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3 天命

 ボートの上では、生きる希望が見えてきた船員たちが、互いに励まし合いながら、まだ横たわる船員たちに水を飲ませている。

 テラの眼には、船尾に横たわる老人が映った。

 テラが藤色の髪をした老人ジャジャイの背中に手を回し、抱き起こして声をかける。

 「お爺さん、お爺さん・・・これを飲んで・・・」

 ジャジャイはゆっくりと目を開けた。その透き通った美しい琥珀色の瞳にテラが映った。ジャジャイは、目を大きく見開き、震える手でテラの両肩を掴んだ。そして、顔をテラに近づけると、弱々しく唇を動かした。

 「・・うぐ・・、お前さん・・は、・・テラか?」

 「そう、交易・冒険者チーム女神の祝福のテラよ。助けに来たわ。お爺さん、これを飲んで」

テラは琥珀色の瞳を持つ老人を抱きかかえたまま、水を飲ませた。

 「ゴホッ、ゴホッ・・・あり・・う」

 「ファンゼムの回復魔法できっと元気になれるから。もう少しだけ我慢してね」

 「テラ、・・儂は・・助からん。天命・・だ。夢で・・全てを知って・・のだ・・ゴホッ」

 「お爺さん、そんなことを言わないで・・・」

 「・・あの日から、ろ・・60年・・・この日と・・テラ・・待っていた。儂は・・ルカの民・・ジャジャイ・ア・ファウンダだ。古代樹・・結晶を・・守・・くれ・・・。そして、探せ・・男・・を・・」

 「古代樹のゲートを守ってほしいと言うことなの? 誰を探せばいいの? ジャジャイさん」

 テラはボートに迫ってくるヘッドウインド号を見て叫ぶ。

 「急いで来て、ファンゼム! このお爺さんに回復魔法をお願い」

 ヘッドウインド号では、操舵をリッキに預け、ファンゼムが船首に向かって走り出す。

 「ジャジャイさん、もう少しの辛抱よ。気を確かに」

テラがジャジャイの体を揺らす。 

 ジャジャイは懐に右手を入れると緑の金属光沢のある指輪を掴み、テラの掌に握らせて頷いた。そしして、荒い息をしながら唇が僅かに動いた。

 「・・・す、すべ・・は、こ・・指輪が・・導く・・」

 テラを見つめる琥珀色の眼差からは、只ならぬ願いが感じられた。

 「私がこの指輪を受け取れば良いのね」

 テラを見つめるジャジャイは、その瞼をゆっくりと閉じてから、再び目を開けてテラに言葉を発した。

 「60年・・これで・・天命を・・果たせた。・・・自分が・・誇らし・・い」

目元が僅かに弛んだ。

 テラはジャジャイが一瞬笑った様に感じた。ジャジャイは目を開いたまま力を失い、顔が横に動き、両手がだらりと下がる。

 「ジャジャイさん。しっかりして・・・ジャジャイさん!」

テラはジャジャイの肩を抱いたまま叫んだ。

 ヘッドウインド号の船首に立つファンゼムから放たれた回復魔法の白い光が、ジャジャイを包む。

 「・・・・ジャジャイさん・・・しっかりして!」

しかし、ジャジャイからの返事はなかった。 

 開いたままの目を閉じようと、ジャジャイの目元に手を置く。その瞳は透き通った琥珀色から無色透明に変わっていた。テラは驚く心を抑え、ジャジャイの瞼をゆっくりと閉じた。

 テラはジャジャイから手渡された指輪に目をやった。無色透明のキラキラと輝く石が嵌め込まれている。それはかなり硬そうな石であった。

 ボートの脇にようやく到着したヘッドウインド号から、マナツとファンゼムがロープを伝いボートに乗船して来た。

 「テラ・・・間に合わなかったのね」

 「・・・・母さん」

 マナツがテラの背中に手を置いた。テラは視線をマナツに向ける。

 「母さん、たった今、このジャジャイさんが息を引き取ったの・・・私は何もできなかった・・・」

 マナツは、テラを抱きしめ、ポンポンと背中を優しく叩いた。

 「テラ、あなたはジャジャイさんを看取ったわ・・・貴方のできることをしたのよ」

 「・・・ジャジャイさんの最後の言葉は、『天命を果たせた自分が誇らしい』・・・だったわ」

 「そう」

マナツは抱きしめながら何度もテラの頭を撫でた。キュキュが飛んできてテラの肩に停まると、テラを見つめ、その頬に顔を摺り寄せた。


 ボートの上で、灰色髪に灰色の瞳を持つドワーフのファンゼムが、他の遭難者に回復魔法をかけ始めた。救助された船員の中には、このドワーフを見て表情の曇らせた者もいたが、ファンゼムは回復魔法と救助を続けた。

