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黎明航路編 第1章 刀と花飾り  1 交易・冒険者チーム「女神の祝福」

ANOTHER EARTH

― 魔力がわずか1の魔法使い ―


黎明航路編


花野井 京(はなのい けい)



第1章 刀と花飾り

1 交易・冒険者チーム「女神の祝福」

 

 ノミチ ダイチがパラレルの境界を越えてこの異世界にやって来る12年前。


 季節は春から夏へと静かに変わろうとしていた。

 交易・冒険者チーム「女神の祝福」が操船する2本のラティーン・セイル(三角帆)をもつキャラベル船「ヘッドウインド号」は、ジパニア大陸の西の洋上にあった。

 逆風時には効率が良いラティーン・セイルは満帆に膨らみ、見渡す限りの水平線とエメラルド色の海面には、銀色の穏やかな波が輝いていた。

 ヘッドウインド号の船首は波を切り裂いて白い軌跡を生み、船体は揺り籠のように心地よいリズムで上下に揺れながら航行していた。テラは温かな陽の光を浴びて、甲板で大きく潮風を吸い込んだ。瞳には真っ青な空に浮かぶ白い雲が写っていた。

 突然、ザバッーという水音と共に、エメラルド色の海面から巨大な灰色の触手が多数伸びて来た。

 「きゃー」

12歳女子のテラが長閑な空気を切り裂く悲鳴を上げる。

 クルーの視線がテラに集まる。テラの視線の先には、巨大な触手が海面でうねっている。

 「右舷に魔物発見。総員戦闘配置! ファンゼム、取舵いっぱい。リッキとダンはセイル操作。ハフ、魔物の頭が見えたら雷魔法を叩き込め。私は右舷を守る」

このヘッドウインド号船キャプテンのマナツはクルーに指示を飛ばす。

 「こいつはクラーケンやで。Aクラスの魔物や」

副船長兼操舵士のファンゼムが取舵を切りながら叫ぶ。

 エメラルド色の海面に荒波が立つ。三角帆の斜めのヤード(マストに付いている横向き(三角帆は斜め)のセイルを取り付ける柱)とセイル(帆)が甲板を走る。テラは身を屈めてこれを(かわ)す。

 船が徐々に左へ旋回を始める中で、マナツは大剣を抜き右舷を守る。大柄な白熊獣人のリッキがセイルを固定し終わると、大きなウォーメイスを構えた。

 クラーケンはダイオウイカを更に大きくしたような魔物である。通常は深海に生息していて、10本の触手で獲物を絡めとり捕食する。

 右舷からクラーケンの触手が3本伸びて来た。マナツは大剣を横に払うと、触手の1本が海面に落ちる。2本目の触手がマナツを背後から襲ってくる。その時、海面に爆発音が轟いた。2本目の触手は、千切れて甲板から海中に垂れ下がった。3本目の触手は海中に潜っていった。火薬入りの小型火薬筒をエルフの航海士ダンが投げたのだ。本来、ダンは学者の航海士で非戦闘要員だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

