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10 休暇

 6月23日 ザーカード帝国南領海洋上

 ドンゴ ドンコ ドンゴ ドンゴ と甲板に小気味よいドラムの音が鳴り出した。白熊獣人のリッキが樽を太鼓にしてリズムを刻んでいる。これに合わせて操舵士のファンゼムが、低く響きの良い声で歌い出した。マストの見張り台の上からハフがピッコロを奏でる。薬学者のダンが角帽のまま踊り出す。マナツもテラも曲に合わせて踊り出す。ヘッドウインド号のダンスタイムだ。ダンが甲板の中央で小気味よいステップをすると、負けじとマナツが華麗なステップで返す。テラが宙返りをする。ヘッドウインド号甲板での日常風景だが、今回は違った。フリュートが踊り出て来たのだ。フリュートは両手を横にと広げると軽快なステップを踏み、片手で倒立、宙返りを見せた。これを見たリッキがニヤリとして、ドラムのテンポアップをする。

 ドンゴ ドッコ ドンゴ ドッコ ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ 

 ドドンゴ ドッコ ドドンゴ ドッコ ドコドコドコドコ ドコドコドコドコ

 フリュートはアップテンポをこれやよしというばかりに、壁に跳ねたり、マストを宙で掴み脚を回転させながら1周したりと、軽業の如く踊る。

 「やりおるわい」

 「ほほー」

 ファンゼムの歌とハフのピッコロも加速する。

 突然、フリュートが懇願の声を上げる。

 「止めてくれー。お願いだー。俺はリズムを聴くと体が勝手に踊り出すんだー」

 「勝手に?」

 「でも、ノリノリじゃない」

あははははと、マナツとテラ、カイトが腹を抱えて笑い転げている。流石、幾度の困難を乗り越えて来たクルーたちだ。フリュートの懇願を受けてもひるまず、ますますアップテンポになる。フリュートの踊りもますます複雑かつ軽快になる。フリュートの踊りは。観る者の魂を高揚させていた。

 「もう、やめてくれー。俺を止めてくれー」

 この日は、暫くの間、甲板に音楽とフリュートの叫び声が響いていた。


 6月24日 ザーカード帝国南領海洋上

 双子島の決戦に勝利した女神の祝福は、フリュートを新たなメンバーに加えてローデン王国を目指していた。今朝、魔大陸と言われているラゴン大陸海域から抜けたこともあり、クルーは、緊張感が緩和され、陽気な笑顔に満ちていた。

 「母さん、フリュートって面白いね」

テラの朱色の髪が風に靡く。テラは心地よい潮風の中、両手で抱えた卵を擦っている。

 「ええ、この女神の祝福のメンバーに早く慣れてほしいわ。それに、普段は無口で斜に構えているところもあるけれど、船上の仕事に課した甲板掃除や炊事など一生懸命に取り組んでいるしね。昨日から手伝わせたヤードとセイルの操作も見よう見まねでやっているし、リッキも気に入ってしっかりと面倒を見ている。しかも、そつなくこなす。何と言ってもダンスが上手。俺を止めてーの叫びもいいわ」

と、微笑むマナツの黒髪も靡いている。

 「ふふ、母さん、フリュートを自分の子供みたいに気に入っているのは良いけれど、少し良く言い過ぎよ。あの子は無口で斜に構えているだけじゃないわ。人を信じようとしないし、気が強くて生意気で、衝動性も高いわ。それに意地っ張り、それから・・」

 「あら、貴方にそっくりじゃない」

 「な、何言っているのよ、母さん」

テラは頬を膨らませて、異議を申し立てる。

 「フリュートには、心の奥深くに大きな不安を抱えているように感じるの」

 「母さん、私もそう思う。時より見みせる不安そうな目つきを見ると、放っておけなくなるのよ。弟だったら、あの生意気さも許せるかもしれない。」

 「あらまぁ、いいじゃない、テラの弟で。弟の面倒は姉さんがみなさいね」

 「えー。やっぱり、あんなに生意気な弟はいらない」

 フリュートは、よく働き、よい仕事をした。ザーガード帝国の奴隷だったこともあるだろうが、絶えず体を動かし働き、何でもそつなくこなし、機転も効いた。表現の仕方にやや難があるものの女神の祝福メンバーには、家族の様に温かく迎えられていた。

