33 人類の力
ゼクザールは、テラの髪を右手で鷲掴みにして持ち上げたまま夜空を見上げる。
「ちっ・・・神獣の新手か」
急降下をするカミューの背でダイチが告げる。
「あそこに人影が・・・暗くてそれ以上はわからない」
『あれは、魔王ゼクザールだ。我の魔法で屠る』
「カミュー、待て! 周りに人間はいないのか」
暗視ゴーグルを持っていないダイチは、薄暗い星明かりの下で尋ねた。
『魔王ゼクザールが人間を吊るしている」
『ダイチ、それはテラだ』
「テラ!」
『主、千載一遇の機会だ。テラは心配ない。我の雷魔法でゼクザールだけを・・・』
「馬鹿を言うな!
・・・カミュー、俺が魔王を倒す。俺を下ろせ」
ゼクザールから、迎撃の極炎が飛んで来た。カミューは、螺旋階段を下りるが如く、これを躱しながら降下を続ける。
ゼクザールは、極炎を巧みに躱すカミューを見て、魔法を変える。
「!」
ゼクザールの放った範囲魔法フェインツで、ダイチとカミューの動きが止まり錐揉み状態となる。
「カミュー、しっかりしろ」
アベイスグレイスの指輪で、自身への魔法を撃ち消していたダイチが叫ぶ。
続いてグラビティが、落下するカミューに着弾する。カミューは身動きが取れぬまま強力な重力に縛られた。
ドドーンとカミューが落下した。
「うぐぐっ・・・神龍の加護でなんとか無事か・・・おい、カミュー、クロー、起きられるか」
『ダイチ、ダイチの嵌めたアベイスグレイスの指輪で、私は大丈夫だが、カミューはグラビティに縛られている』
「・・・やはり、俺が倒すしかない」
グラビティに固定されたままのカミューの背から、ダイチは黒の双槍十文字を構えて立ち上がった。
「神龍でさえ抑え込むグラビティの範囲内で、なぜ、お前は動ける・・・」
ゼグザールは、テラの髪を掴んだまま、右手を伸ばしてダイチを睨む。
「なるほど、我の翼を消滅させたあの時の人間か・・・この小娘がいても魔法が撃てるかな」
「あ、テラの体でゼグザールの頭も上半身も陰になっている」
『ダイチ、エクスティンクションを撃てないのか』
ゼグザールは、ダイチに炎弾を次々と飛ばして来た。
ゼグザールは、最大の脅威となる神龍のカミューを、なおもグラビティで固定し続けているため、強力な魔法を唱える事ができないでいた。
ダイチは、炎弾を躱し、或いはアベイスグレイスの指輪でそれを消滅させながら、クローに返答する。
「・・・うお、・・・おっと。ああ、ゼグザールは、急所を隠している。・・・おっと、エクスティンクションをアバウトな狙いと効果範囲で撃てばテラも巻き込まれる・・・」
『とにかく動いて隙を作り出せ』
「クロー、アベイスグレイスの指輪があっても、魔法を躱すには限界がある・・・おっと」
『焦ってエクスティンクションを無駄打ちするな。リキャスト9秒の隙をゼグザールは見逃さないぞ』
「分かっているが・・・テラも心配だ」
その時、メルファーレン傘下の第3連隊重装歩兵6000が、雄叫びを上げて魔族軍に突撃を開始した。その隊から重装騎兵十数騎がゼグザールの下に馬で駆けて来る。
ゼグザールは、ほんの一瞬だが、重装騎兵に目をやった。ダイチは、この隙を見逃さなかった。
ソフトボール
「エクスティンクション」
ゼグザールの右手首が消滅する。
ダイチは、エクスティンクションのリキャスト9秒を心でカウントを開始する。
ダイチにとって9秒は果てしなく長く、それは時が止まり永遠に続く時のような感覚となり、全てがスローモーションのように見える。
9
ゼグザールの視線がダイチを捉える。
ダイチは、ゼグザール目指して全力で駆け出す。
