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32 魔王の首級を狙う猛者たち

 メルファーレン侯爵率いる第1連隊騎馬隊は、まるで1匹の巨大な魔物の様に魔族軍に襲い掛かった。その突撃を、魔法騎士兵が最後の魔力を振り絞った範囲重力魔法グラビティとアベイスグレイス鉱石の光がサポートしていく。

 振り向く魔王ゼクザールの瞳に、魔族軍を蹂躙する騎馬隊の先頭を駆けるメルファーレンが飛び込む。メルファーレンの瞳は、ゼクザールしか映っていなかった。

 ゼクザールとメルファーレンの間に魔族兵が雪崩れ込んで来る。メルファーレンは、黒の双槍一文字で魔族たちを()ぎ払う。脇を守る騎馬兵たちも槍を振るいゼクザールへの道を懸命に開いていく。

 ゼグザールへの距離40m。メルファーレンは、愛馬の腹を(かかと)で叩いた。メルファーレンの意を介した愛馬は、更に速度を速めて魔族兵を蹴散らしていく。

 距離30m、・・・20m・・・10m。

 メルファーレンは、黒の双槍一文字で魔族兵を貫きながら、ゼグザールに肉薄する。メルファーレンは、黒の双槍一文字を頭上に振りかぶる。

 「グラビティ」

ゼグザールの魔法がメルファーレンを捉えた。

 メルファーレンを乗せた愛馬は、巨大な重力によって、4本の足を骨折して地面に張り付けられ、首を地につけたまま白い(あわ)を出した。

 メルファーレンは、巨大な重力に(あらが)おうとするが、倒れた馬の腹の下から脚を抜く事さえできなかった。

 メルファーレンの下に魔族兵が集まり、槍や剣を振り下ろす。これを騎馬隊が、騎馬ごと激突して跳ね飛ばし、メルファーレンを守る。

 メルファーレンの肋骨が重力で(きし)む。そして、1本2本と折れていく。

 「・・・ぐ・・・ぐぉぉぉぉぉ!」

メルファーレンは、ゼグザールを睨み、槍を杖代わりに立て、辺りを見回した。

 「ふん、しぶとい人間だ」

ゼグザールは、冷たい視線をメルファーレンに送ると、上空に飛び立ち、そこから究極炎魔法フレアを詠唱し始めた。

 フレアは、詠唱に数秒かかるものの、高熱とその効果範囲は直径500mにも及ぶ。ゼグザールは、魔族兵の犠牲を(かえり)みずに、メルファーレンと従う騎馬連隊を一気に(ほうむ)り去ろうとしたのだ。

 メルファーレンは、黒の双槍一文字にしがみ付き、両足で立ってゼグザールを見上げた。顔を(ゆが)めながら、

 「カゲー!」

と叫んだ。

 「狐火(きつねび)

そう叫び声を上げた第2連隊のタジは、馬で駆けながら両手をゼグザールに向けた。

 タジの両腕に付けられた未来からの遺産となる装置から高出力粒子ビームが発生した。タジの両腕から一直線に延びる細い光の2点が、ゼグザールの胸の1点で重なった。ビームが重なった焦点は、1万℃のプラズマが発生する。

 眩い発光と共に、ゼグザール胸から青白い炎が燃え上がった。

 「うぎゃぁぁぁぁ」

白目となって悲鳴を上げ、ゼグザールが落下した。

 地面への激突寸前で、意識を取り戻したゼグザールは、再び上昇して宙で止まった。そして、胸を押さえながら、憎悪の眼を下の人間へと向ける。

 「フェインツ」

ゼグザールが範囲魔法を唱えた。

 フェインツは、一定範囲内にいる対象の行動を10秒ほど止める魔法であった。この魔法によって、メルファーレンもカゲ、騎馬隊、魔法騎馬兵やアベイスグレイス鉱石を持った兵士の行動までも一時的に止められた。

