第4章 王子襲撃と覚醒
第4章 王子襲撃と覚醒
ダイチが王都ロドに来てから数日後。
迎賓第2別館レークにリリーからの使いが来て、ダイチは王宮グレートフォレストに到着した。
宝珠強奪事件があって間もないこともあり、王宮の警備は厳重であった。門や庭のあちらこちらに白い鎧の衛兵が配置されていた。
午前中は宮廷彫金師ワイルゼンの工房を見学、午後からはルーナ王女との面会ができることになっていた。ダイチは、侍女のキャメルがホモ・サピエンスにと用意したモーニングに着替え、迎えの馬車に乗った。黒の上着とベスト、白と銀の斜めの縞模様のネクタイ、グレーに黒の縦縞のズボン、白い手袋に黒の革靴と慣れないモーニング姿で、歩くたびにどこかぎこちなさを感じていた。
彫金工房は王宮グレートフォレストから200メートルほど離れたところにあった。
宮廷彫金師ワイルゼンは、小太り小柄、ホモ・サピエンス年齢45歳のエルフであった。白髪で生まれながらのくせ毛であり鳥の巣のような髪型をしていた。
工房に入ると、
「彫金技術に興味があるというのはお前さんかね」
ワイルゼンはしゃがれた声で尋ねた。
「はい、ローデン王国から参りましたドリアドの鍛冶職人ダイチといいます。本日はよろしくお願いします」
「ほー、お前さんが、あの鍛冶で有名な都市ドリアドの鍛冶職人とはのー」
「まだ駆け出しの職人です」
「その駆け出しとやらの作品を見せてもらえるかね」
「お恥ずかしいですが、ご希望とあれば」
と、ダイチはアイテムケンテイナーから刀の白菊を取り出した。
白菊は、オリハルコン製の片刃で反りのある日本刀そのものだった。白銀の刀身は60センチで脇差よりやや長い程度であり、刀身には白波のような波紋があった。極めて軽量かつアダマンを遥かに上回る強度を誇っていた。
「私がここに来る直前に造った刀です」
ダイチは、ワイルゼンに手渡した。黒の双槍十文字にはカミューが装飾として擬態しているため、こちらの白菊を選んだ。
ワイルゼンは鞘から白菊を静かに抜くと、その白い刀身と白波のような刃紋を鋭い目つきで眺めた。
「・・・美しい。実に美しく恐ろしい。この刃紋は見る者を魅了する美しさがあるが、魂を凍らせる鬼気が潜んでおる」
「刀にはご興味がおありですか」
「全くない。人殺しの道具じゃ。この刀身は・・・錫でも、鋼でも、銀でも、プラチナでも、ミスリルでもないな。初めて見る金属じゃ」
「山で見つけた鉱石から造ったものです」
ワイルゼンは白菊の刀身を静かに鞘に納め、息を吐いた。
「ふー。危ういところだった。あの刀身の輝きは魂をも魅了する・・・彫金の創作された美とは違う妖しさがあった。似て非なるものの美」
そう言って、白菊をダイチに返した。
「実によいものを見せてもらった。ダイチさん、お礼と言っては何だが、存分に見学していってくれ」
「ありがとうございます。それでしたら、指輪の作業工程を見学させてください」
ダイチは白菊を腰に帯びた。
ダイチは、指輪づくりの作業工程については全く知識がなかった。この世界の彫金職人たちが行う指輪づくりの作業工程を興味津々で眺めていた。素材の金属を真っ赤に熱して水に浸す。素材を曲げてリング型に成形するとロウを溶かしながら継ぎ目に着けてから、水で冷やす。それを酸で洗ってからヤスリをかける。芯金棒で円の歪みを整形し、研磨剤で磨いていく。出来た指輪に彫金タガネと呼ばれる細いノミのような道具で複雑な模様を削り取っていく。その後に宝石を取り付けていく。
ダイチは、彫金職人の巧みな技と知識、繊細で根気のいる作業、美の創造に魂を削る姿に惚れ惚れしていた。
ダイチの特異スキル「学び」と感動で、多くの知識や技能・技術を吸収していた。
王宮グレートフォレスト。ルーナ王女接見の間控室。
