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第19章 王都ロド北の最終防衛線

 第19章 王都ロド北の最終防衛線


 魔族東別動隊。

 「味方の命を奪う戦術を密かに進めたザザイを、極刑にした」

 部隊長シャクゲが大斧を掲げて叫んだ。その刃先にはザザイの首が刺さっていた。

 おおおぉ

と支持する叫び声が上がった。

 「恐れを知らぬ魔族共よ、この戦、魔族らしく地上戦にて人間どもを蹴散らす。2つ掟をつくった。1つ、飛行は禁ずる。1つ、仲間を魔法で殺すことを禁ずる。これを犯した魔族は極刑に処す。これより全軍をもって突撃をする」

 「突撃!」

 「おおー」

 魔族東別動隊が全軍突撃を開始した。銅鑼の音が空に響く。魔族の足音が大地にこだまする。


 王都ロド北の最終防衛線。神聖国家防衛隊作戦本部。

 簡易的な柵の補修と使える炸裂火炎砲4門の配置は完了していた。余剰の炸裂火炎砲の弾薬は、荷馬車に積んで、後ろに下げていた。

 炸裂火炎砲は、魔族兵の突撃に備えて配置はしているが、1から2発の発射後は、魔族兵と肉弾戦となると予想していた。

 防衛隊は、防衛柵内で待ち受ける。

 「炸裂火炎砲用意」

「撃てー」

 ドゴゴーン、ドゴゴーン、ドゴゴーン

魔族兵が結界もろ共、火炎を纏った炸裂で吹っ飛ぶ。

 「次弾装填」

 「魔導士兵、弓兵。よく狙え」

 「撃てー」

 ドゴーン

 バン、バン

魔導士兵の火弾が飛ぶ。

 突撃して来た魔導士兵が防御の小さな結界を張る。

 ドドーン

 ドドン

結界で防ぐが、結界にひびが入る。

 ドドーン

結界が消失する。魔族兵は火弾によって倒れていく。

 ドドーン

魔導士兵と弓兵が魔族の高火力の魔法を直撃して吹き飛ぶ。

 魔族兵の先頭が柵に到達すると、柵を魔法で切り刻む、押し倒す、引き倒す。柵を越えての肉弾戦へと突入していった。横から騎馬隊が魔族兵の延びた隊列に突撃した。魔族兵の数匹が騎兵の槍に串刺しとなったが、騎兵の数は少なく、突撃の圧力は止められた。ここでも攻守交えた肉弾戦が開始される。

