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第4章 決戦ジパニア大陸  26 人類連合軍と魔族軍の緒戦

 6:30 ジパニア大陸北北西

 この地から北北西に40㎞ほどの海峡を越えれば、魔王ゼクザールの潜伏するミッドアイスガルド大陸であった。

 ミッドアイスガルド大陸からジパニア大陸への入り口に当たるこの地を、北北西の第1防衛線として、バーム皇国、ララン聖教国、ナギ王国、オーク蛮国、その他、6国の人類連合軍が守備についていた。

 この地は、海面から50mの切立った崖が、(のこぎり)の刃のようにジグザグで複雑な海岸線を作っていた。その海岸線は、実に10kmにも及んでいた。崖下は、極寒の荒波が打ち寄せていた。

 切立った崖の上は、平らな岩盤が内陸へと広がっていた。そこには、人類連合軍が12万の兵を展開していた。また、各種最新兵器も装備されていた。


 「#Σ$Λ、&“ΘБД&」

夜警のオーク兵が、隣にいる同じく夜警のララン聖教国兵に何かを叫んでいる。

 ララン聖教国兵はオーク兵の言葉は理解できなかったが、明らかに腹を立てている表情と口調である。

 「オーク風情が、ホモ・サピエンスの俺に文句があるのか」

ララン聖教国兵が、オーク兵に掴みかかった。

 「両者そこまでだ。落ち着け」

これを見た猪獣人のバーム皇国小隊長が、両者の間に入って仲裁をしようとした。

 しかし、オーク兵の怒気は収まらず、仲裁に入った猪獣人のバーム皇国小隊長を殴り倒した。

 「小隊長! ・・・貴様、何をする」

バーム皇国兵が怒鳴る。

 これがきっかけとなって、バーム皇国兵たちが剣を抜き、そのオーク兵を取り囲んだ。オーク兵たちも一斉に斧を構える。

 ララン聖教国兵たちも武器を抜いた。

 「お前たちは、何をしているのだ」

興奮する兵たちを一喝する声が響いた。

 声の主はナギ王国親衛隊長官リリーであった。リリーの後ろにナギ王国親衛隊が走り寄って来る。

 リリーは、オーク兵とバーム皇国兵、ララン聖教国兵を見て理路整然と言葉を続ける。

 「ジパニア大陸に住む各種人間たちの平和と繁栄、平等な世のために、ここに人類連合軍を結成したのだぞ。その意味の分からぬ者は、軍規に照らして厳罰に処する」

 事の発端となったオーク兵の下へ、オーク下士官が近づき何やら話をし出した。

 「オークの言葉の分かる者はいるか? ここへ来い」

ナギ王国親衛隊副官ワルターが叫んだ。

 「日常会話程度なら、自分はできるであります」

 名乗りを上げたエルフ兵がいた。

 そのエルフ兵が、オーク兵とオーク下士官と話す。

 「事の発端となったオーク兵が言うには、そこのララン聖教国兵の剣の(さや)が、オーク兵の手斧に当たって激怒したとのことであります」

 リリーは、通訳のエルフに問う。

 「それだけで、激怒をするのか?」

 「はっ。オーク兵は、武勇が命。武器は己が分身と考えられています。それを武器の鞘で叩くとは何事かと怒りを感じたそうであります。これはオークの常識だそうです」

 ナギ王国親衛隊副官ワルターが腕を組んで(うな)る。

 「うーん・・・武器が分身。文化や価値観の違いによるトラブルか・・・急遽(きゅうきょ)混成した部隊の弱点だな」

 リリーが、この場を裁く。

