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第16章 目指すはキリセクレ山

 第16章 目指すはキリセクレ山


 ドリアドの城門を出てすぐに、カミュー様の洞窟の場所をクローに確認をすると、キリセクレ山との回答だった。この眩いばかりに輝く白石をカミュー様の洞窟へ届けるべきかどうかについては、


 眩いばかりに輝く白石をカミュー洞窟へ届けるべきかを示す


   意のままに

  

 「やはり、ガリムさんの予想通りだ。俺はこのままキリセクレ山を目指す」

 ハーミゼ高原へ続く山道への入口までは1日半で到着しなければならない。メルファーレン辺境伯は、黒の双槍一文字を半ば強引に受け取りに来た時には、ほぼ同じ距離を1日で駆け抜けて来たが、俺には乗馬技術もなければ、馬も違い過ぎた。馬への負担を考え、休憩をはさみながら駆けた。

 乗馬は、元の世界で1日体験をしたことがある程度で、馬が駆け出すと重心を崩して落馬しそうになることもあったが、特異スキル学びの効果か、程なくして馬と一体になったような感覚で駆けることができた。麦畑の中にある街道をひたすら駆けた。麦畑には、ところどころで農作業をする人たちが見えた。この地域の麦作は、思った通り二期作で、九月初めに収穫、3月半ばに収穫をしているようだ。

 街道の正面に小高い丘が見えてきた。俺は馬から降りて、少し休ませながらアイテムケンテイナーからバイカル親方の地図を取り出して確認した。この丘を境に西は首都ガイゼル方面、北はタフロン方面に分岐していた。馬の首筋を撫でると、地図をポケットにしまい北を目指した。


 ドリアドの鍛冶屋の奥にある部屋では、バイカルとガリムが話をしていた。

 「ダイチが、心配だな」

 「ああ、心配じゃ。じゃが、バイカル親方が言った通り、ダイチは炭焼き小屋でオーク兵を10秒たらずで3匹も倒した手練れじゃ。そこに儂らが付いて行っても邪魔なだけじゃ」

 「7月7日のお干支祭までにカミュー様の洞窟を探して、眩いばかりに輝く白石を返すのだから、かなり厳しい日程となる。1人の方が速く動けるしな」

 「カリスローズ侯爵は、兵を出してくださるかのぉ」

 「ダイチが出発した後すぐに、カリスローズ侯爵様に事の次第と援軍要請の嘆願をしたので、さすがに今回は事が事だけに、派兵してくださると思う。あそこの魔物は強力であることを付け加え、無礼を承知で百名単位の兵をお願いしておいた」

 「飢饉になっちまったら大変だからのう」

 「ああ、国の穀倉地帯であるドリアド地方の飢饉は、ドリアド地方の民ばかりではなく、この国が飢えるということになるからな」

 「カミュー様におすがりする前には12年ごとに飢饉が起きたというからのぉ。儂ら山の民に伝わる話では、飢饉は水不足だけではなく、その前兆となる理由があるらしい。それが何かは、今ではもう分からなくなってしまったがの」

 「それが分かれば、俺たちで防ぐことができるかもしれない。前兆となる理由を突き止めよう」

 「儂も山の民の仲間に心当たりがないか尋ねてみるぞい」

 「頼む。俺もカリスローズ侯爵様にもう1度、ご連絡を差し上げてみる。メルファーレン辺境伯様にも連絡をしておく」


7月2日。

 翌朝、ダイチは、街道から外れ北東へと馬で駆けて行った。 

 その日の夕暮れ前に、第1の目的地だったハーミゼ高原への山道入口に着いた。ダイチは馬の首を抱きながら優しく撫でて、飼葉をやり、水を飲ませた。

 「ありがとう。よく頑張ってくれた。あとは気を付けてお帰り」

と、馬を帰した。

 山道入口から200メートル程後ろには守備のための砦があった。すぐ前の入口には監視所があり門は閉じていた。オーク軍との一戦後間もないので、ダイチは、ここを無事に通れるのか不安であったが、黒の双槍十文字を見せると監視所の兵は敬礼し、門を開けて通過を許可した。メルファーレン辺境伯から通達が来ていたようだ。

