18 遺志を継ぐ者
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「バルバロス様、お気づきになりましたか。私たちは、ルクゼレ教聖騎士団から逃れてこの山奥に逃げて来ました。私の家族とバイ家族、会わせて9名います」
「・・・よく無事であった。よく無事で」
バルバロスは、リーンダルの手を取って、光を失った瞳から涙を流した。
「ダディ様は、どうなさいましたか」
「ダディ様とシュリ様と14人の守護者たちは、皆とメグ様、私を逃がすために犠牲となられた」
「ダディ様、シュリ様、守護者の皆様が・・・」
「私にメグ様と理想郷の夢を託されたのだ。私は、ダディ様の遺志を受けつぐ・・・リーンダル、バイ、頼む手を貸してくれぬか」
「バルバロス様、貴方の優しさと誠実さに我々家族は救われました。その御恩は忘れません。喜んでご協力致します」
「うちの家族も同じです。迫害から命からがら逃げてきて、理想郷パラディに到着すると、バルバロスさんは『よく無事で来てくれた。辛かったでしょう。これからは我々が家族だ』と言ってくださいました。なんと救われた事か、安心したことか。私もバルバロス様とまた新しい家族をつくりましょう」
「ありがとう。ありがとう。頼んだぞ」
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「きゃー、魔物だ。助けてー」
リーンダルの家族が叫んだ。
ゴホ、ゴホ、ドコドコドコと魔物の威嚇する声とドラミングが聴こえた。
「バルバロス様、メグ様、お逃げください。マウンテンゴリラの魔物クイーンゴリラです」
「・・・リーンダル、メグ様と皆を連れて逃げろ」
バルバロスは立ち上がった。
「バルバロス様も一緒にお逃げください。ここは、このリーンダルにお任せください」
リーンダルは、その昔、用心棒をしていたことがあり手練れの戦士であった。リーンダルは、持っていた短剣を抜いた。
「リーンダル、それは成らぬ。私は、光を失った身。皆の足手まといになる。お前は一緒に逃げて、メグ様と皆を守れ、頼む」
「・・・バルバロス様・・・メグ様の事は、引き受けました。バルバロス様は、ここに隠れていてください」
怯え逃げ惑う人々の中を、バルバロスは、クイーンゴリラの声のする方へと歩いて行った。
ゴホ、ゴホ、ドコドコドコ、クイーンゴリラの威嚇が激しくなる。バルバロスの腹に、クイーンゴリラの投げた太い枝が直撃した。バルバロスは、仰向けに倒れたが、ゆっくりと立ち上がった。
「ここを通す訳にはいかぬ」
ゴホ、ゴホと声を上げながら、足音が近づいて来る。
「ここは通さぬ。止まれ!」
バルバロスが叫んだ。
辺りは静寂に包まれた。クイーンゴリラは、歩みを止めていた。
「バルバロス様、大変です。クイーンゴリラが、前脚を地面に着けたまま動きません」
「・・・私の言葉が通じたのか・・・おい、こちらまで来い」
クイーンゴリラが近づいて止まった。
「バルバロス様・・・クイーンゴリラが、おとなしくそこに控えています」
「・・・私が、クイーンゴリラを使役したのか・・・」
バルバロスは、右手を前に出して、右に左にと手探りでクイーンゴリラの頭の上に手を置いた。
「お前に名を与える・・・ラムだ」
ゴホ、ゴホ、ドコドコドコとラムが声を出してドラミングをした。
「奇跡だ。あの巨大で凶暴な魔物クイーンゴリラを手なずけるなんて・・・バルバロス様、貴方は一体」
「バルバロス様、ありがとうございます」
「助かりました」
バルバロス自身が、この出来事を信じられずにいる。
「・・・私に・・・私にこんな力があったとは・・・ダディ様、シュリ様、これで、メグ様をお守りできそうです。そして、貴方の遺志も」
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「バルバロス様、伸ばし始めた髭がお似合いですよ」
リーンダルが、目の見えぬバルバロスに代わって、黒髭の生えた見た目を好評価した。
「良くお似合いですよ」
バイも同意した。
