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25 両雄相まみえる

 6:25 ミストアビッソ城

 左足を失った炎魔神ロギンではあったが、翼によって宙に浮いていた。橙色に光るロギンの両の眼が、キュキュを捉える。

 頭の左右と顎に大きな角を生やし、眼は橙色に輝いている。2本の翼と黒い尻尾を持っていた。体は朱色ではあるが、角や首から腕、腿を黒い外皮が鎧の様に覆っていた。巨大な曲刀を手にしていた。(あご)下には赤い石が埋め込まれていた。

 「キュキュ、古代龍の息吹よ」

テラがロギンを指さした。

 キュキュは、ロギンを狙い古代龍の息吹を吐いた。ロギンは。このブレスを右拳で弾き飛ばす。

 ロギンは、キュキュに狙いをつけて右手を伸ばすが、手先を見る。

 『何だと・・・古代龍の息吹でか・・・あのドラゴンめ』

ロギンは、右手首から先を失っていることに驚いていた。

 キュキュに乗るテラは、導きのペンダントの黒翡翠(ひすい)に魔力を込める。

 「サク、お願い」

 ドドドーンと凄まじい雷が落ちた。衝撃で空気が、地面が震動した。愛馬黒雲に乗る漆黒の騎士、冥神獣ワルキューレのサクが宙に出現した。

 「キュキュ、離脱」

 キュキュは急旋回をして逃げ出す。テラは、振り返りサクとロギンを見る。

 『(なぎ)

冥神獣ワルキューレのサクは、低い声で特異スキル凪を発動した。

 ロギンは、全てが漆黒の闇と静寂に包まれ、前も後ろも、左も右も、天と地すらない空間に引き込まれた。

 ロギンの真下から上へと落ちて来る馬に跨り大剣、冥剣新月を構えるサクを見て、魔法炎球を撃つ。しかし、魔法は発動しない。右足だけのロギンは、右に跳ねるが、ロギンの体は左から元の位置に戻って来てしまう。

 サクは、冥剣新月を振り下ろす。

 『ま、待て、サク・・・』

ロギンの最後の言葉も空しく、股から頭にかけて両断された。

 サクは、両断されたロギンを一瞥して、

 『魔神と我ら神獣は、その心根は非なり』

と、無慈悲な透明な紫色の瞳を閉じた。

 

 ダイチはカミューから振り落とされ、廃墟と化した城跡に降下して行く。

 「うあー!」

ダイチの体がふわっと風に浮いて、そのまま流されて行く。カミューの風魔法であった。

 『まったく・・・主は、世話がやける』

カミューはそう言って、迫って来る分解球を躱す。

 『この分解球の魔法は・・・奴だ。魔界神ディアキュルスだ』

 カミューは、魔神の姿は見えないが、分解球の出現場所に魔力を感じたため、そこに神龍の息吹を撃った。

 加減なしの神龍の息吹であったため、山頂の廃墟となった城跡には、谷底よりも深い直径数十mの竪穴が開いた。穴の側面からは、岩や石が真っ赤に溶けて滴り落ち、白い水蒸気が辺り一面に立ち込めていた。

 『なぬ。ディアキュルスの魔力と気配が消えた。彼奴、神龍の息吹に合わせて全てを隠匿(いんとく)したな』

 神龍の息吹は、唯一無比ともいえる膨大なエネルギーによる大破壊を生むが、膨大なエネルギー故に、僅か数秒間であるが、敵の存在を探知できなくなるという弱点もあった。


 ダイチは風に流され、ミストアビッソ城から延びる石橋の上に尻もちを着いた。

 「痛っ・・・ふう、危なかった」

と、ダイチは声に出し、腰を押さえて立ち上がった。

 延びる石橋の30mほど先を歩く者が、振り向いてダイチを見た。

 2本の角が鎌の刃の様な湾曲した丸みのある黒い翼、黒のボディスーツとブーツ、長い手袋、数mも引きずる長さの黒マントを身に付けていた。長い黒髪と相まって、全身が黒ずくめであった。しかし、顔と胸元は雪の様に白く、その胸元には色鮮やかな宝石が散りばめられていた。