 「メルファーレン辺境伯様、さすがです。仕事が速い」

 ダイチは双槍十文字を手に持って山道を登り始めた。山道は幅が2メートルくらいで、木でできた階段が続いていた。階段の段差や幅が不規則で勾配もきつかった。これを馬で登ったメルファーレン辺境伯率いる騎馬隊の技量には驚きである。山道の脇の樹と藪は鬱蒼としていて山道の上を塞ぐように茂っているところもあった。ダイチは、ポケットに魔物除けとして、大きめの龍神赤石を1つ入れてある。途中で日が暮れて来たので、山道で野宿することにした。夜行性の魔物への対策として、アイテムケンテイナーに入れておいた龍神赤石をダイチの周りへ三重に配置した。それより10メートル以上離れた四方へもいくつか並べた。アイテムケンテイナーから水とこの世界で一般的なパンのバグル、サラーミンを取り出し夕飯とした。


 ドリアドの街。

 ガリムはある有力な情報を手に入れたと言って、バイカルと鍛冶店の奥の部屋いた。

 「バイカル親方、昔はこの国で12年ごとに繰り返されていた飢饉、その前兆にまつわる話に心当たりがないか、山の民の知り合いに尋ねてみたのじゃ。山の民は、分からんとのことだったが、昔でなく今のことなら、噂で聞いたことがあるというのじゃ。それも龍の年ごとの異変に。儂ももしやこれはと思い詳しく聞いてみると、ローデン王国の西の漁業が盛んな港町ポポイのことだ。そこの漁師が海を挟んだ遥か遠くの対岸にあるバルト大陸のゴスモーザン帝国で黒い魔物を見たという話なのだ」

 「ローデン王国から更に西の大陸バルト大陸の話とは、ずいぶんと遠すぎないか」

 「儂も話を全部聞くまではそう思ったぞい。ゴスモーザン帝国は軍事国家で、秘密国家なので国内のことは外の国には伝わってこない。じゃがな、港町ポポイにいる元漁師の長老が、50年以上前に、龍の年の7月5日には、漁に出てはならんときまりを作ったらしい。それには理由があって、何でもその長老の爺さんが若い時のことらしいのじゃが。丁度、龍の年の7月5日、魚を求めて遥か沖、バルト大陸のゴスモーザン帝国近海まで行った時のことらしい。遥か遠くの対岸に見えたゴスモーザン帝国には真っ青な空が広がっていたそうじゃ。それが更に西の方から黒い雲のような魔物が湧いて出たかと思うと、空は真っ黒な魔物に覆われ、遠くからギギギギとなんとも気味の悪い鳴き声が響いてきたそうじゃ。今まで見たこともない異様な光景に怖くなって漁を止めて、ポポイへ寄港したそうじゃ」

 「龍の年の7月5日に黒い雲のような魔物か・・・・お干支祭と重なる時期にはあるが、偶然ではないのか」

 「それがじゃ。それから12年後の龍の年の7月5日にもゴスモーザン帝国近海で同じ光景を見たそうじゃ。禍を避けるために、龍の年の7月5日の漁は禁止としたそうじゃ」

 「龍の年に限った7月5日か、ガリム、これは関係があるかもしれないな」

 「儂もお干支祭の2日前というから、無関係じゃとは考えにくいと思ったのじゃ」

 「むう、飢饉と関係があるとして、その黒い雲の魔物が何なのか、ローデン王国にどう関わるのか。カミュー様とどういう関係なのかだな。ここを調べなくては手の打ちようがない。しかし、残された時間があまりにも少ない」

 「じゃな、じゃが、ゴスモーザン帝国の西の空に答えがあるやもしれん」

 「西の空か、西の港町ポポイまで行って調べさせよう。馬の扱いの上手いバルに観に行かせるとしよう。それで前兆の1つが分かるなら、解決の糸口になるかもしれない」

 「バルで大丈夫か。心もとない気もするが」

 「心配ない。バルは、やる時はやる男だ。」

 バイカル親方はバルを呼んだ。


 7月3日。

 翌朝、ダイチはバグルを頬張り水で流し込むと、龍神赤石を回収してから、また山道を登り始めた。

 「昨夜は獣とも魔物とも分からない鳴き声が山に響き、恐ろしい夜だったな。ミリアさんが持たせてくれたランプは怖くて使えなかった」

 魔物がランプの明かりに集まって来たら大変だと考えて、ランプの使用を控えた真っ暗な夜を思い出しながら上を目指した。


 同じころ、ドリアドの街から早馬を駆り、出発した1人の男がいた。腰にソードを帯び、筋肉質で大柄、丸顔で愛嬌のある顔立ちのバルである。籠に入った伝書鳩を2羽持参している。1匹の伝書鳩はハヤテ、1日千里を飛ぶという祖先に魔物をもつ秘蔵の鳩だった。バルはバイカルの命により、港町ポポイを目指していた。

