第6章 黎明 15 大きな一歩
女神の祝福一行はドリアドの街の近くで、Cクラスのホーンバイソンという牛型の魔物の群れに遭遇して、9匹を討伐していた。
女神の祝福一行がドリアドの街に着くと、見るからに冒険者という強面の風貌をした一団を多く見かけた。
「冒険者が多くて、何か活気があると言うのか、物々しいと言うか。それに比べて住民たちはどこか不安気ですね。つい先日にこの街に滞在した時と比べて、だいぶ雰囲気が違いますね」
ハフが街の辺りを見回しながら言った。
「先日は、お干支祭りで街が賑わっておったが、今回は住民も様子がちと変じゃな」
『ロン&チョコ』に宿を取ったが、宿には宿泊客で溢れていた。ここだけではなく、街の宿には、多くの冒険者が滞在していた。
マナツとキュキュを首に乗せているテラが冒険者ギルドへ行くと、室内には冒険者で盛況だった。
「おい、あれを見ろよ。あの女の子の首に乗っているのは魔物ではないか」
「あれは従魔ではないのか」
「なるほど、女の子はテイマーか」
「見たこともない魔物だが、愛嬌があるじゃないか」
などと、冒険者たちの視線がテラとキュキュに集まっていた。依頼書の貼り出してある掲示板には魔物討伐依頼書で溢れていた。マナツは依頼書を横目で見ながら、カウンターで話をした。
「魔物討伐依頼を受けるのですか」
「いや、魔物討伐依頼が多いのでどうしたのかと思ってね」
「ああ、10日程前からこのドリアド周辺に魔物がたくさん出る様になったのですよ。ジロジ山脈に潜んでいたようなBクラスや時にはAクラスの魔物も確認されています」
「街の周辺にAクラスの魔物が?」
「はい、もうドリアドの住民は不安で、街の外には出られない状況です」
「この街の兵士はどうしているのだ」
「領主のカリスローズ侯爵様の命で、毎日、討伐や警備に出ていますが、魔物の数が多すぎて討伐しきれていません。明日にでも近隣の街に増援を出すと聞いています」
「それはとんだ災難ですね。冒険者たちにとっては稼ぎ時ということか」
「はい、そうなのですが、実は、3日前の夕暮れに、西の空をドラゴンが飛んでいるのを見たという冒険者もおりまして、それからは、冒険者たちも慎重になっています」
「ドラゴンだって」
「はっきりとは確認できてはいないのですがね。噂ではドラゴンに追われた魔物が、ロジロ山脈からここまで逃げてきているのではないかと・・・」
「ドラゴンが事実なら、この街にも大きな被害がでるな」
「はい、でも、まだ目撃は1度だけですし、夕暮れでしかも遠目からなので見間違いの可能性もあります」
「分かった。ありがとう」
マナツとテラは、宿であるロン&チョコに帰った。帰るなり2人は宿の2階にある特別室に通された。そこには女神の祝福のメンバーと船会社と宝石商などを営むロン、光の狩人のメンバー、見知らぬエルフの男性と女性もいた。
「これはこれはマナツさん。先日は大変お世話になりました。今日はある依頼でお待ちしておりました。こちらはシーレライト・フリーマンさんに、お嬢様のローレライ・フリーマンさんです」
シーレライト・フリーマンは銀髪緑目、中肉高身長のエルフで、見かけはホモ・サピエンス年齢28歳。
娘のローレライ・フリーマンは、見かけはホモ・サピエンス年齢19歳、中肉中背であった。エルフ特有の透き通るような白い肌、銀色の長い髪、緑色の瞳で端麗な美貌、腰には見たこともない3連銃を左右の腰に付けていた。
「女神の祝福のキャプテンマナツといいます。ドリアド周辺は、魔物でたいへんなことになっているようですね」
マナツとテラは椅子を勧められて腰掛けた。
「実は依頼というのは、その事に関係しております。私と妻、子供たちもそろそろノドガルに帰りたいと思っています。このドリアドの街も物騒になってきていますのでなおさらです。それとこのフリーマンさん親子も同じです。そこでノドガルまでの護衛をB級の女神の祝福の皆様にお願いしたく参りました」
「縁のあるロンさんの頼みとあらばお引き受けたいところですが、今戻ることはかなり危険だと考えます。外にはAクラスやBクラスの魔物もいると、未確認ですがドラゴンの目撃情報もあると聞きました」
「ドラゴンですと!・・・エリクサーの素材が・・・」
ダンは椅子から立ち上がった。ダンの青い瞳はキラキラと輝いて見えた。
「母さん、ダンさんはドラゴンを倒す気満々なのかな」
マナツはダンを一瞬だけ見ると、ロンを見つめ直した。
