表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/125

第5章 それぞれの思い   11 叶わぬ恋って、素敵

 ザーガード王国は、人口100余万の国であった。暴君といわれていたエンペラード王の時代に、圧倒的な武力によって近隣諸国を切り従えていった。従属させられた国の王と為政者はことごとく処刑され、その民は厳しい差別的待遇を受ける準市民か奴隷に落とされ、過酷な生を与えられていた。ザーガード王国が現在の版図にまで拡大すると、エンペラード王はエンペラード皇帝を名乗り、ザーガード帝国と国名を改めた。ザーガード帝国は市民50万に対し、被征服者の準市民40万、奴隷15万となり、帝国を統治するには歪な市民構成となっていた。

 ごく少数の貴族などの特権階級以外は、市民と言えどもその自由と権利は制限され、権力者に搾取されるために僅かな衣食で生存を許されているといえるほどであった。また、密告制度の義務と連帯責任が課せられ、反国家的な思想をもつ者には、その親族を含め、近隣住民ことごとく極刑に科せられた。

エンペラード皇帝は、その即位後わずか3年で崩御した。その後を継いだのが息子である現皇帝のエンペラードⅡ世であった。エンペラードⅡ世は、臆病で猜疑心が強く、前皇帝を上回る悪政をしいていた。厳しい身分制度や奴隷制度などに諌言した実の息子であるガブリエルは、父エンペラードⅡ世に投獄されて3年が過ぎていた。強大な軍事力を有するザーガード帝国は建国から14年が経とうとしていた。

 現在、ザーガード帝国は、大騒ぎにとなっていた。

 ザーガード帝国が双子島に偵察隊を差し向けると、魔族の生贄として捧げたティタタンの民が双子島から失踪していたばかりではなく、双子島には魔族兵の死体が転がっていたのだ。その報告を受けたザーガード帝国の皇帝エンペラードⅡ世は驚愕した。生贄の儀を取り仕切っていた内務長官やその側近は責任を問われて、一族が惨殺された。その数500余名に上った。

 魔大陸と呼ばれるラゴン大陸から魔族の大軍いつ攻めて来てもおかしくない状況に、皇帝エンペラードⅡ世は、双子島に新たな生贄として、今回の責任を取らされた貴族や奴隷100名を送ったが、魔族からの反応はなかった。皇帝エンペラードⅡ世の恐怖と怒りは募るばかりであった。

 皇帝エンペラードⅡ世の暴政から逃れたいと誰もが思ってはいたが、それを抑え込む恐怖の前では沈黙を守り、その日の生を繋ぐことしかできなかった。しかし、その足元では、ザーガード帝国を揺るがす事件が起きようとしていた。


 7月2日 午前11時 ローデン王国ノドガル

 初夏の空はどこまでも深い青い空が広がっている。その空に白く厚い雲が浮いていた。辺りには草原と麦畑が広がり、所々にオリーブ園が点在していた。街道の先には、緑豊かな森が広がっていた。北には、ジロジ山脈の南端にあたる薄紫の山々が静かに佇んでいた。

 今回の旅の目的は、ジム・タナーから依頼を受けた、地質学者カイト・キータをローデン王国タフロンまでの移送及び護衛であった。交易・冒険者チーム女神の祝福は、ノドガルからタフロンまでの中継地点となるドリアドを目指して出発をした。ドリアドは、製造業の盛んな街であり、近年になって新進気鋭の鍛冶職人が集まり、急激な発展を遂げていた。


 馬1頭立ての荷馬車が街道に沿って進んでいる。街道の脇には紫色のキキョウやオレンジのマリーゴールドなどが咲き、橙色の翅に黒いヒョウ柄、翅の隅が黒といった模様のある蝶がひらいらと舞っていた。

荷馬車では、ファンゼムが手綱を握り、隣に地質学者カイトが座っていた。カイトの道具類が多くいため、荷馬車を借りての旅となった。荷馬車の先には、マナツとハフ、右にはテラ、左にリッキ、後ろにダンとデューンが警護していた。食料と水などについては、マナツとテラのアイテムケンテイナーがあるため携帯には不便はなかった。

 薬学者ダンは荷馬車に乗ったカイトの警護というよりも、野草の採集に夢中だった。珍しい野草を見つけては、荷馬車から離れて摘みに行き、それを口に入れて咀嚼しては吐き出しメモを執っていた。そして、その野草を徐に採集していった。

