第5章 隕石 12 お年頃の2人組と憧憬の念
「テラ、テラ・・大丈夫、起きて」
レミがテラの体を揺する。
「あ、レミ・・・」
「何か寝言を言っていたわよ。また夢を見たの?」
「・・・夢? ・・・うーん、そう、そう。今度は不思議な夢だったわ」
「預言にある男の夢なの?」
「ふふっ・・・違うわ。不思議で愉快な夢なのよ。私たちが妖精を助けて、ローレライが英雄となる夢よ」
「え、何その夢は・・・ローレライが英雄になる夢だったのね」
「不思議よねー。妖精が感謝の踊りと歌で、ローレライを称えているのよ」
「あははは、それを聞いたら、ローレライも喜ぶわよ」
「英雄ローレライ。夢ではローレライの功績に感謝して、森の名もローレライに改めるって・・・馬鹿げた夢ね」
「本当に面白い夢だわ。あ、ローレライもこっちに来て」
ローレライは、テラとレミの会話で目を覚ましたばかりで、目を擦りながら近づいて来る。
「レミ、どうした?」
「テラがまた夢を見たって」
「預言の夢か・・・今回はどんな夢だ」
寝ぼけ眼で、ローレライが尋ねた。
「ローレライが、森の妖精の英雄になる夢」
ローレライの動きが一瞬止まると、目を見開いて笑う。
「私が? ふはははは! ついに・・・私の夢が叶う時が来たのね。子どもの頃からの夢は、美しい妖精に出会うこと。しかも、その妖精の英雄に成れるとは」
ローレライがポージングをキメている。いつになくポージング数が多い。
「ローレライ、私は夢の中で笑い転げていたわ」
「テラ、なぜ、そこで笑い転げるのよ。この英雄を称えなさいよ」
「これは失礼しました。英雄ローレライ様。ふっ」
「「「くくくっ・・ぷっ、はははははは・・・」」」
3人は腹を抑え、大声で笑い出した。
「あ、雨だわ」
テラがようやく陽が上ったばかりの曇天を見上げ、掌を横に出した。
「この朝方の雨、スコールになるわね。でも、1,2時間程度で止みそう。今日は1日中、不順な天気となりそうだわ」
ローレライが四方の天を見渡して呟いた。
「この太古の世界の天気も予測できるの。流石は、森の英雄ローレライだわ」
テラは、左右の指を組み、祈りを捧げるようなポーズをローレライに向けた。
「おほほほ、英雄ローレライを崇めなさい。でも、今日だけに限れば、天気予報は難しいわね」
ローレライは指で厚い雲をさした。
桃色の毛の生えたドラゴン、サブスピーシーズの幼体キュキュは、空に舞い上がり、索敵と黒い炎で恐竜の弱体を続けていた。
「ハァ、ハァ、我々は、出口のゲートを目指して、復路の密林を走り抜けるだけですね」
息を切らすダンが、マナツを横目で見ながら話しかけた。
「安全は最優先だが、こう走り通しでは息がもたない。ガイ、この辺りで一息つける場所はあるか」
「はい、あと1㎞ほどでこの密林を抜けます。そこに低い丘がありますので、そこなら」
ガイは、ユリスの体調を気にかけ、先ほどから何度も振り返っている。しかし、ユリスは次期巫女とあって、心身ともに鍛えられており、まだ余力を感じさせる走りであった。
重いフルアーマーを着て息を切らして走る白熊獣人のリッキに、ファンゼムが話しかけた。
「なあ、リッキよ。お前の大きな兜を儂が代わりに被り、重い盾をこうして背負ってやっておるが、気にするでないぞ。お前と儂の仲じゃ」
「・・・ファンゼムこそ、気にならんのか」
「なんも、なんも。この程度の兜と盾、重さなんぞ感じんわ。ちと兜が儂には大き過ぎて、揺れると回転して、前がよう見えなくなることもあるがな。儂とお前の仲じゃ、遠慮するな」
