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第5章 王子暗殺未遂事件の余波

第5章 王子暗殺未遂事件の余波


 王宮グレートフォレスト、ルーナ王女の部屋。

 「リリー、私は自分が怖い。功臣の宮廷警備長官ブラウン侯爵の命を奪おうとした。感情を抑えきれずにした未熟な判断、自分の愚かさが怖いの」

椅子に座るルーナ王女の頬を涙が伝わって落ちる。

 「ルーナ様、どうかご自身をお責めにならないでください」

リリーはルーナ王女に歩み寄り、肩にそっと手を置いた。

 「リリーは、私を止めようとしてくれた。でも、私はそれを受け入れなかった。いえ、考え直すことを拒否したの。その結果は容易に想像できたはずなのに」

 「そのご判断を誤らせたものはなんだとお考えですか」

 「・・・・アルベルト王子の警護の責を果たせなかったブラウン侯爵への怒り・・・」

 「そうかもしれませんが、その根源は生物が、人間が生存する上で避けようのない事だと思います。

 人間は誰でも快を好み、不快を避けます。不快への遭遇を避けようとするほど気持ちが不安になります。その不快の原因が未知のものであったり、予測が不能であったり、継続するものであったりすれば、不安は恐怖に変わります。アルベルト王子の命が、再び脅かされるのではないかという恐怖はありませんでしたか。ルーナ様のその抑えきれない恐怖が、強い怒りへと変り、その矛先がブラウン侯爵に向かったのではないでしょうか」

 「・・・・そうかもしれません。いえ、そうだと思います」

 「恐怖が、強い怒りや殺意に変わる。それが結果として判断を誤らせることにつながると考えます。でも、私はそのことを愚かだとは考えていません」

 「・・・・愚かではない?」

 「それが人間なのです。エルフなのです。程度の差はありますが、誰でもそうなのです」

 「でも、それでは不安から恐怖が生まれれば、私は、また同じことを繰り返してしまいます」

 「そうだと思います。不安や恐怖は己の中で突然芽生えます。そして、知らぬ間にそれに心が支配されます。・・・心が支配されても、より良い判断をする術はあります。不安や恐怖は、個人では耐えがたいものであっても、アルベルト王子がいます。重臣もいます。微力ですが私もいます。どうぞお頼りください。それは人間が生物として過酷な生存競争を生き抜いてきた最大の武器、集団の力の1つです。これこそが、個人では抗うことが難しいことでも、他の者から力を借りて個を補っていく賢明さなのだと考えます」

 「・・・・・リリー、ありがとう。私はアルベルトにも、重臣にも、そして貴方に頼ります」

 「ルーナ様、ありがとうございます。これから陰謀を図った相手を突きとめて対策を練り、不安と恐怖を打ち消してまいりましょう」

 「リリー、貴方の言葉で、恐怖に怯える私の心に光が見えました」

 「実は、何度も不安と恐怖で過ちを犯す私に対して、王子護衛ザイド男爵からいただいた言葉なのです」

 「王子護衛のザイド男爵は、リリーの師であり、父のような存在ですね」

 「はい、尊敬しています」

 「ザイド男爵には、アルベルトの命を救ってもらいました。内務次官スラッド伯爵、王女護衛リリーと頼れる人がたくさんいますね」

 ルーナ王女とリリーは目を細めて見つめ合っていた。

 「リリー、王子護衛ザイド男爵と内務次官スラッド伯爵にお礼を述べたい。ここに2人を・・・いえ、今後の対策もこともあるので、内務大臣ラングエッジ侯爵と近衛長官ホワイト侯爵もお呼びして」