 「価値観の違いによって生じた騒動。これをもって教訓とする。

 このオークの価値観だけではなく、他民族、種の文化の違いを配慮するよう通達を出して、全軍に知らせろ。

 バーム皇国小隊長を殴ったオーク兵は、軍規に照らし処罰する。

 また、オークへ差別的発言をしたララン聖教国兵は、当該オーク兵へ謝罪とする」

 猪獣人のバーム皇国小隊長がリリーに敬礼をして言った。

 「リリー殿、小官はオーク兵に頬を触られただけです。そのオーク兵に寛大なご処置を望みます」

 「・・・バーム皇国小隊長、頬に触れられただけだと申すのだな」

 「はっ」

 「状況は当人に聞かなければ分からないものだな・・・礼を言う」

リリーは、ニヤリと笑うとバーム皇国小隊長に敬礼をした。

 差別発言をしたララン聖教国兵は、

 「自分は、差別発言をしたことをここに謝罪する」

と述べた。

 「“ΘБД、@*Ψ」

当該オーク兵が、握手を求めるとララン聖教国兵は手を差し出す。

 両者が握手を交わした。ララン聖教国兵は、(きびす)を返しその場を離れて行った。

 建物の陰まで来ると、ララン聖教国兵は不快そうな表情を浮かべ、オークと握手した手をズボンで(さす)っていた。


 6:30 ジパニア大陸北北西洋上

 髑髏(どくろ)の顔に紫の冠とローブをつけ、金の胸当てに、先に鎌のような刃のある杖、背中に白い羽のある長身の魔族が、魔族兵を率いて洋上を飛行していた。この魔族は、六羅刹筆頭の焦土のガイエンである。

 ガイエンは、魔王ゼクザールの命令で魔人を復活させた後に、デューンやガイの主力部隊に向けた魔族兵2万に迎撃を命じた。ただし、戦局によっては偽りの逃走をし、四散した魔族兵を自ら率いてジパニア大陸へと密かに侵攻する策を実行していたのだ。

 「神獣がミッドアイスガルド大陸にいる今が好機。南南東のラゴン大陸からも戦魔神ウラースが率いる魔族軍が侵攻を開始する。

 皆の者、一気にジパニア大陸を挟撃して、油断している人間どもを根絶やしにするのだ」


 7:00 ジパニア大陸北北西

 人類連合軍の兵士たちは寒さと緊張に震えながら、朝日の反射する荒波を、息を殺してじっと見ていた。そこは、張り詰めた空気と静寂が広がってり、兵士たちの白目は、異様なくらい白く輝き、殺気が漂っていた

 ふーっと凍えた手に息を吹きかける微かな音が、時折聞こえてくる。。

 すぐ前の切立った崖下からは、荒波が崖を激しく打ち、砕ける音が繰り返し聞こえてくるだけであった。

 「北西、1時、魔族軍接近。距離4.4km、数500。いや、1000。

 水平線からどんどん湧いてきます・・・その数2000」

 兵士たちの眼は、先程よりも大きく見開き、ゴクリと唾を呑み込む。

 「総員、戦闘態勢につけ」

 各国の精鋭たちの武器を握る手に力が入る。

 「このまま、飛行迎撃陣形」

 「飛行迎撃陣形」

 「β&ζ、ЩЫ#」

 炸裂火炎砲隊が、炸裂火炎砲の向きを微調整し、砲弾を詰める。

 切立った海岸の最前列には、10kmに渡って柵が張り巡らされていた。

 その後ろ第2列には高い土嚢があり、極小数ではあるがアカフチブラックドラゴンの鱗や魔鉄の鎧を着た重装備の兵が幾重にも重なる歩兵たちを守っていた。後続の歩兵は、魔鉄の槍や剣、大盾を構え、指には見る角度によって緑や青に輝くアベイスグレイスの指輪をはめている者もいた。