 「母さん、卵がカリカリ音をたてている」

 「え、・・・本当だ。卵の中で成長し、外に出る日を待っているようだわ」

 「もう少しだわ・・・どんな子が生まれてくるのかな」

 『テラ、啐啄が必要かもしれないな』

 「マウマウ、啐啄って何?」

 『孵化の時に、卵の中で雛が鳴き、殻を破ろうする。親がそれに合わせて外側から殻を割ることよ』

 「その機会を見逃してはならないわね」


 ダンがファンゼムに話す。

 「ファンゼム、そう言えばフリュートって、凄まじい威力の炎を操っていましたよね」

 「あぁ、儂も驚いたぜよ。炎が生き物の様にくねり、敵を呑み込む業火にはド肝を抜かれたぜよ」

 「ザーガード帝国によって滅ぼされたティタン王国。あれがそのティタンの民の魔力というやつなのですかね」

 「ティタン王国はその昔、ザーガード帝国の謀略によって、滅んだ国と伝え聞いちょるがな。まぁ、魔力については、フリュートが特別ということも考えられるぜよ」

 「女神の祝福のメンバーとなったからには、魔物との戦闘も多くなる。いかに魔法に長けているとはいえ、丸腰では本人も不安でしょう」

 「そうじゃな、とりあえず杖でも剣でもよいので、何か持たせたいな。武器の適性が分かれば、ダンジョンのドロップ品を優先することもできるしな」

 「そうですね」

 船尾には、リッキとカイト、フリュートが立っていた。

 「リッキさんとフリュートは、よく一緒にいますね」

 「・・・まあ、そうだな」

 「・・・別に」

 「リッキさんも物静かな方だし、フリュートも踊っているとき以外は、ほとんど会話をしない。目も合わせようとしない。人を避けているように感じることさえある。それで、会話は続くのですか」

 「俺は、必要な時には話す。無駄口を叩かないだけだ」

リッキがそう言うと、フリュートは、

 「・・・ずけずけ言うな」

 「いやあ、学者の性分かな。でも、一番気になっていることは、フリュート君、君が人を信じようとしないところだ」

 「・・・俺は誰も信じない。人間が最も大事なものは自分自身だ。だから自分可愛さに、俺を生贄にした」

 「私は、それは否定しません。でも、生贄の貴方を救った人たちがいるのも事実です」

 「それは、自分自身が生き延びるためだろう。そのために、俺を利用しただけだ」

 「それも否定しません。仲間と共に生き延びる。例え自分が犠牲になろうと、仲間を生かために自分のできることをする。このメンバーから、そのような行動を感じ取ることはできませんでしたか」

 「・・・・」

 フリュートが口を開いた。

 「リッキさんは本物の戦士だ・・強くて、仲間を思う・・・上手く言えないけれども、俺は見たんだ」

 「俺がか?」

 「あぁ、俺が出会った中で1番強い戦士だった」

フリュートは穴だらけになっているリッキの革鎧をじっと見つめていた。

 「俺より強い戦士はいるぞ。例えば」

リッキがマナツに顎を向けた。

 「俺にもマナツさんが強いのは分かる。別格だ」

 「あっちもだ」

リッキはテラを顎で指した。

 「リッキさん、嘘は止めてくれ。奴がそこそこやるところは見たが、奴がリッキさんより強いはずはない」

 リッキは黙ってフリュートを見た。カイトが口を挟む。

 「私はこの船のクルーは皆強いと思っていますがね。だって、魔族たちを撃退した」

 「ふん、魔族が弱かっただけだ」

フリュートは言い切った。

 「魔族にとても強い奴もいた。敵であっても客観的に評価しろ。それが長生きの秘訣だ」

リッキがそう言うと、フリュートは視線を下に向けた。

 「さあ、景気づけに樽でも叩くとするか」

リッキは腕を回した。

 「止めてー」

 あははははと、隣でカイトが大声で笑った。


 6月25日 ローデン王国領海最南端の洋上

 双子島を出航した後は、魔物キラーフィッシュの群との戦闘があったものの、クルーや船にも損害の出ることはなく、順調な航海であった。船体にはキラーフィッシュの角が1本刺さったままではあったが。

