第7章 エジックス島ダンジョンと秘宝 20 エジックス島ダンジョン2号の探索と激レアアイテム
ミネルヴァの揺り籠号の食事の質は格段に上がった。レミがミネルヴァの揺り籠号の会計長兼料理長になったからである。肉や魚、野菜を使った温かな料理が提供された。栄養バランスも味付けも優れていた。素材に関しては、テラのアイテムケンテイナーや魔石を使った冷凍ボックスを使っていた。レミは、父親から貰った釣り竿を使い甲板から魚や魔物を釣り上げ、それが食卓に並ぶこともあった。
今回のエジックス島探索は、前回の探索で攻略の完了したエジックス島ダンジョン1号に続き、その存在だけの確認に留まっている他の2つのダンジョンの内の1つであるエジックス島ダンジョン2号の探索で主目的である。
女神の祝福を乗せた2艘は、エジックス島まであと半日と迫っていた。曇天となり、さざ波程度の極穏やかな海面、時折遠くに稲光が見えた。肌にべっとりと纏わりつく空気、湿気の多い潮風となっていた。2艘の脇には、興味を持ったのか、先ほどから並走するようにイルカの魔物の群れが泳いでいる。空高くガーゴイルが飛んでいた。イルカの魔物もガーゴイルにも、敵意はないようだった。
「あのガーゴイルは、港街コモキンを出航してからずっと距離をとってついてきている気がする。敵意は無いようなのだけど」
ハフが指さした。
「イルカやガーゴイルとは別の・・・嫌な感じがするわい」
ファンゼムがヘッドウインド号の舵を取りながら呟いた。
「あぁ、航海そのものは順調だが、海の気配が妙だ」
マナツもファンゼムを横目で見ながら、海面を凝視している。
「ハフ、用心しろ」
「了解、キャプテン。さっきっから、私の尻尾も警戒モードになっている」
ハフがそう答えた。
ミネルヴァの揺り籠号では、
「コモキンを出航して以来、魔物とも遭遇しないし順調だな」
デューンが操帆しながら、残念そうな顔をして言う。
「う、うん・・そうね」
テラが、並走するイルカの魔物の群れを見ながら答える。
「さっきから胸騒ぎがするの。それで、天候を何度も確かめているのだけれども、天候には問題はないわ」
ローレライが冴えない表情で言った。
「レミ、貴方は占いが得意だったわね。占ってみて」
「え、うん・・」
「占いって・・・当てになるのかよ」
デューンはそう言って、テラを見た。
「物は試しよ。レミお願い」
レミは、テラの傍まで来ると、腰に掛けた袋から赤や黄、青、黒の小石、魔物の歯、鱗、植物の種を取り出した。それを両手の掌に包む。レミの唇が動き何かを唱えているようだった。おもむろに甲板にばら撒いた。カランコロンと音を立てて止まった。
「・・・直進は鬼門、吉はこっちの方角」
レミは、南東を指さした。
「レミの占いでは、直進は鬼門と出ているのね。吉の南東に進路を変更しましょう」
テラはそう言うと、メモを書いた。
「キュキュ、これをマナツ母さんに届けて」
キュキュはメモを口にくわえると、高く舞い上がった。ミネルヴァの揺り籠号の周りを旋回すると、ヘッドウインド号に向かって飛んで行った。
「イルカさん、私たちについてきてね。面舵。針路南東」
テラはイルカの魔物を見ながら、進路変更の指示を出した。
ヘッドウインド号も右に曲がり、南東に針路を変更した。その脇を並走していたイルカの魔物の群れはそのまま直進して行った。キュキュがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「イルカさん。お願い、私たちと一緒に来てー」
テラは声を張り上げたが、湿気の多い重たい潮風に吸い込まれていった。
