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第3章 古代樹のゲートの秘密  6 風神の城

 「ローレライの言った通りだ。風雨が強くなってきたなー」

デューンがミネルヴァの揺り籠号のセイルとヤードを魔力で調整しながら雨雲を見上げた。

 雨雲が、空一面を暗く厚く覆っている。海面は群青のうねりが絶え間なく続いていた。

 ミネルヴァの揺り籠号には、魔力で操帆できる最新式の装備があった。操作器具に付いている魔石に魔力を込めるだけで、帆の上げ下げやヤードの向きを変えられた。また、船首には船首楼を加えてあり、高波の甲板への侵入をブロックしていた。これだけでも荒天に強い帆船と言えた。

 揺れる甲板で、フード付きの雨具に身を包んだレミが片手をロープにかけ、操舵を握るテラに声をかける。

 「波も高くなってきたわね。船首が上下しているし、白い水飛沫も上がって来たわ。前を航行するヘッドウインド号も揺れるのが見て取れるわ・・・大丈夫かしら」

 「ヘッドウインド号のクルーは、猛者ばかりだから大丈夫よ。それより、秋の雨は、雨具を着ているとはいえ、体が冷えるわね。・・・ローレライ、この雨と風はあとどれ位い続くの」

 「2時間というところかしら。これから1時間は、雨脚が強まりそうね」

 「嵐よりはましね。あら、キュキュはお眠りなのね」

 キュキュはテラの首に抱き着いて寝ていた。

 「母さんの持つダウジング魔道具Lロッドが、古代樹のゲートの方角を指すのは便利だけれども、距離が分からないことが難点ね。サンルーズでの測量でケアはできた?」

テラがそう言うと、ローレライは、当然よと言わんばかりに見つめ返す。

 「勿論よ。三角測量で古代樹のゲートの位置は突き止めたわ。私が、ピンポイントで辿り着かせてみせるわ」

 「流石は、一流の航海士ね」

 「私は、決して外さないのよ」

ローレライは、長い銀の髪を左手で掻き揚げようとしたが、雨で濡れた髪が纏わりついてきた。

 テラはローレライの知識と技術、そして、揺るぎない自信が頼もしく思えた。

 「テラ、見て・・・ヘッドウインド号から手旗信号よ」

レミがヘッドウインド号を指さした。

 ローレライが上下にアップダウンを繰り返す船首に走った。

 「シ ン ロ ジ ュ ウ ジ ヘ。 ゼ ン ポ ウ イ チ ジ、 セ ン カ ン サ ン セ キ。 チ ュ ウ イ サ レ タ シ」

ローレライが船首から手旗信号を読み上げた。

 テラが操舵を回しながら、

 「取舵、10時」

 デューンが振り向きテラを見る。

 「戦艦3隻って、嫌な感じがするな。海賊退治か臨検の網か。巻き込まれたくないな」

 「ええ、母さんも戦艦から回避行動をとっているから、このまま何事もなく素通りできるといいけれども・・ローレライは舷側砲の用意を。ただし、砲門は船から出さないように」

 レミはメインマストの見張り台に登り、ヘッドウインド号の先、1時の海面を凝視した。

 「うーん、雨で霞んでいて良く見えないわ・・・・遥か彼方に黒い船影らしきものが見えるわ。ハフさんってすごいのね・・・この状況で、あれを戦艦と判別できるなんて・・・」

