第11章 虚を突く1手
第11章 虚を突く1手
アルベルト王子は、ルーナをリリーと一緒に部屋まで送って行ったが、
「ありがとう。今は1人にして・・・」
とだけか細い声で言うと、ルーナ王女は自室に入って行った。アルベルト王子もリリーも見送ることしかできなかった。今のリリーにできることは、ルーナ王女の部屋の外で静かに見守ることだけであった。
王宮グレートフォレスト アルベルト王子執務室。
「姉上は、さぞお辛い事であろう。これまでの王女として歩んで来た人生を雪乙女としての人生に変えることなどできようか。姉上のことだ、ご自身の本心を隠してまでも、雪乙女としてこのナギ王国の民のために生きていくことを選ぶのではないか。1人で抱えて苦しまないでほしい」
内務大臣ラングエッジ侯爵は、アルベルト王子を見つめ、
「 ルーナ王女のご心中を察するに、お言葉のかけようもありません。封魔結界の源と慈愛神獣雪乙女様がルーナ王女であることは、ナギ王国の存亡に関わる最高機密となりました。王女の生命と、この機密をいかにしてお守りするかが肝要となります」
と、重々しい雰囲気で話した。
「ラングエッジ侯爵、私は姉上のお心が心配だ」
「おっしゃる通りです。リリー殿にお任せしてはいかがでしょうか」
「私もそれが一番だと考えている」
トン、トン
執務室の扉を叩く音がした。
「近衛長官ブラッサム・フォン・ホワイト。内務次官ピリオド・フォン・スラッド伯爵のことでご報告があります」
「入れ」
ホワイト侯爵がアルベルト王子の前まで来ると、一礼し報告した。
「スラッド伯爵が潜伏先で自害しました。
魔族と何らかの繋がりを持つコージス侯爵逮捕に向かった城で、スラッド伯爵も同様であると判明いたしましたので、そのままスラッド伯爵の城へと向かいました。城にはスラッド伯爵は既におりませんでしたが、スラッド伯爵を尾行していた近衛兵情報局の諜報員2人は、逃走中のスラッド伯爵の潜伏先を突きとめました。先ほど拘束のため、近衛兵が急襲しましたが、スラッド伯爵とダキュルス教信者と思われる6人全てがその場で自害しました。
スラッド伯爵を拘束できず申し訳ございません」
アルベルト王子が左手を顎に置いて、
「スラッド伯爵から何も聞き出せなかったことは痛いことだが、魔族の力の発生源の断定とその手足となるスラッド伯爵を排除できたことは成果といえよう。スラッド伯爵を匿っていたのはダキュルス教信者と思われると申していたが、思い当たることがあるのか」
と言った。
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魔族の力の発生源の者と繋がりをもっている者を炙り出すクローの罠であった。
アルベルト王子暗殺未遂事件では、夜面党が国王緊急脱出通路を利用していた。この通路の存在を知る者は3人。内務大臣ラングエッジ侯爵、更迭中の宮廷警備長官ブラウン侯爵、王子護衛ザイド男爵であり、3人は監視対象となった。歌劇奉納の儀では、ラングエッジ侯爵には観察力の鋭い現王子護衛のパープル男爵、自城で謹慎しているブラウン侯爵には護衛兵、ザイド男爵にはリリーが監視をした。
ボックス内でラングエッジ侯爵を護衛と称して監視していたパープル男爵は、偶然に居合わせたスラッド伯爵が、観劇よりも毒殺されたフォール侯爵のいる右3層2番目のボックス席を、毒殺前に、ずっと眺めていることに気付いた。不審に思いスラッド伯爵に近づきその顔を見るといまいましい表情で睨んでいた。その視線の先を見ると、コージス侯爵がフォール侯爵にペコペコと頭を下げているのが見えた。スラッド伯爵に声をかけると驚いてワイインをこぼす始末であった。
観察力の鋭いパープル男爵は、このスラッド伯爵の奇異な行動を不審に思い、ルーナ王女へ報告をした。これを聞いたクローは、スラッド伯爵が魔族の力の発生源の手足としてと繋がっているのではと疑い、罠を仕掛けたのだ。魔族の力の発生源は、ローズ第2王妃、ドリゥーン王子、コージス侯爵の3人に絞られたことを承知している魔族への罠である。
①スラッド伯爵がいる前でアルベルト王子がローズ第2王妃の見舞いに行くと突然言い出す芝居をする
②カモフラージュでルーナ王女も危険だと反対する芝居をする
③アルベルト王子の護衛としてダイチが同行を許可される
④ダイチが同行となれば、神獣も同行することになり、ローズ第2王妃とドリゥーン王子は魔力の力の発生源ではないと判明する
⑤魔力の力の発生源は、消去法でコージス侯爵だと判明し、即逮捕される。
⑥コージス侯爵逮捕を看過できないスラッド伯爵は、自分が疑われると知りながらもコージス侯爵に連絡をとる
⑦コージス侯爵が城から逃げていれば、スラッド伯爵も繋がっていたと判明する
