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第19章 港町ポポイ

第19章 港町ポポイ


 7月7日。

 鍛冶職人バルは、バイカルの命によって、西の港町ポポイにいた。

7月3日にドリアドの街から早馬に跨り、ローデン王国第2の都市であるリカイムで馬を乗り替え、7月7日の朝6時に到着したばかりだ。バイカルはバルに、港町ポポイの漁師は7月5日には漁を禁止している詳細な理由と、7月5日以降の西の海及び更に西の大陸のゴスモーザン帝国の様子、特に空の状況をみてくることを託した。もし異変があればすぐに伝書鳩で連絡をすることになっていた。


 「バイカル親方、こんな重大な仕事は俺なんかにはとても無理です」

 「バルよ。お前はやる時にはやる男だ。お前も自分を信じろ」

バイカルの言葉を胸にこの地に立っていた。


 ポポイは、ローデン王国屈指の漁港であり、この町の収入の多くが近海・遠洋で捕れる魚介類であった。バルは、朝の港に向かう途中で、魚市場から仕入れた魚を荷台一杯に載せている商人とたびたびすれ違う。市場に向かっているのは、7月5日の禁漁を決めた元漁師の長老が住んでいる場所を尋ねるためである。

 市場は活気に満ちていた。ドリアドの街も製造業が盛んで、街の規模も大きく栄えた街ではあるが、この町にはセリの声や店の呼び込みの大声が至る所から聞こえる。漁から帰ってきた漁師たちだろうか、頭に鉢巻をして真っ黒に日焼けした逞しい男たちが闊歩している。

 バルは、四十代後半の見るからに漁師だと分かる男に声をかけた。

 「すまないが、龍の年の7月5日は禁漁というきまりを、50年近く前につくった長老を探しているのだが、知っていたら教えてほしい」

 漁師の男は訝しげにバルを見た。

 「あ、怪しい者ではない。鍛冶職人のバルという。ドリアドの街から分けあってその長老を訪ねて来た」

バルは少しおどおどしながら説明した。

 「ドリアドね。ずいぶんとまぁ、遠くから来たね。で、何を聞きたいんだ」

 「長老の名と家を教えてほしい」

 「あんな偏屈爺さんを遥々ドリアドから尋ねて来るとはな。爺さんの名はジバイ。もう80歳を過ぎているな。ジバイ爺さんの家はそこの通りを右、坂を上がったところの石造りの家だ。行けばすぐに分かる。ところで龍の年の7月5日は禁漁の話とは、いったい何が聞きてえんだ」

漁師の詰問にバルは目をそらしながら、

 「た、龍の年の7月5日の禁漁は、そのジバイ爺さんがつくったのか」

 「ああ、もう50年近く前の話だから、よく分からねえが、そういうことらしい。それからきまりはそれだけじゃねえ。龍の年の7月5日の禁漁は間違いねえが、7月10日になるまでは、漁は近海のみだ。西の海の果てゴスモーザン帝国に近づいちゃいけねえってのもきまりだ」

 「10日まで西のゴスモーザン帝国には近づくなと続きもあったのか。それは初耳だった」

 「ジバイ爺さんは、若い頃は、ここらでは有名な漁師だったらしい。何十年も前の話だが、ジバイ爺さんの船が高波で転覆して沈んじまった。それから数日後に、泳いで港に戻って来たんだ。何でも、漂流していると、でっけぇ鯨が来て助けてくれたって本人は言っていたらしいが、仲間の漁師は信じずに笑ったらしい。だがよ、その後、ジバイ爺さんがでっけぇ鯨の背に乗っているのを見たって人が現れて、伝説の漁師になったんだ」

 「それはまたすごい話だな。会うのが楽しみになった」

 「あぁ。じゃ、俺も忙しいからここでな。ジバイ爺さんには気をつけてな」

バルは丁寧にお礼を述べた。バルは一先ず情報を得られて、ふーっと息を吐いた。 

 バルは市場でもう少し禁漁日のきまりとジバイについて情報を集めた。ジバイ爺さんは、元は町一番の腕を持った漁師だった。特に魚群を見つけたり、船を操ったりすることに長けていたらしい。それに、西のコスモーザン帝国近くに秘密の漁場を見つけていて、そこで稼いでいたらしい。ジバイは先祖から孫のムネキまで根っからの漁師一族だそうだ。長男のゲンザも腕のよい漁師だったが、今ではその息子のムネキに船を譲っているらしい。

