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第22章 ポポイ防衛戦

 第22章 ポポイ防衛戦


 7月9日未明

 どこまでも深い群青色の夜空に星が瞬いている。バルたちを乗せた漁船は半月に引っ張られて猛スピードで東へと向かっていた。

 「見えた、あれはポポイの灯台の明かりだ」

ムネキが示す方向には、夜空と海の境が分からなくなった闇に浮かぶ微かな光が見えた。

 「もう少しじゃ、半月よ。踏ん張れ!」

 ブオッフォォォォー!

ジバイの檄とほら貝の音が飛ぶ。小島のような半月がくわえたロープの後には白波を切りながら船が水面を走る。時折、半月が吹く水の飛沫が船全体を雨のように潤した。

 

 ポポイの町に着くと、ムネキはこの町の代表の家に駆けこんで事態を説明した。すぐに領主のオズバーン子爵の元へ伝令が走る。

 ジバイは半月に礼を言うと再会を誓い合い、半月を見送っていた。

 バルは馬貸所へ駆けみ、銀貨で膨らむ袋をそのまま受付のテーブルの上にバンと置き、一番の早馬に乗り東へと駆けて行った。

 

 群青色の空が橙色とのグラデーションを奏でる東の地平線に太陽が登り始めた頃。オズバーン子爵からローデン国王と各領主の元へ「麦イナゴの大群が西から迫る。救援を乞う」の伝文を携えたアローピシェンの伝書鳩が放たれた。


 7月9日の朝。

 ドリアドの街に一羽のアロービシェンの伝書鳩が飛んできて、鍛冶屋のバイカルの持つ鳩小屋に入って行った。バルが放ったハヤテが帰って来たのだ。

 ペーターが店の奥の部屋に駆け込んでくる。手には伝書鳩からの小さな伝文を持っていた。

 バイカルはこの伝文を手に取り、視線を注ぐ。

 「来やがった! 黒い魔物が西から海を越え、このローデン王国へ来るぞ」

 店先のミリアを呼ぶ。ミリアが部屋に入ると、

 「西から黒い魔物が海を渡って、ローデン王国へとやって来る。ミリアはいつでも避難できる準備と子供たちの安全を第一とした備えをしてくれ。ガリムは街の代表への連絡を頼む。俺はカリスローズ侯爵様に面会して、ローデン国王と各領主への連絡、このドリアド地方の備えをお願いしてくる」

そう言うと、ミリアもガリムも頷くと、部屋を駆けて出て行った。

 バイカルの報告を聞くと、ドリアド領主カリスローズ侯爵の対応は速かった。事前に報告していたことで対応策は練ってあったようだ。ローデン国王と各領主への連絡が迅速に行われた。またドリアドの西に兵が派遣された。騎馬隊や歩兵、大弓や魔法兵士なども加わっていた。その数1000。この領地の最大兵数の半数に及んだ。残りの半数は城内を含むドリアド街の警護となる。更に徴兵令が発布され、街の民からも兵が徴収された。ドリアドの城内だけで2000の兵となった。そのうち兵の1000は城壁での警備に当てられた。

