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第14章 魔人現る

 第14章 魔人現る


 「できたぞ。ダイチ」

鍛冶場にガリムが飛び込んできた。

 ガリムに黒火石を焼いて燃料を作ってほしいと依頼してから丁度1週間目の昼過ぎのことだった。ガリムは馬車を飛ばしてこの鍛冶場に来た。

 「できたんですか」

 「あたりまえじゃ。誰に頼んだんだ」

何の騒ぎかと、ムパオとバル、ナナイ、モルモが集まって来た。

 「見せてもらえますか」

 「ああ、外の馬車まで来い」

と、ガリムの満足げな表情に続き、職人たちへバイカルの一言が、

 「お前たちは作業に戻れ。キロとクリ、一緒に来てくれ」

と、2人を作業場から呼び、ガリムとダイチの後に続いた。

 「これを見ろ」

 ダイチは、黒火石の火力を高めるためには、黒火石を焼くことをガリムに依頼したが、失敗も覚悟で黒火石を馬車1台分用意した。馬車の荷台には、1/3程のコークスに似た物があった。

 「ちと、量が少なくなってはおるがな」

 「ありがとうございます。予想以上です」

 「ふふふ、最初のうちは何度も失敗したんじゃ、儂も苦労のかいがあったわい」

 ダイチは馬車に積まれたコークスと似た物を手に取って、

 「私の国ではこれと似たものをコークスと言うのですが、これに名前を付けましょう。ガリムさんの名前を取って「ガリクス」。どうでしょう」

 「ちと照れるのう・・・・じゃがよい名前じゃ」

 「黒火石からこれを作る技を会得したのですね」

 「そうよ、あの黒火石さえあれば、いくらでもガリクスが作れるぞい。黒火石を焼く火力と時間を何度も試した結果じゃ」

 ガリムもガリクスの名を気に入ったようだ。ダイチは、ガリムの技術と技能に感謝した。

 「ガリムご苦労。そしてダイチ、やったな」

 「ふふふ、儂も楽しかったぞい」

 「「このガリクスで炉に火を起こして、アダマンインゴットを作ればいいのね。まだ、できると決まったわけではないけど、ここからは私たちの仕事」」

 「早速、火力を試してもいいですか」

ダイチは、ガリクスを握りしめながら言うと、

 「勿論だ。鍛冶場を使え」

 「「いえ、私たちの戦場はあの水車のついた作業場よ。果報は寝て待てと言うじゃない。皆さんは、外で待っていてほしいわ」」

 「分かった」

 「よろしくお願いします」

 「儂のガリクスで頼むぞい」

 「「一世一代の大仕事ね。お酒以外でこんなにワクワクするなんて、何年ぶりかしら」」

と、2人で話しながら、ガリクスを作業場へ運び込んで行った。

 ダイチは、キロとクリの後ろ姿を祈るような気持ちで見送った。

 数時間後の夕刻、

 「「溶けたわ、アダマン鉱石が溶けた。これならアダマンインゴットができる。そうねー、3日、3日間待ってちょうだい」」

そう言い残すと、2人は喜々として作業場に飛び込んで行った。

 「第2段階は大詰めだ。吉報を待つしかない」

ダイチの言葉にバイカルとガリムは頷きながら、水車の付いた作業場を見つめていた。


 3日後。

 カリスローズ侯爵からの命令である剣100本の納期があと10日と迫っていた。

鍛冶場では、バイカルとムパオ、バル、ナナイがインゴットを溶かして剣の型に流し込む鋳造で剣を造っていた。殺気ただよう雰囲気の中で、モルモは笑顔で道具を用意したり、片づけたりしていた。鋳造の同じ作業が続いているのでモルモは、指示を待たずに自分で判断して働いていた。

 ダイチは、メルファーレン辺境伯から依頼された槍について考えていた。

 「メルファーレン辺境伯様がここに来られた時に、俺の槍を手に取って、刀身を2倍にとおっしゃっていた。俺の槍は刀身が35センチ程だったから、70センチか。結構長いよな。魔物を突くにしても長過ぎじゃないか」