 第3列は、空堀。

 第4列には、魔族の広範囲魔法に備えて迷路の様に土嚢と石を積み上げていた。その迷路には、魔法兵士と弓兵。

 第5列には、炸裂火炎砲隊と炸裂火炎砲が並び、それを守る歩兵。

 最後尾には主力となる騎兵と歩兵たちが配置され、その中にはエルフの魔導騎兵もいた。

 「魔族を迎撃せよ!」

 「炸裂火炎砲準備」

 「戦闘開始まで約6分」

 ナギ王国のホワイト侯爵が水平線を見て、

 「いよいよ来たな。ジパニア大陸人魔大戦の開始だ」

と、近衛長官のリリーを見ていった。

 「・・・あの数の魔族。海上でどれだけ倒せるかですね」

 「リリー、怖いか」

 「私は騎兵で魔族と戦いましたが、魔族の魔法は(あなど)れません」

 「その通りだ。魔族の魔法は、人間のそれと比べ、桁違いの威力がある。

 だが、その対策はしてきた。

 あとは兵士の健闘に期待するだけだ」

 リリーの脇に並んだカガリは、水平線に現れた魔族軍をじっと見ていた。


 土嚢(どのう)に身を潜める兵士たちは、静かに鼻で息を吸う。

 (ほお)を伝った汗が(あご)の先から(したた)り落ちる。

 ごくりと唾を呑み込み、近づく魔族軍だけを睨む。

 「炸裂火炎砲、撃てー!」

 ドゴーン、ドドドーン、ドーン、ドゴーゴン

 海岸線の切立った崖の上に布陣する第5列の炸裂火炎砲隊が、一斉に砲撃を開始した。轟音と共に、砲弾の雨が飛行する魔族兵めがけて飛んで行く。その砲弾は宙で炸裂し火炎をまき散らす。魔族兵が火達磨となって海面に落ちていく。

 「次弾装填」

 第2列のアベイスグレイスの指輪を嵌めた歩兵の指輪から、淡い緑色の光が広がって行く。この光に触れた魔族は、付与していた魔力が消去されて海面に落下する。荒波に飲まれて溺死する魔族兵や荒れ狂う海面で助けを求める魔族兵の悲鳴が波間に響く。

 魔法兵士が炎弾を斉射する。魔族兵にビーチボール大の炎弾が衝突する。炎弾を食らった魔族兵が炎に包まれて荒海に落ちて行く。

 焦土のガイエンが、忸怩した思いでこれを見ている。

 「・・・おのれ、人間どもめ。我らの行動を読み、ここにも兵を配置していたのか」

(いきどお)る焦土のガイエンが、洋上から極大魔法火炎車を放った。

 崖上に布陣していた人類連合軍第2列の真上に、直径30mの炎の輪が現れ回転し始めた。その炎の輪が落下し、下にいた兵士たちを呑み込んだ。炎の輪に飲まれた地点は、炎の地獄となり、苦痛の声を上げる兵士、転げ回って体の火を消そうとする兵士たちで、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の世界となった。

 すかさずガイエンが叫ぶ。

 「防御陣に穴が出来た。そこをねらえ。突撃じゃ」

 魔族兵たちが高度を下げ、極大魔法火炎車に焼かれた隙に群がる。

 第2列の極少数ではあるが、アカフチブラックドラゴンの鱗や魔鉄の鎧を着た重装兵は、この炎の地獄でも耐え、魔鉄の槍や剣、大盾を構え応戦する。

 「なぜ、あの魔法で生きている人間がいるのだ」

 「ぐがぁぁ」

魔鉄の剣に両断される魔族兵が、最後の叫びを上げた。

 防御陣の隙をつくつもりで群がって来た魔族兵たちを、人類連合軍の魔法兵士が撃つ炎弾で焼いていく。アベイスグレイスの指輪の淡い緑色の光で、飛行魔法が消去された魔族兵が、次々に海面に落下していく。