 「ダン、助かった」

 「キャプテン、私でも役に立ちましたね」

マナツがダンを見てニヤリとすると、

 「キャプテン、今度は船尾から来た」

女性の山猫獣人ハフが声を張り上げながら、猫の耳を後ろに折りたたみ雷魔法雷撃を触手へ放った。雷撃で一瞬動きが止まったが、船尾から後ろのマストへ触手が伸びる。

 マナツは船尾へと走り、大剣を振り下ろして触手を切断する。船尾の甲板で切断された触手がクネクネと動き回る。リッキがウォーハンマーでその触手を海面に叩き出した。

 クラーケンが海面からその頭部を覗かせて船に迫って来る。次々に触手が伸び、船尾のマストに絡みつく。

 「キャプテン、マストが折られるぞ」

 クラーケンは、数本の触手を左右に振り回している。マナツはこの触手を切りながら、マストに絡みついた触手に近づこうとしていた。

 「直ぐにはマストを掴む触手に近づけない。リッキ行けるか」

マナツがリッキに向かって叫んだ。

 「こっちも他の触手が邪魔で動けん」

リッキが叫び返す。

 突然、マストに絡みつく触手が銀色に輝く軌跡によって両断された。

 切られた触手はマストを放し、落ち甲板でくねり始めた。その傍には、肩から鞄を掛け、銀色に輝く刀長1mの野太刀を構えた少女テラがいた。

 ハフが雷撃をクラーケンの頭に叩き込んだ。クラーケンは一瞬動きが止まったが、その後は海中に姿を眩ました。

 「・・・逃げたか」

 「・・・ふー、クラーケンが退散していきよったな。

 テラ、お前の一撃でマストが折られずに済んだわ。小さな体に似合わぬ長い野太刀の扱いもさまになってきとるで。これも子連れ女豹の指導のおかげかのぉ。

 しかし、儂は長年船に乗っておるが、あの大きさのクラーケンを見たのは初めてや」

と、副船長兼操舵士のファンゼム・マイゼンが額の汗を拭いながら言った。

 ファンゼムは、見かけをホモ・サピエンスの年齢に例えると45歳のドワーフ男性で、日に焼けた肌に灰色の髪と瞳、長い自慢の顎髭(あごひげ)を持っていた。身長こそ低いが筋肉質でがっしりとした体躯であった。首には黄色いスカーフを巻き、赤緑と茶の縦縞のシャツに焦げ茶の皮ベスト、黒のズボンにブーツを身に付け、白く短い杖を腰にぶら下げていた。

 戦闘では回復を受け持つ遠距離回復魔法の使い手であった。

 ファンゼムは幼い頃より各地を転々としていたため、その話し言葉には、各国と地域の方言や独特のイントネーションが混在していた。時折、特に愛着の深い国や地域の方言が混じる。一見がさつで歯に衣着せぬ言い方に感じるが、面倒見のよい経験豊かな船乗りで、クルーからは厚い信頼を得ていた。

 「クラーケンがこの海域に出るのは珍しい事ですね。この切れた触手からハイポーションの素材が取れます。皆さんも集めるのを手伝ってくださいよ」

ダンが甲板で動くクラーケンの触手を抑え込もうと格闘しがら言った。

 ダン・ウィートは、見かけはホモ・サピエンス年齢 35歳のエルフ男性で、薬学を専門とする学者であると同時に、この船の航海士をしていた。チームの中においては、緻密で客観的な分析力は群を抜いていた。白い肌に細身長身、銀髪、角帽(博士帽)を被り、青の瞳に眼鏡をかけ、ダークグレーのロングコートを着ていた。

 薬学の進歩を願い、未踏破地域の動植物や魔物の希少部位の採集をしていた。また、このチームメンバーーとして、踏破した地域・ダンジョンの精密な地図づくりも手掛けていた。近接戦闘力は皆無と言ってよいが、炸裂する投擲の「小型火薬筒」を使用することもあった。

 特異スキル「咀嚼解析(そしゃくかいせき)」をもち、咀嚼によって成分を解析できる能力があった。ただし、自ら解毒能力を持っているわけでははいため、毒草を咀嚼し唇を腫らしたり、腹痛を訴えたりすことも度々あった。

 「俺のウォーメイスは、クラーケンとの相性が悪いな。甲板に大剣を数本用意しておくか」

クラーケンの触手を力尽くで押えながら、リッキ・ホーンが言った。

 リッキは、2m40cm身長と分厚い筋肉で覆われた白熊獣人男性で、見かけはホモ・サピエンス年齢27歳の甲板員である。全身が毛に覆われているわけではなく、首にライオンのたてがみのような白毛、背骨に沿って白毛が生えていた。

 普段は物静かだが、魔物に匹敵する圧倒的なパワーを誇り、大きなウォーメイスと盾を自在に操る。袖のない革鎧を装備した歴戦の戦士であった。

 「海の魔物には雷魔法が効果的だけれども、流石にあの大きさだと仕留められないわ」

ハフ・ノートが焦げ茶と茶色の(しま)のある尻尾を垂れながらぽつりと呟いた。

 ハフは中肉中背の山猫獣人女性であり、見かけはホモ・サピエンス年齢20歳である。褐色の肌、黄色に細長い黒の瞳、頭に猫の耳が生え、焦げ茶と茶色の縞のある細く長い尻尾を持つ甲板員である。ハフの尻尾は危険を感じ取ることができ、度々危機を回避することに役立っていた。