 キロさんとクリさんにアダマンインゴットの精錬を依頼してから3日間、ずっとメルファーレン辺境伯から依頼を受けたときのことを思い浮かべて、槍のイメージを練っていた。

 「最高の槍を創造します。と俺は承諾したんだけど、創造って新しいものを生み出すって意味も含んでいたのだけど、依頼がこの刀身を2倍にということだったから、あまり奇抜なものにはできない」

刀身を2倍にする意味を考えていた。

 「ハーミゼ高原での戦いで、先頭に立つ銀色の鎧と深紅のマントがメルファーレン辺境伯様だよな。遠目からでも歴戦の勇士と分かる存在だったので、目が釘付けになっていた。戦闘の様子を興奮しながら、いや、憧れに近いものを感じながら見ていたよな。もう一度よく思い出すんだ。先頭でオークの軍勢に突撃して、すれ違いざまにオークの胸をこうやって刺して、その槍を抜きながらこう横に払って別のオークの喉元を切り裂いたんだよな。・・・・あ、そうか、そういうことか。だから刀身を7〇センチにしたいのか」

 依頼者の願いが見えて来た。

 「それなら、刀身のイメージが湧いてくる。これでいこう」

と、ダイチが考えていると、

 「「できました。すばらしい硬度のインゴットです」」

喜びに溢れた叫び声だった。鍛冶場の視線は一斉にキロとクリへ注がれた。

 「手を止めるな。鉄が冷める」

バイカルの一言で職人たちは作業を始める。ダイチとバイカルはキロとクリの後を追うように歩きいて中庭の作業小屋へと向かった。

 金の延べ棒のような形のインゴットが九つあった。

 「これがアダマンインゴットなのですね、ありがとうございます」

 黒光りする見事なアダマンインゴットだった。手に取るとずっしりと重みを感じた。

 「アダマンインゴット。ついにやり遂げたな。ご苦労だった、キロ、クリ」

バイカルは、キロとクリを見つめ頷いていた。

 「「私たちの一世一代の大仕事だったわ。次はダイチ、あなたの番よ」」

ダイチは、キロとクリの言葉に背筋を伸ばし、黙って頷いた。


 それからダイチは鍛冶場に籠った。

毎日、午前6時前から日付が変わるくらいまで籠った。一心不乱に打ち込んだ。ダイチは時間の感覚さえなくなっていた。

 ダイチの頭には槍の刀身のイメージと工程だけがあり、

 「俺の命を込める。受け取れ!」

魂の叫びだった。

 イメージと異なる場合には、初めから打ち直した。工程が進み、形の整形まで進んでもやり直した。何度も何度も。そこには妥協はなかった。打ち直すたびにイメージに近づくことが喜びだった。