 「山猫獣人のハフ姉さんの眼は特別よ。夜目だって効くし・・・私の心すら読んでいるのかなと思うこともあるわ」

 「ふふふ、まあ、怖い。ハフにそんな力があるなんて」

と、ローレライが話に加わって来た。

 「ローレライ、ハフ姉さんは勘もいいからね。貴方も気をつけてね。うふふふ」


 雨のしとしとと降り注ぐヘッドウインド号の見張り台から、フード付きの雨具を纏ったハフが、甲板にいるマナツに叫ぶ。

 「キャプテン、3時の海軍艦隊は、ガレオン船1、軽ガレオン2。そのうちの軽ガレオン1隻は、ガレオン船に曳航されています」

 「曳航だと・・・こちらに戦闘をしかけたり、臨検をしたりする可能性は低いということか・・・ハフ、引き続き監視を厳としろ」

 「了解」

 「進路、船速維持」

 「「了解」」

マナツがファンゼムとリッキに指示した。

 ダンがマナツの脇まで来ると、3隻の軍艦に視線を向ける。

 「あちらは、こちらに興味がないようですね、助かります」

 「ああ、曳航されている軽ガレオンは、喫水線が深くなっているな。かなり浸水している様だ。今はそれどころではないのだろう」

 「船体には、砲弾などの跡が見当たりませんね。岩礁で座礁したのですかね」

 マナツは頷くと、マストの見張り台を見上げた。マナツの眼に雨が飛び込んでくる。

 「ハフ、前方に岩礁の可能性あり。海面の監視も厳としろ。ミネルヴァの揺り籠号にも、このことを手旗で知らせろ」

 「了解、キャプテン」

 「ダン、船首に移動して岩礁に注意を払ってくれ」

マナツがそう言った時には、ダンは、もう雨の甲板を船首に向かって駆けだした後であった。

 ヘッドウインド号とミネルヴァの揺り籠号は、海軍艦隊から離れるようにしてやり過ごすと、航路を戻した。


 「キャプテン、前方にカモメの群れが見えます」

 「ああ、そろそろ前方に島や大陸が見えるかもしれん。ここからは、未知の海域だ。魔物には十分留意しろ」

操舵を握るファンゼムの脇に立っているマナツが、見張り台にいるハフを見上げて声をかけた。そして、甲板上のクルーにも声をかける。

 「ダン、リッキ、来てくれ」

 ダンとリッキが走り寄ってくる。

 マナツは3人の顔を見て、神妙な面持ちになる。

 「ローレライが地図に記した古代樹のゲートの場所は、12時の方向。あと船で1日半という距離だ。この地図には島や大陸は見当たらない場所で、未知の海域と言える。未知の海域には、それなりの理由がある」

 いつもは陽気なファンゼムが頷く。

 「あぁ、儂の経験から言って、未知の海域は危険じゃ。これまでその場所に近づいた船が二度と戻れなかったため、今なお未知の海域となっている可能性もあるんや」

 巨体のリッキが小柄なファンゼムへと視線を落とす。

 「渦潮か岩礁か、人を惑わす魔物か・・・危険の臭いがするな」

 「キャプテン、哨戒を厳にしておきましょう」

ダンが眼鏡を指で上げ、冷静に言った。

 「ダンの言う通りだ。哨戒を厳にする。ミネルヴァの揺り籠号にも連絡しろ」

 この指示は、すぐにミネルヴァの揺り籠号に伝達された。


 「武器を捨てろ」

 テラに、斧の柄先から出た鋭い刃を向け、少年が睨んで言った。左手には五角形の盾を構えている。盾には白地に赤と黒の渦巻き模様、上部には黒と赤のジグザグ模様があった。その少年は、藤色の髪と琥珀色の瞳、白い肌、藤色に赤の縁取りのある頭巾、藤色の陣羽織を着ていた。

 テラが、辺りに目を向けると、無色透明の瞳と藤色の髪を持つ屈強な男性たちが、手に弓や斧を持って、女神の祝福メンバーを取り囲んでいた。

 「・・うぐ・・・うぐっ・・・」

テラは、声を上げようとしたが、声が出ない。息が詰まり藻掻き苦しんでいる。

 「テラ・・・テラ・・・」

と、耳元でレミの声がした。

 「うぁー・・・はぁ、はぁ・・ゆ、夢か・・・」

テラが叫び声を上げて目を覚ました。まだ荒い息遣いになっていた。

 「テラ、大丈夫よ・・もう、大丈夫」

ベッドの上で半身だけ起き上がったテラを、レミが抱きしめる。レミの手がテラの背中をトントンと叩いた。

 「レミ、ありがとう。怖かった・・・琥珀色の瞳で睨みながら、私に斧を向けた男が言ったの『武器を捨てろ』と・・・そして、武器を構えた屈強な男たちが、私たちを取り囲んでいたの」

 「もう大丈夫よ。安心して・・・テラ、それは夢だから。テラは夢にうなされていたのよ」

 「夢で良かった・・・あ、これって『夢見の石』を嵌め込んだ指輪の力によって視た予知夢なのかしら」

 「それは、分からないけれども、その怖い夢を皆に伝えないといけないわね」

 「うん、これも夢による導きの1つなのかもしれないわ・・・それにしてもひどい夢だった」

テラはそう言うと、顔を洗い始めた。

 レミはテラの背中をしばらく眺めていた。

 「テラ、もうそろそろ夜勤の時刻だから、ローレライとデューンと交代しようか」

 「うん、夢の内容は2人には伝えておくわ」

 着替えると、2人は甲板へ上がって行った。


 「キャプテン、12時の方向。巨大な雲が水平線に重なる様にあります。積乱雲かもしれません。いえ、違うわ・・・私の尻尾の毛が危険をビンビン感知しています。空気も急に生暖かく・・巨大なサイクロン・・うーん、それも違うかも」

