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2章 命の重さ  4 ユック村の偵察任務

 翌日の昼前になると、街の外の野原を駆け回り3人一緒に遊んでいた。

 鬼ごっこをすると、テラは無敵であった。テラの抜群の走力にレミとケンは驚いていたが、そのことが遊びの面白さを半減させるには時間を必要としなかった。そこで、テラが両膝を紐で結んで全力で走れないようにするとテラとケンの走力は拮抗していった。テラは足がもつれて転ぶこともあった。テラもレミも、ケンが楽しめるように配慮していた。

 ケンが転んで泣いていると、レミが駆け寄り、回復魔法で治療した。

 「レミ、凄いわ。貴方、回復魔法が使えるのね」

 「うん、10歳の時からね。魔法適性がある子は10歳で突然授かるから。私は回復魔法だったみたい」

 「回復魔法のできる人は珍しくて、冒険者チームでは、引っ張りだこだって母さんが言っていたわ」

 テラは少し考えてから、

 「ねえ、レミ、冒険者になって、私と一緒に世界中を旅してみない」

 「え・・・・」

レミの表情が変わった。

 「レミ、今とは言わないけれど、私と一緒にどう?」

 「・・・ごめん。私は、お医者さんになって、父さんや母さん、街の人の怪我や病気を治したいの。こないだは漁で骨折した父さんの腕を治したら、とても喜んでくれて嬉しかったわ。それに私は計算と料理が得意で、記憶力が凄いと母さんが褒めてくれたの、だから今は店の会計と調理を私が手伝っているの」

 「医者か。素敵な職業ね。それに会計や料理のお手伝いもしているんだね。一緒に冒険者なんて無理を言ってごめんね」

 「ううん。お父さんも、お母さんも、ケンもこの街に住んでいるから、私もこの街で暮らしたいだけよ」

 テラは笑顔でレミを見つめると、レミは少し曇った表情で下を向いていた。レミにはレミの将来の夢があるのだなと感心していた。

 テラはレミの回復魔法が気になり、鑑定スキルを使ってレミを見た。レミには、生得スキルに回復魔法と防御強化魔法があった。

 「ねえ、レミ、貴方は回復魔法の他に防御強化魔法も使えるでしょう」

 「え、なぜ分かったの。防御強化魔法は、まだ弱くて効果を感じる程ではないから、父さんと母さんしか知らないのに」

 「なぜかそんな気がしたの。でも凄いわ、2属性の魔法を使えるなんて。私も話に聞いたことはあったけれども、出会ったのは初めてよ」

 「早く、鬼ごっこをしようよ」

ケンが焦れて催促してきた。

 「「はい、はい」」

ケンが立ち上がると、遠くの森を指さした。

 「ねね、何かが飛んでいる」

 テラとレミは、指の先にある遠い森を見た。森から飛び出して来た2台の馬車が、大きな鳥のような魔物4匹に追いかけられていた。テラは、アイテムケンテイナーから飛願丸を取り出すと左肩に背負った。

 「レミ、ケン、街に入って空を飛ぶ魔物が来たと門の兵士に伝えて」

 レミとケンは、近づいて来る魔物に恐怖を感じて、動けないでいる。

 「街の中まで走って」

と、テラが二人の背中を叩くと、レミはケンの手を取って駆け出して行った。レミが振り向いて、

 「テラ、貴方は街へ逃げないの」

 「大丈夫。それより2人は街へ。そしてこのことを伝えて」

 テラは、飛願丸を抜刀した。そして、テラは肩掛け鞄に入っているマウマウを撫でで言った。

 「マウマウ、1人で怖いけれども、あの馬車を救わなければならない。渾身支援お願いね」

 『分かっている、テラ、渾身支援は既に発動しているよ。あれはプテラレックス、Bクラスの魔物ね。それから、今のテラでは、時空属性魔法ムーブメントは7回が限界よ』

 「4匹で7回か・・・何とかりそうだわ」

テラの飛願丸を握る手に力が入った。

 後方を走る馬車の荷台の帆に魔物が降り立つ。すると帆は沈み、風で帆が剥がれて魔物を包むように被さった。魔物は帆に包まれたまま荷台から後方へ転がり落ちていく。

 魔物は鋭い後脚の爪を光らせて、後方を疾走する馬車の御者めがけて急降下してきた。テラは御者の脇に立ち、飛願丸でその魔物を切り上げた。魔物は、両脚と首、片翼を両断されて馬車の後方の地面に転がった。魔物は死の翼王プテラレックスだった。体長2m、翼を広げると9mで、縦長の長い頭をもった翼竜のプテラノドンそのものであった。

