17 ダディ・ナ・プロジャナタの遺志
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ダディが食事を摂りながらバルバロスに尋ねた。
「バルバロス、皆は私の故郷ルカの里よりも、このパラディで暮らしていきたいと申しておるが、いかがなものかな」
「ダディ様、皆は、偏見がなく、平等に暮らすことができるのなら、住み慣れたこのパラディが良いと考えたのでしょう」
「この地でそれが持続できるのであろうか」
「皆に諮ってみましょう」
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「このパラディに永住したい。それが民の総意であった。シュリ、どう思う?」
「私は貴方に従います。貴方の志を、この地で実現することも良いと思います」
「シュリ、ありがとう。バルバロス、私は生涯を懸けて、このパラディを理想郷にして見せる。偏見や差別のない、自由で平等なパラディだ。協力してくれるな」
「勿論です。この地を理想郷にするというお志に、心から賛同致します」
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「貴方ったら、メグが寝たばかりなのに、もう笑顔が見たいのですね」
「ぐ、・・・シュリ、・・・私は、そ、そうでもないぞ」
「ふふふ、寝ているメグのほっぺたを指で突いたり、手を握ったりしてばかりですよ。これでは、メグがゆっくり寝ていられませんよ。そう思いますよね、バルバロス」
「全くですよ、ダディ様。メグ様はどこへも逃げていきませんよ。ゆっくり寝かせてあげてください」
「バルバロスまで、何を言うか」
「貴方、私とバルバロスは、メグの味方ですから」
「何を言う。私が、一番の味方だ」
「あははは、ダディ様、そう言うことにしておきますよ」
「ぬう、ぐぐぐ・・バルバロスがシュリの肩を持つようになるとは・・・」
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「バルバロス、遊ぼ」
「メグ様、それでは散歩でもしましょうか」
「肩車、肩車」
「はいはい、分かりましたよ。メグ様、肩車なんて言葉、いつ覚えたのですか・・・子どもは成長が早い。よいしょと」
「キャキャキャッ、高い、高い」
「あはははは」
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「ロスリカ王国ルクゼレ教の聖騎士団が攻めてきたぞー」
「あの騎士団は容赦がないぞ」
「俺たちはこれで終わりだー」
パラディの民が口々に恐怖の声を叫んだ。
「シュリ、メグを頼んだぞ」
ダディはシュリとメグにキスをした。
「はい、お気をつけて」
「パパ、パパ・・いってらっしゃい」
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「悪魔の祖ルカの民やドワーフ、獣人、エルフ。不浄の輩を集めて、この地を穢しておるのは、お前か」
「私はこの里の長ダディ、人類に優劣はない。穢れもない」
「この里に暮らす者たちよ、よく聞け。ここには、ルカの民の次期巫女と呼ばれる女児がいると聞いた。その穢れたルカの巫女を差し出せば、差し出した者の命だけは助けてやる」
「き・さ・まー! よくもメグを穢れた巫女と呼んだな。貴様らの崇めるルクゼレ教の教えの中にこそ、人の穢れがある」
「貴様、絶対神ルクゼレ様をその口で穢すとは、正に異端の所業。聖騎士団よ、この異教徒の穢れを、我らの神の名の下に、死を与え清めよ」
「ナグリ、ハリュー、準備は良いか」
「「「「はっ」」」」
ダディは守護者たちを振り返った。
「守護者たちよ。我と共に戦え、其方たちの力を見せよ」
ダディと14人の守護者は、剣を抜いた。
「ワヴァ団長、異教徒の15名が強過ぎます。奴らは悪魔です」
「なんだと、異教徒は寡兵だぞ」
「それでも我が軍を圧倒しています」
「・・・ええい、人質を捕まえて来い。直ぐにだ」
「動くな。この者たちがどうなっても良いのか」