 通常の精神状態であったら、筋肉の悲鳴を、心身の疲労を感じ取っていたに違いない。今のダイチの魂はアダマンインゴットの鍛造の中にあった。

 「おい、何日目だよ。心がぶっ壊れるぞ」

 「お前、少し休むように言って来いよ」

バルとナナイがお互いの腕を押し合いしていると、

 「正に魔人だな」

と、ムパオが独り言のように呟く。

 「「魔人だ」」

バルとナナイが頷く。

 バイカルも、

 「俺が子どものころ悪さをするたびに、魔人が来るぞって親から言われていたけれども、あの眼力と気迫は正に魔人だ」


翌日の昼過ぎ。

 「ダイチを止めるぞ。さすがに体力の限界だ」

バイカルの言葉で、鋳造をしていたムパオとバル、ナナイ、モルモも頷く。

 ダイチは右手に持った真っ赤に熱したアダマン製の刀身を一気に水の中へ入れた。辺り一面に水蒸気の白い煙が立ち込める。

 ダイチは、刀身を顔の前まで寄せて、黙って刀身の元から先までなめるように見ている。その目は魔人の眼だった。 

 モルモはダイチの元へ歩み寄ると、ダイチの肩に手を当て、ダイチの目をじっと見つめ微笑んだ。ダイチは魔人の眼のままモルモの目を睨む。モルモに恐怖が走った。

 「まずい、モルモが危ない。ダイチやめろ」

そう叫んで皆が駆け寄る。

 ダイチは魔人の眼でモルモの目を睨んだまま、

 「できた・・・・。モルモ、できたよ」

ダイチは、笑顔でモルモに喜びを伝えた。

 「よかった。ダイチさんが心配だったの」

モルモはそう言ってダイチにしがみついた。

 「ふー、やったか」

バイカルは息を吐いた。

 「何か拍子抜けだな」

 「ここは完成を喜ぶべきだよな」

ムパオとバルもほっとしている様子だ。

 「まあ、最後の研磨が残っているがな。アダマンをどうやって研磨するかは、ダイチのことだから考えているだろう。さ、俺たちは剣100本の残りだ、気合いれていくぞ」

バイカルが嬉しそうに激を飛ばすと、

 「「おー」」

と、ムパオとバルが続いた。

 しかし、ナナイは微動だにしない。そして、

 「・・・・モルモがしゃべった」

あんぐりと口を開けながら、モルモを指さしていた。

 それからダイチは部屋で泥のように寝た。


 翌朝。

 カン、カン、カンと鍛冶場に音が響く。

 「あれ、もう鍛冶場から音がするぞ」

 「誰だ」

 「皆ここにいるしな」

 「・・・・」

ムパオとバル、ナナイ、モルモの4人が鍛冶場の戸を少し開けて覗き込む。

 「「「何やってんだー。ダイチ!」」」

 4人はダイチに駆け寄り、

 「ダイチ、昨日完成したって言っていたよな。研磨はまだ残っているけれど」

 「何でまたアダマンインゴットを叩いているんだよ」

 「お前、体は大丈夫なのか」

 「・・・・・」

 「はい、大丈夫です。閃いたんです。そうしたらもう、じっとしてられなくて」

 「ほっとけ、やりたいようにやらせてやれ。ダイチの仕事だ」

後ろから声がした。4人が振り向くとバイカルだった。


 それから2日後。

 ダイチの槍の納期まであと9日。剣100本の納期まであと2日。

 100本の剣は、ついに完成し馬車に載せている。本日中にカリスローズ侯爵に納品する予定だ。これでバイカル鍛冶屋は平常営業となる。

 バイカルがダイチへ近づいて行くと、

 「よし、できた。後は研磨と槍の柄を付けるだけだ」

 「ダイチ、ついにやったか。な、な、なんだその槍の刀身は・・・・」

バイカルが驚きの声を上げた。

 「実はですね・・・・」


 「それから、バイカル親方にご相談があります。これから刀身の研磨と柄をつけてからメルファーレン辺境伯様に納品に行ってまいります。いきなりでは失礼ですし、何より、メルファーレン辺境伯様が自ら出来栄えを確認したいと思います。ですから、事前に納品日を文書にてご連絡したいと考えているのですが、その文書配達の依頼をお願いしたいのです」

 「むう、それはもっともだな。では、文書配達店にモルモを行かせよう」

 バイカルは、モルモに指示と配達代金を渡した。ダイチは要件をしたためると、今日の日付を記入してモルモに渡した。モルモはニコッと笑顔でこちらを見ると鍛冶場を走って出て行った。

 文書には、注文の槍は、あと研磨と柄をつけるのに4日間、その後すぐにタフロンのメルファーレン辺境伯様の元へ向かうので旅程を3日間、計7日間の後に納品のため伺いたいとの内容であった。

ダイチは、アダマン製の刀身の研磨に取り掛かった。アダマン製の刀身は、砥石では研磨できないので、アダマンインゴット製の砥石を利用していた。


 3日後。メルファーレン辺境伯の元へダイチが納品に出発する日。

 「よし、全て完成だ。槍の柄の素材には、前回と同じく最適の赤カーシだ」

 赤カーシの柄は大剣の一振りをも受け止められる最も強度の高い木材だった。事前にメルファーレン辺境伯ご注文の槍の柄に使うことを木材店に連絡し、選りすぐりの赤カーシを加工し、納品してもらっていた。その納品された10本の中から更に厳選した赤カーシの柄だ。

