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第20章 リリーの騎兵と魔人の騎兵

 第20章 リリーの騎兵と魔人の騎兵


 「あ、軍事都市ガイが、魔族の攻撃を受けている。確かガイには、ナギ王国南部の住民が避難しているはずだ。避難住民の命が危ない。いくぞ」

ダイチは馬を走らせながら、黒の双槍十文字の装飾に偽装している神獣カミューと肩掛け鞄に入っている黒の神書クローに言った。


 軍事都市ガイは、王都ロドの南口を固める重要な都市である。南北に大小の河に守られた難攻不落の要塞であった。魔族の侵攻に伴い、王都ロドから援軍の兵2000人が到着し、現在2500人によって守られている。同時にナギ王国の南部地域の住民24万人が避難していた。その城内は避難民によって溢れていた。

 

 「パリピ様、ガイに向かう1騎がいます。攻撃しますか」

 「ふっ、捨てておけ。それよりゲオーグは一体何を考えておるのだ。六羅刹円舞のオルバ様から、王都ロドへの南方面からの攻略を仰せつかっているというのに、その手前の軍事都市ガイを攻撃するとは」

 「はい、パリピ様のお考えに対して、背後からの挟撃を防ぐためだなどと申して、ガイへの攻撃を開始してしまいましたな」

 「厄介なことだ。傀儡師ホージュスの兵は大局を見ることができぬとはな。このままガイを素通りしても、我々の王都ロドへの侵攻を見過ごすことはできずに、ガイの兵は城から打って出ざるを得ないはずなのに・・・馬鹿が」

 「小さき功に目が眩み、大功を見逃しております」

 「我が隊が単独で王都ロドを落とし、大功を手に入れるとするか」

パリピは巨大な薙刀で南を指した。

 パリピは、六羅刹円舞のオルバの副官として、その戦略と戦術によって数々の武功を立ててきた老将であった。

 東西を山に囲まれた王都ロドへの南口に当たる森から南西へ5キロの軍事都市ガイを横目に、パリピは王都を目指して北上していた。


 『ダイチ、あそこに魔族部隊50匹がいるが、攻撃するか』

 「クロー、ガイの24万人の避難民の救助が第1優先だ。このままガイへ行く」

 『主、我は攻撃できるほど魔力は残っていないぞ』

 「ああ、分かっている。それを承知で強行してきた」

 『僅かな距離の飛行と物理攻撃ぐらいしかできん』

 「上等」


 ゲオーグ配下の魔族兵60匹は、軍事都市ガイの城壁に取り付いていた。魔族兵は城内への侵入を試みて飛行するが、弓兵と魔導士兵の遠隔攻撃によって辛うじて侵入を防いでいた。正確には、城内へ侵入した魔族は極少数はいたが、城内の兵によって殲滅していた。

 「城壁から攻撃して来る兵を魔法で吹き飛ばせ」

ゲオーグが声を張り上げる。

 ドゴゴーン

 ドドーン

魔族兵の魔法が城壁の上で炸裂する。

 城内の建物に収容しきれず、広場や通路に座っている数十万の避難民たちが叫ぶ。

 「お母さん、怖いよー」

 「きゃー、兵士様、助けてください」

 「雪乙女様、どうかお助けを・・・」

非難民は、母と子らが寄り添い、城壁の中で祈るような思いで恐怖に耐えるしかなかった。

 「弓兵と魔導士兵は、地上の魔族は狙わなくてよい。城壁まで飛んで来る魔族のみを攻撃しろ。城内に魔族を入れてはならない。城内の民を守るのだ」

 「魔族を城内に入れるな」

 「ここは火力が不足している。弓兵を回してくれ」

 「下の魔族には、石でもいい。投げつけろ」

城壁の上では、兵たちの指示と救援要請の声が飛び交う。

 城壁外からは、多数の魔族兵が飛翔して、城壁の上を目指す。

 ドゴゴーン

城壁の兵は火弾とファイアで炎に包まれる。

 「この数の魔族は防ぎきれません」

 ドゴゴーン

魔族の炎魔法は容赦なく城壁の兵に飛ぶ。

 

 ガスタンク

  「エクスティンクション」


 魔力がわずか1の魔法使いであるダイチは召喚術士である。

 召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。

 城壁に迫る魔族の1匹から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。球形が目に見えた訳ではない。ダイチの想定した効果範囲であるガスタンク大の直径30メートルの透き通った球が存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んだのだ。その刹那、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。球状の範囲を飛行していた魔族14匹が一瞬にして消滅していた。

