第18章 漆黒の霧の森
第18章 漆黒の霧の森
今夜は半月のためか、白い霧をとおして極わずかだが漆黒の闇を照らしている。その光のほとんどが濃い霧の存在を示すためのもののようでもあった。漆黒の霧、なんとも幻想的な世界である。
ダイチは、棘のある赤い茂のつるを黒の双槍十文字で払いながらゆっくりと前に進んだ。茂から出て振り返ると、白く淡い光を放つ巨大な幹がぼやけて見えていた。
「クロー、いくぞ」
と北へ歩み始めた。
『2時、距離30、危険度Dジャイアントオーク1匹。3時、距離27、危険度Bダークオーガ一1匹』
クローの能力、完全感知で捉えた30メートル以内にいる魔物の位置などを知らせている。時計版の時刻で方角を、距離、遭遇時の危険度、魔物名と数を思念会話でダイチに迅速に伝える。魔物との遭遇は可能な限り回避する。ダイチは北から北西に迂回する。辺りは暗く霧の存在が分かる程度の明るさだ。視界は3メートル程、黒の双槍十文字を手前に伸ばせばその穂先が見えなくなるくらいだ。微かに見える前方を手さぐりに近い状態で歩いていく。
『10時、距離29、危険度Cレッドバット1匹。12時、距離27、危険度Cフィアースディアーと危険度Cブラッディリーチ2匹が戦闘中』
北北東に迂回をする。
『2時、距離30、危険度Bサーベルジャガー1匹。これは速い。距離22』
ダイチは慌てて逃げようとして、枝に顔をぶつける。ガサッと音がした。
「・・・・」
顔を押えながら、声を殺す。
『2時、距離15、サーベルジャガーが追いかけて来ている』
ガサガサ、バキバキと枝をへし折る音が近づいてくる。
「サーベルジャガー頭の位置は」
『2時、距離10、高さ3』
ゾーブ
「エクスティンクション」
漆黒の霧めがけて、2時の方向、距離10メートル、高さ3メートルの1点にエクスティンクションを唱えた。
本来エクスティンクションは魔物の内部1点にダークエネルギーを召喚する。しかし、漆黒の霧ともいえる状況では視界に魔物を捉えることが困難なため、クローの指示で狙った空間にダークエネルギーを召喚していた。空間に召喚されたダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、イメージした大きさの球となる。その瞬間に元の1点へ向かって収縮し効果範囲の全てを消滅させた。
9
漆黒の霧の中で、
8
ズドドドーンとサーベルジャガーの倒れる音がする。
7
『11時、距離27、危険度Cデスボアー1匹』
6
ダイチは2時の方向へ迂回する。
5
4
『3時、距離28、危険度Aカニングガーゴイル1匹。5時、距離27、危険度Sプレデーションキマイラ1匹。7時、距離26、危険度Aジャイアントスピノ1匹、こいつはかなり速い』
3
2時の方向へ回避する。
2
『ジャイアントスピノはこちらを補足している。追ってくるぞ。3時と5時の魔物も一緒に来る』
1
バキバキバキ、枝が折れる音が迫る。
『6時、距離10、高さ6』
0
ゾーブ
「エクスティンクション」
9
二足歩行の肉食恐竜そのものの姿をしたジャイアントスピノは、ブンと尻尾を振り回す。
8
ダイチは咄嗟に黒の双槍十文字を両手で持ち、本能的に備る構える。
ドガンという衝撃とともに右胸が激しく痛み、弾き飛ばされる。
ガサガサガサと背中が小枝を鳴らす。黒の双槍十文字は、衝撃でどこかに飛ばされる。
7
ドンと背中に樹の幹が当たり、樹の幹の根元に体が落ちる。
6
「くっ、右胸の肋骨が何本か折れたな。エクスティンクションがうまく命中しなかったのか」
と、体を起こそうとする。
『12時、距離四、高さ6』
5
衝撃で体が動かない。
「目の前か。俺は死ぬのか」