その時だった、イルカの魔物が泳ぐ前方の海面が渦を巻いた。海面がそのまま落下したかのように大穴が開いた。
「左に渦巻き」
海面に突然現れた渦巻きは直径が100m程あった。凄まじい水流で周囲の海水を飲み込んでいく。イルカの魔物の群れもこれに抗い、針路を変えて力強く泳ぎ出す。
イルカの魔物は次々に渦に巻き込まれ、大きく円を描くようにしての渦の中心に落下していく。渦の中心となる最深部から巨大な赤黒い触手が無数に伸びてきた。その触手がイルカの魔物を掴み捕っていく。
「怪神アネモネじゃー!」
「伝説のSSクラス、怪神アネモネ・・・初めて見た」
ファンゼムの驚愕の声にリッキも驚きの声を漏らした。
「なんと恐ろしい。海中にじっと潜み、その上を横切る獲物を捕食する怪神アネモネ」
と呟くと、ダンも瞬きを忘れて凝視していた。ハフは焦げ茶と茶色の縞のある尻尾を丸めたまま、無言で渦を眺めていた。
「危機を回避できて良かったが、テラたちは、どうやってこのアネモネを察知できたのだ・・・」
マナツが、ミネルヴァの揺り籠号を振り返って言った。
渦は止み、海面の穴は消えた。先ほどの大渦が現実であったことを示すように、まだ海面はその余波でうねっていた。群れの半数以上が渦に飲み込まれたイルカの魔物は、針路を変えて逃げ去って行った。
「レミの占いって当たるものなんだな・・・命拾いした」
「ええ・・・まさかあんな化け物がいるなんて・・・」
「・・・これは、天候の予測では回避できないわ」
デューンとテラ、ローレライがレミの顔を覗く。1番驚いているのは、占いをしたレミ自身であった。
「まさか・・占い通りに・・起こるなんて・・・」
レミは蒼白した顔と虚ろな目をして呟いた。
レラたちは、ヘッドウインド号から、ミ ゴ ト ダ、と手旗信号の伝文を見た。
女神の祝福はエジックス島に上陸した。密林を進むこと2時間、エジックス島ダンジョン2号の入口に来た。陽も暮れる時刻だったため、翌早朝からの探索となった。空高く飛ぶガーゴイルの姿もうはなかった。
翌朝
「再確認をする。今回のエジックス島ダンジョン2号の探索は、3層までの到達とマッピングが目標だ。このダンジョンは初潜入なので、魔物と罠には十分に注意して行こう。場合によっては、3層以前に離脱もある。以前に冥神獣ワルキューレ様がおっしゃったエジックス島のダンジョン探索は、焦らずに進めることとする」
女神の祝福メンバーは、真剣な面持ちで頷いた。レミは初のダンジョンとあって緊張で唇が渇いているのか、舌でペロリと舐めた。デューンとローレライも初のダンジョンであった。デューンは短槍の穂先を眺めていた。ローレライは自身の小部屋サイズのアイテムケンテイナーを開き、格納している弾薬を確認した。
『テラ、ダンジョンのマッピングなら私が引き受けるわ。ダンに伝えて』
テラの肩掛け鞄の中に入っているマウマウが思念会話で伝えて来た。
「え、マウマウはマッピングをできるの?」
『ジョブが生活百科から設計学百科になったでしょ。ダンジョン内の構造の記録、罠の場所と種類、魔物の位置など作図と記録はお手のものよ。ただ、あくまで記録なので罠を見破ることは期待しないでね』
「凄いわ。凄い、マウマウ。それを伝えるね」
「今回からは、マウマウがマッピングと罠や魔物の場所などの記録をします。ダン、それで構わない?」
「マウマウができるのか」
マナツの言葉に、
「マウマウのレベルが上がって、ジョブが設計学百科に変わったの」
「それは助かる。是非、マウマウにお願いしたい」
ダンが大喜びで答えた。
テラはマウマウを鞄から出そうとすると、
『テラ、ダンジョン内のマッピングは鞄の中で十分よ。ダンジョンは魔力に満ちているから、察知できるわ』
