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第12章 初めての給金

第12章 初めての給金


 「かぁー。美味いなー。ずっとずっと食べたかったんだ。ドネル・ケバブに似ているドネ・ケバと野菜と太いソーセージ入りのスープ。クローよ、俺はミリアさんの料理は素朴で優しい味で大好きだよ。でも、あの炭焼き小屋からこの街に来た日に目に留まったこの2品は格別だよ。クローにも食わせてやりたいよ」

 クローを小脇に抱えながら上機嫌だった。ここは、バイカル親方の鍛冶場から城門方向に行った屋台街だ。

 昨日、初めての給金を貰った。この世界で生きている、確かに生活を営んでいると実感できる瞬間だった。印可の上級職人ということで、給金を結構いただいた。

 今日は休業日とあって、鍛冶職人見習いのジャガー獣人のナナイと共に街の散策に出ていた。ナナイには、屋台で好きなものを奢った。今や給金は印可の俺の方が遥かに高いし、いろいろと世話にもなっているからね。ナナイは、最初の頃は遠慮がちに食べていたが、その嗅覚で美味しそうな屋台を見つけると、俺を置いたまま走って行ってしまった。取り残された俺はクローに話しかけている。

 城門から真っ直ぐ噴水のある広場へと続く石畳の両側に並ぶ屋台からは、肉や魚介類を焼いた匂い、甘い菓子の臭いなどで満ちている。屋台は元の世界の祭などでもよく見るタイプの出店だ。値段は庶民にも手頃な価格で、腹いっぱい食べても大した金額にはならない。俺が購入したドネ・ケバは香辛料をまぶした羊の魔物肉を鉄棒で刺して吊るし、遠火で焼いていく料理だ。この屋台には結構な人の列があったけれども、並ぶ価値ありだった。屋台のおじさんは壮年で小太り、頭に鉢巻、青い半袖のシャツを肩まで捲り上げ、愛想よくサービスしとくよ、などと言って持参した皿を山盛りにしてくれた。それでも俺とナナイの分で400ダル。

 太いソーゼージ入りのスープにはジャガイモや豆、にんじんなどを煮込んでいて、野菜の旨味が感じられる絶品だった。販売していた中年の女性は、頭に白く長い耳が可愛らしい兎の獣人で、黄色い綿のシャツを着ながら、内輪のようなもので首元を仰いでいた。

 建物は洋風だけれども、見慣れた風景に心がほっとしていた。

 「いやー、サラーミンは美味かった。ここに来ると必ず食べている」

ナナイはそう言いながら戻って来た。話を聞くと、サラーミンはサラミに似たものらしい。ジャガーの獣人ということもあって肉は大好きなようだ。

 「あそこの炭で焼いた鶏肉なんて、塩のみの味付けで最高なんだ。一緒に食べに行こうよ」

ナナイのおねだりかな、と思いながらも屋台へと向かった。

 「やっぱり肉はいいねー。この塩味がなんともいえない」

 「ほほー、これは美味い。串には刺さっていないけれども、焼き鳥の塩みたいな味だ」

 ナナイのお勧めの焼いた鳥肉を頬張った。

 「あ、ナナイ、あのパンはフルーツをはさんでいて美味しそうだな。客が何個も買っいく」

 「あのベグルか、この街では昔っから食べているな。鍛冶場の食事でもよく出ているよ」

 「炭焼き小屋でも食べたあのパンか、鍛冶場の食事では、そのまま食べていたよな。でも、赤とか黒とかのフルーツみたいなのが見える。美味しそうだから、1つずつ食べようか」

 「俺は遠慮しとくよ。腹も結構一杯になってきたし、食べるなら肉だな」

 ナナイはあくまで肉食だった。

 「じゃ、俺だけ買ってくるね」

 「俺は、そこの焼いた鶏肉をもう少し」

 ナナイに肉の代金を渡した。ナナイは喜んで焼いた鶏肉の屋台の列に並んだ。

 「いらっしゃい。兄さん、この野チゴとレズンとハチミツの入ったベグルは格別だよ」

 「美味しそうだな。1個ください」

 「あいよ」

 俺は代金を払い、フルーツたっぷりのベグルを受け取った。アンパンより2回り小さめな円いパンで、ドーナツに似ていた。茶色の焼き色が食欲をそそる。

 「これは美味い。デザート感覚だ、ハチミツの甘い香りと野チゴとレズンの相性が抜群だ。ベグルも美味い」

 ここで言う野チゴは野イチゴ、レズンはレーズンと一緒だな。不思議とハチミツはハチミツだ。特に表面はカリッとしていて中はしっとりのベルクの生地が脇役とも主役ともなり、パンなのに口の中が乾燥するような感覚はまったくない。

