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第10章 未来からの遺産、宝珠の秘密

第10章 未来からの遺産、宝珠の秘密


 コージス侯爵の城で、魔族の手足となっていた協力者の名前をダイチから聞くや否や、ホワイト公爵はその場に近衛兵の半数を残し、100騎を引き連れて駆けて行った。

 ダイチは、王宮グレートフォレストに戻り、アルベルト王子とルーナ王女に事の次第を報告した。宝珠の準備が出来ていることを確認すると、地下牢へと向かった。時刻は午後6時であった。


 王宮グレートフォレスト 地下牢。

 地下牢に着くと、黒の双槍十文字の装飾に擬態していたカミューが、宙へ飛び出した。

 「カガリさん、約束の時間です」

ダイチの声に、

 「よい返事であることを期待しています」

と、光学迷彩布からカガリが顔を出した。

 「よい事が1つ、悪い事が1つです」

 「では、その事を聞かせてください」

 「その前に、ここにはタジさんもいるのですか」

 「・・・はい」

カガリが答えると、光学迷彩布から黒装束のタジが出て来た。

 「タジさん、今日は争いではありません。宝珠の今後にも大きく影響します。決して人を殺めたり、宝珠を奪ったりしないと約束をしてください」

 「それは、ダイチ、お前の返答しだいだ」

黒装束から覗く目には殺気が満ちていた。

 「この話はなかったことにします。今は2人を見逃しますが、次はありません」

と、ダイチはくるっと踵を返す。

 「・・・ちょっと待ってください。ダイチさん」

カガリがダイチの後ろ姿に、すがるように声をかける。

 ダイチは、無言で去っていく。ダイチの後をカミューが続いて行く。

 ダイチが敵の前で見せた無防備な隙に、タジは湧き上がる殺意で右手が動きかけた。だが、タジは止めた。それを止めさせたのはタジの理性ではなく、本能が止めた。

 「指1本でも動かした瞬間に、己に死が訪れる」

そう感じさせたのは、生物界の生存競争において頂点に君臨する最強の魔物ですら凌駕する図り知れない戦闘力と圧倒的な存在感を放つ後ろ姿だった。

 「・・・カミュー」

タジは、心の中で呟く。

 カガリは、兄のタジを睨む。

 「・・・待たれい。ダイチ殿」

 タジが後ろから声をかける。

 ダイチはそのまま歩き、離れて行く。

 「ダイチ殿、すまなかった。今夜は不戦と不奪を約束する。待たれい」

ダイチの後ろ姿に声を張り上げて言った。

 ダイチは、

 「命を賭けているのは貴方たち2人だけではない。信義を貫いてほしい」

と言って、振り向いた。

 ダイチの言葉は、駆け引きではない。ダイチの大事な存在となったアルベルト王子やルーナ王女、リリーなどの命を危険に晒すわけにはいかない。宝珠の調査にこの2人を同行させることに、己の命を賭ける覚悟をしていた。

 「分かった」

タジの言葉に、カガリも頷いた。

 ダイチは、タジとカガリの前まで歩いて来ると、

 「もし、魔法や忍術を使う気配を感じたら、その瞬間に頭を吹っ飛ばします。例えそれが俺の勘違いであっても」

ダイチは、タジの目を見ながら告げた。

 タジはダイチの瞳をみて、カミューから感じた図り知れない戦闘力と圧倒的な存在感とは異なる、修羅場を潜り抜けて来た者がもつ、迷いなき生への渇望と底知れぬ力量を感じ取った。

