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2 黒い閃光

 9月18日

 深い青い空が薄水色へとグラデーションを生み、銀に波打つ海の彼方で水平線を形作っていた。

 三角帆2本のキャラベル船ヘッドウインド号と2段の四角帆2本と三角帆のキャラック船ミネルヴァの()(かご)号は、順風に帆を膨らませ、船首が断続的に上下動しながら2筋の白い軌跡を水面に描いていた。

 ミネルヴァの揺り籠号のメインマストの深紅の帆には、2つの白い翼がV字型に開き、その中央に天使の輪を模した白い楕円形の輪、女神の祝福の意匠がついている。

 交易・冒険者チーム「女神の祝福」は、4大秘宝の1つ「古代樹のゲート」を求めて航海をしている。そのチームリーダーのマナツがヘッドウインド号のキャプテンを、義理の娘であるテラがミネルヴァの揺り籠号のキャプテンとしてそれぞれに乗船していた。

 「初秋の潮風が気持ちいいわねー」

ミネルヴァの揺り籠号の甲板で舵を握るこの船のキャプテンであるテラ(13歳)が、朱色の髪を潮風に(なび)かせながら微笑んだ。

 テラは、肩を出した黒いシャツに白いショートパンツ。長い襟と膝まで伸びる白のロングベスト。ロングベストを胸下の位置で締めている赤いベルト、腿までの黒いストッキングと膝上までの白いロングブーツを身に付けている。

 「ええ、風が軽くて爽やかだわ。季節が変わったのね」

エルフの航海士兼砲術士ローレライ(見かけはホモサピエンス19歳)も銀色の長い髪を靡かせながら、緑の瞳で空を見つめて答えた。

 「海面がキラキラ輝き、まるで紺碧の海に輝く、銀の星座を見ている様で美しい」

つやのある黒褐色の肌と黒髪のレミ(13歳)が額に手を当て、日差しを遮りながら感嘆の声を上げた。父から送られた釣竿を甲板に立て、糸と針を海中に垂らしていた。レミは会計長兼料理長の役にも慣れ、船体が激しく上下する中でも平然と料理をしている。

 「コモキンからエジックス島を越えて南東に進んできているけれど、海の魔物と遭遇したのは1度っきり、順調すぎて暇だ。西は海賊のねぐらとなるコルボック諸島だろう。この辺で海賊にでも登場してほしいな」

薄い桜鼠色の肌に透き通るような白藍色の瞳と髪を持つティタンの民のデューン (12歳)が、魔力でヤードとセイルを操作しながらそう呟くと、テラがキッと睨む。

 「何を言っているのよ。デューン、航海が順調なのは良いことでしょ。それにコルボック諸島の東には、海賊がねぐらとしている島があるって噂よ。私たちは海賊の支配海域の真ん中を航海しているのよ。緊張感をもってよ」

 「俺はワクワク、ドキドキがいいんだよ」

 「全く・・・これだから困るわ。ねえ、キュキュ。キュキュは良い子だからママは嬉しいわ」

 キュキュ、キュイーンと、テラの上空を旋回する。キュキュは、全身が桃色の短い毛に覆われ、雪だるまのようにボヨンとした胴体に紫の翼の生えていた。

 『謎の卵から(かえ)ったキュキュは日に日に逞しくなるわね。そうそう、デューン、そろそろダンスタイムがやってくるわよ』

智佐神獣白の神書のマウマウが思念会話でデューンとテラに語りかけてきた。マウマウはテラが所持する白いハードカバーの本である。

 「止めろよ。冗談じゃない」

デューンが叫ぶと、テラが意地悪そうな笑みを浮かべる。

 「うふふっ・・・そろそろだわね。ヘッドウインド号から太鼓の音が響いてくるわよ。貴方の体に宿る炎祭神獣イフリート様も踊ることを楽しみにしているのだから、デューンも派手に舞わないとね」

