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31 大神龍

 2月1日15:55 ザーガード帝国城塞都市ジムダム

 ジムダムの城内で、飛行する魔族はいなかった。飛行すればルーナの凍結の息吹や氷魔法絶対零度、氷柱が襲ってきたからだ。

 両軍入り乱れた白兵戦になると、魔族兵たちは仲間を巻き込んだり、詠唱時間が長かったりするため、高出力の範囲魔法極炎は使用することができなくなっていた。身体能力の強化や蔓の鞭などに限定されるが、これもアベイスグレイス鉱石によって消滅させられることが数多くあった。

 ダイチは、魔族が攻撃してきた武器を避けずに、そのまま武器と魔族本体を両断した。アダマンタイト製の「黒の双槍十文字」やオリハルオン製の小刀「白菊」を武器とするダイチが編み出し、特異スキル「学び」で練度を磨き上げた守攻一体の剣槍術であった。

 ダイチの周りには、両断された魔族の死骸とその武器が所有者を失い散乱している。また、リキャストごとにエクスティンクションを撃ち続けていた。

 『ダイチ、6時方向、距離5m、魔族2、詠唱を始めた』

 「クロー、了解」

ダイチは振り向きざまに、黒の双槍十文字を一閃し、魔族2匹の首を飛ばした。

 『2時の方向、エルフ兵が、魔族兵に取り囲まれている』

 「エクスティンクション」

 ダイチは、エクスティンクションで魔族を3匹屠ると、そのまま残りの魔族兵たちに斬りかかって行った。エルフ兵を囲む魔族兵が怯んだのを見て、エルフ兵も攻撃に出る。ダイチとエルフ兵は、次々と魔族兵たちを両断していく。


 魔族兵が魔法を唱えようとすると、ガイガーに乗ったエーアデが右手を魔族兵に向ける。

 「バニッシュ」

魔族兵のもつ魔力が一時的に消去した。

 急降下をしたロック鳥のガイガーが、魔族兵を摘まみ上げる。ガイガーの鋭い爪が、胸と腹部を貫通して、魔族兵の息は耐えていた。

 人類連合軍の奮闘と、ルーナ、ダイチ、パンジェ、エーアデ、ガイガーの参戦によって、戦局は一気に人類へと傾いた。

 

 体長100mとなったカミューが、ディアキュルスが潜む森に近づく。カミューが手にしている龍神白石は、民が捧げるカミューへの祈りに満たされ眩く白く輝き、その神々しい光で夕暮れ間近の天と地を照らしていた。この民の祈りの力が集まるほど、カミューのステータスを底上げして行った。

 『気配を消したか・・・だが、その森にいることは分かっている』

カミューは、黒雲を呼び、森に数本同時に激しい落雷を落とした。

 落雷は止まることなく森中に落ちていく中で、黒雲から延びて来た竜巻が森と繋がった。激しい強風で森の樹々をむしり取って巻き上げていく。抉れた地面が、竜巻の通過した軌跡を示していた。

 雷が森を焦がす中、何本も立ち上がった竜巻が森を囲むようにして集結し、やがてその竜巻は森の中心へと集まって行く。

 『ディアキュルス、今度こそ逃げ場はない』

 竜巻の包囲網が狭まる森の中から、黒い狼煙が上がった。

 『黒煙となってまた逃げるつもりか。だが甘い』

カミューは、牙を光らせて微笑んだ。

 その黒煙を竜巻が吸い寄せていく。竜巻に呑み込まれると引き延ばされて、螺旋状に上に巻き上げられる。その竜巻に光が走った。竜巻の内部で、稲妻が眩く発光し、点滅を繰り返す。

 竜巻が連結する黒雲から、ディアキュルスが落下して来た。ディアキュルスの体長は本来の30mの大きさになっていた。

 ディアキュルスの落下する体に、幾筋もの雷が直撃する。ディアキュルスは、絶え間ない落雷に晒されて、その全身が眩い点滅を繰り返しているように見えた。そして、雷が直撃する度に、ディアキュルスは、叫び声さえ上げられずに苦悶の表情を浮かべ、全身が硬直した。

 地響きをあげ、ディアキュルスは地面に激突した。地面に小さなクレーターができ、その中心にディアキュルスが仰向けで倒れていた。指や頭、胸、脚から立ち昇る水蒸気で、クレーターは、立ち昇る(かげろう)炎で揺らいで見えた。