 「俺は、勘違いしていた。カミューではない・・・・ダイチの背に向かって攻撃をした瞬間に、俺はダイチに殺されていた」

タジはそう思い、背筋に冷たいものが走っていた。

 「では、武器は預かります」

 ダイチは、タジとカガリから光学迷彩の布以外の武器を預かり、ある部屋に案内した。


 王宮グレートフォレスト 第3会議室。

 第3会議室は、中央に大きなテーブルがあり、1つの窓と3面が白壁の質素な部屋となっている。

 この部屋には、アルベルト王子とルーナ王女、内務大臣ラングエッジ侯爵、教育文化大臣マザーン子爵、王子護衛パープル男爵、リリー、ダイチの7人がいた。テーブルの上には、宝珠の入った宝箱と黒の神書のクローが置いてある。壁に立てかけた黒の双槍十文字には、装飾に擬態したカミューがいる。光学迷彩布で姿を隠したタジとカガリの兄妹も潜んでいた。

 第3会議室の扉の外、窓の外、隣室には、多数の護衛と衛兵が警備していた。

アルベルト王子とルーナ王女、リリーには、タジとカガリが同室していることは予め話しておいた。ルーナ王女とリリーは、タジが同席することに異を唱えていたが、カミューが必ず守ることと、不戦と不奪の誓いを立てていることを説明すると、アルベルト王子の鶴の一声で同席が許可された。

 ラングエッジ侯爵は白手袋をはめ、金の繊細で豪華な装飾といくつもの宝石のちりばめられた宝箱から、丁寧に宝珠を取り出し、テーブルの上の紫の小座布団に置いた。

 光学迷彩布で姿を隠したタジとカガリには、槍の装飾に擬態したカミューの鋭い視線が刺さっていた。

 「これがナギ王国、王の三聖器の1つの宝珠です」

ラングエッジ侯爵が恭しく言う。

 アルベルト王子が、頷くと手に持って観察し始めた。ソフトボール大の金色に輝く球体に雪の結晶や雷鳥、狐、幾何学模様、オリーブの木、ブドウの蔓など細かな彫刻が施されていて、赤や青、緑、無色透明、黄、などの宝石が埋め込まれている。球体の上部にはY字型をした突起がついていた。マザーン子爵は宝珠の説明を始めた。

 マザーン公爵は、ホモ・サピエンス年齢37歳、青い瞳に銀色の胸まである長い髪のエルフ女性だった。王位継承を巡る争いでは中立を維持していた。

 「この宝珠は、410年前のナギ王国暦880年8月31日にナギ王国と富岳の里の友好の証として、富岳の里の白狐衆開祖ヒーデキ・オチャノミズ氏より、亡きアベイス国王陛下へ寄贈されたものです。それ以来、王冠、王笏(おうしゃく)、宝珠を王の三聖器としております」