 「うるさい。俺の意思とは無関係に踊りだすんだぞ。こっちの身にもなってみろよ」

 その時、先行する三角帆のヘッドウインド号の甲板からは、2m40cm身長を分厚い筋肉と全身を黒光りするフルアーマーで固めた白熊獣人のリッキ(見かけはホモサピエンス27歳)が叩く力強く小気味よい太鼓の音と、見張り台から褐色の肌に猫耳、焦げ茶と茶色の縞のある尻尾を振りながら、山猫獣人のハフ(見かけはホモサピエンス20歳)が奏でる軽快なピッコロの旋律、操舵を握る副船長兼操舵士で灰色の髪と瞳を持つ、低身長で筋肉質のドワーフ、ファンゼム(見かけはホモサピエンス46歳)の歌声が聴こえてきた。

 「止めてくれー」 

 ミネルヴァの揺り籠号の甲板ではデューンの叫び声が響いた。

 「デューンのブレイキンは、アクロバティックでダイナミックねー」

 ローレライは体でリズムを刻みながら微笑む。

 「あははは、デューン、緊張感を持ってとさっき言ったばかりでしょ。あははは」

 「テラ、ふざけるなよー。後で、お前を必ず殴るからな」

 一緒に踊るテラやローレライ、レミもダンスの技を出す。指笛と声援が響き、最高潮となっていたが、突然ヘッドウインド号から聞こえてくる音楽が止まった。静止ポーズのままデューンの視線がテラに向けられた。

 「テラ、ヘッドウインド号に何かあったのか」

 「ハフ姉さんが見張り台の上から指さして、何か叫んでいる」

レミも身を乗り出して言う。

 「何か見つけたみたい。ハフさんが慌てているわ」

 ローレライがミネルヴァの揺り籠号の船首から身を乗り出して、先行するヘッドウインド号の遥か先の海面を指さす。

 「洋上にボートが1艘見えるわ。・・・遭難者のボートかしら」

その瞬間に、テラはジョブスキルの無属性魔法ムーブメントを使いミネルヴァの揺り籠号からヘッドウインド号の甲板に瞬間移動していた。

 ヘッドウインド号船長のマナツの脇に現れたテラが問いかけた。

 「母さん、遭難者のボートかな」

中肉中背で黒の瞳とセミロングの髪を持つマナツが、テラにちらっと目をやる。

 「恐らくは・・・あのボートに生存者がいれば良いのだが」

 ファンゼムが見張り台のハフを見上げて叫ぶ。

 「ハフ、どうじゃー。生存者はおるんかー」

 「ボートには8人乗っている。何人かは頭と手が微かに動いている。でも、動きがかなり緩慢で、衰弱しているみたい」

ハフが叫ぶと、マナツが指示する。

 「救助する。全速前進、ヘッドウインド号をボートに着けろ。テラ、先にボートに水を届けて」

 「樽を持っていくわ」

 テラはそう言って、水の入った小さな樽を肩に背負った。

 「キャプテン、警戒を怠らないで」

 「ハフ、何か気にかかることがあるのか」

 「それが、私の尻尾が警戒信号を出しているの。何かが起きそうな気がする」

ハフの焦げ茶と茶色の縞のある尻尾が真っすぐ伸びて小刻みに震えていた。

 「ハフ、警戒を怠るな。総員臨戦態勢」

 「「「了解」」」

 「テラ、十分に気をつけて。危なかったら、迷わずに戻ってきなさい」

テラは頷くと、無属性魔法のムーブ メントで瞬間移動し、もう遭難するボートの上に立っていた。

   

 「皆さん、大丈夫ですか」

 テラがボートに横たわる人々の間で声をかけて回る。

 「・・・て、天使・・か?」

 「・・・やっと、ら・・くに・・なれる・・」

ボートに横たわる2人の男が意識朦朧とした状態で、独り言のように呟いた。

 「私は交易・冒険者チーム女神の祝福のテラ。助けに来ました。そうぞ、これを飲んでください」

テラはそう言って、小さな樽から2つの椀に水を入れて横たわる男たちに差し出した。

 2人の男はその椀を震える手で受け取ると、喉に水を流し込んだ。激しく咽返る。

 「ゆっくり、ゆっくりと・・・そう、ゆっくりと」

テラは咽る男の背中を擦りながら、穏やかな口調で繰り返した。

 「あ、ありがとう・・・」

男はそう一言うと、ふーと大きく息を吐き出し横になった。

 横になると男は身動き一つしない。テラが慌ててその男の呼吸を確認する。男からは、スースーという呼吸音が聞こえてきた。テラは一つ息を吐くと、他の男たちにも声を掛けては水を飲ませ始めた。