 「兄さん異国の人かい? ベグルは、この地方では珍しいものでもないからな。ただ、ベルクが美味いとは嬉しいね。このドリアドの街は、今は製造業で有名だが、ドリアド地方は古くから麦の名産地だからね。ドリアドの街の外は、今でも麦畑がどこまでも広がっているよ。製造業と麦、ハチミツでこの地方は栄えているのさ。ドリアド産の麦はこの国では有名なんだぜ」

 「そういえばドリアドの街に来る途中には麦畑ばかりだったな。麦は乾燥した地域でよく育てているとて聞いたことがある。ここは雨が少ないのかな」

 「まあな、でも、雨の恵みは大事だ、土が干上がっちまうからな。ここ数年は雨が少ない。今年は特に少なくて、今から麦の値段が上がっちまって、商売がきついなー。幸いにも今年の干支は龍だ。1ヶ月半後の7月7日、お干支祭に期待しているよ」

 「お干支祭って、雨ごいの祭なのですか」

 「龍の干支に、天と大地とカミュー様へ豊作を祈る祭りだ。ずっと昔は龍の年には決まって飢饉になっていたので、龍の年には豊作を願って祈りを捧げたことが、祭として残ったらしい。そう、ばあちゃんが言っていた」

 「へー、豊作への祈りか」

 そうなると、この地方では麦は夏と冬の二期作をしているのかもしれないと考えていた。

 「まぁ、兄さん、よかったらまた来いよ」

 「はい、美味しかったのでまた来ます」

 ダイチは残りのベグルを頬張り、その味に満足していた。


 そろそろ昼時だし、バイカル親方と鍛冶場の皆、ガリムさん、ミリア親子にもお土産に何か買って帰るかと辺りを見回すと、焼きホタテの屋台が目についた。近づいていくとよい匂いが食欲を刺激する。大きな貝が口を開け、厚い身が実に美味そうだ。すぐに焼きホタテを人数分の11個注文した。

 その時、石畳の通りを歩いていた人たちが、まるで何かを避けるかのように道の脇に移動し始めた。

 「なんだ、なんだ」

ナナイが慌ててキョロキョロしている。

 「あ、あれだ。騎馬がくる」

ナナイの指さす方に振り向くと、城門から広場の噴水方面に向かって、こちらに近づいてくる騎馬が見えた。深紅の布地に銀色の剣と槍がクロスし、その上に五角形の盾が意匠された旗が見えた。

 「あれはハーミゼ高原でオーク軍と戦っていた銀色の鎧を着た騎馬隊の旗だ」

 兜と鎧、盾、馬の鎧が、あの時と同じく銀色に統一された騎馬隊が続く。

 石畳からはパコパコ歩く何頭もの蹄の音が響いてくる。通りの脇によけた人々は不安のまま沈黙をもってこの一行を出迎えている。先頭の騎馬が旗を持ち、後ろに銀色の騎馬が6騎、次に白馬4頭立ての豪華な馬車。馬車は白色で金色の豪華な意匠が施されていた。次に2頭立てで緑色に金の意匠の馬車が2台、その後ろには、銀色の騎馬20騎が、通りの脇にいる俺の目の前を通過していった。

 「あの時の騎馬隊ということは、都市タフロンの騎馬隊か」

 「カッコいいなー。俺もあんな鎧を着て馬に乗ってみたいな」

ナナイは、威風堂々とした騎馬隊を憧れるような眼で見つめていた。

 その後、焼きホタテを購入したが、ナナイはまだ通り過ぎた騎馬と豪華な馬車の方を見ていた。


 俺はたくさんの焼きホタテを皿で抱えるようにして持ち帰った。ミリアさんは嬉しそうにして焼きホタテを一つひとつ皿に載せて配ってくれた。

 「ダイチ、ありがとうな」

 「屋台に続き、お土産もごちになります」

などと口々に言って、ホタテを頬張っていた。

 「美味いなー」

 「たまらん」

 「「これでラームでも飲めたら最高ね」」

と、喜んでくれた。俺としても嬉しい。ただ、この世界には万能調味料の醤油がなく、塩で味を付けただけであった。ホタテの旨味が際立って、それはそれで美味かったのだが。

 家の奥から、

 「美味しい。ダイチ兄ちゃんありがとうね」

可愛らしく首を曲げながらエマちゃんが顔を出した。

 「ぼくも大好きなんだ。焼きホタテ。ごちそうさまです」

ピーター君は、ここまで来てお礼を言っていた。ミリアさんからもお礼を言われた。

 俺は、この世界に来て初めての給金を有意義に遣えたと満足だった。


 休日の午後、ドリアドの街を観光した。当てもなくぶらぶらと歩くだけであったが、この街の雰囲気は味わえた。街は石畳が敷かれていて、建物は中世のヨーロッパ風だった。ここに暮らす人々は活気に満ちていた。この街は、この国でも有数の都市だということだった。