2名の人質の首には、聖騎士団の剣が光っていた。
「ダディ、あの人質は、バルバロスとファファ婆です」
守護者のナグリがダディに耳打ちした。
「ダディ様、すみません。私の命はどうなってもかまいません。皆の夢、理想郷パラディのために戦ってください」
「バルバロスは、儂を庇い仕方なしに虜となったのじゃ。許してやってくれ・・・儂はもう十分に長生きした。しかも、皆に見送られて最後を迎えるとは幸せ者だ。皆の者、構わず戦ってくれ」
聖騎士団ワヴァ団長が、高笑いをしながら言った。
「ふぁふぁふぁ、さあ、武器を捨てろ」
「ダディ様、戦ってください」
バルバロスが必死の形相で叫んだ。
剣で脅す聖騎士がバルバロスを睨んだ。
「悪魔の元祖、ルカの民。その汚らわしい口を開くな」
バルバロスの頭を剣の柄で強打した。バルバロスはよろけて手をついた。その目は焦点が定まらず、虚ろになっていた。
ダディがワヴァ聖騎士団長に向かって叫んだ。
「分かった。その人質に手を出すな。我々は武器を捨てる。
だが、条件が1つある。ここにいる民の安全を保障してほしい。
もし、この里の者に危害が及ぶのであるなら、お前たち全てを殺す」
「・・・・ふふふ、分かった。約束しよう。武器を捨てろ」
「武器は捨てる。その前に、民を里から逃がすことが先だ」
「・・・まあ良い。20分待ってやる。だが、ルカの民だけは別だ」
ワヴァ団長は右手の人差し指を横に振った。
「うぎゃーーー」
バルバロスの右目が聖騎士の剣で潰された。バルバロスは右目を押さえてのたうち回っている。
「貴様ー、約束が違うぞ」
「約束は里の民を救うことだ。ルカの民と巫女は別だ」
ダディが剣を構えると、這いつくばり、右目から鮮血を流しているバルバロスが叫んだ。
「ダディ様。動かないで! 私は構いません。それよりも民とメグ様を・・・」
「・・・・バルバロス」
「悪魔のルカの民が」
隊長は再び右手の人差し指を横に振った。
「うぎゃーーー」
今度は、バルバロスの左目が聖騎士の剣で潰された。バルバロスは両目を手で押さえるが、血がダラダラと頬を伝って、地面に落ちる。
「貴様ー」
「ダディ様。堪えてください! この程度の痛みなど、どうということはありません」
「・・・・」
ワヴァ団長がバルバロスの背後に回ると、背を蹴り飛ばした。バルバロスは前に転がる。
「悪魔の瞳を失ったお前にはもう興味が失せた。どことなりと消えるが良い。人質は、この婆1人で十分だ」
「バルバロス・・・」
ダディは、地に這いつくばるバルバロスの肩を抱いた。
ダディの胸や腿が、バルバロスの流す血で赤黒く染まる。光を失った瞳から、血が涙のように頬を伝う。バルバロスは苦痛に耐えながら、ダディを見上げ、掠れるような声を出した。
「ダディ様、申し訳ありません・・・私からお願いがあります。決して、大望を失わないでください」
「バルバロス・・・」
ダディの頬を光が伝い落ちた。
「バルバロス、すまん。私からも、最後に1つだけ頼みがある」
「何なりと」
「シュリの下に行って、メグとシュリを連れて逃げてくれ。メグとシュリを頼む。そして、私の、私と皆の志を継いでくれ。こんなところで、失ってはならぬ」
「・・・命に代えても、2人の命とダディ様の志をお守り致します」
ダディは、バルバロスを力強く抱きしめた。
バルバロスから興味の失せたワヴァ団長は、里から逃げていく民を見ていた。
「民が里から逃げ出す20分間は何もするな。手練れの此奴らを捕まえれば、あとは穢れた民を追って皆殺しにするのだ。ルカの巫女も逃がすなよ。ふふふっ、これで、無駄に兵を失わずに済むということだ」
「はっ」
家の扉が勢いよく開いた。バルバロスが、崩れるようにして室内に転がり込んできた。バルバロスは、這いつくばり手探りでシュリを探す。
「シュリ様、シュリ様・・・」
「バルバロス、どうしたのですその血は・・・酷い、両の目を潰されたのですね」
「大丈夫です、それよりも・・・シュリ様」
「すぐに手当てをします」
「待ってください。ダディ様が、シュリ様とメグ様を連れて逃げるように言われました。ダディ様たちは、私たちの代わりに命を差し出すお考えです」
