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7 ルカの里

 交易・冒険者チーム女神の祝福は、風神の城と呼ばれる暴風雨の壁を通過し、中央にある大陸の入り江に2隻の船を停泊させた。そして、今は、密林を歩いていた。

 「あの暴風雨の中にこのような広大な島、いや、大陸があるなんて驚きだ」

ヘッドウインド号の航海士兼薬学者のダンが、野草の葉を咀嚼品しながらマナツに目をやる。

 「鬱蒼(うっそう)とした密林や草原、大きな湖と大河があるとは考えてもみなかったことです。おまけに船からは山脈も見えました」

 「儂も自分の目を疑うほどや、まさかこの様な広大な大地があるとは・・世界はばり広か」

ジパニア大陸の海で航海経験の豊富なファンゼムも驚いている。

 「母さん、古代樹のゲートまでは、あとどれ位なの」

 「2日というところかな」

 「この密林は深いわね。樹木で5m先が見えない」

 テラが辟易(へきえき)としながら枝を()き分けて言った。頭上を覆う樹木からは、ケケケケケケッ、クワックワックワァと、けたたましい鳥の鳴き声があちらこちらから響いてきた。

 「テラ、もう少しの辛抱よ」

 「・・・うん。それにしても蒸し暑い」

テラがレミに目をやった。レミは黙々とついてきている。レミの辛抱強さに自戒の念を覚える。

 突然、先頭を歩くハフが拳を上げた。メンバーは立ち止まって(かが)む。

 「・・・・」

 テラは息を殺し、葉と葉の間から辺りを見回すと、猪の魔物が茂みから飛び出し、目の前を横切って行くのが見えた。テラはふーと、息を吐いて立ち上がった。

 「武器を捨てろ」

 テラはその声に驚き、振り向いた。

 テラに鼻先には、戦斧の柄の先端から延びる鋭い刃があった。不意を突かれはしたが、流石は歴戦のA級冒険者チームである。瞬時に、テラの鼻先に斧を突き出している者の喉元へ、マナツが大剣を、こめかみへリッキがメイスを、瞳へハフが短剣を肉薄させ、眉間には、ローレライの三連銃の照準が定まっていた。テラの肩から飛び立ったキュキュが、上空を旋回し始めた。

 クワックワックワァとけたたましい鳴き声がこだまする密林で、時が止まったかの様な緊張の中、テラがその斧を持つ者をじっと見た。

 テラへ戦斧を突き付けている少年の反対の手には、白地に赤と黒の渦巻き模様、上部には黒と赤のジグザグ模様の盾があった。その少年は、藤色の髪と琥珀色の瞳、白い肌をしていた。

 「夢と同じだわ。あれはやっぱり予知夢だったのね。そうなると・・・」

 テラが、注意深く辺りを見回すと、無色透明の瞳と藤色の髪を持つ屈強な体躯(たいく)をした男性たちが、茂みから立ち上がった。その男たちは、手に弓や斧を持ち、女神の祝福メンバーを取り囲んでいた。

