4 クロー VS アウル
『クローにも神龍の加護を付けておく』
「ダンジョンボスの名はアウル。知恵の勝負を希望しろ」
『承知』
ダイチは石の扉を開けると、1111号室の中にクローをそっと置いた。
石の扉はゆっくりと閉まっていった。
古びた洋館から、何者かが近づいて来る気配がする。やがて、濃い霧の中からアウルが姿を現した。
アウルは、床に置かれたハードカバーの本であるクローには関心を示さず、クローのすぐ脇に立ち止まり、首だけをぐるりと1回転させる。
「ホーホー、姿が見えないようですが、次の挑戦者はどなたですか」
クローが足元でカタカタと床を鳴らす。
「ホーホー、次の挑戦者はどなたですか」
クローのページがパラパラと捲れる。
アウルは、ページが次々に捲れていく本を見止め、慌てて後ろに跳ねた。
「・・・・・・・・・ホーホー」
過去3回、ダイチたちに1撃で屠られてきたアウルである。ひとりでにページの捲れる黒いハードカバーの本に最大限の警戒を払い観察する。
「・・・・ホーホー・・・この本の持ち主は、どこに隠れているのですか」
首を1回転させながら、辺りの気配を探るが、アウルの声は濃い霧に吸い込まれていくだけであった。
「ホーホー、風もなく本のページが捲れるホラー演出は止めてください。不気味です」
クローはカタカタと震え、先ほどよりも勢いよくバラバラバラバラと、ページが捲れた。
「ひぃーー、ボ、ボーボー」
アウルは、目を抑えて後ずさりした。
クローは、見開きの状態で白紙のページで止まった。
「・・・・・・ボ、ボーポー・・・」
アウルは、震えながら羽の隙間からその白紙のページを見た。すると、不気味な書体の文字が次々と現れてくる。
我は智神獣黒の神書のクロー
「ひいいいいー、ボボボーボー、し、神獣・・・」
今度はアウルの翼が、ガタガタと震えている。
「お待ちください。ホーホー、私はこのダンジョンボスのアウル。このダンジョンをクリアしたければ、私を倒す事です。倒し方は2種類あります。1つ目が」
クローのページがひとりでに捲れ、止まった。
「ひぃぃぃー、ボーホー、私は、知恵の勝負をお勧め・・・いえ、希望したいのですが、無理ですか」
クローの開いたページに不気味な書体の文字が浮かぶ。
汝が望む、知恵の勝負を選択する
4度1撃で屠られると恐怖していたアウルは、たいそう喜び、猛禽類であるフクロウの鋭い脚の爪で、カチカチと音を立てた。
「ホーホー、そうですか、そうですか。ふふふふっ・・・もう変更は不可能です。
では、知恵の勝負といきましょう。
貴方が正しい答えを出せば、貴方の勝ち。間違えれば私の勝ちです。
問題は3問。もし、貴方が2問正解すれば、このボス部屋はクリアです。まあ、神獣と言えども、私との知恵比べで、クリアは無理だと思いますが・・・貴方が負ければ、このダンジョンの養分となっていただきます。
ホーホー、神獣がこのダンジョンの養分になるとはこの上ない喜び、ホーホーホー。
・・・コホン、解答には、各20秒の時間制限があります。」
クローは、カタカタと体を揺すり同意を示した。
アウルの右目につけた片眼鏡がキラリと光を放った。
「第1問ホーホー。
ここに目に見えない小さな生物がいます。この生物は分裂して1分間に2倍の数に増え続けます。それをこの瓶の底に入れて蓋をすると、開始から1時間で瓶の中は小さな生物で満杯になります。
では、開始から59分後には、この小さな生物は瓶のどこまで増えているでしょうか」
アウルは、鋭い嘴から勝ち誇ったホーホーッという息が漏れた。
クローのページが捲れ、止まった。即答である。
2分の1
「くっ、正解・・・貴方の1勝」
アウルは、動揺を隠しながら続ける。
「第2問ホーホー。
ここに金貨が9枚あります。1枚だけは、重さが僅かに軽い偽物の金貨です。
左右に皿のついている上皿天秤を使って、偽物の金貨1枚を特定してください。