 「ルーナ王女、畏まりました。しかし、近衛長官ホワイト侯爵とザイド男爵は、アルベルト王子の護衛で手が離せない状況だと思いますが、いかがしますか」

 「そうね、アルベルト王子の警護が第1優先です。ラングエッジ侯爵と内務次官スラッド伯爵だけでいいわ」

 「畏まりました」


 「ルーナ王女、アルベルト王子に賊を近づけてしまった落ち度、大変申し訳ありませんでした」

ラングエッジ侯爵が、ルーナの執務室で詫びる。

 「アルベルト王子の警護については根本的に見直す必要がありそうですね。それから、賊の正体や侵入経路、裏で影を引く者どもの捜査をお願いします」

 「ははっ、その調査は勿論、近衛長官ホワイト侯爵が、宮廷警備長官を兼任いたしますので、警備計画を抜本的に改善いたします」

 「スラッド伯爵、アルベルト王子暗殺未遂事件につて、功臣ブラウン侯爵への裁定についての進言に感謝します」

 「ルーナ王女より、そのようなお言葉を賜り、恐悦至極に存じ上げます。アルベルト王子の臣として、分をわきまえぬ発言であったと反省しております」

 「感謝しています。其方のような誠の忠臣がいてこそ、このナギ王国の民も報われる」

 「もったいなきお言葉です」

スラッド伯爵は、胸に手を当て一礼した。

 ラングエッジ侯爵が進言した。

 「ルーナ王女、今回のアルベルト王子暗殺未遂事件の黒幕についての捜査、ローズ第2王妃派への捜査と対策を強めるべきと具申致します」

 「ラングエッジ侯爵、アルベルト王子暗殺未遂事件の黒幕は、ローズ第2王妃派と憶測でものを言っているように聞こえますが・・・慎まねばならんことです」

ルーナ王女は、ラングエッジ侯爵を見ながら、一瞬スラッド伯爵を見て目で合図した。ラングエッジ侯爵は、ルーナ王女の視線の合図で、スラッド伯爵からの他言を気にしていることが理解できた。

 「ルーナ王女、スラッド伯爵は、冷静沈着で人望も厚い者です。何よりもアルベルト王子に忠誠を尽くしております。信頼すべき者と考えております」

 ルーナ王女は頷いたから、

 「ラングエッジ侯爵がそう言うなら信じます」

 ラングエッジ侯爵が、ルーナ王女に、

 「ありがとうございます。今回の賊ことで、ローズ第2王妃派の尻尾を掴みたいところですが、賊は全員ザイド男爵に切り殺されましたので少々お時間が必要かと思います」

 「致し方ありません」

 ラングエッジ侯爵が更に、

 「ローズ第2王妃派のこともありますが、魔族が西の国境辺りで集結し始めているとの情報もあります。我が国には、封魔結界がありますので心配は無用と考えますが、封魔結界にもしものことがあればローズ第2王妃派以上の脅威となります」

 「魔族は長年の脅威でした。410年前に封魔結界が強化されて以来、魔族の侵攻は許していません」

 「ですがルーナ王女、我がナギ王国でも封魔結界の源が分かりません。亡きアベイス国王が何らかの方法で封魔結界を張り、その源を口伝による王から次期王への一子相伝と決めましたが、伝えぬ間に崩御されました。ルーナ王女には、誠に心当たりはございませんか」

 ラングエッジ侯爵の瞳が灯りに照らされ、緑色に光った。

 「分からないのです。それが分かれば第1級の国家機密以上のものとなることでしょう」

 「封魔結界の源が分からないことは、秘密としては誠によい条件ですが、何らかの不具合、または1度破られた場合には、対処のしようもございません」

 「分かっています。封魔結界の源については、引き続き極秘に捜査をお願いします」

 「ははっ」


 真夜中の1室。

 窓のない1室には、黒いテーブルと燭台に1本の蝋燭。奥にいる1人は椅子に座り、テーブル越しに1人は床に片膝をついて座っている。揺らめく蝋燭の小さな灯りが椅子に座る1人の顔だけを橙色に照らし、壁に映る2人の影は、ゆらゆらと動き、室内の薄暗さを際立たせていた。 

 「傀儡師ホージュス様、申し訳ございません。封魔結界の源はまだ掴めてはおりません。王子と王女さえも知らぬようです。ただ、気になることがあるます。封魔結界が強固になった410年前は、ルーナ王女の誕生とほぼ重なります。これが偶然なのか否か、調査を続けます。

 ・・・ナギ王国の王位継承争いは、重臣たちを巻き込み、やがて民心は離れ、国力は衰退していくことでしょう。その隙に付け込み我らダキュルス教信者が暗躍し、ナギ王国の封魔結界の秘密を暴きます」

 「黙れ。王子派と第2王妃派の争いは、両者の力が拮抗していてこそだ。この争いは長く続かぬ。時間がないのだ。急ぎ封魔結界の源と、封魔結界が強固になった原因が、ルーナ王女の生誕に関係があるかどうかを解明するのだ」