 デューンが慣れた手つきでヤードを操作する。風を上手く捕らえた。

 マナツはそれを見て、

 「風を上手く読む」

と、デューンに感心していた。

 「ザーカード帝国の領海を抜けました。ここからはローデン王国の領海です。あと1日で港街ノドガルに着きます」

角帽を被ったダンがマナツに冷静に報告した。

 「むう、ようやくだな。リッキとテラ、フリュートは、船の物資を点検してくれ。不足分はノドガルで補給する」

 「「了解」」

 「・・・分かった」

 「キャプテンの命令には、了解と答えろ」

フリュートはリッキに頭を小突かれた。

 「・・・了解」


 6月26日午前9時 ローデン王国ノドガル近海

 「港町ノドガルが見えました2時の方角」

ハフが見張り台から叫んだ。

 ノドガルは、ローデン王国南東の港街で、ローデン王国第1の港街であった。船の設計や製造、修理に関する技術は、ローデン王国随一であり、多くの船乗りが最新型の船の購入や改修などに訪れていた。その北東には、ザーガード帝国とオーク蛮国の抑えとして軍事城塞ゼンベがあった。

 「交易・冒険者チーム女神の祝福は、ノドガルに初上陸だな」

 「ワクワクしますね。ローデン王国に行ったことのある人はファンゼムさんだけだし」

 「小麦とハチミツの産地でな。野チゴとレズンとハチミツの入ったベグルが絶品なんや。酒はラーム、ワイインが美味かったなぁ。鍛冶が盛んで、良い剣や鎧も製造されちょるぞい。なんならここでフリュートの武器を揃えても良いかもしれんわ」

ファンゼムとダンが近づくノドガルの街を見てそう話をした。

 「入国審査が終了したらファンゼムは、船をドックで点検及び修理、並びに夕方までの船守役。リッキとテラ、フリュートは船の不足物資及びの買い出しと宿の手配。ハフはカイトさんの護衛、ダンは私と交易ギルドへ行って積荷の銀と美術品、ガラス製品、食器、医薬品などを売却及び5日後に出発するタフロンまでの馬車の手配と食料等の必需品の用意。集合は午後4時に着岸地点だ」

 「「「「「了解」」」」」

 「・・・分かった」

 リッキがフリュートの頭を小突いていた。

 マナツとダンは、交易ギルドで興味深い話を耳にした。航海術や気象学、地理に精通したローデン王国1の凄腕航海士が、この街を拠点としているということだった。できれば会ってその知識と技術をご教授していただこうかと考えたが、今は娘と一緒に首都タフロンへ旅立ったということだった。

 ファンゼムは、ヘッドウインド号のメンテナンスのためにこの街の『ロン&チョコ』という船会社を訪れた。『ロン&チョコ』は、立派な船会社で、船が何艘も停泊できる大型のドックを備えていた。

 ファンゼムが、受付嬢に話しかけようとした時に、船会社『ロン&チョコ』に勤務する船の主任設計士ダッチロイは白髪交じりの頭を掻きながらファンゼムに話しかけてきた。

 「店の表に停泊しているキャラベルは旦那のものかい」

 「うちのチームのものや。メンテナンスを頼もうと思って来たんや」

 「旦那、今ならお買い得品がありますよ」

 「なんじゃいきなり」

 「キャラックですよ。キャラベルよりはやや大きめで積載量も多い。このキャラックは特注で、船体はやや細身。その分、最速と言っても良い。しかも、最新型でその性能は桁違いに優秀です。ノドガルの『ロン&チョコ』の造船の売りは、船主の要望に応える技術と船体の防水加工です。この船は、技術の粋を結集した防水加工で4年間は保証付きです。今なら更に4年後の防水加工のサービス付きです」

 「それは魅力的だが、儂らにはキャラックを操船できる程の人数がいないぜよ」

 「あのキャラベルは何人で操船して来たのですか」

 「7人や」

 「7人・・・たいしたものだ。僅か7人のクルーでキャラベルを操るとは」

 「まあ、そういうことで、キャラベルならともかく、キャラックやとマストの本数も増え、帆の形も違うので7人では操船できんのじゃよ。儂らに販売はあきらめんしゃい」

 「そのキャラックは、3本のマストの内、フォアとメインマストに横帆、ミズンマスト(後方のマスト)に縦帆です。旦那、それがですね。あのキャラックは、魔石を使って帆の上げ下げや向きを変えられるのですよ」

