があったデューンが被せる様に質問する。
「俺も、気になっていたんだ。黒光りする刀身って・・・材質は?」
「ああ、これか、アダマントだ」
「アダマントって、あの最強の金属だよな」
「ダイチのいた鍛冶屋では、アダマント製の武器を造ることができるのか」
「この槍も皆の力を借りて、俺が造った。黒の双槍十文字だ。メルファーレン侯爵様に命名していただいた」
ガイも驚いて尋ねた。
「アダマント金属は、最強だと聞いている。それを鍛えるとは・・・黒の双槍十文字って、俺の自慢の神斧『カオスの斧』並みだな」
テラがダイチの剣を指さす。
「ダイチさん、ついでに、その腰の白菊の材質は・・・
ひょっとして、聞かない方が良い?」
「あはははは・・・・多分」
皆が顔を見合わせた。
ダイチが、ローレライに目を移した。
「ローレライに尋ねたい。あのダンジョンボスの問題に、はやぶさ2がタッチダウンをした小惑星の名とあったが、この世界にそんな事実があったとは、とても信じられないのだが・・・」
「私は、5年前に、テラの探す男性を、このダンジョンで試すと提案しただけです。問題の作成者は別にいます」
「では、その問題を作成した者は、誰だ」
「その人には、もうすぐに会えますよ。今日の昼過ぎに、ここに来る予定です」
「ここに来る?」
ダイチの目が鋭い光を放った。