 「ハフ、はっきりしないわね。貴方らしくない。でも、危険が潜んでいるというわけね。そのまま監視。もし、それが移動しているのなら進路の報告」

 舵を取りながらファンゼムが、マナツの横顔に向かって言った。

 「進行方向にサイクロンとは、厄介じゃな」

 「ああ、古代樹のゲートの方角だ」

 「まさかあのサイクロンの雲の中じゃろうか」

 「まあ、もう少し近寄れば分かる」

 「母さん」

 マナツとファンゼムが振り向くと、隣にテラが立っていた。テラが無属性魔法ムーブ メントで瞬間移動をして来ていた。

 「母さん、ローレライが、あの巨大な雲を調べたいので、このヘッドウインド号を追い越して、ミネルヴァの揺り籠号が先行したいと言っているの」

 「ローレライには、あれが何だか心当たりがあるのか」

 「風神の城かもしれないと言っていたわ」

 「風神の城?」

 「まさか、あれがそうなのか・・・儂も風神の城の話だけは聞いたことがあるぞい」

 「それは何だ」

 「移動しない・・・停滞したまま持続する巨大な台風が、この世界にはあるという噂を聞いただけじゃ。それが風神の城じゃ。まぁ、夢物語の類なんやがな」

 「停滞し持続する台風か・・・ミネルヴァの揺り籠号の先行を認める。ただし、無理はするな」

 「了解。それから母さん、夢を見たの・・・藤色の髪と琥珀色の瞳を持つ少年、武器を構えた男たちに包囲された夢」

 「指輪の予知夢か?」

 「分からない、琥珀色の瞳の少年が斧を構えて『武器を捨てろ』とも言っていた。恐らくルカの民」

 「むう、予知夢の可能性もあるな。他には何かあるか」

 「それだけ。では、私はミネルヴァの揺り籠号に戻って、先行します」

テラはそう言い残すと、姿を消した。

 テラが、ヘッドウインド号の脇を追い越すミネルヴァの揺り籠号の舵を取りながら、手を振っていた。


 風神の城まであと3km。

 その巨大さと吹き荒れる風に気圧された。まさに風神の城の呼び名に相応しい暴風だった。不思議なことに、風神の城の外周の海面は、やや高い程度の波であった。

 「ローレライ、あの巨大な雲は風神の城なの?」

 「テラ、私にも分からないわ。でも、ここの水温は異常に高い。そして、この水銀気圧計が気圧の異常な低さを計測している。父が言っていたの、異常な高水温の海域で低気圧が成長し、気象条件を無視して停滞する台風があることを。それが風神の城」

 「風神の城を避けて通ることは出来ないの」

 「できないわ。方角と距離・・・恐らく、古代樹のゲートは風神の城の中だわ」

 「・・・分かったわ。覚悟を決めて探しに行きましょう」

 「風神の城は、暴風と高波に守られているので、何人も近づくことを許さない聖域。でも、父が言うには、その特性から鬼門と生門が存在するに違いないと」

 「鬼門と生門?」

 「ええ、風神の城にある鬼門から突入すれば、船体が暴風雨と高波で瞬時に跡形もなく破壊され、海の藻屑となる・・・つまり死を意味する。生門から入れば、城の中へと導かれる。そこが唯一の侵入口となる」