 山猫獣人のハフは手持ち無沙汰に後頭部で両手を組み、焦げ茶と茶色の縞のある尻尾をゆっくりと左右に振りながら、マナツに話しかけた。

 「キャプテン、ローデン王国は初めてだから、慎重に進んでいるけれども、出発から2日目だというのに、街道には強そうな魔物を見かけませんね。上半身が黒、下半身が白のツートンカラーのハーフラビットと空を飛ぶ鳥の魔物しか見かけないわ」

 「よい事だ」

 「でも、どんな魔物が棲んでいるのかは気になりますよね」

 「ひょとして、ハフはヘッドウインド号の見張り台に上がって、周囲を警戒しているのではなく、珍しい魔物を探しているのかい?」

 「あはは、キャプテン嫌だなぁ。勿論警戒ですよ。警戒。でも、初めて出会う魔物には胸がわくわくしますね」

ハフは猫耳を立てたままピクピクと動かし、尻尾をパタパタさせていた。

 「やはりお前は、見張り台で魔物探しだな」

 「イルカやトビウオの群れを見た時と同じですよ。初めて見る魔物や珍しい魔物に出会ってワクワクする気持ちは」

 「魔物は、イルカやトビウオと同じ興味の対象と言っているのだな」

ハフは猫耳を後ろに折りたたみ、尻尾を丸め、

 「・・・さあ、警戒、警戒と。その先の森まで偵察に行ってきまーす」

と、言って駆け出した。マナツはハフの走りさる姿を眺め、

 「ふふ、見事なものだな。どんなに早く走ろうとも、ハフから足音が聞こえたことはない」

 テラは卵を抱えて啐啄の時を、今か今かと待ちわびていた。

 「健康な子が生まれますように・・・マウマウ、どんな子が生まれてくるかな」

 『分からないわ。楽しみね。生まれたら、その子は何を食べるのかしらね』

 「食べ物か・・・うーん、孵化した姿を見て考えましょう」

マナツが左にいるリッキに話しかける。

 「リッキ、楽しみだな。ドリアドの防具」

 

 「あぁ、この革鎧には愛着はあるが、穴だらけになったので買い替えなければならない」

 「鍛冶の街だから、金属製の鎧にするのか」

 「そうしたいが、予算と値段で考えるしかない」

 「それはそうだな」

 牧歌的な景色と鳥のさえずり、女神の祝福は心穏やかな時を過ごしていた。

 ハフが駆けて来るのが見えた。ハフは遠くから叫ぶ。

 「この先の400m、商隊が魔物に襲われています。魔物はCクラスのファングウルフ10匹。馬車2台、女子供数名含む6名、護衛5名」

 「救助に向かうぞ。テラ、デューン一緒に来い。他の者はこの場でカイトの警護だ」

マナツがそう言うと、

 「「「了解」」」

 3人は先にいるハフを追っていった。

 森を駆け抜けると、すぐ前では赤黒い毛をした体長1m半程度の狼の魔物であるファングウルフ9匹が2台の馬車を襲っていた。馬車の脇には、ファングウルフの死体1つが転がっていた。馬車からは泣き叫ぶ子供の声が聞こえる。剣や槍をもつ5人の護衛が2台の馬車の周りを警護していた。護衛の2人は腕を押えている。既に手負いとなっているのであろう。

 ファングウルフはグルルルーと低い唸り声を上げながら護衛との距離を詰めていく。フォングウルフが飛びかかった。護衛の1人がファングウルフに押し倒された。護衛は剣を横にしてファングウルフの開いた口に当て牙を防いでいる。1匹が馬車の帆を鋭い爪で切り裂き、顔を突っ込んだ。馬車の中から複数の悲鳴が聞こえた。

 荷台に首を突っ込んだファングウルフの胴体が両断される。護衛を押し倒しているファングウルフの首が飛ぶ。黒い閃光を放つ飛願丸を手にしたテラがそこに立っていた。

 跳躍したマナツの大剣がファングウルフを両断する。返す剣で2匹目を薙ぎ払う。

 馬車の陰にいたファングウルフにハフの雷魔法が直撃する。ファングウルフはその場に崩れ、その亡骸から白い煙が立ち上っていた。

 まるで胴回り2mの大蛇のような業火が地を這い、馬車を中心とした外円を描く軌道でうねる。デューンが両手を左右に振りながら業火の大蛇を操っている。ファングウルフは炎の大蛇に呑み込まれる。後ろに跳躍して逃げた1匹を業火の大蛇の首が追いかける。宙で業火の大蛇が大口を開けて襲う。ファングウルフは炎に呑み込まれる。