「ノドガルまでの護衛は、我々とD級のそこの光の狩人の2チームへの依頼となりますか」
「はい」
「俺たちだけでは、危険が大き過ぎて引き受けることはできない。だが、C級のファングウルフの群れを瞬殺したB級の貴方たちと一緒なら護衛任務も可能かと考えました」
光の狩人のハングが言った。
マナツはハングの眼を見つめ、
「それは私たちを買い被り過ぎです。魔物の群れと戦いながらロンさんのご一家とフリーマン一家を守ることは困難です」
「はい、女神の祝福のメンバーと我々の光の狩人が、共に強い魔物と戦えば我々が足手まといになることは分かっています」
「それではなぜ一緒にと」
「我々がロン一家とフリーマン一家を警護します。女神の祝福のメンバーは魔物との戦いに専念すれば、ロン一家とフリーマン一家を守り切れると思います」
「しかしじゃな。儂らが魔物との戦闘するのを、光の狩人が見守ることになるのじゃからな・・」
と、ファンゼムが口を開いた。
「ご指摘はごもっともですが、後ろの憂いなく戦えるメリットは大きいと思います。女神の祝福の倒した魔物の権利は光の狩人は放棄します。全て女神の祝福の所有で結構です」
「ハングさん、どうしてそこまでロンさんのために?」
マナツの問いに、
「私たち光の狩人は皆身寄りもなく、ロンさんの孤児院で育ててもらいました。ロンさんのお力になりたいだけです」
ロンが口を挟む、
「ハング、ライオス、グズベルト、エミ、ドグ。その思いはありがたい話だが、あくまでこれはビジネスだ。ビジネスでこれまでも光の狩人に依頼してきた。私のために無理をして命を落とす必要はない。それに私は、あの孤児院で暮らす子供たちから幸せを貰っている。それで十分なのだ」
「ロンさん・・・・」
光の狩人のメンバーがロンを見て言った。
ハングがマナツを見て、
「ロンさんは、危険を冒してまでも、急いでノドガルに戻らなくてもよいと言うのですが。奥さんのチョコさんのお父さんの具合が悪くなり、早くノドガルに帰してあげたいのです」
「ドラゴンも目撃されているとなると・・・そのために命を失う訳にはいかない」
ロンがそう言うと、
「俺たちが未熟なので、ロンさんに辛い選択を・・・」
と、ハングたちが腿の上で握る拳に力が入った。
マナツはじっとそのやり取りを聞いていた。マナツは、女神の祝福のメンバー1人ひとりの眼を見つめた。メンバーはマナツと眼が合うと黙って頷く。
「我々にも勝算がない訳ではありません。光の狩人は我々の指揮に従うということでよろしいですか」
「はい、勿論です。B級のチームの戦い方を学ばせていただきます」
光の狩人のメンバーたちも頷く。
「ロンさん、お引き受けしましょう。ただし、馬車は2台のみ。また、これ以上は危険と判断した場合には、ドリアドに帰ることもあります。それでよろしいですか」
「マナツさん、ありがとうございます。その判断には従います」
ハングが笑みを浮かべた。
「ところでフリーマンさんは、どのような方なのですか」
マナツがロンを見る。
「私は航海士をしています。ノドガルに帰る途中で魔物騒ぎにあって足止めを喰らっておりました。そんな折に親しくしていただいているロンさんに救いの声を掛けていただきました」
シーレライト・フリーマンは答えた。
「それはお困りでしたでしょう。ロンさん、出発はいつをお考えですか」
「できれば、明日の朝にでも」
「分かりました。明日の朝7時に出発します」
翌朝
小雨の中、ロン一家とフリーマン一家を護衛する一団は、ドリアドの街から港街ノドガルに向けて出発した。
馬車の2台を囲むように光の狩人5名が守り、女神の祝福のハフが馬車の先100mを、2台の馬車の前方にはリッキとマナツ、右にテラ、左にデューン、後方にファンゼムとダンがいた。ダンもこの日ばかりは、野草の採集はせずに警戒に当たっていた。
ハフが前から左の麦畑を指さした。マナツは右手をくの字に上げて握り拳を作った。馬車が止まった。娘のローレライ・フリーマンはただならぬ気配を感じ馬車から降りると様子を窺っていた。
マナツはテラに視線を向けると指で合図を送る。マナツとテラは身を屈め小走りでハフに近づいて行く。ハフは身を屈め、麦畑を見つめたままでいる。その視線の先を見ると麦の丈よりも太い大蛇が身を潜めていた。