 「ダイチついにやったな」

 「ダイチ、おめでとう」

 「槍魔人ダイチ、おめでとう」

 「・・・・(ニコッ)」

 鍛冶職人の皆が肩を叩いたり、頭を叩いたりして祝福していた。

 「ついにやったな。儂もうれしいぞい」

 「「素敵な時間をありがとうね。今夜は祝杯ね」」

 「俺はこれからすぐ出発ですから」

と、思いながらも、ダイチはクスッと笑顔になる。ガリムもキロもクリも完成を祝うためにこの鍛冶場に集まっていた。

 「皆さんのお陰です。ありがとうございました。またご心配もおかけしました」

 「よい仕事をしたな」

バイカルは職人の厳しい眼で語りかけた。

 ダイチは1人ひとりと固く握手をかわした。この鍛冶屋の職人たちは、

「よいチームだな」

と、実感し、嬉しくも頼もしくもあった。

 「では、納品の準備をしてすぐにタフロンへ行ってきます」

 同行する予定だったナナイはもう旅支度でウキウキしていた。

 「ダイチさん、早く行こうぜ。早く」

 「穂鞘を付けて、槍を梱包してからね」

 槍の刀身にあたる穂をカバーする穂鞘も特注していた。メルファーレン辺境伯の紅のマントに合わせた深紅だった。柄の赤カーシとの色合いもよい。

 ダイチが槍に穂鞘をつけようとした瞬間、

 「できたかー!」

雷鳴のような声が響いた。

 トカドカと鍛冶場に入って来たのはメルファーレン辺境伯だった。これには鍛冶場の職人たちも虚を突かれて身動きができないでいる。

 「これはこれはメルファーレン辺境伯様、これから納品にお伺いさせていただくところでした。このような鍛冶場にメルファーレン辺境伯様がいらっしゃるとはもったいなく存じ上げます」

バイカルは恭しく挨拶をするが、ぎこちなさが溢れ出ていた。

 護衛の兵6人が慌てて鍛冶場へ駆け込んで来る。

 「挨拶はよい。あと3日も待っておられるか。それより槍だ。出来ているであろうな」

メルファーレン辺境伯は、歴戦の勇士だけが持つ迫力で、片膝を着いて控えているダイチだけを見据えて尋ねた。

 「はい、メルファーレン辺境伯様、すでに完成しております。これから穂鞘を付けるのみでございます」

 ダイチは片膝をつき口上した。

 「穂鞘は後でよい。それより槍だ」

 ダイチは片膝を着いたまま、アダマン製の黒光りする穂と赤ガーシの柄を持った槍を両手で掲げた。

 「これにございます。お検めください」

 「むう。大儀であった」

 メルファーレン辺境伯は右手で穂の長さ70センチ超の槍を握ると、穂を一瞥してから槍を横に払った、黒い閃きが宙を舞った。再び槍の穂を根元から穂先へと視線を移動させる。

 ダイチもバイカル親方も、そこにいる全ての者が息を飲む。

 「見事だ!」

メルファーレン辺境伯は片手に槍を携えたまま言った。

 「ありがたき幸せです」

ダイチが深々と頭を下げると、

 「ダイチと言ったな。注文通りの槍だ。アダマンの槍をよくぞ完成させた。だが・・・」

メルファーレン辺境伯の目には微かな曇りがあった。

 「だが、前見た槍の穂はこれよりも真っ直ぐに伸び鋭かった。この槍は穂先に向かい、微かに丸みを帯びておる」

 「メルファーレン辺境伯様のおっしゃる通りでございます」

 「何上で」

 「メルファーレン辺境伯様はそのような槍をお望みになっていらっしゃると推察したからです」

 「なぜ私が望むと」

 「槍の穂の長さを2倍にとおっしゃいました。より大きな魔物を突く、これは間違いのなことと考えましたが、真意はもっと他にあるかと推察しました。実は偶然にも先のハーミゼ高原の戦で、メルファーレン辺境伯様が騎馬隊を率いてオークの大軍に突撃する場面を目撃しました」