 「俺に黒い雲の魔物についての情報を手に入れることができるのだろうか」

 バルは、責任の重さに押しつぶされそうになりながらも、港町ポポイに向かって馬を駆った。


 7月4日

 ダイチは川の手前に作られた監視所で目が覚めた。

背伸びをしながら、深呼吸をした。これから初夏を迎える時期といっても、標高が高いためだろう、ヒンヤリとした空気だった。

 昨日は夕暮れ前にこの監視所に到着し、ここで宿泊させてもらった。黒の双槍十文字を見せると快く受け入れてもらえた。

 監視所の小屋から出ると、足元で赤く輝くものを見つけた。見ると龍神赤石だった。監視所の小屋の周りの東西南北に3つずつ龍神赤石が置かれていた。魔物への警戒ぶりが窺えた。

 視線を山の峰に向けると、ここは山脈の切れ目となっている場所であることが分かった。山道をこのまま進めばハーミゼ高原にたどり着く。南側の山脈の手前には森が続き、その森の中へと川が流れ込んでいた。ダイチが彷徨い歩いた森だ。北側には険しい山々が続き山脈をつくっている。川の上流はそちらに向かって延びていた。遠くに槍の穂に似た一際高い山がそびえていた。

 「あれか、あれが目指すキリセクレ山だな」

 門を潜るとダイチは川沿いに北へと向かった。上流といえども川幅は20メートル程あったが、今は水量が少ないためか川の両側には歩けそうな川岸が続いていたので、ダイチはそこを歩き始めた。川沿いは歩きやすいが目立つ。特に前回河原で熊の魔物と戦っていたミノタウルスは弓を扱っていたので、狙い撃ちされる可能性がある。道は険しくとも川沿いの森を進んだ方がよいかと考えていた時である。

 川に沿った森の斜面から大きな音と共に、魔物が飛び出してきた。狐に似た魔物だった。体長は2メートルくらいで、焦げ茶色の体で胸は白色、尻尾は2本あり空に向かって揺れている。目は吊り上がり真っ赤だった。10メートル程の距離でダイチを睨み、涎を垂らしながらグルルルゥと威嚇していた。いかにも凶暴そうで今にも飛び掛かってきそうだった。

 ソフトボール

 「エクスティンクション」


 魔物の頭の内部1点にダークエネルギーを召喚する。反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、ソフトボールくらいの球となった瞬間に、頭の内部1点へ向かって収縮し消滅する。魔物の頭の中での一瞬の膨張と収縮は、外部からでは把握すらできない。

 魔物は、その場に倒れた。一瞬にして勝負が着いた。魔物には外傷はない。

ダ イチは、エクスティンクションのリキャスト9秒を心でカウントしながら黒の双槍十文字を構えていた。9秒が過ぎると安堵した。

 基本的に魔物は単独行動が多いので、そこがダイチの勝算だった。しかし、狼の魔物などは集団で狩りをすることもあるので、注意が必要だと元冒険者のバイカルから情報を得ていた。

川沿いに進んで行くと、ところどころに黒曜石が散らばっていた。カミュー様への道しるべとなる石だとダイチは考えながら進んで行った。

 ガサッという音とともに、森から魔物がダイチめがけて飛び跳ねてきた。ダイチは咄嗟に、黒の双槍十文字を両手で持って、槍の柄を横にし、魔物の口に入れた。初撃の牙を防ぐことはできたが、魔物はそのままダイチを押し倒して、ガルルルと唸りながら槍の柄をくわえている。