 「怯むなー。5人1組を崩さずに魔族兵にあたれ」

 防衛兵たちは、人数で魔族を殲滅にかかるが、魔族を取り囲むと近距離範囲魔法で兵たちが瞬時に倒されていった。

 「右の防衛陣が押されているぞ。兵50をまわせ」

 「魔導士兵を援護しろ。魔族を近づけるな」

 「盾の壁を張れ」

防衛兵たちは盾を構え、剣を振り、各部隊が連携をとりながら、渾身の力で魔族兵を押し戻す。一進一退となっていた。

 「いけるぞ、押し戻せ」

 「進め」

兵隊は、死力を尽くして魔族兵の前進を阻止し、逆に押し返し始めていた。

 「北に新たな魔族部隊を発見。およそ数40匹」

 「くっ、ここで別動隊が到着したか」

 「これ以上魔族が増えたら、耐えきれないぞ」

兵たちにも動揺の色が隠せなかった。


 「ぐへへへ。あれはホージュスの本隊か。それにしては数が少ない。まあ、どうでもよいこと。このまま人間を全滅させてやる。援軍がきたぞー。人間を皆殺しにしろ」

 「おおー」

魔族兵たちの士気が高まった。援軍の魔族隊は、円舞のオルバから派遣された元ホージュス分隊のピピン率いる魔族西分隊であった。

 ピピン分隊は空から近づき、容赦なく魔法を撃ちこんで来た。

 「円舞のオルバ様は、まだ到着していないようだ。者ども手柄を立てる好機ぞ。思う存分に暴れるがよい」

 「おおー」

ピピン分隊は、高火力の魔法を放ち、防御陣を破っていく。

 均衡していた力が一気に傾いた。神聖国家防衛隊の防御陣が崩れ始めた。

 息を吹き返した魔族東別動隊が一気呵成に雪崩れこむ。蟻の一穴、破られた防御陣は波及して崩壊した。

 勢いに乗ったシャクゲが部下の魔族5匹を率いて、防衛隊の作戦本部を目指して突き進む。その右からは、元ホージュス分隊長のベベンとシーラスが先を争って進んでくる。

 兵士たちがこれを数の力で阻止しようと幾重もの人の壁をつくるが、シャクゲの大斧一振りに両断されていく。ベベンが大剣を横に払うと兵士数人の上半身が宙に浮く。シーラスの魔法で岩の刃が四方に飛び、兵士の胸や腹を貫通していく。この3匹の魔族は他の魔族とは強さにおいて格が違っていた。

 「あれは。敵の大将のいるテントではないか」

ベベンが指をさす。

 「グヘヘ、俺様が大将をいただくぜ。お前たちはそれを見ていろ」

シャクゲが大斧で兵士を吹き飛ばしながら叫ぶ。

 「待て、シャクゲ、早い者勝ちだ」

シーラスがそう言うと、兵たちに岩の刃を飛ばして、近づいて行く。

 「アルベルト王子をお守りしろ」

近衛兵と護衛兵50名ほどが駆け込んで来て、テントへの道を塞ぐ。

 首元で切りそろえられた白髪、身長は2メートルを超える屈強な体躯をした軍務大臣兼近衛長官ホワイト侯爵が、シャクゲの前に立ちはだかる。

 「どけ」

シャクゲは、ホワイト侯爵めがけて大斧を振り下ろした。

 キン

大斧をホワイト侯爵は剣で受流す。シャクゲの大斧は地にめり込む。

 「この大斧は、剣で受流すしかない。それにしても今の斧の速さは尋常ではない・・・この魔族は強い」

ホワイト侯爵は右手の剣を握りしめて呟いた。

 ホワイト侯爵は、シャクゲの頭上に銀色に輝く刀身を振り下ろす。シャクゲはこれを腕につけた篭手鎧で防ぐ。続けてシャクゲの首めがけて剣を横に払う。シャクゲは大斧の柄で剣を受け止める。シャクゲの脇腹を払う。篭手鎧で防ぐ。ホワイト侯爵は、シャクゲの口元を剣で突く。大斧の刀身で弾く。ホワイト侯爵は、身を屈めシャクゲの(すね)を払う。鎧の脛当てでこれを弾く。

 「ゲヘヘヘ、速いな。人間にもお前のような奴がいるとはな」

シャクゲは牙を見せて笑った。

 「早く王子を遠くへ」

ホワイト侯爵は叫んだ。

 「アルベルト王子、ここからお逃げください」

テント裏の布を引き裂き、王子護衛のパープル男爵以下10人が王子を守りながら森の中へ走る。

 「逃がしはせぬぞ」

 シャクゲとシーラスが叫ぶ。

 ホワイト侯爵の剣がシャクゲの腹をかすめる。シャクゲの大斧の一振りでホワイト侯爵はこれを(かわ)すが左の肩当てが飛ばされた。

 

 元分隊長ベベンが王子の行く手に現れた。逃走ルートを想定して先回りをしていたのだ。

 「みーつけた」

ベベンは大剣を担いで、顎を横に上げた。

 護衛兵が一斉に飛び掛かる。ベベンは大剣の一振りでこれを足止めすると、水魔法水鞭を使った。ベベンの周りに高速で流れる水の鞭がしなった。水鞭の軌道上にいた兵士5名は上半身を失っていた。

