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19 キッポウシ

 「ミラディが人間のために、人魔大戦に参戦してくれて嬉しいよ」

 『私はキッポウシとの過去に(とら)われていました。

 もう、キッポウシは戻らない。過去は決して変えられないと分かっていても、思い出す度に、あの時に私が・・・と、自責の念に駆られてしまう。

 まるで人間の様に、変えようのない過去の自分自身を許せずにいた。これからも、私は、キッポウシを決して忘れない。

 だけれども、人魔大戦でのキッポウシの意志と決断、そして、それが一時的であれ、平和な世の中を築く礎となった功績を無にしてはならないと、考える事ができました』

 『ミラディ、キッポウシとはどのような人物だったのだ』

クローが、思念会話で尋ねた。

 『・・・・』

ミラディは黙り込んだ。

 「・・・ミラディ、無理とは言わない。魔王ゼクザールを封印して、人間に平和と繁栄をもたらした先人について知りたいのは、クローだけではない。俺も知りたい」

 『・・・良いでしょう』

ミラディはそう言うと、孔雀(くじゃく)の様な鳥の姿から、人へと変化した。

 ミラディの人の姿は、腰まである黒髪、茜色(あかねいろ)のかすり着物に黄土色の帯をつけた細身の30歳前後の女性であった。

 『あれは、およそ800年前の事です。私がある異国の湖に立ち寄った時の事です』


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 湖畔に、うつ伏せのまま50歳位の男が倒れていた。その男は全身に火傷を負い、肘には、槍で突かれたような刺創があった。