 「はっ、・・・して、歌劇奉納の儀ではいかに」

 「ナギ王国の王位継承争いは、間もなくフィナーレを迎える。怨嗟に満ちた喜劇となろう。人間は精神も肉体も脆弱で愚かだ。己の見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じる。歌劇奉納の儀は、放っておけ。それぞれが己の役を演じるはずだ」

 「人間を滅ぼし、魔王ゼクザール様のつくり出す魔族の世界が楽しみです」

 「むう、我は人間のつくり出すものに興味はない。しかし、唯一音楽だけはすばらしい。音楽だけは残してやっても構わないがな。それはそうと、先の件では、よき布石を打った」

 「はっ、ありがたきお言葉」

 「下がるがよい」

 床に片膝をついて座っていた男は、腰を屈めたまますり足で部屋を出て行った。


 翌日。王宮グレートフォレスト、王女の部屋。

 ダイチは、ルーナ王女に呼ばれ、リリーと共にこの部屋にいる。

 王宮はアルベルト王子暗殺未遂事件もあって、ものものしい警備だった。宮廷警備長官ブラウン侯爵の更迭に伴って、後任人事まで近衛長官ブラッサム・フォン・ホワイト侯爵が兼任することになり、宮廷内警備は一新され、配置場所の変更や人数も増員されていた。これまでの白い鎧の衛兵に加え、赤の鎧を着た近衛兵が宮廷内警備に当たり、王子や王女、重臣たちの護衛を担当する黒い鎧の護衛も増員されていた。特に、更迭された宮廷警備長官ブラウン侯爵が実直で公平、部下に深く慕われていたため、宮廷警備の任についていた衛兵は、ブラウン侯爵の名誉回復のために奮起していた。


 兼任となった近衛長官ホワイト侯爵は王子派のホモ・サピエンス年齢34歳のハイエルフ女性だった。緑の瞳に、首元で切りそろえられた白髪、身長は2メートルを超え、屈強な体躯をしていた。

 ホモ・サピエンス年齢20歳でホワイト家の家督を継ぐと、その統率力と緻密な戦術、卓越した剣技によって瞬く間に近衛長官に上り詰めた逸材である。


 今朝、近衛長官ホワイト侯爵から報告があった。それは冥王神ダキュルスを崇めるダキュルス教信者が不穏な動きをしているという。ナギ王国では信仰の自由が保障されているため、ダキュルス教信者というだけで弾圧されることはない。しかし、裏では儀式と称して若いエルフ女性を生贄に捧げたり、武器を集めていたりしているという噂が流れていた。王都ロドでは、半年の間に4人の若いエルフ女性が失踪していた。このため、近衛情報局から捜査官をダキュルス教団に潜入させたということだった。


 ルーナ王女が、

 「魔族が国境辺りで集結し始めているとの情報も入っております。このナギ王国は封魔結界に守られているとはいえ、国家の存亡の危機につながるやもしれません。ダイチ殿、封魔結界の源についてお話しいただきたいと思います。第1級の国家機密となるため、私とリリー、ダイチ殿の3人とカミュー様、クロー様のみでの話とします」

と前置きをした。

 クローはテーブルの上に置き、カミューは床で横になっている。

 「ルーナ王女、ご賢明なご判断、恐れ入ります。それから、今後も封魔結界の源と、クロー、カミューのことは3人のみの秘密としていただけることを願います」

 「はい、ナギ王国、全ての民の安全に係わることです。決して口外せぬことをお約束します」

 「ルーナ王女、魔族侵攻は、ナギ王国1国の問題ではないと思います。魔王ゼクザールが人間の滅亡と魔族の世界を目指すなら、魔族は必ず他国へも侵攻します。大陸全土の民の命と安全に係わる問題となるはずです」

 「ダイチ殿は、大陸全土の問題として、他国へ救援要請をすべきだとおっしゃりたいのですね」

 「はい、1国では対抗し難くても、連合なら対抗できます。ローデン王国クリードリヒ・ローデン国王は、魔王ゼクザールの野望を阻止することに協力してくれると思います」

 「・・・この件については、アルベルト王子や重臣とも協議し対処します」

 「お願いします。ところで、アルベルト王子は、今どこにいらっしゃいますか」

 「王宮の武練館にて護衛のザイド男爵から剣の指南を受けております。ザイド男爵には、王子暗殺未遂事件以後は、アルベルト王子から一時も目を離さずに護衛していただいております」