 『止めを刺す』

 カミューは、天を見上げ深く息を吸うと、喉が橙色に発光した。渾身の神龍の息吹がディアキュルス目がけて発射されようとしていた。

 ディアキュルスは、炭化した顔の皮膚が割れて充血した眼を見開いた。

 朦朧(もうろう)とした意識の中で、掌をカミューに向け暗黒魔法を発動させる。

 『アブゾープション』

 カミューが掴む龍神白石から青白い光が飛び出し、ディアキュルスの掌に吸い込まれた。

 カミューの口が一閃、一直線に眩しい光がディアキュルスを直撃するが、角度を変えて後方に跳ねていった。

 『・・・何だと!・・・我の渾身の神龍の息吹を跳ね返すとは・・・』

カミューは、そう呟くと体がスルスルと小さくなり始めた。

 竜巻も雷も突然止んでいた。

 『我の体が縮んでいく・・・なぜ、なぜだ』

 4mの体長に戻ったカミューが、輝きを失った龍神白石に気づく。

 『龍神白石が、全ての力を失い、透き通ったガラス玉の様に見える』

 『ふはははははっ、実に爽快。我は力に満ちておる。

 これほどの膨大な力を得られるとは、我でも初めてだ』

ディアキュルスの笑い声が、橙色に輝く地平線に響いた。

 ディアキュルスは、暗黒魔法アブゾープションでカミューではなく、龍神白石から祈りの力を吸収したのだ。その結果、ディアキュルスは、体長が3倍の90m、ステータス値は5倍の上昇となった。

 一方、龍神白石は、溜まった民の祈りの力を失い、カミューが得ていたステータス値上昇や体長の伸長効果は消失した。

 体長90mのディアキュルスが、体長4mのカミューを見下ろして嘲笑(ちょうしょう)する。

 『くくくくっ、カミューよ。形勢逆転だな』

 『ぐっ・・・』

カミューは、輝きを失いガラス玉のようになった龍神白石を見つめる。

 『・・・龍神白石の中心に、小さな輝が灯っている。

 ディアキュルスに祈りの力を吸われ、輝きなど消えたはずだが・・・』

 ディアキュルスが、分解球を射出する。ショットガンの弾のように数十発が高速でカミューを襲う。体長が4mと小型になって躱しやすくなったものの、俊敏性や瞬発力などのステータス値が元に戻ったため、高速で飛来する分解球を目で捉える事さえ至難の業となっていた。

 カミューの体から、血が噴き出す。全ての分解球を躱すことはできずに、数発が体を(かす)めていたのだ。

 分解球は、触れた場所全てを削り取る暗黒魔法と空間魔法の複合魔法であった。魔力消費が激しい事と、移動速度が遅い事など大きな弱点はあったが、民の祈りの力を手に入れた今のディアキュルスには、双方の弱点を補って余りあるものとなっていた。

 『ふははははっ、実に愉快だ。

 ミッドアイスランドの地では、カミューと戦い破れたが、ダキュルス教などの人間の信者が、我に捧げた祈りの力によって我は復活した。

 そして、今度は、カミューへ捧げた祈りの力を吸収し、我がその信仰対象のカミューを倒すのだ。

 人間の祈りの力とは、実に効果が高い。だから、人間は利用価値が高い。

 カミューよ、神獣は神獣が守る人間どもに、足を引っ張られる定めなのだ』

 『黙れ! 人間を知ったような口を叩くな!