 「もう大丈夫じゃ。よう頑張った」

ファンゼムが白い歯を見せ、サムズアップして言った。

 生き残った船長にも笑顔が戻り、サムズアップで応じた。

 ヘッドウインド号の甲板では、角帽を被り、眼鏡をかけた細面高身長、短髪の銀髪に青瞳を持つエルフの薬学者ダンが、医薬品箱を抱えて走って来た。

 ダンの指示を受けて、ハフとローレライは、ダン特製の滋養強壮薬を船員たちに飲ませる。

 「ぺっ、こ、これは苦すぎる・・」

 「何だこれは。本当に薬なのか」

 「俺は、遠慮したいな」

 エルフのローレライが、ぐったりと横になっている1人の男の肩に手をかけ、優しい笑みを浮かべて話かける。

 「まぁ素敵。よく半分飲みましたね。これだけ飲めれば、もう安心ですよ」

 船員たちは、その様子を無言のまま眺めている。

 その脇では、ハフが男の肩に手を回して薬を飲ませている。ハフがローレライの顔を見て、ニヤリと白い歯を見せる。

 「ローレライ、私の魅力勝ちね。私の差し出す薬は、誰もが快く飲んでくれているわ」

 ローレライの眼光がハフを射抜く。そして、ローレライは、弱々しく座り込む船員たちに微笑み、ウインクした。

 「皆さんは、もっと喜んで飲んでいただけますよね」

 「・・・は、はい・・喜んで」

 「エルフと獣人がこんなにも優しく美しいなんて、俺は今まで知らなかった」

 「俺も・・俺にも飲ませてくれ」

 今度はハフの眼光がローレライを撫で切る。

 「ちょっと皆さん、ここは死んだつもりで全部飲み干しましょう」

 「む、皆さん、こちらはこの粉のままで美味しく飲みましょう」

 「それなら、こっちは2袋分いきますよ」

 ダンが隣で、慌てて2人を止める。

 「ちょっと、ハフとローレライ、用法用量を守って飲ませてくださいね。いくら良い薬であっても、人間には適量があります。飲み過ぎると、本当に死にますよ」

 「しかしだな。その2人の輝く笑顔を見たら、もっと飲めるぞと思えてくるよな」

 「同感だ」

 「苦くて、不味いが、俺は飲むぞ。どんどん持ってこい」

 「俺は、お代わりだ」

 「ちょっと、いい加減にしてくださいよ。貴方たちも、貴方たちですよ。私の薬で自害するつもりですか」

 デューンは少し離れた場所に立ち、船員たちを横目に、気の毒そうに嘆いた。

 「ハフとローレライの輝く笑顔・・・なぜ、大人はあんなものに騙されるんだ。2人が、情け容赦なく敵を屠る姿を見てみろよ。あれは裏のある笑み、そう、悪魔の笑みなのに・・・」

 「デューン、そう言うな」

 デューンが声のする方を振り向くと、そこにはリッキが立っていた。

 「リッキさん、船員が可哀そうだよ。それに、船員も船員だよ。救命ボートで飢えとマーマンの襲撃から、やっとのことで命が助かったのに、あの馬鹿騒ぎは理解できない」

 「むう、そうだな」

 「あの船員たちは本当にお人好しの馬鹿なのか。俺たちが命を懸けて助けたのに・・・」

 「むう、そうだな。命を懸けて救ってくれたことは、痛いほど分かっていて、恩にも感じていると思うがな」

 「それなら、何であんなにはしゃいでいるんだよ」

 「仲間が死に、己も死にかけていたのだ。今は、この船に救助されて、頭で安全と分かっていても、心がまだ不安で安心を実感できないのだろう。軽口を叩いて心をほぐしたいのだと思う。頭と心で安全と安心のバランスを取っている最中なのかもしれないな」