 御者は、突然自分の脇に現れたテラを見て目を丸くした。

 「止まらないで、このまま街へ」

 「お嬢さん、一体どこから・・」

御者の言葉が終わらないうちに、テラは消えていた。前方の馬車に迫るプテラレックスの背後の宙にテラは現れた。飛願丸で袈裟斬り、プテラレックスの右肩から左脚の根元までを刀身が漆黒の輝きとなって抜けていく。落下し始めたテラが視線を上空に向けると、テラは消えていた。

今度は高度100mを飛んでいたプテラレックスの前方やや上にテラは現れた。プテラレックスの黄色と黒の瞳がテラを見る。目と目が合った瞬間、プテラレックスの顔から胴体までを真っ二つに断ち割っていた。

 落下していくテラに最後の1匹が急降下してくる。プテラレックスの爪がテラを掴んだと思った瞬間に、テラはプテラレックスの背に乗って、その首を撥ねていた。首を失ったプテラレックスはそのまま地上に激突した。

 地上に立つテラは、大きく息を吐いてから、肩で息をし始めた。後方の馬車の御者は、一部始終を目で追っていた。プテラレックスが全て倒されると引き返して来た。御車は馬車から降りて礼を述べる。

 「お嬢さん、ありがとう。助かった。しかし、あの強さは・・・動きが全く見えなかった。いや、空を飛んでいたよな・・・」

その御者はその光景を思い出していくうちに、礼の言葉から幻を見ていたのかと自身を疑うような呟きに変わっていた。

 テラは、飛願丸を左手に持ったまま荒い息を繰り返していた。テラが御者を見た。

 「無事で何よりです。怪我人はいませんか」

そう言いながら、刀身の血を払うと飛願丸を納刀した。

 「ああ、前方の馬車の荷台には人が乗っていたが、この馬車には荷物だけだ・・・休憩中に奴らに襲われて、馬車に飛び乗って逃げてきた。護衛は、皆やられた。気の毒なことをした。俺は、王都アクネの商人ジム・タナー。お嬢さんの名前は」

 「交易・冒険者チーム、女神の祝福のテラ・セーリング」

 「その女神の祝福の名は聞いたことがある。凄腕の子連れ女性がリーダーのチームだと。あっ、テラがその子なのか」

テラが頷く。

 「あの戦いは熟練の剣士のようだった・・・テラは何歳なのだ」

 テラはプンと頬を膨らませて、

 「失礼ね。レディに歳を尋ねるなんて・・」

 「・・・これは失礼した。まだ子供なのにあの剣技を習得しているので驚いたのだ」

 「私は、もう子供ではありません。立派なレディです」

テラは更に膨れ顔になった。

 「いや、これはすまない。許してくれ」

 ジム・タナーは、長身、黒い肌に黒髪、黒瞳で愁眉淡麗、33歳のホモ・サピエンス男性であった。王都アクネで頭角を現してきた宝石商だった。最近、取扱い始めた絹が流行となっていた。

 港湾都市コモキンの街から兵が続々と出て来た。先頭は騎兵で歩兵も続く。総勢50名程度だった。

 「テラ、街でお礼をさせてくれ」

 「礼には及びません」

 「いやそうはいかん。その凄腕の子連れ女性にも頼みたいことがある。会わせてくれ」

 「母さんはマナツ・セーリング。『順風』という宿屋にいます。1週間後には出航します」

 「分かった。感謝する」

 街から出て来た騎兵がこちらにきて、魔物の状況を尋ねてきた。テラは巻き込まれると面倒だと思い、静かにその場を去った。ジム・タナーは、何やら話をしながらプテラレックスの死骸を指さしたり、遠くに見えるテラの後ろ姿を指さしたりしていた。


 港湾都市コモキンの街は大騒ぎとなっていた。プテラレックスの群れが近くの村を絶滅させ、今も馬車を狙い街のすぐ外まで4匹がやって来ている。商店街では店じまいを始めている商店もあった。民家も固く戸を閉じている。街中を兵が行き来して警護に努めている。