 ダイチとその魔族の視線が合う。

 クローが思念会話で叫ぶ。

 『ダイチ、注意しろ! この膨大な魔力量、魔王ゼクザールに違いない』

 「え?」

 「グラビティ」

魔王ゼクザールが重力魔法を唱えた。

 突然、ダイチの体に膨大な重力がかかる。ダイチは、うつ伏せに倒れ、指一本動かせなかった。肋骨がギギギギギと悲鳴を上げる。

 「ク、クロー・・・やられた。・・・魔王ゼクザールの頭をターゲットにする前に、この魔法を食らった。・・・もう、石橋から1ミリも顔を動かせない」

ダイチは、思念会話で辛うじて話す。

 『私が、魔王ゼクザールの方向と位置を教える。エクスティンクションを撃て。

 ただ、ここは石橋の上だ。エクスティンクションの効果範囲を大きくし過ぎると崩落する』

 ゼクザールが、石橋に張り付けられたダイチを見て、

 「ここに人間とは・・・キッポウシと同じ神獣を操る者・・・召喚術帝なのか? 

始末した方が良いな」

と、涼しげな顔で呟いた。

 ダイチは、うつ伏せのまま声を張り上げた。

 「魔王ゼクザール、魔族と人間の共存の道を考えてほしい」

 「笑止。魔族は、脆弱な人間などとは異なる高次の存在だ。

 人間は、我ら魔族に淘汰(とうた)される事が自然の摂理(せつり)

 「互いに理解しようと努めれば、やがて・・・」

 「我ら高次な魔族が、低次な人間を理解する意味も理由もない」

 ゼクザールが不敵な笑みを浮かべると、その前方に炎の渦が発生した。炎は大きく膨らみ石橋の幅を(おお)うほどの大きさとなった。

 クローがダイチにゼクザールの位置を知らせる。

 『0時15分、31m、高さ1.6m』


 大玉

  「エクスティンクション」


 魔力がわずか1の魔法使いであるダイチは、召喚術士である。

 召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。

 ダイチのうつ伏せに倒れる頭上から、方位0時15分、距離31m、高さ1.6mの1点から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。

 その球が目に見えた訳ではない。ダイチの想定した効果範囲である大玉大の直径1mの透き通った球が存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んだのだ。

 その刹那、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。

 エクスティンクションの1撃が、魔王ゼクザールの左の翼を根元から消滅させた。

 ダイチは、エクスティンクションのリキャスト9秒を心でカウントを開始する。

 魔王ゼクザールは、魔法の被弾した自覚もなく己の翼が消滅したことに驚愕する。「あの人間から一瞬であったが、魔力を感じた。しかし、こちらを見ることも、動くことも出来ずにいたはずである。何らかの魔力がこちらに向かって飛んで来ることもなかった。それなのになぜだ?」と、疑問が湧く。

 この一瞬の集中力の乱れで、重力魔法グラビティの維持が途切れる。

 ダイチは立ち上がり、アイテムケンテイナーを開く。

 ダイチは、アイテムケンテイナーから黒の双槍十文字を取り出して構える。

 ゼクザールは、左の翼の付け根から鮮血が噴き出す。立ち上がったダイチをみる眼に恐怖の色が浮かんでいる。今の魔法の第2撃が来たら、我は負けると脳裏に浮かぶ。

 ゼクザールは、じりじりと後退しながら魔法を唱える。

 「ショックウェーブ」 ゼクザールの掌から衝撃波が、石橋の上を高速で走る。

 ダイチは、右に跳ねて辛うじて躱す。

 ゼクザールは、石橋で転倒するダイチを見る。「ショッ・・」

 突然、ゼクザールのすぐ後ろにテラが現れた。

 テラは、アダマント製斬魔刀、飛願丸でゼクザールの首を狙い払う。

 ゼクザールは、背後に気配を感じ、振り向きながらこれを躱す。「気配もなしに現れるとは、彼奴は・・・」

 ダイチは、起き上がる。

 テラの飛願丸の斬撃は、ゼクザールに躱されたかに見えたが、斬撃の角度が<の字に変わり、左の角を切り落とす。

 ゼクザールは、「くっ、ショックウェ・・」と唱えると、テラはそこにはいない。

 ゼクザールは、黒い炎に包まれる。

 キュキュが上空から援護にまわる。

 ダイチは、黒の双槍十文字を持って駆け出している。

2 

 テラは、ゼクザールを背後から再び斬りつける。

 ゼクザールは、背後に現れたテラの腹に後ろ蹴りを当てる。「うっ」

 ゼクザールから青い光が飛び出し、キュキュに吸い込まれていく。

 クローが冷静に言う。『ダイチ、ここで魔王ゼクザールを討ち取れ。全てが終わる』

 ダイチは、駆ける速度を加速しながら、エクスティンクションの狙いを定める「ゾーブ・・・」 

 テラは、弾き飛ばされる。

 ゼクザールは、テラとキュキュを見て、チッと舌打ちをすると、ダイチから逃げるようにして、石造りの城壁の門へと駆け込む。「・・・あのドラゴンめ、我のステータスの半分を奪い取りおったわ」