では、偽物の金貨をどのような場合においても『必ず特定できる方法』での上皿天秤の使用回数は、最少で何回でしょうか」
クローのページが捲れ、止まった。
2回
「う、嘘だ。即答で正解を出せるなんて・・・第3問だ、ホーホー! 2019年にはやぶさ2がタッチダウンをした小惑星の名は・・・」
クローとの知恵の勝負に負けたアウルは、透き通る様に消えていった。
石の扉が静かに開くと、ダイチたちが部屋に入って来た。
「クロー、流石だな」
『容易な問題だった。あの程度で知恵比べとは・・・しかし、アウルが消える間際に出した2019年にはやぶさ2がタッチダウンをした小惑星の名とは・・・』
思念会話をしていたダイチがクローに向かって叫んだ。
「何だって、そんな問題が・・・クローは、アウルの第3問目の正答を知っているのか」
『無理だ。第3問目だけは、何の事すらも分からなかった』
「やはりそうか。クローですら、はやぶさ2についての知識はないのか。このダンジョンの規則のモデルになる道交法といい・・・間違いない」
『ダイチ殿、何が間違いないのですか』
「このダンジョンの創造者は、俺の元いた世界から来た。しかも、俺と同じ時代からここへ来た・・・少なくとも、その世界での知識を身につけている」
『ダイチと同じ世界から、パラレルの境界を越えてこの世界へやって来たという訳か』
「いったい誰が、何のために・・・」
『ダイチ殿には、思い当たることはないのですか』
「見当もつかない・・・」
『主、その話の続きは、特大サイズの宝箱を開いてからにしよう』
「あぁ、そうだな。キングベッドサイズのこの宝箱には、期待が持てそうだ」
ダイチが興奮した眼をしながら、重たそうに箱を開けた。中には、魔法のランプに似たものが入っていた。
「特大サイズの宝箱でこれだけか・・・これは魔法のランプ? いや、管の先に無数の穴がある。これはジョウロだな」
『そこに説明書がある。それを読め』
説明書によると、この種が発芽して、計画書通りのダンジョンに成長していくとあった。ファームダンジョ説明書には、計画書の束が数枚ついていた。
手順は、
①ファームダンジョン計画書に必要事項を記入する。
②ファームダンジョンの種を蒔く。
③このジョウロで、種に水を撒く。
④ダンジョンを廃止する場合には、計画書に廃止と記入し、このジョウロで水を撒く。
「おお、これだ! これが俺たちの目標であったダンジョン経営権取得に必要なアイテムだ」
『ダイチ、ついにやったな』
『主、目標達成だな』
『これで、森と妖精さんたちを救えます。とても嬉しいです』
ダイチたちは、開かれた小部屋に移動して、ファームダンジョン計画書に廃止と記入してから、池から掬い取った水をジョウロで撒いた。
ダンジョンは、グラグラと揺れ始め、石の天井や石壁がボロボロと崩れ始めた。床の石も抜けていく。
「崩壊に巻き込まれたら厄介だ」
『ダイチ、足元の魔法陣に乗れ。このダンジョンから脱出できるはずだ』
「みんな魔法陣に集まれ」
魔法陣の上でダイチが手招きをすると、カミューとルーナも魔法陣に乗った。
一瞬の光の後、ダンジョン入口まで飛ばされていた。
透き通る青空と太陽の日差しで目が眩んだ。
「ふー、これで目標であるダンジョンの廃止ができた」
ダイチは、眩しそうに目に腕を当てて呟いた。
『妙な規則ばかりで難儀だったが、出て来る魔物は貧弱で、歯ごたえのないダンジョンだったな』
カミューが、不満そうにぶつぶつ呟いた。
『不気味な館が出て来た時は、心臓が凍るかと思いました』
「雪乙女ルーナの心臓が凍る? あはははは」
『ダイチ殿、笑い事ではありませんよ。それほど不気味で怖かったのですから』
『ルーナの敵はとった。私のホラー演出で、アウルの心拍数と血圧をかなり上げてやったぞ』
『まあ、素敵。クロー様は、私の敵をとってくださったのですね』
クローがカタカタと振動した。
