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3 刀と花飾り

 真上には深い青の空、水平線に近づくにしたがって淡い色となりマリンブルーの海へと続いている。

 今回のエジロッタダンジョンと遺跡の調査を終了した交易・冒険者チーム女神の祝福は、キャラベル船「ヘッドウインド号」でアジリカ連邦国の港湾都市コモキンに向かっていた。2本のマストに張ったラティーン・セイル(三角帆)が順風を受けて膨らみ、メインマストには、赤布に2つの白い翼、その中央に白の輪の意匠のチーム旗が靡いていた。ヘッドウインド号は、マリンブルーと銀に煌めく波を裂き、白波を生んで航行していた。

 「よい天気だし、潮風は気持ちいいなー」

甲板で両手を広げ深く息を吸いながらテラは呟いた。

 「マウマウ、あそこにカモメの群れがいる。魚群がいるのかな」

 『テラ、陸が近いということだろう。海上にあれだけの数のカモメだ。鯨やイルカ、海の魔物も魚を追いかけているかもしれないな』

 テラは肩掛け鞄から卵を取り出して、

 「貴方は、カモメさんの卵かな」

と、話しかけた。

 メインマストの見張り台からハフが尻尾を立て、海上を指さして叫ぶ。

 「1時の方向、距離200、シーサーペントだ。魚群に群がる捕食者を追ってシーサーペントがいるぞ」

 女神の祝福のクルーの視線が1時の方向に集まる。海面から上がる白い飛沫の中から、ダークブルーの蛇のようにくねる体が見えた。テラは卵を鞄に慌ててしまった。

 「取舵いっぱーい」

マナツが叫ぶ。

 「取舵いっぱーい」

ファンゼムは復唱しながら、舵輪を回転させた。

 キャラベル船は操作性に優れているため、ヘッドウインド号は左に曲がり揺れ始める。テラは甲板のロープを引き、セイル操作を手伝いながら、右舷のシーサーペントを注視している。

 「11時、距離100、別のシーサーペントだ」

 「面舵いっぱーい」

 「面舵いっぱーい」

ファンゼムは転舵した。左に向かって遠心力がかかった。

 「総員戦闘態勢。リッキは左舷後方、私は左舷前方、ダンは左舷カルヴァリン砲チェーンショット、ハフは見張り台から周囲の状況報告と雷魔法、テラは遊軍。シーサーペントはSクラスの魔物だ。逃げきれん。覚悟を決めろ。総力戦だ」

 メンバーが揺れる甲板を走り配置についた。テラはチェーンショットの手伝いをしている。

 「9時、距離35」

 シーサーペントは長い胴体の一部を海面から出しては消え、消えては出してを繰り返しながら迫って来る。

 「ダン、砲撃準備はできたか」

 「キャプテン、あと5秒・・・準備完了、照準よし」

 「撃てー」

 カルヴァリン砲が轟音と共に火を噴いた。鎖で繋がれた2つの砲弾が距離25mの近距離まで迫ったシーサーペントめがけて飛ぶ。砲弾は運動エネルギーによる破壊であって、火薬で炸裂はしない。シーサーペントに2つの砲弾を繋いだ鎖が巻き付き胴体を切断もしくは砲弾の重さで動きを鈍くするためのものである。

 砲弾の飛沫が高く上がる。海面すれすれを泳ぐシーサーペントは、グガァァーという叫び声を残して、海中に姿を消した。

 「チェーンショット次弾装填。ハフ、シーサーペントが姿を現したら雷魔法を撃て」

ダンとテラがカルヴァリン砲の煤をとり装填作業にかかる。

 ハフはマストの見張り台から周囲の異変を察知しようと視野を広げる。リッキはウォーメイスと盾を持つ手に力が入る。

 「ファンゼム、進路11時」

マナツが指示を出す。

 「海中に巨大な影8時、距離10」

ハフが叫んだ。

 ザバーッと白い水を撒き散らしながら、左舷にシーサーペントが顔を出した。龍のように全身をダークブルーの鱗が包み、顔は海蛇のような流線型をし、サメの(ひれ)に似た前足がついていた。首には鎖が巻き付き、その先に鉄球2つがぶら下がっていた。シーサーペントは頭から海水を滴らせながら大きな口を開いて威嚇した。鋭い牙が水滴で光っていた。