 黄色のタンクトップに短い緑のベスト、赤のショートパンツに赤のロングブーツをセンス良く着こなしていた。更に、緑の柄の曲刀を腰に差し、弓矢を背に付けていた。そして俊敏で機転も効いた。

 ハフのジョブはシーフであり、罠を仕掛けたり、解除したりする技術や弓術にも長けていた。また、魔導士特性も持ち、雷属性の魔法を唱えることができた。

 「さあ、いくよ。目指すは、島国エジックス王国北東部、エジロッタ古代遺跡のダンジョンだ。特に今回は重要な調査となる。気を引き締めるよ」

マナツは潮風に黒髪を靡かせながらクルーに指示をした。

 マナツ・セーリングは、この船のキャプテンで、この交易・冒険者チーム、「女神の祝福」のリーダーでもある。マナツの二つ名は「子連れ女豹」。30歳のホモ・サピエンスの女性で、肌色の肢体で中肉中背、黒瞳、黒髪でセミロングの髪型をしていた。

 刃長1m、幅15cmの大剣を背負い、深紅の生地に金色の縁取りのついた海軍提督の様な帽子と上着、銀の胸当てに黒革手袋、白のズボンに黒のロングブーツを付けていた。

 マナツは幼少期より大剣を背負い、冒険者だった育ての親の後ろ姿を追いながら育った。14歳からは冒険者となり、大剣を手に幾多の修羅場を潜り抜けて来た。また、希少な重力魔法を扱うことができ、この世界の住人としては異例の鑑定スキルも身に付けていた。

 マナツは手招きをして、テラを呼んだ。

 「テラ、あの魔法を使ったのね。助かったわ。でも、クラーケンはとても危険な魔物なのよ」

 「母さん、このマウマウが守ってくれるから大丈夫。勉強もマウマウが教えてくれるから心配ないわ。でも、悲鳴を上げてしまった自分が少し恥ずかしい」

テラ・セーリングは肩から掛けた鞄に入っている白いハードカバーの本を手で擦りながら言った。

 テラは12歳のホモ・サピエンスで、朱色の髪、黒瞳、色白で、笑顔が映える天真爛漫な女子であった。

 肩を出した黒いシャツに白いショートパンツ。長い襟と膝まで伸びる白のロングベスト。ロングベストを胸下の位置で締めている赤いベルト、腿までの黒いストッキングと膝上までの白いロングブーツを身に付けていた。まだ小さな体でありながら、エジロッタダンジョンの箱からドロップした刃長1mの日本刀の野太刀を左肩に背負っていた。

 この船は、キャラベル船「ヘッドウインド号」。

 船首に女神像を付け、2本のマストに三角帆を持ち、オーク材製で全長25mの小型帆船である。三角帆は逆風時には効率が良い帆であり、比較的近い国との交易や冒険に向いていた。

 メインマストには、赤布に2つの白い翼がV字型に開き、その中央に天使の輪を模した白い楕円形の輪の意匠のついた『女神の祝福』のチーム旗が風にな靡いていた。

 ドンゴ ドンコ ドンゴ ドンゴ と甲板に小気味よいドラムの音が鳴り出した。白熊獣人のリッキが樽を太鼓にしてリズムを刻んでいる。これに合わせて操舵士のファンゼムが、低く響きの良い声で歌い出した。

 マストの見張り台の上からハフがピッコロを奏でる。踊りの時間がやってきたとばかりに薬学者ダンが踊り出す。マナツもテラも曲に合わせて踊り出す。ヘッドウインド号のダンスタイムだ。

 ダンが甲板の中央で小気味よいステップをすると、これに負けじと、マナツが華麗なステップで返す。テラがリズムに合わせて宙返りを繰り返す。ヘッドウインド号の甲板は、音楽一座の様に賑やかになる。


