13 好機
「古代樹が、もうあんなに大きく見えます。ゲートまであと2㎞といったところです」
ガイの言葉にマナツが頷く。
「ガイ、我々の方がかなり早く到着できるはずだと言っていたが、バルバロス海賊団は、今どのあたりだと推測する?」
「後方30㎞。恐竜の遭遇が多ければ、夜の移動を避けて野営をしてから、明日の昼前に来ます。もし、少なければ5時間後ですかね。なんにしても恐竜との遭遇状況次第です」
「ほぼ恐竜と遭遇しなければ?」
「それはありえません。海賊団の最短ルートには、最強の肉食恐竜ティラノザウルスのとアウカサウルスのテリトリーを突破しなければなりません。まだ、生きているかどうかも怪しいところです。ただ・・」
「ただとは、何が言いたい?」
マナツが問いかけた。
「ただ、もしも、遭遇が殆どなかった場合には、どちらが先に着いていてもおかしくない。俺たちは、安全第一のためのやや迂回したルートですから」
「分かった。先を急ごう。テラ、キュキュには、進行方向のみに索敵を限定させて」
「キュキュ、聞いて。キュキュは、私のすぐ脇を飛んでいてね。それから、あの世界樹までの間で、私たちと出会いそうな恐竜だけ攻撃してね」
『ウン・・ママ』
キュキュは密林上空から滑空してくると、テラのすぐ脇を並んで飛び始めた。
「ハフ、こちらに来てくれ」
「何ですか、キャプテン」
「私は、どうも胸騒ぎがしているのだ。ハフの尻尾はどうだ」
「尻尾は大丈夫」
「そうか、私の杞憂に終われば良いのだが・・・」
「キャプテンは、チーム1人ひとりの安全に気が張っているので、疲れているのかもしれませんね」
「皆同じだ・・・一段落ついたら温泉にでも入るか」
ハフの耳と尻尾がパタパタ動く。
「それは、楽しみです」
黒く厚い雲からは、再び雨の雫がポトポトと滴り落ちてきた。
「また、スコールになりそうね」
ローレライが、鬱陶しそうに嘆いた。
スコールによって、周辺はぼんやりと暗くなり、辺りのものや人の輪郭が白くぼやけている。雨具のフードから大雨の雫が垂れ、強い雨で音もかき消されていた。
ようやく女神の祝福たちは、巨大な古代樹の幹の脇にまで歩いて来た。古代樹の下は、縦横に伸びる分厚い枝葉により、スコールの雨から守られていた。
「マナツさん、やはり海賊団が到着した形跡はありません。ゲートから入った時に、置いた石がそのままです」
マナツは大きく頷いた。
「皆、よく聞け。よくここまで駆け抜けた。我々は、バルバロス海賊団よりも早く、この古代樹まで無事に戻って来ることができた。これより、昨夜の打ち合わせ通り、プランAを決行する」
「キャプテン、了解だ」
リッキがファンゼムを肩車から降ろしながら返事をした。
「プランAは、必勝の作戦じゃ。ここまで懸命にこの重い兜と盾を背負ってきた甲斐があるというものや。リッキ、この重い兜と盾は返すばい」
ファンゼムは盾をリッキに返し、肩に手を当てながら首と腕をグルグルと回した。
「・・・ファンゼム」
ガイが女神の祝福メンバーに向かって確認する。
「マナツさんの基本戦術プランAは、我々に完全勝利をもたらします。このまま我々が古代樹のゲートを潜り抜けてしまえば、バルバロス海賊団は、この太古の世界に永遠に取り残される。よって、ライフフォースも、この太古の世界から持ち出される事はありません」
「ガイ、基本戦術はそれで良い。だが、全てが終わるまでは、油断をするな。バルバロス海賊団にいたルカの民が、ライフフォースによって、瞳を琥珀色に変色させる事も考えられる。その場合には、光明の鏡を使って、古代樹のゲートから脱出するはずだ」
「マナツさん、それはあり得ません。ライフフォースの力に耐えうる可能性のある者は、一部の選ばれた家系出身の者だけです。ルカの民は、この理に抗うことはできません」
ダンもマナツが考えたこの基本戦術プランAの合意理性を高く評価している。
「キャプテン、我々は、先に元の世界に戻り、そこから古代樹のゲートを警戒していれば良いだけです。例え、バルバロスたちが元の世界に現れたとしても、そこで改めて戦って勝利すれば良いだけです」
「むう、では、元の世界に戻るぞ」
ユリスが申し訳なさそうに、マナツの眼から足元に視線を反らせて言った。
