2 冥神獣ワルキューレ「導きのペンダント」
密林を抜けて、広大な平野が目の前に開けていた。その平野にはエジロッタ遺跡が広がっていた。エジロッタ遺跡は、古代文明の遺跡であり、高度な文明や豊かなで繊細な精神性を感じ取ることができた。
崩れかかった石柱には緑の蔦が絡まっていた。その蔦の間からは、大きな帽子を被り上半身が裸で麦刈をしている人々や玉座の王に跪き讃える人々、月の前に長剣を携えた神が浮かび、その神に跪いてお椀の様な器を両手で掲げている人々、収穫を祝い踊りや楽器を奏でる人々などの文化や宗教等を表現したレリーフが見られた。石造りの上下水道の跡と思われる溝があちらこちらの地面から見え隠れしている。石畳の集会所跡や今も水の流れている水汲み場跡などもあった。ここは遥か昔に文明の栄えた超古代都市であったことは窺い知れるが、今は鳥や小動物、昆虫などの住む場所となっていた。
テラは崩れた石造りの壁の上にいる大きなヤモリに興味深々で顔を近づけていた。
「前回までは、この都市の南の住居跡を発掘したが、今回は神殿内の探索だったな」
マナツが丘の上に見える石造りの神殿を指しながら確認すると、
「ええ、中央の神殿の探索は、表面部分までしか実施しておりませんので、計画通りに神殿地下部分の探索をします。民俗学的に重要なこの遺跡を造った人々の精神性や宗教観を示す儀式の間を探すことが主目的です」
ダンがそう答える。
都市の中央にある小高い丘の頂には、石造りのピラミッドがあった。ピラミッドの頂上には30m四方の神殿跡があり、ピラミッド正面からそこまで階段が続いていた。神殿跡には崩れた屋根と柱の石があった。ここで宗教的な儀式が行われたり、象徴的で意味のある場所であったりしたことを想像できるが、祭壇はらしきものは見当たらなかった。神殿跡には下に続く階段と石の扉があり、そこ降りてピラミッド内部の調査となる。
リッキが石の扉を開けた。シーフのハフが尻尾を立てて警戒をしながら先頭を歩き、リッキ、マナツ、テラ、ダン、ファンゼムと続いた。各自がランプを片手に遺跡の地下へと続く階段を下りて行った。ランプの光に照らされて、女神の祝福の黒い影が壁に揺れていた。
階段を20段程降りると、石の扉があった。石の扉には、女性の顔の大きなレリーフがあったが、蔦が絡まりレリーフの目や口の部分を覆っていた。ハフはナイフでこの蔦を慎重に取り除いていったが、ナイフを持つ手が止まった。
「さがって・・・」
ハフの声に女神の祝福のメンバーはゆっくりと後ずさりした。
「左目を覆う蔦が、瞳を押している状態になっているの。この蔓を払うと左目の瞳が元に戻り罠が発動する予感がするわ・・・ダン、火薬をかして」
ダンがハフに使づき火薬を渡す。ハフは慎重に左目の蔦に火薬袋を挟むとゆっくりと下がった。ハフはその袋に雷魔法を撃った。爆発音と共に蔦は飛び散り、窪んだ左目が前に飛び出した。
シュシュシュと、石の扉の前を十数本の矢が飛んで、反対側の壁に撥ねた。
ハフは、石の扉に近づき、レリーフの顔を撫でるように触る。
「これだわ」
ハフは、左の耳を慎重に押した。ゴゴゴゴォと音がした。ハフは石の扉をゆっくりと押した。石の扉は、忍者屋敷のカラクリ壁の様にその場でくるりと回転した。メンバーはハフの後に続いた。
20m四方の部屋に繋がっていた。正面の壁には金色に輝く満月と下弦の月、有明の月、新月、三日月、上限の月のオブジェがあり、その前には長剣を携えた神の石像があった。部屋の左右には、長剣や槍、弓などを手にした全長4m近くある異形の神々の石像が並んでいた。部屋の中央には石造りの祭壇がある。祭壇の奥には石造りの棚と箱があった。棚の上には、左に傾いた大きな上皿天秤とお椀、高台のついたお椀、三日月の模様のあるワイングラスの様な形の器が置いてあった。上皿天秤にはメモリの代わりに満月と下弦の月、有明の月、新月、三日月、上限の月の6種の月の模様があった。棚の横にある箱の中はサラサラの砂で満たされていた。