 ダイチは、視界から消えたゼクザールの後を追う。

 『ダイチ、急げ!』 クローが叫んだ。

 ダイチは、ゼクザールを追いかけ、城壁の門を越えると立ち止り、城壁内の様子を伺った。

 正面には急傾斜の屋根をもつ塔と三の丸となる小城があった。

 テラが、ダイチのすぐ後ろまで走って来た。

 「ダイチさん、今のは、魔王ゼクザールだったの?」

 「クローが、魔力量からして、恐らくそうだと言っていた」

 「マウマウも同じことを言っていたわ」

 「正面の小城を探してみよう」

 2人は慎重に扉を開けた。

 「ここは礼拝の間ね・・・何か儀式でもしていたのかしら」

 「・・・テラ、床に血の跡がある」

 「本当だわ・・・魔王ゼクザールの失った翼からの出血の跡かしら」

 「兎に角、辿ってみよう」

 血の跡は礼拝堂の奥まで続いていたが、壁の前で消えていた。

 『ダイチ、これは隠し扉だ』

 ダイチは壁を慎重に観察し、これを手で押そうとした瞬間に後ろから声がした。

 「ダイチさん、下がって」

 「え・・・」

 テラは、飛願丸を2振りすると壁が斜めにずれていき、そのままズンと響きを残して倒れた。

 「行きましょう」

と、テラがダイチの前を先行して、入っていった。

 ヒューとダイチは息を鳴らした。

 「あ、あれは。ダイチさん、床に魔法陣があります」

 「クロー、これは?」

 『瞬間移動の魔法陣だな』

 マウマウが説明をする。

 『この魔法陣に乗り、魔力を込めれば、設定されている別の場所に移動できるわ』

 「よし、この魔法陣で魔王ゼクザールを追う」

 「勿論よ」

 ダイチとテラが魔法陣に乗ると、キュキュも飛び込んできた。

 「分かったわ。キュキュも一緒に行くのね」

 「キュキュ、キュイーン」

 「あ、念のため、サクも一緒に来てほしいから、帰還させるね」 

 ダイチとテラ、キュキュが乗った魔法陣から青白い光が放たれた。


 カミューの背後から朝日が昇り始め、背に生える金の毛がキラキラと輝いていた。

 体長4mのカミューは、茜空の下に浮いたまま、慎重にディアキュルスの気配を探る。

 『気配の隠匿だけは見事だ。彼奴は我が動くのを待っているのだ』

 クローがダイチに話しかける思念会話が聞こえてきた。

 『この膨大な魔力量、魔王ゼクザールに違いない』

 『何、そこにゼクザールがいるのか』

カミューは体を捻り、動き出そうとした瞬間だった。

 『!』

 カミューが微かな気配を感じて首を動かす。昇る陽の光の中に隠れ、大鎌を振りかぶって跳び込んで来る黒い影が見えた。

 『ぐ!』

カミューは、陽の眩しさに目を細めた。

 羊の顔に2本の角、鎖骨付近から双頭の蛇が2本出ている。人間サイズのディアキュルスであった。

 カミューは、頭を傾げてディアキュルスの大鎌を躱すと、右拳を叩き込んだ。ディアキュルスの羊の顔から出た角が折れて飛んだ。

 ディアキュルスが、分解球をカミューに撃ち込んだ。分解球は、移動速度が速い魔法ではないが、その輪郭に触れたものを抉り取るという効果があった。

 カミューは、分解球を躱すと、その後ろには、更に大きな分解球が迫って来ていた。カミューは、これを螺旋の動きで躱すと、ディアキュルスの姿は既に消えていた。

 「ク、クロー・・・やられた。・・・魔王ゼクザールの頭をターゲットにする前に、この魔法を食らった。・・・もう、石橋から1ミリも顔を動かせない」

ダイチの窮地を思念会話で知った。

 カミューは、慌ててダイチの下に駆けつける。

 『!』

 朝日の中から再び大鎌が迫る。カミューは大鎌の柄を手で受け止める。反り返った刃が背中を掠めた。

近距離でディアキュルスの眼とカミューの眼が合う。ディアキュルスからは、強力な肉体強化の魔法がほとばしっていた。

 『カミュー、我の宗教による人間の洗脳も順調であった。しかし、よくも我の邪魔をしてくれたな』

ディアキュルスが大鎌を押した。

 カミューの背に大鎌の刃が触れる。

 『先代の神龍の仇、我が取る』

カミューが大鎌を押し戻した。

 『ふふふふふ、できるかな』

ディアキュルスが突然体を捻った。

 押し返す力の行き場を失ったカミューの体が、ぐいと前に出る。ディアキュルスの後ろから、小型の分解球が飛んで来ていた。それがカミューの角を掠める。カミューの角1本が、分解球に抉り取られて消えた。