 テラはそんな慌ただしい風景を見ながら、レミとケンのことが心配になって、両親が出店している屋台へと向かった。レミはテラの顔を見ると、抱き付いた。

 「よかった。テラ、無事だったのね。よかった、よかったわ」

 レミは声を上げながら泣いていた。ケンもテラとレミに抱き付いて泣き出した。テラは2人に心配をかけてしまったことを申し訳なく思っていた。同時に、心から心配をしてくれる友だちの気持ちが嬉しくて、ありがたくて体が震えていた。恐怖ではなく喜びで震える、こんな経験は初めてだった。

 「テラさん、大丈夫かい、怪我はないかい? 魔物はどうなったの? 心配になって衛兵に事情を説明して来たところなのだよ」

 レミの母親が心配そうに尋ねた。

 「ご心配をおかけしました。幸い私に怪我はありません。馬車を襲った魔物は全て討ち取り、兵士たちが守りを固めていますので、もう大丈夫だと思います」

 「そうかい、怪我もなかったのだね。それはよかった。魔物も全て兵士に討ち取られたのだね」

 「レミもケンちゃんも無事で私も安心しました。私の母さんも心配しているかもしれませんので、宿に戻りますね。レミ、ケンちゃん、また明日ね」

 3人は笑顔で手を振り合っていた。

 『テラ、急いで順風に戻った方がいいわよ。恐らくマナツも仲間もテラを心配している』

 「うん、私が無事だと早く伝えないと」


 「順風」に帰ると大騒ぎになっていた。

 「テラ、無事じゃったか。よかった」

ファンゼムとダンがテラを抱きしめて大きな声を出した。

 「心配かけてごめんなさい。母さんは・・」

 「テラを心配して探しに街の外へ出ている。リッキとハフも一緒だ」

 「プテラレックスなのだけど・・」

 「いいか、テラはこの宿から出てはいかんぞい。腹がすいたならここの1階で喰え。ダンは街の外へ行ってキャプテンたちにテラの無事を伝えてほしい。プテラレックスの件でギルドから冒険者チームへ緊急招集が出たので、儂は、冒険者ギルド行ってくるぞい」

 ファンゼムはそう言うと、2人は宿を出て行った。


 テラは、宿屋の部屋でマナツらを待っていると、部屋の扉が開いた。

 「テラ」

 マナツがテラを抱きしめた。

 「無事でよかった」

 「母さん、心配かけてご免なさい」

 「今回は仕方がなかったみたいだけど、母さんを、仲間をもっと頼りなさい」

 「はい」

テラはマナツの肩越しに部屋のドアを見ると、リッキとハフ、ダンがいた。

 「ご心配おかけしま・・・」

 ドドッと兵士が数名入って来た。その後ろにもジムの顔が見えた。

 「テラ・セーリングだね。話を聞きたい」

兵士の1人がテラに言った。


 兵士たちにプテラレックスを倒した経緯を話した。聞き取りは時間もかかりテラにとっては大変な労力だった。また、ジムからは改めて礼を言われた。

 プテラレックス4匹討伐の褒賞金受け取りと交易ギルドによってプテラレックス4体の買い取りを承認すると、金を受け取りに冒険者ギルドと交易ギルドまで、後日行くことになった。プテラレックスの皮や爪、肉は高級品として売買されていたようだった。

 その夜は、ジムの誘いで夕食会となった。犠牲になった護衛たちへの祈りの後に豪華な料理が並べられた。ジムは今回の件について礼を述べると、善後策のためにと直ぐに宿に戻って行った。また、ジムからの強い要望で謝礼をマナツが代わりに受け取っていた。

 「ファンゼム、冒険者ギルドの緊急の呼び出しに私の代わりに出席してもらってありがとう。ギルドでは何と言っていたのだ」

マナツがファンゼムに尋ねると、

 「プテラレックスの群れの討伐のために、首都アクネから兵が向かっているとの話だが、兵の到着に3日、討伐に3日の計6日間、この港湾都市コモキン防衛警備と哨戒任務に当たってほしいということだ。開始は明日の昼から。勿論謝礼は出る。このチームは哨戒任務となりそうだ」