 デューンは、炎属性魔法の炎蛇で取り囲んでいる男たちを焼き払う態勢に入っていた。

 「待って、戦ってはだめ」

 マナツが、少年から男たちへと視線をゆっくり移しながらテラに話す。

 「テラの予知夢通りだな。ここは戦わずに収まるのか」

 「分からないわ。予知夢はここまでだから・・・でも、戦わないで、武器を収めて」

テラは右手でメンバーを制した。

 「武器を収めろ」

鋭い目つきで少年を睨みながら、マナツがメンバーに命じた。

 メンバーたちが武器を収めると、テラは両手を上げて少年に丁寧に話しかけた。

 「私はテラ、貴方の名は何というの」

 「黙れ、ユリス様を返せ」

 「・・ユリス様とは、何のことなの」

 「ユリス様をどこに連れ去った」

 「待って、ユリスについて何も知らない。私たちは、誰も連れ去っていないわ」

 「・・・・黙れ、とぼけるな」

 「貴方のその琥珀色の瞳・・・ジャジャイさんと同じ。そして周りを囲む男たちは無色透明の瞳。これもジャジャイさんと同じだわ」

 「・・・おい、お前、ジャジャイ爺と会ったのか」

 テラは頷くと、ゆっくりと右手を返して、少年に指輪を見せた。

 「それは、神託の指輪・・・どこでそれを」

 「ジャジャイさんに託されたの。ルカの民は、この指輪を神託の指輪と呼んでいるのね」

周りを囲む男たちがざわざわと色めき立つ。

 「その話が本当だという証拠はあるのか」

 「・・・ないわ」

 「話にならんな」

少年は琥珀色の瞳で、キッと鋭い視線をテラに送り、斧の穂先をテラの喉元にグイと伸ばした。

 「でも、ジャジャイさんは、この時を60年待っていたと言っていたわ。そして、古代樹のゲートを守れとも」

 「・・・・・」

 「ガイ、止めろ」

取り囲んでいた男性たちの輪から一人の男性が一歩前に出てきた。そして、少年ガイの斧に手を置いて、押し下げた。

 「ガイ、斧を収めろ。この少女は嘘を言っていない。まず話を聞こうではないか」

 「ゴジ・・・なぜ嘘を言っていないと分かる」

 「何となくそう感じた。ガイはそう思わぬのか」

 「・・・俺は・・・分かった」

 ファンゼムがマナツの耳元で囁く。

 「ありゃ、テラの特異スキル、パーソナルスペースゼロの力なのかのう」

 「分からんが、親密感を増大させるスキルの影響は、多かれ少なかれあると思う」


 テラは、救命ボートに乗っていたジャジャイの最後について語った。

 無色透明の瞳をした屈強な男たちは、その瞳から滴り落ちる雫を太い腕で拭った。

 「この少女・・テラが、預言の少女ということなのか・・・ジャジャイ、よくぞ導いてくれた」

 「天命を成し遂げた。自分自身を誇りに思うか・・・ジャジャイ爺さんらしい」

 「ジャジャイは、授かった預言通りにやり遂げたのだな・・・」

 「ああ、天晴だ」

 「ジャジャイ爺・・・やったな」

 「ルカの民の誇りだ」

屈強な男たちが口々にジャジャイを称えた。

 ガイは、琥珀色の瞳に涙を浮かべていたが、二の腕で拭った。ガイは、テラへの態度が先ほどとはうって変わり、親しげに話しかけた。

 「テラ、悪かった。もう少しでジャジャイ爺の天命と誇りを無駄にするところだった」

 「ううん、いいわ。貴方たちはルカの民なのね」

 「ああ、俺たちは誇り高き種族、ルカの民。俺の名は、ガイ・ア・ファウンダだ。そして、ジャジャイ爺は、生まれて間もなく両親を亡くし、天涯孤独となった俺を気にかけてくれていた」