「マナツさん、1つだけ懸念事項があります」
「懸念事項とは何だ」
「昨夜の作戦会議では、そこまで気が回らなくって・・・」
「ユリス、何のことだ? 懸念事項を話せよ」
ダンが焦れてユリスを急かした。
ユリスは両掌を上に向け、天を仰いだ。
「これです・・・古代樹のゲートを開けるには、光明の鏡ともう1つ・・・」
「それは分かり切ったことだ。今俺が持っているこの鏡で・・・あ、そうか」
「鏡があっても、反射できる光が少な過ぎる可能性があります」
「ユリス、躊躇わずに試してみろ」
マナツに促され、ユリスは光明の鏡で古代樹のゲートを照らそうとした。ユリスは何度も繰り返す。
「やはり、ダメです」
「まずいぞ。この雨雲に覆われた空では、暗過ぎるのか」
ガイもユリスの鏡を支えながら呟いた。
「日照が問題か・・・日暮れまで、2時間ちょっとばい。これを過ぎたら、明日の朝まで待たなぁーならんのかい」
「ローレライ、このスコールは、あとどれ位で止みそうだ」
「うーん、この古代は不慣れだから、アバウトになるわよ」
ローレライは、手に湿度計と気温計、水銀を使った気圧計を持って、凝視している。
「キャプテン・・・スコールが止むまで1時間30分から1時間45分といったところね。日没までは、2時間21分」
「日暮れの時刻間際だな。ここは古代樹の下、200m離れれば周囲は密林だ。日照時間はもっと短い。微妙な残り時間となるな・・・もし、それまでにバルバロスたちと遭遇し、ユリスとガイを奪われるようなことになったら、我々こそが、この太古の世界に取り残され、朽ち果てることになる」
「キャプテン、脅かさないでよ。それなら、ユリスとガイは死守ですね」
ハフが横縞の尻尾を上下に振った。
「冗談じゃない。ユリスは良いとして、俺は戦うぜ」
ガイが目つきを鋭くして吠えた。
「だがな、ユリスが囚われたらどうするんだ。守護者だろう。ユリスはガイが守れ」
「くっ・・・痛いところを突いてくるな。デューン」
「ガイ、お前の役目の話だ」
「分かった。俺はユリスを守る。だが、襲ってきた海賊は容赦なく倒すからな」
「では、基本戦術は不戦のまま脱出だ。ユリスは、光明の鏡で古代樹のゲートを開ける作業を続けろ。ガイがユリスの護衛だ。ゲートが開いたら、我々は即このゲートを通って元の世界に帰る。その時までは、古代樹のゲートにバルバロス海賊団を近づけないよう、周囲の警戒を厳とする。
古代樹の北に当たるうろの正面は、リッキとファンゼム、ローレライが守れ。恐らくここからバルバロスたちは来る。東はハフとテラが警戒、西はダンとデューンが警戒。南は私とレミが警戒、レミは伝令役も兼ねる。そして、長距離かつ広範囲索敵はキュキュに任せる」
「「「「了解」」」」
女神の祝福メンバーは、首をを縦に振った。
「次にプランXだ。これは、バルバロス海賊団と戦闘となった場合のプランだ。その時は古代樹のゲート入口を全員で固める。また、ユリス堅守を最優先だ」
「「「「了解」」」」
この時、レミが声を張り上げた。
「待ってください」
「レミ、何か問題があるのか」
マナツが聞き返した。
「いえ、その・・・バルバロス海賊団がここにやってくる時刻が、不明です。だから・・・」
「レミ、だから何なのじゃ。ハッキリ言ってほしいぞい」
「先ずは、食事をしっかり摂ってください」
「食事か、すっかり忘れていた。レミの言う通りだな」
マナツがレミに微笑んだ。
「3分間、待ってください。ベグルと干し肉、飲み物しかありませんが、それを持って行ってください」
テラはアイテムケンテイナーから食事を出すと、レミと一緒にそれぞれに手渡した。
デューンは、干し肉を頬張る。
「旨い・・・ガイもユリスも食え」
「おー、旨そうだな」
「美味しい」
「レミ、私もお腹が減っていた事を、思い出したわ。ありがとう」
そう言って、ハフがベグルを口に押し込んだまま、持ち場に駆けて行った。
「レミ、感謝する。これで、張り詰めた緊張が解け、気持ちを切り替えて待機できる。お前の今の一言は、値千金だ」
リッキもレミの気遣いに感心し、重ねた干し肉を一口で頬張った。
「レミの気遣いや人柄は、我々の逸る心を落ち着ける。このチームには財産だな」