* * * * * * * * * * * * *

 チーム「女神の祝福」は、交易ギルドと冒険者ギルト双方に属し、主にジパニア大陸の東に位置するアジリカ連邦国とゲルドリッチ王国、エジックス島との間で三角貿易をしていた。また、極秘で未開のエジックス島の探索と遺跡の発掘、保護を行いながら、その地図を作ったり、現地住民と交易したり、エジックス固有種の魔物のドロップ品を他国への交易品としたりしていた。現地住民とテラは、既に家族のように接するようになっていた。

 女神の祝福の最大の目的は、古代文明の残したと伝承される世界4大秘宝の発見であったが、現在は、3年前に、エジックス島の探索で「女神の祝福」が発見したエジロッタ遺跡を、優先して秘密裏に調査・研究していた。エジロッタ遺跡の学術的な目的での調査を独自に進める一方で、同じく発見した3つのエジックス島ダンジョンの内、その1つの探索も開始していた。

 エジロッタ遺跡の調査で発掘した物品は、消失を防ぐために「女神の祝福」所有の倉庫に保管・管理していた。また、エジックス島ダンジョンからのドロップ品は、このダンジョン固有で希少性の高い品が多く、高値で取引できた。収益の半額は、この遺跡の調査と保存、活動費等の資金に充てていた。

* * * * * * * * * * * * * *


 この時代の人間は航路によって移動や運搬力の飛躍的な発展を遂げたが、常に魔族と魔物の脅威に晒されている世界であるため、航路は開拓と閉鎖の連続となり活用も限定的であった。その意味で海洋は、まだまだ人間を遥かに凌ぐ力をもつ魔族と魔物の世界と言えた。

 ヘッドウインド号は、逆風を押して白波を切ってジグザグに進んでいた。前方からの風で船員の髪が後方へ(なび)く。波を切る度にザザーと心地よい潮の音が耳に聴こえ、船首が上下に動く。

 甲板では、日課となっているマナツによるテラの剣の稽古が始まっていた。長い棒を持ったテラの渾身の一撃をマナツはいとも簡単に受流す。テラが前のめりになると無防備な首筋にマナツの剣が振り下ろされる。

 「・・・くっ」

 「振りが大き過ぎる」

マナツがテラに厳しい口調で指摘した。

 「・・・母さん、もう1本だ」

テラは木刀を構えた。

 メインマストに付けた小さな見張り台から、山猫獣人のハフが焦げ茶と茶色の縞のある尻尾を振り、耳をパタつかせながら東を指さす。

 「テラ、イルカの群れ」

テラは、木刀を構えたまま左舷の海面を見た。

 「うわぁー、凄い数だね」

 イルカの群れは、ヘッドウインド号に近づいて来ると並走しだした。船のすぐ横を、イルカの大群が跳んでは潜り、潜っては跳ぶを繰り返している。魚の群れを追っているのではなく、この船に興味を持ったのであろう。

 テラは、朱色の髪を風に靡かせ、イルカの群れに手を振りながら歓声を送っていた。クルーたちも操船しながら、笑顔でテラとイルカのやり取りを見ていた。


 「エジロッタ遺跡手前にあるこのエジックス島ダンジョン1号の攻略も、そろそろ最深部に近づいている気がする」

マナツが女神の祝福のメンバーに言った。

 「このダンジョンは複雑な迷路と罠がぎょうさんある。それに魔物も強いで。歯ごたえのあるダンジョンやな」

ファンゼムが杖で(てのひら)を叩きながら言った。

 「エジックス島ダンジョン1号は今回で5回目の探索です。前回までに12層まで完全攻略をしています。隠し部屋5つと隠し通路4つ、罠の場所も網羅したマッピングも完了していますので、今回の重点は13層からとなりますね」