 「手間取らせおって」

ゼグザールは、究極炎魔法フレアを詠唱し始めた。


 20:10 城塞都市ゴーゼル東4㎞

 戦魔神ウラースが着地した。冥神獣ワルキューレのサクも続いた。

 『サク、この辺でよかろう』

 『ああ、それでは参ろうか』

 サクは、愛馬黒雲から降りると、大剣、冥剣新月を抜く。ウラースも大剣を抜いた。

 神獣と魔神が、大剣を構えてじりじりと間合いを詰めて行く。

 ウラースが、(つばめ)()した投擲(とうてき)を投げた。サクが首を(ひね)り、これを(かわ)す。投擲は向きを変えて背後からサクに迫る。サクが冥剣新月の1振りでこれを弾くと、ウラースは既にサクの目の前まで踏み込み、大剣を振り下ろしていた。サクは半身になってこの一太刀を躱すが、サクの兜の角1本を切り落とされた。

 ウラースは大剣を下から上に斬り上げる。この連続攻撃にサクの冥剣新月の刃で防御は間に合わない。

キンと、甲高い金属音が響く。

 サクは冥剣新月の柄で斬り上げて来る刃を受け止めていた。ウラースはそこから手首を返して、サクの空いた脇腹に大剣を滑らせる。キン、サクは肘を下げて籠手(こて)で刃を受け止めた。

 サクは、冥剣新月の刃をそのまま上からウラースの空いた首筋に降ろす。ウラースの右手の籠手でこれを受け止めた。

 『サク、腕は鈍っていないな・・・それでは、我の剛と速の剣技を味わってみよ』

 『ふふふっ、ウラース、遠慮はいらぬぞ』

互いの剣を籠手で受け止めながら、至近距離で睨み合っていた。

 ウラースが、サクの腹を前蹴りした。サクは後ろに飛ばされながらも、冥剣新月を横に払う。ウラースは、追い打ちのために前に踏み出していたが、体を捻り紙一重でこれを躱した。体勢を崩したウラースは、そのまま地面に倒れそうになるが、背の翼で地を叩いて体勢を整える。

 サクが紫の瞳でウラースに言う。

 『不用意な踏み込みだったな』

 ウラースの翼から血が噴き出した。ウラースは、翼に目を向けると、地を叩いた翼の上半分を失っていた。

 『むぬ、・・・ぬおぉぉー』

ウラースは、サクの剣が見えなかった己の不甲斐なさに憤怒した。

 ウラースは、大剣を右手だけで掴むと、伸ばした左掌で刀身を支え、その切先をサクに向ける。

 『サク、我の奥義をご披露しよう。魔神速連撃』

 ウラースが間合いを詰めて来た。

 ウラースの剣速が、格段に早まって大剣を乱れ打ちしてくる。サクはこれを、冥剣新月で受け流し、弾き返して防御していくが、ウラースの剣速は徐々に増し、最早サクの眼でも切先を追うことはできなくなっていた。

 『・・・ぐっ、太刀筋が見えない』

 サクの肩鎧が宙に跳ぶ。頬に傷ができ、兜の角も飛ぶ。

 『ふはははは、この魔速での連続打ちには、いかにサクとて受けきれまい』

 ウラースは手を止めることなく打ち込み続ける。サクの胸鎧と腿の鎧も裂かれる。サクの二の腕から血が噴き出す。腿が真っ赤に滲む。

 『・・・くっ』

 ついに、ウラースの袈裟斬(けさぎ)りが当たり、サクの左肩口から右脇腹にかけて血飛沫(ちしぶき)が舞い上がる。サクの血飛沫がウラースの両目に入り視界を奪うが、ウラースの連撃は止まらず魔速の剣を繰り出し続けていた。

 更に、サクの腹に赤い一文字の線が入るとそこから血が噴き出し、ウラースの握る大剣の柄を真っ赤に染めた。

 ウラースはサクの血液で手が滑り大剣を放り出してしまった。ウラースは、サクの反撃に備えて後方に跳躍して前を見る。そこには、胸と腹、(もも)から血を流し、(うつ)ろな眼をしたまま両膝(りょうひざ)を地に着けているサクがいた。