テラは、吊るされた状態から地面に落下し始める。
重装騎兵たちが、騎馬を加速させて迫って来る。
8
ゼグザールが、炎弾をダイチに撃ち込む。
ダイチは、左手を前に出して、炎弾をアベイスグレイスの指輪で消滅させながらなおも接近する。
テラは地面に落ちる。
7
ゼグザールがフェインツを連射する。
ダイチは、アベイスグレイスの指輪で消滅させるが、カミューにはフェインツが着弾する。
地面に転がるテラが「・・・うぅ」と声を上げる。
重装騎兵数人が、地に倒れているメルファーレンに迫り、馬上から飛び降りる。
6
ゼグザールが無数の岩柱を地面から突き出し、ダイチの前進を止めようとする。
ダイチは、黒の双槍十文字でこの岩柱を根元から切断して、駆け寄りながら叫ぶ。
「テラー!」
重装騎兵がメルファーレンを抱きかかえる。
カミューは、フェインツで身動きができない。
5
ゼグザールは、究極炎魔法フレアを唱えると、頭上高くに炎の大球が浮び自転を始める。
ダイチは、黒の双槍十文字でゼグザールの腹を突きながら叫ぶ。
「テラ、飛べ!」
重装騎兵がメルファーレンを抱き起す。
4
ゼグザールは、究極炎魔法フレアを唱えながら、ダイチの突き出す槍を躱そうとする。
ダイチの槍の穂先は、ゼグザールに躱されるが、右に延びた刃がゼグザールの右わき腹を切断する。
テラは、ダイチの叫び声で目を開けると、無属性魔法ムーブメントで瞬間移動する。
重装騎兵に抱きかかえられたメルファーレンが、瞼を開ける。
頭上の炎の大球の周りには、炎の輪ができ回転する。
3
ゼグザールは、左腕でダイチの腕を抱え込む。
「ぐあぁぁ」ゼグザールの左腕に絞められたダイチの右腕の骨が折れ、黒の双槍十文字を落とす。
渦巻く炎の輪が雲の様に広がり、空一面を覆っていく。
メルファーレンは、右手を高々と突き上げ、炎の雲を指さす。
2
「人間たちよ、フレアの獄炎で消滅せよ」ゼグザールは、フレアの詠唱を完了して笑みを浮かべながらダイチの瞳を覗く。
ダイチの顔は苦痛に歪み、その瞳に動揺の色が出る。
カミューは、フェインツで身動きができない。
重装騎兵たちが顔を上げて腕を伸ばす。
1
ダイチは、ゼグザールの瞳を見ながら藻掻くが、ロックされた右腕が抜けない。
差し込む青と緑の光と共に、フレアの渦巻く炎の雲が霧散する。重装騎兵たちがアベイスグレイス鉱石の光でフレアを消滅させたのだ。
霧散した獄炎の雲の跡から、ロック鳥に乗って急降下する者がいる。
0
フレアを消されたゼグザールは、ダイチを抱えたまま至近距離でフェインツを撃った。
フェインツによって、ダイチは硬直して動きが止まった。
ゼグザールは、胸の無色透明の石に右手を当てた。無色透明の石が強い光を放つ。ダイチは、ゼグザールに抱えられたまま、精気を吸い取られて手足がぶらりと垂れ下がった。
ゼグザールの失った右手首から新しい手が生えてきた。
「ふふっ、お前の生命力と全魔力を吸い取った。それでもまだ戦うと言うの?」
「・・・・う、ぐぐ・・・」
「楽にしてあげる」
笑みを浮かべたゼグザールの背後に黒い閃光が走った。テラが飛願丸でゼグザールの胴を撫で斬った。
テラの一振りは、ゼグザールがダイチを抱えているため、切断こそできなかったが、脇腹に深手を負わせた。
ゼグザールが振り向き、ダイチの体を盾にする。
「小娘・・・またしてもお前か」
ゼグザールは、風魔法風刃をテラに放った。テラは飛願丸で風刃を切り裂く。
「無駄よ。魔王ゼグザール、貴方の負けよ」
テラがそう言って、黒目で上を見上げた。