 「出航が遅れるな。皆はどう思う」

 「冒険者ギルドの依頼であればやるしかないじゃろう」

 「街の人たちの安全も守らないといけないし、襲われたユック村に生存者がいるかもしれない。いえ、必ずいる。その人たちを救わなければならない」

ハフが熱く語った。

 「数日の遅れは仕方がないと思います」

 「街への貢献も大事だと思うわ」

 「分かった。では、女神の祝福は参加することにしよう」

 「儂が聞いたところによると、このコモキンに滞在しているE級以上のチームが対象となる。現在の対象は9チーム、47名が滞在しているそうじゃ。A級が賢者の杖1チーム、B級が女神の祝福の1チーム、C級が大食いの熊と虎の爪の2チーム、後はD級2チーム、E級3チームじゃ」

 マナツがファンゼムを見て言う。

 「A級の賢者の杖が滞在していたのは幸運だったな。国内でもA級チームは数チームしかない。特に賢者の杖は、飛行する魔物には最適なチームだからな」

 「冒険者ギルドマスターもそれを喜んでいたぞい。B級の女神の祝福とC級の大食いの熊が哨戒任務で、後はコモキンの防衛任務だと言っておったわい」

 「哨戒任務は、危険で厳しい任務だがやるしかない」

リッキがそう言うと皆も頷いた。

 「野営の5泊6日か。予備も含めて9日分の食料と水を持参することとする。食後は装備点検を」

マナツがそう言った。

 テラはいつも通りに、ベットの上で卵を抱きかかえたまま深い眠りについた。


 翌朝

 テラは、レミとケンに哨戒任務のために、一緒に遊べなくなったことを告げた。ケンは残念そうであったが、レミはテラのことを心配していた。2人とは7日後の再開を約束した。

 テラはその後に、交易ギルドへ行き、ギルドが買い取ったプテラレックス4体と魔石2個分の代金として1kgの金の延べ板1枚と金貨5枚を貰った。次に冒険者ギルドへ行った。冒険者ギルドでは、テラにプテラレックス4体討伐の褒賞金として金の延べ板1枚が出た。また冒険者ギルド認定の級がHから異例の2級昇級でF級となった。

 宿に帰ってマナツに報告すると、マナツも喜んでいた。

昼からは哨戒任務である。女神の祝福は準備を整えると、昼前に冒険者ギルドを訪れた。

 冒険者ギルドには多くの厳つい冒険者が詰めかけていて騒然としていた。女神の祝福が扉から冒険者ギルドに入ると、一瞬にして静寂に変わった。そして、囁くような声が聞こえてきた。

 「おいおい、噂には聞いていたが、まだ小さな子供だぞ」

 「プテラレックス4匹を倒したのは、本当にあの女の子なのか」

静寂の中で、ひそひそと話す声と驚愕と羨望の射貫く視線を感じる。

 「私たちは、注目されているのかしら」

ハフが焦げ茶と茶色の縞のある尻尾を立てながら、視線に違和感を覚えて言った。

 「いや、よく見るのじゃ。視線はテラに集まっているぞい」

ファンゼムが辺りを見回して答えた。

 「ああ、なるほど、昨日プテラレックス4体をソロで倒しているからな」

リッキがテラを見ながら言った。

 「1日にして街の有名人となったのですね」

ダンが笑顔でテラの肩を叩いた。

 「テラ、緊張するな。プテラレックスはBクラスの魔物だ。その1匹の討伐には、最低でもCかB級の1チームが必要となる。それをテラは1人で4匹も倒したのだ。胸を張れ」

 テラは、居心地悪そうに下を向いたまま、もじもじしていた。

 A級チームの賢者の杖が入って来た。冒険者ギルド内は騒ぎはじめた。

 「あれが賢者の杖のリーダーの弓使いエルフのオール、後ろの巨体がタンク役のサイ獣人のザイ、ホモ・サピエンスの魔法使いバラザ、エルフの魔法使いジャジャ、ホモ・サピエンスの回復魔法使いホウスだ。弓と2人の魔法使いをアタッカーとした、遠隔攻撃に特化したチームだ」