 バイカルは、その城壁に目をやりながら、

 「黒い魔物とはいったいどんな魔物なんだ。街だけでなくその周囲を飲み込む程の魔物とはどんなやつなんだ。警備はしても対策のしようがない」

そう独り言をいっていると、街の人々が空を見上げて声を上げている。

 「あの鳥の群れはなんだ」

 「早く、早く家の中へ逃げろ」

 「この世の終わりか」

 「カミュー様、お助けを」

 「カミュー様・・・」

 真っ青な空に浮かんだ雲の間を鳥の群れが飛んで行く。群れの後ろを目で辿ると朝の空を覆うほどの鳥が飛んでいた。

 「な、なんだこの鳥たちは魔物か。西に飛んで行くぞ」

 ただならぬ異変に直面し、バイカルは1つの歌詞が浮かんだ、そうあの童歌だ。

 「鳥が飛ぶ飛ぶ東空」


 7月9日の夕暮れ時。

 港町ポポイの町では、オズバーン子爵の命により、兵士1500が海岸線で備えていた。町では住民が不安を抱えながら窓や戸口を補強たり、西の水平線を眺めたりしていた。

 「麦イナゴの大群は、オズバーン子爵の兵で防げるのか」

 「私たちは、ここで暮らしていけるの?」

 「ポポイから避難した方がよいのではないか」

 「どこに逃げるんだよ。ローデン王国すべてに麦イナゴの大群が押し寄せて来るんだぞ」

 「領主様の指示通り、家の窓を塞いで家に籠るしかない」

などと、不安を口々にしていた。

 夕日が水平線に差し掛かる頃

 「水平線が太くなってきた」

 「麦イナゴが来た」

 「麦イナゴが水平線からどんどんこっちに来る」

 「きゃー、は、早く家の中へ」

と、住民は麦イナゴを視界に捉えると不安が爆発し、町のあちらこちらから悲鳴が聞こえてきた。

 海岸線に配置された兵士たちは、

 「やって来たぞ。魔法兵士よ、魔法の射程に入ったらその火力で焼き払え」

小隊長が叫ぶ。魔法兵士50人は頷く。

 オズバーン子爵の派兵した兵士は、町を、領土を、この国を守る気概で満ちているが、地平線を埋め尽くす麦イナゴを防ぎ止めらるとは考えていなかった。祖国のために死力を尽くす覚悟を決めた兵士たちであった。

 地響きがした。蹄の音が大きくなる。ポポイの町の人々の不安が高まり騒めく。

 騎士を先頭にした兵たちがポポイの町へ入って来る。騎士の後ろには、白い布地に黄色い獅子二頭が互いに背を向けながら後ろ足で立ち、その間には麦が三本実る意匠の大旗。ローデン国王の兵だ。その騒めきが大気を振動させる歓声に変わった。ローデン国王精鋭の兵士2000人が到着したのだ。オズバーン兵たちも歓喜に沸いた。

 ローデン国王精鋭の兵たちの後ろには、2頭の馬に引かれた大砲が20門続いた。この大砲は2年前に開発された炸裂火炎砲と呼ばれている最新の兵器だった。砲弾が爆発し、火炎を撒き散らす兵器だ。火炎の効果範囲は直径20メートルである。

 ローデン国王精鋭の兵士は海岸線に防衛陣を組んでいった。炸裂火炎砲20門が海岸線に並ぶ。魔法兵士300人も配置についた。

 麦イナゴは水平線の上を覆う黒く太い線となっていた。日が沈み夜を迎える頃には、ここに到達して来るであろう。町の人々も固唾を飲んで見守っている。

 突然のファンファーレが響く。深紅の布地に銀色の剣と槍が斜めにクロスし、その上に銀色の五角形の盾、まるで海賊旗のような意匠の大旗をひるがえして、銀色の兜と鎧に身を固めた軍勢2000がポポイの町へ入ってきた。

 その先頭には、精悍な騎士が銀色の兜と鎧に深紅のマントをなびかせ、右手に黒い刀身の槍、黒の双槍一文字を携えている。英雄メルファーレン辺境伯であった。

 メルファーレン辺境伯率いるガイゼル兵の後尾には、魔法兵士300人、最後尾には炸裂火炎砲100門が続いていた。メルファーレン辺境伯は7月3日の夜に着いたバイカルからの手紙を読み、危険な匂いを感じ取ってすぐに出兵の準備に取り掛かり、7月7日にガイゼルから西の端ポポイに向けて出兵したのだった。英雄ならではの勘と英断だった。

 町中に華やかなファンファーレが響いている。

 「あ、あれはメルファーレン辺境伯様の旗だ」

 「ハーミゼ高原の英雄メルファーレン辺境伯様とガイゼル兵だ」

 「おおおぉー、俺たちは見捨てられていなかった」

 「なんと神々しい英雄メルファーレン辺境伯様」

ポポイの町が歓喜に揺れる中を、ハーミゼ高原の英雄は威風堂々と進んで行った。

 総勢5500、ポポイの海岸線は兵で埋め尽くされた。


 7月9日日没直後のカミューの洞窟。

 『ダイチと言ったな。我に乗れ』

 「乗れって言われても、どうやって乗ればいいのですか」

 『ぐずぐずするな、2日間遅れている。もはや時間がない』

神龍はダイチの前に頭を突き出した。

 ダイチは神龍の頭によじ登ると日本の角の後ろに跨り、金色の毛を掴んだ。

 神龍は天井に向けて一直線に伸びると、そのまま急降下した。水面すれすれで左の前足をジャバンと水中に入れると、先程ダイチがエクスティンクションで取り除いた岩の破片をいくつか握っていた。