「なぁ・・・ファンゼムよ。俺の兜を被り、盾を背負ったお前を、俺が肩車しているのだぞ。その状況は理解しているよな」
「まあ、小難しい理屈はどうでも良い。互いに担い合っておるのじゃ。これで貸し借りなしじゃ」
「・・・小難しい理屈ではなく、ごく単純な話なのだが・・・まぁ、そういう事にしておくか」
「良い心がけばい。今こそ、戦士の不撓不屈の魂を見せる時たい。踏ん張れー!」
「おいファンゼム、肩の上で暴れるな、落ちるぞ・・・」
「うおー、兜で目が・・・前が見えんぞ・・・」
「なぁ、ファンゼム、意外と元気があるじゃないか」
「グゴー、ピュー・・・グゴー・・・」
「・・・・今度は寝たふりか」
「・・・アリガトナ」
「ん? ファンゼム、今、何か言ったか」
「・・・ネゴトジャ・・・」
「・・・・ふっ、寝言か・・・ファンゼムには、敵わんな」
息が上がり、やや遅れ始めたファンゼムを、リッキが肩車をして走っていた。
テラとレミが駆けながら、2人のやり取りを見て、噴き出して笑っていた。
「ぷっ、リッキのサイズの大きい兜を被って肩車をされるファンゼム・・・兜を被った子どもみたい」
「テラ、ちょっとファンゼムさんに失礼よ。似合わな過ぎて、1周回って逆に可愛いわよ」
「あははははっ、レミ、あの2人を見ていると、大人になる事は、案外楽しいことかもしれないわね」
「ふふふっ、私もあの2人の関係を見ていてそう思ったわ。弱みを隠さずにさらけ出す。その相手の弱みも包み込む度量を感じるわ。大人の関係は素敵な関係ね」
「そうよね。デューンみたく喧嘩を吹っかけてきり、生意気な事を言ってきたりしないわ。それを懐の深さというのかしら、余裕を感じるのよね」
リッキが、ファンゼムを肩車して走る。サイズの大き過ぎる兜を被るファンゼムの背中で、盾が上下に揺れる。ただそれだけの後ろ姿を、思春期の少女たちは、憧れの目で見ていた。
女神の祝福たちは、低い丘の頂で小休憩となり、昼食を摂った。
デューンが、干し肉をかじりながら、ユリスと談笑していたガイの脇に座った。
「ガイとユリスは、食ったか? もっと干し肉を食うか」
「それを一切れ貰おう」
デューンはガイとユリスに干し肉を手渡した。
「なあ、ガイ、お前は特別で、潜在能力が複数開花しているってゴジが言っていたけれども、強いのか。モグモグ・・」
「何を不躾に言い出すんだ・・・モグモグ。俺はかなり強いぜ。お前は確かデューンだったな」
「そうだ。デューンだ」
「その肌や髪、瞳の色も珍しいな。デューン、もう一切れくれ」
「お前もな・・ほら、肉」
ガイに干し肉を渡すデューンの服の間から、胸に刻まれた受胎の刻印が見えた。
「その胸にある黒い印は何だ・・モグモグ」
「これか、これは受胎の刻印。俺のお守り。俺の開花した潜在能力の証みたいなものだ・・モグモグ・・・ガイは守護者なのだろう」
「ああ、この国でも1番の守護者だ」
「おぉ、凄いな。ナンバー1か・・・」
「ガイ、大げさに言うのは止めなさい」
ガイの話を聞いていたユリスがたしなめた。
「ユリス、確かに1番はちょっと言い過ぎたけれども、あと3年したら、俺は必ず1番の守護者になって見せる・・・今のは、俺の預言だ」
「何を言っているのよ。3年で1番とか」
「必ず成って見せるって」
「だめよ。1年で1番になりなさい」
「え・・・1年でか・・・いいぜ」
「ルカの民って、遠慮とか謙遜ってないのか・・・モグモグ」