 「雷鳥と雪の結晶はナギ王国、狐は富岳の里を現しているのだな」

アルベルト王子が尋ねると、

 「おっしゃる通りでございます」

マザーン公爵が答えた。

 アルベルト王子が宝珠を丁寧に紫の小座布団へ戻すと、ルーナ王女が手に取って検めだした。

 「宝石も色鮮やかに輝いていますね」

ルーナ王女の言葉に、マザーン公爵は、

 「えー、その赤い宝石は・・・」

その説明を遮るようにルーナ王女が言った。

「よく見ると、この雷鳥の眼と狐の眼の宝石は、他と不釣り合いなほど盛り上がっていますね」

「拝見させていただいてもいいですか」

ダイチが、顔を寄せて覗き込んだ。

 「どうぞ、お手に取ってご覧ください」

 ダイチはルーナ王女から、宝珠を両手で受け取る。雷鳥の眼と狐の眼の宝石を食い入るように眺めていた。おもむろに、宝珠を左右の親指で触れた。

 無色透明の宝石から強い光が射した。

 宝珠を持つダイチの対面にいたリリーの顔に強い光が射した。リリーは眩しそうに顔を背け手で目を覆った。その掌に無色透明の宝石から射す光が当たった。

 ダイチは興奮した声で、

 「そうか、こんな仕組みが隠されていたのか。さすがオチャノミズ氏の科学だ」

 「なんですか、この光は」

ルーナ王女が声を上げた。

 ガタッ

光学迷彩の布で姿を隠したタジとカガリも驚きで音を立てた。

 「これはいったい。マザーン公爵これは何だ」

と、ラングエッジ侯爵の言葉に、マザーン公爵は、

 「わ、分かりません。何が起きたのか、見当もつきません」

 「カーテンを閉めてください」

ダイチの声に、リリーは急ぎカーテンを閉めた。

 薄暗くなった室内で、無色透明の宝石からでた光が天井を射していた。ダイチは宝珠を紫の小座布団に置くと、光の向きを白壁に調整した。光は白壁に文字を映していた。

 「これは、科学の力です。恐らくオチャノミズ氏が宝珠と共に造ったものでしょう。これに似た物を私は見たことがあります。プロジェクターといって文字や絵を映すことができる装置です」

 「なんと、・・・信じられない」

マザーン公爵が声を上げた。

 白壁に映った文字は、

 1.ナギ王国と富岳(ふがく)の里

 2.オチャノミズ

 3.アベイス

と、メニューらしきものだった。

 「皆さん、これはメニューの様です。内容を観ますか」

 「勿論、何が書かれていようと、私は受け止める」

アルベルト王子の言葉にルーナ王女も、

 「両国の関係を知るためには避けて通れぬこと、どのような秘密が書かれていようとも受け止めましょう」

 アルベルト王子は、皆に向かい、

 「これから観ること全て極秘事項とする。これは厳命だ」

 室内にいる全ての者が黙って頷いた。

 「では、1.ナギ王国と富岳の里から観ます」

ダイチはそう言うと、操作ボタンを探したが、それらしき物はみあたらなかった。白壁まで歩き、文字に手を触れた。

 2人の男が映る動画が再生された。

 「何だ。絵が動いている。話し始めた」

 「魔法か」

 動画を観て、室内はざわついた。

 ルーナ王女は、

 「詮索は後で。2人の話に耳を傾けましょう」

 室内は静まり返り、動画が再生されていった。


 「私はナギ王国第3代国王アベイス・フォレストだ。隣は、私の親愛なる友人の富岳の里の初代頭領ヒーデキ・オチャノミズだ。今日ここにナギ王国と富岳の里の友好の証をこの宝珠に刻む。アベイスとヒデーキの深き友情の絆をここに刻む。そして、双方の公正と信義によって、民の安全と繁栄をここに願い、我らの決意と後世への継承をここに刻む」

 「私、富岳の里の初代頭領ヒーデキ・オチャノミズとアベイス・フォレスト国王陛下は、公正と信義によって、民の安全と繁栄が続くことを願い、この宝珠をナギ王国第3代王国アベイス・フォレスト陛下に贈る。ナギ王国暦880年8月31日」


 「次は、2を選んでもよろしいですか」

 「ダイチどのお願いします」

アルベルト王子が告げる。

 「富岳の里の初代頭領ヒーデキ・オチャノミズだ。私は、ナギ王国暦870年4月4日に異世界からパラレルの境界を越えて来た者だ。私は物理学を研究する科学者だった。

 私の居た異世界は、この世界の500年以上未来のような世界だった。そこは、魔法のない世界であったが、人々は馬の居ない馬車に乗って、地上を馬よりも速く走り、空を飛ぶことさえもできた。

この世界は過酷だ。魔族と魔物が跋扈していて、容赦なく人の命を奪う。私は、この世界で生きていく知識もなければ技術も持たなかった。それでも、生きたかった。この世界においても、私の生命の、人生の意義を見出したかった。

 私は、魔物から逃げ、魔物に怯えながら生きていた。ある日のこと、近くの森で遭遇した十尾の白狐に導かれ、国王アベイスと出会った。

 国王アベイスは、異世界から来た私を受け入れ、友人として接してくれた。そして、私にこの世界で生きる知識と術を教えてくれた。私も自分の物理学の知識が、この世界にも適用できること、この世界を変えうる力となることを悟った。