「宗教的な儀式を行う祭壇の間に辿り着いたな」
マナツが言った。
「素晴らしいです。月の満ち欠けが信仰に大きく関与しているようですね。それに異形の神と天秤。実に興味深いです」
ダンが辺りを見回しながら興奮を隠しきれない。
「ここで何らかの信仰神に祈りを捧げたというわけか」
リッキは儀式の間を歩きながら言った。
「この上皿天秤は何を計ったのかな」
テラが率直な疑問を口に出した。
「吉兆を占う、豊作を祈願するなども考えられますね。或いは、想像もできないことに使われていたかもしれません。解明には興味がつきません」
ダンが天秤の埃を払いながら言った。
ハフは暫く考えたのちに、独り言のように呟く。
「横にある箱には砂が入っているわ。これはこの3種の器に砂を盛って天秤の右の皿に適量の砂を載せていたのではないかしら。恐らくこの砂の量で天秤を釣り合わせて・・・いや、違う・・・それなら3種の器は必要ない。微妙な不釣り合いで示された特定の月齢が意味をもっていたのではないかしら」
「・・・確かに傾いた上皿天秤の右皿に、適量の砂を置く様にも考えられますね・・・何のための天秤なのでしょうか」
と、ダンが顎に手を当てて考えを巡らせている。
ハフがマナツを見て言う。
「宗教的な意味でのことは私には分からない。むしろダンの方が詳しいと思うけれども・・・私はシーフなので、これが更に奥に進むための秘密の仕掛けだと考えてみると興味深いわ」
「ハフ、見当は付くか」
マナツが尋ねた。
「天秤の右皿に砂を盛って、満月と下弦の月、有明の月、新月、三日月、上限の月の6種の月の模様のいずれかに傾かせる。そんなギミックかもしれないわ」
「それなら、試してみる価値はありそうだね。ハフ、正解に辿り着けそうか」
「どの月齢が正解なのかも、それがどの器ですくった砂の量なのかも、全く検討もつかないわ」
ハフが両手を広げて首を傾げた。
「ではダン、エジロッタの宗教的な観点から予想がつくか」
「もし、これがギミックだとしたら・・・恐らく、途中にあった石柱に刻まれていたように新月に宗教的な崇拝があったと考えますので、針を新月に合わせればよいかと思いますが・・・それがどの器ですくった砂の量かは分かりません。砂を少しずつ増やしていく方法もありますが、それなら3種の器がここにある必要がなくなります。器自体にも意味があると考えることが妥当でしょう」
ダンは天秤のメモリを見ながら答えた。
「不吉なことを言うようで申し訳ないが、もしも、答えが間違っていれば、儂らの命に危機が迫りそうじゃの」
ファンゼムも困り顔で言った。
「この部屋の左右の石像が攻めて来るとか・・・火炎地獄とか・・・部屋が崩壊とか、命の危機どころでは済まない結果になるのではないか」
リッキは左右の異形の石像と天井を交互に見ながら言った。
「今回は危険を冒さずに、もっと情報を集めてから再アタックがよいかな・・・」
と、マナツが腕を組みながら思案している。
テラが指さした。
「あの器だと思う。私は見たの。外にあった崩れた石柱のレリーフに、新月の前に長剣を持った神がいて、それに跪き差し出していた器があれと同じだった」
全員の眼がテラに集まり、テラの指が示す先を目で追った。
「確かか、テラ」
マナツは組んだ腕を解き、顔を上げて言った。
「うん、私のお椀と似ていたから覚えている」
「でかしたぞ。テラ」
「大したものじゃ」