 ガイエンは、魔族兵が倒れ、荒海に落下していくのを見て、自分の命令が裏目に出ていることを悟る。

「ここまで準備をしていようとは・・・高度を上げろ。空からの魔法による爆撃に集中しろ!」

苛立ちながら命令した。

 魔族兵たちがある程度の高度を取りながら、爆撃を開始する。防御陣に着弾して、兵たちが吹き飛んだ。

 「よいぞ、よいぞ。そのまま空から撃ち続けろ」

ガイエンが満面の笑みを浮かべた。

 次々に人間の兵は、魔法で吹き飛ばされ、あるいは焼かれていく。

 空は魔族の支配する空間であった。あったのだが、それは過去のものであった。空に浮く魔族兵は、炸裂火炎砲と魔法兵士、弓兵、アベイスグレイスの指輪の格好の的であった。魔族兵は、対空兵器と魔法などの餌食となり、その数を減らしていく。

 魔族兵の魔法の集中砲火によって、人間の兵にも少なからぬ犠牲は出ていたが、兵士の数が圧倒的に違っていた。消耗戦となれば、魔族軍の負けは目に見えていた。

 人類連合軍の健闘を支えているものは、対空兵器と装備の質と量であったが、防衛陣上空を突破させない陣形も巧妙であった。対空兵器と魔法をその特徴に合わせて多段に配置していたからである。

 ガイエンが、1点を指さす。

 「あの薄くなった陣の上空を突破して、裏に回り込む。

 裏から地上戦で責め立てれば、人間どもは崖に追い詰められて、やがて海の藻屑(もくず)となる。

 あそこに魔法を叩き込め!」

 ガイエンは、極大魔法火炎車を連発した。魔族兵たちも生きる道を見出すため、魔法を立て続けに撃つ。

 一部の防御陣が炎と凄まじい爆風に(さら)され、綻びが見られた。

 「皆の者、我に続け!」

ガイエンはそう叫ぶと、防御陣に空いた1点めがけて、上空から滑降して行った。

 魔族兵たちもこの活路に続く。

 人類連合軍は、火力を集中して魔族を迎撃するが、ついに防御陣を突破され、後方に回り込まれた。

 ガイエンは、地上に降り立ち振り向くと、魔族兵はおよそ400にまで減っていた。

 「これより、人間どもを地上戦にて血祭りに上げる。かかれー!」

 魔族兵は、武器を手に雄叫びを上げて、魔法を放ちながら突撃をした。

 ホワイト侯爵が馬上で剣を真上に上げ、

 「人類の存亡は、この一戦にあり。

 魔族たちに、我ら人類の勇敢さと強さを示すのだ。

 突撃―!」

そう言って、剣で魔族軍を指した。

 無数の騎馬兵を先頭に、歩兵たちも雄叫びを上げながら駆け出す。先頭を駆けるのは、リリーとカガリの騎馬であった。

 魔族兵の魔法が炸裂して、騎馬兵が馬もろとも宙に跳ぶ。氷の刃が兵士に刺さり落馬する。そして、主を失った馬がただ駆けて行く。

 リリーは、波の砕け散るような荒々しい波紋の穂先のミスリル製の槍「護国」を構えて、魔族軍と激突した。魔族兵たちは、リリーに次々と胸を突かれ、袈裟斬りにされていく。魔族兵の魔法「石の鞭」がしなってリリーを襲うが、石の鞭ごと魔族兵を両断した。

 カガリは、ミスリル製の直刀の小刀「陽昇」と忍刀の2刀で切り込んだ。2刀によって魔族兵たちは切り刻まれていく。腰の小袋から取り出した炸裂筒を投げると、魔法を詠唱していた魔族兵たちが吹き飛ぶ。

 騎馬兵と歩兵対魔族兵の白兵戦は、乱戦へと変わって行った。

 ララン聖教国兵は、盾と剣を構えた5人組で1匹の魔族を刈っていくという、効率的で安定した戦いをしている。

 バーム皇国兵たちは、兵が横に並んで槍を構えたまま突撃をして、魔族を次々と刺殺していく。

ナギ王国兵も騎乗から土や水魔法を放ち、槍で突いていく。

 乱戦となって魔族兵の最大の脅威となったのが、オーク兵たちであった。恵まれた巨躯(きょく)から斧や槍を振り回し、魔人のごとく魔族兵を屠っていく。トランス状態で赤みを帯びた巨躯に変化したバーサーカーを止められる魔族はいなかった。