「貴方、デューンだったわね。ガイは特別なのよ・・・誰もがそう思っているわ。だから、ルカの民の期待も大きいのよ」
「なぁ、ゴジがガイを指名した時に、案内兼護衛だと言っていたよな。ユリスの護衛の事だったのか」
「デューン、それは違うぞ。頼りないお前たちチームの護衛だ」
「何だと、自惚れるのにも程がある。リッキさんは、お前の何倍も強いぞ。俺だって同じだ」
「ほぉー、試してみるか。いつでもいいぜ」
「その度胸と話が早いところだけは、気が合うな」
デューンとガイが後ろに飛び跳ね、距離をとった。2人の瞳には、互いの姿しか映っていない。
「ガイ、少しだけ手加減してやるぜ」
「ふん、こっちは、大幅に手加減してやるぜ」
「何だとー」
デューンとガイの視線がぶつかり合い、火花を散らす。ユリスは黙って微笑んでいる。
デューンが1歩、2歩と間合いを詰める。ガイが、不敵な面構えで両拳を握る。正に互いが飛びかかろうとした瞬間に、バリバリバリと2人の間に雷が落ちた。驚いた2人が仰け反り、互いに顔を見合わせていると、ハフの声がした。
「大馬鹿者ね、貴方たちって。仲間で優劣をつるける意味はないわ。その自慢の力を合わせて、敵を倒しなさい」
山猫獣人のハフが顔の前で、チッ、チッ、チッと尻尾を左右に振っていた。
「デューン、今の雷は、ハフさんの雷属性魔法だよな・・・」
「ああ、そうだ」
「もし、今の雷が当たっていたら、俺たちの体は、喧嘩の怪我程度では済まないぞ」
「ふっ、ガイには特別に教えておいてやる・・・それがハフだ。
救助した船員に、輝く笑顔を振り撒き、おだてて致死量を超える劇薬を飲ませようとした。
勘も鋭いし、足音を立てずに忍び寄ってくる。いいか、これからは、あの笑顔と背後には気を付けろ。
そして、胸に深く刻め! ハフには、逆らうな、と。
ハフの尻尾が立って左右に揺れていたらご機嫌、尻尾の毛が逆立っていたら・・・迷わず距離を取れ」
ガイがゴクリと唾を飲んだ。そして、ガイはデューンに近づくと、小声で耳打ちした。
「デューンは、今まで、どれほどの恐怖の瞬間を目撃し、身を以て味わって来たんだ・・・同情するぜ」
「甘い、甘い・・・あそこにいるローレライ。あの女も、笑顔で致死量を超える劇薬を飲ませようとした共犯者だ」
「あの優しそうな目で微笑むローレライさんが、か・・・」
「それは、悪魔の笑みだ。それだけではない。
ローレライは、敵の船に切り込んだ仲間が甲板で戦っていても、表情1つ変えずその船に砲撃を叩き込む女だ」
「うぐぁ、その1発で仲間に死人は出なかったのか」
「ガイはまるで分かっていないな。ローレライは2発撃ち込んだんだ。そして、止めを刺されたその船は傾き沈没した」
「・・・ルカの守護者でも、そこまで冷酷にはなれないぞ」
「あのローレライにも逆らうな・・それから生意気な奴が・・」
ゴン、ゴンとリッキの拳骨が落ちた。
「痛っ・・」
「痛て・・」
リッキは立ち止まり2人の目を睨むと、振り返って戻って行った。
「ふん・・・相変わらず馬鹿ね」
これを見ていたテラが、鼻で笑った。
「テラ、デューンは、まだまだ子供なのだから、大目に見てあげてね」
レミがテラを諭した。
「いつも大目に見てあげているわよ。こないだだって・・・それでもって・・・」
「テラ・・・だから・・・・私だって・・・・そこを・・・」
「レミは甘過ぎよ。大甘! だいたいね・・・・」
「テラこそ何よ。自分だって・・・・じゃない・・」
「・・・違うわよ・・・レミの方が・・・」
「よく言うわね。テラの方が私よりよっぽど・・・」
