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第11章 鍛冶職人見習い始めました

 第11章 鍛冶職人見習い始めました


 ミリアとペーター、エマは敷地にある一番奥にある住居としている母屋へと向かって行った。

母屋と作業場となる鍛冶場の間には中庭があった。中庭には小川が流れ水車小屋があった。この水車小屋が鍛冶の材料となるインゴット作りの小屋だ。

 バイカルは鍛冶屋を始める時に、インゴット職人のキロとクリの腕を評価し、この鍛冶屋へと懇願した。2人は一つの条件を出した。それが小川と水車のついた作業小屋の用意だった。それで鍛冶店は、街並みから少し離れた小川の流れるこの場所に建てた。その水車小屋の向かいには伝書鳩の小屋があった。伝書鳩での情報伝達は通信システムが発達していないこの世界での最速の情報伝達手段となる。

バイカルとガリム、ムパオ、ダイチは、通りに面した店の裏にある作業場に向かい、隅に置いてあるテーブルを囲んでいた。

 鍛冶職人のバルはバイカルの留守中に鍛えた剣を1本持って来るように言われ、見習いのナナイは既に刀身を研磨している。

 ムパオから留守中の話を聞いた。

 オーク軍がジロジ山脈での活動が活発になり、首都ガイゼルと、ジロジ山脈の峠であるハーミゼ高原の間に位置する都市タフロンからハーミゼ高原に向けて派兵したとの噂が広がった。バイカルと家族が馬車でジロジ山脈の南端にある炭焼き小屋へ出発してから丁度3日目のことであった。

 今日から4日前には、ハーミゼ高原でタフロン派兵軍と防衛砦の兵を合わせたローデン王国軍がオーク軍と会戦したと伝わって来た。それからは、バイカルとその家族が心配でたまらなかったが、鍛冶の注文もあるため留守にするわけにもいかず、帰りを待っていた。しかし、明日は馬を借りて、バルが炭焼き小屋まで様子を見に行く算段だった。

 「心配かけたな。よく留守を守ってくれた」

 「これからも、留守は任しておいてくださいと言いたいところですが、親方が1週間以上も留守にしていたなんて初めてだったので、正直不安でした。店を構えることの責任は重いと実感しました」