「そうか、そうか。似合うか。がはははは。目が不自由だと、髭も自由に剃れぬのでな。伸ばすことにした」
「貫禄がでてきましたよ。それはそうと、ラムは働き者です。また果物をたくさん取って来ました」
「メグ様もラムと一緒に、美味しそうに召し上がっています」
「こう言ってはなんですが、メグ様とラムは、まるで親子の様です」
バルバロスは、ニヤリと笑った。
「我らが目指していた理想郷は、自由と差別のない里だ。メグ様とクイーンゴリララムが家族か。良いではないか」
「その通りです」
「リーンダル、バイよ。ダディ様とシュリ様の遺志を継ぎ、理想郷を造るぞ」
「その言葉を待っていました。それで、どの辺りに造りますか」
「この国は、我々の安住の地ではない。パラディがそうであったように、武力の前では、我々の理想郷は無力だ。2度と同じ過ちを繰り返さない・・・自由と平等の叶う地を求めて海を渡る」
「海を渡るって・・・どうやってですか」
「船を手に入れる」
「船?」
「なぁーに、しばらく無断で拝借するだけだ」
「えー、盗むのですかー。それじゃ、海賊みたいですよ」
「海賊みたいではない。海賊になるのだ。そして、大海原を渡り、海の彼方に安住の地を見つけ出す」
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「この小さき船は、たった今から、我々の母船となった。そして、今から、私は、海賊バルバロスと名乗る。盲目の黒ひげ海賊バルバロスだ」
「それでは、我々は海賊らしく、バルバロス様をお頭と呼びます」
「まだ3名の海賊だがな。ふぁははははは」
「海賊として生きていくには、バルバロス様はあまりに優しすぎます。それが、心配です」
「わた・・俺の事が、心配だと・・・」
「海賊は綺麗ごとばかりでは済みませぬ。バルバロス様が、すべての罪の意識を背負うのではないかと・・・」
「それは覚悟の上だ。だが、お前たちの心に、それを背負わせるわけにもいかぬ。・・・俺は、たった今から慈悲を捨て、冷徹な海賊となろう」
リーンダルが歯を見せながら、バルバロスの顔を見る。
「バルバ・・・お頭は、これで安心できます」
「ふははははっ、海の彼方に造る理想郷を、楽園と呼ぶことにする。この船でその地を探し、この手で楽園を造るぞ!」
「「おぉー!」」
海賊に成りたてのリーンダルとバイが叫んだ。
「それから、懸賞金目当ての者に、メグ様が狙われる可能性が高い。リーンダル、お前がメグ様に剣術を叩き込むのだ。女だと思って手加減をするな」
「はっ」
バルバロスは、メグに顔を向ける。
「メグ様には女を捨ててもらう。これからは、男として、ただの海賊船員の1人として扱う。名をイワンと名乗れ、良いな」
「バルバロス、分かったわ」
「バルバロスではない。キャプテンと呼べ」
「了解。キャプテンバルバロス」
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メグは、魔族となって横渡るバルバロスの脇に膝をついて声をかける。
「バルバロス・・・全てを背負わせてすまなかった・・・いや、ありがとう。私も貴方の罪を一緒に背負う決心ができた」
メグは、バルバロスの頬に額を当てて、熱い涙を流した。
バルバロスから涙がこぼれ落ちる。
「・・・メグ様には、海賊を強いてしまい、ご苦労と辛い思いをさせて・・・ゴホッ・・」
「バルバロス、何を言っている。貴方は、海賊として冷徹な判断をしていたが、冷酷でないことは知っている。その心の中で慈愛と常にせめぎ合い、1人苦しんでした。それは、同じ船に乗る者全てが知っていた事だ」
「ふっ、とんだ大根役者でした。俺の振舞を見透かされていたのですね」
「その芝居のお陰で、皆が救われた。夢を捨てずに済んだのだ」
「メグ様、死ぬおつもりですね」
「・・・・・」
「それはなりません・・・・差別を受ける者たちを、正しい方法で、楽園に導かねばなりません。それは、貴方しかできない・・・メグ様、貴方は生きて・・・この者たちのため、差別で苦しむ者たちのために・・・ダディ様とシュリ様の遺志を・・楽園を・・その手で・・」