 ハフの雷魔法雷撃がシーサーペントの頭上に直撃する。カルヴァリン砲チェーンショットが近距離で火を噴いた。鎖に繋がれた2つの砲弾が回転しながらシーサーペントの首に巻き付いた。シーサーペントはそのまま砲弾の勢いで後ろ向きに倒れて大波を生んで海中へと沈んでいった。大波で揺れる甲板では、戦闘態勢が続く。緊張を静寂が続く中を船は進む。

 『テラ、あの程度ではシーサーペントを倒せないぞ。必ずまた襲ってくる。用心しろ』

マウマウが思念会話でテラに言う。

 ギギギと、船底に何かが擦れる不気味な音がした。

 「右舷だ。右舷から来るぞ」

マナツが叫んだ。

 突然、右舷の海面からシーサーペントがシャーと声をだし、顔を持ち上げた。鎖に繋がれた鉄球がシーサーペントから海中に落ちていった。船が波で揺れる。揺れる見張り台の上でハフはバランスを崩し、手すりを持った。マナツとリッキが右舷に走る。テラは斬魔刀飛願丸の刀身を2本の指で挟みながら抜いた。

 シーサーペントは持ち上げた頭を甲板に衝突させた。シーサーペントの衝突により甲板にヒビが入る。ヘッドウインド号は大きく揺れ、クルーたちはバランスを崩して近くの網やロープにしがみ付く。

 シーサーペントは首を高く上げて甲板めがけて振り下ろしてきた。シーサーペントの顔の脇に宙に浮くテラが現れた。テラの振り下ろした飛願丸の1.4mの刀身がシーサーペントの頭部から顎にかけて両断した。顔の前面を失ったシーサーペントはそのまま甲板に落下して来る。

 テラは既に甲板でシーサーペントを待ちかまえて飛願丸を振り上げた。落下するシーサーペントの首と胴が離れた。ドサッ、ドサッと切られた肉片が甲板に落下する。船が大きく傾き揺れた。ハフが見張り台から海面に落下した。

 「船を停止させろ。ハフが海面に落ちた」

マナツが叫ぶ。

 マナツとダンは三角帆を下す。リッキが碇を投げ込んだ。船は強い衝撃とともに碇の中心に円を描いて止まった。テラが浮輪をハフに投げた。頭を失って海面でくねるシーサーペントの脇でハフは浮き輪を掴んだ。

 「怪我はないか」

 「助かったわ」

皆も安心した様子だった。

 「船の甲板は、造船所で修理せんといかんな」

ファンゼムが言うと、

 「ああ、派手にやられたな・・」

マナツがヒビの入った甲板を見ながら言った。

 リッキが、

 「テラ、助かったぞ。最後にシーサーペントの体当たりをまともに喰らっていたら、船が大破していた。場合によっては沈没もありえた」

 「全くじゃ。テラの魔法ムーブメントのお陰じゃな」

 「シーサーペントの頭の脇の空中にテラが現れた時は、流石に驚きましたよ。かなりの高さでしたよ」

ダンがそう言うと、

 「私は夢中でした。家族と家を守らなくちゃって・・・」

 「テラ、10歳の時に突然授かった魔法のお陰だな。今回は甲板が大揺れで動けるのはテラしかいなかったからな。助かったよ」

マナツがテラの肩を叩きながら言った。

 テラは肩掛け鞄から卵を取り出した。無事であることを確認すると笑顔になった。

 「ヘッドウインド号の修理には時間とかなりの費用が掛かりそうじゃわい。頭が痛かぁ」

ファンゼムが嘆いていると、ダンが指さした。

 「それならあれですよ。シーサーペントの肉や鰭、鱗、皮、骨、眼球などは、高級食材や医薬品、防具の素材など多方面で活用できます。シーサーペントはS級の魔物なので、市場には滅多に出回らないですから、超高値で取引できますよ。それにこの見たこともない特大の魔石、これだけで一財産ですね」