マナツがハフに指で合図を送った。ハフは雷魔法をその大蛇に撃った。大蛇は一瞬身動きが止まったが、ハフを目がけて突撃して来た。ハフは馬車から遠ざかるように逃げ出した。それを体長20mの大蛇が、地をくねり、麦を倒しながら追う。牛さえも丸呑みをする大食いの大蛇、Bクラスのグラトニーナコンダだった。黄色い瞳に縦長の黒い線、銀色の太い体には焦げ茶の斑点がついていた。
グラトニーナコンダは、赤い舌をチョロチョロと出しながら、麦畑から街道に出てハフを追う。口を大きく開けてハフに襲い掛る瞬間に、テラが宙に現れグラトニーナコンダの首を両断した。グラトニーナコンダは頭を失いながらも体をくねらせていた。
グラトニーナコンダをリッキが持ち上げ血抜きをすると、マナツはアイテムケンテイナーにグラトニーナコンダを入れた。
「この場にグラトニーナコンダを捨てておくと、その肉を求めて魔物が集まって来る」
「その通りやな。それに此奴の革は高値が付く。牙と肉も売れるわい」
ファンゼムは、グラトニーナコンダの血を小雨が洗い流していく様子を見ながら言った。
「これが女神の祝福の狩りか・・・暗黙の内に理解し合っていた」
光の狩人は、女神の祝福の息の合った連携攻撃に感心するばかりだった。
「・・・・」
デューンは、光の狩人のメンバーの話を無言で聞いていた。
Bクラス双頭の鷲ツインホークが上空から奇襲して来た。リッキが盾で足の爪の攻撃を弾き飛ばす。
「デューン、焼き払え」
マナツが指示を出す。
業火が地から舞い上がり、羽ばたくツインホークに迫る。ツインホークは旋回しながら上空へ逃げて行く。ハフの雷魔法が直撃してツインホークは落下してくる。業火が下からこれを呑み込む。炭と化したツインホークが地上に激突して砕け散った。
「ちっ、余計なことを・・・」
デューンがハフを睨んで呟くと、
「デューン、業火の火力が上がったね。凄いわ」
片目を瞑りながら、嬉しそうにハフがデューンに言う。
「ハフ、ナイスアシストだ」
と、リッキがハフとハイタッチをする。ファンゼムが白い歯を見せデューンにサムズアップをした。デューンは視線を地面に落とす。
「デューン、よくやった」
マナツが肩を叩いた。デューンが顔を上げると、マナツが微笑み、その陰にいたダンがあれで良しと頷いていた。デューンは深く息を吐くと、ダンを見た。
「デューン、やるじゃない。でも強さは私には敵わない。可愛さはキュキュには及ばない」
テラの言葉に、デューンはキッと睨みつける。
テラは続けて言う。
「でも、あの火力は女神の祝福で1番ね。その火力を生かすためにハフがアシストしたのよ」
その言葉に、
「そんなことは分かっている」
デューンは、プイと横を向いた。
そんなやり取りをフリーマン父と娘は笑いを噛み殺して見ていた。
麦畑を抜けると、草原の中に街道は延びて行った。左手の奥には鬱蒼とした森が広がり、辺りには小さな丘がいくつもあった。
グギャー、ブロローと動物と魔物が鳴く声がした。
「臨戦態勢!」
マナツの指示が飛んだ。女神の祝福も光の狩人のメンバーも武器を構えて周囲を、上空を警戒する。何種類もの魔物が一団となって左奥の森から飛び出して来た。だが、こちらには眼もくれずに馬車の前方を横切り疾走して行く。何かに追われているようだ。
「ハング、馬車をあの丘の裏側まで移動させろ!」
マナツが丘を指さしながら叫んだ。馬車は丘の裏を目指して疾走した。馬車から娘のローレライ・フリーマンが飛び降り、草原に伏せたまま事態を観察し始めた。
「ローレライ」
と、父のシーレライトが走る馬車から叫ぶが、
「遠くから見学するだけよ」
ローレライが答えた。
鬱蒼とした森から飛び立つ影があった。
「ドラゴン・・・グリーンドラゴンだ」
グリーンドラゴンは馬車を見つけてこちらに向きを変えた。それと同時に、マナツは上空を飛ぶグリーンドラゴンへ重力魔法グラビティを唱えた。グリーンドラゴンは地響きと共に地上に墜落した。
「時計盤陣形に散開」
マナツはドラゴンブレスによる全滅をさけるために、以前対戦したエルフミミクリーの変身したブラックドラゴン戦の時の様にメンバーを散開させた。
グリーンドラゴンは地上に墜落した衝撃から徐々に回復していった。体を起こすと威嚇のために前方に向かって口から炎を撒き散らした。前方にいたリッキは盾でその炎を防いだ。リッキの足元の草は黒く焼け、小雨の中で小さな炎が燻っていた。
「リッキはドラゴンの横から盾を構えて前進。私がリッキの陰から飛び出して斬りかかる。テラはドラゴンの首を落とせ。リッキの前進のためのサポートは、ハフ、デューン、ダン。ファンゼムは後方支援・・・行くぞ!」
