第2章 動き出した運命の歯車 4 夢見の石
港街サンルーズは、ロスリカ王国最大の湾岸都市であった。
ロスリカ王国は、莫大な砂金を産出するため、一攫千金を狙った開拓者たちが移民として押し寄せ、今もなおホモ・サピエンスの人口が爆発的に増えている国である。
サンルーズは、湾周辺に点在する漁村であったが、急増した移民のために徐々に湾全体を覆う様に、更にその内陸へと街並みが拡大し、現在は湾岸都市として発展していた。港には、交易の商船で賑わい、その周辺にはレンガ造りの商店や倉庫が所狭しと立ち並び、石造りの歩道が整備されていた。
都市として整備されているのは極僅かな地域であり、内陸に進むに従って、簡易な木組みのログハウスの様な商店や住居、その奥には掘っ立て小屋が密集していた。この地域の通りは、土がむき出しのままの道が縦横に延びているだけであったため、悪天候が続くと通りには水たまりができ、泥濘に足を取られたり、馬車の車輪がはまったりすることが珍しくなかった。
街の治安は不安定なところもあるが、夢と活気に満ちていた。
クアナ・パーが今回遭遇した海賊バルバロスは、ロスリカ王国と近隣諸国の海軍に狙われ、また多額の懸賞金を掛けられているものの、キプロ諸島で拠点を変えながら神出鬼没に海賊行為をしていた。
各国の海軍は血眼になって探していたが、その討伐は困難を極めていた。そればかりか、海賊バルバロスたちは、海軍を返り討ちにする戦闘力を有しており、各国の王の頭痛の種となっていた。この数年は、砂金取りの好景気もあり、交易ギルドや冒険者ギルドで命がけの海賊討伐依頼を受ける冒険者は皆無であった。
ヘッドウインド号とミネルヴァの揺り籠号がサンルーズ湾に入港すると、それぞれの船に数十名の警備兵がどかどかと船に駆けあがって来た。
「なんじゃい。儂らの船にいきなりどかどかと踏み込むとは、どういうつもりや」
ファンゼムが、警備兵に怒鳴って文句を並べた。
警備兵たちは、無言のまま女神の祝福メンバーの顔を一人ずつ確かめ、船室を捜索し始めた。
リッキもこれには腹を立て、警備兵の胸元を掴んだ。
「リッキ、止めろ」
マナツがリッキを制止した。
「我らは交易・冒険者チーム女神の祝福だ。このサンルーズへの入港は、救助した遭難者を届けるためだ。船内を捜索するなら、理由を述べろ」
救助された船長クアナ・パーが前に進み出て、警備兵に事情を説明する。
「私はこの街にあるパー商会のクアナ・パーです。海賊に襲われボートで漂流していた私たちを、この方たちが救助してくれました。怪しい方たちではありません」
「隊長、この者を知っています。確かにパー商会のクアナ・パーです」
「では、間違いなのだな」
「隊長、船室と船倉にも、ルカの民は乗っていません」
「むう、これも任務、失礼した。我が国の民の救助に感謝する」
警備隊隊長が、マナツに礼を述べた。
「ルカの民を探していると聞こえたが、それ程の重要人物なのですか」
「我々は、国家に難をもたらす悪魔の祖、ルカの次期巫女のメグ・ナ・プロジャナタを探していたのだ。二十歳前の女だ。もし、旅の途中で、この女を見かけたら連絡をくれ。懸賞金30億ガリンだ」
警備隊は救助された船員を従えて、船を降りて行った。
「何、あの態度」
ハフは、焦げ茶と茶色の縞のある尻尾の毛を逆立てていた。
「この大陸の国は、何やら不可解で、きな臭い匂いがしていますね」
ダンがマナツの脇に立って話しかけてきた。
「この街では、十分に注意を払うこととしよう」
ミネルヴァの揺り籠号からもテラやデューンたちの不平の声が聞こえていた。ローレライも怒り心頭であった。