⑧魔族の力の発生源と断定されたコージス侯爵を逃がすということは、コージス侯爵を操っている魔族には、コージス侯爵に拘る理由があるということにもなる。
例えば、操れる人間には特定の資質や能力、思想などの何らかの条件が必要であって、その条件を満たす人間は現在いない、少なくとも見つかっていないということである。
こうして、魔族の力の発生源と繋がっていたスラッド伯爵の炙り出したのだ。
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「スラッド伯爵の地下室からこのような物が出てまいりました」
ホワイト侯爵は手に持ったていた黒い布を見せた。
黒い布には、赤い文字で示された魔法陣の中央には、双頭の蛇とその間に山羊の頭が描かれていた。
「それは何だ」
「ダキュルス教のシンボルです。不穏な噂があり、近衛兵情報局から諜報員を忍ばせているところです。ダキュルス教団が、スラッド伯爵の逃走の手引きと匿っていたとも考えられます」
「その後、諜報員から連絡はあったか」
「まだ、連絡はありません。もし、ダキュルス教団が魔族の意図で動いているとなると、予想以上に魔族の手がこのナギ王国深くに及んでいると考えられます」
ラングエッジ侯爵が、
「ダキュルス教団を潰せるか」
と、口を挟んで来た。
「スラッド伯爵をダキュルス教信者が匿ったことだけでは難しいと思いますが、噂となっている若い娘の生贄と武器収集の証拠さえつかめれば」
「民の生活を守るために、急ぎ証拠を集めるように厳命する。最重要は、魔族にとって重要人物であるコージス侯爵の拘束、生死は問わない」
アルベルト王子はホワイト侯爵に命じた。
「はっ」
ホワイト侯爵は敬礼をすると出て行った。
「魔族の力の発生源の特定とその手足となって動く者の炙り出しの策は、見事にはまりましたな。まさか、コージス侯爵とあのスラッド伯爵とは思いもよりませんでしたが」
ラングエッジ侯爵は、笑みで語った。
「ダイチ殿のお陰だ。一石三鳥の策、二鳥まで落とせた。あと一鳥も落とせるかどうかだ。いずれにしろ、これで幾多の命を失わずにすんだ」
「おっしゃる通りでございます。アルベルト王子の人を見抜く慧眼には恐れ入ります」
「私ではない。リリーと姉上がダイチ殿の力を見抜いたのだ。ところで、バーム皇国との友好条約締結に支障はないか」
「多少の影響はありますが、ご心配には及びません」
「むう、期待している」
ラングエッジ侯爵は、ハイエルフの覚醒によって、日に日に逞しくなるアルベルト王子に、ナギ王国の未来に、胸を膨らませていた。
迎賓第2別館レーク。
ダイチはクローとカミュー、キャメル、クミンと夕食を共にすることを日課としている。キャメルやクミンは夕食を共にすることは侍女の分を越えていると言っていたが、最近では会話も弾むようになって、朗らかな雰囲気の食事となっていた。
キャメルがつくる料理は、ナギ王国の家庭料理であるが、ダイチは気にいっていた。クミンも誠実な人柄で、食卓に安らぎを与えていた。
クミンは貧しい家で生まれ、5人姉弟の第1子だった。幼い頃に両親を亡くし、第1子として弟妹4人を長年に渡り世話をしてきている。クミンが侍女となってからは、弟妹に仕送りをし、金銭的に面倒をみているという。弟妹には、貧困の連鎖から抜け出すために、弟妹には教育を受けさせたいと願っていることが分かった。ここにもエルフの長寿ゆえの社会的な問題が影を落としていた。
夕食が済むと、ダイチとクロー、カミューはダイチの自室に入った。
「なあ、クローとカミュー、話があるんだ」
『主、なんだ改まって』
カミューがダイチをしげしげと見て言った。
『ダイチの言いたいことは、察しが付く。ルーナ王女と雪乙女のことだろう』
クローがテーブルの上で、体をカタカタと鳴らして言った。
「そうなんだ。俺たちは魔王ゼクザール討伐のために、6神獣を召喚神獣とするためにローデン王国から旅立ってきた。それはこの大陸に住む人々の安寧と命に関わることだから、変えるつもりはない。でも、ルーナ王女が雪乙女の転生した姿だとしたら、ルーナ王女に無理強いはできない」
『主は甘いな。魔王ゼクザールの討伐は簡単ではない。6神獣の力は必要だ』
「それは分かっているのだけれども・・・」
『ダイチはルーナ王女が、封魔結界消失によって、民の犠牲となって雪乙女になることを心配しているのだろう。だったら、ルーナ王女を見くびっているぞ。自分の人生は自分で決める。その選択がどのような理由であろうと、判断し、決めるのは自分自身だ』
「でも、ルーナ王女にしてみたら青天の霹靂だろう。いきなり王女から雪乙女の人生に代わるのだから」
『ダイチ、お前はどうなのだ。何の前触れもなく、いきなりこの世界にパラレルの境界を越えて来た。そして、魔王ゼクザールを討伐することになった。今のルーナ王女と同じではないか。ダイチは、魔王ゼクザールを討伐するという決断を悔やんでいるのか。自分だけが自己犠牲になったと人生を悲観しているのか』