「・・・・分かりました。メグを頼みます」
「シュリ様も一緒に逃げるようにとのご指示です」
「私はダディの妻であると同時に、次期長の守護者。務めを果たします」
「でも・・・」
シュリは、バルバロスの流れる顔の血を丁寧に布で拭き取った。まだ、出血はしているが、患部に布を当て、包帯を巻いた。
「これしかできない。ごめんなさいバルバロス」
バルバロスの胸にメグを預けた。バルバロスは大事そうに2歳のメグを抱いた。
「バルバロスは、お目め、痛い?」
メグは、バルバロスの血の滲む包帯に手を当てた。
「メグ様は、温かく、そしてこんなにも軽いのですね」
バルバロスは、光を失った身ではあるが、このか弱いメグを守らなければならないと決意した
シュリは、バルバロスに背負子を背負わせた。背負子の中には、メグと救急箱、僅かな水と食料、金貨、ルカの秘宝裁きの杖を入れた。
「メグを頼みました」
「はい。この命に代えて、メグ様をお守り致します」
バルバロスは、見えぬ眼でシュリの顔を覗き、深く頷いた。
シュリは、大剣を背負い、槍を掴むと外へ駆けて行った。バルバロスは背負子を背負うと棒を杖代わりについて、里の外へと歩いて行った。
20分後、武器を捨てたダディとその守護者は、惨殺された。最強の守護者シュリは、髪を逆立てて、斬り込んだ。ルクゼレ教聖騎士団は、シュリの鬼神の如き気迫と剣技に圧倒されていた。聖騎士を次々に切伏せていく。既に聖騎士団はその大半を失っていた。
「何をぐずぐずしている。弓だ、弓を使え」
シュシュシュ、シュシュシュ、ドス、ドス、ドス、ドス
シュリの胸や肩、腹、腿に無数の矢が突き刺さる。それでもシュリは聖騎士を切り倒していった。多勢に無勢。やがて、シュリは力尽き理想郷パラディの地に倒れた。
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「汚い男だな。プンプン臭うぜ」
「お願いだ。何か食べ物を分けてくれないか」
「あんた目が見えないのかい。そのまま左に行けば、ゴミ捨て場があるよ。そっちへ行きな」
「おなか、へった。バルバロス、おなか、へった・・・」
「あぁ、メグ様・・・お腹が減ったのですね。もう少しだけ、待ってください」
バルバロスは、メグの手を引き、手探りでゴミ捨て場へと向かった。ぷーんと悪臭が鼻を刺す。
「ここがゴミ捨て場だな。メグ様、ここにいてください。食べ物を持ってきます」
バルバロスがゴミ箱を漁っていると、塀の向こうから2人の男の会話が聞こえてきた。
「聞いたか、ルクゼレ教会が懸賞金を掛けた話だ」
「ああ、聞いた、聞いた。懸賞金30億ガリンだろう。それだけあれば、城が建つぜ」
「無色透明の瞳をした、まだ幼い少女だそうだ」
「ただの少女ではないというからな。悪魔の始祖ルカの民の中でも重要人物らしい」
「俺たちにも運が向いてこないかな・・」
バルバロスは静かに後ずさりをして、メグの下に戻った。
「メグ様、食べ物はあっちにあるようです。そこまで行きますよ」
バルバロスは掌を出すと、メグが握り返してきた。
「お母さんは? どこ」
「向こうでお母さんが待っています。さあ、行きますよ」
町から離れれば魔物に襲われる。だが、今は魔物よりも、人間の方が脅威となる。バルバロスは、町を離れ、人里離れた山奥で暮らすべきだと考えた。
バルバロスはメグの手を握り、カツカツと杖をつきながら町から逃げるように歩いて行った。
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「バルバロス様ではないですか」
突然、男の声がした。
「・・・」
バルバロスは、身構えた。
「あ、メグ様も・・・・良かった。ご無事で良かった」
「其方は誰だ・・・その声はドワーフのリーンダルか」
「はい、リーンダルです。パラディでは、バルバロス様にお世話になっておりましたリーンダルです。バルバロス様、その目はいかがなされたのですか」
リーンダルがバルバロスの目を心配して近寄って来た。
「それよりも、メグ様を頼む・・・」
そう呟くと、バルバロスは気を失った。