リリーが答える。

 「ザイド男爵ならアルベルト王子を必ずや守ってくれるでしょう」

と、ルーナ王女も全幅の信頼を寄せていた。

 「確かにザイド男爵の剣技は凄まじいものでした。瞬時に暗殺者4人を・・・」

ダイチは途中まで言いかけて口をつぐんだ。

 「ダイチ様、いかがされましたか」

 「いえ、何でもありません。では、本題の封魔結界の源についてです」

 『クロー、カミュー、魔族の力は近くには感じないか』

 『ない』

クローとカミューが答えた。ダイチは確認が終わるとゆっくりとした口調で語り出した。

 「封魔結界を発生させている源は、ルーナ王女です」

 「わ、私が、そんなはずは・・・私は何もしていません」

 「驚くのは無理もありませんが、私の召喚神獣のクローとカミューがそう言っております」

 『間違いない。封魔結界はリリー王女から発生している』

カミューがルーナ王女にそう言った。

 ルーナ王女はカミューを見ながら、

 「私は封魔結界を張っている自覚も、張る術も知りません」

 カミューは続けて言った。

 『本人の意思や行動は分からんが、ルーナ王女が封魔結界を張っていることは事実だ。ただ、ルーナ王女が張っている封魔結界はかなり微弱だ。この力が魔族の侵攻を防いでいるとは考えられんほどにな』

クローは思念会話でダイチとカミューとしか会話ができないため、カタカタと自ら動き同意を示した。

 「ルーナ様、アベイス国王陛下やグレイス王妃から何かお聞きになったことはございませんか」

 「・・・・分かりません。特に思い当たるような話や儀式もありません。・・・私が幼少より言い聞かされてきたことは、民のために尽くしなさい。慈愛神獣雪乙女様を敬いなさい。毎年開かれる雪乙女様に奉納する歌劇には参加しなさいと、この国の誰でも言われていることです。父アベイスや母グレイスと共に、慈愛神獣雪乙女の住むと言われるアディア山の麓の祠に参拝した時には、急に雪が降ってきて、いえ、ダイアモンドダストが舞ったのです。吉兆だと父母が喜んでいたので、私も嬉しくなって、その中を走り回っていたことが記憶に残っています」

 「ルーナ様、私も子供のころより雪乙女様を敬うように言われていたので、ナギの民なら皆同じです」

 「特に思い当たるエピソードがないようですね。それでもルーナ王女が封魔結界を張っているのは事実であり、それによって魔族の侵攻を防いでいることも事実なので、これを魔族に知られる訳にはいきません」

 ダイチに頷いてから、リリーは、

 「もし、知られたならば、間違いなく魔族は全力でルーナ王女を亡き者にしようとするでしょう。それだけは阻止しなければなりません。今後の儀式や行事などへの参加は吟味しないといけませんね」

と、語気を強めて言った。

 「私は、3日後の歌劇奉納の儀には参加します。落盤事故でで命を落とした国王と王妃の遺志です」

 「ルーナ王女、歌劇奉納の儀への参加には、大きな危険が伴います。それでも参加の意思は固いのですか」

 「勿論です。民の代表として、王女として、また亡き父と母の子として参加します。」

 ダイチが言う。

 「ルーナ王女、こちらには2つアドバンテージがあります。そのアドバンテージのいずれも失うことがなかったら危険性は低くなると思います。

 1つ目のアドバンテージは、こちらが魔族の力を察知していること、そして魔族はこちらに気付いていない事。

 2つ目は、こちらが封魔結界の源を知っていること、魔族は知らない事です。

 このアドバンテージを利用すれば、歌劇奉納の儀で魔力の力の発生源を特定できるかもしれません。そうなればより有効な対策が立てられ、先手が取れます」

 「歌劇奉納の儀に罠を仕掛けるのですね。リリーはどう思いますか」

 「ルーナ様、危険です。もしルーナ様に万一のことがあったら、ルーナ様の命はナギ王国の民の命と重なります」

 ダイチが、

 「もし、この2つのアドバンテージのうち1つでも失った時には、王子と王女2人とも歌劇奉納の儀を欠席する。これはよろしいでしょうか」

と、提案をする。ルーナ王女は、

 「仕方ありません。分かりました」

と、頷いた。

 「ルーナ王女とリリーの2人にお尋ねしたいことがあります。今回のアルベルト王子暗殺未遂事件の主犯は魔族だとお考えですか」 

 「魔族は狡猾で、残虐な手口を好むと聞いています。今回は急襲ではありましたが、人間の考える範疇の手口のような気がします」

リリーがそう答えた。するとルーナ王女は、

 「封魔結界で侵攻できない魔族は、例え王子の命を奪っても事態に大きな変化はありません。最も有効な方法は、封魔結界の源を知りこれを叩くことです。その意味では、アルベルト王子暗殺未遂事件の主犯は、人間だと考えます」