 角帽を被ったエルフの学者ダンが眼鏡を指で上げながら、マナツを見た。女神の祝福メンバーも頷く。テラの野太刀を握る手に力が入った。


 「レッドオーガ亜種2匹。右の1匹は私とテラ。左の1匹はリッキとハフ。ファンゼム、ダンは後方支援をしろ」

マナツが通路から部屋の中を睨みながら指示を出す。

 「「「「「了解」」」」」

 レッドオーガ亜種は、全身が赤黒く体長は3m。4本の手を持ちそれぞれに長い曲刀を握っていた。黄色い目に赤い瞳が光り、吊り上がった口からは牙が2本見える。

 部屋の中へマナツとリッキが突撃する。マナツは大剣を振り下ろしてレッドオーガ亜種の1本の腕を切り落す。

 レッドオーガ亜種は悲鳴を上げながら残り3本の腕で曲刀を振り回した。曲刀が風を切ってマナツに迫る。マナツは体を仰け反らせて、鼻先でこれを躱す。次の曲刀がマナツを襲う。キンと音を立ててその曲刀の軌道が変わりそれた。テラの野太刀が曲刀を受流したのだ。レッドオーガ亜種は、黄と赤の瞳で殺気を(みなぎ)らせてテラを(にら)んだ。

 マナツはバックステップで一旦下がり身を屈めると、レッドオーガ亜種めがけて低く跳躍した。マナツの大剣は床と水平に走り右膝を切断した。レッドオーガ亜種は苦痛の悲鳴を上げながら、バランスを崩す。1本の曲刀が低い体勢のマナツの背に振り下ろされる。テラがこの一撃をまたもや野太刀で受流す。

 レッドオーガ亜種は左足で立ち上がろうと体を起こすが、そこへ宙に跳んだマナツが大剣を振り下ろした。レッドオーガ亜種は、頭から兜割りとなり息絶えた。

 マナツは、テラの頭を撫でた。テラは嬉しそうに微笑んだ。2人はもう1匹のレッドオーガ亜種に視線を移す。首と胸、左太腿に矢が刺さり、3本の腕が肩からだらりと垂れ下がっていた。

 レッドオーガ亜種の渾身の一撃を白熊獣人のリッキが盾で受け止める。曲刀が折れて跳ねた。山猫獣人ハフが放った矢が左目に命中する。リッキのウォーメイスの一撃がレッドオーガ亜種の脇腹にくい込む。ドゴと鈍い音と共にレッドオーガ亜種は横に飛んだ。そのまま壁に激突して床に落ちた。レッドオーガ亜種は、既に息絶えていた。

 部屋に大きな宝箱が現れた。この宝箱をマナツが鑑定スキルで鑑定して言った。

 「この宝箱に罠はない」

 シーフのハフが宝箱を開けた。中には魔石とエジックス島固有の封魔石の塊、銀色に輝くウォーメイスが入っていた。

 魔石は、魔力を放出する汎用性に富んだ石である。一方、封魔石は、魔力を吸収することができる石である。しかし、表面が損傷すると、空気で膨らんだ風船が割れた時の様に、吸収した魔力を一気に放出し破裂するため、その取り扱いには細心の注意が必要となる。封魔石はエジックス島ダンジョン固有石で、ダンジョン内では比較的手に入り易い石であった。