 『ん? 我の剛と魔速の剣技の前では、お前の武は無力であったな』

 『・・・・』

ウラースは、大剣を拾うとサクを見て笑みを浮かべる。

 『我の勝ちだな』

 『・・・・』

ウラースは、そう言うと、大剣を担いでサクの下へ歩いて来る。

 虚ろな眼のまま膝立ちしているサクの首に焦点を定め、大剣を振り上げる。そのままサクの首に振り下ろした。

 キン、サクは籠手でウラースの大剣を受け止めた。

 『ぬう、・・・大人しく首を刎ねられていればよいものを』

 ウラースは、サクに追い打ちをかける。サクは、冥剣新月で(ことごと)く受け流す。

 『おのれ、魔神速連撃』

 サクも目で捉えきれない剣速で連撃した。キン、キン、キンとウラースの斬撃をサクは大剣と籠手で受け流す。

 『・・・サク、なぜ、簡単に受け流せるのだ』

 『・・・お前が一番よく分かるはずだ。

 お前の剣は、魔速の剣だ。自らの剣を剛と魔速と言っていたが、違う。

 ・・・お前の剣は軽い』

 『・・・・』

 『魔神速連撃は、我の眼でも追えぬ。正に最速の剣技だ。

 私は、お前の眼の動きに注目したが、お前の視線とは異なる場所に斬撃(ざんげき)が乱れ飛ぶ。だから、剣の軌道は予測できなかった。

 完璧・・・最速にして、予測不可能な斬撃を連打する完璧な技だと感嘆した。

 だが、我の血がお前の両目に入っても、技を乱すことなく正確に打ち込んできた。その理由を考え、お前の魔神速連撃の技の仕組みを理解できた。

 私の結論は、魔神速連撃を発動した瞬間からお前の意識外の技となるのだ。スキルを使って、魔力で大剣を振り回す自動連撃だ。

 そうと分かれば、魔力の流れで軌道は予測できる』

 『・・・サク、実に見事だ。我と武の極みを決する者に相応しい。

 だが、仕組みが分かり剣と籠手で受け止めることができても、いつまでも躱し続けることもできまい』

 『それはどうかな』

 キン、サクは、ウラースの魔力の流れを読み大剣の軌道を予測して、その斬撃を左籠手で受け止めた。右腕で握った冥剣新月でウラースの胸を貫いた。

 『うぐっ・・・』

 『お前の魔神速連撃では、受けまではできないようだな』

 サクは、そのまま踏み込むと冥剣新月は、ウラースの胸をその柄まで貫通した。一瞬動きの止まったウラースの右肩を左手で掴むと、そのままウラースの右腕に沿って手を滑らせ、大剣を握る拳を抑え込んだ。