「この過酷な世界に飛ばされて、元の世界には戻れない、元の生活には戻れないと分かった時には、
喪失感と例えようのない深い悲しみしかなかった。この世界に来てバイカル親方や鍛冶職人の皆と出合い、新しい人間関係や生きる場所をつくることができた。そして、この世界で逞しく生きていく姿を学び、鍛冶という手に職もできた。その大事な人の命やこの世界を奪おうとしている魔王ゼクザールの討伐という決断には、何の後悔もない」
『ダイチのできたことをルーナ王女はできないと考えているのか。ルーナ王女を信じろ。ルーナ王女がこれから出す答えを尊重しろ。それに時間がかかったとしても、ルーナ王女自身が納得できる決断となる』
『主、ルーナ王女が覚悟を決めることを待つしかないということだ』
「分かった。自分の人生は、自分で判断し、覚悟をもって歩むべきだ。ルーナ王女の決断を尊重する」
『ダイチの話はそれだけではないだろう。先ほど届いたアルベルト王子からの手紙で、スラッド伯爵の自死とダキュルス教団への疑惑を聞いたのだからな』
「ああ。歌劇奉納の儀のザイド男爵の排除、その後のスラッド伯爵の炙り出しと排除、コージス侯爵が魔力の力の発生源との断定。クローの策は次々に嵌っていった。クローのジョブ軍学百科の戦略は、どれも目標が明確で効果的な策となった。まずは、クローに礼だ。
では、本題、これからの王位継承争いと魔族の動向について考えられることを言ってほしい」
『アルベルト王子のローズ第2王妃への電撃的な見舞いの席での対談で、ローズ第2王妃はアルベルト王子のハイエルフの覚醒を確信し、我が子ドリゥーンでは太刀打ちができないと実感したはずだ。更に最大の後ろ盾となるフォール侯爵の死、そしてコージス侯爵の魔族とのつながりが明らかになっての逃亡となれば、政治的にも孤立した。もはや王位継承争いに敗れたことをローズ第2王妃が1番分かっているはずだ。これには決着がついた。ドリゥーンの暴走さえ対策できれば問題ない』
「一石三鳥の策が全て的中したということか」
『まあ、そんなところだ』
『主、クロー、魔族の動向がやっかいだな』
「俺もそれは気になっている。どう出てくるのか」
『封魔結界がある以上は、ナギ王国に侵入はできないと魔族は考えている。だから、人間の手足となる実働部隊のテロだ。恐らく、王子の手紙にあったダキュルス教団によるテロだ。
その理由は、第1に封魔結界の源を内偵していたスラッド伯爵を失ったことで、ナギ王国侵攻の戦略を変更せざる負えなくなったこと。
第2にアルベルト王子が政治的な勝利を手中に収めた今は、中枢部は一枚岩となって、王子の警護を更に強化できるだろう。そうなると王宮または王都ロド市街、または辺境の町でのテロだ。
王宮のテロは第2の理由によって成功の可能性は極めて低い。王都ロド市街、または辺境の町へのテロを防ぐためには、ダキュルス教団を潰さない限りは難しい。あのホワイト侯爵は、それを十分承知してダキュルス教団の調査とテロ防止、姿をくらましたコージス侯爵の捜索に全力を尽くすであろう
しかし、これも時間との戦いだ。ルーナ王女が雪乙女として覚醒しなければ、封魔結界は消失する。今日か明日かもしれない。タイムリミトは近い』
「ルーナ王女の選択によっては、時間との勝負になってきたな・・・テロは防ぐことが難しいな。後手の守勢から、クローの献策によって攻勢に転じたのだけれども、また、後手の守勢にならざるを得ないのか」
『ダイチ、そうとは言い切れんぞ。歌劇奉納の儀では後の先だったが、文字通り先手攻勢の策がある』
『クロー、攻勢とはいい。我の好みだ』
「クロー、その先手攻勢の策を聞かせてくれ」
『魔族は国境付近に集結して来ているとの情報があった。奴らの虚を突く。終結している魔族を叩く』
「そうはしたいけれども、魔族は大部隊で、備えもしていると思うよ」
『備えは当然しているだろう。だが、これまでは、影で暗躍してきた。だから、奴らは、魔族が策を施す側だと思い込んでいるだろう。そこで奴らの虚を突く。魔封結界が消失してからでは後手になる』
「なるほど、そうなると集結し始めている魔族の位置と規模の情報が必要だな」
『主、我なら空から魔族の存在を感知したり、目視で偵察したりすることもできるぞ』
「とりあえず、封魔結界外に集結する魔族の情報収集からとしよう。明日の朝にアルベルト王子には、この事を伝えておく。ダキュルス教団のテロへの注意喚起とコージス侯爵の拘束を含めてな」
『魔族との戦闘か、楽しみだ。先代の神龍の敵もとれる』
カミューが牙を見せてニヤリとした。
『情報を集めたら、魔族討伐の作戦は私が立てる』
「クロー、カミュー、頼んだぞ」