 「我が魔法で人間を切り刻むと心が躍る。逃がしませんから。王子」

ベベンは悦に入ったような眼で、王子を見る。

 護衛兵が撃ちかかる。ベベンの大剣と水鞭に成す術もなく切られていく。

 パープル男爵が王子を背に庇いながら、ベベンを睨む。

 ベベンは、無造作に近づき大剣を振り下ろした。パープル男爵は剣でこれを防ぐが、剣は折れ左肩に大剣が当たった。ベベンの剣先はアルベルト王子の左太腿にも刺さっていた。

 「ぐっ、パープル男爵大丈夫か」

アルベルト王子が叫ぶと、

 「王子、申し訳ありません。お逃げください」

片膝を着いたパープル男爵は、ベベンの剣を両手で掴みながら叫ぶ。

 「無駄ですよ」

 ドカッ

ベベンはパープル男爵を蹴飛ばした。

 パープル男爵は蹴りを受けても、両手でベベンの大剣を押えていた。

 「王子、貴方が今救わねばならないのは私ではなく、この国の民です。お逃げください」

 アルベルト王子は、左足を引きずりながらよろよろと足を前に進めていく。

 「ふん」

ベベンの膝蹴りがパープル男爵の顔面を直撃した。パープル男爵は倒れながらも大剣を押えていた。

 「貴方、しぶといね」

ベベンがパープル男爵の眼を見ると、既に気を失っている。

 「ご褒美をあげる・・・貴方を生かしておいてあげる。貴方が目を開けた時に、王子の切り刻まれた体を見て泣き叫ぶがよい」

 ベベンは、左太腿に深手を負ってよろよろと歩くアルベルト王子の背中を見て、ニヤリと牙を見せた。

 大剣を上段に構えて、アルベルト王子の背中に大剣を振り下ろす。

 ガキン

大剣は受流されて剣先が地に刺さった。

 「タジ」

アルベルト王子は振り向き叫んだ。

 「王子、ここは私が・・・王子、地を這ってでもお逃げください。命を賭して戦っている兵に報いるためには、貴方が生き延びることです」

そうタジが叫ぶ。

 アルベルト王子は、タジを見て頷いた。枯れ枝を手にするとそれを杖にして、1歩1歩進み始めた。

 「お前はどこから湧いて出たんだ。気配さえ感じなかったぞ」

ベベンがそう言うと、水鞭を唱えた。

 ベベンから水の鞭がしなり、タジを切り裂く。タジが伸ばした拳を開いた。

 「凍結」

 ベベンの水鞭がその軌道のまま凍結した。

 その瞬間には、タジはもうベベンに切りかかっていた。ベベンが大剣でタジの曲刀を受ける。タジは後ろに跳躍しながら宙で、

 「凍結」

ベベンの全身が凍った。タジは間を空けずにベベンに止めを刺すべく、踏み出すと多数の火弾が飛んできた。タジは後ろに身をひるがえしてこれを避けた。5匹の魔族兵がタジに向かって魔法を撃ってきたのだ。

 「凍結」

魔族兵2匹が凍結した。

 ベベンが首を振り、肩を回し始めた。既に凍結から抜け出していた。

 「・・・ちょこまかと動きおって」

 ベベンは、タジの脇腹めがけて大剣を横に払った。

 タジはこれを上方に跳躍して躱す。そのまま空中で回転しながら、両手をベベンに向けた。ベベンの右肩にレーザーポインターの様な赤い2点が浮かび、1点に重なった。

 「狐火」

タジの両腕から青白く細い光が出てベベンの右肩の赤いポイントの1点に当たった。青白い炎がベベンの右肩を包む。

 「ぎゃーーーぅ」

ベベンが苦痛で悲鳴を上げる。ベベンの肩から右腕が地面に落ちた。


 狐火は、富岳の里の科学でつくられた忍術である。タジの両腕に付けられた装置から高出力の粒子ビームが発生する。両腕のビームが重なった焦点では、10000℃のプラズマが発生する。

