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第3章 大人への階段   6 真っ赤な口紅と大人になるという意味

 ゲルドリッチ王国首都オーブル港

 オーブル港は、ジパニア大陸のほぼ中央の緯度に位置し、大陸の東岸にあった。

 ヘッドウインド号は、ゆっくりとオーブルへ入港して行った。港には何隻もの海軍の艦艇と漁船、数隻の商船が停泊していた。ゲルドリッチ王国の首都オーブルはこの国最大の港湾都市でもあった。商工業と港を主な輸送路に利用した交易で栄えていた。また、商人の才覚が発揮できる自由な都市であり、一獲千金を目指す商人にとっては、この街に店を構えることがステータスシンボルとなる憧れの都市でもあった。

レンガ色の大きな市場と白い壁に橙色の屋根の家屋が遠くに見える丘の上の城壁まで続いていた。城壁の奥には、港を見下ろすように白い城があった。街はいくつもの商店街があり、多くの人々で賑わい活気に満ちていた。

 女神の祝福のメンバーは交易ギルドに行って、交易ギルドから以前に依頼を受けていた品のダイアモンドと鉄を含む、アジリカ連邦国の特産品のサファイアなどを売った。かなりの利益になった。そして、ゲルドリッチ王国特産の銀と調度品、ガラス製品や食器、美術品、医薬品などを購入した。また、船ドックでヘッドウインド号の修理も依頼した。修理には1週間程の期間を要するということなので、その間は自由行動となった。

 ジムは親交のあった貴族を通して国王に絹織物と絹製の衣服等を献上するつもりだった。

 ジムは、交易ギルドに登録して、この国で絹製品販売の許可を得た。滞在1週間の期間でジム・タナー商会のオーブル支店を立ち上げたのだ。その支店では、ビンセントが忙しそうに店舗開店準備をしていた。てきぱきとした言動から彼の有能さが誰の目からも分かった。


 女神の祝福のメンバーは、名物の海鮮パスタやブイヤベース、ワイインに舌鼓を打っていた。

 「オーブルの海鮮料理は何度来ても絶品だ」

ハフが、焦げ茶と茶色の縞のある尻尾を左右に小気味よく振りながらブイヤベースを味わっていると、リッキも、

 「このボイルした海老も美味い」

 「老後はオーブルでゆっくりと隠居生活を送ることが儂の夢じゃ」

 「この食事を毎日楽しめる人生は最高でしょうね」

ダンの言葉に皆が頷いた。

 昼食の後に、テラは卵を抱きかかえながら、首都オーブルを散策していた。流行の先端をいく服を取り扱った衣料品店や化粧品店が通りのあちらこちらにあった。テラは、通りから店の中の服を眺めていた。真っ赤な口紅を飾っていた化粧品店に立ち寄り、鮮やかな口紅を眺めていた。すると、