「あはははは。でも、勝利に拘っていたアウルが、攻撃力が皆無のクローとの勝負に、よく知恵比べで納得したな」
『アウルを神獣の恐怖で誘導したのだ。我は智神獣黒の神書のクローと凄むことによって、アウルには、カミューたちから瞬殺された過去を想起させてやったのだ。そうすれば、間違いなく力勝負ではなく、知恵比べに乗って来る』
「なるほど、誘導か。流石は、我らの軍師クローだ」
ルーナが、微笑みながらダイチを見つめる。
『ダイチ殿、ダンジョン内で高ストレスのカミュー様の扱いといい、クロー様の抜擢といい、我が強く、個性的な神獣を宥めすかしながら上手に操縦し、その能力を遺憾なく発揮させていますね。苦労が絶えないと思いますが、流石は召喚術師です』
ダイチは照れた表情でルーナを見る。
『ダイチは、神獣の能力を効果的に発揮させている事は確かだ。だが、ルーナ、お前も我々と同じ個性的な神獣の1柱だ』
『そうです。私もその神獣です・・・・え、私もダイチ殿に苦労をかけているのですか』
ルーナが振り向き、ダイチに目をやった。
ダイチは首を傾げ、ニコリとしてルーナを見つめ返した。
『ダイチ、それより報告がある。ダンジョンとダンジョンボスを倒したので、私のLvlが上がり、特異スキルが追加されたぞ』
「なんだってー。クロー、どんな特異スキルなんだ」
『天空の眼だ』
「天空の眼?」
『私の完全感知で把握した対象のうち、その最新の1つを追尾できるという能力だ』
「それはすごいぞ。クロー」
『高高度の上空からの視点での追尾だ。ただ欠点もある。あくまで上空からの眼なので、建物や洞窟、海中などは追尾しきれない』
「高高度からの追尾って、俺の元いた世界でいう軍事偵察衛星だな。これは凄い能力だ」
ダイチは、クローのハードカバーをポンポンと叩いて祝福した。
『主、余計な話はもう良い。それより周りを見てみろ。不自然過ぎるぞ』
ダイチは、視線を辺りの樹々に移した。
「おお、樹々に葉が生い茂り、豊かな森となっている」
『ダイチ、カミューの言うとおりだ。これはおかしいぞ』
「ファームダンジョンを廃止した効果ではないのか」
『ダイチ、森の樹々は生物だ。精気を吸収するダンジョンが無くなったとは言え、この変わりようは異常だ』
『主、用心しろ。我らは妖精に囲まれている』
「え、何だって・・」
ダイチは、黒の双槍十文字を構えた。
ルーナの優しげな眼差しが、鋭く冷たいものへと豹変する。
「ダイチ様、失礼いたしました」
突然ダイチの後ろから、声がした。
ダイチは、瞬時に振り向き、黒の双槍十文字の切先をその声の主の鼻先へと向けた。
「え・・・」
ダイチは、驚きのあまり声が詰まった。
ダイチの槍の切先には、ダイチたちが思い描いていた通りの姿をした妖精がいたのだ。
透明な蜻蛉のような4枚の翅、植物で作ったビギニ姿、仄かな光に包まれ、星のついた短い杖を手に持ち、ふわふわと宙に浮いている。それは、それは、若く美しい妖精であった。
「ダイチ様、私です。妖精ティファーです」
「・・・あ、あなたが、あのお婆ティファーさんですか」
「お婆ティファーではなく、妖精ティファーです」
ダイチは、思念会話でクローたちに話しかける。
「クロー、妖精ティファーは、幻術で美しい姿を偽っての登場か」
『分からん。しかし、このローレライの森に入った時に感じた違和感は、今は感じられない』
『ああ、我も違和感がなくなった。こちらの方が、現実の世界の様だ』
『わたくしも、樹々から悲しさを感じなくなりました。むしろ生命の豊かさを感じます』
妖精ティファーが短い杖を上げると、辺りに潜んでいた美しい姿の妖精たちが現れ、ティファーの下に集まって来た。
「ダイチ様たちを欺いた事を深くお詫び致します」
妖精ティファーと妖精たちは、右手を胸に当てると丁寧にお辞儀をした。
「妖精ティファー、なぜ我々を欺くようなまねをしたのですか」