 『我からの礼じゃ。取っておけ』

 ダイチは、訳が分からなかったが、問答している暇はない。急いでアイテムケンテイナーへしまった。

 『神龍の通り道も滝と同じように崩落した岩で閉じておる』

 「出られないのですか」

 『もはや神龍となった我だ。問題ない』

 神龍は洞窟の中央まで移動すると、天井に向かい口を開いた。

 神龍の口から、

 ピッ

輝く白い光は天井を貫き、群青色の夜空に放たれた矢のごとくどこまでも吸い込まれて行った。

 ドゴゴゴゴゴゴゴーッ

と、大気を裂く爆音が後から振動を伴って洞窟内に反響した。

 洞窟の天井の穴からは、星の瞬きが見えた。

 「夜空を突き抜けどこまでも伸びる白い光。これは龍の息吹ですか」

ダイチが尋ねると、神龍は夜空を見上げたまま動かない。

 『・・・・・』

 「どうしたんですか」

 『し、神龍の息吹だ・・・・初めて撃ったが、予想外の威力に我自身も驚いておる。崩落した岩だけを吹き飛ばそうとしたのだが』

 「ええっ、神龍の息吹って威力を制御できないのですか」

 『問題ない』

 「問題大ありですよ。街を、都市を、人々を巻き込みますよ」

 『それでは行くぞ、振り落とされるなよ』

神龍はダイチを頭の後ろに乗せたまま、一直線に舞い上がった。

 「ちょっと、聞いていますか」


 キリセクレ山の洞窟から星の瞬く夜空へと放たれた一直線に伸びる神龍の息吹を目撃したドリアドの民は大騒ぎとなった。

 「おい、あれを見ろ」

 「あ、あれは干支の七七柱雲か」

 「干支の七七柱雲だ。カミュー様が願いをきいてくださったのだ」

 「カミュー様」

 「でもよ、今日は7月9日、七九の柱雲なんじゃねえか」

 「そんなことはどうでもよい。カミュー様が黒い魔物からこの国をお救いくださる証だ」


 神龍は右手に龍神白石を握りしめキリセクレ山の洞窟から夜空へと飛び出した。そして体をくねらせてまるで水中を泳ぐように天高く昇っていった。神龍の飛び上がった軌跡には、真っ白な飛行機雲のような一直線に伸びる雲が、キリセクレ山から夜空に向けて立っていた。

 洞窟内を照らしていた龍神白石は、龍神の掌の中で夜空を、大地を照らすかのような眩い白い光を放っていた。

 「み、見ろ。あの白い光、カミュー様だ」

1人の男が指をさし叫んだ。

 「12年前と同じだ。あれが本当の干支の七七柱雲だ」

 「おおぉ、カミュー様だ」

 「カミュー様、なんて神々しい」

 「白い光で照らされていく」

 「童歌の通りだわ。お天道様を手に持って、天の川を泳ぐよ泳ぐ」

 傍にいた小さな女の子が歌い出した。

 ♪

 実れよ実れ黄金の海よ

 実る黄金はカミューの涙

 そよぐ黄金はカミューの息吹

 鳥が飛ぶ飛ぶ東空

 虫が鳴く鳴く西の空

 干支の七七柱雲

 お天道様を手に持って

 天の川を泳ぐよ泳ぐ

 風の川を泳ぐよ泳ぐ

 実れよ実れ黄金の海よ

 見つけた見つけたあの子が見つけた

 カミューのお山は黒と赤

 滝とお池はカミューのお宿

 ♪

 「あれ、雨?」

 「雨だ。恵みの雨が降って来たぞ」

 「これは本降りになるぞ」

 「これで麦も実る」

 「カミュー様、感謝します」

 いつしか大人たちも加わり、雨のドリアドの街では賑やかな童歌が繰り返し響いていた。

 カミューとダイチは、天を、風を泳ぐごとく飛び、雨雲を生みながら西へと向かって行った。

 