 「なんじゃと、昨年完成した技術やないか。確か魔石に魔力を通すことでセイルやヤードを操れるという最新の技術か」

 「旦那、流石は船乗りだ。その技術と装備でキャラックでも、操舵に1人、セイルとヤード操作に1人の最低2人で操船できる」

 「なんじゃと!」

 「まあ、外洋に出たりすれば交代要員も含めて5人は必要だ。もっとも海賊が乗り込んで来たら終わりですがね。まあ、両舷に大砲が3台ずつ、甲板にも3台ずつありますよ」

 「驚くべき性能じゃな。船乗りなら皆欲しがるじゃろうが、そんな豪華な船を買える奴は滅多におらんがな」

 「そこなのですよ。あるご貴族様が、この装備と豪華な船長室、砲台を10門でこの『ロン&チョコ』に新造船を依頼してきたのですよ。ところが、完成間近で海は飽きたからもういらぬと、代金を支払いもせずに一方的に断ってきたのです。慌てて豪華な船長室を通常のものに改修して、砲台も減らしました。この船は技術の粋を集めた傑作なのですが、買い手がつかず、大特価と言う訳です」

 「ご貴族様には困ったものじゃな。船の価値も職人の魂も分かっちょらん」

 「全くです」

 「ちなみに、その大特価とはいくらなのじゃ」

 「驚くなかれ、大特価の4億ダルです」

 「4億・・・性能からすれば激安やが、儂には到底買えんわ。それより早よヘッドウインド号を運んでくれ」

 「はいはい」

 主任設計士ダッチロイは、ヘッドウインド号は激しい戦闘の痕跡はあるものの、大事に整備された良船だと褒めていた。


 翌朝6月27日

 女神の祝福メンバーは、3日間の休暇。自由行動となった。

 「おい、起きろ、出かけるぞ」

 リッキがベットで寝転んでいるフリュートに言った。

 「だって、今日から3日間は休暇で自由行動だよ。放っておいてくれ」

 「付いて来い」

 「なんだよ、いきなり。今朝は無性にむかついているんだ。ここで寝かせろよ」

 リッキは、フリュートの首根っこを掴んで表に出した。立ちすくむフリュートにリッキは指で合図をすると、リッキの後に付いて歩き出した。

 「ちぇ、これじゃ自由行動じゃない」

ぶつぶつ言いながらリッキの背を見ていた。

 ノドガルの街は、港街らしく活気に満ちていた。漁師だろうか、人混みでも気にせずに大声で話している。港から緩い登りの勾配が続く。その勾配にクリーム色のレンガの壁に橙色の屋根をもった家々が並んでいた。

 街は7月7日のお干支祭の準備期間に入っていた。石畳の通りでは、家々から対面の家へロープが張られ、そこに赤や緑、白、黄、橙などのカラフルな三角形の旗が無数に並んでいる。

 街の大きな公園には、お干支祭のステージを設置している大工職人の姿がある。公園中央には、右手に白い石を持った神々しい男神のモニュメントの設置作業が進められていた。

 フリュートはキョロキョロしながら、カラフルな三角形の旗を指さしたり、立ち止まって男神のモニュメントを眺めたりしていた。

 街の中心部に入ると、大きな街らしく小洒落た服装の男女と行き交う。しかし、フリュートは小洒落た服装には全く興味がないようだった。やがて、石畳の道からはよい匂いが立ち込めてきた。2人は屋台街に入ってきたのだ。