ゼグザールの瞳もテラの視線を追う。そこにはアダマント製の大薙刀『岩斬』を大上段に構えて降下して来るパンジェがいた。
「!」
ゼグザールは咄嗟に、ダイチの首根っこを掴み、盾として持ち上げた。
パンジェは、大上段に構える岩斬を振り下ろさず、その柄にあるオリハルコン製の石突でゼグザールの首元1点を突いた。岩斬の柄は、ゼグザールの首元から背に貫通する。
パンジェは、ゼグザールの両肩に足裏を置いて着地すると、跳ねる様にして、岩斬を引き抜いた。
「ぐあぁぁぁ」
ゼグザールの苦痛の声が夜陰に響いた。
がら空きとなったゼグザールの背にテラの飛願丸が煌めく。
「うがぁぁ」
テラの一撃でゼグザールの肩口がパクリと裂かれ、鮮血が飛び散った。
ゼグザールは、充血した瞳をしながら、ダイチを盾に使って後ずさりした。
「魔王ゼグザール、諦めなさい」
「オマエ、マオウカ? ・・・イノチ モラウ」
パンジェは、岩斬を頭上でくるくる回してから、その切先をゼグザールに向けた。
「・・・確かに、勝ち目はなさそうね。今回は撤退する。
だが、魔族の寿命は、お前たちに比べれば遥かに長い。
お前たちが死んでから、ゆっくりと策を練り、脆弱な人間たちを滅ぼせば良いだけの事」
「・・・人間は、ハァ、ハァ・・・それほど愚かではない」
ゼグザールが、盾として掴んでいるダイチの顔を覗くと、ダイチは左手でダンポーションの空き瓶を握っていた。そして、ダイチは、憐れむかの様な視線を魔王ゼグザールに向けている。
クローが叫ぶ。
『ダイチ、胸の無色透明の石を狙え』
ピンポン玉
「エクスティンクション」
魔力がわずか1の魔法使いであるダイチは召喚術師である。
召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。
ゼグザールの胸にある八方陣の中心に位置する無色透明の宝石から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。
球が目に見えた訳ではない。ダイチの想定した効果範囲であるピンポン玉大の直径4cmの透き通った球がその存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んだのだ。
その刹那、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。ゼグザールの胸にある無色透明の宝石が消滅していた。
「ぎぃゃぁぁぁぁぁーーー!」
ゼグザールは、白目になって甲高い悲鳴を響かせた。
「貴方の寿命が、私たちよりも長いなどとは、ただの幻想よ」
そう言葉を発すると、テラの飛願丸の黒い軌跡が閃いた。
ゼグザールの首が地に転げ落ちた。
その首が恨めしそうに、唇を動かす。
「魔族は滅び、人間の世界となるのか・・・」
ダイチは肩で息をしながら、ゼグザールの黒く透明な瞳を見て告げる。
「・・・ハァ、ハァ、に、人間や魔族の未来は、一人ひとりの考え方で変えられる」
「・・・我ら・・どうすれば・・よかった・・の・・か・・」
ゼクザールの首のない体は、崩れる様にして地に倒れた。
「それを一緒に考えたかったよ・・・」
「・・・一緒に・・・か・・・・・・・・」
ゼクザールの首が一瞬微笑んだ様にも見えたが、その瞳から命の光が消えていった。
ダイチは、魔王ゼクザールの顔を見ながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
沈黙の後に、ダイチの体がふらっと傾いた。パンジェが太い腕でダイチを支えた。