冷静な声で話した。

 「俺の意見も同じです。魔族は王位継承争いに関心が薄いように見えます。

 歌劇奉納の儀で魔力の力の発生源を特定できれば、こちらが一気に有利となります。試してみる価値は高いと思います。

 一方で不確定要素もあります。アルベルト王子暗殺未遂事件の主犯です。この主犯が予想通り人間だとすると封魔結界とは無関係に暗殺を仕掛けてくる場合もあります。また、魔族が陽動作戦として暗殺や事件を裏で糸を引く可能性は排除できません。これは近衛長官ホワイト侯爵と兵士の力を信じましょう」

 ルーナ王女が、

 「ええ、近衛長官ホワイト侯爵には、想定できることを情報として伝えておきます」

そう言うと、リリーも真剣な表情で頷いた。

 「ただ、王子暗殺計画では、相手側に主導権を握られています。こちら側は守勢でその場凌ぎとなっています。これは深刻な課題だと思います」

ルーナ王女が目を伏せながら指摘した。

 「そうですね。後手に回って、守勢ばかりだといつかは対応しきれなくなるでしょう。10分間の休憩をください。その間に何とかします」

ダイチは、ルーナ王女とリリーにそう告げる。

 「はい、お茶を入れますね」

リリーが席を立った。


 ダイチは思念会話でクローに話しかける。

 「クロー、俺たちには戦略が必要だ。クローの新しいジョブを決めた。軍学百科だ」

 『ダイチ、承知した』

黒の神書クローの体が一瞬、青白く輝いた。

 「状況の打開のために、後手の守勢側から、先手攻勢側に変えたい。戦略を考えてくれ」

 『承知。だが、情報が足りない。こちら側の情報収集能力が乏しいことが最大の弱点となっている。先ずは情報だ・・・・・・せめて・・・・』

クローは、しばしの沈黙の後に、ダイチに提案した。


 休憩後、テーブルについた2人を前に、ダイチはクローからの提案を告げた。

 「歌劇奉納の儀では、俺は、魔族の力の発生源を突きとめることを第1とします。アルベルト王子とルーナ王女はそのまま参加してください。こちらで2人の安全を高めることはできます。それから策を立てるには情報が足りません。最高の人材を投入し、情報収集能力を最大限に高めてください。情報収集のポイントにすべき点は・・・・・・」


 王宮の武練館では、アルベルト王子が護衛のザイド男爵から剣の指南を受けた。

 「王子、今の踏み込みは見事でした」

 「ザイド、私も其方のように強くなりたい。そして姉君を守りたい」

 「その意気ですぞ。さあ、もう一度」

 アルベルト王子暗殺未遂事件以来、アルベルト王子は、毎日ザイドに剣の指南を受けていた。ザイド男爵は厳しく、そして励ましながら指南していた。アルベルト王子もザイド男爵も真剣を使っての稽古であった。一瞬の油断や躊躇いが命に関わる結果を招く。

 「ハァ、ハァ、ダーッ」

 ガキン

アルベルト王子の一撃はザイド男爵に弾かれ、そのままアルベルト王子は前のめりに倒れた。

 「王子、今の気迫は見事でした。今日はここまでに致しましょう」

 「むう、ザイド、明日もまた手合わせをしてくれ」

 「承知しました」


 この日の午後、王宮グレートフォレスト謁見の間。

 アルベルト王子からカヒライス・フォン・ザイド男爵へ、アルベルト王子暗殺未遂事件での武功を讃え、大勲位雷鳥章が授与された。これでナギ王国の王の盾としての最高峰となった。

