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23 久遠の契約

 空から女神の祝福のいる台地に向かって高速で飛行し、こちらに迫る1匹の生き物がいた。

 「魔族よ」

テラが叫んだ。

 テラの警告の言葉に、双子島で魔族と戦った女神の祝福は、その時の惨劇の記憶が稲妻の様に走り抜けた。メンバー4人が魔族によって殺されているのである。テラの召喚したワルキューレによって蘇生され事なきを得ているが、今回はテラの魔力残量は0で、ワルキューレを召喚することは叶わない。

 レミが防御強化魔法を掛け直した。魔族が台地の中央目指して滑空して来る。

 「散開」

マナツの言葉に、メンバーたちは中央を囲むように布陣した。

 魔族が降り立った。体長4m、筋骨隆々であり、頭には角が前に1本突き出ていて、耳には魚の胸鰭が付き、体は緑に青い模様が入っていた。手に持った三又の槍の石突で台地を叩いた。ドグァーンと地響きがした。三又の槍でデューンを指して言った。

 『我は、六羅刹が1人、海嘯(かいしょう)のマクアン。呪祭のジューグが、魔王ゼクザール様への生贄のティタンを求めて双子島へ向かったはずだが、消息不明となった。ガーゴイルからの報告にあった生贄のティタン。汝がそのティタンであるか』

 デューンは、巨体のマクアンを睨み、

 「俺の名は、デューン・レクス・ティタン。双子島の魔族は全滅した」

 『六羅刹が1人、呪祭のジューグが、其方らごときに遅れをとるとは信じがたいことだが、戻らぬことは事実。呪祭のジューグに代わり、デューンを魔王ゼクザール様への生贄(いけにえ)として持ち帰ることと致す』

 「何を勝手なことを、デューンは私のクルーよ。渡すわけがないでしょう」

テラが割って入った。

 マクアンはデューンから目を離さずにいる。

 「キュキュ、お願い」

 キュキュが、勢いよく飛び出した。マクアンから高速の水弾丸が散弾銃のように飛ぶ。キュキュはこれを空中で(かわ)すが、1発がキュキュの腹部を直撃した。キュキュキューと声を上げてキュキュが落下した。テラは落下地点に走り、落下するキュキュを抱きとめた。

 テラにも無数の水弾丸が襲う。テラはアクロバティックにこれを回避するが、1発が右腿をかすめる。レミの回復魔法がテラとキュキュに飛ぶ。テラとキュキュの傷が癒えていく。

 『生贄のティタンを渡さぬつもりだな』

 マクアンは四方に水弾丸を雨のように発射した。リッキはこれを盾で防ぐ。女神の祝福メンバーは辛うじて躱す。この水弾丸の雨の中を走り寄る者がいた。マナツであった。マナツは大剣でマクアンの膝を薙ぎ払う。キンと金属音がした。マクアンは三又の槍で大剣を止めていた。

 マナツはマクアンがこれまでの対峙した敵を凌駕(りょうが)する武の力を持った魔族だと悟った。

 アクアンもマナツの力量に驚く。

 『あの水弾丸の雨の中を駆け寄るとは・・・』 

 マクアンは槍でマナツの胸を目がけて突いた。マナツは大剣が三又の突きを受流す。更に踏み込み懐に入ると、マクアンの首元を斬り上げた。大剣の刃がマクアンの首元に達したと思われたが、水の盾が現れこれを受け止めていた。マナツは宙返りをして、距離を置いた。

 「この魔族は、単純な戦闘術においても強い。水魔法を攻守に応用する。気を抜くな」

マナツが女神の祝福メンバーに注意を呼び掛けた。

 マクアンが追撃に1歩踏み出すと、眉間に弾丸が当たった。弾丸は炸裂してマクアンの首が後ろに跳ねる。ハフの雷魔法が頭上から命中する。ダンの投げた小型火薬筒が胸元で炸裂する。マクアンは深手を負うが、窪地に水が流れ込むかのように、傷口が瞬時にふさがっていく。

 テラがマクアンの左腿を両断する。マナツが右脇腹に大剣を刺す。マクアンが三又の槍でマナツを突く。リッキがこの突きを盾で弾き飛ばす。

 テラとマナツ、リッキが後ろに跳んでマクアンから距離をとった。そこに業火が口を開けてマクアンを呑み込む。ジュジュジュと音をたて激しい水蒸気が立ち上る。業火が突き抜けたあとには、マクアンが仁王立ちしていた。テラとマナツ、デューンの業火で負わせた傷は、既に回復していた。