ジャイアントスピノは巨大な顎でダイチを噛み砕こうとする。
4
ググアアァーと激しい絶叫が響く。
後を追ってきたプレデーションキマイラが、俺の目の前にいるジャイアントスピノの背中に喰らいつく。
3
ダイチは、よろけながらも距離をとろうと動き出す。
『第三の魔物、危険度Aカニングガーゴイル、3時、距離三、高さ5』
2
ダイチは、漆黒の霧の中をよろけながら1歩、2歩と進む。
スー、ヒュー
と、カニングガーゴイル呼吸が聴こえる。
1
ダイチは、躓いて転ぶ。
カニングガーゴイルは黒い体からはえた翼をたたみ、鋭い歯を備えた嘴が足元にいるダイチに迫る。
『真上、距離3』
0
ビーチボール
「エクスティンクション」
9
左半身にカニングガーゴイルが死体となってダイチに倒れてくる。
8
左半身に強烈な重量を感じる。
7
カニングガーゴイルの死体から左半身を引き抜こうと右手と右足に力を入れる。
6
ダイチの右胸が激しい痛みで悲鳴を上げる。
ダイチの右横4メートルでは、ジャイアントスピノとプレデーションキマイラが死闘をしている。
5
左半身がカニングガーゴイルの死体から抜けた瞬間、頭の上をかすめるようにジャイアントスピノの尻尾が唸りを上げて通過した。
4
ドゴンという激しい音とともに、ダイチの後ろにあった樹の幹が激しく揺れる。
「とにかく離れなければ」
這うようにしてその場から離れようとする。
3
よろけながら立ち上がろうとすると、左足に痛みがあった。
グオォォォォンとダイチの後ろからジャイアントスピノ断末魔の叫びが響く。
プレデーションキマイラの獅子の頭はジャイアントスピノの喉をくわえている。
2
ダイチは、1歩、2歩と足を前に出す。
プレデーションキマイラはジャイアントスピノの頭にかぶりつく。
1
『3時、距離11、黒の双槍十文字が落ちている。まずそれを拾え。プレデーションキマイラからは逃げきれない』
0
ダイチは、右脇腹を右手で押えながら、左足を引きずり黒の双槍十文字を目指す。
プレデーションキマイラはジャイアントスピノの頭にむさぼりついている。
『黒の双槍十文字、12時正面だ、距離1、地面』
ダイチはうっすらと見えた黒の双槍十文字を握った。
後ろに青白い光を感じて振り返る。プレデーションキマイラが青白く発光していた。その光でプレデーションキマイラの全身が見えた。体長5メートル超で巨大なサイのような体をしている。中央に獅子の頭、左に狼の頭、右にヤギの頭が出ていた。尻尾は大蛇でシュルルルと舌を出していた。そして前足の肩の辺りには長い角あった。
『プレデーションキマイラは捕食した獲物の体や能力の一部を吸収しながら強化していく。吸収中には青白く発光する。動くもの全てを捕食する凶暴で貪欲な魔物だ』
ダイチは、プレデーションキマイラの姿を見て手が震えていた。
『プレデーションキマイラの弱点は』
その時、プレデーションキマイラの獅子の顔がこちらに向く、黄色と黒の瞳がダイチを見た。ダイチは恐怖が稲妻のように走った。
ゾーブ
「エクスティンクション」
プレデーションキマイラの獅子の頭と左の狼の頭が消滅する。
9
プレデーションキマイラは、前足の力を失ったかのように前のめりに崩れる。
ダイチは、黒の双槍十文字を構える手が震えている。
『違う。プレデーションキマイラの弱点は頭ではない。胸だ。胸に生命の核がある』
8
プレデーションキマイラは、立ち上がった。失われた獅子の頭と狼の頭の肉が盛り上がり復元し始めている。
7
『来るぞ』
ダイチは、黒の双槍十文字をギュッと握る。
6
プレデーションキマイラは、サイのような体で突進して来る。
5
向かって左手のヤギの頭の角がこちらを狙う。