 「そうだった。ダンでかしたぞ。甲板にある頭とあのシーサーペントを引き上げよう」

マナツも笑顔になった。

 「ハフ、悪いがのう。もう一度、海に入ってシーサーペントの胴にロープを通してきてくれんか」

 ファンゼムがそう言うと、ハフは遥か遠くを飛ぶカモメの群れを見て、

 「えー、あそこにいるシーサーペントや他の魔物が来たら絶対になんとかしてよね」

ハフは尻尾を丸めながら言った。

 「すぐに引き上げられるように、最初からハフの腰にロープをつけて、その端を俺が握っているよ」

力自慢のリッキがそう言うと渋々納得して、海に飛び込んだ。

 シーサーペントは引き上げられて、マナツのアイテムケンテイナーにしまわれていった。


 アジリカ連邦国港湾都市コモキン

 アジリカ連邦国は、5年前に富国政策を打ち出した。国内の工業や商業、貿易に力を入れて、国力を高め、民の生活を豊かにし、競争力を高めていくというものだった。その施策の1つとして、冒険者の待遇改善をし、冒険者を各国から集め、若い世代の冒険者を育成することによって、交易や冒険の振興を図っていくというものがあった。

 コモキンの港のドックが空いていたのでヘッドウインド号の修理を依頼した。幸いにも甲板の一部の張替と防水加工のみで済むということだったので、1週間後に受け渡しができるとのことだった。

 港湾都市コモキンは港には市場や屋台が並んでいるが、街中に入ると宝飾品店や服飾の専門店なども立ち並んでいた。テラは立ち止まって店先に飾られたマネキン人形に着せられた真っ赤なミニスカートやシックなスーツを見ながら、

 「素敵な服だわ。あんな服を着てみたいな・・」

と、目を輝かせて見つめていると、ハットを被り、洗練された服装の貴婦人が店に入って行った。店の中では店員が揉み手をしながら貴婦人を迎える。そんな風景をぼーっと眺めていた。

 「テラ、何している。いくぞ」

マナツの呼ぶ声がして、我に返るとテラはマナツらの後を追った。

 コモキンの交易ギルトに行ってエジックス王国で購入した物品やエジロッタダンジョンのドロップ品、採集した素材、シーサーペント等を売ることにした。

 女神の祝福のメンバーを伴って、マナツがカウンターに行くと、馴染みのミミと言う名前のカウンターの女性が、

 「マナツさん、物品の販売ですか」

 「ああ、今回もお願いしたい」

 ミミは奥の扉を開けて入って行った。

 交易ギルドも冒険者ギルドもジパニア大陸の国々共通の組織であった。ギルドの依頼達成実績と貢献度によってギルドが級を認定し、個人とチームにそれぞれ公認の級あった。最上級がSであり、A,B,C,D,E,F,G,H,Iと10段階の級であった。マナツは交易ギルト個人B級、冒険者ギルド個人A級で、女神の祝福はチームとして交易ギルドB級、冒険者ギルドB級と認定されていた。ちなみにテラは、個人GとH級であった。

 扉の隙間から男が顔をだし、手招きした。この男はガランカという中年のホモ・サピエンスで、交易ギルトの鑑定士だった。マナツらは奥の部屋に入ると椅子に腰かけた。女神の祝福のメンバーも椅子に腰かけた。テラは鞄から卵を出して両手で擦っていた。

 「私は先週からこのギルドに異動してきたガランカと申します。貴方たちは交易B級の女神の祝福ですね。いつも取引をしているポロン鑑定士長は席を外していますので、代わりに私が買い取りさせていただきます。それで、今回は何をお持ちですか」

 「他国との貿易品とダンジョン産の物品、シーサーペントを売りたい」

 「ほほ、Sクラスのシーサーペントとは、希少で高価な品ですね」

 「シーサーペントは丸ごと1匹なので場所を改めてから、他の品からお見せしますよ」

 「シーサーペントは丸ごと1匹ですって・・・倒したのですか」

 マナツが黙って頷く。

 「それは剛毅なチームですな。牙、骨、皮、肉、内臓、魔石など、お宝の山だ・・・まずは、他の品から拝見させていただきましょう」

 エジックス王国産の金にエメラルド2粒と大粒のルビー1粒の飾りのある腕輪2品と、翡翠の首飾り5品、真珠の大20、中40粒、特大の魔石2個と魔石数個、封魔石の大塊2個、封魔石の塊数個、滋養強壮薬30キロ、絨毯20枚、米400キロなどをアイテムケンテイナーから取り出し、机上に次々と並べていった。ガランカはその品を手に取って、ルーペで観察したり、擦ったりした後で、その品の上に値段を記入した小さな羊皮紙を置いていく。