 「ローレライには、どこが生門だか分かるの?」

 「分からないわ。私も風神の城に出会うのは初めてだから」

 「・・・ローレライの航海士としての経験と知識を信じるわ」

 「経験や知識は、あの風神の城の前では意味がないわ。最後は、観察と勘に頼るしかないわね」

 「観察と勘頼みか・・・あ、勘ならハフ姉さんが鋭いわよね・・・第六感」

 「ハフか。最後の最後はハフの勘に期待か。今、私たちにできることは、あそこに近づいて観察すること」

 「ローレライ、貴方に任せるわ」

そう言うと、テラは風神の城を指さし、デューンとレミに向かって叫んだ。

 「デューン、セイルは半帆。みんな覚悟を決めて! あの風神の城にぎりぎりまで近づくわよ」

 デューンは口角が上がり、白い歯を覗かせた。レミの顔は引きつり、一歩後ずさりをした。


 ミネルヴァの揺り籠号は、風神の城まで300m地点に接近した。ミネルヴァの揺り籠号のクルーは驚愕して言葉も出ない。

 「・・・す、凄まじい・・・こ、これが風神の城か、まるで暴風雨の滝、いや天まで延びる崖だ」

デューンの唇が微かに動き言葉が漏れたが、轟音に消されていく。

 レミは、ロープを両手で握りしめたまま、身動き一つしない。

テラが暴風雨の崖を見上げて叫ぶ。

 「・・・あそこは別世界」

 「テラ、別世界というより、全てを拒む異界・・・」

 「ローレライ、ここに生門が・・・本当にあるの」

 「・・・なければ、あの壁を通過することはできない。風に船体が押しつぶされ粉々になるか、巻き上げられ、転覆して海底に沈む」

 「2人ともごちゃごちゃ話していないで、とりあえずあの暴風雨の崖を迂回して、生門を探そうぜ」

 「テラ、デューンの言う通りだわ」

 テラは、ゴクッと唾を飲み込むと操舵を回した。

 ミネルヴァの揺り籠号の後をヘッドウインド号が追走した。


 「テラ、遠くでカモメが飛んでいる」

レミが震える指で天を指す。

 「え、・・・カモメ?」

 「おいテラ、カモメがいるとなると、生門が近いということじゃないか」

 「確かに・・・この周りに島はない。あのカモメは、この風神の城を越えてきた可能性が高い。レミの観察力が生きたわね」

 テラはローレライの横顔を見た。ローレライは瞬きもせずに、目の前の暴風の崖を凝視している。

 「・・・」

 レミがまた天を指す。

 「テラ、カモメが、ほら、あそこから飛び出て来たわ」

 風神の城から突風に乗り、押し出されるようにカモメが数羽飛び出して来た。

 「本当だ。カモメが出て来るわ」

 「レミ、良くやった。俺たちは生門を見つけたんだ。風神の城を抜けられるぞ」

 『マウマウ、あそこが生門でしょう?』

 『テラ、私にもこれは分からないわ。ローレライの意見を聞きなさい』

 『でも、あそこが生門に違いないわよ』

 「ローレライ、あそこがきっと生門よ。行ってみよう」

 「テラ・・・違うわ」

 「え、だってカモメが何羽も出て来ているのよ」

 「・・・生門の逆だ。おそらく鬼門だ」

 「でも、ローレライ、この風神の城は、暴風雨に守られていて、どこも鬼門だらけじゃない」

 「風神の城は暴風雨によって、外界から隔絶された世界。その中への入口は生門のみ。鬼門は出口」

 「じゃ、あそこが出口なの」

 「間違いない、鬼門だ。カモメが生きて出て来ている」

 テラとデューン、レミは無言のままローレライを見た。

 「なぁ、ローレライ、それなら俺たちは、あのカモメを追っていけば良いのではないか」

 「そ、そうよね。デューンの言う通りだわ。必ず生門から入るはずよ」

 「デューンとテラの言う通りだわ」

レミも緊張が解けたかのような表情で同意した。

 ローレライは暫く腕を組んだまま考え込んでいた。

 「それはありかもしれないわね」

 「レミ、カモメを監視して。ローレライは、暴風雨の崖の観察」

 「「「了解」」」


 「テラ、カモメが風神の城に吸い込まれて行くわ。ほら、あそこよ」

レミが暴風雨の壁に吸い込まれて行くカモメを指さした。

 「きっと、そこが生門だわ」

 「レミ、でかしたぞ」

 喜び合うテラとデューン、レミが、突然、口を噤んでゆっくりとローレライの顔に視線を移した。

 ローレライは1点を見つめ、そして、瞳を動かして全体を見ている。

 ローレライの唇が動く。

 「・・・私もあそこが生門だと思う・・・確証はないけれども」

 「ハフ姉さんの第六感に・・ローレライ、手旗で聞いてみて」

 ほどなくしてヘッドウインド号から、手旗信号での回答があった。

 「ワ タ シ ハ フ ア ン。 シ ッ ポ ハ イ ケ ト イ ッ テ イ ル」

 「よし、あそこが生門。風神の城に侵入する」

 ローレライはテラを慌てて制止する。

 「テラ、待って、ハフが不安と言っているのに、侵入するの」

 「何言っているのよ。尻尾は行けと言っているのでしょう」

 「テラって、ハフの第六感ではなく、尻尾を信じていたのね」

 「ハフ姉さんの感情ではなく、第六感が現れるのが尻尾よ・・・ふふっ」

 「あははは、テラには参ったわ」

 「早く突撃しようぜ」

 「デューン、今の言葉が最後の言葉になるかもしれないのよ」

 「テラの最後の言葉は今のそれだな」

 「・・・・最後の言葉」

ロープを両手で握ったレミの顔に、また緊張が走った。

 「セイルは半帆のまま。侵入開始!」

 