ダイチはプレデーションキマイラを右に回転しながらかわし、死角となる再生しかけている狼の頭の陰から、振り向きざまに胸をめがけて黒の双槍十文字で突く。
4
プレデーションキマイラは突然、ダイチの前で止まって、体の正面を向けながらヤギの角で突く。
双槍十文字の突きはプレデーションキマイラの胸をかすめたが、左の刃が肩口を切る。
ダイチは、ヤギの角を身を屈めてかわす。
3
ダイチはプレデーションキマイラの死角となる右の腹の脇へ更に回り込む。
2
突然、ダイチの体の自由が奪われる。
プレデーションキマイラの尻尾である大蛇の首が巻き付き、ダイチを持ち上げる。
1
プレデーションキマイラの尻尾である大蛇がダイチを頭から丸呑みしようと大きな口を開ける。
「プレデーションキマイラ、お前の敗因は今の一撃で俺を仕留めなかったことだ」
0
ゾーブ
「エクスティンクション」
プレデーションキマイラの胸の内部1点にダークエネルギーを召喚する。反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、イメージしたゾーブの直径3メートの球までその効果範囲を広げた。その瞬間に、胸の内部1点へ向かって収縮し消滅した。プレデーションキマイラの核は勿論、効果範囲内のものは全て消滅していた。
9
プレデーションキマイラは動きが止まる。
8
ダイチの体に巻きつき、持ち上げた尻尾が胴体から切れ、ダイチと共に地面に落下する。
7
獅子の頭が地面に落ちる。
6
狼の頭とヤギの頭も落ちる。
5
サイの体も崩れるように地面に沈む。
4
「クロー、プレデーションキマイラは死んだか」
3
『死んだ』
2
「クロー、索敵だ」
と言いながら、ダイチは右手で黒の双槍十文字を構え、左手でポケットに入れたポーションを探す。
1
『9時、距離27、マウントタートル1匹。7時、距離29、フォレストアリゲーター1匹。この2匹は先程からほとんど動いていない』
0
ダイチのポケットの中には、割れた瓶の破片だけだった。
ダイチはアイテムケンテイナーからポーション1本を取り出して飲んだ。ダイチの左足の痛みはほぼなくなったが、右胸には痛みが残っていた。
「ポーションでは完全回復とはいかないのか」
喉の渇きを感じる余裕ができたのか、ゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲んだ。
「クロー進行方向を見失った。最短ルートの方角と残りの距離、それから今の時刻」
『2時の方向、距離2029、午前2時31分』
「約1時間で、1000メートル程度しか進んでないのか。このペースだとあと2時間だな」
「クロー、この森を抜けるまでの残りの距離と今の時刻は」
『距離1086、午前3時29分』
「ほぼ同じペースだな」
ダイチとクローは多くの魔物を回避し、また倒しながら進んでいた。
『止まれ』
ダイチは歩みをとめた。
「クローどうした」
『進行方向には、魔物が多くいて危険だ。迂回だ。4時方向へ』
「少し戻るがしかたない」
ダイチは4時方向へ戻って行く。
『12時、距離33、危険度Aフォレストアリゲーター1匹。2時、距離30、危険度Bヘビーゴーレム1匹』
クローの完全感知範囲が徐々に伸びてきていた。
「迂回をしている最中だというのに、ここから更に迂回だとかなり時間のロスだ。倒して進む。」
漆黒の霧の世界の中、足音を忍ばせて進む。
『フォレストアリゲーター、12時、距離17、高さ2、まだ気づいていない』
「このまま、11時へ気づかれないように進む」
木の葉が鼻に、草が膝に触れる。
『フォレストアリゲーター3時、距離7、高さ2』
ダイチの右肩は枝に触れ、カサカサと小さな音がした。ダイチは立ち止まり息を飲む。
