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10 ユリス救出

 「私はテラ、あなたを助けに来たわ」

 瞬間移動したテラから突然に声をかけられ、走りながら振り向くユリス。

 「え・・・」

バランスを崩してユリスは転倒した。

 「あ、大丈夫?」

テラはユリスの下に走り寄った。

 ユリスは琥珀色の瞳でテラの瞳を見つめ返した。

 「あなたは誰なの? どこから現れたの?」

 「テラよ。ダリア様とジャジャイさんの願いで、あなたを助けに来たの。ガイも一緒よ」

 「ダリア様とジャジャイ・・・ガイの来ているの?」

ユリスは辺りを見回してガイを探す。

 「ガイだわ、ガイも来たのね」

 テラの差し出した手を、ユリスは握った。

 「ユリス、ついて来て」

 ユリスは立ち上がった。その瞬間、テラは何者かに体当たりされ、跳ね飛ばされるようにして地面に倒れた。

 「痛・・あなたは海賊ね」

テラの視線の先には、丈の長い深緑のフロックコートを(ひるがえ)すイワンがいた。

 イワンはサーベルを抜くとテラの鼻先へ、銀に輝く切っ先を向ける。

 「・・・まだ子供じゃないか。その瞳、お前はルカの民ではないな・・・どこから来た」

 テラは、切っ先を向けるイワンを睨み返した。

 ファーブニルは、雷魔法の雨を降らせながら近づいてくる。海賊たちが雷に撃たれ、次々に倒れていく。

 キュキュは、雷を(かわ)しながらファーブニルの鼻先で旋回をする。ファーブニルは苛立ち真っ赤な炎を吐くが、キュキュは急降下でこれをかわす。この時、ファーブニルの敵対心の全てが、キュキュに向けられていた。

 テラは、ファーブニルとキュキュとの距離を確認した。

 「時間がないの・・・そこの海賊、貴方も逃げなさい」

そう言葉を発すると、テラはムーブメントで瞬間移動し、イワンの背後から飛願丸の刃を首元に当てていた。

 「な、・・・お前、今、何をした」

イワンは、驚き振り返ろうと首を動かす。

 「動くとその首が飛ぶわよ」

 イワンの体の動きが止まり、殺気が漲った無色透明の瞳だけがテラを睨んだ。

 『テラ、人は殺してはダメよ』

 「マウマウ、分かっているわ。ただの脅しよ」

 テラはユリスを見て叫ぶ。

 「ユリス、走って」

 ユリスはテラに命じられるまま、全力で駆け出した。

 「おい、少女よ。お前は逃げなくても良いのか」

 「お気遣いは無用よ」

 その時、またもやテラの体が、体当たりによって弾き飛ばされた。今度は互いに縺れ合うようにして倒れた。テラの体の上には、少年が覆いかぶさるようにして横たわっていた。

 「ぐ・・・何よ。あんたは」

 「・・・いたたた。イワン様、お怪我はありませんか」

 テラはその少年を払いのけた。倒れたテラが飛願丸を構えようとした瞬間、イワンの足の裏が飛願丸の刀身を踏みつけていた。

 「は、速い」

イワンはサーベルをテラの喉元に突きつけ、上から見下ろす。

 「お嬢さん、これで振り出しに戻ったな」

 「この戦いは、振り出しになるわね。でも、結果は、私の勝ち」

テラはムーブメントで瞬間移動し、逃げるユリスの脇を駆けていた。

 イワンは、テラの消えた地面から視線を上げ、ユリスと共に走るテラを見つけた。

 「信じられん・・・何者だ。あの少女は・・」

 「ユリス様ー」

 「ガイ」

ガイとユリスが歓喜の叫び声を上げ、合流した。

 これを見たイワンが苦虫を潰した様な表情となる。

 「チッ、仲間がいたのか・・・しかし、ルカの巫女を渡すわけにはいかぬ」

 イワンがユリスめざして駆け出すと、稲妻が前方に落ち、バリバリバリという雷鳴が空気を裂いた。

 「きゃー」

ダックスが両手で耳を抑えて悲鳴を上げた。

 ファーブニルはイワンのすぐ近くまで迫っていた。

 「く、ここまでか・・・逃げるぞ、ダックス」

 「は、はい」

 ダックスはイワンの後を懸命に追いかけた。駆けるダックスが恐る恐る振り返ると、すぐ後ろに迫るファーブニルの周りには、黒焦げになった海賊たちの死体が多数転がっていた。ダックスは全身に鳥肌を立たせながらイワンの背だけを見つめて走った。