 「その赤い口紅は貴方の髪色に似合いそうね」

と、背後から声がした。テラが振り向くと、そこには真っ赤な口紅を付けた14,5歳のテラより少し年長の女子が2人いた。2人とも色鮮やかな衣服を着こなしていた。

 「とても綺麗な口紅だと思って見ていたの」

テラが2人にそう言うと、

 「私はローゼン、こっちはファニーよ。あなたは」

 「私はテラ」

 「テラは、この街では見かけないわね。どこかの街からショッピングに来たのかしら」

 「私は、仕事でこのオーブルに来たばかりなの」

 「貴方、私たちより若いのに仕事なんて大変ね。それにその卵は何?」

 「お母さんと仲間たちと一緒に仕事をしているの。大変なこともあるけれども、楽しみもたくさんあるわ」

テラは卵を肩掛け鞄にそっとしまいながら、そう答えた。

 「自分で稼いでいるということよね。テラはもう大人と同じなのね。ねね、テラ、私のこの赤い口紅を付けてみたらどう。そのネックレスにも合いそうよ」

 「え、でも、香りのする化粧品は付けてはいけないと言われているの」

 「誰がそんなことを言うの、私も貴方ももう大人よ。ひょっとしてまだお母さんに言われたことを守っているの」

 「・・・でも、仲間にも迷惑をかけるから」

 「1度なら大丈夫よ。さあ、テラ、これをつけてみて」

そう言って、テラにローゼンが口紅を塗った。

 「テラ、似合うじゃない。とても綺麗よ」

 「・・・ありがとう」

テラは、ローゼンの差し出した手鏡で、真っ赤な自分の唇を見て心が高鳴った。

 ローゼンとファニーは互いの目を見てニヤリとしていた。

 「これから、私たちはスイーツを食べに行くの。テラも一緒においでよ」

ローゼンはそう言って、口紅をテラの手に握らせた。

 「私たちはもう友達よ。これは友だちのテラへのプレゼント」

 「え、でも・・・」

 「また、お母さん? もう、親離れしなさいよ。さあ、行きましょう」

ローゼンがテラの背中を押した。

 テラは、ローゼンとファニーの2人と甘い菓子を食べながら、化粧品のこと、流行のファッションのことなどについてキャッキャと話した。テラは、2人との会話は刺激的でテラの好奇心を揺さぶっていた。また、少し年上の女性との会話で、自分も大人になったような気がした。


 テラが、夕食のために宿屋に帰ってくると、

 「テラ、その真っ赤な口紅はどうしたの。それに香りがするわ」

 「友だちが付けてくれたの」

 「私たちには、香りのする化粧品はだめよ。あら、その手に持っている口紅はどうしたの」

 「友だちになったローゼンが私にくれたの」

 「テラ、それは綺麗な口紅だけど、ローゼンに返してきなさい。子供同士で物をあげたり、もらったりしてはだめよ」

 「私はもう子供ではないわ。母さんはいつまで私を子ども扱いするの」

 「テラ、それならそのローゼンに会わせてちょうだい」

 「何で母さんに会わせなければならないの」

 「子供の金銭のやり取りや高価なもののやり取りは、テラだけの問題ではなくなるのよ」

 「・・・いや。私はもう子供じゃない。友だちは自分で選ぶ」

 「テラ、それにその香りのする口紅は、私たちにはだめなのよ。そのことは貴方もしっているでしょう」

 「私は何でお化粧も自由にできないのよ」

テラは、走って部屋から飛び出した。

 「テラ、待ちなさい・・・」

 マナツはテラの後を追い部屋を出る。テラはハフの部屋に駆け込んで行った。それを見てマナツは立ち止まって、長い息を吐いた。

 ハフの部屋の中では、

 「テラ、どうしたの、何かあったの」

ハフは、テラの曇った表情を見て尋ねた。

 「・・・母さんと喧嘩したの」

 「子連れ女豹と言われているキャプテンと喧嘩ができるなんて、貴方は相当の強者ね」

ハフが両手を上げて飽きれ顔で言った。ハフはそれでも冴えない表情のテラを見て、じっくり話を聞く必要があると感じた。ハフはマナツをベットに座らせて、自分は椅子に腰かけて話を聞いた。その後は、ハフは愛用している口紅や褐色の肌に合うファンデーションのこと、尻尾は毛がしっとりさらさらになる高価なシャンプーを使用していること、国ごとに異なる流行のファッションなどについて夜が更けるまで熱く話をした。

 深夜に、テラはマナツのいる部屋に戻ると、マナツは既に横になっていた。テラは無言で自分のベットに入り卵を抱きかかえると、マナツに背を向けたまま寝た。マナツはゆっくりと目を開き、出かかった言葉をそのまま飲み込んだ。

 翌日、テラが街をぶらぶらしていると、道の脇の塀にもたれ掛かったローゼンとファニーが、15、6歳の男性3名と話をしているところに出会った。

 「テラ、テラじゃない。どうしたの」

 「・・・なんでもないの」

 「母さんのことね」

 「・・・・」

 「話してごらんなさいよ。友だちなんだから」

 テラがローゼンに経緯を話した。

 「ローゼン、その子は誰だい」

男性が尋ねた。テラのことをローゼンは説明した。

 「ああ、この子があのテラか。もう、大人なんだから、口紅位いどうだっていいじゃないか。親はいつまでも子供扱いだ。テラが正しいよ」

 「そうだ、これから別の口紅を見に行こうよ」

 「・・・でも・・・」

そう誘われて、テラは断り切れずに6人で高級化粧品店に入っていた。

 「テラは店員さんに口紅のことを詳しく教えてもらいなよ。俺たちは店の中で化粧品を見ながら待っているから」

 「私は口紅を買うつもりは・・・」

テラが心配そうに言うと、

 「また、お母さんが気になるの」

ローゼンが言った。

 「別に、母さんなんて・・・」

 テラは言われるがまま店員と口紅について話をしだした。無香の口紅は通常のものより3倍ほどの値段であったが、冒険者の間では人気になっているということだった。テラは綺麗な色の口紅を何種類も並べて見ていた。