 『見事な連携だ。強いチームだ。だが所詮、ひ弱な生物の人間としてはだ』

 マクアンが三又の槍を高く掲げた。

 『海嘯』

 マクアンの足元から轟音と共に水が噴き出して来た。水は高さ5mの津波となり、女神の祝福を呑み込んでいく。メンバーたちは台地から砂の上を越え、その外側にある柵まで錐揉みになって流される。ゴボゴボという音が耳を刺激する。メンバーたちは柵に手を伸ばした。柵にしがみ付きながら、息を吸う。テラやレミが、ゲホッ、ゲホッと咳き込む。

 女神の祝福のメンバー目がけて、容赦なく無数の水弾丸が飛んでくる。メンバーはこれを避けることもできず、手や足を貫通していく。水が台地から流れ出て行くと、ようやく地に体を横たわらせた。柵の前で横たわるテラにマウマウが思念会話で、

 『テラ、ムーブメントが使えない。ワルキューレを呼ぶこともできない。虹魚もカウント1だ。勝ち目はない。撤退だ』

 「母さん、撤退したほうが・・・」

 「テラ、それは駄目だ。あれを見て」

マナツが指さす方を見ると、マクアンが台地の立ち、片手でデューンの足を持ってぶら下げていた。デューンは気を失っているようだ。

 「デューン」

テラはそう叫んでマクアンのいる台地に走り寄る。

 マクアンはニッと不気味な笑みを浮かべた。その瞬間、ローレライの炸裂魔弾がマクアン眉間を砕く。テラは飛願丸でマクアンの膝を両断する。マクアンはバランスを崩しながら、槍の石突でテラの脇腹を払う。テラはぐはっと息を吐き出したまま、台地を転がり落ちる。

 マナツが跳躍して大剣をマクアンの頭に叩き込むが、これを三又の槍が捉え、大剣を宙に弾き飛ばした。マクアンの再生した足でマナツの腹を蹴り上げた。マナツも台地を転がり落ちていく。

 リッキはウォーメイスでマクアンの脇腹を強打するが、陥没した脇腹は回復していく。三又の槍の一撃でリッキの盾は砕け、その衝撃で転がり落ちていく。

 レミとファンゼムは、テラとマナツ、リッキに回復魔法を飛ばし続けている。

 ハフの雷魔法やダンの小型火薬筒は、デューンを巻き込む可能性が高いため使うことが出来ない。ローレライの弾丸はマクアンの眉間を粉砕するがたちまち回復されてしまう。

 レミがマクアンの手で吊るされているデューンに回復魔法をかけた。デューンは目を覚ました。

 「ん、んー・・・は、放せ、放せー」

逆さになりながら、デューンは暴れる。マクアンは足を掴んだまま、デューンを見て笑う。

 『グハハハッ、流石は生贄だ。威勢だけは良いな』

逆さのデューンの服がはだけて、胸に受胎の刻印が見えた。

 『ぬ、汝は受胎の刻印をもつ者か』

マクアンの顔色が変わった。

 「受胎の刻印」その言葉を聞いて、デューンの脳裏に、走馬灯の様にある光景が走り廻った。ヒミ婆が言った言葉だ。


* * * * * * * * * *

 「受胎の刻印。それは選ばれし者の証。ただ受胎の刻印自体は何の効果もありません。あれは、反対の召喚魔法陣。力を欲する時に、魔力で掌に転写するのです。そして念じるのです」

* * * * * * * * * *


 「ヒミ婆、転写か」

 デューンは、吊るされたまま右手のナックルグローブを外し、胸の受胎の刻印に手を当てた。魔力を右掌に込める。

 「転写」

 デューンの右掌には胸の受胎の刻印が鏡写しに転写された。

 マクアンはデューンの掌を見て驚き、デューンの意識を奪おうと、拳を振るった。デューンは体を揺すりマクアンの拳を避けると、右掌の刻印に向かって念じた。

 「力をお貸しください」

 デューンの掌から眩い光が放たれた。そしてそれが炎の拳へと変わり、マクアンを宙に跳ね飛ばした。マクアンの手から逃れたデューンは、そのまま放り出されて台地の斜面を転がる。デューンは斜面の下まで落ちていくと、ゆっくり頭を上げた。