 サクは、冥剣新月を握る手を逆手に変え、そのままウラースの胸から左脇腹まで切り裂いた。

 ウラースの絶叫が響く。

 『うがぁぁぁ』

 サクは、逆手のまま右肘を曲げ、コンパクトに冥剣新月を振り抜いた。今度は、ウラースの首に赤い線が入る。

 『・・・サク、魔法剣士の其方が、最後まで我と剣の勝負をしたことに感謝する・・・』

ウラースの口元が微かに緩むと、鮮血が飛び散り、首がポトリと後ろに落ちた。

 サクは、顔を返り血で真っ赤に染めながら、崩れ落ちるウラースの体を、透き通った紫の眼に映した。

 『・・・戦魔神ウラース、いつの日かヴァルホルで再戦しようぞ』

サクは透き通った紫の瞳でウラースの顔を見てそう呟くと、ゆっくりと(まぶた)を閉じた。


 20:20 城塞都市ゴーゼル北の第2防衛線南4㎞

 フェインツで特殊遊撃軍の動きを止めたゼグザールは、究極炎魔法フレアを詠唱し始めた。

 背後から星明かりに照らされた黒い閃光が(きら)めいた。

 「!!!」

ゼグザールは身をよじり、首に迫る黒い閃光を間一髪で躱す。

 しかし、ゼグザールの2つの翼の上部が切断されて落下する。落下しながら、振り向くとそこには長い太刀を持った女が宙に浮いていた。

 「人間のくせに」

ゼグザールは、その女に攻撃魔法を撃とうとした瞬間に、その女は姿を消した。

 「くっ!」

 落下するゼグザールが黒い炎に包まれた。ゼグザールの魔力とステータス値は、キュキュによってその半分を吸収された。

 ゼグザールの脇を青い光を吸収するキュキュが通過して行った。落下するゼグザールの視界には、先程翼を斬った女が、地面で長い太刀を構えていた。

 「いつの間に・・・」

 その女とは勿論テラであった。後詰の魔族を仲間と神獣たちに任せ、キュキュに乗ってここまで飛んで来ていたのだった。

 ゼグザールが炸裂魔法をテラに撃つと、既にテラは真横に浮いていた。

 「虹魚」

テラは、飛願丸を振った。

 飛願丸の軌道がゼグザールを捉える前に、テラの腹を蹴り上げた。テラは、体をくの字に曲げたまま意識を失い、自由落下を開始した。

 急降下して来るキュキュが、宙でテラの体を手で掴み上げた。キュキュキュイーンと鳴き声を上げて上昇を始めた。

 ゼグザールは、地上に着地すると同時にフェインツを放った。周囲の人間たちと魔族兵は再び、行動不能の状態に陥った。

 ゼグザールは、土属性魔法最高クラスのメテオライトを唱えた。

メテオライトは、天から幾多の隕石を降らせる魔法である。魔力値が高いほど、その隕石の大きさと数は増加する。

 ゼグザールのメテオライトの詠唱中に、メルファーレンアは、手足を震わせながら必死に立ち上がろうとしている。断続的に動きが止まり、カクカクした動きとなっていた。

 「・・・魔王ゼクザール・・・人間の力を見くびるな・・・うぐおあぁぁぁぁ!」

メルファーレンは、立ち上がって1歩2歩とゼクザールへと近づいて行った。

 ゼクザールは、メテオライトを詠唱しながら、瞳にメルファーレンを映す。

 「何という事だ・・・フェインツで行動不能のはずなのに」と、ゼクザールは、じわじわと迫って来るメルファーレンが気になり、メテオライトの詠唱が永遠に続くかのように感じていた。