 ガイエンは、炎魔法で手あたり次第兵たちを焼いていく。ガイエンの放った炎弾が、ララン聖教国兵5人組を一気に巻き込んだ。ララン聖教国兵は、焼かれながら苦痛の叫びを上げる。それを見たララン聖教国兵たちは、ガイエンに打ちかかるが、ガイエンの体から伸びた数本の(むち)によって倒されていく。

 ガイエンは、周囲に炎弾の雨を降らせる。この状況が目に入ったオーク兵が、炎弾をよけながら、ララン聖教国兵の救出に向かう。

 炎弾がそのオーク兵の肩をかすめたが、ひるまずに駆ける。倒れていたララン聖教国兵2名を拾い上げると、両肩に背負った。そのまま第5陣を目指して駆けて行った。

 途中で魔族の放った氷の刃がそのオーク兵の太腿(ふともも)を裂く。たまらずオーク兵は転倒したが、起き上がるとララン聖教国兵を担ぎ、第5陣まで運んだ。

 オーク兵は、第5陣でララン聖教国兵2名を下ろすと、また戦場に駆けて行った。

 救出されたララン聖教国兵は、うつろな意識の中で、オーク兵に救出さえたことを悟った。そのオーク兵は、またララン聖教国兵とバーム皇国兵を肩に担ぎ駆け戻って来た。オーク兵の傷は更に増えていた。

 救助されたララン聖教国兵は、横たわる兵士たちを見てから、戦場に戻ろうとするオーク兵を呼び止める。

 「ここにいる怪我を負った各国の兵士は、全てお前が助けたのか。

 ・・・お前は、俺に鞘が斧に触れたと文句を言っていたオーク兵だな・・・」

 「ΞΘ#&」

 「ふっ・・・お前の言葉は、全く理解できんな。

 だが、お前の心と行動は理解できる。

 ・・・助かった。ありがとう」

ララン聖教国兵は、オーク兵に向かって拳を差し出した。

 オーク兵も拳を出して、拳同士がカツンと当たった。オーク兵がニヤリと牙を出す。ララン聖教国兵も白い歯を出した。

 救助された各国の兵士たちも、

 「「「ありがとう」」」

 「助かった」

 「命を助けられた」

と口々に礼を述べた。

 「Д&Θ#」

 「言葉は、全く分からんな。

 ・・・だが、十分だ」

 「ああ、戦友だ」

 オーク兵は、戦場に駆け戻って行った。


 「リリー、あの魔族は指揮官のようだ」

 「そのようだな。倒しに行くぞ、カガリ」

 「私が言おうとした事を先に言うな!」

 「ふん、のろまなお前が悪い!」

リリーは、馬の腹を両足で力強く叩いた。

 リリーの跨る馬が疾走する。

 「くっ、待て、リリー」

 リリーとカガリは、ガイエンの姿を目標にして、互いに競い合うように馬を駆った。

 ガイエンは、縦横無尽に炎魔法で兵士を殲滅(せんめつ)していた。巻き込まれた魔族兵も多数いた。

 「水弾」

リリーが、ガイエン目がけて魔法を放った。

 ガイエンに水弾は直撃したが、ダメージはほとんどなかった。リリーは、絶え間なく水弾を発射した。ガイエンは、リリーを見ると、野を駆ける獲物の兎でも見つけたようにニヤリとした。

