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27 急転

 6:50 モニュメントダイモンへと続く道

 ダイチとテラ、サクは、魔王ゼクザールの後を追い、幾つかの魔法陣で瞬間移動を繰り返してきた。

 ダイチが霧の道を進もうとして足を滑らせる。

 「濃い霧が立ち込めているな。うあ、右は切り立った崖だ」

 「サク、このままでいいの?」

 『魔王ゼクザールの魔法の痕跡を追跡しているので、この道で間違いない。でも、注意して、この先には魔人がいる』

 「魔人って、恐怖の対象に例えられる魔人?」

テラが、サクに尋ねた。

 『人間の恐怖については分からないけれども、魔族より遥かに強い』

 「サク、魔人はこちらに気づいているのか」

 『私が気配を消しているので、まだ気づいていない。それでも、もうすぐ人の気配も察知できる距離になる』

 「クロー、霧で視界が悪いので、完全感知で魔人を捉えたら、方向、距離、頭の位置を教えてくれ」

 『ダイチ、承知した。魔人の弱点は、脳と核だ。核は心臓の位置ある』

 「了解」

濃い霧の道幅は狭く、行動はかなり制限される。

 「強力な範囲魔法が来たら、俺やテラは逃げようがないな・・・」

 「ええ、速攻で倒すしかないわね」

 『0時、29m、高さ12m。0時10分37m、高さ12m。3体は完全感知外。合計6体』

 「俺が魔人を倒す。もし、生き残った魔人がいたらその先頭をテラ、その後ろにまだ魔人がいたら、サクはその全部を倒して」

そう言って、ダイチは、アイテムケンテイナーからアベイスグレイスの指輪を取り出して、左手に嵌めた。

 「分かった」

 『承知』


 ガスタンク

  「エクスティンクション」


 召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。

 前方2体目の魔人頭部の1点から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。

 球が目に見えた訳ではない。ダイチの想定した効果範囲であるガスタンク大の直径30mの透き通った球が存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んだのだ。

 その刹那、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。後には半球面に抉り取られた地面があった。

 前方の魔人3体が一瞬にして消滅していた。

 直径30mの球体内に霧が流れ込み、霧が動くと、4体目の魔人の姿が見えた。

 ダイチは、逃げるようにして、後方に走り出していた。

 テラは、ムーブメントで瞬間移動して、4体目の魔人脇の空中で飛願丸を上段に構えていた。魔人は突然空中に現れた生命反応に目が動かく。

 テラの飛願丸が、黒く(きら)めく軌跡を描く。

 ダイチのいた場所は、炎の渦に呑み込まれ、氷の刃と隕石が降り注ぐ。走って逃げるダイチも魔法攻撃範囲に巻き込まれていたが、アベイスグレイスの指輪と神龍の加護が魔法から守る。ダイチの直前で魔法が消失していった。

 「ふーっ、やっぱり予想通り、魔人に魔法探知され、瞬時に反撃してきたか・・・」

 テラは、魔人の脳天に飛願丸を叩き込み、頭から胴までを二つにかち割っていた。

 愛馬黒雲に跨ったサクは、冥剣新月で魔人2体を切り伏せていた。

 「ダイチさーん、怪我はない?」

 「大丈夫だ。・・・怖かったー。カウンターの集中砲火が来た」

 「それにしても、一瞬で魔人3体を消滅させるなんて・・・」

 「テラ、今、そっちに行くから」

ダイチは球面に抉られた道を駆け登った。


 6:55 モニュメントダイモン前

 魔王ゼクザールは、モニュメントダイモンを見上げていた。それは、武器を持った何体者もの異形の魔神が互いに絡み合い、八魔神が1つに融合するモニュメントであった。

 ゼクザールは、ダイチとの遭遇戦、テラの参戦によって、左の翼と左の角を失っていた。しかも、胸にある無色透明の石を囲む八方陣の石8つのうち、黄、赤、青、茶、緑、白色の石は欠け落ち、黒と銀の石だけが輝きを保っていた。