ダイチは、エクスティンクションのリキャスト9秒を心でカウントを開始する。

ダイチにとって9秒は果てしなく長く、それは時が止まり、永遠に続く時のような感覚になっている。全てがスローモーションのように見える。

ダイチは、黒の双槍十文字を握った右手を横に突き出すように構えながら、馬を走らせている。

 「カミュー、行け」

 カミューはダイチの手に持っていた黒の双槍十文字から飛び出すと、体長4メートル、頭と髭、背中、手足の付け根から生える毛が金色の白龍になる。

 カミューは、魔族兵めがけて飛んで行く。

 「い、今のは何だ・・・飛んでいた魔族兵が消えたぞ」

 「残った魔族を撃ち落とせ」

 ガイの城壁を守る兵士が叫ぶ。

 カミューが魔族兵に迫る。

 ダイチは、騎乗したまま黒の双槍十文字を横に伸ばして城壁に向かって駆ける。

 カミューは尻尾を振り、魔族兵の首を飛ばす。

 カミューは尻尾で宙に浮く魔族兵を薙ぎ払う。

 魔族兵は、カミューに向かい魔法を詠唱する。

 カミューは左手で魔族兵の頭を掴み、魔法を詠唱している魔族兵に投げつける。

 ダイチは、馬上から黒の双槍十文字で魔族兵の胸を突き刺す。

 ダイチは、槍の穂先を引き抜くとそのまま右に薙ぎ払う。魔族兵はこれを防ごうと剣を出すが、その剣ごと両断される。

 ダイチは、特異スキル「学び」によって、アダマント製の穂先をもつ黒の双槍十文字の特徴を生かした戦闘術への錬度を短期間で高めていた。アダマント製の黒の双槍十文字は、敵の武器ごと本体も両断できる。このメリットは計り知れなかった。剣術に劣るダイチであっても、敵が武器でダイチの攻撃を受け止めることを無効にできるからだ。

 敵の武器での防御を無効にして敵を両断する。黒の双槍十文字によって、ダイチ独自の槍術は、各段の進歩をしていた。


 ガスタンク

  「エクスティンクション」


 地上で城壁の兵士に魔法を放っていた魔族兵9匹が消滅した。

 『ダイチ、南口を目指していた魔族部隊は、入口の森まで1キロに迫っている』

 「クロー、こちらが先だ。今は動けない。カミューは南口まで行けるか」

 魔族兵は、ダイチに火弾を撃つ。

 『主、無理だ。城壁に飛ぶ魔族を葬ることで手一杯だ』

思念会話で答える。

 ダイチの背に魔族兵の火弾が命中する。

 ダイチは、落馬して地面に落ちる。

 『ダイチ、大丈夫か』

 「くぅ、カミューの神龍の加護で守られているので、衝撃と痛みを感じただけだ」

 4

 ダイチは、立ち上がろうとする。

 ダイチめがけて次々に魔法が飛ぶ。

 ダイチに上級魔法の極炎が直撃する。

 『ダイチー』

 クローが叫ぶ。

 「うぉ、あちちち。軽い火傷程度だ。服も焼けていない」

 ダイチは立ち上がる。 

 ダイチは、魔族兵に走り寄る。

 魔族は、慌てて魔法を唱える。

 槍で詠唱中の魔族の腹を突く。穂先を躱されたが、穂先から横に延びた右の刀身が胸から腹を切り裂く。

 魔族2匹が剣や槍を構えてダイチを囲む。 

 振り向きざまに、腰に差した白菊を抜き払う、刃先の軌道をV字型に変化させながら、魔族の武器もろとも2匹を切り伏せた。


 極軽量で最高硬度をもつオリハルコン製の白菊は、その軽量ゆえに竹ひごを振るように高速で刃が走り、走る刃の軌道もダイチの腕力でさえ自在に変えられた。アダマンを越える最高硬度ゆえに武器もろとも敵を両断する。白菊の刃が走り出したら、敵にそれを止めることは不可能であった。

 

 ガスタンク

  「エクスティンクション」


 魔族5匹が消滅した。



 「パリピ様、遠くに見えるあの森が王都ロドへの南口です」

 「これで、王都ロドへは1番乗りができる」

パリピは口元を左に寄せて笑った。

 「パリピ様、森の入口からナギの隊が向かってきます」

 「むう・・・300といったところか。我ら魔族兵50の部隊にあの程度で何が出来る。このまま押し通る」

 