 ポポイの海岸線。

 ギギギギギギギギギー

と、けたたましい鳴き声は、夜の海の波音を消していた。そして、麦イナゴの大群が夜空を覆い、星の瞬きも消していた。

 それは1匹の黒い魔物のように上下に、左右に形を変えながらやって来る。

 「炸裂火炎砲、撃てー」

 ドゴォーン。ド、ド、ドゴォーン

120門の炸裂火炎砲が火を噴く。黒い魔物の中で次々に炸裂し、爆風と炎で直径20メートルの穴があちこちにできる。黒い魔物は穴だらけになるが、すぐに麦イナゴでその穴は塞がれていく。

 「次弾装填急げ」

煙が立ち込める中で装填作業が行われる。

 「魔法兵士、撃てー」

 ゴォオオオオ

総勢650人の魔法兵士が放った火魔法は炎で直径2メートルのトンネルをあちこちに開けていく。ハチの巣のようになるが、すぐにその穴は麦イナゴで満たされる。

 ローデン王国兵の懸命な攻撃でも、麦イナゴの大群は減っているようにさえ感じられない。大きな魔物となって広く長く厚く空を、海を覆い続けていた。

 ガァァァァァ

と、ローデン王国兵の後ろから鳴き声が聞こえた。兵士が振り向くと東の空から飛んでくる鳥の魔物の群れであった。

 「な、なんだー。あの鳥の魔物の群れは」

辺りの兵士が一斉に振り返る。

 「西から麦イナゴの大群、東から鳥の魔物。ダメだ勝てない」

兵士たちに動揺が走る。

 東からの鳥の魔物は麦イナゴの大群めがけて飛んで行った。

 鳥の魔物は一斉に麦イナゴに襲いかかる。

 3メートルのコウモリに似た魔物が右へ左へと旋回しながら口いっぱいにくわえ、飲み込んでいく。

 4メートルを超えるハゲワシに似た魔物が次々と麦イナゴを捕食する。

 首の2つある真っ赤な鳥の魔物が麦イナゴの大群を追いかけ回す。

 イワシの大群を何匹ものイルカが追うように、鳥の魔物たちは逃げる麦イナゴの大群を次々に追い立てる。麦イナゴを鳥の魔物が一方的に捕食しているのだ。

 鳥の魔物たちが縦横無尽に滑空と飛翔を繰り返し、黒い魔物は麦イナゴの大群は明らかに数を減らしていた。

 「麦イナゴが赤黒く変色すると鳥の魔物を呼びやすくなると聞いたことがある」

 「いいぞ。そのまま麦イナゴを食っちまえー」

兵士たちの動揺は歓声に変わった。

 しかし、それも束の間だった。麦イナゴを捕食していた鳥の魔物は所詮魔物である。魔物の殺戮本能を剥き出しにして、ローデン王国兵にも次々を襲いかかって来た。

 兵士たちは槍や剣で応戦する。麦イナゴの大群と兵士と鳥の魔物の三つ巴の激戦となった。

 動揺する兵士たちにメルファーレン辺境伯の激と指示が飛ぶ。

 「諸君らは誇りあるローデン王国兵である。国王陛下のため、己の子ども、妻、親、友人のために命をかけろ! 炸裂火炎砲と魔法兵士は麦イナゴを、他の兵はその援護と鳥の魔物を狙え」

 メルファーレン辺境伯は副官のロイ・ボンドに、

 「ロイ。我がガイゼル歩兵1000、騎馬隊200を率いて、ポポイ住民の警護に当たれ」

 メルファーレン辺境伯の脇で奮戦していたロイが答える。

 「メルファーレン辺境伯様、それは我が隊の炸裂火炎砲隊及び魔法兵士以外ほぼ全ての兵となります。辺境伯様をお守りする兵がおりません」

 「ロイ、民を守らずして何を守る。ここで戦っている兵も己が家族のために命を賭けているのだぞ」

 「はっ。メルファーレン辺境伯の元に騎馬10だけ残します」

 「好きにせい」

 ロイは踵を返し、ガイゼル兵の各隊に伝令を飛ばした。


 メルファーレン辺境伯は黒の双槍一文字で魔物を突く、払う、切るを繰り返していた。

 火喰鳥と鷹の双頭で4つの翼を持つ体長3メートルのシャープネイルホークが、その長く鋭い爪でメルファーレン辺境伯を背後から急襲して来た。メルファーレン辺境伯は正面のブラッディーガーゴイルを黒の双槍一文字で一突きし、抜く槍で振り向きざまに背後に迫るシャープネイルホークを切りつけた。シャープネイルホークは脚の付け根から首元にかけて両断された。