 ゼクザールは、銀の石に手を当て、

 「戦魔神ウラースよ。ドロス島に伏せてあった魔族兵2000を、直ちにロスリカ大陸ロスリカ王国へ派兵しろ。

 其方は、ラゴン大陸の魔族全軍を率いて、ジパニア大陸の南南東から直ちに攻め上れ。

 ほどなくして、我も合流する」

と呟くと、銀の石が淡く光を放った。

 ゼクザールは、胸の中央にある無色透明の石と銀の石に手を置く。すると、ゼクザールを眩い光が包み、辺りをも照らした。眩い光が収束すると、ゼクザールの姿はそこから消えていた。


 6:56 モニュメントダイモンへと続く道

 『魔王ゼクザールは、この大樹の向こう側だ。

 !!!  今、この先で魔法が使われた』

と言って、大樹の根元をサクが冥剣新月で薙ぎ払った。

 奥には、薄暗い道が延びていた。

 「行くぞ」

と、ダイチが黒の双槍十文字を構えて駆ける。

 『ダイチ、私の完全感知にもゼクザールは、引っかからない』

 「もう、どこかへ移動したという事か」

 『その可能性が高い』

 「ダイチさん、・・・あれは何?」

 薄暗い森の闇の先に塔の様な何かが存在している。ダイチとテラが、それに近づいて見上げた。

 テラが、モニュメントダイモンの絡み合った魔神像を見て、

 「何て不気味でグロテスク・・・見ていて吐き気を覚える像だわ」

と顔をしかめた。

 「ああ、全くだ。・・・ほらあの像は城で戦った魔神ではないか」

ダイチが像を指さした。

 「本当だわ。炎を操っていた魔神だわ・・・そうすると、5、6、7、8。あ、8柱。

 これは魔神8柱を現わすモニュメントなのね」

 サクは、モニュメントの前の地面を指さす。

 『ここで魔王ゼクザールの反応は消えている。魔法陣ではなく、魔法と魔具を使った形跡がある』

 「サク、追跡は可能か」

 『無理だ。今回は、行き先が分からぬ』

 「・・・くうー、ここまで迫りながら、あと一歩が足りなかった」

ダイチは、頭を掻きながら、唇を噛んだ。

 「ええ、魔王ゼクザールに手傷も負わせた。一気に勝敗を決する機会だったのに・・・」

テラは、モニュメントを眺めながら、握りこぶしに力を込めた。

 クローがダイチとテラに思念会話で語りかける。

 『このモニュメントには、どのような意味があるのかは不明だが、ここで儀式が行われていた可能性はある』

 「壊しておく方がいいのでは」

テラの言葉にダイチも頷く。

 サクを乗せた黒雲が嘶くと、宙を駆け登るように跳ねた。サクの大剣冥剣新月がモニュメントダイモンを両断した。

 「来た道を戻るしかないな」


 6:40 ミストアビッソ城

 『ディアキュルス、決着をつけるぞ』

 カミューが吠えた。

 風が吹き抜け、樹々が音を立てて揺れる。大粒の雨が落ちてくると、激しさを増して遠くの景色が白く霞んで見える。落雷が光、雷鳴が轟く。辺り一面の気象が激変した。

 100mを超える巨体をくねらせるカミューの顔の白い鱗を雨粒が打つ。左手に持つ龍神白石が眩いばかりの光を放つ。

 ディアキュルスは、

 『がはははは、カミューよ、体が大きくなれば分解球も当たりやすくなるぞ』

と笑った。

 『試してみるが良い』

 幾つもの高速分解球が、カミューを同時に襲う。カミューは、体を巧みにくねらせてこれを躱す。

 『カミュー、この高速の分解球は、貴様には見えていなかったはず』

 『体が大きくなっただけではない。我の能力そのものが、跳ね上がったのだ』

 『ならば、これは躱せまい。フォールチューブ』

 ディアキュルスの魔法によって、カミューは落ち続ける空間に閉じ込められた。

 カミューは、自由落下で加速を続けながら、