 『低速の分解球を飛ばして、それを己の背で隠すようにして大鎌で切りかかって来るとは・・・』

 『カミューよ。我が先に、角の仇を取ったぞ』

 『ふん、この程度で勝ち誇るつもりか。我の角など毎年生え変わるわ』

 『・・・そろそろ決着をつけるか』

 『望むところだ』

と、カミューはニヤリと牙を見せた。これは、ダイチが窮地を脱してテラと共にゼクザールを追っていることを、思念会話から分かったからである。

 カミューは、周辺にダイチもテラもいなくなったことを理解した。

 『今は何の遠慮も、懸念も要らぬ、ぐはははは』

カミューは、獰猛(どうもう)な表情で高笑いした。

 風雲急を告げる。美しい茜空に暗雲が湧いて来た。まるで生き物のように雲の下が動いている。暗雲は急速に発達していき、内部に走る稲光で雲の明暗を繰り返していた。

 小枝や葉が舞い、森の樹々が上昇気流で激しく撓る。崩れた城石がカタカタと振動している。石がつつーっと滑りだす。

 カミューは、体を宙でくねらせている。その金色の頭髪と背の毛、手足の毛が風に靡いている。稲光でカミューの半身が白く瞬く。

 ディアキュルスは、頭上で大鎌を振り回して、

 『冥界の獄炎』

と叫んだ。

 ディアキュルスを囲むようにして青白い炎が円を描いた。

 『はぁーっ!』

と、声を上げて大鎌を回すたびに、その青白い炎は高くなっていった。

 そして、青白い炎は、ディアキュルスの側面を囲う円柱の壁となった。

 その時、真上から凄まじい下降気流が、カミューとディアキュルスを押さえつける。

 ディアキュルスは、突然の下降気流に抗いながら、

 『ぐぐ・・・カミュー、いつの間に、真上にこの様な細工を・・・』

 『驚くのはまだ早い』

 2柱はフワッと体が浮く、螺旋(らせん)状に回転しながら上に飛ばされて行く。2柱は既に大竜巻に呑み込まれていたのだ。

 『ぐぉぉ、竜巻もか・・』

ディアキュルスは、冥界の獄炎で体を防御した。

 巨大竜巻は、地から天の暗雲まで延びて繋がった。天と地が巨大な竜巻によって結ばれた。竜巻は、踊りを舞うかのようにその軸を不規則にくねらせ、地上の岩や樹を巻き込んで移動していった。

 『ディアキュルス、まさかこれで終わりと思うなよ』

カミューが視線を下に向けると、山頂の城の麓にある湖から、宙を飛ぶ津波が迫って来ていた。

 その津波が巨大な竜巻に繋がった。竜巻は湖の水をグングン吸い上げ、巨大な水竜巻となって成長していく。竜巻の中で螺旋状に上昇する水流が、冥界の獄炎ごとディアキュルスを呑み込む。

 『グググ・・ボコボコ、ボコ・・・』

水流で濡れ雑巾の様に体を絞られ、ディアキュルスの口から気泡が漏れた。

 『先代神龍の敵だ』

カミューの眼がキラリと光った。

 巨大な水竜巻と繋がる厚い暗雲から、稲光と共に幾つもの落雷が水竜巻に刺さる。水竜巻は、その度に通電し発光を繰り返した。

 ディアキュルスが白目となり、雷の発光の度に、その体が激しい痙攣を起こす。ディアキュルスの肢体は関節の可動範囲を超えて、あらぬ方向へと折れ曲がっていく。翼も体からむしり取られていく。

 大地は水竜巻の軌跡を残し、土までも抉り取られていた。

 カミューが水竜巻から飛び出てきた。

 水竜巻の回転が止まった。天と大地を結ぶ太い水柱だけがそびえたっていた。全ての時間が静止したかの様な静寂の後に、水柱は根元から同心円状に波を立てながら大地に大波となって戻って行った。