 「退避」

丘の中腹にマナツの叫び声が響いた。

 「キュキュー、戻って来なさーい」

テラの声を聞くと、キュキュはファーブニルの頭上で旋回し、あらぬ方向へ飛び去って行った。

 「キュキュ、そっちじゃない。ママはこっちよ」

テラが手を振りながら、懸命に声を上げる。

 ローレライとレミも心配そうにキュキュの飛んで行く方向を眺めていた。

 「キュキュ・・・」

 「テラ、早く来なさい。逃げるのよ」

 「でも、キュキュが・・・」

 マナツがテラの手を握る。テラは、マナツの力強く優しい手の温もりを感じた。

 「今は、逃げること。それが最優先よ」

 テラが力なく頷く。

 ユリスを救出した女神の祝福とガイは、転がる様に丘を下って行った。

 ファーブニルは、キュキュを追いかけるも、弱体化され動きは緩慢であった。突然、轟音を伴いながら、火の玉がファーブニルと逃げるキュキュの間に落下した。凄まじい衝撃波が2匹を包んだ。やがて、女神の祝福メンバーもこの衝撃波に晒された。

 「うぁー、これは何」

 「身を屈めて、何かを掴め」

 「ぐぉー」

 ハフとローレライ、レミは、樹を掴んで横たわるリッキの陰に隠れた。全身が凄まじい圧力に晒される。頭を下げ、目を閉じ、唇を閉じる。

 衝撃波が過ぎ、目を開けると、ファーブニルは、キュキュの追跡を諦め、ライフフォースを奪ったバルバロスの逃げた方向へ、体の向きを変えていた。

 ファーブニルは深く息を吸い込んだ。そのまま口を開くと、喉元が橙色に発光した。

 ピーッと閃光が密林に向かって真一文字に走ると、遥か彼方の山が砕けた。ドゴゴゴゴッと爆音と地響きが後から襲って来た。ファーブニルは、バルバロス海賊団が逃げる方向へドラゴンブレスを一閃したのだ。一筋の焦土がドラゴンブレスの軌跡となっていた。

 ファーブニルは動き出し、ドスン、ドスンと地響きを立てながら、バルバロスを追い始めた。 

 女神の祝福たちは、密林の中を逃げ走った。


 「ハァ、ハァ・・・ファーブニルは凄かったわ。私の尻尾が今でもジンジンしている」

 「さっきの轟音と火の玉は何だったのかしら・・・お陰で、ファーブニルからは逃げられたのだけれども」

ローレライの疑問に、ダンが冷静に答える。

 「ハァ、ハァ、恐らく隕石かと思います」

 「隕石ですって・・・」

 「ハァ、この太古の世界に来てから、何度も隕石落下の痕跡を見てきていますよ。ここまでに、何個も半球状の穴と吹き飛ばされた樹木を見たでしょう」

 「・・・ああ、あれか。たくさんあったな」

 「隕石は、ほとんどが大気中で燃え尽きてしまいます。先ほどのは、全てが燃え尽きずに極小さな隕石が落ちてきたのだと思います。あれは拳よりも、ずっと小さい隕石かもしれません」