「ねね。すり切りへらがないから誰かかして、私が天秤に砂を盛るから」
「12歳の子が何を言うの。命の危険があるかもしれないのよ」
ハフが反対をした。するとダンが、
「しかしですね。もし違っていたとしてもテラなら逃げられますよ」
「むう、儂もテラなら、あの力で逃げきれると思うぞい」
マナツが、
「テラ、やれそうか」
「うん、逃げるなら私が一番だけど、成功すると思うよ。外の石柱に器が掘ってあったし」
「よし、ではテラ、頼む。他の者はこの部屋から出て待機」
マナツが断を下した。メンバーは部屋から出た。
テラは石造りの棚に近づくと、お椀を両手で持ち上げた。
「あれ? 棚がカタッと僅かに揺れた気が・・・」
テラは棚を凝視しながら呟いた。
お椀に砂を盛ってすり切りへらで砂の量を調整した。そのまま棚の上にある大きな上皿天秤の右の皿に、お椀を傾けて砂を入れようとした手が止まった。
「これは違うわ。レリーフでは跪いた人が器ごと神に差し出していた。それにこのお椀を持ち上げたら僅かに棚が動いた。きっと、棚の上に置いてある器の重さも関係しているに違いないわ」
テラはそう言うと、右の皿の上に砂の入ったお椀の器ごと置いた。棚の隅が僅かだが上下に揺れている。
棚の上の上皿天秤は、左右に揺れていたが、やや右に針が傾いている。針は新月を指して止まった。すると、前面の壁の新月のオブジェの前に長剣を携えた神の石像が滑るように移動した。ゴゴゴゴォという地響きと共に、石像の足元に四角い1m四方の入口が現れた。
「おおぉ、やったぞ。でかしたぞテラ」
ハフが叫んだ。
「多分、上皿天秤と3種類の器を載せたこの棚が二重の天秤になっていたのよ。だから、お椀の器ごと神様に捧げなくてはならなかったのよ」
マナツは驚嘆して、
「テラ、お前よく分かったな」
「全くじゃ」
「素晴らしい閃きだわ」
メンバーはテラに駆け寄り、頭を撫でてくしゃくしゃの髪型にした。
「もう、子供ではないのだからやめてよ」
テラが照れくさそうにそう言うと、
「子供は子供を長くは続けられんのじゃ。子供のうちは子供の特権を楽しめ。元子供の儂が言っておるのじゃから間違いないばい」
「ファンゼムも元は子供だったのね・・・私は子供をもっと続けたくなってきたわ」
テラがボソッと呟いた。
「これでエジロッタ文明の解明に一歩前進しました」
ダンが握り拳で喜びの声を上げた。
「時として、あの子の力は、我々の予想を超える。生まれながらの冒険者だ」
マナツはそう呟くと、テラとの出会いを思い出していた。
* * * * * * * * * * * * * *
それはマナツが21歳の時のことであった。交易・冒険者チーム女神の祝福がファンゼムとダン、リッキと4名でアジリカ連邦国の首都コモキンから同国の都市イゼリアに向かう海上で漂流している帆船を見つけた。魔物か海賊に襲われた帆船かと思い生存者の有無を確かめにその船室を調査すると、幼い女の子が船室でうずくまって泣いているのを発見した。生存者はその子1名だけであった。女の子は、自分がテラという名前であること以外は何も覚えていなかった。その子は、白い本を大事そうに抱きかかえていた。その白い本を指さして「マウマウ」とだけ言った。着ている服は、白いシャツに赤いスカート、赤い靴とありふれたものであったが、デザインが見かけぬものであった。
マナツはその服のデザインに遠い記憶が甦った。マナツは6歳の時にパラレルの境界を越えて、この世界にやって来たのだった。そこで幸運にも養父母と出会いこの世界で生きる術を手にしていた。マナツも元の世界での幼少期に読んでもらった絵本に「マウマウ旅をする」という題名の本があったことを思い出した。
「間違いない。この子はパラレルの境界を越えてきた」