マナツの指示を受けると、盾を構えたリッキが走り寄る。その後にマナツが続く。
ハフがグリーンドラゴンの頭へ雷魔法を放った。グリーンドラゴンは大きく首を振った。デューンの業火が地を這い、グリーンドラゴンの脚から頭へと昇って行く。グリーンドラゴンから苦痛の叫びが草原に響いた。業火が頭を覆うとそこにダンの小型火薬筒が投げ込まれた。グリーンドラゴンの耳脇で凄まじい爆音を伴って炸裂した。一段と大きな叫び声が上がった。グリーンドラゴンは、ダメージと共に視力と聴覚、嗅覚、注意力が奪われていた。
走るリッキの後からマナツが飛び出し、グリーンドラゴンの左脚を大剣で払った。大剣が左脚を切断した。耳をつんざくような苦痛の絶叫を上げると、グリーンドラゴンは喉を橙に光らせた。
「ドラゴンブレスが来るぞ」
後方にいたファンゼムが叫んだ。
グリーンドラゴンはマナツを視界に捉えている。突然、宙に現れたテラが、グリーンドラゴンの首に向けて飛願丸を振り上げる。その時、腹にリッキのミスリル製のウォーメイスの会心の一撃が打ち込まれた。グリーンドラゴンは体をくの字に曲げる。テラの目標としている首が下に移動した。
「あ、首に届かない」
テラは、グリーンドラゴンがこのままドラゴンブレスを撃てば、マナツがそれに飲み込まれることを悟った。
「母さんー、逃げてー!」
テラの懸命な叫び声が響く。
業火がアッパーカットの様にグリーンドラゴンの顎を下から突き上げた。グリーンドラゴンの上半身が持ち上がる。宙にいるテラに業火の熱風が伝わってくる。
「届く」
落下していくテラは躊躇わず、飛願丸をグリーンドラゴンの首めがけて振り下ろした。グリーンドラゴンの頭と胴体が分かれた。マナツとリッキは落下して来る頭と崩れ落ちてくる胴体を躱した。
マナツは振り返りデューンを見た。リッキもデューンを見て拳を握っていた。ハフはデューンに笑顔を向ける。ファンゼムはサムズアップしている。
ダンがデューンに言葉を掛ける。
「デューン、仲間の動きを見て連携しましたね。キャプテンの危機を救い、テラの一撃へのアシスト、1石2鳥。良い判断です」
「俺が連携を・・・」
デューンそう言うと、テラはデューンの脇に突然現れ、肩を組んでもたれ掛かってきた。
「ふふっ。見直したわ」
「な、な、馴れ馴れしく肩を組むな」
デューンはテラの腕を払った。
マナツが歩み寄って来て、
「ありがとう。助かったわ」
デューンの眼を見てそう言うと、デューンは視線を下に向けたが、その顔の表情は緩んでいることが、誰の眼からも分かった。
馬車を伴いながら、光の狩人たちが駆け寄ってきた。
「あのグリーンドラゴンを一方的に倒すなんて・・・夢でも見ている様です」
「女神の祝福は、最強のチームですね」
「圧勝に感動しています」
と、口々に言っていた。
「あはは、そう見えたか。儂には紙一重の様に見えたんやがな。一歩間違えれば、ドラゴンブレスを撃たれて、キャプテンは死んでいたわい」
「今回、紙一重を乗り越えられたのは、デューンのお陰だな」
リッキはその大きな掌で、デューンの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「止めてくださいよ。リッキさん」
「これは、喜んでいますね」
ダンが眼鏡を触りながら冷静にデューンを観察して言った。
「本当だわ」
と、ハフが後頭部を撫で始めた。ファンゼムが拳でデューンの胸を小突く。
デューンが破顔して、
「俺、ダンさんのお陰で・・」
と、言いながらダンを見ると、ダンは倒したグリーンドラゴンの前でしゃがみ込んで、
「このドラゴンの心臓は私にくださいね」
と、グリーンドラゴンを指でつついていた。
「・・・ダンさん、貴方って人は自由過ぎる・・・」
デューンがそう呟いた。
マナツは、リッキと顔を見合わせた。
「キャプテン、デューンにとっては大きな一歩だな」
「あぁ、確かな一歩だ」
その時、キュキュッ、キュキュッ、キュイーンと、キュキュが鳴いた。
「おじさんが頑張ったね。キュキュも分かるのねー」
テラは優しい眼をしてキュキュの頭を撫でた。隣ではまだデューンが頭を撫でられていた。
小雨の降る中、戻って来た馬車から降りてきたロンと妻のチョコ、ジレス、パレス、シーレライトもこの光景を微笑ましく見ていた。ローレライは1人眼を輝かせていた。