 「弓使いのオールは、魔弓の達人というだけでなく、卓越した戦術眼をもっているというしな」

などと、冒険者たちがひそひそと話していた。

 賢者の杖が歩いて来ると他のチームが自然に道を空けていた。

 「マナツ、また会えて嬉しいよ」

オールがマナツに話しかけた。

 「オール、3年ぶりだ。長寿のエルフにとっては、ついこの間か」

 「お、噂のテラか、大きくなった。ホモ・サピエンスの子供の成長は速い。見違えた」

オールはテラを見て驚いている。

 「こんにちは、オールさん。私が初めて入ったダンジョンでお会いした時以来です」

 「そうだった。あの頃はこんな背丈だった。お、その長い野太刀は業物だな」

 テラが黙って頷く。

 「テラ、私よ、バラザよ。また会えて嬉しい。綺麗な紅髪ね。貴方は美しくなってきたわね。将来が楽しみね」

と、大人の女性の雰囲気をもったバラザが微笑む。

 「はい。ありがとうございます。バラザさんこそとっても綺麗です」

 「フフッ、ありがとう・・・あら、その首に掛けているペンダントはとても素敵だわ。黒翡翠なの? 黒翡翠は魔除けになるといわれているし。貴方の輝く黒い瞳にとてもお似合いよ」

「ありがとうございます。バラザさんのお化粧も大人の感じがして、とても素敵です」

 テラは、気品と美しさを持つバラザに自立した人としての憧れを抱いていた。憧れのバラザに褒められて、顔が赤くなり胸がドキドキと鳴っていた。

 「ありがとう。冒険者にお化粧は禁止なのよ。香りで魔物に気付かれたりするから。でも、この日焼け止めとファンデーション、口紅、マニュキアの4つは無香の物を使っているのよ。やっぱりおしゃれや化粧をすると自分に自信が持てるものよ。気分が上がるわ」

 「自分に自信が・・・」

テラは羨望の目でバラザの肌と唇、爪を眺めた。

 『テラはバラザに会うと心拍数が上がるな。特別な感情を抱いているわね』

 「何よ、いきなり。バラザさんは、これこそ大人という感じの素敵な女性でしょう。私も彼女みたいなレディになりたいの」

 テラはバラザに褒められた紅髪を指先で触れながら、思念会話でマウマウに言った。

 『バラザは魔法使いとしてもかなりのレベルだわ。テラとは少し方向性の異なる魔法使いだけれども、バラザの様な高火力の魔法使いを目指したいの?』

 「魔法使いとしてではなく。バラザさんは理想とする女性なのよ・・・立ち振る舞いとか、強さや優しさとか憧れるわ」

 『そういうものなのね』

 後ろでは白熊獣人のリッキとサイ獣人のザイが互いの胸を拳で叩き、再会の挨拶を交わしていた。

正午に、ギルドマスターが姿を現した。ギルドマスターは、プテラレックスの討伐の意義について語った。そして、本日の朝に、この港湾都市コモキンからユック村救援の軍、兵100名が出発していると言った。副ギルドマスターから防衛と哨戒任務チームが発表された。ファンゼムの言う通り、女神の祝福はプテラレックスの群れで全滅したユック村方面の哨戒任務となった。コモキンの西方面を大食いの熊が哨戒勤務となった。


 女神の祝福は、プテラレックスの群れによって全滅したといわれているユック村に向かっていた。港湾都市コモキンからは歩いて1日の距離である。

 「哨戒任務といっても、偵察任務が主になる。先ずは、プテラレックスの群れの位置と数だ。今も群れが1つのままでいるとは限らない。警戒を怠るな。情報ではユック村は全滅だとされているが、生存者の確認も可能な限り行う」

 「予想通り、危険な任務となるな」

リッキがそう言う。

 「儂らの哨戒任務には、生存者の確認と救出は含まれちょらん。じゃが、見殺しにする訳にはいかにゃぁだろう」

 「救出は当然よ」

ハフが言う。

 「ハフは、子供の頃に魔物に襲われて、全滅したといわれた村の生き残りの1人だからですね」

ダンがそう言う。

 「・・・生き残りは2人だけだった。救助されるまでは、怖くて心細くて・・・だから、私は、生存者のいることを信じている」

 手前に広がる森を見てマナツが言う。

 「ここからは、索敵警戒隊形とする」

 「「「了解」」」

 山猫獣人のハフは、森の中と上空を警戒しながら、先行して森の中の一本道を進んでいく。後続の本隊は中央にリッキ、その後ろにファンゼムとダン、右にマナツ、左にテラと間隔を開いて進んでいた。


 1時間程すると、ハフが森の道脇の茂みから出て来た。

 「この先200mにCクラスのグレーウルフの群れがいる。恐らくユック村救援に向かった兵が倒した魔物の死肉をあさっているのだろう。グレーウルフ数は11頭。そのうち4頭はまだ子供だ」