 リリーは、水弾をガイエンの顔に集中砲火した。ガイエンは炎魔法で炎の盾を張り、水弾の被弾直前で水蒸気へと変えていった。

 「くくく、無駄なことを」

大気で冷え、白い煙となった水蒸気の霧が一面に満ちていた。

 ガイエンから幾つもの炎弾が、リリー目がけて飛ぶ。リリーは、巧みに馬を操り、躱していく。

 「・・・私は損な役回りね。カガリ、仕留めなさい」

 カガリは、霧に身を隠し、馬上から宙に跳んでいた。両手を胸の前で交差させて納刀した直刀の柄を握り、ガイエンの頭上に迫る。

 (ひづめ)の音・・・ガイエンは、本能的に手にしている杖で咄嗟(とっさ)に頭を守った。

 「抜刀(ばっとう)連雁(れんがん)

カガリは、ミスリル製の直刀の小刀「陽昇」と忍刀の2刀で居合抜きをした。

 ガイエンは、杖と長い冠を陽昇によって切断されたが、頭を守り切った。

 「ちっ、しくじったか」

カガリは、ガイエンの肩を蹴って、とんぼを切ると2刀を構えた。

 「カガリ、十分よ」

馬上から突き出したリリーの槍が、ガイエンの腹を貫いた。

 「・・・手ごたえがない?」

 ガイエンのローブが揺れると、ローブの中は骨だけであった。

 「ぐはははは、そのような武器は、我には効かぬ」

ガイエンが高笑いした。

 「我に挑んできたその意気に免じて、我直々に地獄へ送ってやろう」

ガイエンが、骸骨の顔で微笑み、魔法を唱えようとした。

 チリン

 ガイエンは、鈴の音に不意を突かれて振り返ると、霧の間からカガリが見えた。カガリの構えるクナイの輪から糸が垂れ下がり、その先に付いた鈴が揺れていた。

 「汝は我が術中に在り。汝の体は()われ動かず。魔法は唱えられず」

カガリは、低い声でそう唱えると、クナイをガイエンに投げつけた。

 「ぐはははは、恐怖で手元が狂ったか。其方の武器は、地面に刺さっておるぞ・・・・ん、うぐ・・動かん」

 「この術からは逃れられないわ」

 「・・・ま、待て、女・・・待たぬか・・・我は」

それは、髑髏の顔から汗を流しているようにさえ感じる焦りの言葉であった。

 カガリの陽昇が、ガイエンの首元で(きら)めいた。カガリは陽昇を鞘に納める。

 ガイエンの髑髏の頭が体からずれていき、ポトリと落ちた。

 「2人で魔族軍司令官を倒したわね。リリー、さあ、救援に向かうわよ」

 「・・・・カガリ、影縫いを使う時には言ってよね」

 「? え・・・まさか、リリーも術中に? 私は魔族の影を縫っただけよ」

 「・・・私は、素直で純情で、カガリと違って、人柄が抜群に良いから、暗示にかかりやすい体質なのかも・・・。早く、この術を解いてよ」

 「それがものを頼む人の言葉? (あき)れるわ・・・ん」

カガリは、異変を感じたのか、一瞬だけガイエンに鋭い視線を向けた。

 「いいから、早く術を解きなさいよ」

 「・・・このまま、リリーにいたずらしてやろうかと思ったけれども、仕方ない。一刻も早く、我が軍の救援にいかないとね」

そう言って、カガリは、腰の小袋に手を入れてから、ガイエンのローブをいじった。それから、地に刺さったクナイを抜いた。

 「ふう・・・やっと自由に動けた。カガリ、それでは、魔族の掃討戦に行くわよ」

 「ふーっ。6秒ね」

カガリは、馬に跨ったリリーを見てため息を吐いた。

 カガリも馬に乗り、2人揃ってゆっくりと馬を進めた。

 2人の後ろでは、頭を失ったガイエンの体が髑髏の頭を拾う。

 「4秒」

 ガイエンは髑髏の頭を体の上に置いて、

 「油断をし過ぎた。まさか金縛(かなしば)りとは・・・だが、あの2人は、我よりも油断し過ぎとるな」