 「狼に似た魔物だ。まずい、集団で襲い掛かってくる可能性がある」 

 テニスボール

 「エクスティンクション」


 目の前で唸り声をあげていた狼の魔物は一瞬にして力を失う。

 ダイチは槍を横へ払う。魔物2匹が後ろへ飛ぶ。

 「やはり仲間がいた、狼の魔物だ」

 ダイチの後方の森からガサッと音がする。後方から別の狼の魔物が唸りを上げて飛び跳ねる。

 振り向きざまにその魔物を槍で突くやいなや、振り返って狼の魔物2匹に槍を構える。

 その魔物たちはジリッと下がる。

 槍に突かれた狼の魔物は、胸から背中まで貫かれ倒れている。

 飛び跳ねてくれた方が突きやすい。空中では向きが変えられないから直線的な攻撃になる。

 狼の魔物は赤黒い毛をしていて、体長は1メートル半程度と小型だが、額に角が2本出ている。

 「狼の魔物は6匹で俺を襲って来た。残り4匹」

 正面にいる1匹は足の膝下まで川の水に浸かっている。左に2匹、右に1匹、足元には魔物の死体が2つ、後ろには川岸の斜面がある。

 槍はリーチが長いが、右側が扱いにくい、腰に差した剣にするかと考えた瞬間、

 左から2匹、右から1匹がダイチの足元に牙を剥きながら低く跳ねる。

 ダイチは後ろに飛ぶ。斜面に背中が当たる。

 左右から低く跳ねてきた3匹が衝突するかに見えたが、

 衝突の寸前に向きを変え、3匹が重なるようにして迫る。

 その3匹の魔物の頭上を飛び越えるようにして、正面にいた1匹が襲い掛かって来る。

 テニスボール

 「エクスティンクション」

 正面から飛び掛かってきた魔物が死体となってそのまま飛んで来る。首を傾げてかわすと魔物の頭が斜面に激突する。

 その後ろからダイチの首めがけて3匹が頭と体が重なるように飛んでくる。

 ダイチは黒の双槍十文字で突こうとして槍を引いたが後ろの斜面に当たり引けない。体を左に傾けながら、咄嗟に左から右へ払う。

 双槍十文字の中央に伸びた穂が左を飛ぶ魔物の横顔から切る。双槍十文字の右に出た刃が中央の魔物の側頭部を刺す。

 右の魔物は空中でバランスを崩してダイチの後ろの斜面に飛んで行く。

 ダイチはそのまま左に倒れる。

 右の狼の魔物は斜面に前足を着くとそのまま、倒れたダイチめがけて跳躍する。

7  

 ダイチは倒れたまま槍の柄の部分で狼の魔物の腹を下から上へと叩く。

 狼の魔物は宙に浮いてダイチの頭の上を飛び越す。

 ダイチは、倒れたまま右手で双槍十文字を狼の魔物へと向ける。

 狼の魔物は着地するとまた飛び掛かろうとするが、槍の穂先に怯む。

 ダイチは槍を向けたまま立ち上がる。

 ハアッ、ハアッ、ダイチは呼吸を思い出したように荒く息をする。

 狼の魔物はダイチを見ながらグルルルルッと唸りを上げる。

 ハアッ、ハアッ、ダイチは槍を構えたまま狼の魔物を睨む。

 狼の魔物は向きを変え、斜面の森の中へ跳ぶ。

 ダイチは、狼の魔物を目で追う。

 狼の魔物は斜面の森を駆け上がり、離れて行く。

 ハアッ、ハアッ、まだ黒の双槍十文字を構えたまま周囲を警戒する。

 「ふー、危なかったー」

ダイチは森を睨んだまま、深い息を吐いた。背中で斜面に寄り掛かった。

 特異スキル「学び」を最大限に活用するため、戦闘の状況や動きを振り返っていた。

「最後の3匹は黒の双槍十文字だから防げた」

 ダイチは立ち上がると、狼の魔物の死体を横目に、キリセクレ山を目指して歩き出した。

 20メートル程進むと、何やら音がするので振り返る。今しがた倒した狼の魔物5匹のところに、灰色の体に焦げ茶色の斑点模様をもつ、体長1メートル程度のジャッカルに似た魔物が5、6匹集まっていた。ダイチは槍を構えた。ジャッカルの魔物の赤い目と目が合う。緊張が走る。ジャッカルの魔物たちは、狼の魔物を食らい始める。狼の魔物の肉が目的で、敵意は無いようだ。ダイチは少しずつ後ずさりをしながらその場を離れた。


 弱肉強食を思い知らされた。力の強いものが弱いものを捕食する。これが魔物の絶対的なルールだ。元冒険者のバイカル親方から聞いた話だと、魔物は捕食目的の他にも、人間などをハンティングするそうだ。食べるためではなく、殺戮目的で襲い掛かる。これが魔物の恐ろしい本能だという。

 