 天からディアキュルスが肉塊となって、落下して来る。激しい音を立てて大地に激突した。ディアキュルスの首も胴も捻じり曲がり、両翼と右手、左足が根元から欠損していた。

 『先代神龍の敵は討った』

カミューは、暗雲の晴れた茜空を見上げ、瞼を閉じた。

 『!』

カミューは禍々しい魔法、いや呪術の力を感じて、ミストアビッソ城の二の丸を見た。

 カミューは、躊躇わずに神龍の息吹を吐いた。白い輝きが一閃。二の丸は消し飛んだ。


 カミューの神龍の息吹の直撃前に、呪詛の間の祭壇に奉ってあった紫の禍々(まがまが)しい光を放つ魔界アメジストの玉が、(まばゆ)い光で発光した。魔界アメジストの玉には、ダキュルス教とルクゼレ教信者が主神ダキュルス、正確には魔界神ディアキュルスへの畏敬の念と祈りが込められていたのだ。


 次の瞬間、禍々しく膨大な魔力が大気を振動させた。

 『!!!!!』

カミューが振り向くと、そこには魔界神ディアキュルスが立っていた。

 『ディアキュルスか・・・しぶとい奴だ』

 『グュォォォォー!』

と、ディアキュルスが雄叫びを上げた。

 すると、ディアキュルスの体が瞬く間に巨大化し、欠損した肢体や翼が生えてくる。やがて、人間サイズであったディアキュルスの体長が、本来の30mに拡大した。更に、肩や腕が盛り上がり、全身の筋肉が太く逞しく隆起していた。そればかりか、ディアキュルスから噴き出す禍々しく膨大な魔力が、桁違いに強大になった。

 『カミューよ、皮肉なものだな。貴様の守る人間たちが、我に日々捧げた祈りの力で、我は(よみがえ)り、人間を滅ぼす新たな力も手に入れた。

 人間とは、我ら魔神に己が命を捧げるために存在するもの』

 『人間もいろいろいるということだ・・・

 ディアキュルス、人間は弱く(はかな)い。されど、人間はその数を結集する事で驚異的な力を発揮する。時に、人間たちの知恵や希望、そして、祈りの力は、我らの魔法を凌駕(りょうが)する事さえある。

 貴様も既に気づいているだろう。人間は、魔神のために生きる存在ではないと』

 『戯言を・・・人間の心には闇がある。人間の心に巣食う欲望と嫉妬、不安、恐怖は途絶える事はない。この心の闇がある限り、人間が真に力を集結させることはない。脆弱な存在のままだ。

 よって、我ら魔神と魔族は、滅する事もない』

 突然、カミューの脇を分解球が通過した。

 『!』

 ディアキュルスには、魔法発動への予備動作は何もなかったにも関わらずである。しかもカミューを驚かせた事は、先程までとは異なり、分解球の速度が速いため、視認すらできなかったことである。

 『・・・・』

 『カミューよ。今の分解球は、貴様に恐怖を教えるためのものだ。

 ぐははははは・・・次は、貴様の命を削るぞ』

 不意に空間に出現した分解球が、カミューを襲う。

 カミューに、最早この分解球を視覚で捉えることはできなかったが、本能で体を捻った。

 『ほほー。今の一撃を躱したか』

 『・・・ぐっ』

 カミューが脇腹を押さえた。その脇腹は(えぐ)られ、傷口から鮮血が飛んだ。

 次々と見えない分解球がカミューを襲う。カミューは、本能でこれを躱すが、体の一部を次々と抉られていく。白龍のカミューの体が鮮血で真っ赤に染まっていく。

 『・・・・』

 『ぐはははは、踊れ、踊れ、もっと踊れ』

 カミューは、分解球を躱しながら、グォォォォーンと咆哮を上げた。神龍の咆哮であった。

 ディアキュルスは、これによって一時的に身体機能が停止した。

 『ディアキュルス、人間たちの祈りの力か・・・面白くなってきたな・・・我も人間の祈りの力を使うとしよう』

 カミューは、左手に握りしめていた眩いばかりに白く光る龍神白石を見つめた。

 龍神白石が茜空を照らす程の眩い光を放った。カミューの体は、神龍の白石に込められた民の願いと祈りの力が解放され、頭から尻尾の先までで100mを超える白龍となっていた。

 茜空に浮かび、蛇のように長く伸びた胴をクネクネと蛇行させていた。カミューにあった傷口は消えていた。

 『ディアキュルス、決着をつけるぞ』

カミューが吠えた。


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