 城門から見て正面には、ウィル・フォン・カリスローズ侯爵の城。左にはドリアド教会の塔が見えた。ドリアド教会には、孤児院が併設さえているということで、子供たちのことを思い出し、立ち寄ってみることにした。

 ドリアド教会は、白い大きな塔と高い屋根のある立派な教会だった。教会の正面にはカラフルなステンドグラスの入った大きな窓があった。正面の入口には、絶えず人の出入りがあった。

 教会に入ってみると、天井の高さに驚かされた。四階建ての建物が入るのではないかと思えるほどの高さだった。壁面はいくつもの宗教画で飾られていた。優し気な眼差しをした男女や子供たちが描かれているものが多かったが、1枚だけ黒い空と荒れ狂う海、右手から光を出している男神が描かれている絵があった。その構図と迫力のあるタッチが印象深かった。

 教会から出て裏へ周った。裏の孤児院を垣根越しに覗くと、多くの子供たちと黒に白の服を着たシスターと思われる女性が数人いた。

 その中で、喧嘩を仲裁したり、木の上から降りられない子に手を伸ばしてひょいと降ろしたり、シスターの荷物を軽々と代わりに運んだり、小さな子供たちの面倒をみたりと大活躍の薄紫色の毛をした熊の獣人らしい女の子がいた。今も彼女の両手に小さな子たちが、キャッキャッ声を出してぶら下がっている。

 ♪

 実れよ実れ黄金の海よ

 実る黄金はカミューの涙

 そよぐ黄金はカミューの息吹

 鳥が飛ぶ飛ぶ東空

 虫が鳴く鳴く西の空

 干支の七七柱雲

 お天道様を手に持って

 天の川を泳ぐよ泳ぐ

 風の川を泳ぐよ泳ぐ

 実れよ実れ黄金の海よ

 見つけた見つけたあの子が見つけた

 カミューのお山は黒と赤

 滝とお池はカミューのお宿

 ♪

 子供たちと獣人の女の子が手をつなぎ、子供たちは楽しそうに童歌を歌っていた。

「学校でも低学年の面倒見がよくて、頼りにされる女の子っているんだよな。あの獣人の女の子はこの孤児院の英雄だな」

 俺は戦の英雄よりもこちらの英雄の方がよいなと思いながら、子供たちの元気に遊ぶ姿や声に懐かしさを感じながら眺めていた。天使の笑顔に心が癒される時間であった。

 手に持っていたクローがまたピクッと動くのを感じた。

 「ふふ、クローも癒されているのか? お前、自分で動いたよな。最初は神秘の力を秘めた本と思っていた。次に神様のような存在がクローを通して交信してくださっているのかと考えた。今では、クロー、お前自体に命があるのではないかと考えているよ。どうなんだ」

クローは、動かなかった。

 「無視か、それとも答えてはいけないことなのか。まあ、クローはクローだし、今後も頼りにしているよ」

 もはや自宅となった鍛冶場への帰路についた。途中でクローを開き、自動更新される俺のステータスページを開いた。鍛冶職人としての今のステータスを確認したかったからだ。


 氏名:野道 大地   年齢:25歳   性別:男性   所持金:220,525ダル

  

 種 :パラレルの境界を越えたホモ・サピエンス


 称号:印可を授かりし鍛冶職人


 ジョブ・レベル:召喚術士・  レベル  3

          鍛冶上級職人・レベル 10


 体力    116

 魔力      1(固定値)

 俊敏性   106 

 巧緻性   567

 カリスマ性 235

 物理攻撃力 107

 物理防御力  99

 魔法攻撃力  88

 魔法防御力 115

 

  生得スキル

   アイテムケンテイナー

無属性魔法


  ジョブスキル

   召喚無属性魔法:エクスティンクション

   整形の妙技


  特異スキル

   学び


 「称号も鍛冶職人を表すものに変わっている。鍛冶上級職人になっている。ジョブスキルも整形の妙技か、複雑な形の刀剣にもチャレンジできるといいな。でもステータスの上昇は特にないな」

クローを閉じて、

 「よい人たちと出会い、手に職をつけることもでき、この世界でも俺は生きていけると多少なりとも自信を持てた。これもクローのおかげだ。感謝しているよ」

クローの表紙に手を当て、さすった。

 「今日は充実した休日だった。屋台の肉もスープも美味かったし、焼きホタテを喜んでもらえてよかった」

 ダイチは歩きながら、掌を眺めた。マメの跡がいくつもあった。

 「まだまだだな」

 そう呟いた。


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