「どかどかと船に上がって来て、私をじろじろと見ていた。失礼にも程があるわ」
女神の祝福は、2日間はお決まり通りに交易所や市場に足を運び、積み荷の売却や特産品の購入、市場調査などをしていた。サンルーズは好景気のため、絹織物などで高い収益を上げることができた。普段と異なるところは、これにマナツとローレライ、ファンゼム、ダンの姿がなかったことだった。
マナツとローレライの2人は、馬を借り郊外を駆けていた。2本の銀製の針金、ダウジング魔道具のLロッドで測量をしていたのだ。
「ローレライ、この2点の測量で古代樹のゲートの位置は割り出せるか」
「ぎりぎりね。この大陸地図には曖昧なところが多くあるから・・・あとは航海をしながら微調整が必要ね」
「よし、街に戻るぞ」
マナツとローレライは、馬に跨ると港街サンルーズに向かって駆けて行った。
ファンゼムとダンは、連日サンルーズの冒険者ギルドや飲食店、路地、博打場などに出入りしていた。
女神の祝福は、「開拓者の憩い」というサンルーズの宿屋に滞在し、今夜も1階の酒場で食事をとっていた。
「この肉は、牛肉と言っていたけれども、筋っぽくて固いな。これはこれで噛み応えがあって、俺は好きだけれども」
デューンがステーキを頬張りながら感想を述べた。テラは、フォークの先に肉を刺したままデューンを見ている。
「ねえ、デューン、貴方は何でも美味しそうに食べるわね。そこだけは感心するわ。それ2皿目でしょう」
「ザカード帝国の奴隷だった時と比べれば、腹一杯に食えるだけで幸せだ。しかも、どれも旨い」
ローレライがデューンに話しかける。
「この肉は牛肉と言ってもタタンガというバッファローの魔物肉だそうよ。この国では最も一般的な肉だと聞いたわ」
「これは、バッファローの魔物肉か。赤身肉が塩味に良く合う」
デューンが残りの肉を全て口に頬張りながら言った。
リッキは顔を上げ、無言のままフォークで皿をチンと叩く。ステーキ4皿目の追加の合図だ。
「デューンも好きか・・この肉の歯ごたえはたまらんな。癖になる」
リッキは、デューンに視線を向けていたが、ウエイターを急かすかの様に両手にナイフとフォークを握ったままだった。
メニューを手に取っている山猫獣人のハフが、リッキをちらっと見た。
「さすがは白熊獣人ね・・・。私はそろそろデザートにするわ。さっき隣のテーブルで頼んでいたフルーツを盛ったカップケーキが美味しそうだったの。ローレライもいかが」
「ふふっ、私もそれに目をつけていたのよ。キャプテンとテラ、レミも注文するでしょ」
「2人前。キュキュと私の分を注文して、ねぇキュキュ、ママと一緒に食べようね」
テラは膝の上で肉を頬張るキュキュを撫でながら言った。
レミは笑みを浮かべながら、メニューを指さす。
「これとこれ・・・それからこれも」
「なぁにー、レミ。そんなに食べると太るわよ」
「テラ、船の上ではこんなに甘くておいしいケーキは食べられないから、食べられる時はとことん食べるだけよ。それに、船の食事でも作れるよう研究したいわ」
「レミは、何でも徹底するわね。レミの作ったカップーキの味見役ならいつでもするわ」
テラの言葉を聞いて、ハフとローレライは、レミを見ながら無言で手を真っすぐに上げた。
「私は、エールとビーフジャッキーでいいわ・・・あ、ファンゼムとダンが戻って来た。エールの追加は3杯にして」
マナツがそう返事をする。
女神の祝福のメンバーは、店のカウンター席から戻ってくるファンゼムとダンを一斉に見た。
「ご苦労」
マナツがそう2人に言うと、ファンゼムは、周りの客に目を配り、片目を瞑り小声で答えた。