テラは頷くと首に抱き付いているキュキュの背中を撫でながら、
「キュキュは、危険だったら私から離れてね」
と話しかけると、キュキュッ、キュイーンと答えた。
「皆さんの防御強化をしますね」
レミがそう言って、魔法を唱えた。
「レミには防御強化魔法があるのか。ありがたい」
リッキが礼を述べた。
「物理と魔法のダメージが少しだけ軽減されます」
「物理と魔法両方に効果があるとは驚きもんじゃわい」
ファンゼムが感心していると、
「私の防御強化魔法は、継続時間が短いのです。5分間ちょっとです」
「5分間もあれば十分だわ。それに掛け直せばいいだけだから」
テラがそう言うと、レミはにっこりとした。
「では、探索を開始する」
女神の祝福メンバーは、エジックス島ダンジョン2号の入口から階段を降りて行った。
1層は床も天井も壁も石造りの迷路であった。石が光を発していて、それが照明の役割をしていた。
「不思議だな。地下の迷路なのに明るい」
デューンがそう言うと、
「こういうダンジョンも多い」
リッキが答えた。
「前方から魔物が来るわ」
ハフが警告した。
ドドドッと足音が響いてくる。かなりの数の魔物が向かって来ることが分かった。女神の祝福メンバーは、武器を構えた。
「前衛はリッキと私。中衛にテラとデューン、ハフ、ローレライ。後衛からの支援にファンゼムとレミ。後衛の守りはダン」
「「「「「了解」」」」」
女神の祝福はフォーメーションをつくって迎撃の構えだ。
足音が大きくなり、イノシシの魔物の群れが走って来るこが目視できた。
『魔物はバイオレンスボアー、Bクラスの魔物、数16匹、猪突猛進で破壊力は抜群』
マウマウが魔物の説明をした。
ここはダンジョン内の狭い通路だ。凄まじい速度で突進して来るバイオレンスボアーの群れに対して、逃げ道などはない。フルアーマーのリッキが姿勢を低くして盾を構えた。足音が通路に響く。その時、テラの首からキュキュが飛び立った。
「あ、キュキュ、どこへ」
キュキュは、バイオレンスボアーの群れめがけて飛んで行った。キュキュは口から黒い炎を吐いた。黒い炎はバイオレンスボアーの群れを包む。黒い炎に包まれたバイオレンスボアーから仄かに青い光を放つ球体がキュキュに集まる。キュキュに吸い込まれるように消えた。
キュキュッ、キュイーンと無き鳴きながら、キュキュが旋回をしていた。
「キュキュー、危ないわ。戻って」
テラが、キュキュを救おうとして1歩前に踏み出した瞬間、バイオレンスボアーが極端に減速していることに気付いた。
「え、歩くような速度に・・・」
「よし、こちらから撃って出るぞ」
好機とみたマナツが指示をした。
デューンの業火がバイオレンスボアーの群れを包む。
「あ、止めてデューン。酸欠になる」
ダンがデューンを制止した。
「くっ」
デューンはバトルグローブをつけたまま駆け出した。その前をリッキとマナツが駆ける。肉弾戦に突入した。
「・・・・・」
「・・・なんだこの弱さは。拍子抜けだ」
バイオレンスボアーの動きが鈍く、剣一振りで数匹が両断できた。リッキのウォーメイスで数匹が簡単に潰れていく。デューンの炎を纏った拳の一撃で炭と化していく。
バイオレンスボアー小さな魔石と封魔石、牙を落として消えた。女神の祝福の圧勝だった。
『キュキュの黒い炎で、バイオレンスボアーの体力と防御力、思考力、ステータス値など全てが半分になっていたのよ』
「凄い・・・キュキュ、凄いわー」
テラはキュキュを抱きしめた。キュキュはキュキュッ、キュイーンと甘えた
「でもね、いきなり出て行ったら危ないでしょ」