 『テラ、右を見て』

マウマウからの思念会話で、テラが右を振り向くと、商品棚の影にいるローゼンたちが目に入った。男性が持っている袋の中に化粧品をいくつも入れている。え、何を・・とテラが思った瞬間に、ローゼンと目が合った。ローゼンは、テラに店員に話しかけるように目配せをした。この時、テラはローゼンたちが窃盗をしていることに気付いた。

 「テラ、似合うじゃない。とても綺麗よ」「私たちはもう友達よ」

というローゼンの言葉が浮かんできた。テラはどうしたらよいか分からず、下を向いた。

 「チッ、使えない子だわ」

 と、ローゼンが呟く声がした。

 「泥棒だ。その子たちを捕まえて」

別の店員が叫んだ。ローゼンとファニー、男性3名が店を飛び出して行った。テラは、通りを逃げ去る5人を目で追っていた。テラはいきなり店員に腕を掴まれた。

 「あの子たちの仲間ね。一緒にきなさい」

険しい目つきで女性の店員にそう言われた。


 化粧品店の奥にある小部屋に店員2名とテラ、マナツがいた。テラは、ローゼンたちが盗みを働いていることに気付いたが、私たちは友だちという言葉が頭を過り、ローゼンたちを止めることも、店員に知らせることもできなかった心の葛藤の全てを正直に話した。マナツは、膝をつき、額を床に擦りつけて店員に謝罪した。テラは、マナツの謝罪する姿を見て、涙が止めどもなく流れては落ちていった。

 店から出て宿に帰る道で、

 「母さんごめんなさい。私は盗みに利用されていることは知らなかったの。そして、盗みをしているローゼンたちに気付いても、見て見ぬ振りをした。その瞬間に、心の中で『お前も共犯だ』と囁く声がして、真っ黒で重たい霧が覆い被さってきたような気がした・・・変わってしまった自分が怖かった」

 「私はテラを信じている・・・店員さんも事情は理解してくれたみたいだし」

 「母さん、ごめんなさい」

 「テラが大人への階段を登り始める年頃だと理解しているつもりだったけれども、私はまだまだね」

 「・・・悪いのは私」

 暫く沈黙が続いた。マナツはテラを見て言う。

 「テラ、もし交易と冒険の今の生活が、テラの望むものと違うなら言ってちょうだい。貴方の人生は貴方が選択して歩んでいくものだから。私に出来ることは、貴方の選択を尊重して、応援するだけ」

マナツは、ずっと憂いていた、胸の内にあったこの言葉を口にした。マナツには、テラとの生活を失うことになるのではないかという不安が重く圧し掛かっていた。場合によっては2人で生き方を変えていくことも必要ではないかと考えていた。

 「母さん・・・ごめんなさい。そんなことまで考えさせて。私は今の生活は好きよ。母さんが好き。船の家族が好き」

 「テラ、ゆっくり考えなさい。これから歩んでいく貴方の人生よ」

 テラは、マナツの愛情の深さと、心に抱く不安や寂しさを感じて涙が出て来た。大人になるという意味を少しだけ感じ取った。マナツはテラの頭にそっと手をやり、胸に抱きかかえた。


 翌日

 午前中にマナツとダン、テラは、商店街で人気商品や特産品の価格などを見て回った。品の売れ行き具合などについても商人から直接話を聞いた。

 午後になると、テラは1人で街をぶらぶらと通りを歩いていた。昨日のことが心に重く圧し掛かっていた。

 「昨日のことだけど、マウマウは何もアドバイスしてくれなかったわよね」

 『私は、テラが生きていきために必要な知識や判断をサポートする神獣よ。テラの様々な経験を妨げることはしない』

 「様々な経験? 昨日の事件は、母さんも傷つけて、私も後悔しているのに」

 『それも経験よ。経験は良いことばかりではないの。マナツの言葉を鬱陶しく感じていたように、仮に私があれこれ言っても同じように感じるだけだったでしょう』

 「・・まあ、そうね」

 『テラ、1つだけアドバイスをしておくわ。テラの特異スキルパーソナルスペースゼロは、視線を合わせたり、会話などしたりすると親密感が高まって、テラが傍にいることで相手に安心感や心地よさを与えることができるのよ。このことは、良くも悪くも人を引き付けてしまうわ。そのことを自覚しなさい』

