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第9章 永遠の9秒

 第9章 永遠の9秒


 「エクスティンクション!」


 茂から立ち上がって弓を絞るオーク兵の胸から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い一瞬の出来事だった。オーク兵の胸から球が目に見えた訳ではない。半径3メートル程の透き通った球の存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んで見えたのだ。その瞬間、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。弓を引き絞っていたオーク兵と藪が消えていた。そして藪のあった大地も球面の跡を残してえぐり取られていた。

 「弓オーク兵、倒しました」

 その瞬間、バイカルは母屋の戸口に立てたテーブルを躊躇なく外へ蹴り飛ばし、大剣を構えたまま外へ飛び出す。

 突撃して来るオーク兵3匹はもう目の前にいる。

 ダイチは10メートル先の母屋の戸口へと走る。全てがスローモーションのように感じる。

 ダイチが魔力1を回復するまでの時間は9秒。つまりエクスティンクションのリキャストまで9秒。ダイチはエクスティンクション発動からカウントダウンを開始している。

 「遅い!こんなにも体が、足が、走るスピードが遅い」

 ダイチは、自分自身が、突撃して来るオーク兵が、大剣を振り上げているバイカルが、バイカルの後を追って続くガリムが、全てがスローモーションに見える。

6 

 バイカルは大剣を振り下ろす。オーク兵の左首のつけねにくい込む。

5 

 バイカルの大剣はオーク兵を袈裟切りにして右腰から抜ける。

 ガリムに、別のオーク兵の大斧が振り下ろされる。

 ダイチは、戸口で戦っているオーク兵の背に向かって走っている。右手のソードが重い。リキャスト9秒のカウントダウンが永遠に続くように感じる。

 バイカルとガリムの戦っている間を、3匹目のオーク兵が走り抜けようとしている。

 バイカルに袈裟切りにされたオーク兵は上半身と下半身が斜めに離れ始めていく。バイカルの顔と視線は、もう間を走り抜けた3匹目のオーク兵の背中を追う。

 ガリムはオーク兵の大斧を槍の柄で受け止める。

 ダイチのソードは、ガリムに大斧を振り下ろしたオーク兵の背中から胸を貫く。

 3匹目のオーク兵は母屋戸口前まで迫る。

 バイカルは、振り向きざまに3匹目のオーク兵の背中めがけて大剣を横に払う。

 ガリムはオーク兵の大斧の勢いに押され片膝をつく。

 ダイチはオーク兵を背中から貫いたソードごと右肩で衝突する。

 3匹目の走り込むオーク兵は母屋戸口に片足が掛る。

 バイカルの大剣は空を切った。

 ガリムはオーク兵が前のめりに倒れ掛って来るので、耐えきれず後ろに倒れ始める。

 ダイチは母屋のピーターとエマ、ミリアさんに迫る3匹目のオーク兵を視界に入れようとしているが、目の前で倒れかけているオーク兵の背中で見えない。どけー、邪魔だー!全身が叫ぶ。

 3匹目のオーク兵は、部屋に飛び込む、オーク兵には、奥で屈みながらピーターとエマを抱きかかえているミリアが視界に入る。

 エマとピーター、ミリアの驚きと恐怖の悲鳴が空を裂く。

 バイカルは、母屋の中にいる妻と子供たちへ、叫び声とも悲鳴とも分からぬ音を上げながら、母屋の戸口へ向かって走る。

 見えた! 俺は、前のめりに倒れていくオーク兵の背中越しに3匹目のオーク兵の後頭部を目で捉える。ソフトボール!

 3匹目のオーク兵は無造作に大斧を振り上げる。

 ピーターは、ショートソードを震えながら構えている。

 エマはミリアに抱き着きながら、悲鳴を上げ、龍神赤石を握りしめる。

 ミリアは子供たちを庇うように体で覆う。

 バイカルは戸口まで到着し、何かを掴もうとしているかのように左手を延ばしながら、苦悶に満ち

た表情と絶叫を上げている。

 突然バイカルの後頭部と背中が飛び込んできて、ダイチの視界を遮った。


 「エクスティンクション!」


 バイカルが叫びながら部屋の奥へ駆け込む。俺も後に続いた。オーク兵はうつぶせのまま倒れていた。大斧はミリアと子供たちの脇に転がっている。ピーターとエマは声を上げながらバイカルにしがみ付く。バイカルは力強く抱きしめる。その途端、子供たちは大声で泣き始めた。ミリアは、座ったまま動けない。バイカルは子供たちの頭を撫でながらミリアの顔を見た。ミリアに歩み寄り、その太い腕で強く抱きしめ、