 アルベルト王子は、ザイド男爵の胸に、白い雪の結晶の中で銀の雷鳥が翼を広げいる意匠の大勲位雷鳥章を付けた。

 アルベルト王子は心からの笑顔で、

 「見事な働きであった」

と、声をかけると、ザイド男爵は、

 「アルベルト王子の威光の賜物です。アルベルト王子にこの身命を捧げます」

 恭しく言葉を述べた。


 王宮グレートフォレスト、王女の部屋。

 アルベルト王子暗殺未遂事件における宮廷警備長官ブラウン侯爵救命への進言の功によって、ルーナ王女から内務次官ピリオド・フォン・スラッド伯爵に恩賞が授けられた。

 ルーナ王女は、

 「スラッド伯爵、貴方は真に勇気ある臣下です。今後もナギ王国の民のため、また次期王のための働きを期待しています」

と、声をかけられた。スラッド伯爵は、

 「身に余る栄誉にございます。今後ともナギ王国の民のため、また次期王のための身命を捧げます」

緊張気味にそう答えた。

 王子護衛ザイド男爵は、ホモ・サピエンス年齢36歳、内務次官スラッド伯爵はホモ・サピエンス年齢31歳とナギ王国の次世代を担う若き文武の新星誕生に、アルベルト王子とルーナ王女、王子派の重臣は期待で心を躍らせていた。

 

 離宮グリーンフォレスト。

 第2王妃ローズと王位継承権2位のドリゥーン王子、第2王妃の父の軍務大臣フォール侯爵、外務大臣コージス侯爵の4人がテーブルを挟んで座っていた。

 ドリゥーン王子が、

 「祖父君、貴方の言っていた別の策は、見事にはずれましたな。王子派がアルベルト王子に賢王の器を見たと感激し、結束を高める結果となりましたな」

そう言うと、フォール侯爵は、

 「ドリゥーン王子は、まだ若く未熟だな。大局を見てからものを言え」

と、激しく応じる。

 「フッ、未熟な私にお教えいただけないでしょうか。大局を見ると何がみえるのですか」

ドリューン王子も応戦する。

 「儂の策は、アルベルト王子の暗殺が成功すればよし。例え暗殺が失敗しても王子派の宮廷警備長官ブラウン侯爵を更迭させ、王子派の勢力を削ぐという2段構えだった。結果として後者となっただけだ」

 「祖父君の言う大局眼とは勉強になりますな。はて、更迭されたブラウン侯爵はとはいかほどの影響力をおもちか」

 「何をういか、ドリューン、お前は何をした。お前は安全な場所で批判しているだけではないか」

 「それは直接手をくださない祖父君も同じこと」

2人の激しい罵り合いを横で聞いていたコージス侯爵の目は泳ぎ、ハンカチで禿げあがった額の汗を拭くだけだった。

 「お父様の策は、王子派の勢力を多少なりとも削ぐことに成功しました。そして、こちらは無傷。これは成果といえるでしょう。ドリューン王子、少しは口を慎みなさい」

 「母上がそうお考えなら・・・・」

 「ところでお父様。お父様の策はこれで終わりではないでしょうね」

 「ローズよ、当たり前だ。次の策でアルベルト王子の命運も尽きる」

 「その策をお聞かせ願いたいものですな」

ドリューン王子が言うと、フォール侯爵は、オリーブの実の塩漬けを1つ口に入れると、カリッと噛んでから、

 「歌劇奉納の儀で仕掛ける」

 その言葉に、コージス侯爵がやっと口を開いて、

 「歌劇奉納の儀を狙うとはさすがです。歌劇奉納の儀には、アルベルト王子とルーナ王女も参加します。絶好の機会ですな」

と相槌を打つと、黒い喪布を口元に付けたローズ第2王妃は、コージス侯爵を睨んだ。黒い喪布の上から見える緑の瞳には、妖しい光が宿っていた。

 コージス侯爵は背筋が凍り、大きな体を縮こませて下を向いた。

 「歌劇奉納の儀では、王子派も警戒をして、十分な準備をしてくるはず。それでも王子暗殺が可能と、お父様は言うのですか」

 「無論だ。警備が厳重だからこそ可能だ。王子と王女は我々の罠の中に、自ら飛び込んで来るのだ」

フォール侯爵が立ち上がり、窓のカーテンを少し開けた。

 「・・・まあみておれ」

夜の森を見て呟いた。

 「お父様に、再びお任せしますわ」

第2王妃ローズが冷ややかな目でフォール侯爵の背中を見ていた。

 「・・・・・デジャブだ」

縮こまって下を向いていたコージス侯爵は、心の中でそう呟いた。


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