そう言って、ガイが天を見上げた。

 「そうだったの・・・ガイには、ジャジャイさんの最後を伝えられて良かったわ」

 「あぁ、ありがとう」

 「私も嬉しい・・・そう言えばさっき、ユリス様を返せって言っていたわね。何があったの」

 「それは・・」

 「俺はゴジだ。それについては、我がルカの里で話す。付いてこい」

屈強な体躯をしたルカの民のゴジがガイの代わりに答えると、手招きをしてから先を歩き始めた。


 ルカの民に案内された女神の祝福メンバーは、薄暗い密林を抜けた。目の前には、険しい崖がそびえ立っていた。

 「こっちだ」

 ルカの民が、岩の陰に隠れていた洞穴に入って行った。

 洞窟の中は、ひんやりとして肌寒く感じた。

 「痛い」

 レミが前を進むダンにぶつかった。

 「ダンさん、ごめんなさい」

 「問題ないです。ここは暗くて前がよく見えませんね。レミさん、足元と頭上に気をつけてください」

ゴジが松明に火を灯すと、橙色の光が洞窟内に広がった。橙の光に黒い影が揺らめいている。

 「あれを見て」

テラが立ち止まって指さした。

 洞窟の壁面には、今まで見たこともない多くの生き物の絵が描かれていた。

 ダンが、眼鏡に手をかけて考え込んでいる。

 「これは、龍ですかね? 戦っている人と比べると、かなりの巨体、それに三本の尻尾とは・・・まるでエルフの神話に登場する龍ですね」

 女神の祝福メンバーは洞窟の中を見渡した。あちらこちらに戦いの絵が描かれていた。

 身長の高いリッキが、顔を左右と上に向けてファンゼムに問いかける。

 「これは、異形の巨大な魔物たちとの戦闘を描いているのか。ファンゼムはこれらの魔物を見たことがあるか」

 「リッキも知らんのか、儂も見たことのない魔物や。ほれ、あそこ・・首の長い奴もおるな」

 マナツが生き物の絵を身動きせずに眺めている。

 「私も見たことはないが、心当たりはある。以前、崖からむき出しになっていた骨が、これと同じくとても長い首だった」

 「あそこが出口だ」

ゴジの言葉に、女神の祝福メンバーは出口を目指して歩き出した。


 暗い洞窟から出ると、崖に囲まれた広い草原に出た。草原の中ほどには、柵に囲まれた里があった。里には小川が流れ、2mほどの柱に支えられた高床の倉庫が立ち並んでいた。集落の中央には、小さくとも威厳の感じられる木造の宮殿があった。

 ゴジたちに導かれ女神の祝福メンバーは、宮殿へ続く道を歩いて行った。

 デューンは、キョロキョロと行き交う人々を見てテラに思念会話で話しかけた。

 「おい、この里の人はみんな無色透明の瞳をしているな」

 「興味本位で人を見ることは止めなさいよ。失礼よ」

 「俺もティタンの民だから、この薄桜鼠色の肌に白藍色の瞳と髪が目立って、じろじろと見られることも多かった。じろじろと見る側の気持ちも分かるよ。それでもな・・・」

 「ルカの民にとっては、良い気持ちであるはずはないんだから」

 『デューン、テラの言う通りよ。差異を目にして好奇心が掻き立てられることは自然なことだけれども、その好奇心が不快を与え、互いに誤解や偏見を生むこともあるのよ』

 「マウマウ、ダンが言っていた通り、ルカの民は人類という種の先祖なの?」

 『ルカは人類の祖先よ。ルカ種から分岐して栄えた種族も数多くあったけれども、その多くは絶滅したわ』

 『それでは、ルカ種の祖先は・・』

 「ここがルカの民の長の住まわれる宮だ。中へ」

 ゴジに促され、ガイと共に女神の祝福のメンバーは、宮殿に入って行った。


 宮殿の広間に通された。広間の壁には、一目で業物と分かる大剣や槍、薙刀、大斧、大鎌、弓などが飾られていた。

 広間正面奥には御簾(みす)がかかり、(おごそ)かな雰囲気が漂っていた。御簾の左脇には屏風(びょうぶ)が1隻あり夜空の星々が描かれていた。

 ゴジとガイは奥の御簾に向かい平伏した。

 「神託の指輪の少女をお連れしました。この少女です。名をテラと申します。他の者はその仲間です」

 ゴジは視線を女神の祝福メンバーに戻した。

 「こちらにおられる方は、ルカの民の長であり偉大な巫女であらせられるダリア・ナ・プロジャナタ様だ」

 ゴジとガイは御簾の右側に移動すると、そこに座って、女神の祝福に顔を向けた。

 「・・よう参った。我が子たちよ」

しわがれた声が、聞こえてきた。

 御簾越しのルエットからも、かなり年を取った女性であることだけは分かった。

「其方が預言の少女・・・ん、な、なんと、まさか・・・テラ、お前の首に抱き着いている生き物は・・・」

 「キュキュです。謎の卵から私が孵しました」

 長ダリアは、手で印を結ぶと、聞きなれない発音の言葉をもごもごと唱えた。

 「サブスピーシーズ・・・これは正しく、我が神オリジネーター様のお導きじゃ」

長ダリアは、目頭に着物の(すそ)を当て、独り言を呟いた。

 そんな状況であっても、ローレライは、臆することなく屏風に描かれた星空を、身を乗り出して眺めていた。

 「・・・ほほう、そこのエルフの女性は、この屏風に関心がおありか」

 「あの星々の位置は正確で、まるで地図の様だと思いました」

 「フォフォフォ、私の話よりも、星々に興味があるようじゃな。良きかな、良きかな。」

 「星は航海をする者の道標。私は星に興味があります。毎夜、星を読み、星に語りかけています」

 「星を読むとは面白い。其方の名はなんと申す」

 「ローレライ・フリーマンです」

 「ローレライ、好奇心は若者の特権じゃ。・・・これは、我らの神オリジネーター様の故郷を示す屏風じゃ」

 「え、神に故郷が・・・」

 「フォフォフォ」

 ゴジが長ダリアに厳かに申し上げる。

 「ダリア様、この者たちに、さらわれたユリス・ナ・プロジャナタ様について、お話を致したいと思います」

 「・・・むう」

 「我らルカの民は、古代樹のゲートの守護を代々継承している民。ユリス・ナ・プロジャナタ様は、巫女の継承者、近い将来にルカの民の長となられる方です。先日、ルカの民の1人を伴った者たちに(あざむ)かれ、ユリス様はさらわれました。そこで、ユリス様を取り戻すべく捜索していたところです」