 テラは黙って考え込んでいた。


 テラが卵を抱えながら、街の繁華街から少し外れた通りを歩いていると、

 「テラじゃない」

 振り向くとローゼンとファニー、昨日の3人の男性がいた。テラはローゼンたちを無視して足早に歩き出した。

 「テラ、待ちなさいよ。友だちでしょう。まさか貴方が逃げ遅れて捕まるなんて思ってもみなかったのよ。まじ謝るからさー」

 「私だけ店員に捕まったことに腹を立てているのではないわ。私は貴方たちの友だちではなかった。それは貴方たちの心が1番分かっているはず。もう、私には関わらないで・・・あ、忘れていたわ。この口紅は返すわ」

テラは毅然としてローゼンに言うと、貰った口紅を手渡した。

 「ちょっと、何気取っているのさ」

ローゼンがテラを睨んだ。ファニーと3人の男も詰め寄ってテラを囲んだ。

 「テラ、昨日は貴方が悪いのよ。貴方が店で怖気づいたから、私たちのことがばれ、貴方も捕まったのよ。度胸もないくせに生意気言わないでよね。それにさ、そのダサい卵を抱えているなんて、まるで雌鶏ね。赤髪がトサカに見えるわ」

 「おい、今後この街を歩く時には気を付けることだな。雌鶏のテラ、お前のことは覚えておくぞ」

1人の男がテラの肩を小突きながら凄んだ。テラは、ふーと息を吐く。

 「貴方たちは白翼の魔女って知っている? 出合ったら命を吸い取られ、船は沈められると海賊たちが恐れている海の魔女のことよ」

 「いきなり何言っているんだ。そんなの知るか」

 「あら、そう。白翼の魔女は、海賊のような悪を許さないのよ。警告するわ、貴方たちは、もう悪さを止めた方がいいわよ。次は白翼の魔女も許さないと思うわ」

 「ふざけたことを言うんじゃねぇ。白翼の魔女だかなんだか知らねえが、そんな迷信は関係がない。それにここは海じゃねえ、俺たちの街だ」 

 「場所は関係ないわ。白翼の魔女に目を付けられたら命はない。どこにでも突然に現れるから・・・例えば・・」

 5人に囲まれていたテラが突然消えた。そして5人の後ろから声がした。

 「白翼の魔女は、こんな風に移動するのよ」

 5人はぎょっとしてテラを見た。その瞬間にはもう後ろの木の枝に腰掛けていた。5人は、うわーと声を出して慌てて逃げ出した。懸命に走って路地に入った。その先にテラは立っていた。

 「白翼の魔女からは、決して逃げられないのよ」

 5人は路地から出ようと慌てて引き返す。路地の出口にはテラが立っていた。5人はテラを見て腰が抜けたようにその場にへたれ込んだ。

 テラは、口元に笑いを浮かべて言う。

 「あら、自分が大人だと言う割には、臆病なのね。ただつるんで威勢よくしているだけなのね。よく聞きなさい、私はこれから貴方たちをずっと見ているわ。次からは、貴方たちの悪さは命と引き換えになるわよ」

 すると、今度は5人の後ろからテラの声がした。振り向いた5人の顔は恐怖で引きつっていた。

 「それからもう一つ、白翼の魔女のことを誰かに話したら」

横から声がした。

 「決して許さないわよ」

テラは上から5人に冷酷な視線を向けた。

 「ひー」

 「ごめんなさい、白翼の魔女のことは誰にも話しません」

 「許してください」

 「俺たちが悪かった」

5人は悲鳴に近い叫び声を上げた。

 「昨日の化粧品店に行って謝罪と弁償をしてきなさい。直ちに」

 5人は駆けだした。5人が高級化粧品店まで来ると、テラは卵を抱きかかえたままその店の入口に立っていた。

 「早くしなさい」

 「ひやー」

 5人は化粧品店に駆け込んで行った。その後、店員たちが5人を奥の小部屋に連れて行った。

 テラは、これで5人が更生するとは思っていなかった。ただ、自分のように心を弄ばれて、傷つき、後悔する人を出したくなかったのだ。心の傷や後悔の念はすぐには消えない。高級化粧品店の入口で腕を組むテラには、昨日の謝罪で見せたマナツの顔と姿が瞼に焼き付いていていた。

 