 人間は、我に畏敬(いけい)の念をもって祈りを捧げる。 

 それは、無垢(むく)な信仰心だけではない。

 己のため、大事な者のため、或いは、皆が豊かに暮らすためと言いながら・・・それら人間の捧げる祈りとは、その本質は他力本願だ。

 だが、人間とはそういうものだ。そうやって弱い心や無力な己を支えているのだ。

 だからこそ、我らは人間を愛すべきなのだ。

 人間の祈りそのものに善し悪しはない。祈り捧げる心こそが尊いのだ。

 そのことを理解しようとせず、利用だけしようとする前は、祈りの力を十分に発揮できるはずはない』

 『小さくなっても口だけは、一人前だな。

 では、我が祈りの力を十分に発揮できるかどうか試してみるが良い』

複数の分解球がカミューを襲う。

 カミューは雷でこれを打ち落とそうとするが、雷も吸い込まれるようにして消えて行ってしまう。

 分解球に注意を払うカミューを見て、ディアキュルスは口角を右に寄せて、白い牙を光らせる。

 『フォールチューブ』

 カミューは、暗黒空間に引き込まれた。

 カミューの体はどんどん降下して行く。カミューが飛行しようとしてもこれに抗うことはできない。暗黒空間を龍神白石の光だけが仄かに照らしていた。

 『カミューよ。お前をフォールチューブの落下し続ける空間に閉じ込めた。最早、脱出は叶わぬ。

 ぐわははははっ、ついにカミューを討ち取ったぞ』

ディアキュルスは、城塞都市ジムダムに顔を向けると、ゆっくりと翼を広げた。


 ローデン王国

 ローデン王国の街は、12年に1度のお干支祭を、人魔大戦に備えて数か月に渡り実施していた。石畳の通りでは、家々から対面の家へロープが張られ、そこに赤や緑、白、黄、橙などのカラフルな三角形の旗が無数に並んでいる。

 各家の入口に脇には、赤緑黄橙の四色の横縞、中央に白い丸が描かれた旗を立てていた。

 我を奉り、祈りを捧げることが、我に無限の力を与えると、カミュー自身の口から神託を受けたのだ。また、フリードリヒ・ローデン国王からの布告もあり、ローデン王国は国をあげて、破魔神獣神龍のカミューに感謝と戦勝の祈りを捧げ続けている。

 人魔大戦開戦日の2月1日、ローデン王国の民は、都市や街、村などの教会を訪れ、一心に祈りを捧げていた。或いは、自宅にて家族そろって勝利をカミューに祈願していた。

 正に人魔大戦開戦当日である。民の祈りは最高潮に達していた。

 「カミュー様、どうぞ人類を魔族からお守りください」

 「我が息子が、戦地に赴いております。手柄を立てずとも、生きて帰れますようお守りください。お力をお貸しください」

 「我々を魔族からお守りください」

 「カミュー様を心より信仰致します」


 翼を広げたディアキュルスは、ビクリとして振り返った。

 何もない空間に亀裂が入る。そこから(まばゆ)閃光(せんこう)が延び、その軌道上にあった山と空を温かく照らす。

 『ディアキュルス、お前は人間を理解しておらん。だから祈りの力を見誤るのだ』

神龍の息吹でフォールチューブの空間をこじ開けて、カミューが顔を出した。

 カミューがその空間からスルスルと体を出して行く。白龍の鱗と背の金毛が途絶えることなく続いて現れる。

 カミューがフォールチューブから抜け出すと、体をくねらせ宙に浮かんだ。体長は150mを超える見事な大神龍となっていた。

 なおも民の祈りは、龍神白石を通して、カミューの全身に染み込んでいく。鹿のような枝分かれした二本の角が、青白く発光し始めると、その発光が頭まで広がり、やがて全身が淡く発光した。

 『我の(まぶた)には、懸命に祈りを捧げる人間たちの姿が浮かぶ。そして、その祈りを全身で感じておる。

 ・・・名も知れぬ民たちよ、その祈りを捧げる尊い心に感謝する』

カミューは瞼を閉じながら、しみじみと語った。

 カミューの視線が天を見る。ゴロゴロゴロ、ピカ、ピカッ、突然、天一面に黒雲が湧いたかと思うと、カミューの真上で収束されて行く。カミューを取り囲む様に半径300mの黒雲が、凝縮されていった。その黒雲の下は、凄まじい暴風雨が吹き荒れていた。樹々も石も豪雨に打たれ、暴風に吹き飛ばされていく。

 カミューがディアキュルスにゆっくりと近づくと、暴風雨も共に移動した。

 ディアキュルスは、目を庇うように両腕を上げて暴風に(あらが)っている。

 『これが、人間の祈りの力を得た神龍の真の姿なのか・・・』

ディアキュルスは、忌々しそうにカミューを(にら)み、舌打ちをした。

 『グゴォ、グゴアァァァー!!』

ディアキュルスは、拳を力強く握りしめて雄叫びを上げた。

 ディアキュルスの瞳は赤く充血し、全身の筋肉がボコボコと隆起して、青白い光が揺らめく。魔力を最大限に高めたディアキュルスは、数百もの分解球をカミュー目がけて撃ち続けた。

