第20章 カミューの洞窟
第20章 カミューの洞窟
サッカーボール
「エクスティンクション」
オーガの頭の内部1点にダークエネルギーを召喚する。反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、効果範囲をイメージしたサッカーボールの直径およそ20センチの球にまで膨れ上がると、瞬時にオーガの頭の内部1点へ向かって収縮し消滅した。効果範囲内のものは全て消滅した。
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ダイチは、走った。
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走った
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霧の森の出口は霧の中でも明るく輝いている。
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ダイチは眩しさで目がくらむ。
「日の光だ」
白い世界から色彩豊かな世界となった。
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ダイチの前には、槍の穂のようにとがったキリセクレ山が青い空に美しくそびえていた。
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「ついに霧の森を踏破しんだ」
午前7時37分
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南西へ振り返った。
「ついにキリセクレ山までたどり着いた。バイカル親方のソードで何度も危機を乗り越えられた、ミリアさんの渡してくれたポーションと毒消薬、水、食料。黒の双槍十文字を造ることができたのもガリムさん、キロさん、クリさん、俺を心配してくれたムパオさん、バルさん、ナナイ、モルモ、ピーター君、エマちゃん。そしてクロー、お前のお陰だ。皆さん、ありがとう」
ダイチは、肩に掛けた革鞄に手を当てて、完全休眠状態のクローに感謝を伝えた。ダイチは最後のポーションで体中の傷を癒した。水で喉を潤しすと、ベグルを2つ頬張った。
「よし、カミュー様の洞窟だ」
ダイチは、キリセクレ山の麓から北西に回り込むようにして道なき道を登っていった。キリセクレ山には樹があまり生えていなかった。白樺のような樹と背丈の低い草がところどころに群生しているだけだった。大小の岩が転がっていて、苔が生えているものもあった。黒曜石と龍神赤石も稀に見かけた。
30分程登ると岩に腰を降ろして水を一口飲んだ。
「太陽はまだ真上には程遠い。おそらく8時半くらいだろう」
眼下には、深く白い霧の森が続き、その向こうには草原が広がっていた。白と緑のコントラストは綺麗に思えた。左にはジロジ山脈の南端があり、右には遥か遠くまで続く険しい山脈があった。薄紫の山々と真っ青な空のコンストラストが鮮やかで、嶺の稜線は霞んで見えた。
「自然は雄大で悠久だ。俺がこの世界に飛ばされて、ハーミゼ高原で見た空と山脈だ。あの時と同じだ、何一つ変わっていない」
遠い昔を振り返っているかのような哀愁を感じていたが、すぐに凄惨な戦場も思い出した。
腰を上げて歩き出すと、下の森に端に湧き水が見えた。
「カミュー様の洞窟は近い」
自然と歩みが速くなる。
苔が生え、大きな岩の重なる場所があった。近づいて行き、辺りを見回して現在地を確かめた。
「ここだな、この穴が洞窟だな」
岩と岩の間には、直径50センチ程の楕円形の穴があった。ダイチは這いつくばるようにして穴の奥へと入って行った。入口には陽の明かりが届いていたものの中へと進むにつれて、暗さが増してきた。20メートル程進むと、洞窟は広い空間となった。ダイチはアイテムケンテイナーからランプを取り出し点灯した。
「おおぉ、これはすごい。鍾乳石だ」
辺り一面が鍾乳石の立ち並ぶ黄土色と茶色の世界へと変わっていた。洞窟の天井部分から水が滴り落ちて来る。
歩くたびにランプの光で壁面に映る鍾乳石とダイチの影が揺れる。