 「・・・・」

メルファーレン辺境伯は、黒の双槍一文字を受け取った時のダイチとのやり取りが脳裏を過った。


* * * * * * * * * * * *

 「メルファーレン辺境伯様は突撃すると、まず初めに、右腕に持った槍でオークの胸を突きました。その槍を抜きながら横に払い、背後の2匹目のオークの喉を切りつけました。そのオークは喉を切られて絶命しました」

 「それで」

 「恐れながら申し上げます。2匹目のオークは、首をはねるおつもりで槍を払ったと愚考しました」

ビュッと槍が振られて、ダイチの鼻先で止まった。

 「お前は、私がオークの首をはねるつもりで、はねられなかったと言うのか」

 「はい、恐れながら」

 「俺が望む槍は、自由自在だ。突く、斬る、払う、叩く、受けるが思い通りに出来る槍だ。この穂先の僅かな丸みで、それができるという事なのだな」

 「はい」

* * * * * * * * * * * *


 メルファーレン辺境伯は、黒の双槍一文字の穂に一瞬だけ目をやり、僅かだが口元に笑みがこぼれた。

 

 家に隠れていたポポイの住民を鳥の魔物たちが襲い始めた。

 戸や窓に木材や家具などで補強はしているものの、魔物たちの襲撃で破られていく。

 ガシャーン

 1匹のガーゴイルは窓を破り、家の中に首を入れて、

 グギャァァァー

と、叫ぶ。

 「うあー。助けてくれ」

 「おとうさん、怖いよ」

 「きゃー、おかあさん」

などと、悲鳴が聞こえている。

 そのガーゴイルの脇腹を槍が突いた。

 ガーゴイルは悲鳴を上げて窓から頭を引き抜く。何本もの槍がガーゴイルの体に突き刺さる。

 メルファーレン辺境伯の命により、副官ロイ率いるガイゼル兵が住民を救うために町へ駆け付けて来たのだ。

 「住民全ての命を守れ。各小隊は連携を密にしろ」

ロイが叫んだ。

 ロイはガイゼル兵1200を120小隊に分けて、町の中の魔物たちを殲滅していく。騎馬隊で小部隊を編成し、その機動力を生かして広範囲をカバーしていく。

 ガイゼル兵は、強かった。国境警備を兼ねる都市としてメルファーレン辺境伯に鍛えられ、魔物との戦闘経験も豊富だった。


 麦イナゴの大群である黒い魔物は西の海から数限りなく押し寄せて来る。

 体長4メートルのハゲワシに似た魔物が鋭い嘴で兵士の胸を鎧ごと串刺しにする。兵士の頭を鷲掴みしたまま、麦イナゴを捕食する魔物もいる。

 三つ巴の混戦の中、奮闘するローデン王国兵ではあったが、体力が限界に達しようとしていた。


 神龍とダイチはポポイの町に迫っていた。途中で遭遇した麦イナゴは神龍の

 グオォォォォー

と、いう咆哮と風魔法で西へと押し戻しながら進んで来ていた。神龍が右手で握っている龍神白石からは眩い光が天と大地を照らしている。

 「風魔法と言いましたが、台風のような強風と勢力範囲なのですね」

 『言ったであろう。今の龍神白石には干支祭での民の願いと祈りが宿っておる。それが我の力を無限のものとする』

 「では、麦イナゴを食い止めるためにその力を使い切れば、その無限の力は失われるということですか」

 『そうなるであろう』

 『あれが、この国の西端ポポイの町だ』

ダイチが体を前に出して、覗き込むと黒い魔物といくつもの炎、兵、鳥の魔物が見える。

 「ローデン王国兵が麦イナゴと戦っているんだ。急いでください。それからローデン王国兵には被害がでないようにお願いすます」

 『分かっておる。では行くぞ』


 天と大地が白い光で照らされていく。

 ローデン王国兵たちは、戦いの中でその光に目を引き付けられた。

 「何が起こっているんだ。夜の闇を光が照らしていくぞ」

 グオォォォォォォォォォー

 神龍の咆哮で、麦イナゴと鳥の魔物の動きが止まった。落下する魔物もいる。ローデン王国兵たちも呼吸すら止まっているかのように身動き一つできない。