「あまり儲け話はないな」
マナツは、酒場の隅で酒を飲む赤と青のチェック柄のシャツを着た男を横目で見ると、
「そうか、追加のエールとデザートを楽しんだら、今夜はもう部屋に戻るか」
ファンゼムとダンは黙って頷いた。
女神の祝福は「開拓者の憩い」の2階の部屋に宿泊していた。女神の祝福メンバーは1室に集まって、椅子やベットに腰かけていた。キュキュはもう部屋の隅で寝ていた。
マナツが切り出した。
「ファンゼムとダンの酒場での聞き込みは、今夜でまだ2日目。でも、予想より早く何者かが私たちのことを嗅ぎ付けているわね」
歴戦のリッキと勘が良くチームの偵察役を引き受けるハフも黙って頷く。
「酒場の隅で酒を飲んでいた赤と青のチェック柄のシャツを着た男性のことですか」
レミがマナツを見て言った。
その言葉にマナツやリッキ、ハフの視線がレミに集まった。
「レミは、あの男を不審に感じたんだ。これは驚いたわ」
レミが恥ずかしそうに下を見ながら、
「・・あの男性は、ずっと背を向けたままで、こちらには視線を向けていませんでしたが、聞き耳を立てていました」
テラは目を丸くしてレミを見た。
「え、レミは聞き耳を立てていることが分かるの?」
「・・・なんとなくそんな気がしたの。こちらの会話に合わせて、頭や背中が僅かに動いていたから・・・」
「レミって、そんなところまで見ているの?」
女神の祝福のメンバーも目を丸くしている。
リッキが嬉しそうにレミを見て話す。
「その観察力には驚いた。冒険や戦闘、商談など全てに役立つ。店に入った時に、あの男は蔑むような目で俺を見た。それで、俺は気になっていたのだ。まぁ、この国の兵か、スパイだとしたらお粗末過ぎる張り込みだがな」
「私の事も蔑むような目つきで睨んだわ。一体なんなのかしらね」
ハフがリッキに同意したように呟いた。
マナツがメンバーを見渡し、指示をする。
「話を戻す。何者かが動き出したという事は、こちらの身や船の安全を脅かす可能性がある。明日の正午にここを出港する」
更に、マナツがファンゼムとダンの顔をみて尋ねた。
「さて、ファンゼム、酒場で『あまり儲け話はないな』と言っていたな。どんな情報を手に入れた」
ファンゼムが黙って頷く。
「古代樹のゲートについての情報はなしじゃ。ばってん、この海域を支配し、盲目の黒ひげと呼ばれている海賊バルバロスは、古代樹のゲートを探しちょるらしい。それから、海賊バルバロスには、迫害によって絶滅したルカの民の副官がついているということじゃ」
「ルカの民とは?」
「ルカの民は、既に滅んだ種じゃが、今も生き残った一部は、古代樹のゲートの守護者として、代々その任を受け継いでいるという話が、まことしやかに囁かれちょるらしい」
「あ、ルカの民って・・あの・・」
と、突然テラが声を上げたのでメンバーの視線が集まる。
テラは恥ずかしそうに言う。
「いえ、ファンゼムとダンの報告が終わってから、私の報告をします」
ダンがルカの民について補足する。
「以前見た異端の禁書「人類の起源」によると、ルカの民とは、多様な人類の遺伝的な特徴を備えるということです。その文献の著者である生物学者のルイ・ワトソンはこう結論付けています。『多様な人類を系統的に辿れば、ルカの民に行き着く。つまり、ルカの民は人類の祖である。ルカの民から派生し、魔族、獣人、ドワーフ、エルフ、ホモ・サピエンスなどが生まれてきた』と」
「そうか、人類は元をたどれば1つの種なのか」
白熊獣人のリッキが立ち上がって声を上げた。
「言われてみれば、身体は左右対称、2足歩行、心があり、創造する、類推できる、言葉を話し文字を記す、道具や火を使う、夢や志を持つ、音楽も楽しむなど、同じ特徴や文化があるわね・・」