 銀色に輝くウォーメイスは、通常であれば片手では扱いきれない長さと重量だろう。しかも、かなりの業物であることはすぐに分かった。

 「鑑定ではミスリル製のウォーメイスだ。鋼や魔鉄の武器や防具も、この一撃で圧し折れるとある。かなりの業物のようだ」

マナツは鑑定結果を説明した。そして、

 「このウォーメイスは、リッキに贈ろうと思う。異存はあるか」

マナツがそう問うと、

 「妥当な判断だと考えます」

 「これほどの業物のメイスを扱える者は、リッキだけやろ」

 「このチームの戦力がまたアップするわ」

ダンとファンゼム、ハフが賛成する。テラも頷く。

 マナツは、ウォーメイスを白熊獣人の怪力リッキに手渡した。

 「感謝する」

 リッキは、一礼した。メンバーも笑顔で祝福した。リッキは手に入れたミスリル製のウォーメイスを3回ほど振った後に、メイスをしげしげと見て目じりを下げた。


 エジックス島ダンジョン1号にアタックして3日目、ダン作成のマップを元にして、最低限の戦闘で新層になる13層に到着していた。

 小部屋の壁が開き、下り階段が現れた。

 「どうやら14層に続いているようだな」

マナツが下り階段を覗いて言った。

 女神の祝福のメンバーは、その階段を下りて行った。階段の下には大きな鉄の扉があった。今までにない大きさと様々な魔物のレリーフが施された威風堂々とした扉であった。

 「おかしげな扉だき、ここが最終層のダンジョンボスの部屋かもしれんなー」

ファンゼムが杖で扉を叩きながら言った。

 「いよいよここが最後か」

ハフが鉄の扉を、眼と手で仕掛けがないかを慎重に確認しながら言った。

 「これでこのダンジョンのマッピングは終了します。後は、よい薬の素材が出る事を祈るばかりです」

ダンが腕を組みながら頷いて言う。

 「皆、気を引き締めろ。このダンジョンの魔物は個性的で強かった。そして、ここがダンジョンボスの部屋だとしたら、かなりの魔物だと思う。各自装備とポーションを確認しろ」

マナツがそう言って、気を引き締め直す。

 テラは、肩掛け鞄に入っていたマウマウと呼ぶ白の本を取り出すと、ブツブツ言いながら読んでいた。

「いくぞ」

マナツはそう言うと、鉄の扉を慎重に開けた。

 女神の祝福メンバーが部屋に入ると、後ろの鉄の扉は堅く閉ざされた。この部屋は石造りのドーム状の形をしていて、かなりの広さがあった。直径120m、高さが60mといったところだろうか。床は、起伏に富んでおり10mを越える丘もいくつか見えた。

 中央には、黒いマントと長い杖を持ったエルフの様な人間が立っていた。その男は灰色の肌をしていて、黄色の瞳でこちらを睨んでいた。

 「あ、あれは、エルフミミクリーの様ですね」

エルフの学者ダンがそう言った。

 「それは何だ」

マナツがそう問うと

 「エルフの歴史書で読んだことがあります。エルフに擬態したミミクリーと呼ばれる魔物がいることを」

 「けったいな奴や。儂も初めてやな。奴はどんな能力なんや」

 「エルフミミクリーは、魔物に変化へんげすると言われています」

 「ダン、どのような魔物に変化するの?」

ハフが問うと、

 「個体によって千差万別のようです。エルフミミクリーは、変化した魔物の力を持つと言われています。ただ、オリジナルの魔物よりは、攻撃力も防御力も落ちると。また、エルフミミクリー本体の能力の高低によって、擬態した魔物の能力にも影響があるようです」

 「迂闊(うかつ)に近寄ると危険だな」

マナツが制止するように言った。

 「ハフ姉さん、あのエルフミミクリーにここから雷魔法か矢を射ることはできる?」

テラが尋ねた。

 「ここから距離60mといったところね。私には少し長いかな。でも、ダメージを問わないなら、当てることはできる」

ハフの回答からマナツが指示をする。

 「それだわ。まずは遠隔攻撃で行こう。

 エルフミミクリーが、何に変化するかを確認してから戦闘をすれば、幾分かはリスクが減る。

 もし、飛行系の魔物ならハフが魔法で落としてから攻撃。非飛行系なら私とリッキが突撃をする。いつも通り、ファンゼムとダンは後方支援。テラは、遊軍」

 「「「了解」」」

 ハフが警戒のためセンサーを兼ねる焦げ茶と茶色の縞のある尻尾を立て、耳を後ろへたたみ雷魔法を詠唱し始めた。同時に、エルフミミクリーは唸り声を上げながら体が膨張し始めた。体が黒くなり上へ上へと伸び始める。

 ハフの雷魔法が着弾するが、大きなダメージを受けた様子はない。黒く高く伸び、翼も左右に現れて来た。

 グオォォォーンという雄叫びと共に、黒いドラゴンへと変化した。体長は10m超、全身が黒色、2本脚で直立し、手が2本と赤黒い大きく開く翼が2枚あった。頭部からは鹿の様に枝分かれした2本の角が生えていた。7、8mの太く力強い尻尾の先には角の様な(とげ)が3本生えていた。