昼過ぎには、王宮グレートフォレストにてルーナ王女との謁見が許されていた。燕尾服に似た正装のまま控室で10分程待つと、扉前に衛兵2人のいる接見の間に通された。接見の間には2人の衛兵が立っていた。やがてルーナ王女がリリーと護衛2人と共に入室して来た。
衛兵は白の鎧、護衛は黒の鎧と色分けされていた。
ダイチが立って礼をしたままでいると、ルーナ王女は、
「どうぞお掛けになってください」
と、ダイチに席を勧めた。一礼の後に着席した。
「宝珠奪還にご助力いただいたダイチ殿への感謝の意を示す場です。ここはリリーのみで結構です。他の兵は部屋の外にて控えるように」
と静かな口調で命じた。警護の兵たちは退出して行った。
「ダイチ殿、宝珠奪還へのご助力に改めて感謝致します」
「わざわざ王宮までお招きいただいたばかりか、王女ルーナ様との謁見のご名誉を賜りましたことは身に余る光栄です」
「ふふっ、ここには私とリリー、ダイチ殿の3人のみです。そのように構える必要はございません。午前中は宮廷彫金師ワイルゼンの元を訪れたと聞いていますが、いかがでしたか」
青と緑と左右の瞳の色の異なるヘテロクロミアのルーナ王女が、優しい笑顔と柔らかな口調で尋ねた。
ダイチは、気品のある佇まいと、美しい瞳に心臓の鼓動が速くなった。
『ダイチ、何かあったのか。心拍数が速くなっている。血圧も微増しているぞ』
クローが心配して、思念会話で尋ねてきた。
「人の事情ってやつだ。心配無用」
ダイチは思念会話で答えた。
「命を削るように金属を細工していく職人から、鍛冶職人とは異なる気迫を感じました。同じ職人として心の震えが止まりませんでした」
「それはよかった。ワイルゼンから聞きました。ダイチ殿はすばらしい鍛冶職人であられて、自作の逸品の刀をお持ちと聞いております。よろしかったら見せていただけませんか」
「ルーナ様の前で武器などと、それはいけません」
リリーが慌てて止める。
「リリー、ダイチ殿は、慈悲深くて誠実だと言っていたではありませんか。偽りの報告でしたか」
「・・・いえ、私は確かにそう感じました。それでも武器を御前には・・・」
リリーの頬が赤く染まった。
「ダイチ氏、お願いします」
「ご信頼ありがとうございます。これはルーナ王女のリリーさんへの厚い信頼の証と受け取ります。駄作ではありますがご覧ください」
ダイチは、アイテムケンテイナーから白菊と黒の双槍十文字を取り出した。
「リリーさん、本もテーブルに置いてもよろしいですか」
「・・・ええ。ご説明をしてくださるのですね」
「はい、信頼には信頼で応えたいと考えます。リリーさん、打ち明けてもよろしいですね」
リリーは黙って頷くと、ルーナ王女を見た。
「本をテーブルに置くことは、何か問題があるのですか」
ルーナ王女が青と緑の美しいヘテロクロミアの瞳で2人を交互に見つめて問う。
ダイチは、肩掛け鞄からクローを取り出してテーブルへ置いた。
『ダイチ、また心拍が速くなっているぞ。血圧も上昇している』
『主、これがナギ王国の王女か。アイテムケンテイナーの中だと外のことは全く分からん』
「黙って話を聞いていてくれ」
ダイチは、思念会話でクローとカミューに話した。
「ルーナ様、全てお話をします。実は・・・」
カミューは接見の間で浮いている。
ルーナ王女は、ヘテロクロミアの瞳を大きく見開いている。恐らく口も開けているかもしれないが、黒い喪布で口元は見えない。
「ルーナ様、私の説明が不足していて申し訳ありません」
「いえ、召喚神獣クローとカミューのことは黙っていてほしいと、私がお願いしたからです」
ルーナ王女は事の次第を理解し、落ち着きを取り戻した。
「召喚神獣のこと、雪乙女様とお会いしたい理由も分かりました。ナギ王国も協力させていただきます」
「ありがとうございます」
『主、魔族だ』
カミューが思念会話で言った。
『ああ、魔族だな。正確には魔族の力を感じるだ。ダイチ気を付けろ』
クローが補足した。
「魔族だって。どこにいる」
ダイチは、魔族と聞いて驚き、思念会話ではなく、言葉を口に出してしまった。