『テラ、それは違うわよ。キュキュはテラの言い付け通りに行動したのよ』
「え、キュキュが危険を感じたら離れてねと言ったのよ」
『違うわ。キュキュは、危険だったら私から離れてねと言ったのよ。だから、テラが危険だと感じたから、テラから離れて魔物を攻撃したの。それにキュキュは十分に戦えるわよ』
「・・・そうだったの。キュキュありがとうね。でも、キュキュは怪我をしないようにね」
キュイーンと答えた。
キュキュの吐く黒い炎は地味な技ではあるが効果的だった。
遭遇したストーンゴーレムやメタルゴーレム、4本の腕を持ったレッドオーガ亜種の群れを次々に撃破することができた。
ハフも罠を2つ解除した。女神の祝福は、ダンジョン攻略に向けて、順調な滑り出しをしていた。
小部屋の前に来ると、ハフが指をさした。その先には宝箱があった。
マナツが宝箱を鑑定する。
「宝箱を開けると、宝箱の前に落とし穴が開くわ」
「それなら私が横から開ける。危なかったらムーブメントで逃げるわ」
マナツが頷く。
テラが宝箱を横から開けた。宝箱の前の床が抜けて落とし穴が開いた。宝箱の中には、木の杖が入っていた。
「樫の木の杖。特殊効果なし」
「まあ、こんなこともあるわね」
ハフが両手を広げて嘆いた。
テラが、
「ねえ、この落とし穴の下に宝箱が見える」
ハフが覗き込む。
「どこまでも深い落とし穴じゃない。宝箱は見えないわ」
「私のいるここから見えるの」
ハフがテラの場所に移動して深い穴を覗く。
「本当だ。この深い縦穴の途中に横穴があって、そこに宝箱の一部が見える」
テラがスキルで宝箱を鑑定した。大箱の宝箱で罠はないという結果だった。
テラはムーブメントで移動した。大箱の宝箱を開いた。白い石が埋め込んである腕輪と金に宝石が埋め込んであるティアラが入っていた。テラはそれを掴むと戻って来た。
腕輪とティアラを鑑定すると、
持続の腕輪、魔法効果時間アップ。
ティアラ、エメラルドを嵌め込んだ純金製のティアラ。
とあった。テラが鑑定結果を説明し、
「魔法の効果時間に関係する魔法を使えるのは、母さんの重力魔法とレミの防御強化魔法だね」
「レミに譲るわよ。これでメンバー全員の安全が高まるもの。それに怪神アネモネを回避できた第1等功のご褒美に受け取って」
他のメンバーも頷いた。
「え、私がこの持続の腕輪をいただいてもいいのですか」
「勿論」
マナツが言った。
レミは感謝の言葉を述べながら、左手に持続の腕輪を嵌めた。
「素敵、お似合いよ」
「レミ、似合っているわ」
「ありがとう」
ハフとテラの言葉に嬉しそうにレミが言った。
ローレライがハフに尋ねる。
「女神の祝福って、ドロップ品やレアアイテムはこんなに気前よく仲間に譲るの?」
「そうね。必要としている人に譲る。このチームの特徴ね」
「ハフ、それは素晴らしわね。アイテムで険悪な雰囲気にならないで済むわね」
「皆、大人だから」
レミは早速、防御強化魔法を掛け直した。その後は、幾つかの魔物と遭遇はしたものの、難なく撃破に成功した。
「恐らく、ここが第1層のボス部屋への扉ですね」
扉の罠に手を当て、細部を凝視しながらハフが言った。
「入るよ」
マナツが静かに促した。
ハフが扉を手で押した。扉は静かに開く。女神の祝福のメンバーがボス部屋に入ると、扉は堅く閉ざされた。
ボス部屋は、縦横50mの正方形で、天井は30m程だった。中央には5m近い魔物と3m程の魔物が3匹いた。
『中央がダークオーガ、4本の腕に2本の長剣と曲刀、槍を振り回し、口から麻痺毒を吐く。3匹はメイジオーガ、青い石を嵌め込んだ長い杖をもっているから、恐らく水属性の魔法を使うわね』