 斜面の上には、体長4m、筋骨隆々の太い腕、牛の顔、頭に水牛の様に太くくねった2本の角が前方に伸び、全身が赤茶色で、下半身の側面から深紅の炎が揺らぐ魔人が立っていたのだ。腰にはドラム型の鼓とバチ2本が見えた。

 『我が名は炎祭神獣イフリート。デューンの求めに応じて参った』

 炎祭神獣イフリートは、赤い瞳でデューンをじっと見つめた。徐に、イフリートは腰に下げた鼓と2本のバチをリッキの前に投げた。

 『リッキ、其方の太鼓はなかなかであったぞ。その炎祭太鼓を叩け。景気づけに火炎の神楽を披露する』

 突然のイフリートからの言葉に、リッキはキョロキョロとしながらバチを拾った。

 「リッキ、炎祭神獣イフリート様の命じゃぞ。1曲叩け」

ファンゼムがそう囃し立てる。リッキはバチを力強く握ると、

 「いよー!」

 掛け声と共に炎祭太鼓を力一杯叩いた。ドドーンと心地よい良い音がダンジョンボスエリアの空と草原に響く。

 『むーう、良い響きだ』

イフリートは両手に拳を握り、天を見上げ瞼を閉じた。

 リッキは、炎祭太鼓を叩き始めた。

 ドンゴ ドッコ ドンゴ ドッコ ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ

 『心が躍る』

 イフリートは、円形の台地の上で踊り始めた。優雅であり、アクロバティックなその舞は、見る者の心を奮い立たせた。

 ドンゴ ドッコ ドンゴ ドッコ ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ

 片手を着き逆さになってはそのまま止まり、宙を舞っては、手足を縦横無尽に振る。軽快なステップと豪快な跳躍、剛の舞であった。イフリートは軽快に舞ながら、円形の台地の縁を移動していった。

 マクアンはイフリートが舞い始めてから、水弾丸を散弾銃の様に飛ばしている。しかし、イフリートには当たらない。

 『なぜじゃ、なぜ我の水弾丸が当たらぬのだ』

 華麗な舞で全てを躱している。イフリートが台地を1周した。イフリートは、紅の炎を纏い、それが筋骨隆々の肢体から燃え上がり、高く揺らめいている。

 『ならば、大出力の水魔法奥義瀑布だ』

マクアンは水魔法瀑布を唱えた。

 イフリートの遥か頭上から数百トンを超える水が滝となって落下してきた。ゴゴゴーと轟音をあげる瀑布の圧倒的な水量でイフリートを頭から押しつぶす。イフリートの体は水流に包まれ、辺り一面に水蒸気が霧の様に立ち込めた。

 ドンゴ ドッコ ドンゴ ドッコ 白い霧の中で赤い炎影が揺らめく。イフリートは瀑布を物ともせずに舞い、舞い続けて、マクアンとの距離を一気に詰めて来る。

 デューンは握った拳を震わせ、イフリートを凝視している。

 「マウマウ、イフリート様は凄いわ。敵の攻撃の中を力強く進んでいる。それに、あの踊りを見ていると、私も心の高ぶりを抑えられなくなる」

テラは固く拳を握っていた。

 『テラ、炎祭神獣イフリートは、火炎の神楽で全身に高温の火炎を纏う。更に自己と仲間の心を鼓舞するのよ』

マウマウがテラに答えた。

 イフリートが踊りながら、マクアンの前まで達した。

 ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ イフリートがマクアンに炎の拳を連打した。マクアンはイフリートの拳が当たるとジュッと水が蒸発して、体に大穴が開く。水が流れてこの傷を塞ぐ。しかし、イフリートの拳は太鼓の連打を想起させる速さだった。イフリートの連打はマクアンの回復を凌駕する。

 『ぐげっ、回復が間に合わない。き、傷が塞がる前に穴があく』

マクアンの額から水の雫が流れ落ちる。

 『リッキ、もっと軽快に叩け』

イフリートの催促に、リッキも熱くなる。ハフも体と茶色の縞のある尻尾を振りながら、ピッコロを吹き出した。ファンゼムも歌い出す。

 『良いぞ、良いぞ』

 イフリートの拳は更にテンポアップし、容赦なくマクアンの体を殴打する。軽快なリズムに乗って蹴りも織り交ぜてきた。デューンもイフリートの攻撃リズムに合わせて体を揺らしている。