 マナツは、デューンの戦い方をじっと見ていた。そして、ぼそりと呟く。

 「デューンは確かに強い。だが、危うい。デューンの眼には・・・」

 ファングウルフの群れは、一瞬にして7匹を失った。残りの2匹が、マナツに唸り声を上げる。マナツはその殺気に剣先で応える。グルルと唸った後に脱兎のごとく逃げ出した。

 馬車からは鳴き声が聞こえている。テラが乗り込み話をしていた。護衛たちは傷の容態を確認していた。

 護衛の1人が女神の祝福のメンバーを見渡すと、マナツに話しかけた。

 「助力に感謝する。危ないところだった。俺らはE級冒険者チーム光の狩人だ。俺がリーダーのハング」

 「お互い様だ。B級交易・冒険者チーム女神の祝福、リーダーのマナツだ。それより怪我人は大丈夫か」

 「1人はポーションの回復で何とかなりそうだが、もう1人の傷が思ったより深くて困っている」

 「そうか。こちらのチームには回復魔法を使える者がいる。呼んでくる」

 マナツはテラに待機している馬車をここまで進めてくるように伝言を指示した。マナツは森の中へ駆けて行った。

 馬車から小太り茶毛の30歳前後のホモ・サピエンス男性が降りて来た。その後から女性と男女の子供も馬車から降りた。

 「あの、私はこの商隊の主ロン・ラインズです。危ういところをお助けいただき感謝いたします」

 「B級交易・冒険者チーム女神の祝福、リーダーのマナツです。お気になさらずに」

 「B級とは・・・そのような大きな実績のあるチームにご助力をいただいたのは、幸いでした」

ロイが家族に目をやった。光の狩人のハングが、

 「失礼ながら、俺たちもB級チームにご助力いただいたことは幸運だったと思います。ファングウルフの群れを瞬殺した皆さんの卓越した戦闘力には驚愕しております。ですが、それよりも・・・その内の2人が子供だったことに驚いています」

 ハングは馬車の脇に立つデューンに目をやった。

 カイトを乗せた馬車が到着した。ファンゼムの魔法で深手を負った光の狩人のエミの傷が回復した。女神の祝福のメンバーも揃ったことで、互いに自己紹介をした。

 ハングが、

「この先に低い丘がある。そこで昼食を摂ろうとしていたところなのだが、よければ一緒にどうだ」

と提案すると、

 「我々もそろそろ昼食をと考えていたところだ」

と、マナツが頷いた。


 昼食を摂りながら、話ははずんだ。

 商隊の雇い主ロンは、妻のチョコ(28歳)と長男ジレス(10歳)、長女パリス(6歳)を連れて、商談も兼ねドリアドの支店まで家族旅行に向かう途中ということだった。ロンは港町ノドガルに本店のある船会社とドリアドで魔法アイテムや宝石を扱う商人として、手広く商いを行っているという。

 光の狩人は、リーダーのハング(ホモ・サピエンス年齢20歳男性)はドワーフでチームの盾役、ライオス(20歳男性)は剣が巧みな豹獣人、グズベルト(ホモ・サピエンス19男性)はドワーフで斧を使う、エミ(20歳女性)はホモ・サピエンスの魔法使い、ドグ(19歳男性)はホモ・サピエンスで斥候役をしており短剣と弓が得意とのことであった。

 食事を済ませたテラは、ジレスとパリスと一緒に遊んでいた。テラがデューンを呼ぶが、デューンは無視をしていた。

 「ノドガルとドリアドを結ぶ安全な街道でファングウルフの群れに襲われるとは、思いもよらなかった。不覚だった」

ハングがそう言うと、

 「ええ、この街道で強い魔物に出会ったという報告はこれまでありませんでした。私も大事な家族を連れて行くというのに油断していました」

ロンも反省する口調で言った。

 「ファングウルフの群れも何かに怯える様に森から突然街道に現れ、街道を行く我々と鉢合わせして戦闘になったというべきか・・・これは帰り道でも用心しなければいけないな」

ロンは腕組みをしたまま1人呟いていた。

 「しかし、あの2人には、驚きだな。まだ15歳にもならない年齢だよな。俺たちが地元の幼馴染5人で、冒険者チーム光の狩人を結成したのが16歳の時だから・・・それに力量が桁違いだ」