 『稚戯(ちぎ)に等しい』

侮蔑(ぶべつ)の笑みを浮かべる。

 『破魔の後光』

カミューは、龍神白石を掲げた。

 カミューを閉じ込めていたフォールチューブは、風が朝霧を散霧させるように消滅していった。

 空間に突然姿を現したカミューが感じ取る。

 『!!!』

 カミューに分解球が四方から飛んで来た。カミューはこれを紙一重で躱すと、ディアキュルスを見た。

 その瞬間、ディアキュルスは落雷に撃たれた。次々に落雷がディアキュルスを襲い、辺り一面に焦げた臭いが立ち込める。

 何度も何度もディアキュルスを(いかづち)が直撃した。その度に、ディアキュルスの体は硬直して、痙攣(けいれん)をしていた。

 ディアキュルスの頭上に巨大な分解球が発生した。その分解球は、天からディアキュルスへと落ちる雷を呑み込む。

 『ハァ、ハァ、・・・カミュー、この程度か・・・今度はこちらから行くぞ。

 ・・・』

 今度は、炎の竜巻がディアキュルスを頭から呑み込もうと迫って来る。分解球が炎の竜巻を逆に呑み込む。すると、分解球は吸収量を上回り消えた。

 『!!!』

ディアキュルスに恐怖が走った。

 無数の隕石が突然に降り注いできたのだ。ディアキュルスは、再び分解球を頭上に出して対応した。

ディアキュルスは、カミューに顔を向けたまま、瞳だけを横に動かす。そこには神獣3柱が目に映った。

 『ちっ、邪魔が入った。・・・カミュー、決着は次だ』

 『ま、待て、ディアキュルス!』

 ディアキュルスは狼煙の様に気体となって消えて行った。

 『カミュー、邪魔をしたか?』

イフがカミューに尋ねた。

 『そうだな。奴との因縁は更に深まった。決着は必ずつける。

 ・・・汝らはどうだ』

 一寿が、

 『ガルルルル、我らは、押し通って来た。魔神4柱を屠った。

 ・・・だが、聖神獣鳳凰ミラディは、命を落とした・・・。

 魔王ゼクザールと水魔神ニュクノスに討たれた』

 『何だと! ミラディが・・・』

 『・・・残念でなりません。私と戦っていたニュクノスを止められなかった』

ルーナが目を伏せた。

 『ガルルル、我らも同じだ』

 『魔王ゼクザールは、ミラディを討つために気配を消して潜んでいた。奴は、自分の身を危険に晒しても目標を達成したのだ』

 『・・・汝らもギリギリの戦いだったのだな』

カミューは、イフと一寿、ルーナに目をやった。

 ルーナは、カミューを見て主力部隊の状況について説明する。

 『リッキが指揮をとり、ハフ、レミ、デューン、ガイ、パンジェもそれに従って良く戦っていたわ。

 特筆すべきは、デューンとガイ、パンジェの3人で地魔神タルタロを倒したわ』

 『人間が魔神をか・・・まさか、本当にやり遂げるとは・・・ふふふっ、ぐわはははは』

本来の大きさに戻ったカミューが大笑いした。

 ルーナが、戦闘を振り返り、気にかかる事を補足する。

 『魔族軍2万との戦闘で、逃亡した数千の魔族兵が気になったわ』

 『全ての事が、計画通りとはいかぬものだな』

 ガイガーが上空から舞い降りて来る。リッキたちの脇に着地したガイガーの背から降りたローレライは、ハフやリッキたちとハイタッチをした。

 クシュン、クシュンとローレライがくしゃみをして、鼻水をすすると、今度は両腕を押さえてガタガタ震えだした。

 「うーう、寒かったわ。クシュン」

 「ローレライ、寒さに震えながら、良く狙撃できたわね」

 「私は、決して外さない・・・クシュン・・・のよ」

ローレライは、震える体で、長い銀の髪を左手で掻き揚げた。

 それを見てガイが目を輝かせて呟く。

 「・・・ポーズは様にならないけれど、ローレライは、今までで一番格好いいな」