 「よく、子供たちを守ってくれた。よく生きていてくれた。ありがとう」

子供たちも、ミリアも一緒に抱き合いながら泣いていた。精悍なバイカルの顔はくしゃくしゃになり眼から光が溢れていた。

 「ふー、もう儂ゃダメかと思ったぞい」

立ち上がりながらガリムが呟いた。

 俺は無事でよかったと、座り込みたいところだったが、

 「外がまだ気になりますので見てきます」

 「俺も一緒にいく」

と、バイカルが振り向き、一緒に部屋を出た。炭焼き小屋の中や周辺、丘の中腹まで下がって確認してきたが、どうやらオーク兵は他にいないようだ。バイカルは立ち止まり、弓オーク兵がいた跡の球面上に抉れた地面を無言で見ていた。俺と目があった。

 「凄まじいな」

 母屋に戻ると、

 「すぐに出発する。家に帰るぞ」

 ガリムは厩から馬の轡を引いて来て、荷車に結んでいる。ピーターとエマは荷車に乗り込む。大事そうに赤い石を握ったままだ。ミリアも荷物を持って乗り込んだ。まだ母屋の壁に掛け残っていたソードと槍も積み込んだ。

 御者はガリム、その前には、大剣を背負い腰にショートソード帯びたバイカルが歩き、馬車を挟んで殿には槍とソードを帯びた俺が歩いた。炭焼き小屋は森から30分程離れた小さな丘の上にある。縄張り意識の強い森の魔物がここまで来る心配はほぼない。オーク兵を警戒しながら、ゆっくりと丘を下った。

 ダイチたちはバイカルさんの住むドリアドの街に向かっていた。炭焼き小屋からドリアドまでは3日間の旅程だ。今いる草原を1時間程進み、林を抜ければ街道に出る。日は高くなり、若草色に光る草木は風で揺れ、天道虫が細長い葉にしがみ付いている。遠くで黄色や桃色の花が咲き、花から花へひらりひらりと白い蝶が飛んでいる。

 広い草原にはパカパカと蹄の音だけが響く。子供たちも、そこにいる誰もが無口で移動していた。


 「休憩だ。朝食にしよう」

バイカルの声が沈黙を破り朝食となった。明け方の敵襲と撃退、逃げるような馬車での出発で、誰もが疲労と空腹を感じていた。林を抜けて街道に出たところで朝食となった。感覚的には朝の8時過ぎだろうか。 

 街道脇の緑の草の上に腰を降ろしながら、パンのベルクにハーフラビットのソテーを挟むハンバーガーと、ブドウを絞ったジュースを味わった。ミリアとペーター、エマは向き合うように固まって朝食を頬張っていた。

エマはやっと笑顔になった。ピーターは母のミリアを気遣って気丈でいる。そんな光景をダイチは微笑ましく眺めていると、バイカルとガリムさんがダイチの前に立った。

 「今朝は助かった。俺の家族の命を救ってくれた。改めて礼をいう」

バイカルは右手を出した。俺も立ち上がって、慌てて右手で握手した。大きくて力強い手だった。

 「いえいえ、とんでもない、皆さんのお陰です。ご家族も無事でよかったです。それにお2人には、多くのことを学ばせていただきました。情報を基に即決。戦闘での的確な判断、どれもすごかった」

 ダイチは、はっとした。バイカルの手はごつくて、いや、ごつすぎた。左手でバイカルの手首を持って掌を見た。掌は堅いタコだらけで、少し横に曲がっている指もあった。このタコだらけのごつい手が、鍛冶職人として精進し、今まで家族を支え守り続けてきた手なのだなとダイチは感じた。