 青白く発光するカミューの体に着弾するが、分解球はシャボン玉の様にただ破裂して消えていくだけであった。

 『ディアキュルス、我と其方では、もう魔力量の桁が違う。

 最早、分解球は(かわ)す必要もない。神龍の加護で十分だ』

 ディアキュルスは、カミューには勝てないと悟り、黒い煙となって逃げようとした正にその瞬間、後ろの海から押し寄せて来た巨大な津波に呑み込まれた。

 ゴボゴボゴボと、ディアキュルスは口から泡を吐きながら藻掻(もが)いた。津波が水竜巻となりディアキュルスの体を()じり上げ、黒い雲まで巻き上げて行く。

 ディアキュルスは、水竜巻の中で回転しながら咽返り、足掻きながら橙色の光が目に入る。

 『ゴボゴボ、ゲホゲホ・・・???』

 そして、橙色の輝きを凝視する。

 『!!! あぁ、あの橙、あの輝きは、カミューの喉・・・神龍の息吹・・ま、待て』

 水竜巻で巻き上げられて行くディアキュルスを眩い閃光が包む。その刹那(せつな)、ディアキュルスの黒い体は、白く輝き全ての色を失った。

 眩い閃光は、黒雲を突き抜け天を貫いた。そして、水竜巻は、神龍の息吹の熱で瞬間的に気化したため、水蒸気爆発を起こす。

 カミューと周辺の地面に凄まじい衝撃波と高温の風圧が襲う。

 ゴゴゴゴゴォー、とカミューの体を熱風が吹き抜け、頭と背、手足の金毛がバタバタバタと(なび)いた。

 カミューは微動だにせず宙に浮かんでいたが、瞳だけがギョロギョロと動いている。

 『・・・ディアキュルスの魔力と気配は完全に消えた』

 カミューは、握る神龍白石に目を向ける。その瞳に神龍白石が映る。カミューはそっと瞼を閉じる。

 『・・・・・・』

 カミューは、クワッと眼を見開くと、天に向かいグオォォォォォーンと、雄叫びを上げた。

 その雄叫びは、地を振動させ、黒雲の消えた天を貫くように響き渡った。


 16:30 ザーガード帝国城塞都市ジムダム

 指揮塔からガンジバル総司令が腕組みしたまま黙り込んでいる。

 参謀ボムーが、

 「流石、神獣雪乙女、凄まじい攻撃力です。

 一緒に参戦してきた数人の兵とロック鳥、彼らは、ミッドアイスランドに攻め入ったダイチ隊でしょうか。彼らの活躍も目を見はるばかりです。

 彼らの参戦で、この戦いも間もなく終わりますな」

と、窓の外を見て、掃討(そうとう)戦へと移っている戦局を眺めて言った。

 ガンジバル総司令が腕組みしたまま首を横に振る。

 「・・・もう良い、ボムーよ。

 この城塞都市ジムダムで、人類の勝因を客観的に判断しよう。

 ジムダムの窮地(きゅうち)を救うきっかけを作ったのは、我が参謀の任を更迭(こうてつ)したエルフのマクレールだ。

 その指揮に従って、窮地の中、魔族軍を押し戻して行ったのが、エルフ兵とティタンの民、オーク兵、ホモ・サピエンス兵の連合軍だ。

 そして、最後の一押しとなったのがダイチ隊であろう」

 「ガンジバル総司令・・・私は、知らず知らずの内に、勝因の分析にまで偏見が影響を及ぼしておりました・・・。

 私はこの戦が終わったら軍から引退します。人類を客観的に分析・評価のできる人物に、この席を渡します」

 「・・・ボムー、我もそうする。

 偏見は、気づかぬ内に差別へと姿を変え、正当な評価や人権さえも奪ってく。

 差別を受けた者たちは、どんなに理不尽な思いをした事か。苦しんだ事か・・・さぞかし悔しかったろうに・・・。

 私は、今まで何と罪深き事を続けてきたことか・・・」

ガンジバル総司令は、弱弱しく呟くと、窓から外を眺めた。

 うおぉぉぉぉーーー! オーーゥ! オォォォォォ!

城壁と城内の兵が歓喜の雄叫びを上げた。

 ウオオオオーーー! オォォォーゥ! ウォォォォォー!