 ゴォーーーー ビューーン

と、東から西の海へと風が唸りをあげて突き抜けた。まるで台風の風のようにローデン王国西海岸すべてを巻き込んだ。

 馬はいななき、倒れ、騎士たちは落馬する、兵士も海まで飛ばされる。鳥の魔物も麦イナゴの群れも西の沖まで錐揉み状態で吹き飛んで行く。

 「ローデン王国兵も吹き飛んでますよ。やりすぎでは」

 『心配ない。風の本流は空中だ。陸地は余波だ』

 海に飛ばされた兵士たちが起き上がる。膝くらいまで海に浸かっている。

カミューが叫ぶ。

『ローデンの民たちよ。陸に上がれ』

兵士たちは、海岸線から陸地へ向かって駆けた。負傷した兵を支えながら移動する兵もいる。

 再び、

 ゴゴゴゴゴゴォー、ビユーーン

と、風が唸りをあげて東から西の海へと突き抜けた。魔物たちは更に沖に吹き飛ばされて行く。

メルファーレン辺境伯は、いななく馬の手綱を締めて馬をコントロールしていた。馬上から白く照らす光に目を向ける。

 「カミュー様が、ローデン王国の民を助けに来てくださったのか」

カミューを見上げそう呟くと、カミューの頭に誰かが乗っている。一瞬、横顔が見えた。見覚えのある顔だった。

 「まさか・・・・」


 麦イナゴと鳥の魔物は沖に押し戻されて行った。海面に落ちて既に息絶えたものもいる。しかし、水平線を覆う黒い魔物は、圧倒的なその数でローデン王国の海岸に向かって来る。

 『神龍の息吹だ。ダイチ見ておれ』

 「海に向かってなら思いっきり撃てますね」

ダイチの言葉が終わらないうちに、神龍はローデン王国の南岸に到着しようとしている麦イナゴの黒い大群めがけ、

 ピッ

南の地平線の彼方まで、輝く白い閃光が煌めいた。

 ドゴゴゴゴゴゴゴーッ

と、大気を裂く衝撃波と轟音が遅れて届いた。

 南の麦イナゴの黒い大群に極太のトンネルを開けていた。そのトンネルの先には星が瞬いていた。

 「地平線を越えて夜空まで突き抜けた」

 『まあまあだな』

 海岸から避難した兵士たちは衝撃波と轟音に耐えながら、

 「凄まじい」

 「黒い魔物が一瞬で消えた」

 「町を飲み込むほどの大穴だ」

 「カミュー様の御業だ」

 「カミュー様、万歳」

と、歓喜の声が響く。

 カミューは再び南の地平線へ神龍の息吹を撃った。

 ピーーーーーッ

輝く白い閃光で黒い魔物を塗りつぶすかのように南から西へ神龍の息吹を撃ち続けた。

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

と、いう凄まじい衝撃波と轟音の後には、南から西へと星の瞬きが広がっていた。

 更に西の水平線から北の地平線へ輝く白い閃光が走る。

 ピーーーーーッ

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 黒い魔物はそのほとんどを失っていた。

 僅かに残った麦イナゴが沖で集まり、黒い魔物がまた生まれ始めているが、その規模は先ほ程と比べても遥かに小さい。

 『最後の仕上げだ』

 神龍は沖に集結している麦イナゴへと向かう。

 神龍の左手がピクリと動いた。

 ピカッ ピカッ

 バリバリバリ バリバリバリ

 ドゴゴゴーーーーン

天から水面まで無数の閃光が走る。

 「無数の雷」

 雷の嵐にダイチが叫んだ。

 ビビュー、ゴォォォォォォォ

 海面から水の竜巻の柱が立ち上がってきた。海面が激しく波打ち、水の竜巻がまるで盤上で回る独楽のように揺れながら移動する。

 空中にいる黒い魔物と鳥の魔物を巻き込み大きくなっていく。龍神白石に照らされた海面からは、水の竜巻が何本も立ち上がっているのが見える。空の魔物を飲み込み黒い水の竜巻となって、海面を右に左にと荒れ狂う。海面は巨大なうねりで上下に動いていた。