 アベイスは、私が自立して生きていくための土地を与えてくれた。その土地を懸命に開拓した。やがて、その土地に移住して来る者も増え、村となった。私は村に住む人々の生活のために物理学の知識と技術を生かし、科学を根づかせていった。その村が、富岳の里だ。

アベイスは、王であり、科学への理解者でもあった。やがて、富岳の里の科学を用いたナギ王国の発展が2人の夢となった。

 やがて、私は、ホモ・サピエンスのミズキと結婚して、3人の子供を授かった。魔族と魔物の脅威から村人と家族を守るために、科学の力を応用した忍術を開発していった。忍術を操る忍者集団を、私をアベイスの元へと導いてくれた十尾の白狐から名を取り、白狐衆と名付けた。

 アベイスの話では、ナギ王国は魔族との闘いの歴史でもあったようだ。

 今から約600年前のアベイスがまだ幼い頃、湖で溺れていたところを1人の美しい女性に助けられたという。その女性と久しく交流したそうだ。やがて、その女性とある誓約を結んだ。その誓約はナギ王国に魔族の侵攻を困難にするという有益なものであったが、アベイスは大きな代償を支払うこととなった。アベイスは悩み、友である私にその悩みを相談してくれた。私は、その誓約が一層有益になることと、アベイスが抱える悩みが軽減されることを祈り、育んできた科学の粋を結集して、封魔結界の効果を飛躍的に向上させるブースターとしてこの宝珠を製造した。これを我が友アベイスに贈る。そして、我が友の心が救われる日が来ることを願う」

 ダイチは、

 「自分と同じように、この過酷な世界で逞しく生きて行こうとしていた日本人が確かにいたのだ。友情を育み、自分の足でこの大地を逞しく生きていたのだ」

と感動して、心の中で呟いていた。

 ルーナ王女は、

「異世界から・・・科学・・・魔族の侵攻を防ぐ代償・・・封魔結界のブースター。・・・私たちは未来から来たオチャノミズ氏の科学、今となってはその科学の遺産に守られていたのか」

予想もしていなかった話の展開に、動揺していた。そして、父アベイスが支払った代償とは何かを考えていた。

 「ルーナお姉さま、代償とは何のことでしょうか。私には見当もつきません」

 「私もです。お父様は何を抱え、苦しんでいたのでしょうか」

 ラングエッジ侯爵もマザーン子爵も横に首を振る。

 タジは、国王アベイスが開祖オチャノミズを欺き、宝珠を強奪し、富岳の里を滅ぼしたと考えていたが、

 「宝珠とは、開祖オチャノミズ様が恩人の国王アベイスのために作り、贈ったものだと。また、国王アベイスは理解者であり、友であるだと・・・」

タジとカガリも開祖オチャノミズの言葉に驚きを隠せない。


 ダイチは、3のアベイス国王のメッセージを再生した。

 「私はナギ王国第3代国王アベイス・フォレストだ。親愛なる友人の富岳の里の初代頭領ヒーデキ・オチャノミズは、素晴らしい人格の持ち主であると同時に、科学というすばらしい知識と技術を持っている。その科学の力でナギ王国の発展とその民が豊かに暮らせることを共に夢見てきた。

 この宝珠によって、科学の力で封魔結界をより強固なものとし、民が平和という恩恵を享受できる。オチャノミズには厚く謝意を述べたい。そして、私の犯した罪を償う機会を残してくれた友情に深く感謝している。

 我が最良の友ヒーデキ・オチャノミズと私は、変わらぬ友情と友好、共存を久遠の誓いとした。後世のナギ王国国王に命じる。この富岳の里との友好と共存を末代まで国の宝とせよ。そして、民のためにこのナギ王国を科学の先進国として発展させよ。