互いに拳を高く上げ、肩を抱き合い、天を見上げて力の限り叫び続けた。

 ダイチやパンジェ、エーアデ、エルフ姿になったルーナも兵士たちと肩を組み、歓喜の感情を爆発させる。

 そこには、ホモ・サピエンスやエルフ、ティタン、オーク、ドワーフ、獣人の区別はなく、互いに瞳を見つめ合い、一緒に飛び跳ねて喜びを分かち合い、凱歌(がいか)を揚げた。

 『ダイチ、カミューが戻って来たぞ』

 空と地が神龍白石の光で照らされる。体長が4mに戻ったカミューが、ゆっくりと空を飛びながら近づいて来る。

 「カミュー、魔界神ディアキュルスを倒したのだな」

 『当たり前だ。

 今回は、人間の祈りがあればこその勝利だった』

 「・・・そうか。ローデン王国や他の国で祈りを捧げた人たちもきっと喜ぶだろう」

 『身を持って感じた・・・祈りを捧げた全ての人間に伝えたい。

 献身的な祈りに清濁も優劣もない。どの人間の祈りも清らかで尊い』

 『カミュー、人間への理解が深まったな。

 尊さというものは、義務や命令によって生まれるのではなく、自発的な愛と献身の心から生まれるということか』

クローがそう問うと、

 『(おおむ)ねそういうところだな』

カミューは白い牙を光らせた。

 ダイチはクローをポンと叩くと、カミューを見て頷いた。


 19:00 城塞都市ゴーゼル北

 魔王ゼクザール率いる魔族軍は、城塞都市ゴーゼルの準備周到な迎撃により、その数を3万5000に減らしていた。

 ゴーゼルからの追撃に備え、ゴーゼルから北へ3㎞で陣立てして待ち構えていたが、追撃してくる兵はいなかった。

 北へ飛ばした斥候の魔族兵が、魔王ゼクザールの前に(かしこ)まり報告する。

 「魔王ゼクザール様、ここから北7㎞の地点に第2防衛線の城壁があります。兵士5万から7万」

 「ゴーゼルからの追撃がないのは不可解だ。我らがここで軍を分け、大陸を蹂躙(じゅうりん)していく事を許すはずはない。

 各個撃破・・・人間の狙いはそれか。分けた軍を各個撃破する戦術ということか。第2防衛線こそ各個撃破のための追撃の軍ということか。

 それならば、その第2防衛線の城壁を全軍で落としてから、軍を分散して蹂躙していくだけだ」

 魔王ゼクザールの側近として控えていた軍団長ヒーゲンが、片膝をついて頭を垂れる。

 「魔王ゼクザール様に申し上げたき事があります。

 我が魔族軍は、ラゴン大陸から不休の飛行とゴーゼルへの攻撃と続きましたので、魔族兵の魔力が枯渇(こかつ)しております。飛行さえも困難となっている魔族兵も現れております」

 「・・・其方は、魔力回復のための休息を進言しているのか」

 「恐れながら、休息を進言いたします」

 「・・・よかろう。日の出まで休息とする。

 ただし、ゴーゼルからの追撃に備えて、ここに後詰として5000を配置する。

 本体は、人間の第2防衛線手前4㎞地点まで進軍した後に休息を与える」

 「はっ、承知しました」

 魔族軍は、ゴーゼル兵の抑えとして魔族兵5000を残し、本体3万は第2防衛線4㎞地点で野営した。


 20:00 ゴーゼルから北へ3㎞

 「行くわよ!」

キュキュに跨ったテラが、魔族軍を指さした。

 キュキュにテラ、その脇には千寿にガイ、ガルーダにデューンが乗って、急降下をしていた。テラの朱色の髪が風で後ろに靡く。

 キュキュが魔族軍の後詰に黒い炎を吐く。魔族兵数十人から出た青い光が、キュキュに吸い込まれていく。キュキュは、魔族兵数十人のステータスや能力を半分吸収した。

 テラが月を()した黒翡翠(ひすい)の導きのペンダントにマナを込める。

 「サク、お願い」

 デューンが、胸の受胎の刻印を魔力で掌に転写する。

 「イフ、行け!」

 ガイが、指でなぞった空間が開く。

 「出でよ一寿!」

 魔族軍の中央にサクとイフ、一寿の3神獣が降り立った。

 サクの跨る愛馬の黒雲が、(いなな)き駆けだす。サクの大剣、冥剣新月の切先は、目で捉えることはできなかった。サクと黒雲の通った跡には、両断された魔族兵の亡骸だけが横たわっていた。