「ワレラ オークハ、アルジダイチニ デアイ ミライ カワッタ。
マゾクト チガウ ミライ ツクル。
マゾクノ フコウ ハ・・・」
テラがダイチの左肩を支える。
「パンジェ、貴方の言う通りだわ。出会いと選択で未来は変わるのね」
バサバサと翼を羽ばたかせて、テラの前にキュキュが舞い降りて来た。
「キュキュ、無事だったのね・・・良かったー」
テラは、キュキュの頭を抱きしめた。
『ママ、キュキュ ダイジョウブ。チカラ スワレテ ヨワッタ ダケ』
「無事で本当によかったわ」
テラが涙を浮かべ頬ずりした。
キュキュは、嬉しそうにキュキュ、キュイーンと鳴いて翼をバタつかせた。
『・・・ついに、ついに魔王ゼクザールを仕留めた。
しかも、人間たちの力で仕留めるとは、見事だ!』
ダイチの後ろからカミューがそう言うと、天を見てゆっくりと瞼を閉じた。
「・・・ああ、団結する力は、人間の最大の武器だ。
だが、それも心の拠り所となる神獣の支えがあっての事だ」
『ダイチ、まだ魔族と戦っている人間がいるぞ』
『そうよ。魔王ゼクザールを倒しても、まだ魔族軍が残っている。さあ、掃討戦よ』
マウマウが思念会話でダイチを促した。
馬上からメルファーレンが、ダイチを見て言った。
「ダイチ、人類の勝利は目前だ。
最後は、人類の力で魔族軍を殲滅する。
ダイチ、ここから離れろ。・・・神獣様は、この場から離脱ください」
「オマエ アノ アカマントノキシ!」
パンジェは、ファーレンを睨み、アカフチブラックドラゴンの鎧の上から胸に手を当てた。
「・・・我が槍を折った青のオークか」
ファーレンは、パンジェを馬上から見下ろした。
「カコハ カコ。ミライ カワッタ」
「人類が魔族を倒さねば、未来は変わらぬ。其方も共に参れ」
メルファーレンは、剣を抜いて天に向かって高々と掲げた。
「第1、第2、第3連隊後退!」
魔族軍と死闘を繰りひろげていたメルファーレン旗下の兵が、後退を開始する。魔王ゼクザールが討ち取られたことに気づいていない魔族軍は、その場でゼクザールの指示を仰ぎ待つ。
メルファーレン軍は、脱兎のごとく戦場を離れて行く。
ドゴゴーン、ドドーン、ドンドン、ドドーンと轟音が夜空にこだました。
森に伏せてあった第5連隊炸裂火炎砲300門が一斉に火を噴いたのだ。大地は炎に覆われ、天を焦がすばかりに真っ赤に燃え上がった。
魔力をほぼ使い果たした魔族軍は、飛行もままならず、砲弾から逃げ惑い、吹き飛ばされ、焼かれて行った。炎は夜の暗闇を照らし、大地の様子を鮮明に映し出していた。
肉の焼ける臭いが立ち込める大地に、メルファーレンを先頭に、その旗下の騎馬隊と重装歩兵が再突撃を開始した。
そのタイミングに合わせたかの様に、城塞都市ゴーゼルの司令官ブリンゲンが伏せていた5万の兵が南から突撃して来た。そして、第2防衛線から5万の兵も、魔族軍の北側から攻めこんで来た。
3方から挟撃され、魔族軍は混乱し、壊滅状態に陥った。飛行が可能であった魔族兵が飛び立って行く。
飛行して逃亡する魔族兵が、凍り付いて落下する。
慈愛神獣雪乙女ルーナの凍結の息吹が飛行する魔族を殲滅して行った。
ダイチが、ダイヤモンドダストが舞い落ちる空を見上げて呟く。
「ルーナか。城塞都市ジムダムの兵を率いて来てくれたのだな」
『グルルル、我らも南の魔族軍を殲滅して、ここに加勢に来たぞ』
『魔王ゼクザールの気配がないが、倒したのか?』
一寿もイフも駆けつけて来てダイチを見て話しかけた。
カミューが、頷きながら感慨深げに答える。