と、直感して鑑定スキルで鑑定すると、
氏名:テラ 年齢:3歳 性別:女性 所持金:0ダル
種 :パラレルの境界を越えたホモ・サピエンス
称号:境界を越えし者
ジョブ・レベル:
体力 9 物理攻撃力 7
魔力 1 物理防御力 7
俊敏性 3 魔法攻撃力 4
巧緻性 2 魔法防御力 6
カリスマ性 9
生得スキル
〇鑑定 〇アイテムケンテイナー 〇時空属性魔法
特異スキル
〇パーソナルスペースゼロ
マナツは、
「テラ、いつ、誰とこの船に乗ったのか覚えているかい」
テラは首を横に振り、
「お昼寝をしていたらここにいたの。ママに会いたいよ・・・ママ」
と、泣くだけであった。
「お家でお昼寝をしていて、目が覚めたらここにいたのだね」
テラは、首を縦に振り「ママー」と泣いている。
「テラは今、お船に乗っているのだけれども、知っている人に会ったかい」
テラは、首を縦に振る。
「・・・テラは私の子として育てる」
マナツは唐突にそう宣言した。
「えええ」
「何か問題でもあるのか」
「キャプテンも、迷子のところを拾われて同じように先代に育てられた過去がありますから、その事情はよく分かります。ですが決断までに時間が・・・というより、その結論が話の文脈から飛躍していますよ。そこに驚いたのですよ」
ダンが答えた。
「儂も、この幼い子を放ってはおけんがな」
「この女神の祝福のメンバーがテラの親代わりになりますよ」
「お前たちはテラにもう情が湧いているのか・・・心を鷲掴みにされているな」
と、メンバーの反応にマナツ自身が驚いている。これは、テラの持つ特異スキルのパーソナルスペースゼロの影響かと脳裏に浮かんだ。
「テラ、・・寂しくて、怖いのだね。私はマナツ。これからは、私がテラのお母さんになるからね」
テラは泣き止みマナツを見た。それから大きく首を横に振り「ママに会いたいよー」と大声で泣き続けていた。
以後は、テラは、親子として、この女神の祝福メンバーの子供として皆で育ててきた。
* * * * * * * * * * * * * *
女神の祝福の6名は、石像の足元に現れた四角い入口から中に入って行った。先頭にいるマナツだけがランプを灯して、薄暗い中を進んでいった。
入口から続く通路を屈みながら10m程進むと、通路は2m四方に広がっていた。メンバーは背を伸ばして歩き始めたが、リッキだけは身を屈めながら進んで行った。
「リッキは、窮屈そうね」
テラが気の毒そうにリッキを見て言うと、
「毎度のことだ。慣れた」
リッキが大きな体を縮めて答えた。
正面に石の扉が見えた。マナツはランプの灯を扉に近づけて、
「ハフ」
マナツが顎で扉を指す。
ハフは、先頭となって石扉の前まで行く。テラがランプに灯をともしてハフの脇に立つ。ハフは慎重に観察し始めた。ハフの焦げ茶と茶色の縞のある尻尾がゆっくりと上下に動いている。石扉の中央には、新月があり、その下には、長剣をもった神が立っており、神の左右には、跪きお椀を両手で捧げている複数の人々の姿がレリーフとして刻まれていた。ハフはブラシでそっと擦ったり、息を吹きかけたりして丁寧に埃を払っている。
「あれ、床に何かかいてあるぞ」
身を屈めて下ばかり見ているリッキが指さした。
マナツはランプを床に近づけると、積もった埃の上にできた足跡の下に黒い図柄が僅かに見えた。
「埃を払うぞ」
マナツがそう言うと、ファンゼムとダン、リッキが手で埃を除けていった。石の扉の前に黒い円形の魔法陣のような図柄が出てきた。
「これは、なんらかの魔法陣ですね」
ダンが言った。
「この石の扉の新月の輪郭には金メッキが施されているわ。ここにマナを流すようなギミックだと思う。確信はないけれども、似たギミックをみたことがあるわ」