 マナツがメンバーに向かって口を開いた。

 「・・・とりあえず、ファーブニルは、海賊団を追って行ったようだ」

 「ハァ、ハァ、キャプテン、そのようじゃな。どうやら、儂らは逃げきれたようじゃ」

 「私の尻尾も危険を乗り越えたと伝えているわ」

ハフの焦げ茶と茶色の(しま)のある尻尾が上に向かって伸び、左右に揺れていた。

 「ユリス様、ご無事で何よりです。お怪我はありませんか」

 「怪我はありません。ふふっ、ガイ、その呼び方は止めてよ。いつも通りユリスでいいわよ。それよりも・・」

ユリスは背を伸ばし、女神の祝福メンバーをその琥珀色の瞳で真っすぐに見た。

 「私はルカの次期巫女ユリス・ナ・プロジャナタです。お救い下さったことに深く感謝申し上げます。また、皆様の勇気に敬意を表します」

 ガイも姿勢を正し、深く頭を下げていた。

 「私は交易・冒険者チーム女神の祝福のリーダー、マナツです。ご無事で何よりです」

 女神の祝福のメンバーは巫女のユリスに微笑んでいた。ファンゼムは白い歯を見せ、サムズアップをして見せた。

 「どうしたのよテラ、さっきからきょろきょきょろしているわよ」

 「ローレライ、キュキュがあらぬ方向に飛び去って、まだ戻って来ていないのよ。キュキュの性格が変わったようだし・・・隕石の衝撃波もあったし・・・」

 「あぁ、衝撃波なら、きっと大丈夫よ」

 「それとも、キュキュが好戦的になって、私のことなんか忘れてしまったのかしら・・・」

 「違うと思うわ。キュキュは私たちの代わりにファーブニルと戦い。私たちの元へファーブニルが追ってこないように、あらぬ方向へと飛び去ったのよ・・・多分だけどね」

 「キュキュは良い子よ。でも、そこまでは考えられないと思うの・・」

 「うーん、どうかな」

 レミがテラの肩に手を乗せる。

 「テラ、キュキュは、貴方が考えているよりも、もっと賢く強く成長していると思うわ」

 「レミ・・・私が考えるよりも」

 「そう、ローレライの見立てに、私も賛成よ」

 腕を組んでいたデューンが、顎をさすりながら言った。

 「なあ、思念会話でキュキュを呼んでみたら良いじゃないか」

 「あ、そうね。でも、キュキュは話せないし・・・」

 「テラが呼べば、急いでこっちに向かって来ると思うけれどなー」

 それが良いと女神の祝福メンバーも頷く。

 「キュキュ、私たちは無事に逃げられたわ。だから早く戻って来て」

 テラとデューン、レミたちが、密林の隙間から上空を見上げている。

 「キュキュ、貴方をここで待っている。だから、戻って来て」

 『マ・・マ、・・テ・・ラ』

 「え」

 「何だって」

テラとデューンが驚き、思わず思念会話ではなく、口に出してしまった。

 「テラ、どうしたの」

レミが心配そうにテラの顔を覗き込んだ。

 テラは目を丸くしたまま口を大きく開け、首を左右に振った。

 「い、今、私の名を呼んだのは、キュキュなの?」

 『ママ・・テラ』

 「キュキュなのねー。私の名を呼べるようになったのね。嬉しいわ!」

テラが大喜びで手を叩くと、女神の祝福メンバーは、テラがキュキュと交信できたことを察し、胸を撫で下ろした。

 「ローレライやレミの言った通りね。キュキュは確かに成長していたわ。私は嬉しい」

 「うふふ・・私は、決して外さないのよ」

ローレライは、長い銀の髪を左手で掻き揚げた。

 「やだー、ローレライったら、こんな時まで・・」

ハフが隣で笑っている。

 ローレライがモデルポーズを次々にキメる。

 マナツが真剣な眼差しで女神の祝福メンバーを見る。

 「さあ、ユリスは救出できた。後は、ライフフォースの奪還だ」

 「そうじゃな。だが、それは難儀じゃ」

 「ファンゼムの言う通りだ。三つ巴の様相になってきたからな」

 ダンが戦況を分析して発言した。

 「キャプテン、私は、バルバロス陣営の孤立だと考えます。先ほどの戦闘状態から一見三つ巴の3陣営に見えますが、目的のみを考えれば2つの陣営と言えます」

 「なるほど、確かにそうだな」

 「ダン、キャプテン、どういうことなの」

 「ハフ、事態は単純です。バルバロスは、ライフフォース強奪が目的。我々とファーブニルは、その奪還が目的で一致しています。我々が、ファーブニルを潜在的・戦略的なパートナーとして、その戦略と距離感を誤らない限り、戦闘を避けられます」

 「流石は、ダンだわ」

 ハフが納得顔をすると、レミも顔を(ほころ)ばせ、

 「ファーブニルがパートナーなら、これほど心強いことはないですね」

と、安心した様であった。

 「安心はまだ早い。現状は戦闘状態にあるファーブニルと、如何にして戦略的パートナーとなるかだ」

 「キャプテンの言う通りや。現時点でのファーブニルは、儂らの脅威でしかないからのぉ」

 テラが手を上げた。

 「はい、私に提案がある。私たちとファーブニルの間に、バルバロス海賊団を挟む位置取りを作戦にしてはどうかしら?」

 「成程、それなら、ファーブニルは、ライフフォースを強奪しているバルバロス海賊団を攻撃するはずです」

 ダンがテラの戦術に納得していた。

 「テラの戦術を基本として、更に付け加えます。両者の戦闘が始まったら、我々の位置取りは少しずれましょう。時計版の12時がファーブニル、時計の中心がバルバロス海賊団だとすると、我々は2者の直線上の6時から4時に移動する」