「バルバロス、何を言っている。貴方の手で実現するのだ」
メグは、涙を拭おうともせず、バルバロスに訴えた。
リーンダルが、バルバロスの手を握る。
「バルバロス様、私と私の家族、そして、ここに集う、家族たちは、皆貴方に救われました」
バイもバルバロスの胸に手を置き、ゆっくりとした口調で話す。
「私たちに、生きる希望の力を、貴方は身をもって教えてくれました」
海賊たちも口々にバルバロスへ気持ちを述べる。
「大頭は俺たちに、自立の術を与えてくださいました」
「家族と共に笑うことの喜びを与えてくれました」
バルバロスは、しばし無言でいたが、口を開いた。
「お前たち・・・救われたのは私の方だ。生きる希望を与えられたのも私だ・・・お前たちの喜ぶ姿が、私の生きがいとなっていた・・・お前たちを、楽園に導けないことを許してくれ」
バルバロスは、誠実で優しい瞳でメグを見る。
「私は地獄へと落ちる・・・だが、メグ様・・・ダディ様とシュリ様は・・・私を褒めてくださるでしょうか」
「褒める。父と母は、きっと褒めてくれるぞ。そして、私は、貴方に感謝している」
「感謝ですか。その気持ち・・・嬉しゅうございます・・・メグ様、どうかその遺志をお継ぎください」
「分かった。楽園を皆と共に造っていく」
バルバロスは、うっすらと笑った様にも見えた。そして、瞳から静かに生気が消えて行った。
「・・・バルバロス、バルバロスー!」
メグのバルバロスを呼ぶ声は、古代樹へも響いた。しかし、バルバロスからは、返事は帰ってこなかった。メグのすすり泣く声だけが聞こえてきた。
リーンダルは、歯を食いしばり、目も口も潰れたような表情をしてすすり泣く。
「大頭・・・ぐぐぅ、ひく、ぐぐぅ」
海賊たちもググッと拳を強く握り、涙が頬を流れ落ちる。
「ぐ、うぅぅ・・・うぐっ」
「ううっ・・・俺たちが必ず楽園を造ります」
海賊たちは、バルバロスの脇に崩れる様に座り込むと、人目もはばからず泣き叫んだ。
メグは、子どもの様に声を上げて泣いた。時折、しゃくり上げるような声が漏れ、止まることはなかった。
海賊たちは、目じりと口角が潰れたような顔をして、歌を口ずさんだ。それは「海賊の詩」だった。
♪ ヒラリタース、ヒラリタティス
俺たちゃ陽気な自由の民
潮風吹けば ヨーソロー
嵐が吹けば ノンソロー
海の女神へ ヨーソロー
片膝着いて ヨーソロー
運が良ければ お宝 財宝
運が悪けりゃ お陀仏 水泡
一攫千金夢見る奴ら
略奪千金夢見る俺ら
勇気 逃げ足 だけが財産
悪事 悪知恵 誰にも負けぬ
酒を片手に 金貨の枕
ヒラリタース、ヒラリタティス
俺たちゃ陽気な自由の民 ♪
♪ ヒラリタース、ヒラリタティス
俺たちゃ哀れな捕縛の虜
首にお縄で ヨーソロー
風に揺られてノンソロー
妻と子供が ヨーソロー
片膝着いて ヨーソロー
運が尽きれば 光が 届かぬ
大海原に 躯が 漂う
略奪千金夢と散る
雨に打たれて凍える子
涙 沈黙 夜の海鳴り
眠れ 静かに 静かに眠れ
酒を片手に またレクイエム
ヒラリタース、ヒラリタティス
俺たちゃ無口なサレコウベ ♪
歌い終わると沈黙が続いた。
エーアデが、すすり泣きながらメグに話しかけた。
「フヘッ、フヘッ・・メグ様、海賊の詩の2番は・・フヘッ、・・鎮魂歌だったのですね」
メグは涙を拭う。
「あぁ、お前には早い」
「フヘッ・・あの詩で、大頭の魂は安らいでもらえたでしょうか。フヘッ・・」
「これからだと思う。どの民も自由で平等な楽園を造った時にこそ、魂は安らぐだろう」
「人が人として大事にされる楽園ですね」
メグは、力強く立ち上がり、まるで語りかける様な瞳で天を仰ぐ。
「その通りだ。ダディ・ナ・プロジャナタの遺志をバルバロスが受け継ぎ、それを我々が引き継ぐのだ」
「・・・はい」
エーアデが真剣な面持ちで頷いた。
「我々が実現する。もし、できなければこれを次の世代が引き継ぐ、そうやって絶えることなく進んで行くのだ」
「はい。私もその遺志を受け継ぐ者として生きていきます」
マナツがメグに話しかけた。
「ライフフォースを、まだ手に入れたいと考えているのかね」
メグは、マナツの目を真っすぐに見て答える。