『おう、ゼクザールは、人間たちが自らの力で倒した』
『ぐはははは、誠か、人間の力で屠ったのか』
『グルルルル、800年前の人魔大戦で、我ら神獣たちでさえ成しえなかった事を人間の力で成し遂げるとは、驚きである』
ダイチは、一寿とイフに目をやりながら、クローをポンポンと叩いて言う。
「神獣たちの存在と助力があればこそ、我ら人間は魔族と戦えた」
カミューは、キョロキョロと辺りを見回しながらゆっくりと言葉を発する。
『・・・戦魔神ウラースの気配も完全に途絶えておるな』
テラが、カミューを見て問う。
「サクの気配はどう? ウラースと戦っていたはずなの・・・サクが心配」
『テラ、心配ない。サクは強い。・・・噂をすれば影だな、ほれあそこ』
カミューが指さす天には、愛馬黒雲に跨ったサクが、跳ねる様に飛んで来ていた。
「サクー! 無事だったのね」
『戦魔神ウラースは称賛に値する武を備えた魔神だった。
いずれ、ヴァルホルの地にて、再び相見える日が楽しみだ』
「うふふふ、良かった。
ねえ、魔族兵はまだ少し残っているけれども、助力しなくてもいいの?」
『テラ、これは人魔大戦だ。
最終的な勝利は、与えられるものであってはならぬ。自らの力で勝利を勝ち取らなければならない。それが、ダイチの掲げた目的の達成へと結びつく。
・・・それに、今は人間の英雄が指揮を執っている』
『クローの言う通りよ。
我々の真の目的は、魔族軍を殲滅する先にあるのだから』
マウマウがテラに告げた。
「・・・そうね。魔族軍に勝利は目標であって、その目的は、人類の平和と繁栄、そして自由で平等な世界の形成。人魔大戦は、そのための意識変革と行動だったわね」
ダイチが指さす。
「テラ、ほら、あれ。・・・魔族掃討戦にいつの間にか、デューンとガイ、パンジェたちが参加している。
・・・ティタンの民も、ルカの民も、オークも、エルフも、獣人も、ドワーフも、そして人種や民族、国籍を超え、互いに背を守り合って戦っている」
「・・・本当だわ」
『人間は、掌返しをする者もいるから注意が必要だ』
「クロー、それはそうだが、俺は人間を信じたい」
「私も」
『人間は、自分に都合の良いものしか見えないところがある。
願望もその原因の一つだ』
「クローは、人間を信じないのか」
『信じないとは言っていない。信じられない者もいると言う事だ』
「人間を信じたいと思ってはいるのか」
『その問いは無意味だ。
・・・私は、既に人間を信じている』
「クロー、お前は、本当に面倒な奴だな」
『ダイチの主観には、回答する気にすらならない』
テラは、ダイチとクローのやり取りを聞いていて、ぷっと噴き出した。
「何だい、テラ・・・よし、俺たちも人間として最後まで戦うぞ」
「はい」
ダイチとテラは、戦場に向かって駆け出して行った。
「うぉぉぉぉーーー!」
「ついにやったぞー!」
「魔族軍を倒したー」
「人間の勝利だー!」
「おおおーーーー!!」
「「「「「「うおおおおーー!!」」」」」」
何度も武器を天に掲げながら、兵士たちが発する歓喜の雄叫びは、夜の平原と森の木々を振るわせた。
兵士たちは、顔をくしゃくしゃにして、隣の者と抱き合いながら喜びを爆発させた。オークの胸にホモ・サピエンスが飛び込み、ドワーフと獣人、ホモ・サピエンスが肩を組んで、勝利の喜びを分かち合っている。
ティタンの民のデューンもルカの民のガイも、兵士たちと代わるがわる抱き合い、背中をポンポンと叩いていた。
やがて、兵士たちは気づいた。どの兵士たちも鎧が傷つき、ずれ落ち、刃こぼれした武器を手にしている。互いに眼を見つめ合い、ニヤリとしながら、奮戦と勇気を認め合う。