 「良く聞け。・・・ローレライには、決して魅入られるな。魔性の女だぞ」

デューンがガイの耳元で囁いた。


 7:40 ミストアビッソ城

 「・・・ミラディが、亡くなっただって・・・」

 「・・・ええ」

 笑顔の再会を果たしたダイチであったが、衝撃の事実を聞いた。ダイチは、エーアデの肩に手をかけ目を伏せた。

 「・・・・」

 「・・・ありがとう、ダイチ」

 「エーアデの心を察します」

 「ダイチ・・・ミラディは、『これでようやく、キッポウシに会える』と笑顔で・・・」

 「そうか・・・ミラディは、キッポウシの下に行ったのだな」

 「ええ、キッポウシも褒めてくれるでしょう」

 「そうだな。我々は、ミラディからこの世界の未来を託されたのだな」

ダイチは、晴れ上がった空を見上げて言った。

 それから、ダイチたちは、ミラディへ黙祷(もくとう)を捧げた。


 『ダイチ、このミッドアイスランド大陸の魔族軍が壊滅したとなると、魔王ゼクザールが再起を図る場所は、ラゴン大陸しかない。ディアキュルスもそこに向かったはずだ』

 「魔王ゼクザールが再起を図る場所は、ラゴン大陸か」

 テラとリッキ、ハフ、ローレライ、レミ、デューン、ガイ、パンジェ、エーアデも顔を見合わせて頷いた。

 ルーナが、四散した魔族について尋ねる。

 『クロー、逃げた魔族はどこに消えたと思う?』

 『恐らく、ジパニア大陸北北西への侵攻。

 または、長駆ラゴン大陸の魔族軍本体と合流を目指す。この場合、魔族軍本体は、ジパニア大陸南東のゲルドリッチ王国か、ザーガード帝国からの侵攻となる可能性が高い』

 「何だと」

デューンが立ち上がった。

 『慌てるな。その対策は、各指導者に告げておいた』

 ガイが、クローに問いかける。

 「魔王ゼクザールが侵攻して来るとして、その規模と時期について、クローはどう考えている?」

 『規模は動員可能な魔族全軍。時期は今にも出発するであろう』

 「なんだってー」

 マウマウもクローに賛成する。

 『私もクローの考えを支持するわ。神獣がこの遠く離れた地にいる今が侵攻の好機。この機を逃さずに侵攻するなら魔族軍の一部を温存する意味はない。出兵しない魔族は、非戦闘員のみだと考えるわ』

 テラは、急かすような口調で言う。

 「それなら、ゲルドリッチ王国か、ザーガード帝国に出発しましょう」

 「多くの人命がかかっているので、そうしたいのはやまやまだが、徹夜で激しい戦いをしてきたんだ。我々の体力や思考が低下したまま戦えるほど、魔神と魔王ゼクザールは甘くないだろう」

ダイチは、パンジェとハフに目を向けながら言った。

 パンジェは、どかんと腰を下ろして大薙刀岩斬を大事に抱えて寝ていた。ハフもリッキにもたれかかる様に寝ていた。

 「確かにそうね。徹夜で戦闘を繰り返し、そのまま移動して連戦では、体がもたないわね」

ローレライも納得顔だった。

 「・・・レミ」

リッキが声をかけた。

 「はい、リッキさん、朝食ですね」

 リッキが黙って頷く。

 「テラ、アイテムケンテイナーから食事を出して」

 「はいはい、レミ、メニューは何にする」

 「焼いた肉を大盤振る舞い。豪華な朝食にしましょう」

 『グルルルル、肉かいいな』

 『できれば、あのドラゴンの肉がいいな』

 『あれは特別に美味しかったですね』

 『・・・主、ぐずぐずしていていいのか』

カミューが小声でダイチに話しかけると、クローが、

 『人間は、神獣以上に休養が大事なのだ。このまま急行して、不十分な体調のまま戦って傷を負うより、体力と精神力を回復してから戦う方が、パフォーマンスは高くなり、メリットが大きい』