 ハングがテラとデューンを交互に見ながら言った。光の狩人のメンバーも頷く。

 「F級に上がって、冒険者だけでやっと生活が出来る様になってきたと調子に乗っていたからね、あの2人を見ると凹むよ。まあ、流石はB級のメンバーというところね」

と、エミが言った。

 「焦る必要はないわ。私たちも1歩1歩ここまで来たのよ」

ハフがそう言うと。

 「失礼ながら、ハフさんはおいくつですか」

 「20歳」

 「同じ年ではないか・・・その年齢で、B級チームか。よし、俺たちも頑張るぞ」

 マナツとファンゼム、リッキは、この若いチームをにこやかな表情で見ていた。

 ダンは、食事が済むとすぐに丘の上を縦横に歩き、野草の咀嚼と採集に夢中だった。

 テラとジレス、パリスは、遊び疲れたのか、草の絨毯に寝ころんでいた。その近くにデューンが腰を下していた。

 「テラは、僕より少し年上位いなのに、あんな魔物に勝てるなんて凄いなー」

パリスも横に寝ながらうんうんと頷く。

 「私は冒険が好きなのよ。そして家族も」

 「家族は僕も好きだよ」

 「私も」

 「ジレスは商人になるの?」

 「うん、多分そうなる。父さんの跡を継ぐことになる」

 「商人も素敵じゃない。たくさんの人に喜ばれるし」

 「僕は商人になることが夢なのかな・・・」

 すると突然、

 「大事なのは、どう生きていくかだ」

声のした方を見ると、デューンが座ってこちらを見ていた。

 「何よ、偉そうに」

テラがデューンを見て言った。

 「リッキさんの言葉だ」

デューンはそう言うと歩いて離れて行った。デューンは1人離れると手足を伸ばして寝ころんだ。

 「そうかもしれない。商人になってどう生きるかだよね」

ジレスは独り言の様に呟いた。

 テラは、無言のまま青い空に浮かぶ夏の雲を眺めた。

 ドンゴ ドッコ ドンゴ ドッコ ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ

 ドンゴ ドッコ ドンゴ ドッコ ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ

 軽快なリズムが草原に響いた。

 リッキが樽を叩き始めた。ハフがピッコロを奏でる。ファンゼムが透き通る声で歌い出す。ロンとチョコ夫妻、光の狩人のメンバーが輪になって陽気に手拍子をとる。その輪の中でマナツが踊る。

 「止めてくれー」

悲痛な叫びと共に、デューンが走り出す。デューンが輪の中へ跳び込むと軽快なステップで踊り出す。

 「俺を、俺を止めてくれー」

ドンゴ ドッコ ドンゴ ドッコ ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ

デューンの圧巻のパフォーマンスにやんややんやの大喝采である。

 「私たちも踊ろう」

テラはそう言ってパリスとジレスの手を取って走る。3人は輪の中に入り踊り出した。

 「俺たちも負けてはいられない」

そう言って、ハングが輪の中で軽快に踊る。

 「あはははは、いいぞ、ハングー」

 光の狩人から声援と指笛が飛ぶ。

 「ハングに続けー」

 光の狩人のメンバーが飛び出すと、ロン夫妻も踊り出した。輪は無くなり、笑顔の踊り手と演奏者だけとなった。

 ドンゴ ドッコ ドンゴ ドッコ ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ

 大空で囀る鳥の声もリズムに合わせているかのように聞こえた。低い丘から草原に太鼓の音と歓声が響く。

 「俺を止めてくれー」

デューンの心の叫びを遠くに聞きながら、ダンだけは野草を口にいれては咀嚼し、吐き出す。メモを執っては、野草の採集を黙々と繰り返していた。

 一行が出発すると、唇を腫らしたデューンが、馬車の護衛に戻って来た。


 7月6日

 ドリアドの城壁の門を潜った。門から石畳の通りが街の中心へと真っ直ぐに延びていた。通りの左右には西洋風のレンガ造りの建物が並んでいた。街は7月7日のお干支祭の前日祭で大盛況だった。家々から対面の家へロープが張られ、そこにカラフルな三角形の旗が無数に下げられている。赤は太陽、緑は大地、白はカミュー様、黄はローデン王国、橙は麦の実りを象徴していた。

 各家の入口には、赤緑黄橙の四色の縞模様に白い丸が描かれた旗が立ち、ドアの上には麦わらで編んだ飾りを付けていた。

 やがて通りは屋台街へと続いた。屋台からは肉を焼く匂いが漂っている。焼いた鳥肉を売る屋台、焼きホタテの屋台、トルコのドネル・ケバブのように香辛料をまぶした羊の肉を鉄棒で吊るして、遠火で焼いている屋台。別の屋台では太いソーセージも吊るしてあった。どの屋台にも行列ができていた。