エネルギー消費が激しいため、1発ごとに龍神赤石の交換が必要となる。


 タジのスピードと科学の力で、魔族部隊長ベベンを圧倒している。

 「・・・・・か弱気人間のくせに」

ベベンは、攻守が速いタジに恐怖を感じていた。

 タジは、魔族兵3匹からの火弾を避けながら、一気に止めを刺すべく近づこうとしたが、動きを止めた。

 「・・・こいつは、まだ切り札を隠している」

と、タジは曲刀を構えたまま慎重に距離を詰める。

 アルベルト王子は立ち止まって振り返っていた。王子は、自分の左太腿に布をきつく巻き止血していたのだ。

 「富岳の里の科学とは、民の生活を豊かにするものだと聞いていたが、武器にするとこれほどまでに恐ろしいものに変わるのか」

アルベルト王子は、腿に負った傷の痛みを忘れ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 「王子、危ない」

 ガキン

岩の刃が跳ねて飛んだ。

 「王子、止まらず歩いてください」

 王子が横を向くとカガリが2本の小刀を抜いていた。

 「貴様が王子か、力の強いものが王となる魔族に比べ、人の王子とは、何とか弱き者だ」

 「ここは、私が・・・止まらずに歩いて、王子」

カガリの声に押されて、アルベルト王子は、枯れ枝を杖にして歩き始めた。貧血で意識が遠のき、目が霞んできた。十数歩で、もう歩くことはできずに木の幹の根元に座り込んでしまった。

 「王子、しっかりしてください」

カガリはベベンと対峙しながら、アルベルト王子を横目で見て激を飛ばす。

 「・・・ね、姉さん・・・ご・んな・い」

アルベルト王子は、力なく目を閉じた。

 シーラスの魔法で岩の刃が、木の幹に体を預けて座っているアルベルト王子めがけて高速で飛ぶ。

 「王子」

カガリが横に跳び、この岩の刃の前に身を投げ出した。

 カツ、カツ、カツ、カツ、カツ

カガリの胸、肩、腹に多数の岩の刃が突き刺さる。カガリはそのまま地面に倒れた。

 「馬鹿な女め・・・王子、逃がしはしない」

シーラスが、カガリの死体には眼もくれずに王子に近づいて行く。

 チリリン

 鈴の音がした。

 後ろを取られたシーラスは、驚いて鈴の音の方を振り返った。

 カガリがクナイを持った右手を差し出していた。

 「な、手ごたえはあった・・・お前は、死んだはずだ」

シーラスは、驚きの声を上げた。

 クナイから垂れ下がる糸の先で鈴が揺れていた。

 「汝は我が術中に在り。汝の体は縫われ動かず。魔法も唱えられず」

 チリン

 「影縫い」

カガリは手に持ったクナイを投げる。シーラスの影に刺さる。

 シーラスの動きが止まった。

 カガリは、2本の小刀を腰に差した鞘へ納めると、シーラスめがけて走り出す。腹の前で両手を交差させ、腰に差した2本の小刀の柄を逆手に握る。

 カガリは、2本の小刀を居合い抜きで抜刀する。

 「抜刀(ばっとう)連雁(れんがん)

カガリはシーラスを駆け抜けてから止まった。シーラスは脇腹から鎖骨までをX字に斬り上げられた。その傷から鮮血が飛ぶ。シーラスはそのままうつ伏せに倒れた。

 カガリは、アルベルト王子に駆け寄り、太腿の傷を確認すると改めて止血した。腰の小袋からポーションを取り出すと、アルベルト王子の口に当てた。

 アルベルト王子は、1口、2口と飲み始めた。

 「これで命を取り留めるはずだ」

 その時、カガリの後方30メートが光に包まれた。カガリは後ろを振り返る。

右肩を失ったベベンが、タジの速さと攻撃力に恐怖し、全魔力を消費して広範囲炎魔法降炎を使ったのだ。火力はさほどでもないが、ベベン自身を中心とした広範囲に炎の雨を降らせた。辺り一面の樹々が燃えている。ベベンの上半身も炎に包まれていた。タジは肩から上が炎に包まれていた。