と、はやる気持ちを(いさ)めた。

 『・・・人間とは軟弱な生き物だな』

 「そういうな。カミューには、龍神白石があるからいいけれど、俺たち人間は、睡眠と食事が大事だ」

ダイチはカミューを見てそう言うと、クローにも話しかける。

 「クロー、飛行で全員の移動は無理だ。飛行組と航路組の2つに分けるしかない。できれば魔族軍の情報も必要だ。

 休憩時間に考えておいてくれ。

 現在8時。正午に出発する」

 『承知した。それから、対魔人で完全感知を使用したので、ディアキュルスへの天空の眼は切れている』

「・・・そうか、魔族軍の攻撃場所についての特定は難しいということか」

『ジパニア大陸に上陸したら、ヘッドセットで情報を集めるしかないな』


 13:00 ジパニア大陸南南東 ザーガード帝国帝都ビューヒルト

 魔族に囚われ、監禁されていた皇帝ウィードⅠ世の回復は思わしくなかった。ウィードⅠ世の言葉で、グリュードベル王国第4王子ダムクローと政略結婚をしていた実妹ジャネットが、現在は代わりに施政をしている。

 「人魔大戦開戦の2月1日を迎えたが、ラゴン大陸からの魔族侵攻についての報は、城塞都市ジムダムとゴーゼルからもないのだな」

 ジャネットが、皇帝の間で近衛隊長となったゾアンに確認した。

 「はっ。2月1日13:00現在において、魔族軍侵攻の報は入っておりません」

 「南東海岸線の民の避難は勿論のこと、他の避難した臣民も不自由はないのだな」

 「はっ。我が帝国の避難民に対して、グリュードベル王国のダムクロー第4王子の手厚い保護があり、不自由なく暮らせているとのことです・・・むしろ我が帝国臣民が・・・・」

 「構わぬ、申せ」

 「避難を受け入れてもらっている我が帝国臣民が、グリュードベル王国のドワーフやエルフ、獣人たちを差別する言動が目につき、グリュードベル王国の法により処罰された者も多いと聞いております」

 「これは深刻な問題だな」

 「はっ、我が臣民が処罰されるとあっては、国家間の紛争の火種となるやもしれません」

 「ゾアン、其方もこのザーガード帝国の毒に侵されておるのだな・・・これも我ら皇帝とその一族の不明の致すところだ」

 「・・・ザーガード帝国の毒に侵されておるとは?」

 「我はこのザーガード帝国のため、グリュードベル王国に政略結婚で嫁いだ。

 我は、グリュードベル王国での生活を危惧していた。しかし、グリュードベル王国の民には活気があった。民も生き生きと生活をしていたのだ。そして、国が潤っていたのだ。

 我は、その理由を知りたくなってあれこれと調べてみた。その結果、1つの結論に辿り着いた。

 ゾアン、何だと思うか?」

 「・・・恐れながら、臣下の身でありながら国政に関する事に口を挟むなど、分を逸しております」

 「ゾアン、それなのだ」

 「・・・それとは?」

 「民が、豊かな暮らしのために自ら考え、知恵を出しておるのだ。

 現状に満足せずに、また現状を疑い、改善していく心が民を生き生きとさせ、グリュードベル王国に活気をもたらしているのだ」

 「・・・民が自ら考え、行動する・・・それでは、施政者は何を?」

 「グリュードベル王国では、民に自由と平等を保障する。その代わりに税と責任を負わせておる」

 「民に自由と平等を・・・それでは国が収まらないと考えますが・・・」

 「国は誰のためにあるか? 皇帝や王のためではない。民のためにあるのだ。

 これが、我がグリュードベル王国で学んだ事だ。

 さて、魔族軍の侵攻に備えよ。そして、ジパニア大陸を防衛するために、隣国から出兵して来た駐留軍と共に南東の海岸線を死守せよ」

 「はっ、南東の城塞都市ジムダムと城塞都市ゴーゼルとを結ぶ海岸線を、第1防衛線として死守します。」

 ゾアンは、グリュードベル王国に嫁いだジャネットの考え方が、大きく変わった事に驚きを隠せなかった。ジャネットの1つ1つの言葉に重みが増し、為政者としての才能が開花したのか、いや、もっと根本的に為政者としての器が、全く違う別の器に変わったのではないかとさえ感じていた。