『動くな、身を潜ませていろ』
「気づかれたか」
『いや、それではない。11時、距離31、28、25、近づいてくる危険度Sケルベロス1匹、こやつは危険だ』
「ここはフォレストアリゲーターに近いぞ」
『ここはケルベロスにとっては風下だ。身を潜めていれば気づかれずにやり過ごせる』
ケルベロスは、狼に似た魔物である。体長6メートルで全身が銀色、狼の頭を3つもち、嗅覚が非常によい。また、獰猛で敏捷性が高く。もし、森で人間が出会ったら、生きて戻れることはない。
『危険度Sケルベロス9時、距離18。やり過ごせそうだ』
その時、風向きが変わった。
『ケルベロスの風上になった。フォレストアリゲーターを倒せ』
「ケルベロスに気付かれるぞ」
『ケルベロスとフォレストアリゲーターを2匹まとめて相手をするよりはましだ』
『フォレストアリゲーター3時、距離7、高さ2』
ゾーブ
「エクスティンクション」
9
『フォレストアリゲーターの命が消えた。ケルベロスに気付かれた』
8
ガサガサと小枝と草が鳴る。
『ケルベロス、8時、距離10、かなり速い。来る』
7
身を低くして、黒の双槍十文字を構える。
漆黒の霧の中から猛烈なスピードで宙に舞う3つの頭をしたケルベロスの影が迫る。
6
ダイチは左に低く跳ぶ。
ケルベロスはそのままダイチを飛び越えるが、すれ違いざまに右前足の一撃を出す。
ダイチはケルベロスの爪でマントが引き裂かれる。
5
ケルベロスは着地とともに右横に跳ぶ。更にその着地とともにダイチめがけて飛ぶ。
ダイチはバランスを崩しながらも目でケルベロスを追う。
4
片膝を着きながら、黒の双槍十文字を横に払う。
ケルベロスは空中で身をよじりこれをかわす。
3
ケルベロスは着地とともに左に走り、そこからダイチの背後めがけて3つ頭の牙が襲う。
ダイチは身をひるがえしながら、右手1本で黒の双槍十文字を払う。
ケルベロスの右側の頭の喉を切るが、ケルベロスの左前脚が槍の柄を叩く、黒の双槍十文字は宙に弾かれる。
2
2つの頭からギャオォォンと苦痛の悲鳴が上がる。ケルベロスの右の頭は力なく垂れ下がる。
ダイチは、黒の双槍十文字を叩かれた勢いで、尻もちをつく。
1
ケルベロスは、左前足で俺を踏みつけようとする。
ダイチは、体を横に捻り。ケルベロスの左前足をかわすが、マントを踏まれ動けない。
0
ケルベロスの中央と左側の頭は牙を剥き俺の顔に迫る。
「近すぎる」
サッカーボール
「エクスティンクション」
ケルベロスの牙を剥く3つの頭がダイチの眼と鼻の先に迫っていたが、エクスティンクションにより瞬き程の間、ケルベロスの2つの頭の動きが止まる。
9
ケルベロスの左側の頭は力なく被さってくる。
8
中央の頭は、ダイチのソードが顎の下から頭を貫いている。
7
6
ケルベロスの中央の頭からソードを抜く。
ケルベロスは静かに横に倒れる。
5
ダイチはマントを脱ぐ。
4
立ち上がる。
3
右手に持っているソードを見つめる。
2
「バイカル親方、親方の魂を込めたこのソードに助けられました。すさまじい切れ味でした」
1
ダイチはソードを片手に持ったまま、
「クロー、黒の双槍十文字はどこにある」
0
『2時、距離8』
ダイチは黒の双槍十文字を拾うと、バイカル親方のソードを一振りし、腰の鞘に納めた。
「クロー、最短ルートの方向と索敵を」
『最短ルート11時、索敵結果、3時、距離32、危険度Bフォレストクラブ1匹。8時、距離28、12時、距離30、危険度Cサイレントアント多数』
「クロー、最短ルートで森を出るまでの距離と現在時刻、日の出時刻を」
『距離556、現在時刻午前4時1分、日の出時刻午前4時30分』