ローレライが納得顔でそういうと、ハフもレミも頷く。
ダンが続けた。
「この説は異端と烙印を受けて学会から黙殺され続けました。投獄されたあげくルイ・ワトソンは亡くなりました。この説が元で、ルカの民は、ホモ・サピエンス至上主義を唱えるルクゼレ教とこれを国教としていた国から、差別と迫害を受け、歴史からその姿を消しています。およそ250年前の話です」
マナツが腕を組み、顎に手を当てて独り言のように呟く。
「教会は、神聖なホモ・サピエンスと魔族が同じ系統であることを認めず、他方で魔族の祖でもあるルカの民を迫害する・・・その説を否定しながら、その説を根拠にルカの民を害するとは・・・矛盾だらけだな」
女神の祝福のメンバーは黙って頷いた。
テラがダンに尋ねた。
「ダン、ルカの民は、琥珀色か無色透明の瞳をしているの?」
「無色透明の瞳を持つと記されていました・・・テラ、それが何か気になるのですか」
「この間の救命ボートに乗っていたジャジャイさんは、自分はルカの民だって名乗ったの。ジャジャイさんの瞳は琥珀色だったけれど、亡くなった途端に無色透明に変わったの」
デューンが声を上げた。
「テラ、なぜそれを早く言わないんだ。小言は多いくせに、肝心なことは言わないんだから・・・」
デューンの呆れた様な視線にテラがプイと頬を膨らませる。
「テラ、詳しく話してちょうだい」
マナツがテラの目を見て言った。
テラは救命ボートでのことを詳細に話した。
マナツが椅子に腰かけたまま、首を傾げて言う。
「60年の間、テラを待っていた・・・古代樹のゲートと結晶を守れ、男を探せ。指輪が導く・・・か。ジャジャイがテラに遺志を託したのね」
「テラ、ジャジャイから託された指輪を儂にも見せてちょう」
テラは、ファンゼムに緑の金属光沢のある指輪を渡した。
ファンゼムは指輪を摘まみ上げると、ランプの灯りに近づけ、角度を変えながら凝視した。
「むう・・緑の金属光沢のある指輪・・・この石は、ダイヤモンド・・・かのぉ」
ファンゼムが指輪に嵌め込まれた無色透明のキラキラと輝く石を見て言った。
マナツが無色透明の石に鑑定スキルを使った。
「その石は、ハーキマーダイヤモンド・・・緑の金属光沢のある指輪本体は、具現の指輪。鉱石などの秘めた力を顕著に引き出す」
と、鑑定結果を述べた。
ローレライが、
「その具現の指輪は、鉱石の力を強化するものなのね。激レアアイテムじゃない」
と、思わず立ち上がって言った。
ハフは頷くと、視線をローレライからマナツに向ける。
「キャプテン、具現の指輪に嵌め込まれたハーキマーダイヤモンドって、ダイヤモンドの一種なの?」
マナツが、両手を上げて首を傾げた。
ハフが続けて尋ねた。
「ダンは学者だから、ハーキマーダイヤモンドの事を知っている?」
角帽を被ったダンが、眼鏡を指で持ち上げて答えた。
「ハーキマーダイヤモンド・・・私は薬学者だから、鉱石は専門外です。以前に出会った地質学者のカイト・キータなら分かるのでしょうが・・・お手上げです」
と言って、ダンも両手を上げて首を傾げた。
「マウマウに尋ねてみるわ」
テラは、テーブルの上にハードカバーの本、智佐神獣白の神書を置いて思念会話でやり取りを始めた。この思念会話ができるのは、テラの他には神獣を宿すデューンだけである。
テラは無色透明に輝く宝石の嵌め込まれた指輪を摘まんで、
「マウマウ、ハーキマーダイヤモンドって、ダイヤモンドの一種なの」
と尋ねた。
『ダイヤモンドに近い見た目の水晶よ』