 「うぐぁー」

ボートに倒れている男が悲鳴を上げた。

 テラが振り返ると、男の脚を抱え、海中に引きずりこもうとしている生き物がいた。その生き物は、人に似た姿をしてはいるが、全身が青い鱗に覆われ、その目は魚の様に大きく丸く、顎の後ろにはえらがあり、手には水掻きがあった。

 「ひぃー・・・マ、マーマンだ。助けてくれ」

ボート上では、男たちが後ずさりをしながら、悲鳴を上げた。

 テラが引き込まれそうな男の手を握ると、マーマンはテラを見て、鋭い牙の生えた口を開きシャャァーと威嚇(いかく)した。

 黒い閃光が舞った。マーマンからグギィィィィと悲鳴が聞こえた。テラがアダマント製斬魔刀の飛願丸でマーマンの両腕を切り落としたのだ。マーマンはそのまま海中に姿を消した。

 「・・・今のは、何だったの」

テラは、マーマンが逃げた海面に目を凝らしていた。

 「うあー」

 「ひゃー」

 「助けてくれー」

ボートの至る所から悲鳴が響く。

 多数のマーマンが、ボートの縁に上半身を乗せて、男たちの脚を持っていた。テラは飛願丸で次々とマーマンの腕を斬って行く。マーマンは、気味悪いグギィィィィという悲鳴を残して海中に消えていく。

 ボートが激しく揺れた。

 「ぐあ、て、転覆させられるぞ」

男たちは、這いつくばったまま、ボートの縁にしがみ付く。

 テラはバランスを崩して、ボートに倒れる。

 「痛、まずい・・・このままでは皆が海に落とされる・・・水中に引き摺りこまれては、勝ち目がないわ」

 海面に落ちそうになった男を、身を屈めたテラが腕を伸ばして抑え込んだ。ボートは、大きく揺らされ、今にも転覆しそうである。

 その時、ヒュルルル、ドボォォォーンと激しい音が響き、海面に水柱が立った。水柱からボートに大雨の様な大量の水飛沫が落ちてきた。海面が大きく波立ち、ボートが揺り籠の様に揺れた。

 水飛沫で全身が水浸しとなったテラが、遠くにあるミネルヴァの揺り籠号に視線を向けた。テラの瞳には、ミネルヴァの揺り籠号から新たな閃光と白煙が映った。テラは瞬時に理解した。ミネルヴァの揺り籠号からの砲撃だ。

 木の葉の様に揺れるボートの上からテラが叫んだ。

 「着弾する。伏せて!」

 テラの叫びと重なる様にして、ヒュルルルと空を裂く音が近づき、ドボォォォーンと高い水柱が立った。

 ボートは高波に持ち上げられ、宙を飛んだ。宙に浮くボートにマーマンが何匹もぶら下がっていた。やがて、ボートが海面に叩きつけられた。激しい衝撃が伝わり、2本のオールが海面に飛んだ。ボートは、転覆するのではないかと思われるほど大きく揺れ、空から大粒の水飛沫が降り注いできた。

 「痛たたた・・・ローレライのブレス砲ね・・・躊躇(ちゅうちょ)も容赦もないわね」

 ボートの周りには、多数のマーマンの死体が浮いてきた。テラが海面に目を移すと、海中の黒い影が逃げていくのが分かった。

 テラは身を起こして、ミネルヴァの揺り籠号に向かって笑みを浮かべた。

 「今頃、ローレライは『私は、決して外さないのよ』とポーズを決めているに違いないわね」

 「あら、ごめんなさい。私は、決しては外さないのよ」

ミネルヴァの揺り籠号の極長距離射程ブレス砲の脇立つローレライが、長い銀の髪を左手で掻き揚げていた。


ヘッドウインド号の見張り台からハフが叫ぶ。

 「キャプテン、ボートを襲う魚人をテラとローレライが撃退したようです」

 「テラは無事そうか」

 「多分。でも、まだです。私の尻尾が危険を知らせたままです」

 「何!・・・ダン、警戒の信号旗を上げろ」

 「了解」

 ヘッドウインド号のマストから延びたロープに信号旗が揚げられた。ミネルヴァの揺り籠号の操帆をしているデューンが、甲板下にある舷側砲(げんそくほう)の脇に立つローレライに注意喚起をする。