 「そんなものかな・・・それでも、ハフやローレライの馬鹿騒ぎには納得がいかないな」

 「あの2人は、幾たびもの死線を潜り抜けてきた者たちだ。船員たちの気持ちや精神状態を十分理解していての行動だろう。船員たちにもそれが伝わっているからこそ、安心して会話しているのだろう」

 「そうなんだ・・・大人の心は、見掛けの行動だけでは分からないということなのか」

 「くー、苦いが、お代わり」

 「まぁ、良い飲みっぷりですわ。さあさぁ、これをぐっと」

 「ローレライ、ちょっと待って、今度は私の薬の番よ」

 「ハフ、私の番って、貴方と私の薬は同じ薬よ」

 ローレライとハフの視線が火花を散らす。

 「俺は船乗りだ。だから、人より強靭な肉体が自慢だ。どんどん飲むぞ」

 「素敵! さあ、ぐっといって、ぐっと」

 ダンがこれを遮ろうと、薬の入ったカップを掴む。

 「もう飲んでは、だめですってー・・・ねえ、そこの貴方、船乗りは職業でしょう。貴方は、その前に人間ですからね」

 「よし、俺も飲むぞ。俺の体は、こんな薬に負ける訳はねえ」

 「ちょっと、『こんな薬に負ける訳がねぇ』とはなんですか、貴方たちは、体の衰弱に負けないために、この薬を飲むのでしょう。貴方たちには、もう私の薬を飲ませません」

 ダンが薬を取り上げ、キッパリと宣言した。

 「リッキさん、ハフとローレライは迫真の演技だね・・・演技かどうか、俺には見分けがつかないや」

 「むう、そうだな。演技なのか女の意地なのか・・・俺にも見分けがつかなくなってきた・・・」

 「・・・え?」


 生き残った船長クアナ・パーから話を聞くと、海賊バルバロスから与えられたボートは、ユメリア大陸から離れるように西へ西へと流されたらしい。漂流15日目、とうに水も食料も尽きていた。今日までの生き残りは8名ということだった。