 メルファーレンは、黒の双槍一文字の穂先をゼクザールの胸に向ける。

 「こいつの他に、背後からも・・・」ゼクザールは背後からも誰から近づいて来る気配を感じた。

詠唱で身動きの取れないゼクザール目がけて、メルファーレンが黒の双槍一文字を突く。ゼクザールの背後からカゲが、直刀で首を狙う。

 その時、メテオライトの詠唱が終了した。

 ドドドドドーンと、隕石が次々に着弾して行く。その度に身動きができない人間の兵士と魔族兵が吹き飛ばされて行く。ゼクザールの近辺にも隕石が着弾していく。

 ゼクザール周辺に無数の小型クレーターが出来ていた。クレーターの周りには動く者はいなかった。

 「手こずらせおって・・・」

ゼクザールは、自身の胸に刺さる柄の折れた黒の双槍一文字の穂先を抜いた。

 ゼクザールの足元に横たわるメルファーレンの背に、その穂先を投げつけようとした。

 「!!!」

何者かがゼクザールの足首を握った。カゲの手であった。カゲは、うつ伏せのまま伸ばした手が震えている。

 「・・・ぐっ・・・魔王・・・お前の敵は・・・俺だ」

カゲは、充血した白目に黒目を持ち上げ、上目遣いでゼクザールを睨んだ。

 カゲは、ゼクザールの体をよじ登る様にして立ち上がった。ゼクザールの瞳の前には、カゲの衰えぬ闘気に満ちた瞳があった。

 「ふん」

ゼクザールが腕を振ってカゲを弾いた。

 カゲはうつ伏せのまま地面に倒れた。カゲは地面の土を握りしめる様にして、上体を起こし始めた。

 「確実に止めを刺しておくか」

ゼクザールは、()いつくばっているカゲの背を見て、柄の折れた黒の双槍一文字の穂先を向ける。

 上空から何にかが近づいて来る気配を感じ、ゼクザールは視線を上に上げる。

 「・・・しつこいな。また、あの女とドラゴンか」

ゼクザールはそう言って、地を這うカゲの背に柄の折れた黒の双槍一文字を無造作に投げつけた。

 カゲは、背から腹へと黒の双槍一文字が突き刺さり、串刺しとなって地面に張り付けられた。

 ゼクザールは、氷魔法の巨大な氷柱を発射した。テラを乗せたキュキュが急降下をしながらこれを躱す。ゼクザールは次々に氷柱を乱れ打ちする。

 「ちっ、あのドラゴン、ちょこまかと魔法を躱しおって・・・」

ゼクザールは、範囲魔法の極炎を唱えた。

 キュキュは、(ひる)むことなくゼクザール目がけて降下して行く。

 「キュキュ、無理をしなくてよいわ・・・」

 「ママ、トンデ」

 ゼクザールが極炎を放った。極炎の炎に包まれたキュキュが落下していく。

 しかし、極炎着弾の寸前に無属性魔法ムーブメントを使い、テラはゼクザールのすぐ脇に移動していた。

 「よくも、私の子のキュキュを!」

テラは、飛願丸を水平に薙ぎ払う。

 虚を突かれたゼクザールは懸命に躱すが、剣先が脇腹を掠める。ゼクザールの脇腹から鮮血が飛んだ。

 テラは返す刀でゼクザールの足を払う。ゼクザールは、後方に下がりながら、これを避ける。テラの3撃目、4撃目を繰り出すが、ゼクザールは紙一重で躱していく。

 「小娘、無駄な事だ。お前の剣は見切った。もう、我に触れる事はできん」

斬撃を絶え間なく出し続けているテラにマウマウが思念会話で語りかける。

 『ゼクザールの言う通り、テラの太刀筋は見切られているわ』

 「マウマウ、それでも攻撃を止める訳にはいかないわ。その瞬間に、ここにいる人たちは、全滅する」

 『不意打ちで斬るなら、ムーブメント。可能回数は、あと2回。

もう1つの攻め手は、虹魚。この2択しかない』

 「あら、集中力が途切れているわよ」

ゼクザールはそう言って、テラの腹に拳を撃ち込んだ。

 テラは、数メートル弾き飛ばされ、地面に転がった。テラは呼吸が詰まり、腹を押さえて苦悶(くもん)の表情を浮かべている。

 「小娘、もう死になさい」

ゼクザールが、無慈悲な笑みを浮かべた。

 ゼクザールは腕を伸ばして、指先をテラに向けた。

 『テラ、ゼクザールが魔法を撃つわ。ムーブメントよ』

 「・・・・ゴホ、ゴホ、ハァ、ハァ・・・」

正にゼクザールが魔法を放とうとした瞬間、背後から羽交(はが)()めにされていた。

 「!!!」

 「魔王、俺の息の根を止めておくべきだったな」

額から血を流し、荒い息をしながらメルファーレンは、ゼクザールの耳元で(ささや)いた。

 羽交い絞めにされたゼクザールの腹からは、ミスリルの剣先が飛び出していた。バイカルの造ったミスリル製の剣で貫いていたのだった。

 「ぐぐぐ・・・貴様、生きておったか」

 「俺はあの程度では、死なん」

メルファーレンは、ゼクザールの背から腹を貫いた剣を、渾身(こんしん)の力を込めて持ち上げる。

 「ぐぎゃぁぁぁ、フリーズ・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・」

ゼクザールは、氷魔法フリーズで自身の体の傷と刺さったままの剣、背後で羽交い絞めをしているメルファーレンの腰から首までを氷漬けにした。

 ゼクザールは、首を180度回して、メルファーレンを見て言い放つ。

 「ハァ、ハァ・・・惜しかったわね。それでも、ここまでね」

 「化け物め・・・小娘! 立てるか。俺と一緒に魔王を斬り殺せ」

 「勿論立てるわよ」

テラがは、飛願丸を杖代わりにして立ち上がった。

 「!!!」

ゼクザール首が半回転してテラを見る。

 「お前には、我と一緒に人間は斬れん」

 「ええ、斬れないわ」

 「馬鹿者! 今が好機だ。躊躇(ためら)わずに俺ごと魔王を斬れ」

 「貴方は助けるわ・・・虹魚!」

 ゼクザールと、これを羽交い締めするメルファーレンの腹に黒い閃光が走った。

 ゼクザールの体から下半身が離れて地面に転がる。メルファーレンは、ゼクザールの上半身を羽交い絞めしたまま立っていた。

 虹魚は、テラの所持する飛願丸に備わる技である。飛願丸は、魔力の刀身を伸ばして任意の物だけを切断できた。

 「小娘・・・見事な技だ」

メルファーレンは、唇から歯を覗かせた。

 メルファーレンの脇腹を上半身のゼクザールが肘打ちした。腹から首までが氷漬けにされていたメルファーレンがそのまま転がる。ゼクザールの上半身もそのまま地面に転がった。