 「ローレライ、流石だわ。対ドラゴンブレス陣形ね」

テラもウキウキしながら話をした。

 マナツは、メンバーの意見に頷きながら、断を下す。

 「よし、基本戦略は、ファーブニルとの戦略的パートナーの維持。バルバロス海賊団との遭遇戦では、今の陣形を採用する。だが、基本戦術は、不戦のままこの太古の世界からの脱出だ」

 ユリスがマナツの策を聞いて膝を叩く。

 「あ、成程、不戦のまま我々は、古代樹のゲートを通過するのですね。それであれば、結果的に我々の目的は達成できます」

 「ユリス、どういうことだ」

 「ガイ、よく考えてみなさい。バルバロス海賊団には、琥珀色の瞳を持ったルカの民がいない。つまり、光明の鏡を持っていても、古代樹のゲートは通過できない」

 「そうか。バルバロス海賊団は、このまま太古の世界に閉じ込められるということか」

ガイは、納得の表情でユリスを見た。

 女神の祝福メンバーも、合点がいったように頷いている。

 マナツは、表情を引き締めて語る。

 「この作戦は、バルバロスたちよりも、我々が古代樹のゲートへ早く到着することが、絶対条件だ」

 女神の祝福とガイ、ユリスが頷く。

 「ガイ、バルバロス海賊団よりも早く古代樹のゲートへ辿り着くことは可能か」

 「勿論だ、マナツさん。道案内に俺がいるし、先制攻撃のキュキュもいるから、絶対に奴らよりも早く辿り着いてみせますよ。しかも、かなりの余裕をもって」

 「頼もしいな」

リッキの大きくごつい手が。ガイの頭を撫でた。

 「ふふふ、ガイは皆さんと仲が良いのね。もう、昔からの仲間みたいだわ」

 「ユリス、からかうなよ。でも、俺も不思議とそう感じている」

 「私も早く仲間に入れてもらいたいわ」

 「勿論じゃ」

 ファンゼムがサムズアップをした。

 「あ、キュキュが返って来た」

テラが声を張り上げて、曇天に浮かぶ黒い影を指さした。

 『テラ、驚かないでね』

 「ん、マウマウ、いきなり何よ」

 『成長は早いものよ』

 「え?」

 キュキュがテラの足元に舞い降りた。

 「な、なんじゃ。これがキュキュなのかいな」

ファンゼムが声を上げた。

 女神の祝福のメンバーもあっけに取られている。テラも目を丸くしたまま声がでない。

 『ママ・・テラ』

 「・・・キュキュなの?」

 『ママ・・テラ』

 以前は、全身が桃色の短い毛に覆われ、雪だるまの様に丸くボヨンとした胴体に丸い頭、背中には藍色のコウモリに似た小さな羽がついていたキュキュが、様変わりしていた。

 「・・・キュキュが、桃色のドラゴンに変身している」

 キュキュは体長80㎝で、半分が胴体、半分が尻尾。全身は桃色の毛に覆われてはいるが、明らかにドラゴンの体型をしていた。それから、頭には黒い角が2本前方に向かって枝分かれし、藍色の翼も長く逞しくなっていた。

 女神の祝福メンバーが、口をあんぐりと開けたままでいる。

 「・・・サ、サブスピーシーズ」

と、ユリスが囁くような声で言った。

 「ユリス、サブスピーシーズとは何のことだ」

 「キュキュは恐らく、まだ幼体のサブスピーシーズです。私も見たことはないけれども、ダリアがまだ若い時分に一度だけ、その幼体と成体が、太古の夕暮れの空に、天高く飛んでいる姿を目撃したと言っていました」

 「間違いないのですか」

ダンの好奇心に火が付いた。

 「ええ、桃色の毛の生えたドラゴン。それがサブスピーシーズの幼体の特徴です」

 「確かに見た目はそうですが、他に特徴は?」

 「サブスピーシーズは、他の生物の能力を吸収して、自己変異を繰り返すと伝えられています」

 「キュキュの攻撃行動特性と同じですね。そう言えばルカの里でダリアさんも、キュキュをサブスピーシーズと言っていましたね。サブスピーシーズの意味は、生物学的に言えば、元祖とは少し異なる亜種のことです」