 港の脇の岬には、灯台があった。夜になると灯台で、油を燃やして明かりを灯すそうだ。かなり離れていても岬の灯台の明かりは確認できるという。

 バルは坂を登りジバイの家を尋ねた。家は高台にあり、庭から見える景色は絶景で、どこまでも広がる真っ青な海が水平線まで伸びていた。家は石造りの平屋で、隣に石造りの倉庫があった。

 「ジバイさんの家は、ここですか」

返事がなかったので、

 「・・・・ジバイさんの家は、ここですか」

バルは声を張り上げた。するとバルの後ろから、

 「そんな大声ださんとも聞こえておるわい」

振り返ると、80歳は過ぎたであろう日焼けで真っ黒な老人が立っていた。

 「は、はい、すみません。私はドリアドから来ました鍛冶職人のバルといいます。ジバイさんに聞きたいことがあってまいりました」

 「ドリアドどは、ずいぶんと遠くから来なすったな。儂がジバイだ。儂に何用じゃ」

 「実は、7月5日の禁漁日について、理由をお聞かせ願いたいと思います」

 「禁漁日に反対する輩か。帰んな。何も話すこはない」

ジバイは踵を返した。

 「ち、ちょっと待ってください。禁漁日に反対とかではなく、ドリアドを救うために来たのです」

 「ドリアドを救うじゃと・・・・禁漁日と何か関係しているのか」

 「関係しているかどうかを調べに来たのです。とにかく7月5日にジバイさんが見たことを教えてください。ドリアドの人々の命がかかっています」

 ジバイは、

「ついて来い」

と、言うと石造りの倉庫へ案内した。

 倉庫の中には、船のマストや帆、網、ほら貝などが置いてあった。修理をする工具も棚の上に整理されていた。

 「まずはこれじゃ」

ジバイは、1本の銛を渡した。

 「なんですか、これは」

 「銛じゃ。お前さん鍛冶職人と言ったな、この銛の刃が歪んできてのぉ。まずはこれを直せ」

 「え、俺は鍛冶の仕事をしに来たのではなく・・・・」

 「あー、何言ってるか聴こえんのぅ。最近は耳が遠くなってのぉ」

 バルは大声でいった。

「あのー、俺は鍛冶の仕事をしに来たのではなくて・・・・」

「礼儀というものがあるじゃろ。龍の年の禁漁について知りたいんじゃろ。それなら、まず対価を払え」

バルは断り切れずに、

 「噂通りの偏屈ものだ」

 バルがボソボソと独り言をいうと、

 「儂の耳はまだまだもうろくしとらんぞ。はよ直せ」

 「は、はい」

 バルはジバイから銛を受け取ると、銛の刃先を眺め、指でゆっくりとなぞった。棚の上の工具を掴むと、銛の刃先の変形を金槌で慎重に直していった。鍛冶職人の性なのであろう、砥石で丁寧に研磨までした。作業は5分程で終了した。バルはジバイ爺さんに銛を返すと、ジバイは刃先を眺めていた。