グググッとフリュートの腹の虫が鳴いた。

 「腹が減っているのか」

 「・・・別に」

フリュートは視線を逸らせてそう答えた。

 「俺は腹が減っている。屋台の店で何か食って行こう」

 フリュートの顔がパッと明るくなった、

 「何が食いたい? 好きなものを買って食えばよい。金は昨夜にキャプテンから貰っているだろ」

 「・・・うん」

フリュートは視線を落とし、表情が曇った。リッキとフリュートは、立な並ぶ屋台を眺めながらかなりの距離を歩いた。

 「どうした。食いたいものが見つからないか」

 フリュートは、グググッと鳴る腹を押えながら、

 「美味しそうなものがなかっただけだ」

 「そうか、俺は焼きホタテを食うぞ」

そう言ってリッキは屋台の前に立った。

 「へい、らっしゃい。焼きホタテは、塩味で美味いよー、お客さん2個かい」

 「俺の1個でよい」

リッキは、店の主人から皿にのせた焼きホタテを受け取ると、ガブリと噛みついた。リッキは満面の笑みに変わった。その脇で涎を垂らさんばかりの表情でフリュートは見ていた。

 「どうした、買わんのか」

 店主もフリュートを見つめていた。フリュートは、ポケットに右手を入れ、何かを握りしめたまま手を出した。フリュートの唇が僅かに動いたが、そのまま唇を噛んだ。そして、そのまま動かなくなった。リッキはフリュートの右拳が微かに震えているのを見た。フリュートは、腹を押えながら、

 「・・・ホタテは好きではない」

 「そうか、次はあの店でどうだ」

 店主は残念そうな表情に変わっていた。

 リッキは、2m40cm身長と分厚い筋肉で覆われた白熊獣人だ。その食欲は止まることを知らない。次の店の屋台に身を屈めて顔を中に入れた。店の店主は巨大な白熊獣人にギョッとしたようだったが、流石は商人、

 「いらっしゃい、この焼きサバー(サバ)は美味いよー。どうです旦那」

 「1本くれ」

 串を刺して焼いたサバーを受け取ると、豪快に一口で食べた。満面の笑みを浮かべた。その脇で腹を押えたフリュートは、咀嚼しているリッキの口元から目を離せないでいた。

 「どうだ、お前も買って喰ったらどうだ」

 フリュートは、握りしめた右手を僅かに震わせ、首を横に振った。

 「お、あれはイカ焼きだな、今度はあの店はどうだ」

足を動かさないフリュートの背をポンと押した。フリュートはリッキの後を渋々歩き、次の店の前まで来た。こんなことが続くと、フリュートは辛そうな表情になっていた。

 「この香りは焼いた肉だ。次はその店でどうだ」

 フリュートは、リッキの後を渋々付いて行き、鶏肉を焼く屋台の前に来た。

 「1人前くれ」

 「ありがとうよ」

と店主が皿にのせた塩味の焼き鳥をリッキに渡した。リッキは。あつ、あつと声を出しながら美味しそうに頬張った。

 「どうした。買わぬのか」

 「・・・」

 「その拳を開いてみろ」

 フリュートは震える右の拳をゆっくりと開いた。掌の銀貨8枚がカチカチと音を立てる。リッキはフリュートの掌をそのまま店主に差し出した。

 「これは大金だな。焼き鳥を1人分でいいかな」

 「・・・・・」

 「店主が聞いているぞ。はいだろう」

 「・・・はい」

 「ありがとうよ」

そう言うと、店主はフリュートの掌から銀貨1枚を摘み上げ、代わりに銅貨9枚を置いた。

 「ほい、塩焼き鳥」

 皿にのった塩焼き鳥を手にしたフリュートは、暫く塩焼き鳥を眺め、匂いを深く吸う。右手をそろりそろりと伸ばす。右手が微かに震えていた。目を瞑って鶏肉の1切れを右手で掴み頬張った。フリュートの閉じた目に涙が浮かぶ。