テラがマウマウの説明をメンバーに伝えた。
「防御強化魔法を掛け直します」
「ダークオーガは麻痺毒が厄介だな。私が囮となるので、レミは私の回復をお願い。アタッカーはデューンとローレライ。左のメイジオーガはハフ。中央はテラ。右はリッキ。ダンは3人の支援。ファンゼムは回復支援を」
「「「「「了解」」」」」
囮のマナツが駆けて行った。
4匹のオーガはマナツを目で追う。マナツを追い越すようにしてキュキュが高速で飛ぶ。キュキュが黒い炎と吐いた。ダークオーガが炎に包まれた。キュキュは反転して、メイジオーガに向かう。メイジオーガから水の弾丸がキュキュめがけて発射された。キュキュは急旋回をしてこれを躱す。黒い炎でメイジオーガ1匹を包む。メイジオーガから青白い球体がキュキュに仕込まれた。
キュキュッ、キュイーンとキュキュが鳴いた。
ダークオーガは長剣でマナツに斬りかかる。マナツは大剣で受け流す。反対方向からも曲刀が振り下ろされる。マナツは跳躍してこれを避ける。長剣で薙ぎ払ってきた。マナツは身を屈める。頭を掠めるように長剣が通り過ぎる。身を屈めているマナツに槍の突きが迫る。頭を斜めに倒してこれを避ける。2本の長剣が左右から振り下ろされた。マナツは甲板で見せる踊りの様にアクロバティックな動きでこれを躱す。槍の突きを大剣で受け流す。ダークオーガの真っ赤な瞳がマナツを凝視した。
「キュキュの黒い炎で、随分と動きが遅いわね。腕が4本あっても私には当たらないわ」
マナツは重力魔法グラビティを唱えた。更にダークオーガの動きが鈍くる。
ダークオーガは口を開けると、紫の毒液を吐いた。毒液はマナツの居た場所の床に落ちた。
「本当にノロマ」
マナツが駆け出してダークオーガから距離を取っていく。ダークオーガはマナツを追うが、スローモーションのような動きである。
ダークオーガのこめかみが破裂した。ローレライの3連銃が火を噴いたのだ。
「あら、ごめんなさい。私は、決して外さないのよ」
ローレライは、長い銀の髪を左手で掻き揚げた。
ダークオーガが両膝をついて崩れ落ちる。そこを業火が床から巻き上げていった。ダークオーガは全身が炭化して肢体が崩れ落ちた。
マナツが、炭化したダークオーガからメイジオーガに目を移す。
宙に浮いたテラがメイジオーガの首を刎ねた。
左のメイジオーガにハフの雷魔法が稲光となって落ちる。容赦なく次々と稲光が襲う。全身から白い水蒸気を上げながらメイジオーガは崩れ落ちた。
高圧の水がリッキを襲う。リッキは手にもった盾でその水の向きを変えて受流す。リッキはそのまま徐々に前進していく。リッキはウォーメイスを持つ右手に力が入る。それを感じたメイジオーガは、目に恐怖の色を浮かべて後ずさりを始めた。
ドドーンと小型火薬筒がメイジオーガの側頭部で破裂した。メイジオーガは頭部を失ったまま倒れる。
ダンがリッキに向かって拳を突き出す。リッキもウォーメイスを腰に掛けると、拳を突き出す。
互いに歯を見せあいながらグータッチをする。
キュキュがテラの首に抱き付く。
「キュキュ、頑張ったわね。ありがとう」
テラがキュキュの頭を撫でる。
出番がなく激しいボス戦を参観していたレミは、興奮が抑えられず、感嘆の声を上げていた。
ファンゼムは、出番のないことを幸せと感じ、メンバーとハイタッチを繰り返していた。
「あそこに箱が出ているわ」
ハフの声に、女神の祝福は集まる。
「これは大箱ですね」
ローレライが期待に胸を膨らます。
マナツがハフに罠のないことを頷いて知らせた。ハフが大箱を開けた。大箱の中には、弓が入っていた。
「弓が1本入っている。矢はないわね」
テラがそう言うと、リッキが、