 街の中央にある公園には、右手に白い石を持った神々しい男神のモニュメントが設置されていた。その脇のステージからは、陽気な演奏が流れている。公園内は多くの人で賑わい、盛大な祭りであることが窺えた。

 馬車は大きな商店の前に止まった。商店街の中でも立派に見える白い2階建ての建物だった。

 ロン夫妻と子供たちが馬車から降りると、

 「女神の祝福の皆様、ありがとうございました。これが私共のドリアド支店となります。それから宿泊場所が特にお決まりでなかったら、この先の『ロン&チョコ』という宿をご利用ください。後日、改めてお礼に伺いします。明日の7月7日は12年に1度のお干支祭です。是非楽しんでください」

そう言って丁寧に頭を下げた。テラはジレスとパリスに手を振った。ロンは、光の狩人に礼を言うと、紙にサインをしてからハングに手渡していた。

 女神の祝福一行は、ロンに紹介されたロン&チョコという宿屋に来た。3階建てで1階は飲み屋兼食堂で、2階以上が宿泊用の部屋になっていた。ロン&チョコは、手頃な料金で、衛生的な宿屋であった。女神の祝福は、ドリアドで2泊することにした。

 リッキは待ち焦がれていた鎧を手にすべく、防具屋に出かけて行った。

 マナツが、

 「デューン、これから交易ギルドと冒険者ギルドに行って、お前の登録をする。一緒においで」

そう言うとデューンと共に部屋を出て行った。テラも卵を抱え2人の後を追った。


 登録が完了すると、

 「俺が交易ギルドと冒険者ギルド共に個人I級で、俺より弱いテラが個人GとF級とは・・・」

 「個人I級は妥当な評価だわ。ルーキーは、ルーキーらしくしていなさい。チームとしてはB級なのだから、B級チームを名乗れてラッキーね」

 「うるせい。テラ、来年までに抜かしてやるからな」

 「お生憎様、私は来年までに個人B級はいくわ」

 「それなら、俺はA級だ」

 テラとデューンが言い合いをしていると、マナツが、

 「これでデューンは誰もが認める女神の祝福のメンバーね。おめでとうデューン。今夜はお祝いをしなくてはいけないね。それから、登録書に書いた誕生日は明日だったね。明日もお祝いだな」

マナツはデューンの頭を撫でた。 

 「テラ、12歳だからって、お姉さん気取りをしていたが、それも今日までだ。明日からは同い年だからな」

デューンがテラを見てしてやったりという顔をすると、テラは、

 「デューン、お誕生日おめでとう。お姉さんは嬉しいわ」

 「同い年だって言っただろう」

 「あら、そう、残念。私も7月7日、明日が誕生日なのよ。フフッ」

 「・・・来年こそは追い抜いてやる」

 「馬鹿ね、無理よ」

 マナツはテラとデューンの2人を温かい目で眺めていた。

 「デューン、登録書にデューン・レクス・ティタンと名を書いていたね。これからはその名で通すのね」

 「うん、俺の本当の名だから」

 テラがデューンに向かい、

 「ついこの間、皆の前で、フリュートではなく、名はデューン・ティタンと名乗ったけれども・・・ミドルネームもあったのね」

 「うん、6歳の時、死んだ父さんが、俺の本当の名はデューン・レクス・ティタンだって教えてくれたんだ。でも、その名は秘密にしろとて言われていた。だからずっとフリュートで通していた。リッキさんにだけは、俺の本当の名を教えていた」

 「本当の名を隠すためにフリュートと名乗っていたのか」

 「うん。父さんも母さんも、フリュートと名乗れとて言っていたから」

 「母さん、それがどうしたの」

 マナツはデューンの顔を見て、

 「レクスというミドルネームがあることが気になった。ダンなら何か知っているかな」


 その夜、ロン&チョコの1階の酒場兼食堂で、デューンが女神の祝福の正式メンバーとなったお祝いの宴が行われた。

 「おめでとう。デューン」

 「お前もこれで一人前のメンバーじゃ」

 「おめでとう。お姉さんも嬉しいわ」

 「・・・テラめ」

テラの棘のある祝福の言葉にデューンが独り言を言った。

 「これは、皆から新メンバーへの贈り物だ」

マナツはデューンに贈り物を手渡した。

 黒い革のナックルグローブだった。甲は銀色の意匠のついた金属に覆われて、左手の甲の中心には直径3㎝程の平べったい赤い鉱石が嵌め込まれていた。各指の第2関節と第3関節の間にも金属があり、殴打用の武器であった。