マナツがハフの眼を見て無言で頷く。ハフが、
「全員、魔法陣の上に乗って」
と言うと、ハフは、新月の輪郭に魔力の元となるマナを流した。
魔法陣から白い光が立ち上った。ハフも魔法陣に乗った。一瞬のめまいの後、女神の祝福のメンバーは凄まじい滝の音が耳に響いた。右には見上げる程の高さから豊富な量の水が落ち、雄大な滝となっていた。滝壺は、水飛沫で白く霞み、日の光で虹がかかっていた。滝から落ちた水は川となって流れている。周りは黒と焦げ茶の岩肌で覆われた大きな谷となっていた。眼の前には石の階段があり、階段の上には石柱が立ち並んでいた。
「ここはどこなのじゃ。儂らは無事に戻れるのか」
陽気で豪胆なファンゼムにも不安が過る。
「素晴らしいではありませんか。これはエジロッタ文明の精神性の核心に迫る発見かもしれませんよ」
ダンが今にも踊り出しそうに興奮している。
マナツは、周囲を警戒しながら、
「我々は進むしかない。索敵陣形」
と言うと、ハフがセンサーである尻尾を立てながら単独で先頭に立ち、前後左右に展開陣形を取った。ハフが正面に見える石段を1人で足を音もたてずに登っていく。階段の上でハフが手招きをした。全員が階段の上まで登ると、前には石畳の大きな広場があった。広場には石柱が並んでいた。正面の奥には石造りの三角屋根の建物が見えた。
マナツが正面の建物を無言のまま指で示した。女神の祝福は、索敵隊形のまま慎重に奥の建物に向かって歩き出す。
『人間がここに来るとは久しいの。700、いや800年ぶりか』
それぞれの心の中に女性の声が響いた。
女神の祝福のメンバーは、驚き足を止める。マナツが、
「散開」
と言うと、それぞれが石柱の陰に身を潜めた。柱の影からマナツが叫んだ。
「我々は交易・冒険者チーム女神の祝福。私はマナツ」
石畳と石柱の広場にマナツの声が跳ね返る。
『汝らは何を望む』
「・・・・」
姿を隠したまま辺りを警戒し、沈黙が続いた。
「エジロッタ古代文明について知りたい」
マナツが答えた。
『エジロッタ文明を知りたいとは・・・何故だ』
「私はダン。未知なるものを知りたい。これは人間の好奇心ゆえです」
ダンが声を張り上げた。
『好奇心か・・・』
テラが石柱の影から出てきた。
「私はテラ。貴方は、どなたなのですか」
「テラ、危険よ」
ハフが声で制止する。
「大丈夫。向こうは私たちに尋ねたいことがあるだけよ」
『我は、冥神獣ワルキューレのサク』
正面の三角屋根の建物から、騎乗した女騎士が姿を現し、こちらに近づいて来る。パカパカと蹄の音が広い黒と茶の谷にこだまする。マナツが柱の陰から出て来てテラの前に立つ。リッキもファンゼム、ダン、ハフもその後ろに集まる。
冥神獣ワルキューレはマナツから10m程の距離で止まった。ワルキューレは、全身が漆黒の鎧に包まれていた。兜の左右からは曲がった角が前に向かって伸びていた。鎧の首裏辺りから紫色の布が6本放射線状に伸びていて宙に揺れている。背には漆黒で裏地が紫のマントを羽織っていた。首には銀色の月を模ったネックレスをしていた。背負う剣はレリーフにあった長剣と言うよりも元幅の太い剛剣であった。兜の隙間から見える紫かかった有色透明の瞳には、深い空間が広がっている様な奥行きがあり、吸い込まれそうにさえ感じる。跨る馬も全身が漆黒で、黒い長いたてがみが炎のように揺らいでいた。人のアキレス腱に当たる部分、蹄の上にも黒い毛が生えていた。
マナツは片膝をついて頭を下げた。女神の祝福のメンバーもそれに倣った。
「冥神獣ワルキューレ様、私がマナツです。後ろに控えるのは女神の祝福のメンバーです」
ワルキューレは黙ってマナツを見た。そして女神の祝福のメンバーを見渡した。