「弓だけとなると、性能は高いかもしれんな」
トレジャーハンターの弓、魔力を矢にして射ることができる。矢が命中してもダメージはない。ただし、ドロップ品のグレードが50%の確率でアップする。
マナツが鑑定結果を説明した。
「この性能は素晴らしい。凄い性能の弓だな」
「弓ならハフがいいのではないです。魔力ももっていることだし」
ダンがそう言うと、皆も頷く。
ハフが礼を述べながら弓を受け取った。
「待って!」
テラが叫んだ。
「テラは、この弓をハフに譲ることに異論があるのか」
「違うわ。大箱の中にまだ品があるの」
メンバーの視線が大箱の中に注がれた。
テラは大箱の中から装飾のない銀の指輪を摘んで持ち上げた。
「ほら、これ」
マナツが鑑定をし、結果を口に出した。
待ち人の指輪、この指輪を右手薬指に嵌めると、運命の人との出会いが早まる。
女神の祝福のメンバーがざわついた。テラの摘んでいる待ち人の指輪に視線が釘付けになっている。女神の祝福のメンバーは全員がまだ独身だったのだ。
ハフがごくりと唾を飲み込んで言う。
「この指輪は、誰がよいかな」
既にギルドで売却の意志はないようである。
「そ、それは、はやり必要な人に渡せば良いのでは・・」
ローレライが待ち人の指輪を凝視したまま呟く。
「そ、そうね・・・ひ、必要な人って、だ、誰かしら・・・」
ハフがメンバーを見渡しながら言った。
「コホン。この指輪は過去に見たことも聞いたこともない。激レアアイテムなのは間違いなさそう。だから、指輪一つで仲たがいしても困るので、1ヶ月ごとに持ち主を代える。その順番をくじ引きで決める、この案で良いかな」
マナツが提案する。
「・・・まぁ、それがいいかも」
「儂は、どうでもよいわ」
「1ヶ月ごとの交代。くじ引きが公平だと思うわ。全員に指輪が回って来るのだから、恨みっこなしね」
全員でくじを引くことになった。ファンゼムの右拳には、くじ引き用のこよりが9本あった。
「早よくじを引かんか」
「では、私から」
ハフは震える手を伸ばし、くじのこよりに触れた。指で掴みかけたが、隣のこよりに指を動かす。震える指で一番左のこよりを引いた。そのこよりの先をハフは見た。こよりには6と書いてあった。
「くっ、6番か・・・まあ、半年の辛抱ね」
リッキが無造作にこよりを引いた。
「3番」
「2番」
マナツが言った。おぉと騒めきが起こった。
「9番です」
レミが笑顔で言った。
「8番」
デューンはそう言ったが関心はなさそうだった。
次はローレライだ。ローレライは、
「私は、決して、は、外さないのよ」
と、強気に言ったが、その声は明らかに上ずっていた。震える手を慎重に伸ばしていく、早よせんかいと言わんばかりにファンゼムが睨んでいるが、まったく気にしていない。さすがはジョブスキル、強靭な精神力と体力である。ローレライは眼を見開いて、これ、と叫んでこよりを引いた。
「・・・5番か」
ローレライが残念そうに呟いた。
「4番です」
ダンが言った。
「7番」
テラが無造作にそう言うと、視線がテラではなくファンゼムに集まった。
「ファンゼムが1番なの?」
ハフが叫んだ。残りの1本をファンゼムが引くと1と書いてあった。
「儂が1番なのか。当たりくじを引いたことは気分が良か、じゃが運命の人には興味がなか」
「何を言っているのですか、この神性能の待ち人の指輪に悪い前例を作らないでくださいね」
ハフが真顔でファンゼムに言った。
「そう言われてもなー。まぁ、1ヶ月後にはキャプテンに黙って渡すわな」
女神の祝福のメンバーは1層の攻略が終わると、開かれた新しい扉を潜り、2階層へと続く階段を降りて行った。