 「ローレライ聞こえるか。まだ何かあるようだ。今、警戒信号旗が揚がった」

 「デューン、ここからでも見えるわ」

 レミが不思議そうな顔をしている。

 「でも、ローレライさんが魚人を追い払ったのでしょう・・なぜ」

 「レミ、ハフがまだ危険を感じているのだと思う。ハフの第六感はいつも正しい」

 「そう言えば、ハフさんには、感度の良い尻尾がありますね」

 「おい、2人とも10時の方向に注意しろ。そのハフが、何やら指さしているぞ」

 その時、海面から水飛沫を上げながら巨大な生き物が飛び上がってきた。まるで、海面から飛び出すクジラの様に見えた。ヘッドウインド号とは、およそ距離70m、至近距離だった。

 「ええー、何なのあれは、クジラ?」

 「レミ、違うわ。あれは魔物・・・セイウチの魔物、カイゾウよ」

 カイゾウは、宙に持ち上がった巨体が海面を叩いた。海面が割れ、両側に水飛沫の滝が生まれた。ヘッドウインド号が高波で船体を大きく傾ける。マストの見張り台にいるハフは、メトロノームの振り子の先に立っているかの様に、右に左に振られる。

 「見ろよ。あのカイゾウの首に魚人が乗っているぞ」

 カイゾウに跨るマーマンの手には手綱が握られていた。カイゾウの胴からは長い鎖が延びていた。

 「カイゾウの後ろから何かが飛び出てくるわ」

 レミが指さした。

 ローレライも砲門から身を乗り出す。

 「マストと船首だわ」

 船首を海面から逆立てて、船が突き出てきた。

 「あれは、船だぞ・・・なぜ海中から船が出て来るんだ」

 「あそこを見て、甲板にはさっきの魚人たちが乗っているわ」

 カイゾウが鎖で船を()いていた。地上で馴染みの馬車の様であった。

 ボォォォーンとカイゾウがひと吠えすると、カイゾウはヘッドウインド号を目がけて加速する。

 「まずいわ。ヘッドウインド号の陰になって砲を撃てない」

 「ローレライ、了解よ・・・面舵一杯。デューン、速度このまま最大船速」

レミは舵を回した。

 「了解」

デューンが返事を返した。


 マナツの声が潮風に乗る。

 「ハフ、甲板まで降りてこい。ダン、マルチ砲で先頭にいる魔物の頭を砕け」

 「「了解」」

ダンとリッキがマルチ砲の準備をする。

 マルチ砲は対魔物用で、多種多様の砲弾を撃つことのできる万能砲であるが、その殺傷力は低く、射程は短い。

 カイゾウが40m、それに曳かれる船は80mの距離に迫る。 

 「マルチ砲、準備完了。照準魔物の頭」

 「撃てー!」

 ダンとリッキの操作する2つのマルチ砲が、白煙を吐いた。ガイゾウの鼻先と右目が吹き飛んだ。

 「次弾装填」

 「魔物の速度は落ちたが、致命傷ではないな。まずいな、この船に体当たりされる」

 ゴンという音と共にカイゾウの頭が砕け散った。

 「ローレライの砲撃か」

 射線を確保したミネルヴァの揺り籠号から破壊力抜群のトルネードキャノン砲が火を噴いたのだ。 

頭を失ったカイゾウは、そのまま海中に沈んでいく。

 「やりおるな」

 ファンゼムが白い歯を覗かせた。

 カイゾウに曳かれていた船は、そのままヘッドウインド号に向かってくる。

 「取舵いっぱい」

 「取舵じゃとー」

ファンゼムは叫びながら(かじ)を懸命に回す。

 「もはや、この距離だ。10時から迫る船に面舵で右に躱せば、船尾にぶつけられる。取舵ですれ違い。白兵戦とする」

 「接舷で白兵戦か・・・上等ばい。操船はまかせんしゃい」

 「総員白兵戦準備。あと15秒で左舷が接触する。衝撃に備えよ」

 リッキとハフ、ダンがセイルを懸命に降ろす。

 互いの左舷側が接触し、ギギギギーと船体が(きし)み不快な音が聞こえる。ついに両船は接舷した。

 ヘッドウインド号の甲板の縁に、次々と鉤爪(かぎつめ)のついたロープが投げ込まれてくる。そのロープで両船を引き寄せ固定し始めた。ヘッドウインド号に乗船している女神の祝福メンバーが、ロープを切るが間に合わない。マーマンが丈夫な貝殻製の剣や斧を片手に、雄叫(おたけ)びを上げながらヘッドウインド号に飛び乗ってくる。