『汝らには、好奇心によるエジロッタ文明の調査を許す。この文明を創り上げた者たちは、ヴァルホルにて汝らを見ておる。その者たちを悲しませるでないぞ』
「肝に銘じます」
ワルキューレはテラに視線を移した。
『勇気ある少女テラ』
「はい」
テラは立ち上がった。ワルキューレはテラを黙って見ている。時が止まったかのように感じるほど長く見つめている。女神の祝福のメンバーは、この長い静寂の時を身動きもできずにじっと耐えていた。
ブフォォッと馬が鳴いた。
『・・・黒雲、そうか』
ワルキューレの乗った馬がテラに近づいて来た。女神の祝福のメンバーは何が起こるのかと緊張が走った。テラは両手を伸ばし馬の顔を撫でた。
「かわいい」
テラは頬擦りしながら笑顔で言った。
『この馬は黒雲。テラを気に入ったようだ』
「サク様、かわいくて賢い馬ですね」
テラは馬を見つめながら、ワルキューレに言った。
『テラは、我を恐れないのか』
「最初は怖かったけれども、今は平気です」
『・・・テラは緊張や不安を和らげ、心地よさを与えるな。不思議な力だ・・その本の神獣も・・』
ワルキューレはそう言いかけて止めた。そして首に付けていた月を模したネックレスをテラに渡した。
『これをテラに授ける。我の力が必要となった時には、そのネックレスの月にマナを込めよ』
「このネックレスを私に・・・」
ワルキューレがテラをじっと見ている。ブフォォッと黒雲が鳴いた。
『・・・黒雲、そうかこれも預けてみるか』
ワルキューレは手を伸ばし、黒雲の鬣を撫でた。
『テラ、汝にこの卵を預ける。見事孵してみよ』
ワルキューレがテラに向かって掌を伸ばすと、その掌にソフトボール大の卵が現れた。テラは卵を大事そうに両手で掴んだ。
ワルキューレは、馬首を返して去って行った。
「冥神獣ワルキューレ様、これがエジロッタ古代文明の崇拝神なのか」
マナツの言葉に、ファンゼムは石畳に足を投げ出して息を吐いて、
「ふー、畏怖の象徴神じゃった。儂は恐ろしかった」
「ふー、威厳と美しさを纏った神でしたね。エジロッタの建築に見られるその精神性を象徴していました」
ダンがそう言うと、
「俺は、身動きすらできなかった」
リッキがそう声を漏らした。
「ふう、冥神獣ワルキューレ様、その強大なマナに当てられて身が縮こまったわ」
ハフがうわずった声で言った。メンバーたちは疲れ果てたように石畳に腰を下していた。テラだけは立ったまま、ワルキューレが姿を消した建物をじっと見つめていた。
「テラ、ワルキューレ様からいただいた月のペンダントを見せてくれ」
マナツがそう言うと、テラは首にかけたペンダントを見せた。
マナツはそのペンダントを見つめスキルで鑑定した。
「冥神獣ワルキューレの『導きのペンダント』。マナを込める度に冥神獣ワルキューレを呼び寄せることができる」
「何やと・・・冥神獣ワルキューレ様をお呼びする・・・お力をお借りすることができるということかいな」
ファンゼムは、立ち上がってテラを見つめた。テラは導きのペンダントを首から下げた。
「・・・まさか、冥神獣ワルキューレ様がテラの召喚神獣になったということなのか」
リッキもうわずった声で言った。
「召喚神獣になったかどうかは分かりませんが、冥神獣ワルキューレ様はテラに何かを感じたのでしょうね。実に興味深い」
「私には分からないけれども、失礼でも正直に表現すれば、私はサク様と黒雲と波長があった。私が見つめられていた時でも、恐怖や不安、気後れ、恥ずかしさといった感情にはならずに、温かさに包まれているような気分でした。黒雲も同じでした」
「ワルキューレ様も、同様にそう感じていたのかもしれないな」