 「兄さーん!」

カガリの叫びが森に響いた。

 カガリは、炎に包まれたタジの顔がこちらを向く。一瞬、微笑んだように見えた。

 タジはそのままベベンに走って行った。ベベンは炎で自身を焼きながら、大剣を上段から振り下ろす。

 「微塵の術」

 ドドーン

爆発音が森に響いた。爆風で樹々の炎は吹き消されていた。

 「いやー、兄さーん」

カガリの絶叫が森から真っ青な空に抜けて行く。


 シャクゲの巨大なパワーを秘めた大斧がホワイト侯爵の頭上をかすめていく。斜め下から振り上げられた大斧の刃がホワイト侯爵の胸元をかすめる。後ろに1回転をして両手を地面に付きながら着地した。そのまま地面を右手でなぞるようにして倒れた兵士の剣を手に入れた。

 ホワイト侯爵はシャクゲと戦いながら、既に剣2本と槍1本を失っている。今、倒れている兵から3本目の剣を手に入れた。

 「俺様とこれだけ打ち合えるとは、褒めてつかわす。お主、名をなんと申す」

 「魔族に名乗る名はない」

 「ふっ、それもよかろう。名も無き者よ。そろそろ決着といくか」

 シャクゲは大斧振り下ろし、ホワイト侯爵を袈裟斬りにする。ホワイト侯爵は上体を反らしてこれを(かわ)す。

 「シャクゲ、お前の斧の軌道は見切った」

そう言うと、ホワイト侯爵は、跳躍して上段からシャクゲの脳天に剣を振り下ろした。僅かな隙をついた会心の一撃。

 ガキン

剣は折れて、剣先が飛んだ。

 シャクゲの返す斧の一撃がホワイト侯爵の脇腹を直撃したかに見えたが、折れた剣で脇腹を(かば)い、直撃を防いだ。ホワイト侯爵はそのまま飛ばされ、地上に数回跳ねてから止まった。ホワイト侯爵は既に気を失っていた。

 「名も無き戦士よ。魔族には己の肉体を強化できる魔法を使える者もいるのだ。これはその1つアイアンスキン、己の肉体のを鋼の強度まで高める。その程度の斬撃では、我にはかすり傷も負わせられん」

シャクゲはそう言いながら、ホワイト侯爵の元まで歩みを進めると、ホワイト侯爵の首筋を狙い、片手で大斧を無造作に振り上げた。


 王宮グレートフォレスト。ルーナ王女の部屋。

 ルーナ王女が左指に記憶の指輪をはめると、これまでの雪乙女の記憶が頭に流れ込んで来た。

 「助けてくれてありがとう。僕はアベイス」

 「アディア山は自然の厳粛さと美しさがある。僕は好きだ」

 「雪乙女様、ナギ王国の民のために、魔族の侵略からお守りください」

 『私の封魔結界を張る力はもう限界です』

 「雪乙女様、うあ、軽い。この薄く淡い青色の布を僕にくれるのですか」

 「僕の子供として転生してくれませんか」

 『私は転生の度に封魔結界を張る力が弱くなっています。次の転生後は、結界はもう無理だと思います。でも、最後の力で転生後400年間は結界を維持できるようにしてみます。』