 マナツは鑑定スキルの結果と照合しながら値段を確かめていく。テラも鑑定スキルを持っていたため、今後の参考にしたいと密かに鑑定しながら黙って二人のやり取りを見ていた。

 「金とエメラルドとルビーの腕輪の値段は、これでは話にならんな。これは純金製だ。宝石も質が良いはずだ」

マナツがそう言うと、

 「私の見るところでは、この金には不純物が多いように見えます」

 「この橙かかった輝きだ。試金石を使って調べてくれてもよい。この評価額では、純金の腕輪は他の店か国で売ることにする」

 「では、これ位でいかがですか」

 羊皮紙の値段を上書きしていく。マナツはその値段を一瞥しただけで金の腕輪はしまった。

 「いやいや、金の腕輪をもう一度見せてください。勉強させていただきます」

 マナツは、ガランカの言葉を聞き流し、滋養強壮薬30キロ、絨毯20枚、米400キロを残して、他の品はアイテムケンテイナーに入れた。

 「こちらにも評価はあります。私は幾多の国と街、ギルドと商売をしています。売る先は他にあります。互いに信頼できない方とは商売はできません。机上にあるものだけの取引とします」

マナツの辛辣な言葉にガランカは額の汗をハンカチで拭いながら、

 「ダンジョン産の品とシーサーペントもですか?」

 「机上のものだけです」

 ガランカは椅子から腰を上げて何を言おうとしたが、マナツの鋭い眼をみて力が抜けたように椅子に腰かけるとうな垂れた。

 ノックの音が聞こえた。ポロン鑑定士長がにこやかな顔をして入って来た。

 「マナツさん、こんにちは。おや、どうなさいましたか」

 詳しく事情を聴くと

 「私とのよしみに免じて、金の腕輪を改めて拝見させてはいただけないものでしょうか」

 マナツはポロンの眼をじっと見つめた後に、金の腕輪を机上に置いた。

 「これを金に不純物が多いと言われた」

マナツがそう一言だけ添えた。

 ポロンは手にとって金の腕輪をルーペでじっと見る。羊皮紙に書かれた価格に目をやると、

 「ガランカ、出て行きなさい」

と強い口調で言った。そして、ポロンは、

 「試金石を使ってもよろしいですか」

 「勿論」

 「・・・確かに純金です。しかも飾りのエメラルドとルビーの質も素晴らしい。では、この値段でいかがですか」

 先ほどの評価額の3倍になっていた。マナツが頷く。

 それから、ダンジョン産の品とシーサーペントも取引した。他国間での貿易をしているため、金で半額分を、残りの半額分をこのアジリカ連邦国で流通している金貨で支払われた。

 

 ポロンの口利きがあり「順風」という宿屋に部屋をとった。2階が客間で、1階は冒険者がよく使う安くて美味い食事と酒を出す店だった。

 夕食をオーダーした。次から次へと温かな料理が運ばれてきた。塩味の焼き魚、茹で蟹、焼いた伊勢海老のような大きな海老、ポトフのような玉ねぎやジャガイモ、ニンジンの様な野菜とソーセージに貝の入ったスープ、ひき肉を丸めて塩ゆでしたものに短いパスタを和えた料理が並んだ。テラは葡萄ジュースを飲み、他のメンバーはサトウキビを原料としたラームという酒を飲んでいた。