 聖神獣鳳凰は、その男を仰向けにして、呼吸を確認する。

 『まだ息はあるようね』

 鳳凰(ほうおう)は、翼を広げて1度羽ばたいた。空間が歪み、淡い光の粒が、その男に降り注ぐ。やがて、その男の全身が淡い光に包まれた。

 男の火傷と刺創(しそう)は完全に()え、ある程度の体力が回復した。

 「うぅ・・・」

男は、一瞬だけ(まぶた)を開けて、孔雀に似た美しい鳳凰を見ると、そっと瞼を閉じた。

 「人間五十年・・・ここは極楽なのか。

 ・・・ふっ、俺の行き着く場所は、地獄であろうな」

男は、再び目を開けた。

 そこには、30歳前後の髪の長い女の姿があった。

 「ここは地獄か」

 「貴方は生きている」

 「これは、幻か」

 「全て現実」

 「俺は、先程まで、燃える寺にいたはずだが」

 「ここは湖畔」

 男は、身を起こして辺りを眺める。男の眼には、朝日に輝く湖面が映った。

 「・・・美しい。輝く水面、朝焼けに染まる茜空。この世は、美しい」

 女は、その男を鑑定スキルでじっと見つめる。

 「ここは貴方のいた世界とは異なる」

 「世界が異なる? 異国と言う事か」

 「いえ、ここは、貴方が存在していなかった別の世界」

 「・・・奇怪なものだ」

 「やはり、別の世界があることを信じられないの?」

 「いや、其方は美しい鳥であったはずだ。それ故、この世が別の世だとは理解した。

 だが、不安や恐怖よりも、この世界を美しいと感じている。己の心が奇怪だ」

 「これまでとは異なる世界に来ても、瞬時にそれを受け入れられる。貴方こそが奇怪」

 「驚いておるし、すぐに受け入れられる訳ではない。ただ、現状を理解し、美しいと感じたのだ」

 鳳凰は、この男に興味を持ち、キッポウシの顔を覗き込む。

 「貴方の名は?」

 「・・・俺か・・・俺は、・・・キッポウシだ。それが、一から出直す俺に相応(ふさわ)しい・・・」

 「奇怪なキッポウシに1つ教えよう。キッポウシ、貴方は、召喚術士」

 「召喚術士?」

 「我ら神獣を召喚することも可能となる職」

 「俺の官位は、かつては右大臣・・・

 いや、それは過去の話だ。・・・全てを失った代わりに、命を手に入れた。

 今からこの世では、召喚術士キッポウシと名乗ろう」

 「ふふっ、極めて合理的で果断・・・人間キッポウシが、実に興味深い。

 (しばら)くの間、貴方を見ていることにしましょう」

 鳳凰は、それからキッポウシと行動を共にすることにした。


 「この世には魑魅魍魎(ちみもうりょう)(たぐい)が多く、民も穏やかに暮らすことは難しいようだな」

 キッポウシは、太刀を振り、血を(ぬぐ)った。

 「キッポウシ、村に巣食う魔物を退治して、また民を救いましたね」

 「いつもと同じだ。たまたま俺の向かう道にいた魔物を倒しただけだ」

 「この村に魔物が巣食うと聞くと、遠回りして辿り着いた気もしますが」

 「ふっ、回り道に気づかなかっただけのことだ」

キッポウシはそう言うと、腰に下げていた干し柿をかじった。


 夕闇が迫った滝の落ちる河原

 キッポウシと女性姿に変化(へんげ)した麒麟は、焚火を囲んで丸太に腰かけている。焚火の周りには、川で獲ったばかりの魚を棒に刺して焼いている。

 キッポウシの顔も麒麟の顔も橙の炎に照らされ、影が揺れている。

 薪がパチンと()ぜる。

 「麒麟、其方に名はないのか」

 「ない」

 「そうか、それなら俺がつけよう・・・良いな」

 「はい」

 「・・・ミラディ、そうミラディが良い。伴天連(ばてれん)の言葉なのだが、其方に相応しい」

 「ミラディ、良い響き・・・意味は?」

 「・・・愛しい人だ」

 「え・・・」

 キッポウシは、橙に輝くミラディの顔を見つめた。

 「・・・・」


 「人魔大戦だと」

 「キッポウシは、どうしますか」

 「魔族と戦うしかあるまい」

 「厳しい戦いとなります」

 「人間の未来が懸かっておる。厳しくとも勝たねばならぬ」

 「それなら、私と同じ神獣たちを、キッポウシの召喚神獣としなさい」

 「召喚術士の力でか・・・」

 「そして、魔王ゼクザール率いる八魔神と魔族軍と戦うのです」

 「ふはははは、第六天魔王と名乗った俺が、神獣を率いて魔王と戦う事になるとはな。何とも奇怪な話だ。

 ミラディ、その戦に、ついて参れ」

 ミラディは黙ったまま頷いた。


 ラゴン大陸

 人類連合軍は、人間の住むジパニア大陸に侵攻した魔王ゼクザールの迎撃に成功して、魔族の住むラゴン大陸まで押し返していた。

 このラゴン大陸で人間が勝利を収めれば、人魔大戦は集結する。意気揚々と攻め入っていた。

 「西から侵攻の第1軍ギャヴァイ指令から伝令です。

 本日早朝、魔族軍の奇襲に合う。

 第1軍損害甚大。西海岸まで退却する」

 「挟撃作戦は失敗です。キッポウシ様、お逃げください」

兵士が叫ぶ。

 「キッポウシ様、魔族軍が押し寄せてきます」

 「神獣様たちは、魔神を押さえるだけでやっとです。巨大な魔人兵が主力となり、我が軍が蹂躙されています」

 「どうか、ここは一旦引いて、ジパニア大陸で再起を・・・」

兵たちが、キッポウシに戦況を報告し、善後策を進言した。

 人類連合軍は、魔王ヨミ城の西の山脈沿いにある渓谷(けいこく)隘路(あいろ)を縫って侵攻する第1軍と、正面に当たる東の森側を侵攻する第2軍の挟撃作戦を展開していた。

 ギャヴァイは、山脈沿いにある渓谷の隘路を侵攻する第1軍を指揮していた。これまで、魔族兵との遭遇戦及び追撃戦においてことごとく勝利を収めていた。

 しかし、ヨミ城へ迫ると、冠雪した山脈と、タワーの様に細く高く伸びる幾つもの切り立った崖といった自然の要害に阻まれ、前進も困難を極めていた。

 そして、ついに隘路に誘い込まれて伏兵に奇襲を受けたのだ。魔王ゼクザールの迎撃策が見事に(はま)ったのである。

 「西で勝利した魔族軍が迂回(うかい)して、我が隊の背後に回り込まれれば、退路を失う。大陸東の海岸線まで、引けー!」

 「引けー!」

 「キッポウシ様、我が軍が殿(しんがり)をいたします」

 「・・・頼むぞ。ウォルター」

 ウォルター隊は、良く殿の任を果たした。森の中を追撃する魔族軍を、林に潜ませた伏兵が奇襲する。魔族軍が(ひる)み、一時的に撤退をする間に、ウォルター隊が引いて再び伏兵となる。