 『汝らの昇華を許す』

イフリートは冷徹な眼差しで魔族兵たちを刺した。

 『相転移紅蓮の咆哮』

 イフリートの背後に紅色の炎の蓮の華が浮かんだ。イフリートの咆哮で空と台地が震動する。魔族兵たちは、眩い光の球に包まれた。高熱の光は、瞬時に魔族兵の全身を気体へと昇華させた。そこに密集していた魔族兵1000匹が一瞬にして気化した。

 急降下するテラたちは、熱風の圧力に目を瞑り、掌で顔を覆った。神龍の加護に守られているとはいえ、肺を守るために呼吸を止めていた。

 一寿が拳で地面を叩いた。一寿を中心として、放射線状に先端が鋭利な岩が無数に地面から突き上がって来る。無数の岩の貫かれた魔族が、まるでモニュメントの様に浮かび上がっていた。

 黒雲の馬上でサクが背から大剣の冥剣新月を静かに抜く。

 『!!!』

 その時、サクは上空に目をやる。

 ドドーンと地が振動する。そこには、全身が銀と黒色の鎧に覆われ、大剣を手にした戦魔神ウラースが立っていた。

 頭にはバッファローのように曲がった角が左右2本ずつ生え、太く長い尾の先端には十字の鋭利な刃がついていた。

 サクは、紫の透き通った瞳でウラースを睨む。

 『戦魔神ウラース、待っておったぞ』

 『ふははははっ、冥神獣ワルキューレ、800年ぶりだな』

イフと一寿の視線がウラースに向く。

 『イフ、一寿、ウラースは我が(もら)う。手を出すな』

 一寿が鋭い眼をして笑みを浮かべる。

 『グルルルル、前の人魔大戦での決着をつけるつもりだな』

 『剣技による武を誇る神獣と魔神の戦いに、割って入るほど無粋(ぶすい)ではない。

サク、存分にやれ』

イフもサクを見て口角を上げた。

 『ウラース、我は主よりサクという呼び名をもらった』

 『・・・サク、1対1で我と武を競うのだな。

よかろう・・・ここで我らが戦えば、其方の主人とやらも巻き込まれるだろう。場所を変え思う存分に武を競うとするか』

 『ふふふっ、そうするか』

 「サク、必ず勝ってね」

 『・・・テラ、勝負の行方は分からぬ。それほどウラースは強い』

 『其方がサクの主か・・・我もサクも、互いの力と技の全てを出しての戦いとる』 

 ウラースは翼を広げて飛び立って行った。

 黒雲に跨ったサクが後を追った。

 『大丈夫よ、テラ。サクの力を信じましょう』

 「私たちは、ここでやるべきことをするだけだわ」

テラは、マウマウにそう話しかけると、飛願丸を握る拳に力が入った。

 テラは、空中で斬魔刀、飛願丸を頭の上から振り下ろす。魔族兵は、左右に両断される。そのまま飛願丸を水平に払い()で斬る。

 飛願丸の柄に10の数字が浮かぶ。

 「虹魚」

 飛願丸の刀長1.4mの10倍の射程14m以内にいた魔族兵の全が、下半身から上半身を切断された。

 デューンが魔族兵の頭蓋骨を拳で砕く。そのままバックブローと回し蹴りで2体の魔族兵の首の骨を圧し折った。デューンに群がって来た魔族兵の背後から、業火の大蛇と飛龍の獄炎が、意思を持った魔物のように魔族兵へと襲いかかかり、次々と呑み込んでいく。

 ガイの神斧カオスの斧が、魔族兵目がけて横に一振りする。一振りで複数の魔族兵たちが両断される。手や足を失った魔族兵たちは、その傷口に発言した小さな暗黒球が、魔族兵の全身を吸い込んでいく。

 「ぎゃー、た、助けてくれー」

 「うぎぁぁー」

恐怖の叫びを上げる魔族兵たちを呑み込むと、小さな暗黒球は消滅した。

 ガイは、巨斧カオスの斧を振り回しながら、群がる魔族兵目がけ、更に切り込んで行く。ガイのカオスの斧が唸るたびに、魔族の無残な死骸が増えていった。


 20:00 城塞都市ゴーゼル北の第2防衛線南4㎞

 野営している魔族軍本体3万に突撃する1団があった。それは、南部方面軍特殊遊撃軍のである。東から第1連隊騎馬2500が駆けて来る。先頭を駆ける騎馬は、ローデン王国ジーク・フォン・メルファーレン侯爵である。