 我が愛しき王妃グレイス、生まれて間もない愛しきルーナよ、そして雪乙女よ。父アベイスを許してほしい。

 ルーナ、お前の緑と青の瞳は美しい。ヘテロクロミアの瞳の子は、ハイエルフ同士では生まれず、ハイエルフとエルフの間に生まれる。王妃グレイスには言われなき汚名を着せてしまった。ルーナは紛れもなくナギ王国第3代国王アベイス・フォレストと王妃グレイス・フォレストの子だ。

 ルーナの瞳には秘密がある。ナギ王国最高の国家機密ゆえに、公表ができなかった。

 私が幼い頃、アディア山の麓へ避暑のため3ヶ月程滞在していた時のことだ。緑の森に囲まれた湖が近くにあり、実に爽やかで過ごしやすい場所だった。

 私は湖での釣りに夢中となっていた。霧の濃い早朝に警護兵の目を盗んで1人で、止められていた岩の上から釣りをしていた。私は、突風に煽られて湖に落ちてしまった。溺れながら必死に助けを求めたが、その声は届かなかった。溺れて気を失う寸前に、湖に氷の橋が延びてくるのが見えた。

気が付くと私は湖畔で倒れていた。濃い霧の中で長い黒髪と白服の上に羽織った淡い青の羽衣が風になびき、瞳が緑と青のヘテロクロミアの女性が私の脇に座って、頭を優しく撫でてくれていた。それから、私は毎日その場所で、その女性と会って話をすることが楽しみとなった。その女性の気高さと慈しみは、孤独だった私の心に温もりを与えてくれた。

 ある日、この女性は雪乙女であると知った。私は、雪乙女にこのナギ王国の繁栄の手助けと魔族の侵攻から守ってほしいとお願いした。雪乙女は承諾した。その日から、ナギ王国への魔族の侵攻は減っていった。

 避暑も残りわずかとなったある日に、私は知った。雪乙女は子供を産めない。死を迎えてから長い年月の後に転生を繰り返すのだ。そして、この雪乙女の残された寿命はおよそ600年ということだった。ハイエルフの寿命は長い。600年後は、私はナギ王国の国王となり、民のために政ごとをしている時期となるだろう。魔族の侵攻に民が怯え、苦しむ姿は見たくない。私は雪乙女に1つの提案をした。雪乙女の寿命が尽きた時に、我が子として転生してほしいと。そして、ナギ王国を変わらず守ってほしいということだった。雪乙女は気高さと慈しみを宿したヘテロクロミアの瞳で、私をじっと見つめると、全ての約束を果たすことはできないかもしれないと説明した後に、承知してくれた。

 雪乙女が転生した子は、ヘテロクロミアとして生まれてくる。生後1年で無意識に封魔結界を張り、このまま400年間はこれを維持できるようにすると雪乙女は誓った。

 そして、その子は、自分が雪乙女であることをの記憶を持たない。雪乙女としての記憶を取り戻す方法は、その子の3歳の誕生日後に、記憶の指輪をその子にはめることだと言われた。記憶の指輪をはめることによって、雪乙女としての記憶が甦り、その力のほとんどが覚醒すると言った。私は記憶の指輪を受け取り、我が子に記憶の指輪をはめることを雪乙女と自分自身に誓った。久遠の誓約を結んだ。

 それから、617年後にルーナが生まれると、あまりの愛おしさに我が子として育てたい、手放したくないという衝動が抑えられなくなっていた。勿論、民を魔族の侵攻から守りたいという強い気持ちもあった。私は葛藤の末、記憶の指輪をアディア山の雪乙女の祠に隠してしまったのだ。そして、私は民を魔族の侵攻から守る術を必死に探し続けた。ルーナが誕生しておよそ400年を迎えた時に、封魔結界は消失する。ナギ王国は魔族の侵攻に再び脅かされることになる。