 「ムパオ、お前は腕も上等だし、後輩の面倒見もよい。俺は安心してムパオに任せられたぞ。お前はそろそろ店を構えてもよい頃だし、慣れろ。」

 「お、親方・・・ご信頼ありがとうございます」

 「炭焼き職人の儂が言うのもなんじゃが、近頃のムパオの打つ剣には、刃に強さを感じていたところじゃ」

 「刀剣に大事な強度や粘り強さが高まってきたからな。一振りで魔物を両断できる程にな」 

 「ありがとうございます。これからも精進します」

 そこへバルがバイカルの留守中に鍛えた剣を1本持って来た。

 バイカル親方はバルが鍛えた剣を刀身の元の刃区から切っ先まで眺め始めた。刀身を鞘に納めると、

 「バル、お前の刀身には、まだ魂の揺らぎを感じる。己を信じろ。お前ならいつしか逸品が鍛えられるはずだ」

 「は、はい。俺もバイカル親方の造る逸品をめざします」

 「違う。お前の魂が、お前の逸品を造るのだ」

 「俺の魂が、俺の逸品・・・・・」

 バルは一礼すると鍛冶場へ戻って行った。

 ダイチは留守の間のことを黙って聞いていた。

 「ところでダイチ、行く当てもないなら、ここにずっと居てくれていいからな」

 「バイカルさん、ありがとうございます。お邪魔でなかったらしばらくの間、ここでお世話になりたいと思っています」

 「家族の命の恩人だから、不自由はさせないつもりだ。くつろいでくれ」

 「そのことなんですが、お願いがあります。ここは鍛冶場なので、何かの縁です。見習いとして働かせては貰えませんか」

 「そりゃ、構わんが、仕事となるとそれなりの覚悟が必要となる」

 「勿論です。見習いとして精進します」

 「鍛冶は厳しいぞ。まあ、他の工場に比べたら、俺は優しい方かもしれないがな」

 「「「「優しいだって・・・・」」」」

 刀身を研磨していたバルとナナイも手が止まって叫んだ。炭焼き職人のガリムまで一緒に叫んでいた。

 「おぃ、バル、ナナイ、聞き耳を立てるな。剣には魂を込めろと言っているだろうが。いい加減な仕事をしているんじゃねぇ」

と、バイカルが一喝する。

 「「親方、すみません」」

 「しかし、俺をなんだと思ってやがるんだ。誤解が過ぎるぜ」

 バイカルは横目で天井を見た。

 「評価は己ではなく、他人がするものじゃ」

 ガリムは口元でにやりと笑いそう呟いた。


 ダイチはガリムに案内され、木炭置き場にやって来た。アイテムケンテイナーに格納してあった木炭を次々と出した。木炭置き場から溢れる程であった。

 「しかし、たまげたなー。改めて見るとすごい量じゃ。ダイチのアイテムケンテイナーは、どれ程の大きさなんじゃ」

 「いえ、お役に立てて何よりです」

と、ダイチはあやふやに答えた。


 ダイチは、クローにガリムの鍛冶屋でしばらくお世話になることを伝えることにした。

 「俺、しばらくの間、ここでお世話になるよ。鍛冶職人見習い始めました」

 クローがわずかだがカタッと小さく動いた。

 「あれクロー、お前いま動いたよな。カタッって」

 クローはそのまま動かない。

 「・・・・まあいい。鍛冶職人として働く前に、ステータスを確認しておこう。バイカル親方にはジョブが前職と現職、その他と3つあった記憶がある」

 クローに示されたバイカル親方のページを開いた。


氏名:バイカル   年齢:39歳   性別:男性   所持金:1,905,882ダル

  

種 :ホモ・サピエンス


  称号:鋼の逸品を鍛えし者


  ジョブ・レベル:冒険者・  レベル 51

           騎馬戦士・ レベル 10

   鍛冶特級職人・レベル 67


体力    437

魔力      0

俊敏性   183 

巧緻性   241

カリスマ性 132

物理攻撃力 412

物理防御力 494

魔法攻撃力   0

魔法防御力 238

 

  生得スキル

   

  ジョブスキル

   両手剣攻撃力微増

   焼き入れの妙技

   

 「やっぱり3つのジョブがあった。しかもそれぞれのジョブにもレベルがあるな。さて、俺の現状はと」


氏名:野道 大地   年齢:25歳   性別:男性   所持金:0ダル

 

  種 :パラレルの境界を越えたホモ・サピエンス


  称号:境界を越えし者


  ジョブ・レベル:召喚術士・レベル 3


体力    116

魔力      1(固定値)

俊敏性   106 

巧緻性   567

カリスマ性 235

物理攻撃力 107

物理防御力  99

魔法攻撃力  88

魔法防御力 115

 

  生得スキル

   アイテムケンテイナー

無属性魔法


  ジョブスキル

   召喚無属性魔法:エクスティンクション

 

  特異スキル

   学び


 「おお、ジョブレベルが2つも上がっている。オーク兵を3匹倒したからな。全体的にステータス値がわずかずつアップしているな。いい感じだ。クローの回答「逞しく生きていく力を獲得するための最適解」「一.ステータスの能力を上げる」は地味に上げていくしかないからな」

 鍛冶場に戻ると、ミリアが待っていた。

 「歓迎しますわ。鍛冶職人見習いとして頑張ってください」

 ミリアから職人用の黒いつなぎと黒革靴、手袋などを手渡された。

 早速着替えると、

 「馬子にも衣裳、鍛冶職人らしく見えなくもない。それともまだ見習いにしか見えないかな」

などと、ダイチは満足気に鏡に映った自分を見ていると、鍛冶場からカン、カンと鍛冶の音が聞こえてきた。

 鍛冶場では、親方のバイカルとムパオはもう作業をしていた。厳しい視線で赤くなっているインゴットを叩いている。一心不乱とはこのことを言うのだろうなとダイチは感心していた。バルと見習いでお調子者のナナイに目をやると、やはり職人だ。口元がギュと閉まり、額には汗が滲み出ていた。

 この鍛冶屋では、主に剣と槍を造っていた。製造業が盛んな都市ドリアドには、10件の鍛冶屋があり、そのうち3件が主に武器を製作し、3件が防具を製作し、他の4件が日用品を製作している。バイカルの鍛冶屋は武器店として名を売っていた。

 バイカルの鍛冶場で作る武器は、インゴットを繰り返し打つ鍛造で、職人技の一品物が自慢だ。バイカルのジョブスキル「焼き入れの妙技」が遺憾なく発揮されていた。その逸品は高値で売買され、評価もすこぶるよい。