マナツはダンに、テラと談笑するレミを見て呟いた。
「全くです。我々の思考パターンとは幾分異なった観点を持ち、女神の祝福を補ってくれていますね」
テラも干し肉を食べさせながら、キュキュに思念会話で話しかける。
「キュキュ、さっきの母さんの話を聞いた? 凄いじゃない。女神の祝福の作戦にキュキュが組み込まれていたわー」
『ママ・・ウレ・・シイ?』
「キュキュ、とっても嬉しいわ。ふふっ、お話も随分と上手になったわね」
『ヤッター・・キュキュ・・ウレシイ』
キュキュはテラを見つめ、宙で体を上下に跳び上がり、手足をバタつかせていた。
思念会話でマウマウがテラに話しかけてきた。
『テラ、バルバロス海賊団には、古代樹のゲートの通行にしても、我々やルカの民との戦闘にしても、余裕を感じるわ。何か奥の手がある様な気がする。気を付けて』
「マウマウ、ありがとう。配置に着く時に、皆に伝えながら行くわ」
鷹匠の様にキュキュを腕に乗せたテラは、腕を水平に大きく振った。
「さあ、キュキュお願い」
キュキュは、テラの頭上高く舞い上がると2周ほど旋回し、一直線に飛んで行った。
「マナツさん、ローレライからの伝言です。『スコールは10分後に止む』そうです。さあ、温かいうちにこれをどうぞ」
レミがマナツにカップを手渡した。湯気の立ち上るカップの中身は、蜂蜜を湯でといだ甘い蜜湯であった。
「ふー。体が温まる。レミ、ありがとう。他の者は飲んだか」
「はい、全員に配ってきました。雨に冷えた体が温まると喜んでいました。リッキさんとファンゼムさんは、お代わりもしました」
「ふっ、そうか。糖分で気持ちも落ち着く。レミは気が利くな・・・さあ、レミも飲みなさい」
「はい」
レミは手に持ったポットを傾けて、カップに注いだ。ポットを地面に置くとカップに口をつける。
「ふー、甘くて温かい・・・落ち着きますね」
「ああ、最高だ」
レミの足元に置いてあるポットが、カタカタと鳴り出した。
「???」
「・・・レミ、伏せろ」
マナツは、レミの頭を押さえて身を屈めた。
ヒュルルル、ドゴーンと凄まじい爆発音がした。
「おい、何の爆発音だ」
マナツが声を張り上げた。
古代樹の幹の西で警戒に当たっていたダンが叫び返してきた。
「キャプテン、赤い尾のついた火の玉が見えました。極小さな隕石だと思います。ここから北1㎞ほどに落ちました」
南を警護するマナツには、古代樹の裏になる北の空が見えなかった。
「他に異常はないか」
「こちらハフ、尻尾が警戒警報を出しています」
ハフの山猫の耳は後ろ向きに閉じ、焦げ茶と茶色の縞のある尻尾が縮こまって、小刻みに震えていた。
「総員臨戦態勢。周囲の警戒を厳とせよ」
マナツが叫んだ。
再び、ポットの蓋が、カタカタと鳴り出した。レミがポットに目をやった瞬間、ヒュルルル、ドゴーン、ドゴーン、ドゴーンと連続して爆発音が響く。
「母さん、私のところからも隕石の落下が見えたわ。北の密林、距離700m。近いわ」
デューンの声が響く。
「おい、また隕石が来るぞ。2つ、3つ・・5つだ」
「何じゃとー」
ファンゼムが驚きの声を上げた。
ヒュルルル、ドゴーン、ドゴーン、ドゴーン。ヒュルルル、ドゴーン、ドゴーン。衝撃波が伝わって来た。古代樹の枝がガサガサと揺れた。葉についていた水滴が一度に落ち、ザザザザザーと滝の様な水が降ってきた。
「うぁー」
「きゃー」
ダンとユリスが悲鳴を上げた。
「被害を報告しろ」
「被害なし」
「こちらもなし」
「こっちも大丈夫」
テラはキュキュが心配となって思念会話で話しかける。
「キュキュ、大丈夫?」
『ママ・・タイヘン』
「キュキュ、どうしたの」
『イッパイ、ヒ・・アナ、ニゲル・・イキ・・モノ』
『テラ、気を付けて、何か来るわ』
「マウマウ、何が起こっているの」
北の遥か上空で黒い炎を吐くキュキュが小さく見えた。
「母さーん! 大変」
古代樹の根元に置いたレミのポットの蓋がカタカタ鳴り出した。
「ん、また?」
「マナツさん、地鳴りです」
「隕石? 地震か?・・・違う」
マナツが辺りを見回した。
古代樹が振動で小刻みに揺れ出した。ポットの蓋が上下に浮き、カチカチと音を大きくした。
テラの叫びが、ただならぬ事態が起きていることを告げる。