「日の出まで30分か、ここからが勝負だな。クロー、索敵を」
『12時、距離29、危険度Bヘラクレスムカデ1匹、10時、距離28、危険度Aフォレストアリゲーター1匹』
「最短距離を突っ切る。ヘラクレスムカデを倒す。いくぞ」
ダイチは視界3メートルの漆黒の霧を少しずつ歩いて行った。
ヘラクレスムカデは体長10メートルで頭が黒く無数の脚をもつ、体は橙色をしていた。顎には致死性の猛毒を持つ。
『ヘラクレスムカデ、12時、距離9、高さ30センチ』
ゾーブ
「エクスティンクション」
頭を消失したヘラクレスムカデの体がクネクネと暴れ出す。ガサガサと藪をのたうち回る音がする。
ダイチはその音を少し迂回して前進していく。
『12時、距離25、危険度Bマウンテンタートル1匹』
「進行方向だ。倒して行く」
進行方向の魔物は複数でなければ倒すようにした。
『最短ルートで距離162、現在時刻は午前4時20分』
「日の出までは、あと10分か。霧が濃くて見えないが、空は白み始めているだろうな。もう少しだ」
『待て、止まれ』
ダイチは、警戒を強め身構えた。
『11時、距離29に魔物がいたが消えた』
「完全感知範囲を超えたのではないか」
『違う。存在自体がそこで消えた』
「今までとは違うということか」
『いる。12時、距離24・・・・消えた』
「何だ、消えるって」
『これはまずいぞ。きっとあやつに違いない』
「クロー、あやつって何だ」
『フォレストフォッグだ』
「そんなに危ないやつなのか」
『ああ、ダイチとの相性は最悪だ。とにかく迂回だ、4時へ』
「分かった」
ダイチは4時に進路を変更しようとした時、
『気づかれたぞ』
『12時、距離19、危険度Bフォレストフォッグ1匹』
『3時、距離21、危険度Bフォレストフォッグ1匹』
『7時、距離25、危険度Bフォレストフォッグ1匹』
『9時、距離22、危険度Bフォレストフォッグ1匹』
『囲まれた。姿を消して察知できないようにしているが、4匹いる』
ダイチは辺りを警戒しながら、
「フォレストフォッグってどんな魔物だ」
『戦闘力はE以下なのだが、姿を消したり、突然現れたりして攻撃して来る。相手の体力と精神を徐々に削っていく魔物だ。違う世界とこちらの世界を行き来しているとも言われている。だから相手からも、こちらからも、攻撃が有効なのはフォレストフォッグが現れている時だけだ。』
「エクスティンクションが撃ちにくい、撃ったらリキャスト待ちが危険となるということか」
『あぁ、だから相性は最悪だ』
黒の双槍十文字を握る手に力が入った。
『10時、距離5、高さ2』
『2時、距離10、高さ2』
「2匹はどこだ」
『2匹は消えている』
『3時、距離1、高さ2』
『9時、距離1、高さ2』
ダイチは左の9時を黒の双槍十文字を横に払う、その瞬間に右肩を鋭く堅いもので切られた。槍は空を切っていた。
「ぐ、見えなかった。傷は浅い。高さは二だな?」
『ああ、全て高さは二だ』
「もう、高さの連絡はいらない」
気配を探る。
『10時、距離1』
『4時、距離1』
ダイチは10時の方向に、黒の双槍十文字を払う。空を切るが、一瞬、黒い影のようなものが空中に浮いているのを見た。同時に背中を鋭く堅い何かで切られた。
「姿を現すのは、攻撃の一瞬だけだ。間に合わない」
『フォレストフォッグは爪で攻撃してくる』
『3時、距離1』
『9時、距離1』
槍は3時の方向に空を切る。3時を向いている体の背中を切られる。
『4時、距離1』
『10時、距離1』
槍は10時の方向に空をきる。同時に背中を切られる。
「分かったぞ」
ダイチは静かに目を閉じた。
ビーチボール
『3時、距離1』
『9時、距離1』