 「キュキュは・・・サブスピーシーズは、どんな生き物なの」

 「初めに断っておきます。私はまだ修行の身。物心がついた時から、次期巫女として多くの知識を学びましたが、それは知識であって、本当の意味での解釈となっていない部分もあります。そのことをダリア様からご指摘いただく毎日です。それで良ければお話します」

 ダンの眼鏡の奥に見える瞳が輝く。

 「まだ幼い・・・いえ、学び始めた年頃など誰にでもあります。是非、私たちにその知識をご教授ください」

 「では。サブスピーシーズとは、ライフフォースによって、確か・・変異縦断・・、いえ、変異柔軟性を高めた・・・生物です。そして、始祖龍ファーブニルの亜種・・・変異柔軟性の言葉の意味は、私の理解が及ばぬところです」

 「ほほー。変異柔軟性が高いのですか」

 「では、私の育てているキュキュは、始祖龍ファーブニルの亜種なのね」

 「はい、始祖龍ファーブニルをも喰らう亜種だと伝えられていますが、その能力からもう別種と分類できるかもしれません」

 「おいおい、大丈夫じゃろうか。成体になったら儂らをガブリと喰わへんか? ドラゴンの本能とかで」

 「ファンゼム、何を言っているの。キュキュは私の子ども。失礼な想像は止めてよね」

テラは真顔でファンゼムに嚙みついた。

 「これはすまんかった。深く謝るぜよ」

ファンゼムがテラを見て頭を下げた。

 「でもほっとした。キュキュがどんな生き物か分かって。今まで、それを知りたくて、まだ知りたくなくて、ずっと楽しみと不安で一杯だったから」

 「テラ、キュキュの正体が始祖龍ファーブニルの亜種と分かって動揺するかと思ったら、簡単にその事実を受け入れたな」

デューンが意外そうな顔をした。

 「当たり前でしょう。キュキュが何であっても、キュキュはキュキュ。私の可愛い子なのよ」

 「これって、母性本能がなせる業か。ドラゴンの本能よりも強そうだ」

 「デューン、何か言った!」

 「母は強しと・・・」

 テラはデューンを横目で睨み、肘打ちを食らわした。

 「テラとキュキュ、おめでとう。これで全てがハッキリとしたわね」

レミが自分のことのように喜んでいた。

 「ありがとう、レミ、皆も」

 ガイが深く息を吸い込むと、静かに吐いた。

 「さあ、ここでぐずぐずしてはいられません。古代樹のゲートへ、最速の帰還を目指します。頼みましたよ、キュキュ」

 ガイの期待の視線を受け、桃色のドラゴンのキュキュはキュイーンと高く鳴き、曇天の空に舞い上がった。

 

 「大頭、あのドラゴンが見えなくなりましたが、まだ追って来ているんですか」

 「気にする暇があったら走れ。ゲートを出ればこっちのものだ。者ども、気張れー」

バルバロスがイグに跨って、海賊たちを鼓舞する。

 「キャプテンバルバロス、宝箱の運搬速度が落ちています」

 「・・・むう、よかろう。交代してやれ。運び役が疲れ果てていては、いざという時に逃げられんからな」

 「ぐぎゃー」

先頭を逃げる海賊が、断末魔を上げた。

 密林から顔を出した恐竜が、先頭の海賊を頭かあら咥えて持ち上げていた。そして、恐竜は強力な尻尾を振り回した。近くの樹をへし折り、そのままダックスの胸に直撃した。ダックスはそのまま茂みへと転がった。

 「迂回しろ。あれは、最強のティラノザウルスだ。奴らは、群れで狩りをする。気をつけろ」

 若頭イワンが走りながらそう叫ぶと、イワンは駆け寄り、体長12mのティラノザウルスの腹をサーベルで突いた。サーベルの一撃は、ティラノザウルスの腹に掠り傷を負わせた程度であった。ティラノザウルスは、海賊を(くわ)えたまま、なおも尻尾を振り回す。イワンは身を屈めてこれを躱す。