 川幅は少しずつ狭くなり、水面から大きな岩が重なるように突き出ている場所もある。そのような岩に手を掛けながら慎重に越えていかなければならない。背丈を超える岩に登ったとき、カチカチと岩の下から音がした。2つの大きなハサミを持ったカニの魔物だった。体長は20センチ程だ。よく見るとカニの甲羅の後ろから尻尾が伸び、その先は鋭く尖っていた。サソリの尾に似ていた。

 「こいつは間違いなくあの尻尾の先に毒があるな。カニサソリってところだな」

と、ダイチが考えていると、出て来るは出て来るは、ダイチの立っている大きな岩と重なるいくつかの岩から無数のカニサソリが湧きだしてきた。ダイチの立つ大きな岩は無数のカニサソリに囲まれ、逃げ場はない。カチカチとハサミを鳴らし威嚇しながら近づいて来る。

 「うぁ、この岩に登ってきた」

 黒の双槍十文字を振りながら、カニサソリを切り落としていく。槍はカニサソリを切ると同時に刀身に触れた岩までも切り落としていく。

 ダイチの立つ大きな岩の表面は、カニサソリで覆われる。足元に辿りついたカニサソリは尻尾の尖った先の毒針でダイチの足を狙う。カンカンと音がする。

 「やられる。数が多すぎる」

 ダイチは川めがけて高く飛び跳ねた。体をひるがえし、カニサソリに覆われた岩を見た。

 ゾーブ

 「エクスティンクション」


 大きな岩の内部の1点へダークエネルギーを召喚した。反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは1点からイメージしたゾーブと同じ3メートルの球体まで一瞬にして膨張し、その球体は瞬時に1点に収縮して消えた。無数のカニサソリに覆われた大きな岩は消滅していた。

 ドボーンという大きな音とともにゴボゴボと音が聞こえる。

 ダイチは、水流に抗うが風に舞う木の葉のように錐揉みで流される。

 黒の双槍十文字を持ったまま手足を動かして水中で泳ぐ。

 左手が岩にかかる。

 水流に抗いながら、水面から顔を出す。

 ブハッ、大きく息を吐いて、呼吸を始めた。水深は腰位だった。岩にしがみつきながら岸に上がった。

 フーと息を吐き、水に濡れたソードや黒の双槍十文字を上下に振って水を掃った。30メートル程流された。

 ダイチは上流に向かい再び歩き始めた。

 「ゾーブをエクスティンクションのイメージとしてバリエーションに加えておいてよかった」

 ダイチはエクスティンクションの効果範囲設定のために、パチンコ玉、ピンポン玉など大きさの異なる具体的なイメージを考えておいた。ゾーブはその中の1つで、球の中に人が入って転がっていく直径3メートルちょっとのアトラクション用の球体だった。

 生き残ったカニサソリを警戒して森の斜面を迂回した。10メートル程下に見えるエクスティンクションの跡は、既に水が流れ川の一部となっていた。

 時折、魔物の声が森と川に響く。川沿いには黒曜石の他に龍神赤石もいくつか見かけた。風も冷たくなってきた。ダイチは立ち止まり、アイテムケンテイナーから服を取り出して乾いた服に着替えた。それから水をゴクゴクと飲み、喉の渇きを潤した。ベグルを頬張りながらキリセクレ山を見上げ、大きく息を吐くと、また歩き出した。


 体が重く感じて樹に寄りかかると、空はもう日が沈み始めていた。

 「このまま夜を迎えたら、夜行性の強力な魔物のエサにされるな。どこか寝られる場所を確保しなければ」

 ダイチは川沿いにある小高い絶壁を発見した。

 「あそこなら、なんとかなるか」

 絶壁の真下に行くと、

 「固そうな岩でできているな。よしここで夜を明かすか」

 ダイチは絶壁の高さ2メートルのところを見上げ、

 ビーチボール

 「エクスティンクション」

 絶壁の高さ2メートル弱の穴によじ登った。

 大玉

 「エクスティンクション」

と、それからはリキャストごとに大玉をイメージして4回唱えた。

 エクスティンクションで開けたビーチボール大の入口に、中は直径1メートルちょっと、深さ3メートル程の洞窟に入った。狭い入口から中にかけて、龍神赤石をバラバラと撒いた。