『この王宮の中から魔族の力を感じるだけだ。王宮に魔族がいるわけではない』
リリーが立ち上がり、剣の柄に手を置いて、
「魔族が近くにいるのですか」
ダイチを見て言った。
「ルーナ王女、リリーさん。ここに魔族がいるわけではありません。ただ王宮の中から魔族の力を感じると神獣たちが言っています。心当たりはありませんか」
「いいえ、ありません。王宮の中からだなんて信じられません。・・・ナギ王国には、魔族との永きに渡る戦いの歴史がありますが、今は封魔結界によって、魔族の侵攻を防いでいます」
ルーナ王女が答えた。
『ああ、確かに何らかの結界が張られていることは分かっていた。これは対魔族用のものだったのか』
と、カミューが言う。
「封魔結界については、国家機密なのだと思いますが、教えてください。今までに破られたことはありませんか」
ダイチが問うと、
「封魔結界が破られたことは1度もありません」
ルーナ王女が答える。
「魔族がナギ王国を狙うとしたら、まず封魔結界を破ることを考えると思います。その結界への防御態勢は大丈夫ですか」
と、ダイチが問いかけると、
「およそ1000年前に封魔結界が張られました。これで魔族の侵攻は減少しました。更に、およそ410年前に封魔結界の強化が図られてからは、魔族の侵攻は1度たりとも許していません。ただ、どこで、誰が、どのように張っているのかを誰も知りません。亡き父アベイス・フォレスト国王のみが知る秘密でした」
『主、ルーナ王女は何を言っているのだ』
カミューが思念会話で話しかけてきた。
「カミュー、どうしたのだ」
と、思念会話で応じる。するとクローが、
『カミュー、また言葉足らずで稚拙な表現だな。ダイチ、私が代わりに説明する。信じられないことだが、ルーナ王女が封魔結界の発生源なのだ』
「何だって」
ダイチは思わずルーナ王女を見て立ち上がった。
「ダイチ殿、どうしたのです」
「ダイチ様、いったい何が」
ダイチとクロー、カミューのやり取りが思念会話であったため、ルーナ王女とリリーには話の内容を把握できていなかった。
「ルーナ王女、リリーさん、魔族は封魔結界の源をまだ把握できず、探しているのだと思われます。クロー、こちらが魔族の力に気付いたことを、向こうは感じ取っているのか」
『魔族本体でないため、恐らくこちらの存在を感じ取ってはいない』
「王宮のどこだか特定できるか」
『魔族本体ではないので、かなり微弱だ。それに移動していて特定は難しい。もっと近づかなければ分からないが、恐らく人間からだ』
「人間からだって」
『ああ、封魔結界の外から魔族の力で直接人間を操っている。または、魔族の力をもった呪物を身に付けているために操られていると考えるのが妥当だ』
「ルーナ王女、リリーさん。封魔結界の源は分かりました。それは後程お伝えします。俺はこれから魔族の力の発生源を探しに行ってきます。カミューはさすがに城内を歩けませんので、クローを持って行ってきます。リリーさんは外の護衛と共にルーナ王女をお守りください。・・・カミュー」
ダイチはそう言って黒の双槍十文字を持つと、カミューは槍の装飾に擬態した。
「リリーさん、この槍でルーナ王女をお守りください。いざという時にはカミューが守ります。カミュー、ルーナ王女とリリーさんを頼んだ」
『承知した』
ダイチはそう言うと部屋を出て行った。
『ダイチ、その廊下を右だ』
ダイチが抱えているクローは、思念会話で魔族の力の発生源へと導いている。
『その階段を降りろ』
『まだ、こちらは気付かれていない。こちらは正確な位置まではまだ特定できないが、だんだん近づいている』
「クロー、少し待て。衛兵の巡回だ。見られたらちょっと厄介だ」
ダイチは、柱の陰で護衛をやり過ごした。
『そこを左だ』
『廊下を真っ直ぐだ』
『近いぞ。はっきりしてきた。魔族の力の発生源は、魔族に直接遠隔操作されている人間だ』