槍を3時に払いながら、
「エクスティンクション」
9時に現れたフォレストフォッグはエクスティンクションによって消滅する。
9
『2時、距離1』
『8時、距離1』
体を左に向け、槍を左手で8時に払いながら、2時へ右手でソードを抜き伸ばす。
8
右手のソードに手ごたえがある。
グゲゲゲゲッ気味の悪い叫び声がする。
7
6
5
攻撃が止む。眼を閉じたままクローの言葉に全神経を集中させる。
「次はどこだ」
ダイチは右手に槍、左手にソードを持ち替えて構える。
4
3
『3時、距離1』
『9時、距離1』
体を3時に向けながら、左手のソードで3時を、槍を右肩に担ぐようにして背面の9時を突く。
9時からグゲゲゲゲッと気味の悪い叫び声がする。
2
1
0
『フォレストフォッグ、9時、距離22。1匹は逃走したな』
「フォレストフォッグは、本体を攻撃されぬよう2時から4時と8時から10時からの攻撃に限定されていたことと、常に挟み撃ちのワンパターンであったことで助かったよ。攻撃方向が予想できるし、本体の高さ2メートルと一定だったから、攻撃のタイミングをクロー教えてくれたお陰で対処できた」
『ダイチが戦闘中に目を閉じるとはな』
「あぁ、背中が痛―い。傷は浅いから最後のポーションはまだ使わずにとっておくか。我慢だ」
ダイチは、痛みを我慢することを自分に言い聞かせるように呟いた。
「クロー最短コースの方向を」
『9時だ』
「よし、いくぞ」
ダイチは数か所に傷を受けながらも、夜の霧の森を抜けられることに気分が高揚し、傷の痛みを忘れていた。
「もう、そろそろだな」
『ああ、あと50メートル程だ』
ダイチが茂を掻き分け進むと、泥に足を取られた。足首程まで泥に埋まるとズルズルと潜り出す。そこから脱出しようともがく程沈んでいく。腿まで潜ってしまった。
「こ、これは、底なし沼か」
『真下、距離8、危険度Cスワンプリーチ1匹、接近中』
スワンプリーチは体長1メートル。アリジゴクのような姿をした魔物で、沼にはまり身動きが取れなくなった獲物を、2本の大きな顎で挟み体液を吸う。攻撃力はそれ程ではないが、沼にはまり抵抗できないため、死に直結する。
「ここにも魔物がいるのか」
ビーチボール
「エクスティンクション」
ダイチの体がガクンと沈む。
9
「しまった。エクスティンクションの空洞のせいか」
8
ダイチは腰まで沈む。
アイテムケンテイナーに黒の双槍十文字をしまうと、ロープを取り出す。
6
5
ロープをソードの柄へ結び付け始める。
4
3
2
1
0
ロープをソードの柄に結ぶと近くの樹の幹へ投げつける。慌てていたため、コントロールに失敗する。ロープでソードを手繰り寄せる。
ダイチは胸まで沈んでいる。
深呼吸をしてから、もう1度ソードを投げる。ソードは樹の幹に刺さった。
「さすがはバイカル親方のソード」
刃が半分近くまで幹にくい込んだ。
ダイチはそのロープを両手で手繰り寄せた。かなり重く感じたが沼面に体が浮かぶと、あとはするすると水面を滑るように底なし沼から脱出できた。
「また、バイカル親方に助けられた。しかし、魔物ではなく、底なし沼で死んだら間抜けだな」
ダイチはアイテムケンテイナーへロープをしまい、黒の双槍十文字と水を取り出した。背中の傷の泥を水で流すと、水を一口飲み用心しながら進んだ。夜明け直前といっても漆黒の霧の森は依然として視界3メートルの世界である。額や肩、膝などに小枝を当てながら進んでいる。正面の太い幹に手を触れようとした時に、
『12時、距離33、危険度Sクイーンベヒーモス』
クイーンベヒーモスは、全身が藍色で体長6メートルを超える。象と似ているが2足歩行をし、手には5本の指と鋭い爪があり、長い鼻と牙、太い尻尾をもっている。火と風、雷の魔法を操り、その戦闘力はこの森の夜行性の魔物においても屈指である。