 テラがジャジャイのことを船員に尋ねても、ジャジャイのこれまでの生活や家族などについて知る者はいなかった。

 「ジャジャイさんは・・・60年間、この日を待った・・・私に何を託したかったのかしら・・・」

 テラの悲しげな表情を見留め、マナツが何か声をかけようとすると、リッキがマナツの肩に手をかけ、視線と顎の先でデューンとレミを指した。

 「キャプテン、彼奴らがいる」

 マナツはリッキに黙って頷いた。

 デューンがテラの脇からしおらしい表情で声をかける。

 「テラ、悪かったな」

 「・・・え、何が」

 「ワクワク、ドキドキが良いだなんて言って・・・その結果、お前だけに辛い思いをさせた」

 「馬鹿ね。ジャジャイさんの死は、デューンとは関係ないわ・・・でも、デューンがそんなことを口にするなんて驚いたわ。雪でも降りそうだわ」

 「うるさい。心配してやっているのに・・」

不貞腐れた態度で横を向いた。

 テラはデューンの端正な横顔を見て、微かにほほ笑んだ。

 「俺、ジャジャイ爺さんの顔を見て、ティタンの民の亡くなったヒミ婆、その皺くちゃな笑い顔と重なったんだ」

 「・・・何言っているのよ。ヒミ婆はまだ生きているわよ」

 「だと良いのだが」

 「それに・・・ジャジャイさんは自分の死を受け入れていたの・・・」

 「怖くはなかったのかな」

 「私は、怖い・・・だから、ジャジャイさんの気持ちが分からなくて、納得できないのよ」

 「常に死と背中合わせの冒険者とはいえ・・・俺たちは、まだ13歳。死を受け入れるには早過ぎるしな」

 「・・・デューン・・・少し気持ちが楽になったわ。ありがとう。一つだけ許せないことがある。デューンはまだ12歳よ。13歳なのはレミとわ・た・し」

 「ふん、テラが20歳になるまでには、テラの年を追い越してやる」

 「ぷっ・・・せいぜい頑張りなさい」

テラはデューンの頭を撫でた。

 デューンはテラの手を払いのけて踵を返した。ぶつくさ呟いている。

 「お姉さんぶりやがって、生意気で、頭にくる奴だ」

 レミがテラの肩に手を置く。

 「テラ、デューンは、あれでも気を使っているのよ」

 「分かるわ・・・あれでもだけれどもね」

 「テラ、一人で抱え込まなくても良いのよ。私たちはまだ13歳。抱え込むには、私たちの胸はまだ小さいわ」

 「え、・・・確かに、母さんやローレライ、ハフ姉さんよりは小さいけれども、レミは・・・私よりは大きそうよ」

テラがレミの胸に目をやった。

 レミは胸を隠して、顔を赤くした。

 「ちょと、テラってば、何を言っているのよ。胸は心の例えよ」

 「ああ、心のことだったのねー。・・・ぷっ、冗談よ・・・大人たちは、悲しみや、やるせない思いの時には、どうしているんだろうね」

 「私たちが、大人にならないと分からない。でも、テラの思う通り、大人であっても深い悲しみで胸が苦しくなる時もあると思う。そんな時は、どうしているのだろうね。友だちに悲しみを話す、とかかな?」

 「話す・・・それも一つの手ね。でも、感情のままに叫び・・・泣く、もあるかな?」

 「大人が泣くの」

 「うん、実はね、レミが女神の祝福に入る前に、魔族と戦ってメンバーの4人が死んだの。母さんは声を上げて泣いていたわ」

 「4人も・・・悲しい出来事ね」

 「うん、その時は、私も胸が潰されたように痛かった。何も考えられなくなった・・・まあ、今となっては、半分は笑い話ね」

 「酷いわ。死者を笑い話にするなんて。その人たちは、きっと天国で怒っているわよ」

 「あの人たちは、天国には行けなかったわ。行かなくて本当に良かった」

 「え、テラ、酷過ぎる。見損なったわ」

レミがテラを睨む。

 「あははは、レミ、誤解だってば。死んで天国に行きそこなった人は、あそこにいるわ」

 「え、行きそこなって、あそこにいる?」

レミはテラの視線の先を追った。

 「ファンゼムさん? 一度死んだの? 今は、ゾンビなの・・・?」

 ファンゼムが向こうでくしゃみをして、風邪かのうなどと、首を捻っていた。

 「ファンゼムだけではなく、リッキとダン、ハフ姉さんもね」

 「・・・私・・・ゾンビでもいいわよ・・・大事な仲間だから」

 「あははは、ゾンビではないわ。冥神獣ワルキューレのサク様に生き返らせて貰ったのよ」

 「えー、そんなことができるの」

 「できたのよ、それが」

 2人は一瞬見つめ合った。息を噴き出すと2人同時に笑い始めた。

 フェックションとあちこちでくしゃみが聞こえてきた。

 「リッキとダン、ハフもくしゃみか、大丈夫かいな。風邪でも流行っておるのかのう」

と、ファンゼムが鼻の下を指で擦りながら、シャツの上ボタンを一つ閉めた。

 「本気で悲しんでくれる人がいるだけでも、救われるわね。随分と話はそれたけれども、私はテラの悲しみを失くせはしない。それでも、一緒に悲しむことならできるわ」

 「ありがとう。レミと話せて少し気が楽になったわ。レミが悲しんでいたら、今度は私がレミと一緒に悲しむわね」

 「うん、無理に失くそうとせずに、一緒に悲しみましょう」

 テラが笑顔で頷いた。

 「レミ、その時は、一緒に大泣きしようね」 

 レミも微笑んだ。

 「レミ、私ね、ジャジャイさんの遺志を受け継ごうと思うの。レミも協力してね」

 「勿論よ。さあ、今日は、栄養のあるものをたくさん作らなくっちゃ」

 「レミ、私も手伝うわ」

 そんなやり取りをマナツとリッキは微笑ましく感じていた。

 「若者は純粋でいいの~。儂には眩しすぎるぞい」

 ファンゼムがマナツとリッキの後ろからしみじみと呟いた。

 「まだまだ子供だと思っていたけれども、突然、その成長を垣間見ることができるのね」

 「ああ、俺たちも誇らしい」

 「そうじゃな」

 3人は、テラとレミの後ろ姿を黙って眺めていた。

 

 ヘッドウインド号とミネルヴァの揺り籠号は、遭難者救助と移送のため東に進路を変更し、ユメリア大陸のロスリカ王国のサンズールの湾岸都市に寄港することにした。


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