その場に篝火が焚かれた。その明かりの中央に馬に乗った騎士が進み出た。それは、メルファーレンであった。
騎乗で、人類連合南部方面軍特殊遊撃軍司令官メルファーレンが、剣を高々と突き上げた。
「おい、メルファーレン司令官だ」
「メルファーレン様だ。鎧も兜もボロボロになっているぞ」
「ああ、俺は見たぞ。騎馬隊の先頭を常に駆けていた真の英雄だ」
「メルファーレン様のお話があるようだ・・・静かにしろ」
「皆、メルファーレン様に注目しろ」
歓喜に沸いていた兵士たちの声が、波が引くように静かになっていく。
夜の平地には静寂が訪れた。
兵士たちは、篝火に照らされたメルファーレンに畏敬の念をもって注目した。
メルファーレンは、英雄らしく堂々と、そして良く通る声で言葉を述べる。
「勇敢なる人類連合軍の兵士よ。
我らには魔族軍侵攻という人類存亡の危機が迫った。
800年の長きにわたる安泰に胡坐をかいていたジパニア大陸の民は震撼した。
これに対して、我らは神獣様のご助力を得て、また、諸君の命を賭した奮戦によって、人類は魔族軍を撃破した。
諸君は、それぞれの国から選ばれた精鋭である。この勝利を祖国の王に捧げる事であろう。
諸君に問う。この勝利によってもたらされたものは何だ!
・・・・・平和と安寧だ!
諸君らは、魔族の脅威から人類を守った。それは、其方らの妻、子供、親、友人たちの命を守り、世に平和と安寧をもたらしたのだ。
勇敢なる己を誇りに思え!
更に問う。この勝利を勝ち得た理由は何だ。
・・・・・隣の兵士を見よ。
鎧は壊れ、剣は刃こぼれし、諸君の体もぼろぼろで今にも倒れそうだ。だが、それが共に死力を尽くして戦い抜いた英雄の姿だ。
其方ら一人一人の勇戦と隣にいる英雄たちとの共闘で勝ち得たのだ。
勇敢なる隣の英雄を称えよ!
そして、戦場に散っていった英霊を称え、安らかなる眠りを祈ろう。
・・・・・・・・・・・・・
ここに集う英雄たちよ!
この人魔大戦は・・・我々人類の勝利だー!!!
我々がこの手で勝利を掴んだのだーーー!!!」
「「「「「「「おおおおおおう!!」」」」」」」
「「「「「「「うおぉぉぉぉーーー!!」」」」」」」
メルファーレンは、騎馬を東に向けた。ファンファーレが鳴り響く。
メルファーレンは、剣を高く掲げる。
「諸君、勝どきだー!! エイ、エイ」
「「「「「「「オー!」」」」」」」
「エイ、エイ」
「「「「「「「オー!」」」」」」」
「エイ、エイ」
「「「「「「「オォーーーーーーッ!!!」」」」」」」
勝どきは地鳴りとなって、ゴーゼルの平原に響いた。
ダイチやテラ、デューン、ガイ、パンジェも腹の底から歓喜の雄叫びを上げた。
ダイチは、勝どきを上げながら、目から涙が滴り落ちていた。顔を皺くちゃにしながら、涙を隠すこともなく声を張り上げていた。
テラが、ダイチを見て声をかける。
「・・・ダイチさん、泣いているのね」
「ああ、俺たちが目指していたものに必要なものは・・・この一体感に感涙だ」
「・・・・・」
テラは、優しくダイチの肩を抱いた。
「・・・素晴らしい、本当に素晴らしいですね」
「俺たちの歩みは、間違っていなかった。この一体感が一時の熱であったとしても、成し遂げられるイメージが湧く」
「兵士たちの心にも、人間として共に生きる命という心が芽吹いたと思います・・・私はそう信じたいです」
テラは、兵士たちに温かな眼差しを向けた。
「ダイチさん、俺たちはついにここまで来ましたね」