 『・・・アベイス、私は貴方の子供として転生しましょう。ただ、雪乙女としての記憶も消えます』

 『アベイス、それほどまでに私のことを・・・その子供が3歳になったらこの記憶の指輪をはめてあげてください。しかし、その瞬間に封魔結界は消失します』

 『アベイス、貴方は転生した私のことで深く悩むことになるでしょう・・・』

 「オチャノミズが言っていました。恐らく転生することで、自己の遺伝子に損傷を与えていると。それで封魔結界の力が微弱になり、やがてその力は失われると・・・」

 『・・・私は貴方の子供として生まれ、例えそのままその生を全うすることになってもかまいません』

 『民を愛する心をいつまでも・・・アベイス』

 『アベイス、私に愛をありがとう』

 「ここが魔王ゼクザールの居城だ。雪乙女、頼んだぞ」

 「とうとう魔王ゼクザールを封印したぞ。神龍、雪乙女・・・6神獣の皆、ありがとう」

 『アベイス、・・・ついに、この体の生命力が尽きようとしています。今まででありがとう』

 「・・・ね、姉さん・・・ご・んな・い」

ルーナ王女はアルベルト王子の声が聞こえた気がした。はっとして目を開けた。

 「・・・・アルベルト」

 ルーナ王女は、窓を開ける。

 「父さんは、民を魔族の侵攻から守るために私の記憶を封印していた・・・民への慈愛と、雪乙女への愛との葛藤だった・・・・アルベルト、今行くわ」

ルーナは、淡い青の光に包まれる。

 透き通った、淡い青の羽衣のような長い布が静かに舞い上がる。白いシルク製のゆったりとしたワンピースが風に靡く。

 ルーナの金の長い髪は、黒髪に変わっていた。緑と青のヘテロクロミアの瞳に強い意志が宿る。

 『私はルーナ、そして慈愛神獣雪乙女』

そう言うと、夏の真っ青な空へ舞い上がって行った。


 王都ロド北の最終防衛線。

 シャクゲは、片手で無造作に大斧を振り上げた。シャクゲの鼻先に雪が落ちた。

 「ん、雪か、・・・夏だというのに。それに突然、この凍てつくような寒さは何だ」

夏の昼にも係わらず、気温は零下となり、極寒となっていた。

 周りにいた防衛兵も魔族兵たちも、突然の極寒に身が凍りそうになる。剣や槍の穂先、鎧にも白い霜がついている。兵士や魔族兵から滴っていた額の汗は凍っていた。白い息を吐きながら、

 「うぅ、寒い」

 「寒くて息をするのも痛い」

 「ゆ、ゆき?」

 「これは雪か」

 「雪・・・違う。空は青空だ。晴れている。これは空気中の水分が凍ったんだ」

 「ダ、ダイアモンドダスト・・・アディア山で見たことがある」

 「あ、あれは何だ」

ダイアモンドダストが銀色に輝く天空を防御兵が指さした。魔族兵も天を見上げていた。

 銀色に輝くダイアモンドダストが降り注ぐ中で、黒く長い髪が靡き、白いドレスが揺れ、ふわふわと漂う淡い青の羽衣を纏った女性が浮いていた。その右の瞳は緑、左の瞳は青のヘテロクロミアには、気高さと慈愛に溢れていた。

 『我は、慈愛神獣雪乙女・・・亡きアベイスとの久遠の誓約により、この地から魔族を撃ち払う』

雪乙女の体から白い大気が広がった。

 その刹那、白い大気に触れた魔族兵たちは、霜がついたように全身が白くなり、凍結していった。

 シャクゲはその本能で、瞬時に悟った。

 「俺の勘が叫んでいる。此奴は、危険だ・・・俺は、殺される」

シャクゲは、本能に忠実だった。よくも悪くも、本能によって戦い、殺戮を好んでいた。シャクゲは、森の中へと駆けて逃げる。

 西から東へと迂回して来たピピンは、魔導士の杖を掲げその部隊に命じた。

 「あの雪乙女に、炎魔法を撃て」

魔族兵が炎魔法の火弾やファイア、極炎を一斉に放った。炎の玉が飛び、炎の柱が雪乙女めがけて伸びて行く。高出力広範囲の炎魔法に雪乙女は包まれた。燃え盛る炎は周囲の酸素を奪っていく。

 雪乙女の周囲で銀に輝くダイアモンドダストは蒸発していった。その間も、魔族兵たちは雪乙女に近づきながら、近距離で炎魔法を撃ち続ける。雪乙女は、宙に浮かぶ業火に包まれていた。