ハフが報告する。

 「子持ちだと襲ってくるだろうな。遭遇は避けたい」

マナツがそう言うと、ハフが、

 「右への迂回コースを見てきたけれども、Cクラスのムーンベアーのテリトリーの近くを通ることになる。幹への背こすりの跡からして、体長は3m超ってところね」

 「右へ迂回する」

 ハフの後を本隊は間隔を開けずに続いた。暫く進むと、ハフが右手の拳を上げた。後続の本隊は中腰で止まりハフを見る。ハフは2本の指を目元に当てると、その指を2時の方向に向けた。全員の視線が2時の方向に集まる。30mの距離、林の向こうで金色に赤茶の斑点が動いているのが見えた。体長20mのハングリービックスネークだった。よく見るとハングリービックスネークはムーンベアーに巻き付いていた。既にムーンベアーに抗う力はなく、その頭はハングリービックスネークの口の中にあった。

 「ハングリービックスネークはAクラスの魔物だ。奴がこんな街の近くにいるはずはないが、プテラレックスの群れが移動して来たので、追われるようにここに来たのか。そうなるとこの森は既にAクラスの魔物が潜む危険エリアとなっているな」

マナツがそう小声で呟くと、ファンゼムとダンはゴクリと唾を飲んだ。マナツがハフに目で合図を送る。ハフはハングリービックスネークを避けるようにして前進し始めた。


 翌日の午前9時に、女神の祝福は草原にあるユック村が一望できる森の端に到着した。ユック村までは距離200mといったところだ。そこにはユック村救援の軍も待機していた。マナツは、救援軍に合流して情報の共有を求めた。隊長ベックの話では、ユック村の生存者の確認のため、昨夜未明に斥候に出た部隊の帰還を待っているところだという。軍が確認できているプテラレックスは23匹だった。

 ユック村に爆炎が上がった。その空に何匹もの翼竜プテラノドンに似たプテラレックスが飛び立つ。

 「見つかったか。斥候が戦闘状態になったな。全軍臨戦態勢」

ベックが兵に命令した。

 ユック村から兵士が5、6名走り出てくる。その後をプテラレックスが上空から追って来る。

 「斥候隊の救出に向かう。前進」

 待機していた兵およそ90名が森から飛び出して行く。ユック村から追ってくるプテラレックス5、6匹が斥候隊に迫る。救援に向かっている隊から炎魔法炎弾が撃たれた。プテラレックス数匹に着弾した。地上に落下した1匹は炎弾の集中砲火にあって絶命した。プテラレックスはこちらの隊に気付くとユック村へ引き返して行った。

 斥候隊の救出に成功すると、部隊はそのまま森の端まで後退した。斥候隊の報告では、プテラレックスは27匹。村の家屋の殆どが倒壊していた。屋根や窓の破られていない家屋が3棟残っていたという。そのうちの1棟には、バリケードで内側から塞がれた窓に「助けて」という文字が書かれていたと、村の地図を指しながら報告された。明日の夕方には首都アクネから討伐軍が到着する。それを待っての救出作戦を実行するという結論に達した。

 「キャプテン、生き残っている人たちは、明日の夕方まではもたないかもしれません。私がそうであったように、救助されるまでは、怖くて心細い違いありません。せめて、我々が必ず救助すると伝えられないでしょうか」

ハフがマナツに懇願した。

 「ハフ、お前の気持ちは分かる。私もできるものならそうしたい。しかし、リスクが大き過ぎる。それに今も生存しているとは限らない」

 「きっと恐怖の中で助けを待っているに違いありません。せめて助けに来ていることを伝えられないでしょうか」

 「私はキャプテンとして、この女神の祝福のメンバーを危険に晒すことはできない」

 「・・・」

 「ハフ、儂もキャプテンの判断には賛成じゃ。メンバーにもしものことがあった場合には取り返しがつかないやろ」

 ファンゼムが悲しい表情をしながら言った。

 「私なら、その3つの家屋の傍で叫び、戻って来ることができると思います」

テラが言った。

 「テラ、過信は危険だ。お前の能力ならそれは可能かもしれないが、27匹のプテラレックスの巣に入って行くのだぞ。危険が大き過ぎて許可はできん」

 「母さん・・・」

 『マナツの意見に賛成だわ。今のテラには、時空属性魔法ムーブメントは7回が限界よ。村の地図を見ると3か所で声をかけて安全な場所に戻ってくるとなると、最低でも6回必要となるわ。思わぬアクシデントに見舞われれば、7回を使い切りプテラレックスの群れの中で孤立することも考えられるわ。そうなれば貴方の救出のために多くの命が犠牲になるわ』