 「この辺りの魔物では、龍神赤石の魔物除け効果はないかもしれないが、気休めだ」

 念のために、避難用に洞窟の奥に横へ伸びる穴も開けておいた。いざとなったら、この穴に入り、顔だけだしてエクスティンクションもありだと考えた。

 ランプを灯してクローを取り出した。

 「キリセクレ山には、だいぶ近づいたな。明日には麓まで行けそうだ。クロー、カミュー様の住む洞窟の入口って分かるか」

 「カミュー様の住む洞窟の入口を示せ」


 カミュー様の住む洞窟の入口を示す

       

   ◎印のところである。

            

 「クロー、これ地図じゃないか。地図も出せるのか。文字でしか示せないと思い込んでいた。助かる」

 大まかに描かれた地図ではあったが、この川の上流で間違いない。

 「現在の月日と時間を示せ」


 現在の月日と時間を示す

       

   7月4日 午後6時12分

 

 最後に俺のステータスを確認した。


氏名:野道 大地   年齢:25歳   性別:男性   所持金:10,210,446ダル

  

  種 :パラレルの境界を越えたホモ・サピエンス


  称号:黒の双槍を鍛えし鍛冶職人


  ジョブ・レベル:召喚術士・レベル   19

           鍛冶上級職人・レベル 51


体力     253

魔力       1(固定値)

俊敏性    146 

巧緻性   1062

カリスマ性  513

物理攻撃力  172

物理防御力  158

魔法攻撃力  164

魔法防御力  215

 

  生得スキル

   アイテムケンテイナー

無属性魔法


  ジョブスキル

   召喚無属性魔法:エクスティンクション

   整形の妙技


  特異スキル

   学び


 「だいぶ上がっているな。鍛冶上級職人がレベル51、召喚術士がレベル19か。鍛冶上級職人がこんなにレベルが上がっているのは嬉しい。職人冥利に尽きるな。今日の戦闘で、カニサソリは数百匹単位で殲滅したから上がったのか。ステータスの巧緻性とカリスマ性もかなり上がっているけれども、元々の個性やジョブで上がりやすいステータスと上がりにくいステータスってあるみたいだな。召喚術士は、エクスティンクションがあるので巧緻性が高い設定なのは分かるが、カリスマ性が高いのは見当もつかないや」

 ダイチは洞窟の中で安心すると、空腹と疲れ、寒さを感じた。パンのベグルにハチミツを付け、サラーミンを挟んで食べた。疲労した体がエネルギーを求めたのか、食欲が増していてベグルを5つ食べた。食後には、ハーフコートに包まりながら泥のように寝た。


 「怯むなー。盾の壁を作れ」

 「魔法兵は下がれ」

 カリスローズ侯爵がダイチの援護に派兵したドリアド兵30名は、キリセクレ山を目指していた。ここはダイチの寝ている洞窟の後方7キロメートルの地点だった。

ドリアド兵は、川岸近くの森に野営できそうな場所を見つけ、そこにキャンプを張っていた。そこを夜行性の強力な魔物に急襲されたのだ。

 体長3メートルのコウモリに似た魔物は、ドリアド兵を後足で鷲掴みにすると、高く舞い上がり森の奥へと連れ去っていく。体長20メートルの蛇のような魔物は、双頭の鎌首を持ち上げ襲い掛かり、その牙の毒で兵を麻痺させ、丸呑みにしていく。背中に角が生えた体長3メートル半ばはあるモグラのような魔物は、盾を構える兵たちを、その爪で盾もろ共切り刻んでいく。夜行性の魔物たちは、圧倒的な力でドリアド兵を蹂躙していく。

 魔物たちは、連携しているのではない。それぞれがここにいる兵を捕食目的あるいは、ハンティング目的で集まっているのだ。

 「リンド隊はザザイ隊をサポートに向かえ」

 「あの2本首の蛇の魔物に魔法を集中しろ」

 「アイゼン隊は少し下がれ」

リップ隊長の指示が飛ぶ。

 ドリアド兵は経験豊かなリップ隊長の指示の元で善戦していた。魔物を剣で切る、槍で刺す、火の魔法で焼き殺す、盾の壁で防ぐ、傷ついた兵を庇う。だが、かがり火の橙色と濃い影が揺れる森の世界で、連携によってその儚い命を繋ぐのがやっとであった。ドリアド兵30名は徐々に人数を減らしていった。

魔物たちの殺戮は、夜明けが近づくまで続いた。生き残ったドリアドの兵は、13名であった。そのうち3名は重症だ。この世界における部隊全滅と認識される半数の死者を越える消耗となっていた。兵には未開の森で生き残るための知識と術が不足していたのだ。