 テラが宿に戻ると、女神の祝福のメンバーとジムがテーブルを挟んで話し合っていた。

 「ジムさんの頼みであっても、ローデン王国のタフロンまで行けません。他を当たってもらえますか」

マナツがジムを見てそう言った。

 「え」

ダンが立ち上がり叫んだ。

 その場の一同がダンを見る。ダンはその視線に気づき、ゆっくりと腰掛けた。タフロンの涙が・・とダンの唇が動いた。

 ジムは視線をマナツに戻すと、

 「陸路ですとグリュードベル王国やザーガード帝国、そして大陸最大のマイゼク山脈とジロジ山脈を越えなければなりません。魔物も多く危険な上に、険しい山脈越え、場合によっては政治的な問題も出てきます。航路ならザーカード帝国の南岸を越えてローデン王国に辿り着けます。是非お願いします」

 「陸路が極めて困難であり、航路を選択するお考えは分かります。ですが、私たち交易・冒険者チーム女神の祝福はこの近隣諸国を拠点として活動しております。そちらのルートを開拓したこともありませんし、活動地域を変更するつもりはありません」

 「私の方から申し上げにくい事なのですが、航路の場合でも魔大陸と呼ばれている魔族が棲むラゴン大陸を東に見て航海すると聞いています。大変危険な航路であるため、その航路は使われておりません。それにその航路の西にある軍事国家のザーカード帝国は、生贄の儀式をおこなっているなどの黒い噂もあります。ですから、戦闘経験の豊富な女神の祝福を見込んでお願いしたいのです」

ジムとマナツの話し合いの中で間の悪そうにしているテラを見て、ファンゼムが手で椅子を指しながら、

 「テラもそこに座りな。お前も儂らと同じ女神の祝福の一員じゃ。話に参加する権利がある」

 マナツもテラに気付くと、テラに視線を移して頷いた。テラは頷くと空いている席に黙って座った。

 「私にはこのチームのリーダーとして、メンバーの生活と安全を守る義務がある。予定を変更するつもりはない。ファンゼムたちはどう考えている」

マナツの言葉に、

 「儂は、今の三角貿易を中心に進めている交易と冒険に不満はない。じゃが、ジムさんがこれほどまでに頼むには深い理由があると思うんや。それを聞いてからでもよか」

 「俺もそれがいいと思う」

リッキが言った。ダンもハフもテラも頷いた。

 「では、ダンさん、その人をローデン王国のタフロンまで連れて行く理由を聞かせてもらってもよろしいか」

 「よいでしょう。場合によっては利権も絡む可能性もありますので、ここだけの話にしてください。ジロジ山脈には、魔物を寄せ付けない不思議な力をもった赤い鉱石があるとの噂があります。それが誠なら、人々は魔物に怯えずに生活できるようになる。その赤い鉱石を調査しようとしている方を運んでほしいのです」

「魔物を寄せ付けない力を秘めているとなると、民の生活は一変しますね」

ダンが驚いたように言った。

 「その赤石の調査に出かけたいということですか」

マナツが問いかけた。

 「たまたま出合った行商人の持っていた赤石が、魔物を遠ざける力を秘めていたのです。その行商人が言うには、その赤石はジロジ山脈で取れたもので、商人の手から手へと渡り辿り着いて来たということです。ただ、ローデン王国に到着できたとしても、ジロジ山脈の魔物は強力です。それにその山脈の裏側にはオーク蛮国があると聞いています。採掘には困難を極めます」

 「調査と採掘期間までの護衛も我々に望んでいるのですか」

 「いえ、ローデン王国の街、タフロンまでの護衛で結構です」

 「皆はどう思う」

 「キャプテン、民の生活が一変するかもしれない調査のための移送と護衛の航海なら、ローデン王国行も異議はないわ」

 「ああ、異議はない」

 「凄い発見もあるかもしれません」

 「儂も異議はなしじゃ」

 「私も賛成」

 全員のメンバーが賛成をした。

 「ありがとうございます。移送と護衛の費用は通常の5倍の金額で、私が支払います」

 「ジムさんは先行投資ですか」

 「はい、私は商人ですので・・・ただ、この商いは個人的な利益だけではなく、人々に安全安心をもたらす商いになると誇りに思っています」

 「分かりました。引き受けましょう。その人のことを教えてください」

 「はい、地質学者がカイト・キータです」

 「最後にもう1度だけ確認したい。カイトは国外逃亡ではないのですね」

 「勿論違います。鉱石の調査のためです。私の商人としての信用にかけて誓います」

 女神の祝福のメンバーは黙って頷いた。

  こうして女神の祝福は、ローデン王国へ向けて出港することになった。


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