 「これって、天変地異の災害以上だ」

海上は暴風と雷、水竜巻で猛り狂った。

 兵士たちは、この神の怒りとも思える天変地異に、ひざまづき祈りを捧げながら見守っていた。

 メルファーレン辺境伯は

 「カミュー様は我らにお力をお貸しくださった。カミュー様の加護と共に戦え。空を見ろまだ僅かだが鳥の魔物がいるぞ。我らの力で打ち払うぞ。いくぞ!」

と、兵士たちに激を飛ばす。

 「おぉー!」

兵士たちも応じる。

 僅かに残った鳥の魔物の掃討戦が始まった。

 「炸裂火炎砲、撃てー」

 ド、ド、ドゴォーン

 「魔法兵士、撃てー」

 ゴォオオオオ


 数時間後には、穏やかな夜の海に戻っていた。

 ザザーッ、バシャ、ザザーッ、バシャ

と、寄せては返す波の音が静かに響く。海岸は打ち上げられた麦イナゴと鳥の魔物の死骸で覆われていた。海面にも波に浮かぶ魔物が漂っていた。

 「ふー、助かった」

 「俺たちは生き延びたぞー」

 メルファーレン辺境伯は勝どきを上げる。

 「ローデン王国の勇敢なる兵士達よ。皆の勇気は祖国、子供、妻、親、友人を守った。この功は、この国で永遠に語り継がれるであろう。我らの勝利だ。国王陛下にこの勝利を捧げよー」

 「おおぉー!」

ポポイの町が震動した。兵士たちの歓喜の叫び声が波の音を消した。

 ポポイの住民も兵士の歓声を聞き海岸線に1人2人と集まり始め、勝利を確信して安堵の声を上げた。町は勝利を喜ぶ笑顔と歓声に溢れた。

 住民は、兵士に駆け寄り、

 「ありがとうございました。この町は救われました」

 「勇気ある兵士の皆さんのお陰です」

 「このポポイの町は、貴方たちの命を賭けた戦いを決して忘れません」

と、口々に述べると、傷を負った兵士たちは優しい眼に戻り、

 「無事でなによりだ」

 「俺の子供の命も守れた」

 「ありがとう」

 ポポイの住民は、ローデン王国の兵たちの傷の手当てを始めた。何よりも住民の感謝の心が兵士の心と体を癒した。

 