 しかし、この策は魔族には長く続かなかった。魔族軍は、魔法で森を焼き払い始めたのだ。森に潜むウォルター隊は、次々と数を減らしていった。

 「ウォルター隊、海岸線まで退却だー!」

ウォルター隊長が叫んだ。

 上空から魔法を撃ち込まれ、退却するウォルター隊が削られていく。

 ウォルター隊が殿を務めながら、海岸線のキッポウシ率いる主力部隊と合流した時には、その隊の大半を失い、僅か50名になっていた。

 ギャヴァイの第1軍壊滅。キッポウシの第2軍は、既にその3割を失っていた。

 ラゴン大陸に侵攻してから、人類連合軍の初の敗戦は、甚大な被害を負った。


 ラゴン大陸東の海岸線

 魔王ゼクザールは勝ちを確信し、自ら親衛隊を率いてキッポウシ本陣に迫る。黒のボディスーツを着た魔王ゼクザールの姿が遠目からも分かった。

 『ここは、私が魔王軍を止めます』

 「ミラディ、お前は戦闘には向いておらぬ」

 『それでも、魔族軍の半数は・・・』

 「半数では、戦況を覆すことは叶わぬ・・・もはやこれまでか。

 最大の誤算は、俺の生得スキル『時の封印』が、魔王ゼクザールに効かなかったことだ」

 『いいえ、効いていました。ただ、効果時間が3秒と短いだけ。魔神たちもその3秒間だけは、その気配が消えました』

 「3秒間とは、効果がないに等しい。

 この魔族の大陸まで押し返し、攻め入ったが・・・不覚を取った。

 六神獣では、今の八魔神を倒すことは叶わぬ。我が兵は魔族に蹂躙(じゅうりん)されている。

 このままでは、我らはこの地で全滅し、人類の負けとなる。

 ・・・ミラディ、(にえ)の祈りだ」

 キッポウシは、決心をした。迷いの無い瞳でミラディの瞳を見た。

 『キッポウシ、それはできない。贄の祈りは、対象者の魔力を極限にまで高めるが、同時に対象者の生命を奪う』

 「キッポウシ、今、使わずにいつ使う。我らは、人間の未来のために戦っておるのだ」

 『それは分かっています。それでも、キッポウシの命を引き換えにする事は、違うと思います』

 「その考えは理解できる。だが、このままでは、これまでに死んでいった勇敢な兵の犠牲が無駄になる。何よりも、これから失われるであろう民の命を救わねばならぬ。

 魔王ゼクザールさえ封印できれば、人間の勝利となる。

 人間の未来を救える者は、俺たちしかいない」

 『それでも・・・』

キッポウシは、優しい眼をミラディに向ける。

 「ミラディ、・・・重荷を背負わせてすまぬ」

 ミラディは、目を閉じて頷いた。

 「ミラディ、愛しき人よ・・・」

 キッポウシは、敦盛(あつもり)の舞を遊ばし候。

 「人間五十年、下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり

 ひとたび生を得て滅せぬ者のあるべきか」

 『贄の祈り』

キッポウシの背後に三重の光円が射した。

 異変を察知した魔王ゼクザールがキッポウシを睨む。

 キッポウシは魔王ゼクザールに鋭い視線を向けると、何の躊躇(ためら)いもなく叫ぶ。

 「時の封印」


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 『これが、キッポウシとの最後のやり取り。そして、人魔大戦の結末』

 「・・・勇敢で果断、仁を備えたキッポウシ。ミラディ、ありがとう」

 クローがゆっくりと語る。

 『私にも、ミラディとキッポウシの間に芽生えた感情が分かる』

 「俺たちは、先人の勇気と犠牲、そして、強い意志の上に生きている。

 今度は、俺たちの番だ。この戦は負けられぬ」


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