やがて鍾乳石の広場から洞窟のような穴に変わる。穴の高さは1メートル50センチ程度あるが、身を屈めないと頭を天井の岩にぶつけてしまう。足元には僅かだが水が流れていた。右に左に曲がり、岩を乗り越え、岩の下を這いながら奥へ奥へと、緩やかに下へ下へと進んでいった。
洞窟の中で道が左右に分かれていた。
「うーん。どちらかな。カミュー様のところに池や滝があるということだから水の流れている方に進むか」
洞窟の底にわずかに流れる水を頼りに右に降りて行った。
突然視界が開けた。
「これはなんという広さだ。ランプの明かりが、天井にも横の壁にも届かない。闇の空間に包まれた。洞窟内にこんな広大な空間があるとは」
どこまでも闇の続く空間に立ち尽くしていた。チョロチョと水の流れる音がする。近づいていくと広い池がランプの灯に照らされた。
「池だ。しかも広い」
すぐ脇にある高さ30メートル程の壁の上からは、チョロチョロと水が落ちていた。
「この音だったのか。でも童歌の歌詞に出てくる 滝とお池はカミューのお宿 イメージする滝としては水量がなんとも乏しいな。滝が1本の糸のようだ」
ジャボン
足元の池で何かが跳ねた。ダイチは慌てて池の水面へランプを近づける。黒い魚影が身をひるがえし、一瞬キラッと銀の腹を見せ、ススーと泳ぎ去って行った。
「魚か。結構大きかったな1,2メートル近くあったな」
水面をランプで照らし、眺めていると魚影がいくつも見えた。どれも黒と青の鱗がある鯉に似た体長1,2メートルの魚だった。
「今のところ敵意はなさそうだな」
「あれ、今あそこを変な魚が泳いでいたな。魚というより色のついた細長い布が泳いでいたよな。体長4メートルくらいに見えたけど。鯉のぼりの一番上で風になびく吹き流しみたいだったな。あれも生き物か」
と、不思議に思っていると、
「カミュー様に眩いばかりに輝く白石を渡さなければ」
ダイチは力の限りの声で叫んだ。
「カミュー様にお会いするために参りましたダイチです。カミュー様にお渡ししたい白い石があります」
静寂が続いた。
「・・・・」
ダイチは、アイテムケンテイナーから眩いばかりに輝く白石を取り出した。
「な、なんだ、白石が、白石が眩しい」
更に輝きを増している眩いばかりに輝く白石を手に持つと、光が洞窟内を照らした。
「こ、ここは、なんという広さだ。ここは東京ドームより広いぞ」
その光の下で、池を泳いで来る生き物が見えた。
「白や赤、黄、青、緑の細長い布を水中にヒラヒラとなびかせて近づいてくる。これがカミュー様なのか」
ダイチは片膝をついて背を伸ばし、この吹き流しのような生き物が近づいて来るのを待った。
吹き流しのような生き物は、ダイチ前で止まった。頭部らしい前面を水面から出した。
『汝が持つは、龍神白石ではないか。これをどうした』
ダイチはこの吹き流しに似た生き物が、言葉を話す、いや思念会話をしてきたことで一瞬言葉に詰まった。
「わ、私がハーミゼ高原の近くの川底から見つけたものです」
『龍神白石が川底に有ったと申すか』
「はい、この石と巨大な頭蓋骨が有りました」
『頭蓋骨もか・・・・』
「失礼ながら、あなた様はカミュー様でしょうか。私はこの石がカミュー様のものと信じ、お返しに参りました」
『神龍はもういない。汝が見た頭蓋骨がそうだ』
「神龍? 私はカミュー様にお会いに参りました」
『カミューとは、人間は神龍をいつしか、かみりゅうと呼び、それがカミューとなっただけだ』
「では、あの頭蓋骨が神龍様で、私はこの石をお渡しできないということでしょうか」
『そうなる。だが、滝流しの我が居る。我にその龍神白石を渡すがよい』
「お待ちください。神龍様がすでにいらっしゃらないことは分かりましたが、なぜこの石を滝流し様にお渡しするのですか」
『もっともな質問だ。汝も目にしたこの池に泳ぐ龍鯉が、長い年月をかけて完全変態し、我のような滝流しとなる。滝流しは、神龍から民の願いと祈りが集まる龍神白石を譲り受けて神龍へと昇りつめるのだ』
『我は滝流しとなり、龍神の帰りを待っておったが、龍神は戻って来なかった』
「では、滝流し様にこの龍神白石をお渡しすれば、新たなる神龍となり、ドリアドの民を飢餓の危機からお救いいただけるのですか」