 雪乙女との久遠の誓約を反故にしたことの罪悪感に苛まれていた私は、友のオチャノミズに全てを話した。オチャノミズは封魔結界を増幅して、より強固にするための装置として作成した宝珠に、この話の記録と記憶の指輪を入れて、私に贈ってくれたのだ。1度は捨てた記憶の指輪を添えてくれたことによって、雪乙女に償う機会を再び与えてくれたのだ。記憶の指輪は、宝珠の青い宝石として埋め込まれている。

 ルーナ許してくれ。ルーナは間違いなく私と王妃グレイスの子だ。しかし、雪乙女なのだ。

私はルーナの愛おしさに抗えず久遠の誓約を反故にし、慈愛に満ちた雪乙女の転生を不完全なものにしてしまった。雪乙女としての人生を奪ってしまったのだ。

 ルーナ、私はこのことをいつか自分の口で説明しよう考えている。もし、私の身に何かが起こり、それが果たせなかった場合のためにこれを記録した。この話を聞いたなら、自分自身で人生を選択してほしい。このままルーナとして生きるか、記憶の指輪をはめて雪乙女の記憶を受け取り、雪乙女として生きていくのかを」

 室内は静寂で包まれていた。そして、誰も動こうとはしなかった。

 「ルーナ姉さん」

 「・・・お父さんは身勝手だわ」

 アルベルト王子は、隣に座っていたルーナ王女の手を握った。ルーナ王女もアルベルト王子の手を強く握り返した。ルーナは無言で宝珠を見つめていた。

ダイチは、

 「ルーナ王女の人生か、雪乙女の人生かを自分で選択しろということか。雪乙女が覚醒しない限り封魔結界は400年で消失すると解釈できるが、どう考えたらよいのだ。約束の400年は10年前に過ぎている。封魔結界がいつ消失してもおかしくない」

と心で呟き、亡きアベイス王国から課題を突き付けられた気分になっていた。

 「アルベルト王子のお言葉通り、ここで知ったことは国家秘密となるため守秘を貫くこと。背けば極刑とする」

ラングエッジ侯爵が念を押した。ラングエッジ侯爵にも動揺の色は隠せなかった。

 「記憶の指輪を取り出し、宝珠を格納します」

マザーン子爵がそう言って、青い宝石を引き出した。青い宝石にはリングがついていて指輪となっていた。記憶の指輪をルーナ王女の左手に握らせると、宝珠を宝箱に格納して室外に待機していた衛兵を呼んだ。マザーン子爵は宝箱を抱えたまま近衛兵と共に出て行った。

 ダイチは、タジとカガリ目で合図を送った。


 王宮グレートフォレスト 地下牢。

 「タジさんとカガリさん」

ダイチが呼ぶ。

 光学迷彩布から2人が姿を出す。何も知らない人がこれを見たら、2人が空間から飛び出て来たように思ったことだろう。

 「今見たことは、他言無用でお願いします」

 「・・・ああ、ダイチの信頼に応えよう」

タジがそう答えると、カガリも頷く。

 カガリがぼそりと呟く。

 「頭領オチャノミズ様と国王アベイスは、信頼と友愛で心から通じ合っていた気がする。だから宝珠を贈った。それなのに国王アベイスが富岳の里を襲ったとは考えにくい」

 「・・・・疑惑は残っている。国王アベイスが富岳の里を襲っていないと証明された訳ではない」

タジは激しく打ち消すが、疑惑という言葉を用いたことからも、自分の主張に疑問を抱いているようにも見えた。

 「でも、兄さん、2人の関係は・・・」

 「うるさい。黙っていろカガリ」

 「でも、兄さん」

カガリとタジが言い争いとなっている。

 「アベイス国王とオチャノミズ様との関係やその後については、各自で判断してください。ただ、タジさん自身が言ったように、疑惑のあることでもう人を殺めないでください」

 ダイチは、2人を交互に見て言った。

 「カガリ、行くぞ」

と言うと、タジは姿を消した。

カガリはダイチを見つめ、何か言いたそうな表情を浮かべてから姿を消した。


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