 リッキが大型の盾を片手に、ミスリル製のウォーメイスを振る。頭蓋骨を潰されたマーマンが甲板から落ちていく。マーマンの突き出す槍も、ウォーメイスの一振りで砕け散る。リッキは鬼人の形相で、門を守る風神・雷神の様に舷側に仁王立ちしている。

 ハフの雷魔法が稲光と共に、マーマンの上半身を黒焦げにする。そして、弓を構えると速射をする。ハフの放った矢の(やじり)はブラックドラゴンの鱗から加工されたもので、マーマンが装備する貝殻の鎧をやすやすと貫通する。ハフは左に体を(ひね)り、ダンに剣を振り上げていたマーマンのこめかみに矢を射った。

 「ハフ、助かった」

ダンがハフを見たが、もうハフは両手に2本のナイフを握り、マーマンたちに斬り込んでいた。

 ダンが甲板からマーマンの船の甲板目がけて、小型火薬筒を投げ込む。小型火薬筒は炸裂して、甲板と多数のマーマンを吹き飛ばす。既に小型火薬筒によって、マーマン船の甲板には穴がいくつも開いていた。

 「怯むなー! 押し返せー」

マナツは叫びながら、マーマンの船に飛び移った。

 マナツは大剣を手に、マーマンの胴を両断、喉を突くなど、甲板を縦横無尽に走りながら(ほふ)っていく。

 マーマンは魔人の様なマナツに気圧されて、後ずさりを始めた。その臆したマーマンを背後から一刀のもとに両断して、グギギーと叫ぶ声が響いた。貝の鎧で身を固めた大柄のマーマンであった。

 「魚人のボス、というところか」

マナツの大剣を握る手に力が入った。

 マナツと魚人ボスとの視線が交差する。マナツの大剣が微かに動いた。その時だった。マナツの頭上から大きな網が落ちてきた。マナツはとっさに大剣でその網を切る。穴の開いた網がマナツの肩にかかる。次々に網が投げ込まれマナツの自由を奪っていく。

 「く・・・」

マナツは網に捕らわれたまま奥歯を噛んだ。

 マーマンがロープを引くと、網がマナツを包み込んで上がって行った。マナツは網に捕らわれたままヤードに吊るされた。マナツの周りを囲むマーマンの武器がマナツに向けられる。

 ムゲラムゲラと、マーマンのボスが高笑いを始めた。

 リッキがこれに気づき、甲板に飛び込むと、着地と共に数人のマーマンをウォーメイスで吹き飛ばした。

 「ナゲルア・・」

マーマンのボスが、リッキに脅しをかけた。

 マナツには無数の刃が向けられている。

 「・・・致し方あるまい」

リッキはそう呟くと、ウォーメイスを床に置いた。

 リッキをマーマンが取り囲み、リッキの喉元へも刃を向けた。リッキの置いたウォーメイスを戦利品にしようと、持ち上げたマーマンが、あまりの重さに腰が曲がった。

 ヘッドウインド号の甲板で戦っていたファンゼムやダン、ハフもこの状況を察知した。

 「ありゃ・・・何と言うことじゃ」

 「ファンゼム、これは風向きが怪しくなってきましたね」

ダンが視線をファンゼムに向けた。

 ファンゼムとダン、ハフは互いに背を預け3人を囲むマーマンと対峙する。

 ムゲラムゲラと、3人を囲むマーマンたちの高笑いが響いた。マーマンの上空では、キュキュが旋回していた。ファンゼムは、キュキュに気づき、視線を向けた。

 「儂らは、ここまでよく戦ったぞな。魚人がちいとばかし優勢になったの。じゃがな、奴らは女神の祝福の力を(あなど)っているようじゃわい。ぬか喜び。それが気の毒ばい」

 「全くその通りですね」

ダンもキュキュを見上げて呟いた。

 「私の尻尾も奴らに同情しているわ」

 黒い閃光(せんこう)が走ると、マナツを吊るすロープが切断された。ムーブメントで宙に現れたテラが、飛願丸を抜刀している。

 宙で上段に構えたまま降下してくるテラが、飛願丸を振り下ろす。マーマンのボスの頭上から足元まで、黒い閃光の軌跡が走った刹那(せつな)、マーマンのボスは両断されていた。