「それには、理由があります。その話をする前に、ダイチ様たちへの深い謝罪の気持ちを込め、我々の真の姿で対面している事については、お認めください」
『我を欺くとは、言語道断! 天罰を下す』
突風が樹々を揺らし、梢の擦れるガサガサとした音が森中から聞こえる。妖精ティファーたちは、腕を顔の前に置いて強風に抗うもののじりじりと後退していく。空には、巨大な黒々とした積乱雲が沸き上がって来た。
妖精たちの瞳には、緊張と恐怖の色が滲み出ていた。
「待て! カミュー、待て」
『なぜ止める!』
「先ずは、欺く理由を聞こう」
『ダイチの言う通りだ。カミュー、怒りを鎮めろ』
『・・・・・』
巨大な積乱雲は、霧が晴れる如く一瞬にして消え去った。樹々の騒めきも鎮まった。
ルーナは、妖精たちの緊張と恐怖とは無関係に、目をキラキラと輝かせて妖精ティファーたちを見つめている。
『わたくしが想像していた以上に、妖精は美しい。わたくしの夢は叶った。
あぁー、このローレライの森に来られて幸せだわ』
ぷっと、ダイチは噴き出した。
「ダイチ様、理由をご説明します。
10年ほど前になります。この森がアウルの森と呼ばれていた頃の事です。
そのアウルの森に突然ダンジョンが発生して、森もそこに住む生き物も、我ら妖精でさえ精気を吸い取られ、全てが絶滅の危機にありました」
「この豊かな森が、消滅の危機にあったという事ですか」
ダイチは、豊かな樹々を見渡して長い息を吐いた。
「はい・・・そこに、交易・冒険者チームの女神の祝福のご一行が現れました。
その中でも、神からのお導きを受けた英雄ローレライ様の卓越したご活躍によって、そのダンジョンをいとも簡単に踏破し、ダンジョンの機能を停止させました。
この森の名も、英雄ローレライ様を称え、ローレライの森としました。
ダイチ様たちが先ほど入ったダンジョンは、その遺跡です。
ローレライ様のお仲間の長い太刀を背負い、朱色の髪をしたテラという若い娘が、十字架を持った男性との出会いを心待ちしていると言っていました。
ローレライ様は、10年後のまさに今日、十字架を持ったその男性が現れる事を告げました。
しかし、ローレライ様は、その男性が信に足る者かどうかを確かめる術に心を痛めておりました。
苦悩するローレライ様は、突然、お優しい眼差しで微笑むと、あのダンジョンを使って男性の心と力をお試しになる方法を、我らにご指示なさいました。
我ら妖精は、ローレライ様のご指示通りに、お待ちしていた次第です」
『我の主を試すとは、傲慢にも程がある』
カミューが声を荒げると、妖精たちが、再び震えあがった。
『わたしたちの善意につけ込むような手口には、納得できませんわ』
『ダイチ、そのテラが10年以上待っていようが、私たちには関係のない事だ。しかし、その理由だけは、知りたいところだな』
「出会ってから、互いを理解する事もでるはずだからな。知らぬ相手を一方的に試すのは、さすがに俺でも引くな。気分が悪くなる」
ダイチは、冷ややかな言葉を口にした。
その時、カミューとルーナが、振り向きダンジョンの入口に鋭い視線を向けた。
「カミュー、ルーナ、どうしたのだ」
ダイチも2人の視線の先にある入口を見た。
『・・・この感覚は』
『はい、いますね』
『ダイチ、微かだが神獣の気配がする』
「神獣?」
その時、ダンジョンの入り口にある重そうな鉄の扉が、ギギギと音を立てて開いた。扉から、二十代半ばの6人の若者が出て来た。
妖精ティファーが、若者たちから視線をダイチに向けて語りかける。
「あのお方が英雄ローレライ。そしてその仲間たちです」
ダイチは、若者たちの顔をゆっくりと眺めると、右手に黒の双槍十文字を持ったまま、その若者たちに近づいて行った。
長い太刀を背負い、朱色の髪をした女性の前で立ち止まった。その女性は、ダイチと同い年位に見えた。
ダイチは、おもむろに朱色の髪と黒い瞳をもつ女性に話しかけた。
「君がテラかい?」