 ジャネット皇帝代行とゾアン近衛隊長のやり取りを、旧体制重臣たちは忸怩たる思いで聞いていた。

 そこに伝令が飛び込んで来て、ジャネットの前で片膝をついて礼をする。

 「伝書鳩からの伝令を受けたアジリカ連邦国が、ヘッドセットの緊急回線で伝令文を送信してきました」

 「構わん。その伝令文を見せろ」

ゾアンがそう言って、伝文を受け取る。

 ゾアンは、そのままジャネットに片膝をついたまま差し出した。ジャネットは伝文を一読すると、真っ青な顔になって伝文を持つ手が震えた。

 「ジャネット様、その伝文には何と?」

 「ユメリア大陸のロスリカ王国ジャイム国王からだ。

2月1日10:00 我が国に魔族軍2000侵攻。

 と書かれておる」

 「何と!・・・」

ゾアンのみならず、皇帝の間にいる重臣たちも色めき立った。

 「ユメリア大陸のロスリカ王国について詳しく知る者はおらぬか?」

 新外務長官となったアイゼンナック侯爵が答える。

 「はっ、ロスリカ王国は、ルクゼレ教を国教として、魔界神ディアキュルスを崇めていた国です。

 聖ヴァングステン・ホグザルト国王が急死し、8歳のジャイム国王が即位なされたばかりだと聞いています」

 「8歳で国王の後を継ぎ、国教を廃止し、改革と人魔大戦の準備をしなければならぬとは、国王の心中を察して余るものがある・・・」

 「・・・申し上げにくい事ですが・・・聖ヴァングステン・ホグザルト前国王は、魔族で神獣に退治されたと、真しやかに噂されていると聞き及んでいります」

 「前国王が魔族・・・ロスリカ王国に救援の手立てはあるのか」

 「ユメリア大陸は、隣国で合同軍を編成しておりますので、その合同軍が援軍に向かうと思われます。

例え、このジパニア大陸から援軍を派兵しても、14日間の航路。おそらく間に合いますまい」

 「・・・・・」

 ゾアンがジャネットに進言する。

 「予定通りに、ヘッドセットの緊急回線の内容を中継して、各国に伝えます。

 このザーカード帝国領と第1防衛線にも、いつ魔族軍が攻め寄せても可笑しくない状況です。併せて全軍にこの状況を通達します」

 「ゾアン、頼むぞ」


 13:05 ジパニア大陸南南東 ザーガード帝国城塞都市ジムダム

 ザーガード帝国城塞都市ジムダムは、ジパニア大陸において、魔族の棲むラゴン大陸に最も近い都市とである。当然ながら、魔族軍がジパニア大陸侵攻ルートを想定する上での最重要地となる。

 人類連合軍は、ザーガード帝国の東南の城塞都市ジムダムと南の城塞都市ゴーゼルとを結ぶ海岸線を第1防衛線として、その兵力を集結させていた。

 東南の城塞都市ジムダムには、人類連合軍兵16万。南の城塞都市ゴーゼルには、11万という配置であった。


 13:05 ジパニア大陸南南東 ザーガード帝国南 城塞都市ゴーゼル近郊

 第1副官のロイが伝令のメモ差し出す。

 「メルファーレン様、ヘッドセットによる伝令です」

 メルファーレンは無表情で伝文を見る。

 「・・・10:00 ユメリア大陸のロスリカ王国に魔族軍2000侵攻」

 「本日9:00、ジパニア大陸北北西から侵攻する魔族2000を、人類連合軍北西部軍が殲滅したばかりですが、今度はユメリア大陸ですか」

 メルファーレン侯爵は笑みを浮かべ、青い模様の入った黒仮面を付けた第2副官のカゲを見る。

 「カゲ、これをどう見る」

 「・・・陽動」

 「むう、俺もそう考える。

 あくまで、魔族の作戦は、ジパニア大陸北北西と南南東からの挟撃作戦だ。

 魔族の主力は、南南東から侵攻して来る。

 もし、まだ魔族軍が、ジパニア大陸北北西方面の魔族軍全滅の情報を手に入れていないとすれば、かなり優位に戦えるというものだ」

 副官ロイは、メルファーレンの顔を見て、笑みを浮かべる。

 「ここまでは、メルファーレン様の読みが当たっておりますな。

 我らがこの城塞都市ゴーゼル近郊に駐留している意味が高まりますな」

 メルファーレンは、ニヤリと笑って、

 「我らは、臨機応変に行動する遊撃隊。その力を最大限に発揮するだけだ」


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