 刀身1.4mの日本刀の飛願丸、その黒い刀身の軌跡が黒い閃光を描き、次々にマーマンを両断していく。つい数秒前までは、マナツを取り囲んでいたマーマンたちが、甲板に横たわっていた。

 遠巻きにしていたマーマンたちは、テラに不意を突かれて、茫然自失(ぼうぜんじしつ)となっていた。視線の先には、両断されたボスの変わり果てた姿が横たわっている。

 テラは飛願丸の柄の上に浮かぶ数字に目をやる。

 「9ね。飛願丸の刀身1.4m×9・・・有効射程は・・・12.6mね」

 テラは周囲にいるマーマンを見渡した。

 テラのアダマンタイト製の斬魔刀・飛願丸は、魔力を持つ敵を切るたびに、敵のマナ(魔力)を吸収し、飛願丸の斬撃として一気に放出することができる。その斬撃の射程は溜まったマナの数値に影響し、射程内の狙ったものだけを斬る。

 「虹魚!」

テラは飛願丸を水平に払った。黒い閃光が弧を描いた。

 飛願丸の軌道上12.6m内の距離にいたマーマンたちの上半身と下半身が離れた。幸運にも射程外にいたマーマンたちが恐怖の悲鳴を上げ、混乱している。

 ドンとマーマンたちが吹き飛ばされて、マストや甲板に体を打ち付けた。リッキが丸太の様な腕で次々にマーマンを殴り飛ばしている。リッキは、ウォーメイスを拾うとそれを担ぎ、ポンポンと肩を叩きながら、横たわるマーマンたちとテラを見て微笑んで言う。

 「来ると思ったが、遅かったな」

 「リッキ、母さん、お待たせ・・・あ、ひょっとしてピンチだったの?」

 「ふふっ、この程度は、よくあることよ・・・ピンチとは呼べないわ。でも、もう少し早い方が、ありがたかったわね。ほら、肘に網目の跡がついちゃったわ」

マナツが網をまくって肘を出した。

 テラが大剣を拾い上げて、マナツに渡した。

 「よくも母さんを・・・お前たちは許さない」

テラは殺気漲る眼光で、マーマンを睨みつけた。

 「ギギギー・・・」

 「ギギ、ギギ・・」

マーマンたちは、恐怖に駆られ、悲鳴とも思える黄色い叫びを上げて我先へと逃げ出す。 

 ドドーンと爆発音が響き、甲板が揺れた。テラやマナツたちもバランスを崩す。

 再びドドーンという爆発音と共に甲板が振動し、船首が沈み込み船体が傾き出した。マーマンの船の船首と舷側に大穴が開いて、浸水していたのだ。

 「もぉ、ローレライは、いつも派手なんだから」

テラが傾く甲板から滑り落ちないように、ロープにつかまりながら嘆いた。

 「テラ、ローレライだけじゃないわ。ほら、そこ・・業火の大蛇が海面を走って来ているわ」

マナツがテラに視線で合図した。

 ゴォォォォーと潮風を焼く業火の大蛇が、大口を開き、逃げ惑うマーマンを次々に呑み込んでいく。吞み込まれたバーマンたちは、白い灰となって海面に落下し、波に消えていく。

 ぐんぐんと近づいてくるミネルヴァの揺り籠号の船首には、レットピースの赤石とブルーアイズの青石を()め込んだ黒のナックルグローブを装着したデューンが立っていた。デューンが両腕を動かしながら、業火の大蛇を右に左にと操っている。

 マーマンたちは傾く甲板で悲鳴を上げながら、海面に飛び込んで逃げて行く。沈みゆく船の甲板に、ヘッドウインド号からロープが投げ込まれた。

 「母さん、私はこのまま救命ボートに戻ります」

 「ご苦労さん。頼むわ」

マナツの声が響いた時には、テラの姿は消えていた。

 「ふふっ・・・(せわ)しない子。さあ、私たちも救助に向かうわよ」


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