そう言って近づいて来るなり、デューンがダイチと肩を組んだ。
ダイチはデューンとテラと肩を組みながら、デューンの頭を撫でて言う。
「みんなと勇敢な兵士たち、神獣のお陰だ」
ガイが、人差し指を左右に振って、
「チッ、チッ、チッ、まだやり遂げた訳ではない。これからだ」
と、デューンの胸を小突いた。
テラも頷き、
「私たちの目的はこの後ね。でも、今は、ミラディもキッポウシと一緒に喜んでくれていると思う」
と、夜空の星を見つめながら呟いた。
「きっとそうだな。ミラディは、人類のこれからを見ているだろうな」
ダイチがそう応じると、突然ダイチ背後から2本の太い腕が伸びてきた。その腕はダイチをきつく抱きしめた。ダイチの肩と背にはかなりの重みがかかった。
「アルジダイチ、オレタチ、ツイニヤッタ。マオウ タオシ。
モウ、ココニ カツテノ オークハ イナイ」
「オークがいない?」
ダイチが振り返ると、パンジェの顔は、目も口も一本の皺の様にくしゃくしゃになり、目から大粒の涙を流していた。
「あそこにオーク兵たちがいるじゃない。オークがいないってどういうこと?」
テラは不思議そうにパンジェに尋ねた。
「・・・ニンゲント ヘイワ。ナカマ。
・・・オークハ・・・オークハ・・・ニンゲンノ オーク トシテ ミトメラレタ」
ダイチはパンジェの太い腕を握ってから、
「その通りだ。互いに理解しようとする心が、両者の心の溝を確かに埋めた」
ポンポンと掌で叩いた。
パンジェは、ダイチの優し気な瞳を見て、大号泣を始めた。
「ウオォォン、オン、オン、ウォォォン・・・」
テラがパンジェの腰に手を回す。
「私もパンジェに会えて良かったわ」
「ウオォォーーン、オン、オン、ウォォォーーン・・・ヒクッ、ヒクッ、オレモダ、テラ」
デューンはパンジェの背によじ登り、パンジェの頭をくしゃくしゃに撫でる。
「俺たちはもう戦友だ」
「ウオォォォーン、オン、オン。センユウ」
ガイもパンジェの背によじ登り、パンジェの頭をくしゃくしゃに撫でる。
「パンジェ、もう泣くな・・・お前がそんなに嬉しがると、俺まで涙が出てきそうだ」
「ウオォォン、ウォォォン・・・」
「あははは・・・グスン・・・泣くなって・・・ううっ・・・バカヤロウ・・・」
ダイチの前にカミューとルーナ、サク、イフ、一寿が歩いて来た。
『主、我の願いを叶えてくれて感謝する』
「ん・・・魔王ゼクザール討伐か、それは俺の願いでもあった。こちらこそありがとう。
それに、ルーナ、サク、イフ、一寿、クロー、マウマウにも感謝している」
神獣たちは満足そうに笑みを浮かべた。
『我は、この戦いで人間の秘めた力には驚かされた。人間たちの祈りで、魔界神ディアキュルスに勝てたと言っても過言ではない』
「個人の武力では、勝ち目のない魔族軍を撃退できる数の力と結束力。その数を生かせることこそが最高の能力だと、俺は感じた」
『ダイチ、あとはその能力の使いどころだな』
「ああ、平和と繁栄、そして自由と平・・・」
「誰でもいいから、ダンポーションの余りがあったらちょうだい。
怪我をした兵士たちをすぐに回復しましょうよ」
テラの声に、皆が頷いた。
「クロー、話はあとだ」
ダイチは、ダンポーションを抱えて、駆けて行った。
「人類連合の勝利、魔族軍壊滅」の速報は、ジパニア大陸及びユメリア大陸を瞬く間に駆け巡った。
この勝利を受けた国家及び民衆は、安堵と歓喜に沸いた。
数日後には、第2次人魔大戦の戦地となったザーガード帝国において、人類連合で戦死した英霊に対する慰霊式、及び人類戦勝祭を執り行う報が大陸に流れた。
<次話 完結>