 「やっぱり陸の食事は美味い」

リッキが口いっぱいに茹で蟹を頬張りながら言った。

 「この焼き海老は、この街の楽しみの一つになっています。何度食べても素晴らしい」

ダンも両手で海老を折りながら言った 。

 「取引は結構な金額になりましたね」

ハフが言うと、

 「シーサーペントだけでも船の修理費におつりが出そうじゃな」

 「お母さんはガランカとは、もう商売をしないと本当に思っていたの? それとも駆け引きだったの」

 「本気だったよ。私の商売における信条は2つ。1つ目は信頼。2つ目は互いを育てることだ」

 「育てるって人のこと? それともお店?」

 「両方さ。これは女神の祝福のメンバーとチームにも当てはまる。信頼と相互に育て合っていくことが大事なのだ」

 「ふーん」

 テラは理解したのかできなかったのかあやふやな返事だった。


 隣のテーブルで食事をしていた4人組の男女の話が聞こえてきた。

 「この街から首都アクネに通じる街道近くの村が全滅したらしい」

 「知っているわ。Bクラスのプテラレックスの群れに襲われたって話よね」

 ギルドでは依頼の成功報酬の基準として、魔物をその強さや討伐の困難さでA~Eクラスの5段階で分別していた。Aクラスが最も討伐が困難な魔物となる。しかし、人智では計り知れない強さ、討伐が限りなく不可能な魔物も生息している。その魔物に対しては、特例としてSクラスの称号が与えられていた。そして、ギルドの定めた魔物のクラス分類が一般の市民にも普及していた。

 「ドラゴン種の1つで、死の翼王って呼ばれているしな」

 「ドラゴン種では最弱の部類と聞いているけれども、その大群って怖いわ」

 「首都アクネから討伐に軍隊が出動するらしい」


 テラはいつの間にか、隣のテーブルの話に聞き耳を立てていた。海の魔物には詳しくなってきたが、陸の魔物、特に飛行する魔物には好奇心が刺激されていた。

 「船は1週間で修理できるそうだから10日後の朝に出航。食料などの生活必需品はファンゼムとリッキ、ハフ。交易品は私とダン、テラでその日に合わせて準備するように。資金はあとで渡す」

 マナツはそう言ってラームをあおった。

 女神の祝福は、ダイアモンドとサファイア、鉄の産出国であるこのアジリカ連邦国で主にこの品を購入し、ゲルドリッチ王国で転売していた。

 その夜、部屋に戻ると、テラはベットの上で卵を抱えながら、マウマウとゆっくりと話をした。斬魔刀飛願丸をどうやって抜いたら良いか、冥神獣ワルキューレのサクのこと、導きのペンダントを使うときのことなどについてアドバイスをもらった。

 「そうなのだろうね。ワルキューレ様を呼ぶ時って、力を貸してほしい時なので、大ピンチのときだろうね」

 テラは首にかけた導きのペンダントを右手で握った。

 『導きのペンダントにマナと込めることになるから、魔力を消費するということね。ワルキューレを呼んだ後にも維持費として魔力を消費していくことも考えられるわよ』

 「そうなると、私には大量の魔力が必要になってくるということね」

 『実際にやってみなければならないけれども、その可能性はあるわ』

 「マウマウ、私にはどのくらいの魔力があるのかしら」

 『そう言えば、テラは自分のステータスを見たことがなかったわね』

 「うん、どうすればいいのかしら」

 『テラは鑑定スキルがあるから、自分を鑑定すればいいわ』

 テラは自分自身を鑑定した。


氏名:テラ  年齢:12歳  性別:女性  所持金:74,050ダル  

種 :パラレルの境界を越えたホモ・サピエンス

称号:境界を越えし者

ギルド:交易H級・冒険者H級

ジョブ・レベル:時空術士・レベル21

 体力    133    物理攻撃力 121

 魔力      1    物理防御力 110

 俊敏性   102    魔法攻撃力  46

 巧緻性    82    魔法防御力 122

 カリスマ性 124 

生得スキル

 〇鑑定  〇アイテムケンテイナー  〇時空属性魔法

ジョブスキル

 〇時空属性魔法:ムーブ メント  〇思念会話

特異スキル

 〇パーソナルスペースゼロ

召喚神獣:智佐神獣白の神書

     冥神獣ワルキューレ


 「私って、母さんが言っていたように、パラレルの境界を越えて別の世界から来たのね。母さんも同じように子供の時に別の世界からこの世界に来たと言っていたわ」

 『元の世界が恋しいかい』

 「ううん、元の世界の母さんや父さんに会ってみたい気持ちは少しあるけれども、今のマナツ母さんは強くて優しい母さん、生きていく術を教えてくれる大好きな母さんよ。それにマウマウや女神の祝福っていう家族もいるから、今はもう、この世界が私の生きる世界だと思っている」