と、2人の後ろ姿を見て笑みを浮かべた。

 「ん?」

ガイエンは、腹から火花が出ていることに気づき、ローブを(まく)った。

 導火線が尽きようとしている筒が肋骨の間に挟まっていることに気づいた。

 「・・・な!」

 「1秒」

 ガイエンは、筒を抜こうと藻掻いている。

 「0」

 背後からの爆発音にリリーが驚いて振り向く。

 「・・・何が爆発したの?」

 「私の微塵隠れ用の筒爆薬よ。・・・ふふっ、魔族の司令官が、微塵隠れでもしたのかしら」

カガリが、(とぼ)けた顔でリリーに答えた。

 「あの司令官は、慌てん坊だわね。

 足を忘れて隠れるなんて・・・」

リリーがそう言って見つめる先には、ガイエンの足の骨だけが2つ立っていた。


 ホワイト侯爵は、人類連合軍の騎馬隊を手足の様に巧みに指揮をして、突撃を繰り返していた。

 ホワイト侯爵が剣で指す。

 「突撃!」

 魔族軍の組織的な攻撃はなくなり、局地的な抵抗があるだけだった。

 ホモ・サピエンスと獣人、ドワーフ、エルフ、オーク兵が互いに背を預けながら、取り囲む魔族を切り伏せていく。

 「ホモ・サピエンスにしてはやるな」

 「お前こそ」

 「ΘД%Σ」

兵士たちは首だけを振り向け、己の背を預けている仲間に一言二言声をかけた。

 アベイスグレイスの指輪から淡い緑色の光が照らす戦場で、文字通りの地上戦、肉弾戦となっている。

 「ここからは掃討戦だ。気を抜くな」

 「分かっている。無駄死にするなよ」

 「Ω$Γ‘α」

 肉弾戦となってからは、アカフチブラックドラゴンの鎧を着た重装兵の相手となる魔族兵はおらず、一方的な虐殺となっていた。

 やがて、局地的な抵抗も終焉(しゅうえん)となった。

 人類連合軍の指揮をとっていたホワイト侯爵が、兵士たちに雄叫びを上げる。

 「我らは、魔族軍を完膚なきまでに撃退した。

 この緒戦の勝利は、全人類の共闘による勝利だ。

 隣にいる者の顔を見よ。隣の戦友を称えよ。隣の友とこの勝利の喜びを分かち合え!」

 「うおおおお!」

 「おおーーー!」

 「Φζ##―!」

極限の緊張状態と闘争本能、恐怖が、喜びへと昇華する。

 人類連合軍のホモ・サピエンス、獣人、ドワーフ、エルフ、オーク兵たちは、共に戦い、共に命を預けた戦友として抱き合い、胸や背中を叩き合い、円陣を組んで飛び跳ねた。

 「うおおおおおおお!」

 「おおおおーーーーっ!」

 「Φζ####――!」

多様な人種が、肩を組みながら一斉に拳を天に突きあげた。

 その雄叫びは、止まることなく天に向かって繰り返された。

 「うおおおおおおおおお!」

 「おおーおぉぉーーーーーっ!」

 「Φζ#####―――!」

 突き出されたそれぞれの拳が、陽の光によって眩しく輝いている。

 リリーやカガリも、オークや獣人と肩を組みながら勝利を噛みしめる雄叫びを上げていた。

 リリーは、密かに思いを馳せる。

 「ルーナ様、ダイチ殿、こちらは勝ちました。ご武運をお祈りします」


 祖先に魔物をもつグレートピジョンが伝書鳩として、各国に向けて放たれた。

 「7:00 ジパニア大陸北北西、人類連合軍12万は魔族2000と開戦する。 

 9:00 全ての魔族を殲滅する。人類連合軍完全勝利

      人類連合軍北西部司令長官 ブラッサム・フォン・ホワイト」


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