「ライフフォースの力は、国力を高めることに必要な、豊かな実りや必要なエネルギーを提供してくれると信じています。しかし、この力を制御する事は我々には無理です。しかも、この力の事が知れ渡れば、これを狙う国々の脅威に備えなくてはなりません。我々には、分不相応な力です」
「では、諦めるという事か」
「はい。今回の事で、我々は、ライフフォースに代わる力の存在を知る事ができました」
「ほほぉ、それは、何かね」
「人が、夢の実現に向けて、前進していく力です。それを志と言うのかもしれません」
「志か・・・確かに、崇高で強大な力となりうる」
「志は、人から人へと広がり、世代を越えて人から人へと受け継がれていく事も学びました。この力によって、自由と平等な楽園を造ってみせます」
「日暮れは間近だ。元の世界へ帰るぞ。一緒に来い」
エーアデが、横たわるバルバロスの脇を指さした。
「あれ、小さな赤い林檎が、あそこに・・・」
「あれは、リーンダルの頼みでバルバロスへ渡した林檎だ」
そう言って、メグは小さな赤い林檎を拾い上げた。
ユリスは、メグが手に持っている赤い実を見て驚いている。
「そ、それは、豊饒の実」
メグが、ユリスに聞き返す。
「豊饒の実とは?」
「豊饒の実から樹が育つと、土地を肥沃にし、植物を豊かに育てると言われている。この太古の世界に豊かな植物が生い茂るのも、その樹があって事だとも聞いています」
「では、この実から樹を育てれば、肥沃な大地に変わるという事なのですね」
「そう伝承されています」
メグは横たわるバルバロスと豊饒の実に目をやる。
「バルバロス、貴方は、死してもその遺志を貫くのですね・・・何年かかろうとも、私たちの力で、この豊饒の実を大樹に育ててみせます」
海賊たちも口を横一文字に閉じて頷いた。
ユリスが光明の鏡を用いて、古代樹のゲートを開いた。
元の世界に戻ると、古代樹の前でメグは頭を垂れ、両手を合わせてマナツに出した。
「何のつもりだ」
「どうぞ捕縛し連行ください。ルカの里で罰を受けます。責任は、全て私にあります。他の海賊たちには、どうか寛大な措置をお願いします」
「何か勘違いをしているようだな。交易・冒険者チーム女神の祝福は、ルカの長である巫女のダリアから、ユリスの奪還とライフフォースの強奪阻止を依頼された」
「はい・・・」
「我々は依頼を、既に完遂した。後は、それを報告するだけだ」
「では、我々には・・・」
マナツは頷くと、女神の祝福メンバーを見た。メンバーもマナツを見て頷き返した。ファンゼムは白い歯を見せて、サムズアップをした。
ユリスとガイは、黙ってメグの瞳を見ていた。
メグは、ユリスの下に跪く。
「ユリス様には、その命を危険に晒し、また、ライフフォース強奪の大罪。どうぞ私を罰してください。他の海賊には、ご慈悲をお与えください」
メグは、そう言って、裁きの杖を両手で恭しくユリスに捧げた。
ユリスは、跪くメグを見下ろして、淡々と語る。
「私は、この通り無事だ。幸いこちら側には死者も出ていない。盲目の海賊バルバロス海賊団は、この女神の祝福の活躍によって、太古の世界で全滅した」
「・・・・」
ユリスは屈み、メグの手を握った。そして、メグを立ち上がらせた。琥珀色の瞳で無色透明の瞳をじっと見つめた。
「メグ、よくぞ生きていてくださいました。叔父のダディ・ナ・プロジャナタ様もシュリ様も、14人の守護者たちも、喜んでおられる事と思います。
どうか、異国で暮らすルカの民をお願いします。今後、我々も貴方たちのお力になれる事を、心より望みます。
この裁きの杖は、ダディ様の遺品。ダディ様の遺志を継ぐ貴方がお持ちください」
「・・・ユリス様、ありがとうございます」
「近いうちに改めてルカの里を訪ねてください。亡きダディ・ナ・プロジャナタ様の子、メグ・ナ・プロジャナタとして。巫女ダリア様もお喜びになるはずです」
「改めて、お礼に伺います」
メグは、生き残ったバルバロス海賊団を率いて、停泊している海賊船をめざした。
こうして、盲目の海賊バルバロス海賊団のライフフォース強奪作戦は失敗のうちに幕を閉じた。