「水晶・・なのか。ジャジャイさんは、なぜこの指輪を私に託したのかしら。60年待ったとも言っていたわ」
『それは分からないわ。でも、自分の天命を夢で見たのかもしれないわね』
「マウマウ、自分の天命を夢で見たなんて冗談は止めてよ」
『冗談で言った訳ではないわ。そのハーキマーダイヤモンドは「才能の開花」「夢」「想像力」を司る。そして、別名「夢見の石」と呼ばれ、身に着けると予知夢を見るとも言われているわ。だから、予知夢を見た可能性は否定できない。その石の力の真偽は定かではないけれどもね』
「予知夢ですって・・・古代樹のゲートと結晶を守れ。男を探せ・・指輪が導くとは予知夢で見たことなのかしら」
『それは分からない。ただ、ジャジャイの遺志を継ぐためには、指輪の力を試す必要がありそうね』
テラとマウマウの思念会話の続く中、女神の祝福のメンバーたちは、テラをじっと見つめていた。思念会話ができるデューンだけは、2人のやり取りを聞いて驚いた表情を浮かべていた。
テラが視線を上げ、マウマウとの会話の内容を語った。
ローレライがテラを見て話し始めた。
「なるほど、それでは、その『夢見の石』を嵌め込んだ『具現の指輪』を試さなくてはいけないわね。それがジャジャイさんの遺志だから」
テラがローレライの目を見て黙って頷いた。
レミが心配そうにテラに尋ねる。
「具現の指輪をはめて寝るという事なのかしら。テラ、未来を知る事になるかもしれないけれども、怖くない?」
レミは、テーブルに置いたテラの手の上に自分の手を重ねた。
「大丈夫よ、レミ。今夜、試してみる」
リッキが低い声で、
「ジャジャイの60年の思いを受け止めなければいけない。それを受け継ぐかどうかは、テラの気持ち次第だが・・」
と、テラの眼を見て言った。
マナツはテラを温かな眼差しで見つめ、
「天命と語れるほどの遺志だったのだ。テラ1人の肩で重いようなら、私の肩も貸すわ」
と頷くと、デューンが左肩をグイと前に出して、ポンと右手で左肩を叩いて言う。
「テラ、俺の肩も使え」
テラがデューンの左肩を見て、
「・・・馬鹿ね」
と笑みを浮かべながら視線を周りに向けると、女神の祝福のメンバーたちは半身になり、左肩をグイと前に出していた。テラは、無意識に目を大きく開き、呼吸が止まっていた。
テラは肩で息を吐くと立ち上がり、
「私の肩は小さいけれども。みんなの肩って、大きい。そして、数もたくさんあるのね」
テラはそう言って、メンバーそれぞれの左肩をポンと叩いて回った。
「ありがとう・・・夢で導かれたことは、全て話すわ」
テラは指輪を右手の薬指に嵌めながら言った。
一斉に左肩をポンと叩く音が響いた。
翌日の朝
テラが洗面所で顔を洗っていると、後ろからレミが声をかけてきた。
「テラ、おはよう。夢はどうだった」
「レミ・・・それが、夢を見なかったの」
「まあ、都合よく見たい夢が見られるわけもないしね」
レミはテラの隣で顔を洗い始めた。テラはタオルで顔を拭きながら右手に嵌めた指輪を眺めた。
「マウマウ、夢見の指輪の使い方は、これで良いのよね」
『恐らくそれで問題ないと思うけれど・・・テラを導くような暗示の夢を、たまたま見ることができたら、それを共有する位の楽な気持ちの方が良いかもしれないわ』
「うん、毎晩寝る前に今夜こそはと構えていたら、熟睡できなくなるわね」
「テラ、このサンルーズ港も今日が最後ね」
「ええ、ここはユメリア大陸、私たちの暮らすジパニア大陸とは違う。私たちの予想もしない事が起きても不思議はないわ。正午の出航までは気を抜けないわ」
テラとレミは、部屋に向かって歩き出した。