 「前の世界では刀鍛冶は、玉鋼を鍛造すると聞いたことがあったが、ここではインゴットと呼ばれる金属の塊を鍛造するのだな」

 鍛冶の工程を垣間見て、ダイチは期待に胸を膨らませる。

 ダイチは鍛冶職人見習いとして、作業場の清掃や準備、後片づけをしながら、全ての工程を興味深く観察し続けた。

 この鍛冶場は週休2日制、午前6時から作業が始まり、午後3時で終了した。労働そのものは極めて過酷だった。力仕事でありながら熱と繊細な技術とのせめぎ合いだ。まさにインゴットに命を吹き込んでいく胆力が必要だった。昼食は30分とやや短時間ではあるものの小学校教員だったダイチにとっては十分だった。

 「給食で俺の食べられる時間は10分となかったからな。給食の味は素晴らしいのだけれども、味わうことはできず、毎日エネルギーをかき込むだけだったよな。それに比べれば、十分だ」

勤務も午前7時から午後9時までの長時間勤務で残業代なしのブラックだったので、今は余暇の時間をもてあましていた。この世界では労働時間厳守は、特別な場合を除き雇用者の義務であり、破れば厳しい罰則がある。午後3時からの時間を持て余したダイチは、鍛冶場を借りて、昼間観察していた鍛冶の工程を繰り返し練習した。鍛冶の作業をすると、熱で全身の皮膚が圧力を受け、目を開くことも辛い、腕の筋肉は悲鳴をあげた。

 「これは過酷だ。でも、創造できるって喜びだな」

 自主練習は、午後6時の夕食までの日課となった。あまりの熱心さに感心して、兄弟子のムパオやバルが手取り足取りして教えてくれることもあった。

 ダイチが鍛冶職人見習いを始めて2週間が過ぎると親方のバイカルが直々に指導することもあった。飲み込みが早いだとか、鍛造が巧みだとか驚かれた。これもダイチにとっては大きな励みに代わった。

 「俺の特異スキル『学び』とステータスの巧緻性の高さが大きく影響しているのだろうな。最初は、特異スキル『学び』って、役立つものなのかと思っていたが、汎用性の大きいすばらしいスキルだ。しかも学んだことを具現化する際の『巧緻性』、この2つの能力が合わさると相乗効果が生まれる」

と、実感していた。もう、この頃になると自分自身で刀剣を打つことに挑戦をしていた。

 インゴット職人のキロとクリ姉妹も帰って来た。

 ドワーフの双子の女性だ。2人とも中肉で小柄、活発さを物語るように目元がきりっとしている41歳だった。ダイチは、ドワーフはムパオの様に筋肉がムキムキのイメージしかなかったので新しい発見であった。

 2人は休暇を取って、首都ガイゼルまで行っていた。

 「「ガイゼルの酒は美味しかった。特に赤く透き通っていて甘い香りのするワイインとほんのりとした甘さを感じるラームが絶品だった。それからジラクも、白く濁るところなんかほれぼれとしたよ」」

さすが双子だ。話ことばも息が合っているとダイチが感心している。

 「よい花婿は探せたのか?」

ナナイが軽口をたたくと、キロとクリはそのきりっとした目をいっそう鋭くして、

 「「失礼ね。花婿を探しに行くはずないでしょう。観光よ。まだお子様のナナイには分からないでしょうが、ドワーフの私達は、今が結婚適齢期。花の盛りよ。この肌の艶なんてミスリルインゴットのようだわ。黙っていても相手から寄って来るのだから。ガイゼルでは、予定通り向こうから寄って来たわよ」

 「花婿探しを否定しながらも、予定通り・・・って、花婿探しの旅を認めていますよ」

と、思いつつダイチは言葉を飲み込んだ。

 ダイチは、働きやすい職場だと感じた。

 2人は有名な職人らしく、良質のインゴットをどんどん仕上げていくというから驚きである。水車付きの作業小屋でどうやってインゴットをつくるのか興味はあったが、インゴットの作業小屋には入れてもらえなかった。きっと水車の動力を利用しているのだろうと推測した。それとは別に2人は特異スキルを持っているのかもしれない。ダイチはそう考えた。

 キロとクリは、子供好きでピーターやエマにお土産を渡した。それからも暇をみては2人と遊んでいた。

 ピーターとエマは、夜に怖い夢を見ることが度々あった。オーク兵襲撃のことがあったので、バイカルとミリアはたいそう心配して4人で一緒に寝ている。それからは怖い夢を見ることはほとんどなくなったので、バイカルとミリアも胸をなでおろしていた。