 王都ロドへの南口の森から出て来た隊は、リリー率いる300騎であった。

 ローズ第2王妃が、ルーナ王女に面会に来た時に、ダイチから南の軍事都市ガイが危険に晒されていることを知り、ガイに避難していた住民を救いに来たのだ。

 王都を守るドリゥーン王子に掛け合って、僅か300の兵ではあったが、ガイ救援への許可が出たのだ。籠城に不向きな騎兵を総動員しての300騎であった。

 リリー率いる300騎は、パリピ率いる50の魔族兵を視認した。

 「リリー殿、魔族部隊、およそ50匹が前方にいます。攻撃しますか。それとも、ガイの救援に向かいますか」

 隣の騎兵がリリーの指示を仰いだ。

 リリーは、

 「ガイ救援のために300騎を率いてはいるが、このまま魔族部隊50匹を通過させては、王都が危ない。ガイにはダイチ様が向かっているはず。ダイチ様を信じる」

右手に持った槍の穂先をパリピの魔族部隊に向けた。

 リリー率いる300騎は、パリピの部隊に馬首を変えて駆ける。

 蹄の音が激しくなる。

 「魔導士騎兵、魔法防御を」

 リリーの指示で、魔導士騎兵が騎馬隊の最前列に馬を進めて来た。

 パリピ率いる魔導士部隊から火弾が放たれた。

 ドゴー、ドドゴー、ドゴー、ドドゴー

魔導士騎兵は、前面に有色透明の結界を張ってで防御する。火弾は次々に跳ねて草原で爆発する。リリーの率いる騎馬隊は、馬速を更に上げて突撃する。

 これを見た歴戦の老将パリピは、的確に指示を出す。

 「やりおるわい。魔法を火弾から極炎に変えろ」

 「はっ」

 魔族兵は、高火力広範囲魔法の極炎を唱えた。

 リリーは詠唱が長く変わったことに気付き、槍の柄の中央を持って掲げた。

 「散開」

騎馬隊は散開し、大きく距離を開けて疾走する。

 極炎が放たれ着弾する。有色透明の結界で防御をするするが、高火力の極炎によって、騎兵は炎に包まれる。しかし、互いに距離を開けているので被害は少ない。

 極炎が次々に撃たれた。騎馬隊は徐々に数を減らしながらも、魔族部隊に接近する。

 リリーが、槍で1点を真っ直ぐに射す。

 「魚鱗」

散開していた騎馬隊が密集する。最前線にいた魔導士騎兵が後方へ下がる。

 リリー率いる騎兵300騎とパリピ率いる魔族兵とが交錯する。

 ドーン

 という激しい衝突音が草原に鳴った。

 騎馬隊の激しい推進力の前に魔族兵は、馬に跳ねられ、あるいは槍で突かれ、次々に討ち取られる。互いがすれ違った後に、両者が向きを変えて再接近し、混戦となった。

 騎馬隊の槍が魔族兵を刺す。魔族兵も剣や槍などで応戦する。

 リリーは、魔族兵を次々と槍の生贄としていた。

 「あの小娘め」

パリピがリリーを指さと、魔族兵がリリーに群がる。

 リリーが魔族兵と槍を交えているところへ、背後の上空から魔族が槍を構え急降下して来た。

 ガキン

金属音が響く。リリーが前方の魔族兵の胸を槍で貫きながら、振り返った。

 兵の1人が、急降下して来た魔族の槍を2本の小刀で防いでいた。既に魔族の首にはクナイが刺さっている。

 「お、お前は・・・」

 騎馬兵の鎧を着て兵になりすましていたカガリが、横目でちらっとリリーを見た。

 「・・・お前は気にくわぬが、礼を言う」

リリーは、そうカガリに言った。

 「気にくわないのは、私もだ」

カガリが睨み付けて言った。思えば、2人の出会いは宝珠奪回の戦闘であった。

 個の戦闘力は魔族が上である。混戦となってからは、魔族が手にした武器と近接攻撃魔法で騎兵を蹂躙し始めていた。騎兵がその数を減らしていく。

 飛行して襲い掛かって来る魔族を、リリーは馬上から槍で突く。リリーの背後から魔法を唱える魔族の首に、カガリのクナイが刺さる。

 いつの間にか、リリーとカガリは、馬上での弱点となる自らの背後を、互いに守り合うような位置取りをして奮戦していた。

 「距離をとる。北東に退け」

リリーは声の限り叫んだ。