マナツの指示で、ファンゼムと、リッキ、ローレライ、デューンは港に停泊している船の警備と出港準備をしていた。
マナツとテラ、レミは、救助したクアナ・パーたちのその後の体調が気になり、パー商会に見舞いに行った。クアナ・パーたちは順調に回復していた。
クアナ・パーには、揉め事に巻き込まれそうなので、本日の正午に出航することを知らせた。
クアナ・パーは、
「その揉め事の種は、ひょっとすると・・・あ、邪推はいけませんね」
と、つくり笑顔をしながらマナツを見た。
「何か心当たりでもあるのですか」
クアナ・パーは首を横に振った。
その後は、相場の最終チェックのため、商店街に向かった。交易にとって各国や港の相場のチェックは、利益に直結するため、他言無用の重要な情報であった。
ダンとハフは、食料の最終調達であった。
マナツは、宿泊していた「開拓者の憩い」に、昨晩遅くに現金を支払い2泊の延泊を申し出ていた。酒場での怪しい男の身元や目的が掴めていないため、まだ数日は交易を続ける素振りを見せておき、電撃的に出航する計画であった。
マナツとテラ、レミの3人は商店街の人混みを選んで通っていた。
「そろそろ昼だな。出航の準備が終了する時刻だ。レミ、尾行は気づいているか」
マナツの問いに、
「はい、2人の男がずっと後をつけて来ています」
「レミ、さすがだ」
マナツがレミの頭を撫でた。
「テラ、レミ、振り向くな。この人波なら襲ってくることもあるまい。このまま港へ行って、計画通り出航だ」
商店街から人通りのある通りを選びながら、3人は港の入り口まで来た。建物の間の通りから坂の下に港が見えた。そこには、ダンとハフの顔もあった。
「よし、船へ向かうぞ」
マナツの言葉に、ダンとハフは笑顔で答えた。
マナツたちが港へ足を進めると、それを追うように十数人の男女が後ろから走って来た。手には棍棒や石などを握っていた。
「ここで揉め事は起こしたくないな。船まで駆けるぞ。テラ、抜錨の指示を出しておけ。緊急出航だ」
マナツがそう言って駆けだした。ダンたちも走り出す。
テラはミネルヴァの揺り籠号の甲板に飛んで叫んだ。
「ヘッドウインド号とミネルヴァの揺り籠号、抜錨! 母さんたちが戻り次第、緊急出航する。総員配置につけ」
突然の指示であったが、待機していたデューンとローレライは、
「「了解。いつでも出航可能」」
と即答した。
ヘッドウインド号からも返事が返ってきた。
マナツらが走って建物の間にある通りから出ると、横から走ってきた馬車が通りを塞ぐようにして止まった。マナツらとそれを追う十数人の男女の間に割り込んできた形となった。
その馬車から降りてきた男が叫ぶ。
「かぁー、こんな場所で馬車の車軸が歪むなんて、何てことだ」
追いかけてきた男女が馬車の脇で声を荒げる。
「どけー。邪魔だ」
「道を塞ぐな」
「そんなこと言われても。すぐに車軸を直すので15分待ってください」
「ええい、迂回して、あいつらを追え」
追いかけてきた男女は通りを引き返して行った。
マナツが振り返ると、遠くで馬車の車軸を修理している男が白い歯を見せてサムズアップしていた。その男は海賊船に襲われた商船の持ち主のクアナ・パーだった。
マナツもサムズアップで応じ、ヘッドウインド号を目指して駆けて行った。
追ってきた男女は、桟橋の先端まで来ると、港から離れていくヘッドウインド号とミネルヴァの揺り籠号の船影に向かって罵声と投石を浴びせた。
「この異教信者め」
「魔族の始祖ルカ種の手先め」
「ルクゼレ神の天罰が下るぞ」
ヘッドウインド号とミネルヴァの揺り籠号は、文字通り逃げるようにして、ロスリカ王国のサンルーズ港を出港した。