 「・・・これを、俺に・・」

 「リッキが、デューンの戦闘訓練をしていて、格闘武器が良いだろうとこれを選んだ」

 「俺との戦闘訓練では、デューンの身体能力が際立っていた。動体視力やフットワークに優れ、カウンターや回避といった格闘センスがある。これらを生かし、敵の懐に入り連打のできる格闘が適正だと考えた。それに、デューンなら拳や足技に炎魔法を付与できるかもしれない」

リッキが言った。

 「リッキさん・・・」

 「ナックルグローブの甲には、好きな鉱石を嵌め込めるようになっている。左手甲についている赤い鉱石はレッドピースだ。宝石と魔道具を扱っているロンさんお勧めの品だ。炎魔法の制御がし易くなる効果があるそうだ。右手は戦い方を見極めてから、必要な付与石を嵌め込むと良い」

 デューンはナックルグローブを手に付けると、動きが止まった。

 「ありがとう・・・俺専用の武器だ」

と立ち上がって左の拳を高く上げた。ナックルグローブに嵌め込まれた石が赤い輝きを放っていた。

 女神の祝福が囲むテーブルの脇に黙って待機していた女性ウエイターが、

 「デューン様、おめでとうございます。グローブがお似合いですよ。こちらは海老と海鮮スープです。温かいうちにお召し上がりください」

と、デューンに微笑むと、特大の朱色の海老が豪華に盛り付けられた海戦スープの鍋をテーブルに置いた。そのスープの見栄えと豪華さにメンバーも大喜びだった。女性ウエイターは、各自にスープをよそうと、その場でナイフとフォークを使って大きな海老を切り分けていった。

 「あの人、とっても綺麗。素敵な女性だな・・・青い宝石の付いた髪飾りもよく似合っているわ」

テラが女性ウエイターの後ろ姿をボーッと眺めていると、

 「穏やかで、配慮もできる女性だったね」

マナツがテラに笑顔で答えた。

 女神の祝福のメンバーは、豪華な食事に舌鼓をうちながら食べに食べた。特に白熊獣人のリッキの食欲は、店の食事が無くなるのではと心配する程であった。

 「リッキ、防具は良い物が見つかったかいな」

と、ファンゼムがリッキに話かけた。

 「ああ、良い物があった。今、俺に合わせて微調整してもらっているところだ」

 「金は足りるんかい」

 「明日、ロンさんの店に行って、俺の宝石などを全て売ってくる」

 「全財産か、まぁ、死を経験した後では、装備の重要性は身にしみてわかるさかい、金に糸目をつけられんな」

 リッキは黙って頷いた。

 夜も更け、客も少なくなり始めた頃、先ほどの女性ウエイターと年配で小太りのウエイターの話す声が聞こえてきた。

 「もう、諦めたほうが良いのではない。貴方ほどの器量良しなら、相手はいくらでもいるでしょうに。いくらでも幸せになれるのよ」

 「私は、あの方のことをお慕いしています」

女性ウエイターは、青い宝石の付いた髪飾りに手を置いた。

 「その人だけど、昔は有名な札付きの暴れ者だったというじゃない。冒険者になってから、少しは世間のルールが分かってきたと言われてはいるけれどさ。しかも、今はタフロンの次期ご領主様お抱えの精鋭部隊にいるって話じゃない。もう、身分が違い過ぎるわ」

 「それは分かっています・・・私が魔物に襲われている所を助けてもらって以来、あの方をお慕いする気持ちは変わりません」

 「結婚は叶わぬ夢なのよ。貴方が捨てられて苦しむ姿は見たくないわ」

 「叶わぬ夢のままでも良いのです。私はこの思いを大事にすることだけで満足です」

そう言うと、視線を床に落とした。

 「全く、言い出したらきかないからね。ミリアは」

 テラは、叶わぬ恋に悩む女性の話に夢中で聞き耳を立てていた。隣の席に座るハフも同様であった。猫耳や尻尾が反応していた。

 「あぁ、儚い・・・障害が大きい程、恋は燃え上がるって言われているわ。叶わぬ恋って、素敵」

微かにハフの唇がそう動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