 カリスローズ侯爵は治世では非凡な才能を発揮しているが、戦の知識や戦術、経験のいずれもがメルファーレン辺境伯と比べようもなかった。キリセクレ山を目指し、わずか兵30名を派兵した判断が甘かったのだ。

 「退却だ」

 リップ隊長が静かに言った。東から日が昇り始めた頃、その男に付き従うのは傷を負った兵ばかりであった。


 7月5日朝。

 ダイチは寒さに震え目が覚めた。吐く息が白かった。空は真っ青に澄み渡り、白い雲がいつもより近くにあるように感じた。ダイチは真っ青な空に向かって手を伸ばし白い雲を掴もうとしてみたが、届くはずもなかった。

 森は静かな朝を迎えている。樹の枝は四方に伸び青と緑の葉を茂らせた豊かな深い森だ。時折、小鳥がいるのだろうか、チチチチッと鳴き声が聞こえた。キリセクレ山の槍の穂に似た山頂付近には、雲がかかっていた。麓は森の樹々でまだ見えない。

 「クロー、ここが魔物の住む森とは思えない程のすがすがしい朝だ。少し寒くないか。俺は、この弱肉強食の世界に来て、生きることが難しいと感じていたけれど、たくさんの人に支えられてここまで生きてこられた。スキルを使って、生き抜く自信も湧いて来た。命の儚さと尊さを実感して、命のある限り、逞しく生き抜かなければならないと考えている。クロー、今のは俺の決意だ」

と、宣言をしてみたものの、恥ずかしを感じて口元を緩めた。

 朝食をとると、龍神赤石を回収し、雨除け用のグレーの皮のフード付きコートと防寒用のダークグレーのハーフマント、皮の黒手袋をはめて外に出た。ダイチはコートのフードを被ると歩き始めた。

 しばらく川沿いを歩くと、川幅2メートル程と狭くなってきていた。黒曜石に混じって龍神赤石も光っていた。

 急に自分が日陰になった。ダイチは反射的に頭上を見上げた。太陽の光の中を黒い鳥らしきものが急降下してくる。

 「眩しい・・・」

咄嗟に、その黒い鳥に向かい、

 サッカーボール

 「エクスティンクション」


 黒い鳥はそのまま落下して川岸に叩きつけられる。その鳥は頭から首にかけて赤色、胸は黄色、翼は青色の体長4メートル程の鳥だ。目と嘴の根元辺りはエクスティンクションによって消失している。