「待て。貴様は何者だ」
廊下で衛兵1人に呼び止められた。
「俺は、ルーナ王女の謁見を許され登城したダイチ・ノミチと申します」
「なぜ、ここを歩いている」
「ルーナ王女様の言い付けに従って、この先まで行きます」
「その先とはどこだ。アルベルト王子の部屋の近くをうろつくとは怪しい奴め」
「アルベルト王子? 王位継承権1位のアルベルト王子だって・・・まさか」
ダイチは、ルーナ王女の顔が浮かんだ。
「無駄な抵抗はするな」
衛兵が槍を構えたその時、
「曲者だー」
更に先の扉の中から叫び声が聞こえた。廊下でその扉を守っていた衛兵2人も、
「アルベルト王子をお守りするのだ」
と叫びながら扉の中へ駆け込む。
ダイチに槍を突きつけていた衛兵も走り出した。ダイチはアイテムケンテイナーから白菊を取り出すと、前を走る衛兵に続いた。
ダイチが衛兵に続き部屋に入ると、白に赤い線の入った仮面を付けた白装束の男4人が剣を構えていた。その奥には数日前に王の間で謁見したアルベルト王子が、壁を背にして立っていた。アルベルト王子を庇うように深緑の服を着た屈強な体躯、銀色の髪と青い瞳を持った1人のエルフが剣を抜いて白装束の男たちと対峙していた。床には護衛の兵4人と先ほど駆け込んだ衛兵2人が倒れていた。
ダイチは、仮面を付けた白装束の男4人は、その佇まいから尋常な強さではない、かなりの手練れだと感じた。
深緑の服を着たエルフが、鋭い目つきでダイチを見つめている。
ダイチは躊躇していた。白装束の男たちは王子の命を狙ってはいるが、明らかに人間である。人間に対してエクスティンクションを撃てるのか。俺に殺人ができるのか。
迷うダイチにアルベルト王子の顔が見えた。まだ、ホモ・サピエンス年齢11歳位いだが、気丈にも剣を抜き、仮面を付けた白装束の男たちを睨んでいる。
「王子は俺の教え子位いの年齢だ。それでも生きるためにできることをしている・・・教え子を目の前で殺させる訳にはいかない」
ダイチは覚悟を決めた。
ダイチの目と深緑の服を着た護衛のエルフの目が合った。その瞬間、深緑の服を着た護衛のエルフは、前に跳ねた。仮面を付けた白装束たちは、驚いたように1歩下がった。深緑の服を着た護衛のエルフは、まるで舞いを踊るかのような剣技で、仮面を付けた白装束の男を切り伏せていく。白装束の男たちには剣先を躱すことすらできない。
「なぜ・・」
最後の1人となった白装束男はこの言葉と共に両断された。凄まじい剣速だった。
深緑の服を着た護衛のエルフはダイチに剣を向け、
「貴様はなぜそこにいる」
「ルーナ王女に謁見をしている時に、王子の危機を知り参上しました」
ダイチは咄嗟にそう答えた。
ここで答えを間違えたら、あの剣技でミンチにされることは間違いない、背筋が凍った。
「それにしては到着が早くはないか」
「ルーナ王女にご確認ください」
そう答えた。
そこに衛兵十数人が雪崩れこんで来た。
「アルベルト王子にお怪我はない。衛兵10名は、ルーナ王女をお守りに向かえ。そしてこの男を連行して王女に尋ねろ。王女の返答次第ではその場で切れ。数日前に謁見の間で、宝珠奪還の助力者として見た男だ。たしかダイチという名だった」
そう言い放った。
ダイチは思念会話で話しかける。
「クロー、魔族の力の発生源は・・・魔族に遠隔操作されている人間は、この部屋の誰かか」
『いや違う。魔族の力はどんどん離れて行って、既に見失っている』
「ここにはいないのだな」
『魔族の力を感じる者はここにはいない』
その時、ルーナ王女がリリーと護衛の兵士を従えて走り込んで来た。
「アルベルト!、怪我はない。アルベルト」
ルーナ王女が叫んで、アルベルト王子に抱き付いた。抱き付きながら掌で頭や肩、背などを擦っている。
「姉上、大丈夫です。どこも怪我をしていません。護衛のカヒライス・フォン・ザイド男爵が守ってくれました」