 北東へ駆ける途中で、背後から魔法攻撃を受ける可能性はあるが、騎馬隊の機動力と圧力を生かすには、距離を置くしかないと判断したのだ。

 騎馬隊は、背後から魔法が飛んでくる中を、懸命に駆けて退いた。

 魔法圏外まで距離をとれた時には、騎兵は30騎ほどに減っていた。魔族部隊は、32匹残っていた。

 「王都ロドの攻城戦のために、命を捧げてほしい」

リリーが騎兵に言う。

 「元より」

騎兵が頷く。

 リリーは馬上で隣のカガリを見て言った。

 「あと、5匹は減らしたいところね」

カガリはリリーの眼をみて無言で頷く。

 リリーが、

「私が2匹、カガリは1匹」

と言うと、カガリが、

 「私は3匹よ」

即座に言い返す。

 リリーの口元が緩み、笑みを浮かべたようにも見えた。

 リリーは、右手の槍を高く掲げ、それから魔族部隊を穂先で指した。緑の草原を30騎が最後の突撃を開始した。30騎の馬の蹄の音が、

 トコ、トコ、トコ、パココン、パココン、ドドドン、ドドドン、ドドドン

と速く激しくなっていく。

 パンパパーン、パパパパパパパーン

夏の真っ青な空と緑の草原にファンファーレが鳴り響いた。

 そこにいる人間と魔族、全ての視線がファンファーレの響く方角を見た。リリーの騎馬隊は手綱を絞り、停止した。

 そこには、白い布地に黄色い獅子2頭が互いに背を向けながら後ろ足で立ち、その間には麦が三本実る意匠の大旗と、深紅の布地に銀色の剣と槍が斜めにクロスし、その上に銀色の五角形の盾、まるで海賊旗のような意匠の中旗がはためいていた。銀色の鎧と馬鎧に身を固めた騎馬隊が草原を疾走して来る。太陽の光が、銀の鎧と盾に反射して眩しく光る。

 騎馬隊の先頭には、銀色に輝く兜と鎧を身に付け、その兜には深紅の羽根飾、背には深紅のマント、アダマント製の黒の双槍一文字を抱えた騎士がいた。それは、ジーク・フォン・メルファーレン侯爵。ローデン王国の英雄であった。

 メルファーレン侯爵率いる騎兵3000騎が疾走してくる。その堂々とした隊列での疾走は、全てを圧する力と凄まじい殺気に満ちていた。

 パリピの勇猛な魔族兵たちも身動きが出来なかった。魔族兵たちは、迫りくる蹄の音に我に返った時には、数歩後ずさりをしていることに気付いた。

 魔族兵たちの脳裏には逃亡の文字が浮かんだ。横目で互いを見て、互いに牽制し合い、動向を探っていた。


 ************************************

 魔族侵攻に伴い、ナギ王国からローデン王国へ、対魔族への軍事協力を申し出ていた。事実上の救援要請ではあったが、ローデン王国グリードリヒ・ローデンは、魔王ゼクザールの復活によって、今後魔族の侵攻は大陸全土に及ぶことを理解しており、両国の軍事同盟への先駆けとして、メルファーレン侯爵を派兵したのであった。

 第1陣として、メルファーレン侯爵率いる騎馬隊3000騎、第2陣として、炸裂火炎砲100門を含む5000名の兵を派兵していた。

 第1陣のメルファーレン侯爵率いる騎馬隊がこの草原に到着したのだった。

 ************************************


 「騎馬隊に魔法を撃て」

パリピが叫ぶ。

 騎馬隊にただならぬ威圧感を感じた魔族兵は、遠距離に適した火弾をつるべ打ちした。

 ドゴー、ドドゴー、ドゴー、ドドゴー、ゴゴー、ゴゴー、

 メルファーレン侯爵率いる騎馬隊は、そのまま一直線に突撃して来る。

 火弾の着弾寸前に、騎兵は左手を上げ、有色透明の結界を張った。火弾は弾け飛ぶ。

 「極炎だ。騎馬隊の先頭に極炎を撃て」

魔族兵たちは、高火力広範囲魔法極炎の長い詠唱に入った。

 先頭を駆けるメルファーレン侯爵が黒の双槍一文字を頭上から前方に伸ばし、1点を指した。

 メルファーレン侯爵と共に先陣を駆ける騎兵300騎がグングン加速した。この300騎は、メルファーレン侯爵の私設騎兵であり、歴戦の猛者たちである。後ろに従う騎兵とは、馬も技術も経験も違っていた。