 「その者たちに心当たりはありますか」

マナツが尋ねた。

 「船乗りの一団でした。その中にルカの民が1人おりましたので、信用してしまいました。迂闊(うかつ)でした」

 「ルカの民が1人いたと・・・恐らくそれは盲目の黒ひげと呼ばれている男が率いる海賊団ですね」

 「海賊団・・・その海賊団から何としても、ユリス様をお救いしたいのです。神託の指輪が導いた皆様のお力をお貸しください」

 「私は、女神の祝福のリーダーのマナツといいます。そちらのルカの民の皆さんがおっしゃっている神託の指輪が導いたと言われても、失礼ですが、我々が命を懸けて巫女の継承者ユリスを救出する理由が見当たりません」

 ゴジが懸命に説得を続ける。

 「それはもっともなことだが、ユリス様を失えば我らルカの民は、未来を失う。どうかお力をお貸し願いたい」

 「我らは、4大秘宝の一つ古代樹のゲートを探しに来ただけです」

 「古代樹のゲートを・・・それは何上だ」

 「我ら人類の好奇心は留まることを知らない。未知を解明したいのです」

 「古代樹のゲートは、アーティファクト。それ故、我らルカの民がそれも守護している。人類がおいそれと操作できるものではない」

 ダンが口元に手を当て、マナツに耳打ちした。

 「今、『アーティファクト。人類がおいそれと操作できるものではない』と言っていましたね。宝石や簡単な道具ではなく、操作を必要とする機械仕掛けの遺物なのでしょうか」

 「フォフォフォ・・。その通りじゃ。古代樹のゲートは、貴方たちが考える様な秘宝とは違う」

 ダンは、マナツに耳打ちした話の内容が、ダリア・ナ・プロジャナタには筒抜けになっていることに驚いた。

 「フォフォフォ・・盲目の海賊団の目的は、古代樹のゲートそのものではないのじゃ。ユリスを誘拐したことからも分かる」

 「では、何を目的に?」

 「奴らの中にはルカの民もいたという。恐らく、古代樹のゲートの秘密を知っているのじゃろう。だから、危ういのじゃ」

 「古代樹のゲートの秘密とは何ですか」

 「黙れ! ダリア様のご厚意に甘え、古代樹のゲートの秘密まで聞き出そうとは言語道断」

ゴジが片膝を一歩前に出して話を遮った。

 「よいよい、ゴジ。こちらが願いを乞う側じゃ。誠意を示さんで信頼を得ることは出来ぬ」

 「しかし、ダリア様・・・」

 「預言による神託じゃ。この者たちの助力がなければ、ルカの民は滅ぶしかあるまい。恐らく、この世界に()む生き物のほとんどもじゃ」

 「ダリアさん、私はジャジャイさんが亡くなる前にその遺志(いし)(たく)されました。天命を受けてから、60年間に及ぶ人生をかけた志でした。『古代樹のゲートと結晶を守ってくれ。男を探せ』という遺志を受け継ぎます。ユリスの救出もこれに繋がるのですよね」

 テラの思わぬ言葉に、マナツはテラの決意の固さと成長を感じて目頭が熱くなっていた。

 マナツがゴジに確認する。

 「ユリスの救出が、ジャジャイの遺志を引き継ぐと考えてよろしいか」

 「いかにも」

 マナツが、女神の祝福のメンバーに目を向けた。

 「この依頼を受けても良いか」

マナツの言葉に、メンバーが黙って頷いた。

 「交易・冒険者グループがユリスの救出を引き受けします」

 「フォフォフォ、これは、良きかな、良きかな。我が神オリジネーター様の思し召しじゃ」

 ゴジがテラたちに頭を下げた。

 「これまでの非礼、許せ。では、私から古代樹のゲートの秘密について話すことにする」


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