 「なんと、ダイチはあの場で共に戦っていた兵か」

 違います。メルファーレン辺境伯様、両軍の真っただ中で目が覚めて、共に戦うどころか、あなたたちから逃げ出した者ですよ。聞かないでください。

と、心でそう呟いた。

 「いえ、偶然あそこに居合わせただけです。メルファーレン辺境伯様は突撃すると、まず初めにオークの胸を右腕に持った槍で突きました。その槍を抜きながら横に払い、2匹目のオークの喉に切りつけました。そのオークは喉を切られて絶命しました」

 「それで」

 「恐れながら申し上げます。2匹目のオークは、首をはねるおつもりで槍を払ったと愚考しました」

 ビュッと槍が振られて、ダイチの鼻先で止まった。

 「お前は、私がオークの首をはねるつもりで、はねられなかったと言うのか」

 「はい、恐れながら」

 メルファーレン辺境伯の口元がわずかに緩み、槍を引き戻した。

「俺が望む槍は自由自在だ。突く、切る、払う。叩くが思い通りに出来る槍だ。この穂先のわずかな丸みでそれができるということなのだな」

槍の穂先をしげしげと見ている。

「はい」

 クローで確認済である。

 「大剣の槍。これが私の求めていた理想の槍ということか・・・・実に見事だ。よくぞ我が意を解した。ダイチ、褒美をとらす。望むものを言え」

 「その前にお見せしたいものがありますが、よろしいでしょうか」

 「構わん」

 「こちらです」

 ダイチは別の梱包を解き、その中身のものを差し出した。

 「ほー、何だこれは、珍しい穂先をしている槍だな」

メルファーレン辺境伯は、槍を手に持って一振する。この槍の穂は長さが40センチで、メルファーレン辺境伯の槍よりかなり短い。穂の根元には左右に15センチ程の刃が伸びていた。

 「はい、それは十文字槍といいます。穂の根元に左右へ伸びる刃があり、槍が十字に見える故に十文字槍です」

 「ほほ、これもアダマン製なのか」

 「アダマン製でございます。この槍も是非お納めください」

 「この槍をどう扱えばよいかは、穂の形を見れば分かる。槍は持ち主の戦い方に合わせるものだ。槍に合わせるものではない。この槍では私の理想の戦い方にはならん。」

 十文字槍をダイチに渡す。

 「しかし、その十文字槍も見事だ。どちらもアダマン製で、同じ刀工が鍛えた槍ならば双子の槍となる。二本を黒の双槍と呼ぶことにする。こちらを黒の双槍一文字、そちらを黒の双槍十文字とする」

 「ありがたきお言葉です」

 「ダイチに褒美として、黒の双槍十文字を授ける。黒の双槍十文字は我が領地での不問の証といたす」

ダイチは、あまりに思いがけないメルファーレン辺境伯の言葉に、異を唱える。

 「黒の双槍は、メルファーレン辺境伯様のような英雄に持っていただきたいと願うだけです。私には扱いきれません」

 「それなら、扱えるよう精進せよ」

メルファーレン辺境伯は、片膝を付くダイチを見下ろして命じた。

 「そのお言葉を心に刻み、精進いたします」

ダイチは深々と頭を下げて誓った。

 「バイカル見事であった。代金だ」

 「ははー」

そう言うと、メルファーレン辺境伯はもう出口に向かって歩き出していた。護衛の1人が重たそうな大袋をバイカルに渡した。

 メルファーレン辺境伯は一旦立ち止まり、振り返ると、

 「ダイチ、この黒の双槍一文字に免じて今回は不問とするが、唯一の槍から双槍としたことを、肝に銘じておけ」

 その言葉に鍛冶場は氷ついた。その空気の中をメルファーレン辺境伯に付き従い護衛6名が去って行った。

 「しまった。つい創作意欲が止められなくて。2本造ってしまいました。バイカル親方すみませんでした」

 「いや、メルファーレン辺境伯様は満足していたぞ」

バイカルはフッと笑顔を見せた。メルファーレン辺境伯は中庭で黒の双槍一文字を天に向かって掲げているに違いないと思った。大きな喜びを表現する時に、決まってする癖を知っていたからだ。

 「こ、怖かったー。メルファーレン辺境伯様はまるで魔人だ」

ナナイは、突然息を吐き出すと、震える声で呟いた。


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