 ゼクザールの瞳が動き、下半身を探す。

 「・・・な・・まだ、生きている」

テラが目を見開いて叫んだ。

 テラは、飛願丸を振り上げゼクザールの下まで跳躍した。宙を飛ぶテラに凄まじい衝撃波が襲った。テラはそのまま弾き飛ばされ、頭を何度も打ちつけながら地を転がって行った。

 『テラ、起きて! テラ、起きるのよ! ・・・テラ、 テラ』

智佐神獣白の神書のマウマウは、思念会話で懸命にテラの名を繰り返した。

 ゼクザールは腕で下半身を引き寄せ、ズボンでも履くように下半身を上半身につけた。

 「人間の短い人生経験で、敵の力を計るから勝機を逃すのよ・・・。

 2人とも、止めは刺す。過ちは1度で十分」

ゼクザールは、テラとメルファーレンをゆっくりと見た。

 ゼクザールは、意識を失ったままうつ伏せに倒れているテラへと歩みを進める。

 『テラ、テラ・・・起きて・・・テラ』

マウマウの呼びかけにもテラの意識は戻らない。

 ゼクザールは、歩きながら黒の双槍一文字で背を串刺しにしたカゲの脇に立ち止まった。

 ゼクザールの瞳に映ったのは、木の幹に刺さった柄の折れた黒の双槍一文字だった。

 「おのれー・・・人間ども。どこまでもしぶとい」

空間が(ゆが)むと、光学迷彩の布からカゲが飛び出してゼクザールを背後から(おおい)い被さった。

 「微塵(みじん)

 ドゴォォォォーン、ゼクザールごとカゲが自爆した。

 ゼクザールの全身が高熱と爆風に(さら)された。白煙が収まると、全身から煙が立ち込めているゼクザールが、右手でカゲの首を()めながら宙吊りにしていた。

 「!」

ゼクザールが振り向くと、キュキュがぶつかって来た。

 キュキュは、ゼクザールの右腕を咥えると、古代龍の息吹を吐いた。

 「ぐあぁぁぁ」

 ゼグザールの右腕は吹き飛んだ。首を絞めていた右腕とカゲが地面に落下した。

 キュキュは、前足でゼグザールの肩を掴むと、尻尾でゼグザールの体を蛇の様に締め上げ、ゼクザールの頭に(かぶ)り付いた。キュキュの鋭い牙がゼクザールの頭蓋骨をバキバキと音を立てて砕いていく。

 瀕死の淵に立ったゼクザールは、八方陣で中心にある無色透明の石に手を当てる。すると、無色透明の石が強い光を放ち、キュキュは脱力してそのまま崩れる様に地に落ちた。

 ゼクザールの腕や胸、腹の傷、切断された翼は完全に回復していた。

 「目障りなドラゴンの生命力を吸い取った。もう虫の息だな」

ゼクザールは、キュキュの頭を踏みつけた。

 ゼクザールは、テラに視線を戻すと、残酷な笑みを浮かべて近づいて行った。テラの脇で立ち止まると、テラの髪を右手で鷲掴(わしづか)みにして持ち上げた。

 気を失ったままのテラの顔を、しげしげと両目で見る。

 「先ずお前から止めだ」

 『テラ、テラ、起きてー!』

マウマウは叫び続けていた。


 特殊遊撃軍第1副官のロイが叫ぶ。

 「騎馬隊、退けー。退けー!」

特殊遊撃軍第1連隊と第2連隊の騎馬隊は、総員退却を始めた。

 特殊遊撃軍司令官メルファーレンと第2副官ガイが行方不明となり、指揮系統の乱れが生じた特殊遊撃軍第1連隊と第2連隊の騎馬隊は戦闘継続を放棄し、一時撤退を余儀なくされた。

 魔族軍がこれを追撃し、一気呵成に攻勢に転じていた。


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