マクアンは命乞いをし始める。

 『イフリート様、話を聞いてください。あのティタンには決して手を出しません』

 『この期に及んで命乞いとは・・・せめてもの情けだ・・・汝の昇華(しょうか)を許す』

イフリートは冷徹な眼差しでマクアンを刺した。

 『相転移紅蓮の咆哮(ほうこう)

 イフリートの背後に紅色の炎の蓮の華が浮かんだ。イフリートの咆哮で空と台地が震動すると、マクアンは眩い光の球に包まれた。高熱の光は、瞬時にマクアンの全身を気体へと昇華させた。

 女神の祝福のメンバーたちの頬を凄まじい熱風が通り過ぎていく。熱風の圧力に、誰もが目を(つむ)り、掌で顔を覆った。呼吸さえも苦しく感じていた。

 女神の祝福が身動きできずにいると、デューンがイフリートの元へ走り寄って、

 「イフリート様、ありがとうございました」

イフリートの赤い瞳がギョロリとデューンに動く。

 『容易きことだ・・・汝にこれを授ける』

イフリートはデューンに透明に輝く平べったい石を差し出した。良く見ると透明ながらも2つの瞳に似た青い有色透明の斑点があった。

 「これは何ですか」

 『汝のナックルグローブの右手甲に、このブルーアイズを嵌めよ』

 「これはブルーアイズという石なのですか・・・イフリート様、感謝します」

デューンはブルーアイズを受け取った。ブルーアイズはキラキラと輝いていた。デューンは、青い有色透明の瞳に見守られている様な気がして、心が穏やかになった。

 『これで久遠の契約は成った』

 「・・・久遠の契約とは?」

 『デューン、其方の命の尽きるまで、炎祭神獣イフリートは其方の召喚神獣となる』

 「え、・・・なぜですか」

 『其方が我の貢ぎ物を受け取った。これで契約は成ったのだ』

 「なぜ、俺、いえ私と契約なのですか」

 『我は終焉を迎える時に、選ばれし者の体内に宿り、その命を1から再生する。その選ばれし者の証が受胎の刻印だ。我は、終焉から再生を成した。その依代となった選ばれし者が滅するまでは、召喚神獣としてその者の命を守らねばならぬのだ』

 「では、これからも俺に力をかしてくれるということなのですか」

 『如何にも。それが、久遠の契約だ。受胎の刻印の転写で我を召喚することができる。また、我とは、如何なる時でも思念会話で話すことが可能だ・・・これからは、デューンが我の主となる。我に名を与えよ』

 「ありがたい話です。それなら、これからはイフと呼んでもよろしいですか」

 『承知した。イフの名をもらい受けた』

 「イフ、またお願いします」

 『主よ、リッキの太鼓でせいぜい派手に舞うが良い。我も共に舞っておる』

 「え、舞う?」

 空間が歪んだ様に見えた瞬間に、イフリートの姿は消えた。

 テラが駆け寄って来た。

 「デューン、ありがとう。助かったわ・・・でも、炎祭神獣イフリート様を召喚できるなんて驚いたわ」

 「俺も驚いた」

 「デューン、ばりすごかー。儂ゃー驚いたげな・・・イフリート様は、魔族の六羅刹を寄せ付けない圧倒的な剛の神獣様じゃった。その力で儂ら、いやデューンの窮地をお救い下さった」

ファンゼムが白い歯を見せて、デューンの頭を撫でる。

 「デューンの炎魔法と格闘センス、あれは炎祭神獣イフリート様が体内に宿っていた影響なのか」

リッキも納得顔で言う。

 「ふふっ、太鼓のリズムで体が勝手に踊り出すというデューンの不思議な行動も、イフリート様の影響だったのね」

ハフが冷やかすように、デューンの頭を撫でた。

 「私は初めて神獣を見ました・・・怖かったけれども、味方ならとても頼もしいわ」

レミが興奮気味に言うと、ローレライも、

 「私も初めてだわ。圧倒的な存在感と武だったわよね」

 「このチームには、神獣召喚ができるメンバーがこれで2人いることになりますね」

ダンがそう言うと、

 「ああ、恐ろしいことだ。我々は人としての道を踏み外さないようにしなければならない。もし、それを誤った場合には・・・」

マナツの言葉に、ファンゼムも頷きながらメンバーに言う。

 「全くじゃ。テラとデューンも、我々も自戒すべきやの。その意味でも、あがいのことは他言無用じゃ」

 女神の祝福のメンバーは真剣な面持ちで頷いた。

 