 その間にハーミゼ高原での戦いについての結果がドリアドの街にも届いた。

 首都ガイゼルとハーミゼ高原の間に位置する都市タフロンから派生された部隊を主力としたローデン王国兵400を、ジーク・フォン・メルファーレン辺境伯自らが率いて、ハーミゼ高原でオーク兵400と会戦した。会戦直後はローデン王国兵が有利かと思われたが、辺りに伏せていた多数のオーク小部隊がローデン王国の歩兵部隊に襲い掛かって来た。オーク兵も総数450を超えて形勢が逆転した。多数のオーク小部隊はさながら食べ物に集るハエのようにローデン歩兵部隊を四方から侵食しはじめた。

 メルファーレン辺境伯は、子飼いの私兵で編成された強力な騎馬隊40騎を自ら率いて縦横無尽にオーク軍を蹂躙、撃破した。オーク軍はその半数以上を失いオーク蛮国に退却したという。一方、ローデン王国兵も、この世界では部隊の全滅とみなされる半数の損耗を出していたということからも、正に死闘だったようだ。メルファーレン辺境伯率いる私兵の騎馬隊の損耗も激しかったが、味方の兵士を救うため、果敢に突撃を繰り返し勝利に導いたということだ。

 英雄となったメルファーレン辺境伯は、部隊をまとめ領地タフロンに凱旋したという。市民は歓喜をもって1人の英雄と騎馬隊を出迎えたそうだ。

 元冒険者のバイカル親方の話では、辺境伯には、ハーミゼ高原を挟んだオーク蛮国との国境警備の任もあり、国王から軍事に関する特権が与えられているという。今回、オークの活動が活発になっているとの情報を得ると、すぐにメルファーレン辺境伯が私兵の騎馬隊40騎を自ら率いてハーミゼ高原に急行するという果断な処置が最も評価に値するところだと語る。ハーミゼ高原までの山道は騎馬で登ることはできないが、メルファーレン辺境伯の強力な騎馬隊だからこそ成し得たそうだ。

 戦場となったハーミゼ高原に到着すれば、騎馬は最大の戦力となる。しかも軍事特権によって途中の砦や監視所から王国兵を吸収していくことによって、行軍の時間を大幅に省きながら、400の軍勢を揃えていった戦略もさすがだと評価していた。


 「この槍の穂先は、刃の強度や粘り強さが秀逸で見事な逸品だ」

 ムパオがダイチの造った槍に目を細めて感心している。

ダイチは鍛冶職人見習いとして、バイカルの元で修業を始めて3週間、ようやく自分のイメージする刀身を鍛えることができた。

 「親方やムパオさん、バルさん、ナナイのお陰です。ありがとうございます」

 「この上達の早さ、技術の巧みさには、驚かされる。その槍の穂からは気迫を感じる。信じられん」

と、バルが唸りながら槍を見ている。

 「俺の1年間の見習いはなんだったという感じだ」

ナナイは羨ましそうに言った。

 バイカルは槍をもって一振りし、刃先を目で撫でるように見る。

 「・・・・この槍の刃には魂が宿っている。見事だ」

バイカルは満足そうにダイチを見た。続けて、

 「ダイチ、今後の槍造りはお前に任せる。そして、ダイチには印可を授ける。今日から印可の鍛冶職人だ」

 おおぉーという歓声が上がった。

 親方が、その極意を極めたと認める者にだけに印可を与える。印可は、武器や武具を扱う商人にも上級職人として認める証となる。

 「バイカル親方ありがとうございます」

 「「「「ダイチ、おめでとう」」」」

 「俺もいつかは、逸品を」

いつもは控えめで自信の持てないでいるバルであったが、ダイチに触発されたのか、心の中で誓っていた。

 「「今夜はお祝いね。飲むならとことん付き合うわ。ラームがいいかしら」」

双子のキロとクリは息もぴったりで、酒をもう飲む気でいる。勤務は3時までだから、夜は長い。

 「ダイチの印可祝いだ。盛大にいこう」

 酒好きのドワーフムパオも賛同している。

 「俺、買い出しに行ってきます」

 ナナイは、店を飛び出して行った。

 「今後も精進します」

ダイチの言葉にバイカルがポンと肩を叩いた。

 「あの、バイカル親方、もしよかったら俺の造ったこの槍を、この店に置いてもらってもいいですか」

 「ああ、勿論だ。武器は人に使われてこそ、その価値が生きるからな」

バイカルの許可をもらい満面の笑みで、

 「ありがとうございます。俺の槍が誰かを守ることになると考えると嬉しいです」

 「それが俺たち鍛冶職人の誇りだからな」

と、兄弟子のムパオもダイチの肩を叩いた。


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