 業火となった炎の塊は四散した。魔族兵たちが見た宙には、黒く長い髪が靡き、白いドレスが揺れ、ふわふわと漂う淡い青の羽衣を纏った女性が浮いていた。

 『愚かな』

雪乙女は、紅色の唇を開いた。

 ピューウ

魔族兵たちに白銀に輝く粒子を持った息を吹きかける。凍結の息吹であった。

 息吹は全てを凍結させながら地平線までもが凍っていくように見えた。息吹の軌跡には凍結した魔族兵と凍土、凍り付いた樹木があるだけだった。ピピン率いる魔族隊はこの一息で壊滅した。

 「魔族の増援部隊が壊滅したぞ」

 「ナギ王国には、雪乙女様がついていてくださる」

 「ナギ王国は、俺たちで守るのだ」

これで防衛隊は息を吹き返した。一気呵成に魔族兵に撃ちかかる。魔族兵も防衛兵の勢いに押されて、逃げ惑う。

 「俺は見たぞ。東分隊長のシャクゲはもう逃げ出している」

 「俺たちの負けだ」

 「俺も逃げるぞ」

魔族兵たちは、口々に叫び出した。

 仲間の魔族が逃げ出し始めたら、魔族の残虐な本能よりも生存本能に火が付く。もう魔族兵ではなく、恐怖にかられ生存本能に従う魔族となっていた。1か所が切れた堤のように魔族の退却の勢いは増すばかりであった。魔族たちは、空に舞い上がりバーム皇国を目指して飛んで行く。魔力の切れた魔族は、草原をひたすら駆けて行く。傷ついた魔族を踏みつけながら夢中で逃げて行く。我先にと逃げる姿には、1本の糸を登る亡者のようであった。

 『哀れな』

雪乙女は呟くと、

 雪乙女は、紅色の唇の間から、

 ピューウ

逃げ惑う魔族たちに、白銀に輝く粒子の息を吹きかける。

 パリン、パリン、パリン、パリン、パパリン

空中を飛ぶ魔族たちが、凍結したまま落下し、地面で砕け散る音がした。

 地上を駆けて逃走していた魔族たちは、そのまま大気中の水蒸気を纏いながら凍り付いた。正真正銘のスノーモンスター、樹氷となっていた。

 この瞬間に、王都ロド北の最終防衛線にて、神聖国家防衛隊の完全勝利となった。

 最終防衛線では、兵たちは抱き合い、手を上げて跳ね、傷ついた兵を肩で支えながら、歓喜の雄叫びが上がった。

 倒れていた軍務大臣兼近衛長官のホワイト侯爵は、この雄叫びに眼を覚まし、兵たちの喜ぶ姿をみて、仰向けに倒れたまま右手の拳を突き上げた。

 雪乙女は、そのまま上昇すと、下の森をじっと見つめている。

 やがて、雪乙女は、紅色の唇の間から、

 ピューウ

 白銀に輝く粒子の息を吹きかける。

 凍結の息吹の後には、新たにスノーモンスターに加わったシャクゲの姿があった。

 雪乙女は、森の中へ急降下した。森に降り立つと、倒れているアルベルト王子の左腿の傷に息を吹きかけた。傷からの出血は止まった。

雪乙女は、右手で優しくアルベルト王子の肩を抱き、上体を起こす。左手でアルベルト王子の髪を撫でる。

 「アルベルト、よく頑張ったわね。あなたの勇気と決断に奮い立った兵士たちが、この国を、この国の民を救った」

 「・・・ね、姉さん? 黒髪が美しい・・・あ、あぁ・・・ま、魔族を倒さねば・・・」

 「魔族は撃退できました。もう、終わったわ、北の最終防衛線は勝利したのです」

 「・・・み、南にも・・・ま、魔族が侵攻して来ています。行かなければ・・・民を守らなければ」

アルベルト王子は、体を起こそうとした。

 「ダイチ殿が向かってくれています。あの方ならきっと大丈夫、守ってくれます」

そう言うと、雪乙女は金色の髪に戻り、アルベルト王子を抱きしめた。


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