 『この世界がテラの生きる世界になったのね』

 「ねえ、驚いたのだけれども、私の魔力は1なのね。なぜ、時空属性魔法ムーブメントを連続で使えるの? 魔力を消費しない魔法なの?」

 『時空属性魔法ムーブメントは魔力コスト1なのよ。私を身に付けていることによって、私の特異スキル渾身応援でテラの魔力を7まで引き上げているのよ。魔力1×渾身応援7で魔力7になっているの。それは鑑定のステータスを見ても反映されていないのよ。他のステータスも偏りはあるけれども私の特異スキルが底上げしているわ。テラはまだ成長期なのでステータスは伸びる可能性がある。ステータスは心身の成長とジョブの種類、ジョブのレベルに大きく関わるのよ。テラは、これから肉体的にも精神的にも成長と成熟をするので、伸びる可能性はあるわ』

 「私の時空術士というジョブはどんなジョブなのかな」

 『そうね。時と空間に関する魔法を使えるジョブなのよ。魔力や魔法攻撃力は低いけれども、魔法防御と物理攻撃・防御に比重が高い異色の魔法使い系ジョブ。このまま努力していけば、侍タイプを併せ持つハイブリット型になる可能性もあるわね。使える魔法は、生得スキルで決まっている。テラは物理攻撃力を活かせる刀や槍、弓などの武器攻撃の腕を磨くといいわね。私の支援も受けられるからぴったりよ。それにテラの特性であるカリスマ性の高さと特異スキルパーソナルスペースゼロを組み合わせれば、新たな可能性も見出せそうだわ』

 テラはマウマウのステータスを見た。


氏名:マウマウ   年齢:0歳   性別:   所持金:0ダル

種 :智佐神獣白の神書

称号:

ジョブ・レベル:生活百科・レベル 24

 体力      132     物理攻撃力     0

 魔力       21     物理防御力  1201

 俊敏性       1     魔法攻撃力     0

 巧緻性       1     魔法防御力  1407

 カリスマ性   760

生得スキル

ジョブスキル

 〇目的達成回答

特異スキル

 〇渾身応援   〇百科全集


 「マウマウは智佐神獣白の神書っていうのね。あれ、神獣って冥神獣ワルキューレのサク様と同じじゃない。マウマウも偉い神獣様なの」

 『偉いかどうかは別にして、ワルキューレと同じ神獣よ』

 「私が呼び出さなくてもいつも傍にいるのに」

 『私は、テラが生きていきために必要な知識や判断、戦闘力などをサポートする神獣なの』

 「特異スキルのこれは何て読むの」

 『こんしんおうえん。テラを全力で応援すると言う意味よ。先ほど言ったように、鑑定のステータス値には反映されていないけれど、テラはアダマンタイト製の長くて重い斬魔刀飛願丸を振って魔物を斬ることができるでしょう。あれは私の渾身応援で身体的なステータス値が高くなっているからなのよ』

 「へぇー、ありがとう、マウマウ」

 テラは卵を見つめて、

 「マウマウ、この卵は何の卵か分かる?」

 『私にも分からないわ。孵ってからのお楽しみね』

 「あぁー、早く孵らないかしら・・・」

 その後、テラは、ベットの上に智佐神獣白の神書のマウマウを置き、卵を抱きかかえたまま眠りについた。


 翌朝

 今日から3日間は自由行動となっている。テラはマナツから街外の森には行かないように言われていた。昨夜マウマウからアドバイスをもらった斬魔刀飛願丸の抜刀の仕方を試したくて、街外の野原で抜刀の練習を開始した。斬魔刀飛願丸を左肩に差して右手の指で鍔を持ち上げてそのまま峰を掴み、左手で鞘を掴む。鞘の肩ひもを利用して、背から肩、胸、腹、背と鞘を一回転させるうちに抜刀した。そして、左手で柄の先端を握り、右手で鍔近くの柄を握り直す。ゆっくりではあるが1人で抜刀できた。