 その後の1か月間は、エジックス島エジロッタ古代文明遺跡の調査となった。

 遺構や埋葬品をいくつか回収し、保存作業をした。これまでに見ない文字も見つかり、転写しておいた。

 調査を開始して2週間が過ぎた頃、ヘッドウインド号とミネルヴァの揺り籠号の停泊する入り江に戻った。数日間の休息を取り、後半の発掘を再開するためであった。

 ミネルヴァの揺り籠号の船室に入ると、人の気配がした。テラとデューン、ローレライ、レミは互いに顔を見合わせた。テラは、口に人差し指を当て、3人に注意を促した。

 ローレライがツンツンと指で合図して、3連銃を腰から抜く。デューンがそこに回り込む。テラが正面から、

 「出てきなさい。コソ泥」

と叫ぶと、ドカドカと転ぶ音がした。デューンが倒れたコソ泥に覆い被さる。ローレライは3連銃構える。

 「助けて、命だけは助けて」

コソ泥は夢中で叫んだ。デューンが取り押さえたコソ泥は灰色髪で灰色瞳のドワーフ女性だった。

 「デューン、放してあげて」

テラがデューンを制止した。テラたちは、このドワーフから事情を聞いた。

 コソ泥はマーリン・ダイナ(ホモ・サピエンスの年齢に例えると31歳)、商人と名乗った。

 ここにいる理由については、1週間前に乗船していた船が海の魔物に襲われ、1人海に投げ出されたと言う。他の乗組員とはそれっきり離れ離れになってしまったそうだ。海面に浮いていた板に夢中でしがみ付き、漂流すること2日目でこの島に漂着したと言う。この島で命の危険と飢えに(さら)されながら彷徨(さまよ)っていると、停泊しているヘッドウインド号とミネルヴァの揺り籠号を見つけ、助けを求めに来たという。しかし、乗組員はいなかったため、ここで待っていたと言うことだた。

 マーリンをヘッドウインド号に連れて行くと、話に怪しいところはなく、救難者の保護の観点から救助することになった。

 エジックス島エジロッタ古代文明遺跡の調査は未公開のため、マーリンには秘密のまま、今回の遺跡調査は2週間で打ち切り、アジリカ連邦国のコモキンに戻ることにした。

 マーリンを救難者として、ヘッドウインド号で預かることになった。クルーから体を養生するように勧められてもマーリンは、船内の料理や洗濯、掃除などを進んで行っていた。マーリンは実に働き者で、明るく誠実な人柄だった。数日間の船旅であったが、ヘッドウインド号のクルーとは気軽に話をするようになっていた。

 「今日は絶好の洗濯日和。ファンゼムさん、その服を着替えてね。洗濯しておくから」

 「いや、これはまだ1週間前にだな・・」

 「何を言っているのですか、1週間着ているなら、6日前に洗濯するように言うべきでしたわ」

 「マーリンは、この船に乗ってまだ3日目じゃろう。6日前は、あんたは遭難していたはずじゃぞ」

 「あははは、そうでした。そうでした」

 「遭難した船に知り合いはいなかったのか」

 「商談に1人で向かう最中だったので、知り合いは乗っていませんでした」

 「そうか、家族が心配しているじゃろう」

 「心配してくれる者はいませんよ。ささ、ファンゼムさん、早く脱いでください」

 ファンゼムが仕方なさそうにして、服を脱ぎ始める姿を見ながらリッキは、

 「マーリンさんにかかっては、嵐をものともしない海の男ファンゼムも形無しだな」

 マナツも笑顔で、

 「明るくて、配慮もできる方だな」

 「ちょっと、ファンゼムさん。ここでパンツまで脱いでどうするのよ」

 マーリンが顔を赤くして、目を押え叫んでいた。

  甲板は笑いに包まれた。

  女神の祝福がコモキンに到着すると、警備隊にマーリンを救助者として引き渡した。


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