 騎兵隊は、風のように駆ける300騎と後ろの2700騎との間が、みるみる広がっていく。

 魔族の極炎が撃たれた。

 ドドドーン、ゴゴゴー、ドドドーン

極炎は、先を駆ける騎兵300騎と、後続の2700騎との間に開いた広い空間に着弾していく。極炎の長い詠唱では、疾風の如く駆ける300騎を捉えらなかったのである。

 「あの騎馬隊には、恐怖というものがないのか。あの先頭の騎士の指揮に、何の躊躇いもなく従っている・・・な、なぜ、なぜだ・・・」

パリピは、魔族では理解し難い騎馬隊の行動に恐怖を覚えた。

 魔族の秩序は、より力の強大な者によってもたらされる。恐怖による他者への支配が全てであった。つまり、より強い恐怖の前ではその秩序は崩壊し、戦場で逃亡すことも珍しくはない。しかし、この人間の騎馬隊は、メルファーレン侯爵への深い敬愛と互いの信頼で結びついていた。魔族には、畏怖の念を覚えることはあっても、敬愛と信頼の心を理解することはできなかった。

 魔族兵たちは、恐怖にかられて一斉に飛行魔法で空に逃げる。

 「馬鹿め、馬では空まではこられまい」

パリピがニヤリと笑った。

 メルファーレン侯爵が槍を振る。

 先頭を駆ける数人の騎兵が、希少な範囲重力魔法グラビティを唱えた。魔族兵たちの周辺には激しい重力がかかり、落下していく。

 「うう、体が重い・・・お、落ちる」

魔族兵たちは、懸命に飛び上がろうとするが、飛行高度は2メートル程度がやっとであった。

 ドゴドゴドゴ、ドゴドゴドゴ、ドゴドゴドゴ

 草原の大地を疾走する蹄の音が響く。

 パリピや魔族兵の瞳には、黒の双槍一文字を構えたメルファーレン侯爵と騎馬300の殺気に満ちた瞳が写った。

 「ひーっ」

魔族兵が声を上げた刹那、

 激突

 低空の魔族兵が黒の双槍一文字に両断される、突かれる、撫で切りにされる。従う騎兵の槍に突き落とされる。

 「おのれ、人間の分際で・・・円舞のオルバ様副官パリピの力を見せてやる」

パリピは高度2メートルから、手にしていた巨大な薙刀を、迫るメルファーレン侯爵の頭上めがけて振り下ろした。メルファーレン侯爵は右手に握った黒の双槍一文字を跳ね上げた。パリピの体は薙刀と共に両断され、地面に落下した。騎馬隊は、突撃の勢いのまま通り過ぎていく。

 メルファーレン侯爵が、右手の黒の双槍一文字を高く上げる。騎馬隊は速度を緩め、馬首を返す。草原には魔族の多数の屍が転がっていた。傷を負った3匹の魔族が低空に浮いている。

「た、助けてくれ。お、俺は、仕方なく従っていただけだ・・・こ、子供だ、そう俺の子供が人質に取られていたのだ。命だけは助けてれ」

3匹の魔族兵のうちの1匹が嘆願した。

 メルファーレン侯爵は、馬上でこれを一瞥すると、軍事都市ガイに馬首を向け駆けだした。騎兵300騎も従う。

 傷を負った3匹の魔族は互いに顔を見合わせ、牙を出してニヤリとした。メルファーレン侯爵の背後から極炎を唱え始めた。

 ・・・ドゴドゴドゴ、ドゴドゴドゴ、ドゴドゴドゴ

背後から蹄の音が近づいて来る。

 魔族3匹は、後ろを振り返る。

 「うあぁー」

 3匹は叫び声だけを残し、後続の騎兵2700騎に呑み込まれていった。


 リリーとカガリ、騎兵28騎は、目の前で起こった暴風のような騎馬隊の突撃に眼を奪われ、馬上で放心状態だった。

 「1撃で・・・あれは、ローデン王国の旗、ローデン王国が救援要請に応えてくれたのだわ。ダイチがローデン国王ならきっと援軍を派兵してくれると言っていた通りだわ」

リリーは、祖国滅亡の危機に駆け付けてくれたローデン兵たちの雄姿に、感謝の念で涙が溢れていた。

 カガリが驚嘆の声を上げる。

 「あの騎兵300の騎の強さはなんなの。まるで1つの魔物のような連携だった。なんの躊躇いもも疑念もなく駆け抜けていた。上級魔法を馬の走力と馬術で防ぐなんて・・・・想像もできない。それに、先頭を駆けていた深紅のマントの男は、人間とは思えぬ胆力と戦闘力だった。まさに・・・魔人」

 「ええ、魔人の騎馬隊。あの魔人の持っていた槍は、ダイチと同じ黒い穂先の槍だったね」

 「ええ、薙刀ごと魔族を両断していた」

 「さあ、私たちもガイの救援に急ぎ向かいましょう」


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