 「あれは、ドラゴン種最強の一つとも言われているブラックドラゴンだ。アダマンタイト製の武器でないと戦えないが、劣化ドラゴンならミスリル製の私の大剣、リッキのウォーメイス、テラの野太刀なら戦えるかもしれない。

 ドラゴンブレスに注意を払え。時計盤の12時の位置は私が、4時はリッキ。8時はテラ。全員散開」

マナツが指示を出すと、メンバーはブラックドラゴンを中心に時計盤に刻まれた数字の様に散開した。

 散開するといくつもある丘の起伏がメンバーの体を隠す。

 ブラックドラゴンは、近くの丘に上がると、口を開いたまま喉を橙に光らせた。

 「ドラゴンブレスだ。回避!」

マナツが叫ぶ。

 ブラックドラゴンは、口からドラゴンブレスを吐いた。閃光と共にその軌道上の丘が消失した。

 「うぉ、あの直撃を喰らったら、骨も残らないな」

リッキがごくりと唾を飲んだ。

 「顎下の龍の逆鱗(げきりん)が弱点です。そこに攻撃を」

テラが本のマウマウを開けながら叫んだ。

 マナツが直ぐに叫ぶ。

 「丘の上からドラゴンを落とすぞ。私が(おとり)になる。リッキはウォーメイスで丘から叩き落せ。逆鱗を狙うのはテラ。ハフは雷魔法で攪乱(かくらん)。ファンゼムは、回復を頼む。行くぞ」

マナツは叫ぶやいなや丘の上のブラックドラゴン目指して駆けあがって行く。

 マナツは重力魔法グラビティを唱え、ブラックドラゴンの動きを鈍くした。

 ブラックドラゴンはマナツを視界に捉え、深く息を吸うと口から炎を吐いた。同時にブラックドラゴンの眉間にハフの雷魔法が直撃して、頭部が揺れた。炎はマナツの脇を吹き抜けて行った。

 ダンの投擲がブラックドラゴンの頭部近くで炎を上げて炸裂する。一時的に視覚と聴覚、注意力を奪った。

 走り込むマナツの大剣がブラックドラゴンの右腿を斬った。ブラックドラゴンは苦痛の叫びを上げながら、尻尾を右から振り回しでマナツを薙ぎ払う。マナツは咄嗟に大剣の刀身で直撃を回避するが時計盤の10時の方向に飛ばされた。大剣が手を離れて宙に舞う。

 リッキは4時の方向からドラゴンの捻じれた左脇腹めがけてウォーメイスを叩き込んだ。ブラックドラゴンの鱗がパキンと割れて脇腹にウォーメイスが食い込む。グギャと叫び声を上げて、ブラックドラゴンの巨体はくの字のまま転倒し、丘を転がり落ちた。

 ブラックドラゴンは丘の下で倒れたまま首を上げ、丘の上にいるリッキを睨み、口を開いた。(のど)が橙に光る。

 「リッキ、逃げろ。ドラゴンブレスが来よるで」

ファンゼムが叫ぶ。リッキに恐怖の表情が浮かぶ。

 ズバッという音がした。ブラックドラゴンの顎の下にある龍の逆鱗に長い野太刀の刀身が食い込み、頭から銀色の刃先が飛び出していた。

 ブラックドラゴンは、突然現れたテラを信じられないというような表情を浮かべて凝視した。視覚にも魔力探知にも、ドラゴン種のもつ敏感な気配察知にもかからずに、テラがブラックドラゴンの頭の脇に現れたからだ。