『そうであるが、そうもいかぬ。問題があってな』
「その問題とは何でしょうか」
『あそこの糸のような滝を目で上に辿ってみよ。滝の流れるすぐ上に大岩があるであろう』
「はい、大岩が見えます」
『あれをどかさねば、神龍にはなれん』
「滝流し様が自らどかすのですか」
『汝でもよい。あれは、偶然に塞がれたもの。今の我では動かすことはかなわぬ』
「私は滝流し様を信じます。この龍神白石を差し上げます。そしてあの大岩を取り除きます」
ダイチは持っていた龍神白石を滝流しに手渡す。
『おおぉ、感じるぞ。感じる。この龍神白石には干支祭での民の願いと祈りが集まり宿っておる。そして先代の神龍の記憶も伝わってくる・・・・先代の神龍の最後も』
「では、あの大岩を取り除きます」
『それはありがたいが、あの大岩はオリハルコン鉱石だ。剣や魔法では傷を付けることもできん』
ダイチはエクスティンクションで大岩を砕くことを考えていたが、
「滝流し様、2つ質問があります。あの大岩は消滅しても問題ないですか。また、あの大岩が消滅するとここに水が満ちてくることは有りますか」
『大岩は消滅しても問題はない。消滅した場合に一時的には水深は上がるが、すぐに流れ、戻るであろう』
「一時的に水量が上がったら、俺は流されて死にそうだけど」
心のなかでそう呟く。
「では、少し時間をください。洞窟の壁面を登り、安全な位置まで行ってから消滅させます」
『もっともな意見だ。頼むぞ』
ダイチは水の糸のような滝から少し離れた壁面を登り始めた。指が疲れてくると、エクスティンクションで1メートルくらいの洞穴を作り休みながら登って行った。
「この高さなら大丈夫だろう」
とエクスティンクションで開けた壁面から顔を出して、
「では、行きます」
ゾーブ
「エクスティンクション」
大岩の中心にエクスティンクションを唱えた。岩の表面は無傷であるが、ピキピキとヒビが入っていった。
ドドドドーンと轟音と共に岩が水に押し流された。先程まで1本の糸のような水流は、今やダムの放水時のような滝となった。
滝流しは龍神白石を携えたまま、そのダムの放水のような滝をグイグイと昇って行く。いや、泳ぐ。
「あとわずかで滝の上だ」
ダイチは滝の最上段を指さしていた。
滝流しは滝の頂上を越えて宙に舞った。その時、滝流しが携えていた龍神白石が一層眩い光を放った。
「ま、眩しい」
ダイチは、目がくらみ、手で目を隠した。
ダイチが目を開けて見たものは、
「龍だ。龍神だ!」
それは、頭から尻尾の先までで100メートルはあろうかと思われる白い龍であった。胴はバスくらいの太さであった。
「すごいぞ、日本の昔話に出てくる龍だ」
白い神龍は広い洞窟の空間に浮かび、蛇のように長く伸びた胴をクネクネと蛇行させていた。前足と後ろ足が2本ずつあり、その右前足で龍神白石を掴み、頭からは鹿のような枝分かれした角が二本生えていた。頭や顎の下、背中や足の付け根には金の毛がふさふさと生えていた。神龍はダイチの前に顔を寄せ、牙を光らせながら、
『汝に感謝する』
「神龍様、おめでとうございます」
神龍は、ダイチをつま先から頭の上まで、食い入るように見ていた。
『・・・・ほほぉ、そうなのか。汝は召喚術士か』
神龍の鋭く光る歯と牙からボソッと声が漏れた。
「神龍様、どうなされましたか」
『いや、何でもない。汝はこれから何を望む』
「私の願いはドリアドの飢饉を防ぐことです」
ダイチはこの言葉を発している自分に驚いている。自分の願いは元の世界に戻ること、それが叶わぬとクローに言われ、この世界で逞しく生きていくことを決意したはずだった。
『ドリアドの飢饉を防ぐのは神龍の努め。先程行われていた干支祭からドリアドの民の願いが我にも伝わってきている。その後のことだ』
「その後のことは、後程。今は一刻の猶予もありません。まずは、ドリアドの民を救ってください。ここに来て1時間くらい経っています。急いでください」
『説明をしなかったが、この洞窟の時間の流れは遅い。ここの1時間は外の世界の2日間に相当する』
「え、それを先に伝えてくだされば・・・・」
『聞かなかっただろう』
「今日は、7月9日か。飢饉の回避に間に合うのですか」