 「まるで、翼竜みたいだな。こんなのに襲われたらひとたまりもない。空も警戒しなければならないのか」

と、考えていた。空には多くの鳥の魔物が飛んでいた。無属性魔法エクスティンクションのリキャストカウントが0になると、また歩き始めようとした。

 その時、川沿いの斜面からバキバキバキと樹の枝を折りながら、何かが滑り落ちて来る。ドドーンと川辺に着地すると、それはサイに似た魔物だった。

 ブホホホオ

と、荒い息とも叫び声とも分からない音を出すとこちらに向かって突進して来た。

 「ビックサイ!」

思わずそう叫んだ。体長はバス程で鼻先に並んだ2本の角の他に額からも1メートルは超える2本の角が出ていた。猪突猛進の圧力を感じ、怯みそうになる。

 地球儀

 「エクスティンクション」


 サイは前足の膝を付き倒れるようにしてそのまま滑って来る。

 「うあぁぁぁ」

 ダイチは夢中で横に跳ぶ。

 サイは転がるようにして止まる。

 あまりの驚きにリキャストカウントが分からなくなってしまった。

 これはかなり強そうだ。そう思っていると再びバキバキバキ、バキバキ、

 「え、まさかもう1匹・・・・」

 ドドーン。ドドーン。ドドーン

 「これはまずい。3匹も来た。魔物は群れないはずでは・・・・」

そんな現実逃避は無意味だ。

 「先手必勝だ」

 地球儀

 「エクスティンクション」


 着地したばかりのビックサイ1匹が崩れるように倒れる。

 残りの2匹が、ブホホホオと叫び声のような音を出す。

 2匹は角の生えた頭を上下に振る。

 2匹並んで突進して来る。

 「速い」

 黒の双槍十文字を構える。森の斜面から3度目のバキバキバキと音を感じる。

 「えええ、またか。合計5匹?」

 2匹のビックサイは頭を下げて額の角で突き刺すような体勢で体当たりして来る。

 ダイチに近づいて来ると標的が小さいのでビックサイの肩と肩が接触する。

 ダイチは左に跳びながら黒の双槍十文字を横に払う。

 ドドーンと5匹目が森の斜面から河原に着地する。

 左側を走るビックサイの右足上部から腹の一部を切断、そして右後ろ足にも大きな傷を負わす。

 ドドーンと6匹目の着地音がする。

 左側の前足を切断されたビックサイはバランスを崩し倒れたまま滑る。

 右側のビックサイは俺を通過してから、こちらを振り返る。

 左側のビックサイは、川沿いの斜面に接触すると衝突音がしたが、土埃を上げて滑り続ける。

 右側のビックサイは俺をめがけ突進を始める。

 地球儀

 「エクスティンクション」


 右側のビックサイは地面に腹をついて動かなくなる。

 左側のビックサイは右脚と腹を切られたため、倒れたまま苦しそうな唸り声を上る。

 俺は新たに斜面を滑り落ちて来たビックサイ2匹を視界に捉える。

 2匹のビックサイは前後になり突進する。

 「先頭のビックサイをかわしても、後ろにいるビックサイに跳ね飛ばされるな」

 前後になって走るビックサイ2匹が目前に迫る。黄色い眼に縦長の小さな瞳がダイチに殺気を放つ。

 先頭のビックサイの体と接触する程の距離で右側に避け、左前足を双槍十文字で払う。

 先頭のビックサイは左前足を失い、ガクッと下顎を地面に打ち付け前のめりとなり、ダイチの方に傾きながら逆立ちのような体勢になる。

 後方を駆けるビックサイがわずかに体をひねり俺めがけて突進する。

 先頭のビックサイの体は、後方のビックサイの視界を遮る。

 後方のビックサイが前方のビックサイの浮いた腹あたりに接触する。

 後方のビックサイの頭が下から上へと動き、前方のビックサイを高く跳ね飛ばす。

 ダイチは後方のビックサイの上がった顎の下に滑り込む。

 後方のビックサイの腹が仰向けのダイチの上を通過する。

 体の下へ滑り込んだダイチの右手にあった黒の双槍十文字を、後方のビックサイが左前足で蹴飛ばし、 黒の双槍十文字が回転しながら宙に舞う。

 方にいたビックサイが地面に背中から落ちる。

 後方にいたビックサイが通り過ぎて、慌てて向きを変えようとる。

 ダイチは通り過ぎた後方にいたビックサイの尻から腹の部分を見る。

 大玉

 「エクスティンクション」


 走り去った後方いたビックサイが悲鳴を上げる。

 ダイチは立ち上がろうと体を起こし始める。

 ダイチは立ち上がり双槍十文字を探す。

 前方にいたビックサイも起き上がろうとする。

 後方にいたビックサイは断末魔の叫びをあげる。

 ダイチは川辺と森の境に刺さっていた双槍十文字を見つける、。

 前方にいたビックサイは立ち上がったが、左前足を失い、腹には深いダメージを負っていてうまく動けない。

 後方にいたビックサイはそのまま倒れ絶命する。

 ダイチは双槍十文字に向かって走る。

 前方にいたビックサイは体を上下に振りながらこちらへ向かってヒョコヒョコと歩き始める。

 ダイチは双槍十文字を右手で握る。

 前方にいたビックサイはダイチに向かいヒョコヒョコ歩いていたが、体が上下に動き、痛々しい程にスピードは出ていない。

 ダイチは近づいて来る前方にいたビックサイを見る。

 前方にいたビックサイは徐々に近づく。

 ダイチも歩きながら前方にいたビックサイに近づく。

 ダイチは更に近づく。

 前方にいたビックサイは首を下にし、角で俺を突こうとする。

 ダイチは前方にいたビックサイの額に双槍十文字で止めを刺す。

 ビックサイは静かに倒れた。

 ダイチは、苦しそうな唸り声へ顔を向けた。

 前の3匹のうち左側にいたビックサイが倒れたまま苦しそうな唸り声を上げていた。

 ダイチは静かに歩き近寄った。そして、

 地球儀

 「エクスティンクション」


 苦しそうな唸り声を上げていたビックサイはそのまま動かなくなった。

 「・・・・・」

 俺はやりきれない気持ちを噛みしめていた。


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