テラとレミもなんやかんやと騒がしくなってきた。
ユリスは、デューンとガイに冷めた視線を浴びせている。
「ルカの守護者は、最大の評価観点が各自の持つ武力だから、男同士が集まれば力量比べが始まる。いざこざが起きて当たり前。ガッカリだわ。白黒着けずに、もう仲良しになるなんて・・・本当に、1年で最強に成れるのかしら」
一部始終を眺めていたファンゼムが、呆気に取られている。
「ルカの民は、戦闘種なのじゃな。好戦的ばい。それにあの次期巫女も巫女じゃな・・・ハフの雷魔法にも、2人の喧嘩にも、眉1つ動かさんかったわ・・・肝っ玉太かぁ」
「・・・ガイの頭は、意外に硬かった」
リッキが大きな拳を眺めて感心している。
「リッキよ。そこは感心する所ではないばい」
「ファンゼム・・・デューンは嬉しそうだな」
「全くじゃ、初めての同年代の男友達だからな」
「デューンは、同年代の男同士でじゃれ合う経験が、少なかったのかもしれんな」
「儂らも子どもの頃は、友達と喧嘩しては、すぐにじゃれ合う毎日じゃった。懐かしいのぉ」
「俺たちも通って来た道だ」
「リッキ、ほれあっちのテラとレミも増々白熱してきたぞ・・・」
「むう、仲が良いな」
「儂らは、いつ失ったのじゃろうか。友人と本気で喧嘩して、屈託なく笑い合った、あの美しい時季を・・・その喧嘩の原因や笑い転げた理由は、もう何1つ思い出せんわい・・・寂しいもんじゃ」
「いつ失ったかは、俺も思い出せない」
「子どもの頃は大人に憧れるが、大人に成ると、かけがえのない時季を気づかぬうちに失っちょる」
「むう、そうだな。子供は得る事ばかりだ。大人は多くの事を得るが、それは大事なものを失う事と引き換えなのか・・・」
ファンゼムは、深く頷いた。
「おーい、ダン、もう戻って来ーい」
マナツが丘の下の密林で、薬草採集をしていたダンに声をかけた。
「キャプテン、ここには、図鑑でしか見たことのない植物が多くて、宝の森です。それに、索敵王キュキュが私の肩に留まっていますから、安心してくださーい。今回は、唇の腫れも大したことはないです」
「違う。もう、出発するぞー」
「もう、20分間も経ったのですか。今、戻りまーす」
薬草の咀嚼で唇を腫らしたダンが、鞄の中に薬草をそそくさと詰め込み始めた。
マナツが丘の上にいる女神の祝福メンバーを見渡した。
「さあ、出発の用意をしろ。3分後に出発だ」
デューンは、背負った鞄から水筒を掴むと、ユリスとガイへ手を伸ばした。ガイが目をやると、ユリスは首を横に振った。ガイはデューンから水筒を受け取ると、ゴクゴクと飲み始めた。
「なあ、ガイ。お前は、なぜ守護者をしているんだ」
「ふー、旨い。なぜって、ルカの民に生まれたからだ。お前こそ、なぜ冒険者を?」
ガイはデューンに水筒を返す。
「それは成り行きかな」
「成り行きで冒険者か・・・あの冷酷な2人がいるチームに、なぜ留まるんだ。まさか、脅されているのか」
デューンは水筒を唇に当てる。
「脅されてなんかいない。ゴクゴク、ぷふぁー。このチームが、俺の家族になったからかな」
デューンは、踵を返すと、女神の祝福メンバーが集まる場所へと歩いて行った。
「家族か・・・」
「ガイも、家族に憧れているの?」
ユリスが、優しい笑みを浮かべて尋ねた。
「別に・・・俺には、家族の記憶がない。家族ってどんな・・・」
「おーい、ガイ、ユリス、出発するぞー。早くこっちに来いよー」
デューンが、女神の祝福メンバーと一緒に手を振っていた。