「ベヒーモスってゲームのラスボスとして出てくるやつだ。回避だな」
ダイチが体の向きを9時に変えた。
『12時、距離22、クイーンベヒーモス、向かって来る。とにかく逃げろ。動け。やつは魔法を撃って来る。止まれば魔法で即死だ』
ダイチは枝に体をぶつけながらも小走りする。
「魔法を使うのか、止まるなと言われてもこの視界では、痛っ、枝が当たる」
『4時、距離15、クイーンベヒーモス、高さ6』
ピカッ、バリバリバリ
閃光と空を裂く雷鳴が走った。
ドドドドーン
轟音と地響きを伴い稲妻が3メートル右の樹に直撃した。凄まじい衝撃でダイチは2メートル左に飛ばされた。稲妻が直撃した樹は黒く焦げ、幹が裂けるように両断されていた。
「直撃だったら、死んでいた・・・クイーンベヒーモスの位置を知らせろ」
『1時、距離5、高さ7』
ゾーブ
「エクス」
そう唱えた瞬間にベヒーモスが尻尾を振った。隣の樹の幹を圧し折りながら、ダイチの脇腹を直撃した。ダイチの体はくの字に曲がり飛んだ。ダイチは地面で転がりながら樹の幹に頭を打った。意識が遠のく。
クイーンベヒーモスはドシドシと歩き、近寄って来る。
「う、う、う・・・・・。い、痛い。エ、エクスティンク・・・撃たなければ・・・」
『ダイチ、起きろ。起きろ!』
クローが懸命に声をかける。
「・・・・」
ダイチの意識は遠のいて行く。
『ダ・チ、・・ろ、お・ろ。ダイチ、おきろ、起きろ』
ダイチは、ゆっくり目をさました。濃い白い霧が空を覆っている。
「ク、クイーンベヒーモスは・・・・」
ダイチは起き上がろうとしたが、
「いてててて・・・・」
『クイーンベヒーモスは、ダイチに止めを刺す前に日の出となり、去って行った』
「た、助かったのかー」
ダイチはそのまま大の字になって深く息を吐いた。
『すぐに黒の双槍十文字を拾え、2時、距離七。早くしろ時間がない』
ダイチは這うようにして黒の双槍十文字を拾った。日が昇ったので霧の森は視界が10メートル程あった。
『ダイチ、よく聞け。現在7時26分。あと1分で私は3日間の完全睡眠状態だ』
「え、そんなに俺は寝ていたのか」
『それはどうでもよい。私を手に取って2つのページを開け、先ずはステータスだ』
氏名:野道 大地 年齢:25歳 性別:男性 所持金:10,210,446ダル
種 :パラレルの境界を越えたホモ・サピエンス
称号:黒の双槍を鍛えし鍛冶職人
ジョブ・レベル:召喚術士・レベル 54
鍛冶上級職人・レベル 51
体力 1394
魔力 1(固定値)
俊敏性 291
巧緻性 4189
カリスマ性 2828
物理攻撃力 484
物理防御力 446
魔法攻撃力 648
魔法防御力 847
生得スキル
アイテムケンテイナー
無属性魔法
ジョブスキル
召喚無属性魔法:エクスティンクション
思念会話
神獣召喚
整形の妙技
特異スキル
学び
『ジョブスキルに神獣召喚があるか』
「ある」
『あるならよい、時間がない次だ。カミューの住む洞窟の入口を示すページを開け、地図だ』
ダイチは慌ててそのページを開いた。
『現在地と最短ルートの方向、カミューの住む洞窟の場所、その3つを頭に叩き込め、時間がない』
「・・・・」
ダイチは地図を写真のように脳に記憶する。
クローの地図はぼやけていき、やがて消えた。
「ク、クロー、クロー」
クローを閉じて、
「クロー、ありがとう。ここから先は俺1人でやり遂げる。3日後を楽しみに待っていろよ」
ダイチは、立ち上がりクローを革製の肩掛け鞄へ入れた。
ダイチは目を見開き、霧の森の出口方向を見た。