 「うめーー!」

フリュートは目を大きく開き、叫び声を上げた。フリュートは次から次へと頬張った。頬を膨らませながら、

 「はふはふっ、美味い、はふはふっ美味い、美味い」

 フリュートの満足そうに笑う目から涙が滴り落ちていた。その様子を見て店主も驚いる。

 「そんなに美味そうに食べてもらえて嬉しいな。もう1皿追加するか」

 「追加ー」

 「ありがとうよ。サービスで肉を増量しておくよ」

 フリュートは差し出された肉をあっという間に食べ終えた。リッキはフリュートの肩に手をおいた。

フリュートがポツリと話した。

 「・・・俺、自分の買い物は初めてだった・・・上手く言えないけれども、買おうとすると唇と手が震えて・・・」

「そうか、味はどうだった」

「最高ー!」

満面の笑みを浮かべ、右拳で高い位置にあるリッキの熱い胸板を力一杯叩いた。リッキもフリュートの胸を拳で小突いた。ニヤリとして目と目があった。

 「フリュート、好きな物を買い食いして・・・あぁ、あはははは」

 リッキが言い終わらないうちにフリュートは、先ほどの焼きホタテの屋台に向かって駆け出していた。


 埠頭でリッキとフリュートは座って釣りをしていた。2人の竿の先にある浮きは、波でゆっくりと上下している。

 「なあ、リッキさん。俺はこんなに腹一杯まで喰ったのは初めてだよ。腹が押されるように苦しくなって驚いた」

 「そうか」

 リッキは自分の浮きを見ながら言った。 

 「釣りは・・・そう、何かのんびりするねー」

 フリュートは、自分の浮きから視線を逸らさずに言った。

 「そうか」

 フリュートの浮きがツンツンと動く。

 「釣りなんて面白くないと思っていたけれども、ゆっくりする時間って気持ちがボワーッとなって落ち着く。海も空も綺麗に見える。いいもんだなぁー」

 フリュートは、上下する浮きを眺めている。

 「そうか」

 「俺、こんな気持ちは初めてだ」

 フリュートは、自分の浮きからリッキの顔に視線を移した。

 「そうか・・・引いているぞ」

 「おっ」

 フリュートは竿を勢いよく上げた。餌のない針が見えた。フリュートは針を掴むと餌を付け直しながら、リッキに話しかける。

 「今、逃げた魚は、どんな気持ちかな」

 「気持ち?」

 「嬉しいんじゃないかと思うんだ」

 「そうか」

 「自由になれたから」

 フリュートは、竿を振って海面に糸を垂らした。海面から顔を出した浮きを眺める。

 「・・・リッキさん、ありがとう」

 「何がだ」

 「・・・俺、生まれた時から奴隷で・・・いきなり休暇だ、自由行動だと言われても、何をしてよいか分からずに戸惑うだけだった。きっと、不安だったんだ。そんな自分が嫌で、今朝は、お前は奴隷根性が抜けない奴だと、自分で自分を責めていたんだ」

 「そうか」

 リッキがシュと竿を上げる。針が見えた。リッキは無表情で餌を付け直している。

 「プッ、下手くそ」

 「そうか」

 リッキは竿を振る。海面にポチャンと音がした。リッキは、沈んでから浮き上がってきた浮きに視線をやった。波の上で浮きが揺れる。高い空でトビが羽ばたきもせずに旋回していた。

 「どう生きていくかだ。それを己で決められることが自由だ」

 「え・・・」

 フリュートは、リッキの横顔をじっと見ていたが、やがて、視線を浮きに戻した。上下する浮きを見ながら何かを考えているようだった。

 初夏の日差しは、眩しくジリジリと感じた。寄せては返す波が埠頭に当たり、ドボン、チャプン、ドボン、チャプンと音がする。

 「リッキさん、あと2日間の休暇中、そして、これから毎日、俺に戦いの稽古をつけれくれないか」

 「なぜだ」

と、リッキがフリュートへ、ゆっくりと横顔を向けた。フリュートがリッキの眼を真っ直ぐに見て答える。

 「俺もリッキさんみたく強くなりたい。そして、自分の力で生きていきたい」

 「分かった」

 フリュートは、大きく息を吐いて、

 「ふぅー、これでやっと自由になれた気がする」

竿を持ちながら、両手を高く上げて背伸びした。リッキは竿を上げ、糸を手繰りよせた。フリュートも片づけ始めた。

 フリュートは立ち上がり、リッキを見つめた。

 「俺の本当の名は、デューン・レクス・ティタン」

 リッキも立ち上がった。2m40㎝の身長からデューンを見た。

 「・・・リッキ・ホーンだ」

 互いに見つめ合うと、リッキの大きく堅い拳とデューンの拳をカツンと合わせた、

 2人は並んで埠頭を歩いて行った。

 それからの毎日、デューンには、打撲のあざや擦り傷が絶えることは無かった。


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