 『テラ、何とかなりそうだね』

 「うん、あとは練習あるのみだわ」

 朝から昼近くまでひたすら練習していた。昼近くになったので、アイテムケンテイナーに刀をしまい街まで戻って来ると、街の入口に2人の子供がいた。1人はテラと年恰好の似た女子。黒髪と黒褐色の肌、黒い瞳。もう1人は、黒髪と黒褐色の肌、黒い瞳の5歳位いの男の子だった。

 「私はテラ。貴方たちの名前は」

 「私はレミ。この子は弟のケン。このお花を摘んでいるの。テラも一緒にお花を摘む」

 「白くて綺麗は花だわ。うん、一緒に摘む」

 シロツメグサに似た花を3人で摘んだ。それを王冠の様にして頭に載せた。レミはまだ同い年位いなのに、5歳の弟のケンの面倒をよく見ていた。それが素敵に感じて、テラもケンを自分の弟の様に面倒を見始めた。ケンの喜ぶ姿をみて、テラは大きな喜びを感じていた。テラの周りには大人ばかりで、自分より小さな子の面倒を見たことなどなかった。世話をされる側からする側の立場を経験して、自己有用感が高まり、自分自身を誇らしく感じられることが素直に嬉しかった。

 レミとケンの親は漁師で、魚を市場で卸したり、屋台で焼いて売ったりしているそうだ。遊んでいるうちに昼を過ぎたので、レミとケンの両親がやっている屋台で焼いた魚と貝を買って、3人で食べた。シロツメグサの王冠は勿論被ったままだった。

 「レミ、ケン、今日は楽しかったわ。また明日も遊びましょうね」

 「テラ、勿論よ。私も楽しかったわ」

と、レミとケンが頷く。

 「私の大事なものを見せてあげる」

テラはそう言うと、肩掛け鞄から卵を取り出して、大事そうに両掌の上に載せて見せた。

 「うぁ、大きい卵」

ケンがそう言うと、レミも、

 「ねえテラ、この大きな卵は何の卵なの」

 「分からないのよ。孵してみてのお楽しみなの」

 「楽しみだね。この卵はどこで手に入れたの」

 「母さんたちと冒険をしていたら、ある人から貰ったの」

 「へえー、孵ったら何の卵だったか教えてよ」

 「ええ、レミとケンには勿論知らせるわ」

 「約束よ」

 テラはレミとケンと指切りをした。

 船での交易や冒険が日常の生活となっているため、同年代の子供と親しく遊ぶ機会がほとんどなかったテラにとっては楽しいひと時であった。午後は街の広場で、他の子供たちも交えて夕方まで遊んだ。帰りに靴屋の店先に飾ってある赤いハイヒールが目に留まり、暫く眺めていた。

 夕陽に背中を押されて宿屋に着くと、今夜はマナツとハフと3人での夕食となった。

 「今日ね。お友達ができたの。レミにケンと花飾りを作ったの、白い花の素敵な飾りよ。それから・・・楽しかった。私も弟がほしいな。それからね、こんなに高いヒールの赤い靴があったの・・・」

マナツは嬉しそうに目を細めて、うんうんと頷いて聞いていた。

 ハフも食事を忘れて話をしているテラが微笑ましく思えて、

 「素敵な日だったわね。テラもオシャレに目覚めてきたわね。大人の女性への階段よ。その友達とは、明日も一緒に遊ぶの?」

 「もう私は子供じゃないわ。レディよ。それから、レミとケンとは、お昼前から街のすぐ外でまた遊ぶ約束をしてきたわ」

 「朝からではないの?」

 「うん、午前中は飛願丸の抜刀練習をするの。抜けないとファンゼムにまた言われちゃうしね」

 「確かに、素早く抜けないと命に関わるしね。テラは努力家ね」

ハフが尻尾でテラの腹を突きながら感心していた。

 マナツは、今のテラの手には刀ではなく花飾りが必要なのではないのか、テラが友だちと遊ぶというごく当たり前の幸せを、自分たちとの生活が奪ってしまっているのではないのかと、自責の念が込み上げ、胸が締め付けられるような感じがした。自分自身の子供時代も手には剣の生活であった。生と死が隣り合わせの生活で、日々を生き抜くことで精いっぱいだった。テラにもそんな過酷な道を自分が強いているのではないかと考えずにはいられなかった。


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