 『もう片付いたな』

 「黒い魔物の侵攻は防げたようですね。しかし、魔法の概念がぶっ飛びました。想像を超えた天変地異でした」

 『龍神白石に民の願いと祈りが宿っいたからな。その力で我の魔力は無限となる。しかし、民の願いと祈りの力は使い果たした』

 龍神白石からの眩いばかりの白い光は、仄かな光となっていた。

 神龍はふらふらと蛇行しながら下降して行く。神龍の100メートルを超える巨体も縮み始めた。

 「あぁ、神龍様お気を確かに。落ちていますよ」

 『体が縮む。力を使い過ぎた』

 ポポイの海岸線から数キロのところに不時着した。神龍の体長は4メートル程に縮んでいた。

 星の瞬きと半月の月明かりの中で、ダイチとカミューは草原に立っていた。

 「神龍様大丈夫ですか」

 『大丈夫だ、すぐ回復する。それより神龍の務めを果たせてなによりだ』

 「でも、体が4メートル程に縮んでますよ」

 『我の体は元々この大きさだ。民の願いと祈りの宿った龍神白石の力で体が大きくなり。魔力も無限となったのだ』

 「そうなんですか。私が龍神白石を拾った川底の頭蓋骨は10メートルくらいありましたよ」

 『あの神龍は、神龍となってから3000年間生きていたのだ、当然だ。我は神龍となってまだ2日だ』

 「なんと3000年も」

 『我も滝流しまでで1000年間生きておる。神龍は寿命が長いのだ』

 ダイチは神龍に深々と頭を下げて、

 「此度は、神龍様のお力でドリアドの飢饉、ローデン王国の危機が救われました。ありがとうございました」

と、礼を述べた。

 『気にするでない。これは民の願いだ。そして我の務めだ』

神龍はじっとダイチを見つめている。

 「さて、私はこれにて失礼いたします。一刻も早くドリアドに住む親しい人たちを安心させてあげたいのです」

 『それなら、我に乗っていけ』

 「よいのですか」

 『目的地は同じだ』

 「ドリアドの街とカミュー様の洞窟、方向は近いですね」

 『目的地は同じだ』

 「え?」

 『我は12年に1度の務めを果たした。よって12年後までは自由の身だ』

 「はい。それでどうして目的地が同じに?」

 『ゴホン、我も自由に旅をし、この世界を観て回りたいのだ』

 「はい。それでどうして同じに?」

 『だから、汝は、召喚術士であろう』

 「はい。それでどうして同じに?」

 『我は汝を助けてやってもよい』

 「はい。それで?」

 『分からん奴だな。召喚術士の召喚神獣として汝を守り、戦ってやる』

 「えええ、そんな滅相もない。民にとっては、カミュー様って祈りの対象ですよ。それにあんな天変地異を起こせる力がある神獣を私が召喚するなんてとんでもないことです」

 『遠慮はいらん。それに龍神白石に民の願いと祈りが宿っていなければ、あのような膨大な力は発揮できん。体もこの大きさだ。気にするな』

 「気にしますよ。だいたい12年後にはまたドリアドの民を救いに来るわけでしょう」

 『なんのなんの、見たであろう、我がちょいと力を出せば、半日で片が付く。気にするでない』

神龍は得意げに言った。

 「あの御業には感謝しますが、なんか引っかかる片手間発言ですね」

神龍は視線を横に向けてからダイチを見直した。

 『実をいうとな、汝はカリスマ性が高い召喚術士であろう。我が初めて出会った時にツツツツッと引き寄せられた。神獣はカリスマ性の高い召喚術士に引き寄せられるのだ。それにもう遅い、汝と我との召喚契約は既に済んでおる』

 なんですかそのツツツツッとか、契約とか、ダイチは言葉を飲み込んだ。

 「そんな契約をした覚えはありません」

 『我の頭に乗っただろう。我からオリハルコン鉱石を受け取ったであろう』

 「それは一刻を争う時だったし、成り行きで」

 『状況は関係ない、契約は神聖だ。神獣の頭を触れることと、神獣からの貢ぎ物を受けることは契約の儀式だ』

 「それは騙し打ちでは」

 『この契約は、命の灯が消えるまで続く久遠の契約だ』

 「ええ、カミュー様を生涯雇用するということですか」

 『契約は成った』

 ダイチは右に左にうろうろしながら、これからのことを考えた。

 「カミュー様を従えるなんて、不遜の者としてドリアドの住民が黙ってないよな。カミュー様が俺と旅に出て不在になると知ったら、俺の命に危険があるかもしれない・・・俺の生活にとってデメリットしか思い浮かばない・・・・久遠の契約か」

 『汝をこれから、主と呼ぶ。主は我をなんと呼ぶか』

と、神龍はダイチの悩む姿にも我関せず尋ねた。

 「いきなり言われても。カミュー様とずっと呼んでいたからな、・・・そうだ、カミューでどうかな。カミューと呼ぶ」

 『分かった』

 「ふぅー。やれやれだ」

 ダイチは草原に座り、幾多の星を従えている半月を眺めた。カミューも半月に目をやった。

 「なあ、カミューさ・・・、カミュー。滝流しから神龍に変わった時に、汝はこれから何を望むって尋ねたよな。お前が俺の召喚神獣となったのは、何か別の理由もあるのだろう」

 『・・・・』

カミューは黙ったままだった。

 「まあ、それはいい。カミュー、俺は異世界からこの過酷な世界に飛ばされて来た。俺はこの世界で逞しく生きていくことが願いだ。少し前までは、この過酷な世界で生き延びていくことが、逞しく生きるということだと思っていた。でも、今は、多くの人と出会い、人に支えられ、助けられていくうちに、人を支える生き方、人の役に立つ生き方が、俺が生きる目的とする、逞しく生きる姿のような気がしてきた。このことは覚えておいてほしい」

 『あい分かった』

 「よし、ドリアドの街へ戻るか」

  カミューに跨り、半月が浮かぶ夜空を東へと飛んで行った。



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