 この第1連隊は、精鋭であり装備も馬の質も飛び抜けていた。先頭に魔法騎馬兵とアベイスグレイス鉱石を持った騎馬兵が上がって来た。

 騎馬隊の蹄の音が大地を振動させる。

 「ん・・・敵襲だ! 人間どもが夜襲をかけてきたぞー。空から魔法を撃てー」

 「魔力がほとんどありません」

 「泣き言をいうな、全ての魔力を使え!」

魔族兵は枯渇した魔力のまま、武器を手にして次々に飛び立つ。

 第1連隊騎馬の力強い蹄の音が至近距離に迫って来る。

 「空から騎馬隊を魔法で殲滅しろ」

 宙に浮いた魔族兵は魔法を詠唱し始めるが、第1連隊の先頭にいた魔法騎士兵が、一瞬早く範囲重力魔法グラビティを発動した。飛行する魔族へ強烈な重力がかかり、地面に押し付けられていく。アベイスグレイス鉱石から青と緑の光が輝くと、前方にいた魔族兵たちが落下していく。

 魔法騎士兵が後方に下がると、槍を構えた精鋭騎馬隊が落下して体勢を崩した魔族兵の先陣と接触する。

 ドガガガーンと、激しい衝突音が響くと、そのまま蹄の音が魔族軍の中央付近に迫る。

 先頭で槍を突き、魔族を薙ぎ払いながら、メルファーレンは叫ぶ。

 「全て突き殺せー! このまま突き抜ける」

 騎馬隊は、突撃速度を落とすことなく駆け抜けて行く。

 魔族兵は、先頭を駆け抜けて来るメルファーレンの鬼神と化した瞳に戦慄(せんりつ)する。

 「ひゃー」

 「うあああ」

 メルファーレンは魔族軍を突き抜けた。後続の騎馬兵も次から次へと魔族軍に空いた穴から飛び出してくる。メルファーレン率いる第1連隊騎馬は、魔族軍を東から西へと横断に成功した。

 メルファーレンは、止まることなくそのまま北へと騎馬隊を移動させる。

 方向を転換しながらも、魔法騎士兵のグラビティとアベイスグレイス鉱石から青と緑の光が魔族兵を捉える。

 横断の出口に当たる西から、第1連隊騎馬兵が北へと移動すると、その陰から突然、新たな騎馬隊が迫っていた。

 「うあぁ、魔王ゼクザール様、西から新たな騎馬隊接近」

 「魔王ゼクザール様、新手です」

魔族兵が動揺して、魔王ゼクザールを見ながら叫びを上げた。

 この魔族兵の叫び声は、第1連隊の一部の騎兵にもその言葉が聞こえていた。


 西から迫る騎馬隊が、魔族軍に激突する。この騎馬隊は、カゲが率いる第2連隊騎馬5000であった。

馬上でカゲが、氷魔法と槍を駆使して魔族軍を切り裂いていく。

 「カゲ様に続けー!」

第2連隊騎馬隊は、魔族軍の陣形に、新たなルートで分断していく。


 魔族軍北側を疾走する第1連隊副官のロイが叫ぶ。

 「大変です、メルファーレン様。騎馬兵が叫んでいます」

 「ロイ、何事だ」

 「この魔族軍内に魔王ゼクザールがいるようです」

 「なんだと! 魔王がここにいるのか」

メルファーレンは、駆ける馬上から魔族軍を舐める様にして凝視した。

 撓る2本の角を持ち、黒のボディスーツ、背には黒く大きい死神の鎌の様な翼がついている魔女が視界に入った。

 「!!! あれが魔王か」

メルファーレンは、槍を上げ魔族軍の中央を穂先で指した。

 騎馬隊の進路が変わり、魔族軍に再び突撃した。

 メルファーレンは、魔力を感知できるわけではない。しかし、歴戦の勇士がもつ鋭い(かん)が魔王ゼクザールの居場所を特定したのだ。

 北からはメルファーレン率いる第1連隊、西からはカゲ率いる第2連隊の騎馬隊が魔族軍中央にいる魔王ゼクザールへと向かっていた。


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