 「ち、硬過ぎる」

 イワンはティラノザウルスに咥えられた海賊が、既に絶命していることを悟った。イワンは茂みに飛ばされたダックスの元へ走る。

 「ダックス、しっかりしろ。ダックス」

 ダックスは気を失っていた。イワンはダックスを肩に担ぎ上げると、逃げる海賊たちの後を追った。

 「うわぁー」

 「こっちもだー」

海賊たちの悲鳴が密林にこだました。

 「止まるなー。走れ」

 バルバロスが海賊たちに命じる。

 海賊たちは悲鳴を上げて、ひたすら走った。密林の道なき道を走るイグとそれに跨るバルバロスであったが、枝にバルバロスの胸が引っ掛かった。バルバロスは後ろに倒れ、地面に激突し、そのまま回転した。

 倒れたバルバロスは、手放してしまった杖を手探りで探している。頭に悪臭を放つ液体が垂れてきた。盲目であったが、バルバロスは瞬時に悟った。それがティラノザウルスの唾液であると。

 「もはや、これまでか・・」

 バルバロスは覚悟を決めた。

 その時、ドスンと衝突する音が響いた。ティラノザウルスにロングファングイグアナのイグが体当たりをしたのだ。

 「何が起こっている・・・イグか、イグなのだな」

 シュシュシュシュとイグの舌を出す音が聞こえた。

 「キャプテンバルバロス。お怪我はありませんか」

 「その声は、イワンか」

 「さ、これが杖です・・・私の手を取ってください」

 その脇では、ティラノザウルスとイグの激しい死闘が繰り広げられている。ティラノザウルスは、鋭い牙でイグを咥えようと、頭を前に出す。イグは素早く身を躱し、強力なその尻尾でティラノザウルスの足元を払う。ティラノザウルスはバランスを崩しながらも、尻尾で殴り返す。イグの脇腹を直撃して、ググッと呻き声を上げて樹に激突する。

 イワンはダックスを肩に担ぎ、バルバロスの手を引いて駆け出した。駆けると言っても、盲目のバルバロスの手を引いてのことである。速歩き程度の速度しか出ていない。

 「待て、イワン」

 イワンは立ち止まった。

 「イグはもう毒液を吐けぬ。弱り切っていた」

 「それならなおさら、ここは走って・・・」

 「無理じゃ。俺は目が見えぬ。必ずティラノザウルスに追いつかれて喰われる」

 「何を弱気なことをおっしゃいますか。さあ、走りますぞ」

 「待て、弱気で言っているのではない。唯一の生きる道だ。イグを殺し、俺を追ってきたティラノザウルスをテイムする」

 「なんと・・・ティラノザウルスを使役すると言うのですか」

 「それが、俺に残された生への道だ。イワン、儂の眼となれ。必ずやティラノザウルスをテイムする」

 「大頭」

 「ご無事ですか」

重鎮のドワーフのリーンダルとバイが、バルバロスの異変を感じ、戻って来たのだ。

 「大頭ー、大丈夫ですか」

 「俺たちは、いつだって大頭と一緒ですぜ」

散り散りとなって逃げた海賊たちも集まって来た。

 「とんだ馬鹿者たちだ」

バルバロスはニヤリと歯を見せて、海賊たちに声をかけた。

 イワンが海賊たちに命じる。

 「皆者はここで待て・・・安心しろ。キャプテンバルバロスがティラノザウルスを使役する」

 「おお、流石、大頭だ」

 「・・・あのティラノザウルスを使役なんてできるのか」

 「もし、失敗したら、俺たちも喰われるぞ」

 「大頭が必ずテイムすると言うんだから、するに違いない」

 「ああ、そうだな。いつだって大頭はピンチを打ち破ってきた」

海賊たちが、不安な気持ちを落ちつかせようと、震える声でバルバロスを称賛し始めた。

 その騒ぎに、ダックスの意識が戻った。

 「・・・イワン様・・え、イワン様、どうして、早く降ろしてください」

ダックスはイワンの肩の上で、顔を真っ赤にさせて足をバタつかせている。

 イワンはダックスを肩から降ろして、ダックスを見る。

 「ダックス、大丈夫か。怪我は負っていないか」

 ダックスは、顔を伏せる。

 「大丈夫です。イワン様は・・・私の命の恩人です。ありがとうございました」

 「ダックス、無理をするなよ」

 「はい」

ダックスは恥ずかしそうに立ち上がった。一瞬だけダックスは顔をしかめ、胸を押さえた。

 「ギュァァァ」

イグの断末魔が密林に響いた。

 「奴が来るぞ。イワン」


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