 ミネルヴァの揺り籠号は、船首を上下に揺らしながら、風神の城に迫って行った。目の前には、暴風雨の崖がそびえ立っている。

 テラが操舵をきつく握り叫んだ。

 「全員、何かを掴め。決して振り落とされるな。飛ばされるな」

 デューンとレミはロープを、ローレライは網を握りしめた。横殴りの豪雨がクルーの頬を叩く。テラのフードが後ろに吹き飛ばされたが、テラは動じずに前方だけを見ている。ゴゴゴーという凄まじい風の音がテラたちの耳の能力を奪っていく。

 風神の城にミネルヴァの揺り籠号の船首が入った瞬間、吸い込まれるように船体が滑った。風神の城内部へ向かって吹く突風に乗って、ミネルヴァの揺り籠号は加速を続ける。

 「まるで、風神の城に続く洞窟を潜っているようだわ。みんな無事か」

 キュキュはテラの首にしがみつきながら、キュと返事をした。

 「テラはお気楽だな。デューン異常なし」」

 「ローレライ、異常なし。今のところ船体にも深刻なダメージはないわね」

 「レミ・・・レミは無事か・・・返事をして・・・・レミ!」

テラが操舵を握りながら、不安な気持ちを言葉にして声を上げた。

 「きゃー、嫌ぁー・・・ひゃー、最高ー!」

レミは暴風と高波に加速と揺れを繰り返すミネルヴァの揺り籠号の甲板で、そのスリルに絶叫していた。

 「あははは、レミは楽しんでいたのね」

 「度胸が据わっているな。流石は海の男の娘だ」

 「テラ、デューン、私たちの船は、今、あの暴風の崖を突き抜けているのね。信じられない」

 「ああ、俺たちは、誰もできなかったことをしているのかもしれない」

 「前方を見て、虹が架かっているわ」

 「おお」

 「綺麗・・間もなく出口ね」

 「きゃー、・・・虹? 最高ー!」

 ミネルヴァの揺り籠号は、暴風雨の崖からポンと産まれたかのように飛び出した。海面は穏やかで風も感じない、まさに異界であった。

 「私たちは、風神の城を抜けたのね」

 「えへへへ、やったぜ」

 「ふふっ、生門の位置を記録したわ」

 「あぁ、楽しかった。出口の鬼門を出る時も、また同じスリルがあるのかしら・・・楽しみ」

 テラとローレライはレミの思わぬ一面を垣間見て、失笑していた。

 全身ずぶ濡れとなっていたテラは、まず、ローレライにタオルを差し出した。

 「ローレライは、やっぱり最高の航海士ね。『私が、ピンポイントで辿り着かせてみせるわ』と言った通りになった」

 「テラ、ありがとう。でも、貴方のくれたタオルも水浸しよ」

 「本当だわ、何もかもが水浸し・・あ、あれを・・あそこに大きな陸が・・・あの陸に古代樹のゲートがあるのね」

 テラは12時の方向に見える陸地を指さした。陸地には密林と連なる山々が霞んで見えた。島というサイズではなく、広大な大地であった。この大地はジーランディア大陸であった。

 「私は、決して外さないのよ」

ローレライは、長い銀の髪を左手で掻き揚げた。濡れた髪から光る水滴が舞った。

 「見ろ。暴風雨の崖からヘッドウインド号も出て来たぞ」

 「安心したわ・・・でも、当然のことよね。あのクルーたちなのだから」

 「テラ、その通りね」

 「違いない。俺の憧れの戦士、リッキさんもいる」

 船尾では、レミがヘッドウインド号に手を振っていた。

 「ローレライ、古代樹のゲートの方角は」

 ローレライは、コンパスをちらっと見た。

 「テラ、このまま真っすぐよ」

 「よし、風神の城の大地に上陸する。進路12時、セイルは満帆」

 「「「了解」」」


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