「ああ、ザイド男爵、感謝します」
ルーナ王女は、深緑の服を着た護衛のザイド男爵に謝意を述べた。
ザイド男爵は剣を背に回し、片膝をついてルーナ王女に尋ねる。
「火急の件にてお許しください。ルーナ王女のご命令で、このアルベルト王子の部屋へ、そこのダイチを寄越されたのですか」
「はい、胸騒ぎがしたので、ダイチ殿に様子を見に行ってもらいました」
ルーナ王女がそう言うと、ザイド男爵は刀を鞘に納め、
「ダイチ殿、許されよ。私は、カヒライス・フォン・ザイドだ」
「事態が事態だけに、当然の対応だと思います」
と、言って辺りに目を配ると、リリーは、ザイド男爵を見つめて微笑んでいた。
宮廷警備長官エバスチャン・フォン・ブラウン侯爵が駆け込んでくると王子の前に平伏した。
「アルベルト王子の危機を未然に防げなかったこのブラウンは万死に値します。どうぞこの場で死を賜りたくお願い申し上げます」
ルーナ王女は目をキッとして、宮廷警備長官ブラウン侯爵を睨んだ。
内務大臣エルバン・フォン・ラングエッジ侯爵が進み出て、怒気を隠さずに、
「宝珠強奪を防げなかったことに続き、あろうことかアルベルト王子のお命を狙う暗殺者の侵入を許すとは、宮廷警備長官の任を何と心得ておる。ブラウン侯爵、其方を即刻斬首と致す」
と、ブラウン侯爵に言い渡した。
リリーは、内務大臣ラングエッジ侯爵の下した、貴族としての自害ではなく斬首の裁定を取り消してほしいと願い、慌ててルーナ王女を見つめた。ルーナ王女はリリーと視線が合ったが、無言のまま目をそらせた。
「ルーナ様・・・」
リリーは心の中でルーナの名前を何度も繰り返していた。
ルーナ王女は、暗殺者の侵入を許し、幼いアルベルト王子を命の危機に晒したブラウン侯爵に対して、寛大な心を失っていた。その過失を責め、敵意に近い感情が芽生えていた。
「恐れながら申し上げます。アルベルト王子の元に暗殺者の侵入を許したこと、宝珠強奪を防げなかったことは万死に値します。しかしながら、ブラウン侯爵は亡きアベイス国王陛下の時より仕えてきた功臣。その功に免じて何とぞ寛大なご裁定をお願い申し上げます」
内務次官ピリオド・フォン・スラッド伯爵が片膝を着き、アルベルト王子に進言した。ここにいる全ての者が、ブラウン侯爵の実直な人柄を思い出した。
アルベルト王子がゆっくりとした口調で、そしてよく響く声で、
「ピリオド伯爵、よくぞ申した。ブラウン侯爵を宮廷警備長官より更迭する。追って沙汰をするまで自宅で謹慎。後任が決まるまでは、近衛長官ホワイト侯爵を兼任とする」
そう裁定した。
その瞬間に、この部屋は水を打ったような静けさとなった。時が止まったかのようだった。
ブラウン侯爵は、
「ははー」
涙を浮かべて平伏した。その声が部屋に響いた。
静寂の中、ブラウン侯爵がうな垂れたまま部下であった衛兵2名に連行されて行く、コツコツという足音だけが響いた。
静寂は、この場にいた者すべてが、立ったままただ体を震わせていたからだった。このアルベルト王子の裁定に感涙していたのだ。直前まで命の危機にあった幼い王子が、臣下への寛大な措置がとれる王としての器量を示したこと、幼いながらも着実に成長していること、賢王が導くナギ王国という希望が見えたことなど、それぞれの思いが溢れてきたのだ。
内務大臣ラングエッジ侯爵は、目を閉じたまま動かなかったが、涙だけが頬を伝って落ちていた。
「ハイエルフの覚醒・・・」
そんな期待がラングエッジ侯爵の胸をさらに熱くさせていた。
ルーナ王女は、アルベルト王子をもう一度抱き締め耳元で、
「ありがとう。私は、もう少しで・・・・私は貴方を守っているつもりだたけれども、アルベルトが私の心を守ってくれた。ありがとう・・・ありがとう・・・」
と、くしゃくしゃになった顔で呟いた。
リリーは、胸に込み上げてくる感情が抑えきれず、ルーナ王女とアルベルト王子の姿がぼやけていった。