 「俺の手は、ごつくて不格好で驚いたか」

 「ええ、ごつくて不格好で、美しい手です。家族を支えてきた証です」

バイカルは、一瞬であったが口元が緩んだ。

 「儂も礼をいう、危うくオークの大斧で真っ二つにされるところじゃったわい」

 ガリムとも堅い握手をした。ガリムさんの手もごつい。

 「儂の手はどうじゃ」

ガリムの手を見た。黒く汚れていた。火傷の跡だろうか傷だらけで堅いタコがいくつもあった。

 「ガリムさんの手も素晴らしい。この厳しい世界を生き抜いてきた証です」

 ダイチは、感動していた。この掌が生き方を表していると思った。日常の営みを誇らずとも、その掌が証となっている。ダイチ自身がどのように生きていくべきか、1つのヒントを得た。

ガリムは腕を九の字に曲げて力こぶを作った。いろいろなポーズを見せた。

 「プッ、ガリムさん、そのポーズは美しくないですよ」

 ポーズを繰り返すガリムさんを見て、思わず声を上げて笑った。笑い声に気が付づいたペーターもこっちを見ながら力こぶをつくろうと懸命に力を振り絞っていた。

 「ところでダイチ、お前3匹倒したよな。最初の弓オーク兵を倒してからわずか10秒たらずで次々と、お前はいったい何者なんだ」

 「そうじゃ、儂を助けながらの3匹じゃ」

 「あれは、たまたまです」

 「どこで戦い方を覚えた。今までどこで戦ってきた?」

 「いえ、戦闘は初めてです。暴力も嫌いです」

 戦い方は、あの河原でエクスティンクションをシミュレーションしていただけだ。

 「なんじゃとー。戦闘経験なしでいきなりオーク兵を3匹倒したというのか」

 「ダイチ、魔法を使っていたよな。まず、1匹目の弓オーク兵、そして3匹目のオーク兵。弓オーク兵のいた場所は、土ごと抉り取られていた。3匹目は、表面に傷は見当たらないが耳と鼻から血が出ていた。少なくとも即死級の魔法2種類だ」

 もう、この人たちには話すしかない、信じるしかない。

 「はい、魔法を使いました。戦闘と同で初めて唱えました」

 「初めてじゃとー、・・・・嘘をついているようには思えんが、何か途方もない魔力を持った魔法使いということか。即死級の魔法ってどんな魔法じゃ?」

俺が返答に困っていると、

 「ガリム、まあ、ここは深く詮索しては失礼だ。俺も口が過ぎた。とにかく俺たちは生きている。この事実を喜ぼう」

 「そうじゃな。全くその通りじゃ、儂は生きとる」

 「俺も生きています。そして、ミリアさんもペーター君もエマちゃんも」

3人は微笑みながら頷いた。

 

 草原にいるので、元の世界の遊び「達磨さんが転んだ」を全員強制参加でやってみた。この遊びは知らなかったようだが、ルールが簡単なので楽しめた。

 最初は子供の遊びと馬鹿にしていたバイカルさんもガリムさんも、真剣になって静止ポーズを決めている。ガリムさんは途中から上半身の服を脱ぎ、つなぎの袖を腰に結び付けて半裸になっていた。その半裸で、達磨さんが転んだの静止時にボディービルダーのポーズを決めていた。ピーター君は声を出して笑っていたが、最後には、ガリムさんと一緒にポーズを決めていた。エマちゃんも2人のポーズに笑い転げてドロップアウトを繰り返した。バイカルさんは、ダッシュがものすごいのだが、止まれずに草の上をツツッと滑ってドロップアウト。意外な才能を発揮したのがミリアさんだ。慎重に進み静止ポーズも完璧だった。

 心の距離感が縮んだ気がした。何よりもオーク兵の急襲を忘れさせる一時を持てた。

 

「さて、出発するか」

 クローもアイテムケンテイナーに入っているよりも、物が見えているかどうか分からないが、景色や人間の会話を楽しんでほしいと、可能な限り手に持つことにした。高価そうに見えても本は本だから問題ないと考えた。

 ガリムが「達磨さんが転んだ」と数えながら制止ポーズを繰り返しながら馬車へと向かう。真似をしながら後に従うペーター君とエマちゃん。馬車からは、きゃっきゃ、きゃっきゃと声が聞こえる。馬車はドリアドを目指した。


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