 「鍛冶職人とは本当らしいの。見事なもんじゃ」

 「疑っていたのですか」

 「そりゃ、そうじゃろう。儂を尋ねてきた見知らぬ男だ」

 「では、信じてもらえたところで、禁漁日の話を」

 「何をいっとる。疑いが晴れたが、お前を信用している訳ではない。ほれこれもやれ」

ジバイは、銛2本と網を取り付ける金具などをバルに差し出した。

 「この爺さんは俺をこき使うために、この倉庫に呼んだんだな。偏屈じじいめ」

 口元でボソボソ呟く。

 「おほほほぉ、聞こえているぞ、儂は耳がよいのでな」

 「耳だけはよかったんですね」

 バルは30分程で全て修理した。これにはジバイも満足して、水を1杯くれた。

 「これで信用していただけましたか」

バルは水を一息で飲み干した。

 「おほほほぉ、年をとっても、儂の眼はまだまだ確かじゃったのー。お前さんの愛嬌あるその顔を一目見て、最初にピンときていたわ。この男は嘘をいわんと」

 「ってことは、結局俺をこき使うためにか」

 「まあ、よいよい。では禁漁日の話をしちゃろうか」

 「まあ、よいよいはこちらがいうセリフでっしょう。なんで爺さんが言うんだ」

 ジバイは、バルのボヤキには聞く耳をもたずに禁漁日について話し始めた。


 「ジバイさんの話をまとめると、龍の年の7月5日に、ゴスモーザン帝国の街は西から来た黒雲のように大きな魔物に飲み込まれたということか。ギギギギと奇妙な鳴き声と共に」

 「街を飲み込むなんてもんじゃなかったぞ。遥か対岸に見えるゴスモーザン帝国の空と陸のすべてを飲み込んでおった」

 「そんなに大きな魔物がいるのですか」

 「儂は見た、この眼で見たのだ。」

バルは、ジバイの瞳に恐怖と不安が宿っていることに気付いた。

 「儂はそのことを仲間の漁師に伝え、5日は禁漁日、禍を避けるために10日までは近海のみの漁というきまりを皆で決めたんじゃ」

 「話は分かりました。ジバイさん、今日にでも遥か西のゴズモーザン帝国の近海まで、俺を乗せてもらえる船をこれから探すところだ。手伝ってはくれまいか」

 「冗談は休み休み言え。断る」

 「禍を恐れるのは分かります。だが、ドリアドを危機から救うためなんです」

 「ドリアドの危機とはなんじゃ」

 「ドリアドは飢饉になるかもしれない。大昔の龍の年には麦やトウモロコシすべてがダメになり、飢饉を繰り返したらしい。それが再び今年にも」

 「何? 飢饉じゃと。それが今年も起こるというのか」 

 「はい、ドリアド地方の飢饉です。影響はローデン王国全土に及ぶ」

 「それが、ゴスモーザン帝国の異変と関係があるというのじゃな」

 「はっきりとは言えないのですが、恐らく関係がある。それを調べに行くのです」

 「ドリアドには、結婚したばかりのひ孫のヨヨが暮らしている。その旦那は麦を育てている農家だ。ヨヨの危機とあらば儂が船を出す」

 「待てよ、爺ちゃん。俺が船を出す」

突然、太い声が聞こえた。倉庫の入口には、30台後半で真っ黒に日焼けした逞しい男がいた。

 「俺が船を出す。ヨヨは俺の娘だ。親父が娘の危機に命を懸けるのはあたりまえだろ」

 「ありがとうございます。ドリアドの街で鍛冶職人をしているバルといいます。あなたは?」

 「ムネキだ。その爺さんの孫で、ドリアドに嫁いだヨヨの親父だ」

 「儂もいくぞ」

 「俺が行くから、爺ちゃんは無理しなくていい」

「止めても無駄じゃ。ゴスモーザン帝国の異変を目撃したのは儂だけじゃし、儂は2度も目撃しているからな」

 ジバイは棚の上に置いてあったほら貝を抱え、ほら貝についている紐を首に掛けた。

 「爺ちゃん、いくらなんでも無理だろう」

 「スモーザン帝国のどの辺りにいくつもりじゃ。儂しか分からんじゃろうが。時間がない。早よ支度をせえ」

 「ちっ、言い出したら聞かねえしな。それに場所を知っているのは、爺ちゃんだしな。つうことでジバイ爺ちゃんも一緒にいくぞ。いいなバル」

 「是非お願いします」

 「おい、そこの鍛冶屋。このロープを船に運んでおけ」

 ジバイは長いロープの束を指して、バルに命じた。

「水と食料を1週間分用意するから、1時間後に出航だ」

 バルは、ジバイから聞いた話とこれからムネキの船で遥か西のゴスモーザン帝国まで状況を調べに向かうことを文書にして、ドリアドで待つバイカルの元へ伝書鳩を放った。

 「さあ、出航だ」

 ムネキの漁船は、バルとジバイを乗せて帆を張った。かなりのスピードが出ていた。船の舳先が白い波を切る。その度に船体が上下に揺れた。バルに大きな不安がよぎった。

 「俺、船は初めて、船って酔いますよね」


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