「テラー、どうしたー」
「マウマウが何かこちらに来るってー。それからキュキュが北の空で戦っているー」
「今からゲート入口に行く。テラもそこに来い」
マナツはそう指示すると、レミにもついて来るように促した。
マナツが、古代樹の北の幹にあるうろの入口に到着すると、ここを守るリッキ、ファンゼム、ローレライ、ガイ、ユリスが、北の異変に気付き、その密林を凝視していた。
北の密林の上部から見える樹の先端が揺れる。地響きも大きくなってきていた。
「キャプテン、あの密林にある奥の樹が倒れていきますね」
ローレライの緊張した声に、リッキも呟く。
「ああ、北から、何か途方もないものが近づいて来る」
マナツとテラは、目を凝らして前方を見ている。その時、密林の中から何かの叫び声が轟いた。それが続いてこだまの様に重なり合う。
「総員、世界樹のうろの入口に集合。急げー!」
地響きが増してくる。その後方に、ヒュルルル、ドゴーンと再び隕石が落下した。
グゴォー、キューと生物の悲鳴が密林全体に響いた。地響きは凄まじい地鳴りとなって押し寄せて来る。女神の祝福メンバーはうろの前に集まって、北を見た。
ドコドコドコドコという地鳴りが大きくなってくる。足の裏からその振動が伝わっている。
「北の密林から来るぞ」
マナツの声が注意を喚起した。
ハフの尻尾は縮こまり、ぶるぶると小刻みに震えている。
北の密林の樹が、吹き飛ばされ、薙ぎ倒された。地鳴りと共に、体長9mサイの様なトリケラトプスの群れが飛び出て来る。その巨体の突進で、樹木は次々に薙ぎ倒されていく。
その間から、湧き出るかの様に体長10mのパラサウロロフス、体長5mのアウカサウルス、鋭い爪の大型恐竜テリジノサウルス、その他大小無数の恐竜たちが狂ったように喚き、こちらに駆けてくる。
「キャプテン、恐竜たちの群れです。数百、いやもっと・・・どんどん増えています」
悲鳴にも似たハフの叫びであった。
「うぉー、なんじゃあの数は・・・儂らは、あれに吞み込まれるぞな」
「恐竜たちは、降り注ぐ隕石でパニックに陥り、隕石に追われるようにしてこちらに逃げて来ているのですね」
ダンは眼鏡を指で押し上げ、冷静な口調で推測した。
「総員うろの中に入れ。ここの古代樹を要塞とする。入口のうろを堅守し、恐竜の侵入を阻むことが、我々の生命線だ。
うろの入口はリッキが盾で塞げ。それを、ファンゼムとダン、テラがサポート。ローレライとハフ、デューンは最大火力で遠隔攻撃。攻撃対象は正面の敵のみ」
「「「「了解」」」」
恐竜たちは、パニックに陥ったまま、地鳴りと悲鳴を上げながらこちらに突進して来る。
ドドドドドッという地鳴りの中で、リッキはうろの入口に腰を低くして盾を構えた。ファンゼムたちはリッキの背に肩を当てて支える。レミが出力最大で強化魔法を全員にかける。
「お父さん、お母さん、ケン。お守りください・・・」
レミは祈り、震える手でリッキを支えているテラの背を押した。
ユリスは、うろの中から、押し寄せる恐竜の群れを見ていた。ガイがその前に立ち、背でユリスを庇う。
「これでは、突破される・・・」
ガイが、唇を噛み一歩前に踏み出した。
空からは、また隕石が炎を上げて落下して来た。爆発音がうろの中でこだました。
「ひゃー」
レミが思わず悲鳴を上げた。
ユリスは、眉一つ動かさずに、正面を睨んでいる。ユリスは、薙ぎ倒される密林の間から、ティラノザウルスの上部が見えた。
突然、ユリスがガイの腕を掴み、声を上げた。
「恐竜の群れの奥に海賊バルバロスがいる」
「「「「「何ー!」」」」」
「ほら、あの首の長い巨大なティタノマキア数頭の後ろ。ティラノザウルスの首に乗っている」
ガイも女神の祝福たちも身を乗りして、目を凝らす。
「あぁ、あれか・・・ティラノザウルスの首の上だ」
迫ってくる恐竜の群れの最後尾に、ティラノザウルスに跨る海賊バルバロスの姿を視認した。
ドドドドドッ、ドドドドドッ、ドドドドドッ
「がははははっ、これは、天が我に与え給うた好機。正に好機ぞ! 皆の者、目指すは古代樹のゲート。死ぬ気で駆け抜けろ!」
恐竜たちの上げる地鳴りと恐怖の悲鳴に紛れ、ティラノザウルスの上から海賊バルバロスの高笑いが響いていた。