 智佐神獣白の神書のマウマウが思念会話でテラにそう言った

 「・・・」

テラは言葉を飲み込んだ。

 マナツは、港湾都市コモキンへの報告に向かう兵士たちに冒険者ギルドへの報告文もお願いした。


 翌日の夕方に首都アクネからプテラレックス討伐軍が到着した。兵250名であった。生存者のいる可能性が高いことを前提に討伐作戦が展開された。生存者の捜索と救出はコモキン兵の半数の50名が受け持つことになった。女神の祝福は後方支援として、兵20名と共に森の端で救出者の保護と安全確保にあたることになった。

 兵士たちが突入すると、ユック村からはグギャーというけたたましい叫び声と共にプテラレックスが上空に舞い上がった。兵たちの炎弾や矢がプテラレックスめがけて飛んで行く。 

「いよいよ。始まったな」

森の影からマナツが呟く。

 兵士十数名が、数人の村人を護衛しながらユック村から出て来た。プテラレックス4匹がそれを上空から追ってくる。

 「生存者がいたんだ。プテラレックスに狙われている」

ハフが叫んだ。

 『テラ、生存者には幼い子供がいる。急がないと危ないわ』

 「分かったわ」

 女神の祝福は村人の保護に走り出していた。兵士が、救出された村人を守りながら森の端まで懸命に走って来る。しかし、村人には幼い子供も含まれており、思うように逃げられない。護衛の数名の兵士たちがその場に留まり、懸命に防戦している。プテラレックスが幼い子供めがけて急降下で狙ってくる。幼い子供とその母親の悲鳴が夕焼けの草原に響く。親子とプテラレックスの間にテラが突然現れ、飛願丸で切り上げた。プテラレックスの右わき腹から左の翼付け根に黒い閃光が走った。胴体が空中で二つに分かれた。次の瞬間には別のプテラレックスの背後にテラは浮いていた。上段から飛願丸を振り下ろした。プテラレックスの首と左の翼が両断されて落ちていく。テラは親子の背後に立ち、森までの道を誘導する。

森から掛けて来たマナツらとすれ違った。

 「テラ、村人の避難を優先しろ。私たちもすぐに戻る」

と、マナツが叫ぶ。鋭い爪を向けて降下してくるプテラレックスをリッキの盾が受け止めると、プテラレックスの腹をマナツの大剣が切り裂いた。どうやら村人を救出した兵士たちも残りのプテラレックス1匹を倒したようだ。兵士たちはユック村へ駆け戻って行った。

 森の端に辿り着くと、

 「よく頑張った。もう大丈夫です」

ハフが涙を浮かべて声をかけていた。救出されたのは親子4人だった。父母に5歳の男の子と3歳の男の子だった。親子は無事を喜び抱き合っていた。救出された男性が負った背中の傷に、ファンゼムが回復魔法を唱えていた。ダンは親子に水と食料を渡した。子供たちは、水をゴクゴクと音を立てて飲んでいた。

 昼過ぎに、プテラレックス4匹が西の空に逃げて去って行った。残りは全て討伐した。救出者は先ほどの家族4名と老夫婦2名の6名だった。救出された6名は、兵士に何度も礼を述べていた。

カップに入った水を飲んでいたお年寄りの女性が、

 「若い人たちが亡くなり、先の短い私たちが生き残るなんて申し訳ない」

涙ながらにそう言うと、夫の男性が無言で妻の肩を抱き寄せていた。ファンゼムはこの老夫婦を静かに見ていた。

 兵が護衛して港湾都市コモキンに向かうことになった。女神の祝福もコモキンの冒険者ギルドに帰り報告をすることにした。

 「生存者の6名を救出することができてよかったが、亡くなった村人のことを考えると胸が痛むな」

リッキがそう言うと、

 「ああ。この世界で生き抜くことは過酷だ」

マナツがそう言うと、ファンゼムが、

 「命の重さに老若は関係なかぁ。皆この瞬間を生きているだけじゃ。儂も今をしっかり生きて行かねばならん」

と呟くと、女神の祝福メンバーは無言で頷くだけだった。


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