 ブラックドラゴンは顎が上がり、天井に向けて弱々しいドラゴンブレスを放った。ドラゴンブレスが断末魔となりそのまま力なく体を沈めた。

 テラは振り向くとマナツの下に駆け出していた。

 「お母さん、お母さん・・・」

 テラが倒れたマナツを抱えるようにしてしがみついた。

 「テラ、・・・聞こえているよ。よくやったわ・・・私は大丈夫」

と言って、マナツはテラを抱きしめた。

 「あ痛っ・・肋骨を何本か折ったようだ」

 「大丈夫?」

 「・・ええ。ファンゼムの回復魔法で治してもらうわ」

そう言って立ち上がった。ファンゼムの回復魔法がマナツに飛んできた。マナツの体は白く輝いた。

 「皆よくやったわ。流石は、チーム女神の祝福だわ」

 女神の祝福のメンバーは、固く握った拳を高く上げていた。

 ハフが、焦げ茶と茶色の縞のある尻尾を振りながら指さして叫んだ。

 「あれを見て・・・」

 ブラックドラゴンの屍は消え、代わりに特大の宝箱が出ていた。マナツはテラの肩に手を回して、支えられながら特大の宝箱の下に歩いて行った。特大の宝箱の横には、最後のドラゴンブレスで刀身を失ったミスリル製の野太刀が転がっていた。

 「この箱に仕掛けはないわ。ハフ、開けてちょうだい」

マナツが言うと、ハフが特大の宝箱を開けた。

 箱には柄から鞘までで180cmを超える野太刀が入っていた。その隣には、ブラックドラゴンの心臓1個とブラックドラゴンの鱗が数十枚、角が2本、特大の魔石、エジックス島固有の封魔石の大塊あった。

 「鑑定では、その野太刀は刀身がアダマンタイト製。斬魔刀(ざんまとう)飛願丸(ひがんまる)。マナを帯び、所有者が斬りたいと願うもの全てを絶つとある」

 「テラはブラックドラゴンを倒して、武器の野太刀を失ったのじゃけん、これはテラに贈るの一択でよか」

ファンゼムがテラを見て言う。

 「ああ、賛成だ。これでテラも12歳にして斬魔刀持ちだな」

リッキも同意した

 「飛願丸はテラで当然です。それより竜の心臓を私にください。エリクサーの材料になります」

ダンが言う。

 「ドラゴンに止めを刺したテラが飛願丸を貰うべきだと思います」

ハフも同意する。

 マナツは、飛願丸を特大の宝箱から取り出すと、テラに渡した。

 「私で良いのですか」

テラが申し訳なさそうに言うと、全員が首を縦に振り、ウィンクをしながら突き出した右手の拳から親指を上に立てた。優しい眼差しでテラを祝福していた。

 「皆の思いも受け取り大事にするのだぞ」

マナツはテラに飛願丸を渡した。

 「皆さん、ありがとうございます」

テラは、拝むように両手で受け取った。

 「テラは儂らの子でもあるからな。儂も嬉しいぞい。ささ、はよその飛願丸を背負って抜刀してみんか」

 テラは、斬魔刀、飛願丸を背負い抜刀しようとしたが、刀身が長くて抜けなかった。これまでの野太刀は刀長が1mであったが、飛願丸は刀長が1.4mと日本刀のおよそ倍の長さ、元幅は6cmあった。

 「あははは、おいテラ、この刀を抜けないなら使えんぜよ」

ファンゼムがからかうと、テラはプイと(ほお)を膨らませながら刀身を指で押えながら、不器用に(さや)から出した。

 「うわー、吸い込まれそうな黒色。紫色に浮かぶ刀文が波と水飛沫のようで綺麗だわ」

テラは、長い刀身を食い入るように眺めていた。

 残りのブラックドラゴンの心臓はダンに、ブラックドラゴンの鱗は加工して(やじり)に使えるため、ハフに譲られた。今回のダンジョン攻略で他の宝箱からでた宝石と金塊、その他の素材は、半分が遺跡調査・保護等の資金に回し、残りの半分からマナツとファンゼムが1/3ずつ貰い、残りの1/3は、武器や素材を手に入れた4人で分けた。

 ダンジョンボス部屋のボスを倒すと新たに開いた扉から魔法陣に入ると、地上に降り立った。

ファンゼムがマナツの折れた肋骨を完全に回復させた。

 「さあ、エジロッタ遺跡まで移動したらそこでキャンプだ。明日は朝から旅の目的である遺跡調査をする」

 マナツの声が響いた。


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