マナツがテラの頭を掌でポンポンと叩きながら言った。
「ワルキューレ様を躊躇わずに呼べるのか・・・恐れ多い感じもするけれども」
「呼びます。我の力が必要となった時には、この月の部分にマナを込めよと言ってくださっていたので、呼びたいと思います。でも、私が躊躇っていたら皆さんが判断して、言ってくださいね」
テラは、肩掛け鞄に入っている白い本のマウマウを掌でポンポンと叩いた。テラはマウマウがピクッと動いたように感じた。
「「「・・・おおう」」」
テラは卵を両手で抱えて、じっと見つめていた。石の様に硬い殻に覆われていた。殻は薄い黄色で鶉の卵程の茶色の斑点がいくつもあった。
「この卵はとても硬いけれども、手に持っていると心が穏やかになるわ」
テラがそう言うと、
「見せてもらってもいいですか」
ダンが興味津々でテラに言った。角帽を被り眼鏡をかけた薬学者のダンが手に取って、慎重に観察をする。
「何の卵か分かるか」
マナツがダンに尋ねると、ダンは首を振りながら、
「見たこともない卵です。テラが言ったように殻は非常に硬い」
「テラに『卵を預ける。見事孵してみよ』とおっしゃっていたので珍しい卵であることは確かなのでしょうね」
ハフが卵を撫でながら言った。
「何が孵るかごっつう楽しみやな」
ファンゼムがそう言うと、リッキが、
「ワルキューレ様からテラへの宿題といえるな」
「テラに何かが見えたのだろうな・・・未来か・・・運命か」
マナツは一人呟いた。
テラは卵を大事そうに受け取ると、
「マウマウ、鞄の中でこの卵と仲良くしてね」
と、言って丁寧に肩掛け鞄にしまった。
「キャプテン、ではこの広場とその奥の建物から探索を始めましょうよ」
ダンが待ちきれずに催促した。
「ちょっと待て。確かにワルキューレ様は、好奇心によるエジロッタ文明の調査を許すとおっしゃってくれちょったが、あの建物はどう考えてもワルキューレ様のお住まいじゃぞ」
ファンゼムが慌てて言うと、ダンは、
「エジロッタ文明の調査を許されているのだから、その崇拝神の調査は認められるでしょう」
悪びれもせずに言い切った。
「しかしやな・・・」
ファンゼムが困りマナツを見た。
「奥の建物の調査も許されるであろうが、次回にしよう。ダン、あの建物の前で次回にこの建物の中も調査するのでご了承くださいと告げてこい」
マナツがそう言うと、ダンは奥の建物に走って行った。
「学者と言うのはそげん恐ろしかものとはのぉ。とても儂にはできんがよ」
「ああ、あれが好奇心というものなのだな」
リッキもあきれ顔で言った。
「私にはその気持ちが少し分かるような気がします。未知のダンジョン踏破に向かう時の気持ちと同じでしょう」
ハフがそう言うと、なるほどと頷く2人だった。
「ダンが戻ったら、帰り道の探索だ」
マナツがそう言った。
『テラ、あの滝の裏に魔法陣がある。魔法陣で外に出られるわよ』
テラは驚いた。マウマウがワルキューレと同じように思念会話で初めて話しかけてきたのだ。
「マウマウ?」
『私は白の神書マウマウ』
「マウマウと話ができるのね。嬉しい。もっと早く話しかけてくれればよかったのに」
『テラがワルキューレのサクと思念会話をしたことによって、テラが潜在的に持っていた思念会話のスキルが顕在化したのよ』
「ちょっと難し過ぎて分からないけれども、これからはマウマウと頭の中の声でお話ができるということね」
『そうだ。それよりここからの帰り道を、早くマナツに教えたほうがいい』
「そうね」
テラが指さして言った。
「あの滝の裏に魔法陣がある。そこから外に出られるわ」
「何で分かるの・・・ああ、マウマウか」
ハフがテラを見た。テラはマウマウを手に持って笑顔で頷いた。




